ハンガーを訪れた俺は、ストール中尉の言葉――模擬戦の計画への影響については『見てきたほうが早い』という意味を知った。
不知火に踏みつけられ、フレームに歪みが生じたためにメーカーの工場に送り返され、本格修理を余儀なくされたF-15E。
それに代わる新たなF-15Eが、丸々一機送りつけられていたのだ。ボーニング社の口利きらしい。
しかも、ハンガーに納められたSES計画用の機体は……増えていた。
F-15Eの隣のメンテナンスベッドに横たわる、一機の異形の戦術機。
ストール中尉によると、帝国系国連軍の兵站部を通じて裏ルートで回ってきたという――
「不知火だ……」
別機体と思えるほど弄り倒されているものの、間違いなくオリジナル武の実質的な愛機だった、日本帝国機に間違いなかった。
そいつを見上げながら、俺は眩暈に近い感覚を覚えていた。
不祥事を起こしたのに、逆に装備が良くなっている? いや、改造しまくられたらしい不知火は、良い機体とはいえないかもしれないが……。
ハンガーの照明の下、改造不知火……『ごたまぜ』などと呼ばれている機体に整備兵達が無数に取り付き、口々に何か言い合いながら剥き出しになった内部パーツに手を加えていた。
鼻につく機械油と鋼の匂い、耳には金属の擦れあるいはぶつかる音がひっきりなしに飛び込んでくる。
「ああ、元は確かに不知火ってやつらしい。……重武装と、密集格闘での生存能力。こいつを改造した帝国軍の部隊はこの二つを欲しがったんだろうな。
機動性を生かしたくても生かせない、防御戦闘が多かったんだろう」
隣に立つのは、髭面でがっちりとした体格の、整備班長だ。
整備班はあっさりした態度で俺の謝罪を笑って受け入れてくれて、後腐れなくそれで終わり。
……まぁ、代用のF-15Eだのがどこかから提供されなければ、こうも鷹揚な対応はされなかっただろうが。
俺は相槌を打ちながら、中国製のパーツと思しき『ごたまぜ』下腿部のスーパーカーボン製ブレードに視線をやった。
突撃級あるいは要撃級の打突、あるいは戦車級の噛みつきは、光線属種のレーザーと並ぶ人類の苦悩の源泉だった。
レーザーへの対処は、第二世代機で実現した高機動性と、新式の対レーザー防御(耐熱装甲とレーザー蒸散塗幕の組み合わせ)で一応目処がついたが……。
近接格闘あるいは密集戦闘における損害は、BETAの攻撃が原始的であるがゆえに却って有効な対策が打ち出せず、右肩上がりの一途だった。
アメリカは、BETAとの近接格闘戦は衛士にとってあまりに過酷である、としてこれを極力避けて戦う方法にシフトした。
(さすがに完全に避けることは無理なので、A-6やA-10のような戦術攻撃機系列には、接近戦への備えが見られる)
『ファストルック・ファストキル』能力の向上させ。接近を余儀なくされた場合は、動き回りつつ射撃を浴びせる近接機動砲撃戦に。
その完成型が、F-22 ラプターだ。
ステルス等の対人戦機能ばかりが注目されるが(オリジナル武も同じような印象を抱いていた)、同時に戦術機としての基本性能を高めた事により、野戦での理想的対BETA戦術実施を可能とした。
アクティヴ電子走査レーダーのような高性能な探知システムで、遠くの敵を正確に捕捉。
高出力低燃費ジャンプユニットが生み出す圧倒的速度で常に有利な間合いを維持し、敵の攻撃が届く距離に入る前に撃破して無傷で勝つわけだ。
――まあ、そんな高性能を実現するためにコストが跳ね上がり、G弾重視の予算組み替えもあって実戦配備が遅れに遅れているが。
(これでもYF-23よりコストパフォーマンスはいいらしい。高性能戦術機開発に、いかに金と時間がかかるかという好例だ)
だが、多くの前線国家においては、密集格闘戦は不可避だった。
仮に米軍機並みの各種装備が用意できたとしても、やはり同じだっただろう。
ハイヴという閉鎖空間への突入・制圧戦を前提とせざるをえないため、あるいは動き回りたくてもそれができない過酷な防御戦が多いためだ。
回答として考え出された手段のひとつが、近接戦用固定武装だ。
