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No.30009の一覧
[0] 闘神都市ⅢR[六本](2011/10/04 02:22)
[1] 1話[六本](2011/10/04 01:22)
[2] 2話[六本](2011/10/04 01:27)
[3] 3話[六本](2011/10/04 01:32)
[4] 4話[六本](2011/10/06 21:57)
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[30009] 4話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4 前を表示する
Date: 2011/10/06 21:57
 闘神都市の裏路地は、昼もなお不気味に薄暗い。
 ルミーナに頼まれたおみやげを買うためとはいえ、あまり長居はしたくない場所だ。僕は周囲に気を配りながら、足早に路地を歩いていく。と、更に奥まった家々の隙間から、はっきりとした乱暴な声が漏れてきた。
「おう、ガンつけてんのかぁ!?」
 僕は反射的に剣に手をかけつつ、声の方向に目をやる。するとそこにいたのは、三人組の男たち。手にナイフと棍棒を持ち、服装も眼つきも荒れていて、みるからに裏路地の強盗だ。そして彼らと相対しているのが、二人の女の子。
「はううぅ、そ、そうじゃないんだす~。こ、この子は~」
 手をばたばたと上下に振りながら言い訳する、腰の低い女の子。服装はひとことで言うとメイドだ。セミロングの髪の毛のてっぺんに純白のラインプリムをつけて、黒と白のふりふりのロングスカートを履いている。うわ、ほんとにメイドさんだ。さすが闘神都市だなあ。
「……」
 もう一人は、フードを奥深く被り、風に揺らぐ大きなマントを羽織った細身の人。顔も体型も伺えないけど、動作はなめらかで隙は無い。僕はなんとなく不気味なぬめりを背中に感じる。なぜだろうと考えてすぐに結論に至る。動きが画一的すぎるのだ。ふつう人間は、いやモンスターもだが、生命の脈を打つものは不確定なところがある。息をしている生物である以上なんらかのぶれがあるのだ。この人にはそれがない、まるで人形みたいだ。
「あんたにゃ聞いてねーんだよ嬢ちゃん」
「とにかくうちのジムショに来てもらおうか」
 女の子達に近寄るちんぴら。そして僕は思案する。関わるべきか、それとも逃げるべきか。ルミーナに鍛えてもらった僕は、闘神大会の優勝候補のような連中ならともかく、そこいらのちんぴらならば相手にできる自信はある。でも油断大敵とも言う。伝説の魔神のような結界なんか持ってないから、斬られれば死ぬんだ。
 だからなるべくこっそりと、斬られなさそうな手段で助けることにした。僕は臆病だから、奇襲が戦いの基本なのだ。
 僕は剣のさやを腰から外して左手に持つと、ちんぴら達の死角からゆっくりと近づいていく。
「はっ!」
 あと三歩のところで僕は行動を起こした。いちばん背の高い奴を背後から思いっきり叩いた。剣は抜かず、鞘のままだ。理由はみっつで、抜くと音がする、返り血を浴びたくない、殺して恨みを買いたくない。要するにぜんぶ臆病者の理屈である。ぼかり、という暴力的な音と同時に、ちんぴらは前のめりにどうと倒れる。僕の最初の一撃は十分な手応えがあった。気絶したとみていいだろう。
「な、なんだあっ!?」
「や!」
 そして次に近くにいた男を、振り向いた瞬間に横殴りに叩きのめす。ごぎ、と鈍いイヤな音がした。僕は両手に力を込めて、全力で鞘を振りぬく。男は数メートル吹っ飛び、がらがらがっしゃん、と豪快な音を立ててゴミ捨て場に突っ込んでいった。
「あぶないだっ!」
「死ねやああっ!」
 怯えた声に、僕は振り向く。最後の男が棍棒を振り上げ、いままさに僕を叩こうとしていた。早い、避けられない。僕は覚悟して身を固める。幸い鎧は着込んでいるから、棍棒の一撃程度なら致命傷にはならない。耐えて反撃に転じるんだ。
