<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

XXXSS投稿掲示板




No.30009の一覧
[0] 闘神都市ⅢR[六本](2011/10/04 02:22)
[1] 1話[六本](2011/10/04 01:22)
[2] 2話[六本](2011/10/04 01:27)
[3] 3話[六本](2011/10/04 01:32)
[4] 4話[六本](2011/10/06 21:57)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30009] 3話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/04 01:32
 剣を三度合わせたところで、僕は耐え切れず地面に激しく叩きつけられた。その上に飛び乗ってくるのはブロンドの髪をした美少女。踊るような動作で僕の腹に乗ると、首筋にぴたりと剣を突きつける。
「はい、ぶー」
 ルミーナは一声言ってから、僕から飛びのく。戦いの終了の合図だ。
「……はあっ!」
 また負けだ。
 合図と同時に僕は息を一気に吐き出す。打ち合っている間は息をする間もなかった。
 
 僕のパートナーであるナミール・ハムサンドの提案で、ルミーナと僕は早朝に宿の裏庭で模擬戦をすることになった。いわば練習試合だ。怪我に備えて薬を常備し、剣は刃を丸めた模造刀。
 ルミーナの訓練は、はっきり言って非常に厳しい。
「はい、そろそろ立つ!」
 ルミーナは僕の手を引いて立ち上がらせると再び距離を取る。そして笑って言った。
「もいっちょ! いくよー!」
「くっ!」
 そして訓練が再開される。鋭く華麗なステップで、予想のつかぬ軌道の連撃をルミーナは繰り出してくる。僕はそれを受け続ける。さっきよりは耐えられたけどそれでも十秒と持たなかった。
「よっ」
「うわ!」
 いきなり、右足を払われた。
 体勢を崩された僕は、反撃の間もなく地面に叩きつけられた。
「ボクの勝ちいー。これで八勝0敗だね」
 ルミーナは僕の喉に剣をつけつけて言う。
 動けない。彼女には隙がない。普段のだらけた生活からは想像もできないほどだ。ルミーナはあごに指を当て、空を見上げている。そんな彼女にすら剣を当てられる光景が想像できなかった。
「んー」
 首をかしげてルミーナが言う。こんこん、と地面を靴で叩きながら。
「なんか、甘いんだよね」
 ルミーナは僕を引き起こしながら、講釈を続けた。
「動き一つ一つはいいのに、判断がぜんぶあまちゃん。ソフトクリームみたいに」
 返す言葉がない。力も技もルミーナの方が上だけど、致命的に劣っているわけではない。本当に致命的なのは、僕がルミーナの動きにどう反応していいかわからない、ということだ。
「主導権を握らなきゃ。合わせて勝てるのはそういう技術を持ってる人だけ。今のキミじゃ、攻めて攻めて、チャンスを逃がさないようにしないと。でなきゃすぐ押し切られる。同等の相手にも絶対に勝てない」
 ルミーナは一気に言うと、ふう、とため息をついた。
「だいたいキミには殺気が感じられない」
「殺気……」
「訓練でもなんでも本気でやらないとね。お姉ちゃんなんて『とっくんです』の一言でボクに本気の白色破壊光線撃つんだから」
「そ、それは少しやりすぎのような」
「本気力が足りないなあ。ボクは強くなるためにいろいろなことをしたものだよ」
 ルミーナは語る。金にあかせて超高額の魔法鎧を買っただとか、師範の先生を雇ってひたすら訓練してきただとか、腕試しに盗賊退治に赴いて罠を潜り抜けて全滅させたとか。金の力が五割を占めてるのは気のせいだろうか。いや、言ったら叩かれるから言わないけど。
「とにかくもっと実戦を積まないと話にならないかな」
「戦ってないわけじゃないんだけど……」
「絶対勝てる相手としかやってないでしょ?」
「う」
 確かに。
 僕は相手を選んでいる。資格迷宮で戦ってきたのは、小さくて弱そうなイカマンとか、傷ついたるろんたとかそういう相手だけだ。そうでない相手からは片っ端から逃げてきた。勝つ確証が持てなかったからだ。
 ルミーナはそれみたことか、と得意げに胸を張った。
「マビル迷宮に行ってみれば? ガイドさんがいるから、適当なとこ選んでくれるよ」
 マビル迷宮。正確に言えばそこは迷宮ではなく、単に転送魔方陣が組み込まれただけの特異点だ。転送陣からは世界各地のダンジョンに繋がっており、望めばどのようなところでも実戦をつむことができるという。
「強くなりたいんでしょ」
「……なんで?」
「弱いくせに諦めないから。何か、やりたいことあるの?」
 その言葉。かつて聞いたことがあった。
 だから、答えは既に決まっていた。
「僕は……」
 大切なものを守ってくれた彼女を、今度は自分が守るために。僕は力強く頷いて言った。こんなところでつまづいてなんかいられないんだ。
 僕が答えると、ルミーナは満足げにうなずく。
「うん。そうでなくちゃ。お姉ちゃんを預けるからには、最低でもボクと当たるまで勝ち進んでもらうからね」
 ぐーっと伸びをしながらルミーナは言った。その口元に、くふりと笑みが浮かぶ。可愛いけれどなんとなく小悪魔的だ。なぜかいやな予感がした。ぱちぱちとウインクをして、ルミーナは言った。
「続けるよ。とりあえず技を一つ教えたげる。迷宮で野たれ死んで棄権、なんて絶対に許さないよ」
 ルミーナは僕にそう言い渡すと、特訓の開始を宣言した。