機体各部に取り付けられた、あるいは装甲と一体化したブレード等。
これらは能動的な武器として使えるものの、本質的には生存性向上のための『攻撃的な装甲』に近い。
固定武装をつけると生産・整備コストが跳ね上がり、デッドウェイトになりやすいなどのデメリットも多いため、前線国家でも扱いの意見は分かれている。
長刀戦闘という間合い――砲撃戦に比べ圧倒的に敵と近いが、密集戦よりはまだ余裕を持たせている――を重視する帝国軍機にとっては、近接戦用固定武装は微妙な存在だ。
現在の所は、デメリットを重視して固定武装を装備しないのが不文律となっている。
それを、不正規な手段で取り付けた。かなり差し込まれるような戦いを続けているのだろう、大陸に渡った日本帝国軍将兵は……。
「――この二機は、どれぐらい経てば動かせますか?」
前線への想像を断ち切り、俺は整備班長に聞いた。
現在、SES計画における衛士は俺一人。
特性の違う二機使いまわしなど御免蒙りたいのだが、ほかに人がいないんだから仕方ねえ。
「F-15Eは、すぐにでも出せるが。
『ごたまぜ』のほうは、かなりの時間見ないと難しいな……何しろ、純正不知火の予備パーツなんぞまともな手段じゃ俺達には手に入らない」
裏取引的にどこかから送られてきたのは、『ごたまぜ』と若干の不知火用パーツのみ。
不知火について、自分なりに情報を集めたという整備班長が、はっきりした事を言えないのは、仕方なかった。
もっとも、整備兵達は基地配備機の余剰パーツを流用してのさらなる改造に、嬉々として取り組んでいるが――
ああ、そうだよ。迷惑かけた負い目があるから「やめて」って言えないんだよちくしょう!
加えて『ごたまぜ』を流してきた側の交換条件は、不知火を改良するために必要なデータだとかで、この点からも試行錯誤を止める事はできない。
……まともに歩行できるかも怪しいモンに仕上がりかねん。
「日本人の技術者達は、いい仕事をしすぎたな。なまじ無茶な要求性能をまとめる腕があっただけに、ぎゅうぎゅう詰めだ。
こういう遊びのない機体は、先がないのは仕方ない――正直、改良は無茶だ。新造か、それに近い改設計をしたほうが早いだろう」
「…………」
俺は、なんとも返せなかった。
因果情報通りに歴史が動いているのなら、実はすでに整備班長が言ったような動きはある。
武御雷だ。
不知火の上位互換機であり、オリジナル武にとっては浅からぬ因縁のある機体。
発展性を削った不知火系列に位置しながら、不知火より数段上の性能を誇った。
その理由は、まさに新造に近い改設計を行ったからだ。しかも、コストや生産・整備性を度外視して。
外装部分はほぼ別物といっていいほど新規に設計され、パワーや耐久性から見るとジェネレーター周りもかなり手を加えてあったのだろう。
……感情的な思い入れが無い俺の意見からすれば、武御雷は無駄が多すぎる。
特に、衛士の家格によって性能にまで差を出すというのは、何を考えているのか真剣に理解不能だった。生産性、整備性の悪さの何割かは、恐らくこのせいだろう。
ジャンプユニットの出力や関節強度に違いをつければ、燃費や強度計算はそれぞれの分を取り直さなければならない。当然、技術者の手が塞がる。
BETAの日本本土上陸が現実味を帯びた時期に、わざわざ金と人的資源に無駄が多い仕様としたあたりは、庶民出の俺からすれば怒りさえ覚える。
(身分制度にあわせた武御雷の各型熟成のため制式化が遅れ、日本国民がもっとも犠牲を強いられた1998年から2000年までの時間を浪費した、という情報を知っているから尚更に)
開発中であろう武御雷の衛士身分向けのタイプ乱立をやめて一つにまとめ、同時に帝国軍で採用して量産効果を求めれば……。
本土防衛戦に間に合うかもしれない。
だが、まさに滅茶苦茶な戦術機開発を通したことが象徴する通り、斯衛軍や城内省は軍事的合理性よりも伝統とやらを重んじるだろう。
帝国軍の不知火改良あるいは代替する新型開発とリンクしてくれるとは、とても思えねえ。
せいぜい、請け負った企業経由で間接的にデータが回るぐらいか?
