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No.30009の一覧
[0] 闘神都市ⅢR[六本](2011/10/04 02:22)
[1] 1話[六本](2011/10/04 01:22)
[2] 2話[六本](2011/10/04 01:27)
[3] 3話[六本](2011/10/04 01:32)
[4] 4話[六本](2011/10/06 21:57)
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[30009] 1話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/04 01:22
 闘神都市の中央には巨大なコロシアムが建っている。いったい何万人を収容できるのか計算するのも億劫なこの馬鹿でかい建築物は、たった一つの目的のために使用されるのだ。
 闘神大会。都市の名前を冠したその大会は、強さを求める男の夢と欲望を一手に引き受ける大会だ。一対一の決闘によるトーナメント、勝者には栄誉を。敗者には無を。一ヶ月にも満たぬ大会期間の間に、幾多の英雄と名勝負、そして伝説が生まれていく。

 その闘神大会の受付窓口で、僕は面食らっていた。
「パートナー?」
「ええ。知らない? 見目麗しい女子がパートナーとして必要なのよ」
 受付の活発そうな女性――シュリさんというらしい――が、そんなことを言った。
「知らなかった」
 父さんからの手紙の中には、そんなことは一言も書いていなかった。とまどう僕を見てシュリさんは得意げに胸を張り、説明を続ける。楽しそうだ。ひょっとすると、説明できる相手がいて嬉しいのかもしれない。
「試合の勝者には相応の賞品が授与されるの。まずお金。次に高級な武器に防具。それから最後に、敗者のパートナーを二十四時間の間自由にする権利」
「自由に、って」
「たいていは、えっちのことね」
「うわ、うわ」
「あら、君にはまだ早かったかな? でもいい機会よー?」
 ふふふ、とシュリさんは口に手を当てて笑う。そして、説明を続けた。
「こんなところよ」
 シュリさんは一通り説明を終えると、ふうと満足そうに息をついてのびをした。
 規約を要約すると、どうも負けたペナルティはすべてパートナーが背負うらしい。出場者に対するペナルティは、試合の中でのことを除き一切無い。なんて大会だ。
 それと出場条件。毎年あまりに出場希望者が多いので、今年から予選を行うことになったのだそうだ。予選迷宮というところで資格印とを手に入れてくる必要がある。それに、もちろんパートナーも必要だ。
「どう? わからないところはあるかしら?」
「よくわかりました」
「そう、嬉しいわ!」
 ぱん、と両手をあわせてシュリさんは満面の笑顔で笑う。さっきも笑っていたのに、ほんとによく笑う人だ。
「みんななかなか真面目に聞いてくれないのよ、途中で打ち切られたりしてね」
 シュリさんは、あはは、とほがらかに笑った。
「応援してるわ、頑張ってね」
 シュリさんに礼を言ってから、僕は受付を後にした。

 歩きながら、僕は考え事をしていた。
「資格印に、パートナーかあ」
 大会で勝つどころか出場資格の段階であまりに高い壁がそびえたっている。しかも二枚も。資格印はしょうがないとしても、問題はパートナーだ。
 僕が知っている年頃の女の子といえば、羽純ぐらいしかいない。でも、羽純に今更あんなことを頼めるわけがない。かといって他の誰も思いつかない。牧場のおばさんじゃだめだよな。
 あるいは僕が女装するという手もあるだろうか。
「そんなわけないか」
 僕はもう一度ため息をついた。
 とはいえ、この程度であきらめるつもりは毛頭ない。とりあえずもう片方の条件を満たせば、なんとかなるかもしれない。そう楽観的に考えることにした。