「つ……つかれた……」
 予感どおり特訓は更に厳しさを増して、それから更に三時間続いた。なにせ成功するまでルミーナは離してくれないのだ。
 特訓を終えた僕は、昼ごはんを食べてからマビル迷宮横の小屋に来ていた。薬のおかげで傷は取れているが、正直疲労は残っている。ルミーナはかなりスパルタな先生だ。それでもなんとなく満足感があるのは、多少は強くなった実感が沸いてくるからだ。
 でも、と僕は心を戒める。訓練だけでは駄目だとルミーナは言った。実戦で死の淵を潜り抜けてみろと。そうすることで訓練の効果は本物に変わると。
 僕はルミーナの言葉に従い、小屋に入る。
「ごめんくださーい」
 小屋には、僕より三、四つ年上の女の子が住んでいた。ルミーナから名前は聞いている。御前夏さん。半年前から闘神都市で働き始めたのだそうだ。ルミーナに貰ったシールを手に夏さんに話しかけると、なんとなく頼りなさげな声で夏さんは答えた。
「こ、こんにちは。承認ですか?」
「はい」
 胸を挟むように腕を組んで夏さんは言った。ぶるん、と大きく揺れた。何がっておっぱいがだ。大きい。ほんとに大きい。ナミールやルミーナのそれをはるかに超越して、マルデさんより更に大きい。って何考えてるんだ僕は。
「希望のエリアはありますか?」
「えーと、僕と同じぐらいの強さのモンスターがいっぱいいるエリアって、ある?」
「はい、ありますよ」
 かなりアバウトな指定だと思ったけど、ホントにあるらしい。好都合だ。

 夏さんに承認してもらった(少々ひと悶着はあったが)僕は、転移魔法陣に乗ってその洞窟にたどり着いていた。テレポートした先は、洞窟の袋小路。
 僕はあたりを見回す。足元の転移魔法円は硬そうな土の地面に描かれている。壁は青みがかった大きな岩で構成されている。天井はかなり高く、ゆうに五メートルはあるだろう。天井から降りるつららのような岩から時折水滴が伝っている。
 ここは地下洞窟のようだ。ところどころに灯りが配置されているので人の手は加わっているが、元は自然の洞窟だろう。
「よし……行こう」
 僕は足を踏み出した。モンスターを見つけて、狩る。
 生死を賭けて戦ってこそ、得られるものがあるはずだ。