 だけどその覚悟は、マントの女の子の一言でかき消された。
「スノー」
 路地裏のこもった空気が一瞬静寂に包まれ、音のすべてがマントの中に吸い込まれたように思えた。明らかに超常的な現象だった。その異常さを僕が認識した瞬間、マントの中から美しい旋律が漏れ出た。女性の声、魔法の詠唱だ。
「レーザー」
 最後の音節と同時に、マントの女の子の指から三条のからみあう光線が射出された。光と音。ぎらぎらと輝くブルーの光線が円形の輪を残像のように何重にも残して、一直線に男に向かってほとばしった。可聴域の天井をがりがりと削るような凄まじい音が僕の耳をつんざいた。
「……な」
 光が男に衝突した瞬間、ごう、と恐れを感じさせる魔力の振動が僕の全身を貫く。
 そして、僕の目の前に男の氷像ができあがっていた。表情は僕に襲いかかろうとしたときのままだ。
 僕は呆然とする。氷像から漂うひやりとした冷気が肌を突き刺す。
「だ、だだだ大丈夫だすかっ!?」
 と、メイド服の女の子が僕にてとてとと駆け寄ってくる。路地裏の暗さもさることながら、前髪を深く下ろしていて瞳は見えないけど、頬と口元からして本当に心配そうだ。僕は鞘を腰に納めて答える。
「うん、大丈夫だよ。……それにしても、すごかったね」
 僕はマントの女の子を見てつぶやく。助けなんか最初からいらなかったようだ。この人は強い。スノーレーザーといえば相当なレベルの魔法使いにしかコントロール出来ない高度な魔法だ。それをこともなげに詠唱する実力とは。
「そんなことなかとです! ほんま、ありがとうごぜえますだ」
 メイドの子がぺこぺこと頭を下げる。
「う、うん」
 僕はすごい方言に面食らいつつ、興味本位で尋ねた。
「それより、あの人の名前は? すごい魔法使いなんだね」
「あ……」
 メイドの子は困ったように口を閉じて僕の顔を見上げると動作を止めた。何度か顔を左右にきょろきょろと振り考える仕草を見せるが、やがて意を決したのか、顔を上げて言った。
「ほ、ほんとは秘密なんだすけど……恩人に隠し事はいけねえです」
「いや、無理なら」
「いえっ! 知っていただくだ! わたすの名前はスエ・オサンドンだす。そして」
 スエと名乗った女の子は、ちょっと背伸びをしてマントの子の頭に手をやる。すると顔を覆っていたフードがふぁさりと取れて、その子の顔があらわになった。きりっとした目。レメディアとはまた違った、深い色の青く長い髪。そして無機質な、生命を感じさせない瞳と、土気色をした肌。
 僕の驚いた様子を見て、スエは言った。
「この子は人間じゃなくて、わたすの作ったゴーレムです」
 ゴーレム。人の作った泥人形だとスエは説明した。僕はにわかには信じられなかったが、間近で見ると土の鈍い輝きをした瞳が照り帰っていて、それでようやく理解した。この子は人間ではない。スエは口の前で両手を合わせると、愛しいものに語りかけるようにつぶやいた。
「名前は、みんなには、魔法一号と呼ばれとっとですが」
 そこで言葉を切る。そして、狭い路地裏に、なんとなく誇りが伝わる声が響いた。
「この子の本当の名前はプルマ・エトシバ。わたすの故郷に伝わる、悲しい悲しい伝説の魔法使い……そのレプリカなのです」
 びゅおうと風が吹いた。プルマと呼ばれた女の子、いや人形は、青く長い髪を悠然と風に流しながら、重い瞳で無表情に僕を見つめていた。


 宿屋のロビーに帰った僕は考える。
 魔法一号、真の名前をプルマ・エトシバ。スノーレーザーを使いこなす高レベルの魔法使い……の、泥人形。人形にも関わらず、あの魔法の威力はすごかった。相手がちんぴらとはいえ一瞬で人間を凍らせてしまうなんてダンジョンのモンスターとは比べ物にならない魔力だ。ということは、僕だってかちんかちんに凍らせられてしまうだろう。