 受付からは、都市の入り口にまで大通りが延びている。
 来る時は巨大なコロシアムに目を奪われていて気がつかなかったが、この大通りは尋常ではない広さだ。馬車が十台も並んで通れそうなほどだ。そんな道を何百人、いや、ひょっとしたら何千人という人が行き交いしている。
 僕はしばらく立ち止まって、人の流れに目を向ける。女の人もたくさんいる。こんなにいっぱいいるんだから、一人ぐらい僕のパートナーになってくれる人がいないだろうか。いないだろうな。
 と考え込んでいたところで、ドンと背中に鈍い衝撃を受けた。
「おっと、ごめんよ」
 ぶつかってきたのは暗い青のマントを羽織った、僕と同じぐらいの背の男だった。男は僕に謝ると、何か用事でもあるのか、返事も待たずすぐに人ごみの中へと消えていった。
 そうだ。僕もこうしている場合じゃない。大会で勝つ為、というかその前の大会に出場するために。資格印を手に入れなければ。僕は歩き出す。が、その前に背中から呼び止める声があった。
「そこいく兄さん! ひょっとして宿屋をお探し?」
 振り返ると、女の人。僕は驚く。長い髪の妙齢の女性。更にスタイルのいい美人さんだ。でも驚きなのはそんなことじゃなくて、その頭、というか耳。なぜか頭のてっぺん近辺で、キツネのような耳がぴょこんと存在を主張している。変だな。
 でも僕は自慢じゃないけど世間知らずだし、変なのは僕のほうかもしれない。突っ込まないほうがいいだろう。
「別に……あ、いや、探してはいるのか」
 僕は断りかけてから言い直す。確かに宿屋は必要だ。よく考えたら大荷物を持ったまま戦うわけにはいかないし、休める場所は先に確保しておきたい。夜になって疲れてから探し回るのもきついだろう。
「それは好都合!」
 女の人はパンと手を叩いて、両耳をピンと勢いよく立てた。
 そして、早口で宣伝文句をしゃべり出す。コロシアムに近いし安いし綺麗だし歴史があるし飯は美味しいし女将は美人だしで、闘神都市で宿を探すならこのマルデさんのお宿で決まり! ということらしい。
「わかりました」
 値段を聞くと、そんなに安くはないけど払えないこともない。案内してほしい、と頼むと、マルデさんは満面の笑顔で僕の手を引いた。

 宿屋の一階は、十人ほどが入れそうなホールになっていた。宿泊は二階で、一階は食堂や宴会場として使うらしい。内装はとてもお洒落で清潔な感じで、好感が持てる。ただ、二階に繋がる階段は重厚な木製のもので、宿の年季を感じさせる。マルデさんが歴史ある、と言っていたのは嘘ではないらしい。
 部屋の場所を聞こうとしたところで、ぐーと音がした。もちろん発生元は僕のおなかだ。
「先に飯だね」
「いいんですか?」
 まだ中途半端な時間だ。ホールに他に人はいないし、迷惑ではないだろうか。
「もちろん。ここのサービスは町一番よっ」
 マルデさんは楽しそうに言うと、脇の狸を椅子に置いて、踊るような手つきで壁にかけてあったエプロンを羽織った。そして奥のキッチンへと消えていく。
 数分もすると、すぐに香ばしいにおいが漂ってきた。

 たった七分で出てきた定食は、品数は少なかったけどとても美味しかった。特に肉料理については、香辛料がとてもよく利いていて刺激的だった。きっとこれが都会の味というものなのだろう。
「ごちそうさまです」
「礼儀正しいね。じゃ、お代」
 マルデさんが手を差し出す。僕はポケットを探り、財布を捜した。なかった。って、なんでさ。
「お代」
「ちょ、ちょっと待って」
 催促の声に、もう一度ポケットをひっくり返す。でも何度手を突っ込んでも、そこにはむなしい空白の感触。
「お 代」
 マルデさんの声が怖い。
 横目で見ると、そのこめかみがぴくぴくと震えている。
「えーと」
 とりあえず素直に告白してみることにした。
「ないです」
「……」
「ごめんなさい」
 マルデさんは静かに言った。
「ごめんで」
 両のこぶしを振り上げて、振り下ろす。ドンと机を叩いてマルデさんは叫んだ。
「すむかーいっ!」
 マルデさんの絶叫が、ホールにこだました。