 しばらく一本道の洞窟を進と、突風が下方から駆け抜けてくる。その突風に幻聴めいたうなり声が乗っている。不審に思って岩壁に聞き耳を立ててみると、声が響いてきた。
『グオオオウ』
 どうやらうなり声は想像だけのものではないようだ。
 僕のいる通路はらせん状だ。下から声が聞こえるということは、下に、モンスターがいる。奇襲できるか。いや、むずかしいだろう。今のところ道は一本だ。避けて通るわけにはいかない。
(いや)
 避けるんじゃない。僕の目的はただ生き残ることや、迷宮を進むことではない。この大会に勝ち残り、優勝するのだ。僕はぐっと剣の柄を握り締めて、迷宮を慎重に歩いていく。背後に気を払いながら通路を進む。
 そして僕は一体のモンスターと遭遇する。
『グ?』
 思ったとおり、下には怪物がいた。古びた槍を右手にしていて、左手には割れた木の盾を持っている。僕より遥かに体格が良く、動きのひとつひとつが力強い。本で見たことがある、こいつは豚バンバラだ。僕の乏しい知識にも含まれるぐらい有名なモンスターで、こいつに殺された駆け出しの戦士は何百人もいるらしい。
 それでも僕は勝つ。必ず勝つ。
 レメディアの教えに従い、自分に念を言い聞かせ平静を保つ。
「……いくぞ!」
「ニンゲン!」
 僕は殺気立つそいつを死に物狂いで観察する。視線で射抜かんばかりににらみつける。隙だ。隙を見つけろ。どんな強力な奴でも、急所を刺せば死ぬんだ。ぎぎりと歯を噛み絞る。じりじりと間合いを詰めようとするそいつから、僕は視線を離さない。
「グウ!」
「くっ!」
 一閃。
 僕は間一髪で槍をかわす。切っ先が頬を掠めて痛みが走った。
 反撃は、できない。試みようとした時には、槍は既にもとの位置に戻っていた。まずい。攻撃に隙が見当たらない。なら、どうすればいい。
『主導権を握らなきゃ』
 ルミーナの教えを反芻する。その通りだ。隙が無ければ作り出そう。その方法を彼女は教えてくれた。方法を実行に移す基礎をレメディアは教えてくれた。今の僕が持つ武器で、道を切り開くのだ。
「グアァウ!」
 痺れを切らしたモンスターが槍を引く。それに合わせ僕は正面から飛び込む――という動作だけを見せて、直後、横に飛ぶ。今朝ルミーナに教えてもらったフェイントだ。豚鬼は驚いた風な顔で槍を突き出していた。槍は僕の鎧を軽い金属音を立てて掠めていた。成功した!
『チャンスを逃がさないように』
「おおおおっ!」
 ルミーナの教えどおり、今度こそ僕は飛び込む。無防備な豚鬼の肩を狙い、剣を渾身の力で振り下ろす。皮の硬い感触。だがそこで止めず、僕は全体重を剣に乗せる。一度のチャンスで敵を仕留めろ。やり損なえば、その分反撃を許すことになる。
 ずばさぁ、と鈍い振動が手に響いた。返り血が辺りに散った。