 あの後名乗った僕に対し、スエは頭をかかえて『ああ~、絶対に、絶対に内緒にしてけろ~!』と困っていた様子だった。対戦相手に知られたからではなくて、出場者が人間ではないと知られたら出場停止になるのではないかという心配のようだった。ドラゴンやら宇宙帝王やらが出場してるらしいぐらいだから、べつにまったく心配はいらないと思うんだけど。
 で、困ったのは僕だ。どうしよう。正直あのレーザーを受けて生き残れる自信がない。
「うーん」
「どうしましたしょうねん」
 と、いつもどおりぽやぽやしたナミールが話しかけてきた。探索を終えて帰ってきたらしく、冒険の服装のままだ。腰にポーチ、手には長い杖。
 そうだ、ナミールも魔法使いなのだ。それもルミーナの話を伺うに、かなりの高レベルの。
「ナミール、相談があるんだけど」
「……チェリー卒業のおねがいならわがいもうとでがまんしなさい」
 いきなり妹の貞操を明け渡した。いや、そういえば3回戦に勝てばそのとおりになるのか……。
 と思考があぶない方向に行きかけたところで、僕はぶんぶんと首を横に振る。考えちゃダメだ。
 だってこの二人、すごい美人でスタイルもよくて、そういうことを意識しだすと、僕は正直プレッシャーで戦える自信がない。
「ま、魔法使いへの質問なんだけど」
「ほう」
 えらそうに腕を組むナミールに、僕はさきほどのできごとを説明する。魔法一号さんのスノーレーザーのくだりのあたりで、ナミールはぴくぴくと眉毛を動かしていた。魔法使いとしてやっぱり気になるのかなあ。
 僕が話し終えるとナミールはしばらく腕を組んだり、机に難しい計算式を書いたり、魔法の威力を根掘り葉掘り聞いてきたりしていたけど、その表情は終始暗そうだった。
 やがてナミールは立ち上がって言った。
「はなしはわかりました……マルデさん、ほーたい」
「はいよ、50ゴールドね」
「つけで」
 すごいコンビネーションで一瞬で白い円柱が飛んでくる。ナミールはそれを器用にも後ろ手で受け取ると、無言で杖に包帯をまきまきと巻き始めた。待つ。待つ。……まだ巻いてる。ぺたぺたと張り合わされていく包帯が、杖に沿って棒を白い何かに変えていく。ナミールは無表情のままものすごい速度で包帯を巻いていく。
 って、いきなり何を何を作っているんだろうか。
「ユー・ザ・ヘタレのための練習用です」
 僕が聞くと、ナミールは眼を僕に向けないまま答えた。
「意味がわからないから」
 ナミールはちょっとむっとした。ルミーナに比べ、この双子の姉の感情表現はとてつもなくわかりにくい。今もほんの少し鼻を上に向け、僕に視線を向けただけだ。でも僕は学んでいる。この動作は機嫌が悪くなった証拠だ。なにを言ってるんだこのアホは、とでも言いたげだ。
 ナミールは言った。
「この世界に意味のある行為など、一パーセント程度しか存在しないのですよ」
「じゃあそれ、特に意味はないんだね」
「あります。意味もなくこんな面倒なことをするのはただのアホです。本当にどうしようもないアホですねナクトは」
 やっぱりアホ呼ばわりされた。
 ナミールの不思議な雰囲気のせいか、怒る気はしないけどとにかくさっぱりだ。
「で、結局なにしてるのさ」
「アホのナクトには説明してもムダなのでいいません」
 なぜか拗ねてる。つーんとそっぽを向いて、鼻からふうとため息をつく。その間も作業は止めない。
 橫顏のナミールは、そんな仕草をしててもすごく画になるんだけど、さりとてこうなると取り付く島もない。
 結局、僕は諦めてマルデさんの美味しい夕食を堪能することにした。

 翌朝のこと。
 カテナイ亭で朝食を食べたあと、僕とルミーナはナミールに連れられて街はずれの林にやってきていた。ちゅんちゅんと泣くすずめ、緑の匂い、葉と葉の間から漏れる心地よい朝の日差し。いつもは訓練の時間に当ててる良い時間帯だけど、ナミールは今日に限って理由もいわず僕らを強引に引っ張ってきた。
 僕とルミーナは顔を見合わせて意思疎通をはかる。
 ――なに?