 マルデさんの脅迫的な命令のもと、僕はポケットを裏返して何度もジャンプをする。が、どこをどう探したって銅貨の一枚も出てこない。出てくるわけがない。五分ほどそんなことを繰り返して、マルデさんはようやく悟ったらしく、投げやりな口調で言った。
「なーんてこったい!」
 マルデさんはカウンターに上半身を逆向きに投げ出して体勢を崩し、天を仰いでいた。大きな胸がゆさゆさと揺れている。
「このマルデさんともあろうものが、無一文を捕まえるなんて!」
「いえ、その、お金は持ってたはずなんですけど」
「はいはい。スリ盗られたとでも言うつもりかい?」
 唐突に、さっきぶつかったマントの男の姿が脳裏に浮かんだ。
「……あ。そうかも」
 明らかに怪しい。きっとあの人がスリだったんだろう。
 と、落ち着いてる場合じゃない。僕は文無しになってしまっているのだ。慌ててリュックサックをひっくり返しても、出てくるのはボロい着替えとわずかな消耗品のみ。お金は1ゴールドたりとも見当たらない。
 僕は途方に暮れる。しかしより途方に暮れているのはマルデさんのようだった。
「はあっ。一体どうしてくれるのさ!?」
「あの……ええと、ごめんなさい」
「謝る暇があったら――ん?」
 マルデさんはそこで言葉を止め、体を起こす。
 値踏みするような視線を僕に向けた。
「おや」
 マルデさんが僕に近寄ってきた、と思った次の瞬間。腰に下げた剣が、ひったくられていった。速い、反応する暇すらなかった。マルデさんは剣を鞘から抜いて、刀身をゆっくりと眺める。窓から差す日を反射して、刃が美しくきらめいた。ロングソード。そこらの店売りのものとは比べものにならない、光の輝きを見せている。
「おやおや、いい剣を持ってるじゃないか。これ、預かっとくよ」
 それはまずい。レメディアからの贈り物で、大切なものだし、それよりも何よりも――
「困ります」
「知らないね。おゼゼがないと、こっちはもっと困るんだよ」
「でもその剣がないとマルデさんに払う宿代が稼げません」
 マルデさんはびっくりしたように目を丸くして僕を見つめた。沈黙の時が流れる。マルデさんは腕組みをしている。僕とマルデさんの視線が衝突する。
 やがてマルデさんは大きく首を振り、そして呟いた。
「仕方ないね」
 耳をぴこぴこと揺らしてから、マルデさんが動いた。
 僕の剣を返してくれるのかと思ったけど、そうではなかった。
「よっと」
 マルデさんはいきなり腰を落とし、床に手をついた。四つんばいになったマルデさんは床板をべりっと引っ剥がす。そして開いた穴に首を突っ込んで、ごそごそと手を動かし始めた。どうもそこは倉庫になっていたようだ。
 と、そこで僕は重大なことに気がついた。
「うわ」
 僕は思わず目を背けた。マルデさんのスカートのスリットから、まぶしい肌色が覗いていた。どうしてあんなスカートがあるんだろう。羽純なら絶対に恥ずかしがる。伝えてあげるべきかな、と僕は数秒迷うが、その前にマルデさんが上体を上げた。
「あったあった。けほっ」
 咳き込むマルデさんの両手には、何かの布包みが重そうに収まっていた。マルデさんはそれを隣の床にごとりと置くと、床板を閉めた。そして、僕の方に向き直る。
「ん? どしたの?」
 マルデさんは首をかしげて僕の様子を問う。きっと顔が赤くなっているせいだろう。僕はあわてて首を振り、ごまかした。
「い、いえ、なんでも」
「そう? ま、いっか。ほれ受け取りな」
 差し出されたものを、僕は受け取る。布の包みを開けると、中から出てきたのは、古びた鞘と、抜き放たれた剣。それはレメディアの剣よりもやや短めのショートソードだった。ほこりを被っているがずいぶん使い込まれているように見える。
「剣が必要だってんなら、しばらくはそれを使いなさい。あんたにゃこっちの方がお似合いだよ」
「もらっていいんですか?」
「貸すだけだよ。なくなっても困りはしないけどさ。引き取り手もいないようなボロ剣だしね」
 それでもありがたいことだ。僕は頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます」
「礼を言う暇があるなら、さっさと稼いでくること。いーわね」
「はい」
 僕はショートソードを握ってみる。握りは悪くない。威力は低そうだが、確かに使いやすそうだ。僕はマルデさんにもう一度ぺこりと頭を下げて、宿屋を後にした。
 はやくお金を稼いで、ご飯代を払って、レメディアの剣を返してもらって、宿代を払わないといけない。