「はあっ!」
 勝った。
 と考えた瞬間に、気が緩む。実戦の緊張感は訓練の比ではない。正直、この都市に来てから一番緊張した。ぼくはふうっとため息をついて、剣を鞘に収める。これから何回も、何十回も、いや何千回とこんなことを繰り返していかなければならないのだろうか? 強くなるためには。
 と、そんなことを考えていた僕の耳に、乱暴な足音がとどろいて来る。
「……え?」
 どすどすと床が揺れる音に振り向くと、そこには緑色のハニーに、豚の怪物。さらには大量のるろんたの姿があった。僕の来た道に数体の怪物が溢れていた。
「い、いつのまに!?」
 戦いのせいで、気づくのが遅れていたのだろうか。七体のモンスターが僕の数メートル背後まで押し寄せてきていた。みな目を血走らせせている。僕に荒い息を吐く怪物たちの視線が集中している。
「ま、まずっ」
 僕は即座に決断する。逃げないと。帰り木を取り出そうとポシェットに手を伸ばすが、その前にモンスター達がこちらに走り出してきた。間に合わない。僕は振り返り、一目散に逃げ出した。
 曲がり角を曲がって曲がって曲がったあとは一直線。僕は走り続ける。なんとか時間を稼ぐのだ。でも後ろから押し寄せる怒涛の足音はいっこうに小さくならないどころか、更に迫ってきている。戦うしかないのか?
「うあ!」
 そう考えたところで、僕は急ブレーキをかけて止まる。前方の曲がり角から人影が現れたからだ。まずい、モンスターなら――
「ちっ」
 僕は舌打ちをして剣を抜く。挟み撃ちにされないためには、一撃で切り抜くほかない。僕は剣を抜き、そいつに奇襲の一撃を加えようとして――そして、止まった。人影はモンスターのものではなかった。
 最初に目に入ったのは、透き通った水色の髪。青空のように澄んだ色に僕は目を奪われる。ひときわ目立つ、額でひそやかにきらめく赤色のクリスタル。クリスタルの下に誰の目から見ても美人と言える整った顔。
 そのとき、どくんと勢いよく心臓が跳ねた。僕はこのカラーの女性の名前を知っている。僕の心の根幹に、彼女の美しい名は深く刻みこまれている。彼女の容姿は思い出からくり抜いたようにあの日のままだ。ブルーの瞳に湛える例えようもなく純粋な光を、僕は絶対に忘れない。
「レメディア!」
 叫ぶと、レメディアは声にはじかれたように動いた。
 僕の声を聞いて彼女は驚愕する。
「ナクトっ?」
 レメディア。憧れの剣士。僕に剣を与え、戦士の心を教えてくれた人。その人が目の前にいた。
 五年ぶりに見たレメディアの姿は、あのころのままだった。変わらず綺麗だった。容姿に不釣合いに大きな剣を腰に吊っているところまで、あの日のままだ。レメディアはあの大剣を苦も無く片手で振り回し、迷宮で迷った僕と羽純を守ってくれた。
「どうしてここにっ……」
 レメディアも驚きを隠せないようだ。
「闘神大会に、ってそんな場合じゃっ!」
『グオオウ!』
 野性に満ちたうなり声が耳に轟いた。しまった。モンスターの大群がすぐそこに迫っていた。モンスター達は互いに目配せをしつつ、僕とレメディアを中心に円状に広がる。取り囲んでしまうつもりだろう。
「レメディア、いっしょに……!?」
 戦おう、とは続けられなかった。ぞくぞくと背筋が震えていた。間近にあるレメディアの眼が、凄みすら感じるオーラを放っていたからだ。
「……大丈夫。下がって」
 レメディアが、かつてと同じ言葉を紡ぐ。答える前に、体が勝手に下がる。僕が下がったのを確認すると、レメディアは中腰になって剣の柄に手をかけた。
「……」
 モンスターの一体がレメディアに飛び掛る。
 その直後だった。ギィィン、と鋭く重厚な音が迷宮に響いた。
「っ!?」
 首筋にびりびりと戦慄が走る。その音は単純な金属音ではなかった。単音が幾百重にも重なって厚みを生み出す、これまで聞いたことも無い音だった。音と共に突風が吹き荒れていて、その風にはなぜか血の匂いが乗っていた。
 かちりと、音がした。
 レメディアの刀身が鞘にはまった音だった。
 ……変だ。抜いてもいない剣をなぜ鞘に収められる?
 レメディアはすべてを終えたと言わんばかりに抜刀の体制を崩している。モンスター達も、時が止まったかのように静止している。
 ふいに変化が訪れた。ドスンと地面が揺れた。レメディアを囲んでいたモンスター全員が床に倒れた音だった。七体のモンスターの上半身と下半身が、衝突のはずみであっさりと分かれた。
 ――死んでいた。
 土に染み込みきらぬモンスターの血が川を作っている。その川はレメディアの足元で収束していた。夥しい血痕の中央でレメディアは静かに佇んでいる。白い服には一滴の返り血が飛び散っている。……なぜか、綺麗だと思った。