 ――逃げたほうがいいみたい。
 ――なにそれ!?
 ――わかんないけど、今日のお姉ちゃんヤバいって、目が!
 そんなこと言われたって逃げ出せるわけがない。
 ナミールは僕とルミーナと距離を取る。そして昨日作っていた包帯まきまきの杖を取り出して言った。
「ぽやぽや……これから、ひみつとっくんです」
「え゛」
 ルミーナがものすごく嫌そうに顔をゆがめた。どのぐらい嫌そうかと言うと、僕がピーマンを皿の上に出されたときの十倍は嫌そうだった。
「な、なんでボクも一緒なの?」
「お手本を見せてあげなさい」
「なんのさ」
「魔法抵抗」
 ルミーナが顔を青ざめさせた。怯えたように全身を震わせ、一歩一歩後ずさっていく。
「お、お姉ちゃん? あの、今は大会中だからね?」
「さてナクト」
 ナミールはおびえるルミーナを無視して杖の先端を僕に向けた。ナミールは言う。
「ナクトの相手は強力な魔法使いです。遠距離からの魔法で倒れてしまうようでは話になりません。一撃。一撃だけしのぎなさい。よけるか耐えるかして、とにかく近づく。そのための特訓です」
 筋は通っている。でも、じゃあそのための特訓てなんだろう。
「これからこの世界一偉大な魔法使いが魔法を撃ちます。ぼぼーんと。抵抗しなさい」
「ええーっ!?」
 それ訓練かな。訓練と言うかただの攻撃なんじゃ。
「お、お姉ちゃん。じゃ、じゃ、じゃあボクは帰っていいよね?」
「あなたもです。復習しなさい」
「っ!」
 ルミーナがばっと走りだすが、1歩目でびったんとこける。足元に視線をやると、草が結ばれていた。
 どうもナミールが用意周到に罠を張り巡らせていたらしい。それともこういう魔法だろうか?
「や、やだっ、やだっ! お姉ちゃん、なんとかなるよ! そんなことしなくたって!」
「ルミーナ」
 ぴたり、と、杖の先端がルミーナの眼前で止まった。ルミーナの動きが止まる。ナミールは真剣な面持ちでルミーナを見つめている。杖の先端からゆらゆらと揺らめくオーラが、ナミールの言葉の度に揺れて、そのたびに心が直接揺さぶられるような感覚がした。普段のおちゃらけた雰囲気とは全然違う、張り詰めた空気が周囲を緊張させていた。
 僕は知っている。これは魔力の高まりだ。感覚が昨日の泥人形のそれに酷似している。
「あなたもわかっているはずです。これしか手段はないのです」
 ナミールは言った。
「ナクトが十年も二十年かけてじっくりと鍛えていくつもりだ、というのなら、のんびりと迷宮を潜ってレベルを上げるなり、魔法の鎧を見つけるなりすればよいでしょう。それが正道です。でもあなたとナクトの生きる世界は、闘神大会というものは、そんな悠長な成長を待ってはくれないのです」
 ナミールは続けた。瞳が僕とルミーナを交互に捉えていた。瞳が発する光の鋭さに、僕はナミールが真剣に、僕達のために言っていることを心の底で理解した。
「だから、きけんなほーほーでみつけます」
 ナミールが言った。
 確かに。大会は一ヶ月にも満たない期間で、そのうえプルマとの対戦はもう明後日に迫っているのだ。
 その程度の期間で大会の優勝を勝ち取るほどに強くなるためには、危険もいとわぬ特訓が必要なのだろう。
「……わかった。なんとか、抵抗してみせるよ。最初はうまくいかないかもしれないけど」
「ばかたり」
 すごいナチュラルに怒られた。
「ええっ、違うの!?」
「あなたは少し勘違いしているもよう」
 くい、と杖を振ってナミールは言う。相変わらずの棒読み口調だ。
「才能の限界が今のあなたではないことを見せる、できるのはそれだけです。ナクトよ、身体の奥底に眠るものを引きずり出しなさい。生き残るためにはどうすればよいかを、あなたは知っているはずです。あなたにはきっと眠っている才能があるはずなのです。戦士としての体力、抵抗力、あるいはほかの何かまだ見ぬ才能を。知らないならば死に物狂いで思い出しなさい。そして、それができなければ」