 でも宿屋を出て四歩目で、僕ははたと気付く。
「どうしよう」
 シュリさんに資格迷宮の場所を聞き忘れていた。まずいなあ。
 いまさら戻って聞きなおすのも格好悪い。こんな時、父さんならどうしただろうか。確か冒険者の情報収集の基本は酒場だ、と言っていた気がする。おぼろげな記憶を頼りに、あたりを見回す。コロシアムに戻ろうと通りの向かい側、レンガの壁に看板が立てかけられている。看板には泡の溢れるジョッキの絵が描かれていた。
 そのすぐ横で、大きな木扉が開け放たれている。僕は迷わずそこに入っていった。
 中は予想通り酒場だった。まだ昼間だけど、大会前のせいかかなり混んでいて、喧騒に包まれていている。内装は小奇麗な大人の雰囲気が漂っていて、正直言って僕はかなり浮いていた。
 元気なウェイトレスさんが、せわしなく注文を取りまわっているが、僕は案内を待つこともなく、一直線にカウンターに向かう。こういう時の情報屋は、カウンターの向こう側にいる人間だと相場が決まっている。又聞きだけどさ。
「あの」
「……」
 声をかけると、バーテンは無言でこちらをじろりと睨む。そのバーテンは、人間ではなかった。スーツを着込んだハニーだ。さすがに都会だ。さっきのマルデさんといい、いろんな人が働いているなあ……と感心しつつ、僕は話を切り出す。
「教えてほしいことがあるんだけど」
「注文が先だ」
 バーテンが無感動に言った。僕は答えた。
「じゃあミルクを……あ」
 言ってから、僕は無一文だったことを思い出す。これ以上食い逃げを繰り返してはたまらないので、僕は正直に言った。
「……お金、ないや」
「帰りな」
 即座かつ無情にバーテンが言った。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。僕はバーテンに食い下がる。
「お金なら後で払います。今、教えてほしいことがあるんです」
 酒場が一瞬、静まり返った。辺りの人間の視線が、僕に集中していた。なんだろう。そんなに変なことを言っただろうか。
「はっはっは」
 沈黙を破ったのは、やけに低く野太い笑い声だった。僕は声に振り向く。笑い声を発したのは、大きな剣を背中に背負う戦士だ。腕を組んで豪快に笑っている。椅子が声に合わせて大きく揺れていた。
「いい度胸してるじゃねーか、坊主。いきなりツケとはな」
「あなたは?」
「俺か? 俺はボーダー・ガロア。大会出場者だ」
 僕はボーダーさんを観察する。古傷の刻み込まれた上半身。盛り上がった筋肉。見かけだしではなく、この人は強いと感じる。体格だけじゃない。態度からにじみ出てくる自信と余裕は、ボーダーさんが歴戦の戦士だと教えてくれる。
 その雰囲気は、あえて言えば――とても失礼かもしれないが――レメディアに近い。体格も態度も性別すらも異なっているが、風格だけは似通っているのだ。
 ボーダーさんは楽しそうに笑いながら、バーテンに言った。
「おい、答えてやってくれないか。代金は俺のツケに回してかまわんぞ」
「お前のツケも溜まっているが」
「いいだろ。ケチだとアリサちゃんに嫌われるぜ」
「……今回だけだぞ」
 ハニワのバーテンは渋い声でそう言うと、手を棚に伸ばした。
 そして、僕にミルクを差し出して、バーテンは言った。
「質問は何だ」
「予選迷宮の場所を教えてください」
 酒場が、一瞬静まり返る。そしてもう一度、どっと笑いに包まれた。僕に向けられた笑い声だった。そんな中ボーダーさんだけは、面食らったように僕の方を見つめている。その視線は、腰に下げた剣――レメディアの剣ではなく、マルデさんから貰った剣だ――に向いていた。呆れたような口調で、ボーダーさんが言った。
「坊主。まさか、お前も出場者なのか?」
「はい。あ、まだ決まってはいないんですけど」
「世も末だな。いったい何だって、大会に出場する気になった」
 僕は名乗り、この大会に出場する目的を話す。するとボーダーさんはぴくりと肩を動かした。意表を突かれたような様子だった。ボーダーさんはしばらく品定めをするような視線を僕に向けていたが、やがてグラスのお酒を一気に飲み干す。そして言った。
「予選迷宮なら南西の森の中だ。岩場になっているから、すぐにわかる。中は結構広いが、迷う構造じゃない」
「え」
「死ぬなよ、坊主。お前と戦える日を楽しみにしてるぜ」
「どうして……」
 急に気に入られたようだけど、その理由がわからない。少なくとも今の僕は、ボーダーさんに認められるほどの戦士ではないだろう。
「すぐにわかるさ」
 ボーダーさんはカウンターに向き直り、グラスの氷をからりと揺らした。どうも、それ以上話すつもりはないようだ。
「ありがとうございました」
 礼を言ってから、僕は席を立った。場所がわかった以上、こうしてはいられない。
「ああ、ひとつ聞いていいか」
 背後から、呼びかける声がした。
 振り向いた僕に、ボーダーさんが問いかけてくる。
「お前のパートナーは、どんな奴だ?」
「これから探します」
 ボーダーさんはにやりと笑った。
「はっ! 上等だ。いい奴が見つかるといいな」
 僕は頭を下げて礼を言い、ボーダーさんに背を向けた。