「すごい……」
 僕はレメディアに見とれていた。レメディアはかつてのレベルを完全に超越していた。動きが完璧に見えなかった。動いたことすらわからなかった。
「ナクト……なのね」
 レメディアが振り返り、僕の名前を呼んだ。声で僕は我に帰る。
「こんなに、大きくなって……」
 レメディアの周囲の空気が弛緩したように思えた。白い頬が緩んでいるように見えた。再開に喜んでくれている。レメディアは僕を覚えていたようだ。そのことを、たまらなく嬉しく思えた。
 でも、それはつかの間のことだった。
「……っ」
 レメディアは言葉を途中で切って僕から視線を逸らした。何かに耐えるように。顔を落としており、影に隠れて表情が見えない。
 沈黙の間の後、レメディアはもう一度顔を上げた。レメディアの顔がたいまつでぽうっと照らされる。その表情は、氷のように無感情なものに戻っていた。今のレメディアからは、逃げ出したくなるほど圧迫感を感じる。その圧迫感はさきほどの戦闘の時の比ではないように思える。
 周囲の空気が冷えていくのが肌で感じられる。背筋が凍りそうだ。僕はレメディアに近寄れない。声すら出せない。
「ナクト」
 レメディアはもう一度僕の名を呼び、続けて何かの言葉を口に出そうとして、止める。きり、と小さな音がレメディアの顔のあたりから聞こえる。歯を噛み締める音だろうか。
 そして、レメディアは言葉を発することをやめた。
 剣を鞘からすっと抜くと、流れるような動作で僕に向ける。
「レメ、ディア……?」
 僕はレメディアの意思を図ろうと視線を合わせる。
 剣を向けるということは、明確な意思を向けることと同じだ。意思が敵意なら僕は即座に死んでいただろう。しかし敵意ではなかった。瞳から代わりに伝わってくるのは、圧倒的な拒否の意思。レメディアの眼は他人との関わりを絶とうとする者の眼だった。
 長い沈黙の時の後、レメディアはふたたび口を開いた。
「闘神大会に、出場、しているの?」
 レメディアは文節を区切って、余計な感情を交えないようにしていた。有無を言わさぬ口調だった。僕はなにかに導かれたように、こくりと頷く。
 するとレメディアは悲しそうに首を振った。
「棄権して」
「……え?」
「闘神大会に、優勝してはいけない。闘神に、なってはいけない。絶対に」
 それだけ言うと、彼女は僕に背を向けた。洞窟の深部に向かって、こつこつと歩いていく。
 僕は知っている。彼女がそんな風に口を聞くときは、何かを隠している時だと。
 レメディアを追って洞窟の坂を下る。ホールのように大きく開いた部屋に着いた。壁に出口は無いが、部屋の中央に奇妙な装飾の施された扉がぽつんと置かれている。あれは召還ドアだ。異世界、時や次元を超えた世界に繋がっていると噂される扉。レメディアがその前に立つと、扉は開け放たれた。きらきらと光る虹色の膜が内と外の境目に張られていた。レメディアは躊躇無くその中に入ろうとする。
「レメディア! 待って!」
「……」
 僕の叫びに反応し、レメディアは一瞬だけ立ち止まる。でも一瞬だけだった。レメディアは振り返らなかった。僕の声を振り切って歩みを再開し扉のむこう側、虹の輝きの中へと消えていった。
「っ!」
 追わなければならない。わけを聞かなければならない。でも僕がたどり着く前に扉は無情に閉じてしまう。慌てて取り付いてノブを回しても、びくとも動かない。
 ――取り残された。
 
「……なんで……」
 僕は呆然と呟く。答えは返ってこない。
 扉の前で、疑問が次々と浮かんでくる。レメディアは何をしている。なぜ闘神都市にいて、なぜ優勝するななどと言う。いくつもの可能性を思いつくが、どれも根拠に乏しく確信には至らない。
(なら僕は――どうすればいい)
 それさえも答えはない。袋小路の奥で僕は我を忘れて立ち尽くす。レメディアの去っていった宝石の扉は、僕の前で悠然と聳え立っていて、何も教えてはくれなかった。

 数分が過ぎただろうか。
 やがて僕は振り返る。扉に背を向けて再び迷宮の深部へと向かう。
「……レメディア」
 考えた結果、今僕に残された選択肢は二つだけだ。レメディアの忠告に従い、すべてを諦めて村に帰るか。それともレメディアの言葉の意味を知るために、この都市に留まるか。答えは決まっている。
 レメディアがあんな悲しそうな表情をする理由を僕は知りたかった。そして願わくば、もう一度笑ってほしかった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.059016942977905