 ナミールはぶつぶつと呟くと、無機質な声で言った。
「――ここで死ね」
 そしてナミールは詠唱を開始する。背筋にぞくりと冷ややかなものが走る。
 なんだ、これ。これがナミールの本気なのか。杖の先端に漂っていたオーラはいまやその根源をナミールの全身に移し、彼女の服から紫色のオーラでゆらゆらと揺れていた。ナミールの足元の草がざわめき、風もないのに揺れ、最も近い葉は何やら赤くなっていた。いや、違う。燃えている。ナミールの魔力で草が燃えている。それの瞬間、僕は肌で彼女の魔力の熱を感じた。
「だ、だめだよっ!? 死ぬよ、本当に死んじゃうよっ?」
 ルミーナもものすごく真剣な顔をしていた。魔法を使うモンスターもなかにはいた。確かによけにくいし厄介だけど、剣や斧で切られることにくらべれば威力はそうでもないし怖くも無い。でも今のナミールは、そんな奴らとはケタが違う。
「に、逃げようよ! お姉ちゃんて手加減できないタイプなんだから! 性格がじゃなくて、いや性格もだけど、魔法の才能的にっ」
 ルミーナは倒れこんだままがたがたと震えていた。本気でおびえているようだ。僕はおびえるどころじゃなくて、というかルミーナで危ないなら僕だと即死だ。
「ナミール! ちょ、ちょっと待―ー!」
 僕はナミールを止め――ようとしたところで、全身が総毛立った。生存本能が全開で警告を発していた。ナミールがぶつぶつと何やらつぶやく音が不吉に響いて、それが終わった。僕はとっさに横っ飛びする。ルミーナがほんの少し遅れて反応し、逆方向に転がる。
 だがどっちにしろ遅すぎた。無邪気で無慈悲な言霊が背後から聞こえてきた。
「しね、ひばくはー」
 ずばどぼーんと、遠いところで爆発音がした。実際は近かったのだろう。その証拠に僕は全身に熱気と痛みを感じ、それと同時に5メートルほどぶっ飛んでいた。
「ぐっはあああぁぁああああ!?」
 全身がとんでもなく熱くて痛い。痛いというレベルではない。ごろごろと転がって火を消す。きっと今僕はすごい涙目になっている。
 でも、動ける。
 ごろごろと身体を振って、なんとか身を起こす。振り返る。そこにはナミールがいた。ナミールは包帯の杖を僕たちに向けて満足げに頷いていた。
「わはははは。実験は成功ー、なのです」
「ひどい! お姉ちゃんひどいー!」
 ルミーナが言った。ルミーナはさすがに肌は無事なものの、服はところどころ焼け焦げていて、まるで火事で焼きだされたネコみたいな格好をしていた。というか普段でさえものすごく露出の多い格好なのに胸の布地が焦げ落ちているため、とても目のやり場にこまる。
「愛のむちですよ?」
「でもさっき死ねって言った! ぜったい言った!」
 うん、僕も聞いた。
「それは単なるこころがまえです。包帯で魔力を抑えましたし、手加減できるとしんじてました」
 なるほど、包帯はそのためか。それに心構えだったのか。なら安心だなあ。
 ――ちょっと待った。それはやっぱり殺意じゃなかろうか。
「しょうねんよ、深く考えてはだめなこともありますよ? 世の中には裏と表しかないわけではありません。どちらかが本当だ、それでいいじゃありませんか。白黒つけてとくなことはあまりないのです」
「ごまかされないから」
「ちっ」
 ナミールは舌打ちをしたけど、ぜんぜん困ったふうには見えなかった。というかとても嬉しそうだった。それはきっと、僕がナミールの絶望的な試験に合格したことだと考えていいのだろう。その証拠にナミールの口元はほんの少しの笑みを浮かべていて、そして、その唇が『よかった』の形になっていたからだ。