 町外れの迷宮の入口前で、僕は準備を整えていた。
 薬と帰り木を、すぐに使えるようにベルトにはさんでおく。白紙の地図とペンを用意して、マッピングができるようにする。剣を腰に差し、うまく抜けることを確認しておく。
 その途中で、僕はふと考える。この迷宮の中にはきっと、モンスターが大量に潜んでいる。実際のところ、そいつらを相手に僕はどの程度戦えるだろうか?

 村に、戦闘訓練を受けた大人はいなかった。僕にとって戦いとは唯一、レメディアとの訓練の記憶だけだ。たった三日間の思い出だが、鮮烈だった。
 切る、突く、払う。その三動作を最初に叩き込まれて、あとの二日間はひたすらレメディアと剣を合わせた。もちろん最初から最後まで、勝つどころか体に触れることすら適わなかった。

 僕は手の指をじっと見つめる。剣だこが出来ている。でも相変わらず小さな手だ。

 レメディアのたった三日間の教えを頼りにして、僕はその後も修練を続けてきた。教えてもらった基礎訓練を五年間、それこそ何百万回と繰り返してきた。しかし、今でも――レメディアに、指一本さえ触れることができるとは思えない。

 僕は視線を上に上げた。ごつごつとした岩に覆われた迷宮が、ぽっかりとその入口を開けている。この中に潜むモンスターが、僕よりも弱いとは限らない。

『死ぬなよ、坊主』

 ボーダーさんの言葉を思い出す。
 意味の無い無茶をするつもりはない。レメディアは言った。敵と対峙したとき『勝てる』と感じてもその感覚が正しいとは限らない。だけど『勝てない』その感覚だけは、常に正しい。勝てない相手に会ったなら、教えどおり逃げるつもりだ。
 でも、逃げることすらできず殺されてしまうかもしれない。死の危険が常に身近に潜んでいることを、僕はあの日思い知らされた。
「……よし」
 それでも僕は、最初の一歩を踏み出す。行くしかないのだ。僕が守るべきものを、この手で守り抜くために。

 僕は左足をゆっくりと前に出して石の地面を踏みしめた。しっかりと体重をかけ足場を確認する。次に二歩目。そして三歩。七歩目を踏み出すころには、前を見る余裕が生まれていた。
 薄暗い通路に目を凝らす。鉱山のように木の骨組みで補強されたトンネルが何十メートルと続いていて、先で二つに又別れしている。そこで僕は気付く。分岐点に何かの影が怪しくゆらめいている。モンスターだ。
 僕はごくりと唾を飲み込み、剣を抜いて歩を進めた。


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