「さあ、つづけましょう」
 うれしそうな表情のまま、ナミールは言った。
「あなたは才能をみせました。あとは、それをきたえるだけです」
 そしてナミールは杖をもう一度僕に向けた。それからは、地獄だった。
 
 三十七回の火爆破と仕上げのファイアーレーザーを受け、僕は明らかに生命の臨界を迎えていた。
 服はずたぼろだし世色癌じゃ済まない傷がしだいに増えていてひたすらに痛む。要するに死にかけなのだ。
 あと一撃まともにもらえば確実に死ぬ、そう確信した所でナミールはやっと訓練を切り上げてくれた。焦げ焦げになった草原に仰向けに倒れこむ。動く気力がまったくない。今生きていることが不思議なくらいなのだ。
「よくいきのこりましたねえ。なでなで」
 ナミールは相変わらずの無表情で倒れたまんまの僕に近づくと、僕の顔を胸に抱き寄せて頭をなでなでしてきた。
「うあ」
 とても恥ずかしいけどナミールは気にした様子もない。本当に嬉しそうだ。撫でる手のひらがとても暖かくて、母さんを思い出させて、とても先ほどの魔力の嵐を生み出した手とは思えなかった。ナミールは膝に僕の頭をちょこんと乗せると、頭のてっぺんを撫で続ける。
「よしよし」
「……むー」
「おや、ルミーナもしてほしいですか」
「い、いらないよっ!?」
 言葉とは裏腹に凄く羨ましそうだった。たしかに。凄く気持ちいい。安心が頭から伝わって、とても癒される。ナミールは僕の傷の痛みが引くまで、ずうっとそうしてくれていた。パートナーとして僕を認めたからか、あるいは単なる母性なのか。どっちにしても、僕は心地よい痛さを感じながら、眠りに落ちていった。
 
 
 そして、その夜のこと。
 恒例の闘神ダイジェストの時間だ。僕とルミーナ、ナミールは夕食を終えると3人で部屋に集まり、番組を見るために待機していた。
「たっのしみだねー」
 布団に寝そべるルミーナのパジャマは紫色のひらひらがいっぱい付いたエキゾチックなパジャマを着ていて、普段着よりもよほど重装備なように見える。
「夜食もすんごい美味しいし! 闘神都市もうサイコーだよねっ! もぐもぐ」
 マルデさんが作ったごちそうが机に並んでいた。甘いお菓子とジュースが並んでいる。夕食に5人前食べてまだ食べるつもりなのか。相変わらずのすごさだこの人。
「なんだこのいもーと」
 偉そうに答えたナミールに僕は目をやって、そしてすぐに顔をそらす。下着だった。ピンクのブラウス、それだけ。お腹から下は下着だけだ。大事な部分は隠れてはいるんだけど、毛布と白い布団の間からのぞく太ももが明らかに誘惑的で、僕は正直平静でいる自信がない。
「ぽやぽや……どーてーくんには刺激が強すぎますか」
 明らかにからかってるよこの人。
 僕はふうとため息をつくと、ナミールの挑発にのらないように魔法ビジョンに集中することにした。


『ぱうぱう、こんばんわ! 闘神ダイジェストのお時間だよ!』
『ついに始まった1回戦。最初の試合からして凄まじかったぞ。さっさと解説しよう』
『ぶうぶう、切り裂き君クリちゃんのお仕事取っちゃいやだー!』
『ほう。じゃあ司会やってみろや』
『もっちろん。さあ1回戦はシード・カシマ選手対アウラバトレス選手。シード選手は二刀流なんですけどなんかフツーでどこにでもいそうなつまんない戦士で正直クリちゃん絶対こっちが負けると思ってました』
『てめえもう司会のコメントじゃねえよ!』
『対するアウラバトレス選手はなんかムッキムキーのやっぱり戦士』
『だが武器は持ってねえんだよな』
『さて結果です。アウラバトレス選手、試合開始と同時に宝石を天高くかかげたかと思うと、全長十メートルもあるドラゴンに変身! 切り裂き君、闘神大会ってドラゴンが出てもいいんだね』
『そりゃまあ、ドラゴンだしな』
『ドラゴンすごいの。それでアウラバトレス選手、3秒後にファイアブレスでどぼずばーん! 試合場を消し炭と瓦礫の山にしてしまいました。シード選手も一撃で消し炭になった、かと思われましたが!』
『ここからだな』
『シード選手、なんと無傷! 爆風の中から飛び出てじゃーんぷ、ドラゴンに両手の剣でびしばしびしと切りかかって鱗をえぐる剥ぐブチ破る! アウラバトレス選手の爪の反撃もかわすかわすかわしてまた斬る! ニ十ニ秒で決着がつきました、シード選手の勝利です。ぱふぱふー』
『ドラゴンの炎が通用せんとはな。火炎絶対防御というヤツか』
『一気に優勝候補になっちゃったの。フツーの戦士さんの希望の星だね、シードさん』
『けっ、強いやさ男かよ』
『はいはい次いくよー。イケメン忍者十六夜幻一郎選手と、イケメン剣士フジマ・セイギさんの対決です! きゃーきゃー、どんどんどんどんぱふぱふー!』
『うるせえ。試合はどうだったんだ、試合は!』
『えーと、フジマ・セイギさんが幻一郎選手の一撃で倒れて死んで終わりました。享年17歳、イケメン薄命なの……』
『虚弱ってレベルじゃねーな』
『はい、最後ー! 光の使者さん対ドギ・マギさん。ドギさんが勝ちました。光の使者の正体は女の子モンスターでペットなパルッコさんとその飼い主だったんですけど、じゅーはっさいみまんとのえっちなこと禁止の闘神都市条例により逮捕されちゃいました』
『全裸に首輪はいかがわしいだろうが、モンスターに年齢があるのか』
『はい、では今日はこのへんで。また明日、ばいばーい』


 番組を見終わって、僕はベッドに仰向けに倒れ込んだ。やっぱり闘神大会だ。すごい人ばかりだなあ。しかも、もしルミーナに勝って3回戦に勝ち進んだ場合、僕はこの人達の誰かと戦わなければならないのだ。
「ドラゴンって倒せるものなんだねえ」
「……」
 お気楽そうなルミーナに対して、ナミールはなにやら真剣なぽやぽやした顔で思いなやんでいる。どんな顔だと言われてもとにかくそういう表情なのだ。
 ひょっとして、気にしているのは1試合目の人のことだろうか。あの試合を見てからずっとナミールは考え事をしているようだ。
「火炎絶対防御かあ。僕もそんなのがあればいいのに」
「やめておくことです」
 ナミールがめずらしくぴしゃりと言った。
「人をやめないとそんな能力はもてません。人をやめたら、いろいろ捨てることになりますよ」
「そうなんだ?」
「人を捨てればいろいろ手に入るのです。魔法使いはそういう伝説が多いのですが……ぽやぽや……」
 ナミールはしばらく視線を空中に泳がせていたが、やがて僕と目をあわせて言った。
「ナクト。心配しなくても、あなたには才能があります。あなたはあなたの才能で、強くなりなさい」
 そしてナミールはくすりと微笑む。その仕草は余裕があるけど憎らしくなくて、なんだかとても大人っぽくて、僕は子供の頃に見たレメディアをなんとなく思い出していた。何が似ているかと考えて、僕を見るその瞳の優しさであることに気づいた。
 僕はナミールの言葉に照れ隠しで笑うと、それからこくりと頷く。
 一人前の戦士には程遠いと思うけど、ナミールに認められ、期待されることはとても嬉しく誇らしいことだった。僕は心のなかでこっそりと誓った。明日の探索に、明後日の試合に、そしてこの大会に。すべてに勝って、ナミールとルミーナの期待に応えてみせる。そうしていった先にきっと、レメディアに追いつき、彼女を守ることが可能となるだろう。僕は、ナミールが信じた自分を信じることにした。


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