かといって、俺にも不知火を改良する妙案なんて思い浮かばない。
うまく結果を出せば、国連・アメリカの力を借りるとかの黒い手段じゃなく、まっとうに帝国軍への発言力を確保することもできるんだろうが。
ここは、不自然なほどこちらに好意的なボーニングに話を持ちかけてみるしかないか? が、これも相手の好意の理由が見えないだけに、迂闊な動きは危険かもなぁ……?
ひとつ頭を振って、『ごたまぜ』から俺は目を逸らした。
「……それじゃあ、操縦の感覚を取り戻したいんでF-15Eをちょっと動かします」
「了解だ――ああ、この前の模擬戦で得た機動データのフィードバックは終わっている。
……少尉の操縦は、関節疲労の溜まりが並の衛士より激しい。アラートには注意してくれよ」
俺は、ひとつ頭を下げる。
米軍の影響が強いここの国連軍部隊では、衛士に強いて消耗を抑えろ、とは言わない。
機体に負担をかけず、かつ敵を倒し生存を続けるような機動は、その繊細さゆえに衛士の神経と体力をすり減らすからだ。
それぐらいなら限界がきそうなら後退させ、整備を受けるか予備機と交換したほうがいい、と指示されるのだ。
衛士はじめとする訓練された人員こそが、『消耗品』の中で一番高価で替えが利かない、という発想による。
……衛士としちゃ、負担が軽いのはありがたいが、こういうのに慣れすぎるのもまずいかもしれない。
様々な思考を弄びながら、俺は着替え室を目指して駆け出した。
途中、無数の兵士達とすれ違うのだが……どうも、彼らの向けてくる視線が明らかに前と違っていた。
敬礼と答礼を交わすのさえ、早く済ませたいという態度が多くの者達から感じ取れるのだ。
――なんというか、恐れられている?
まあ、あんだけの事をやったら、引かれるのも無理ないか。
と、肩を落とす俺の前を塞ぐように、十人……いや、二十人近くの兵士が立ちふさがった。
いずれも若い……若年志願兵の俺よりは年上だが、それでも最年長で二十歳ぐらいか? いずれも衛士徽章を制服の胸につけている。
「……なんです?」
俺は、咄嗟に身構えた。模擬戦絡みの、意趣返しか何かかと思った。
「あの、白銀少尉ですね……? 少し、お話とお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
進み出てきた若い女性少尉が、俺に向かって頭を下げた。
おずおずと、こちらの機嫌を伺うような態度だ。敵意とか害意は感じられず、俺は小首を傾げた。
白銀武・国連軍少尉に大恥をかかされた、帝国の衛士達。
彼らが名誉回復を考えたのは、自然なことだった。
今度こそまっとうな手順で模擬戦でも申し込んで、挫く。そうしなければ、いい笑い者だという認識は、軍全体に広まっていた。
だが……いざ、誰が再戦を挑むのか? というと、まったく当てがないのが実情だった。
帝国最高の富士教導団衛士が、あれほど有利な条件でも蹴散らされた相手だ。
勝算を弾き出す事はできなかった。
(これは、武が因果情報を通じて不知火の特性を知っていた、といった常識外の要素は見抜けない事にもよる)
辛うじて名が挙がったのは、国連軍移籍準備に追われる神宮司まりも大尉であった。
が、彼女は厳しい態度で断わりを入れた。
「模擬戦は、実戦に役立てるために国費を使って行うものだ。くだらない喧嘩の後始末には付き合えない」
と、言い切る。
生真面目な神宮司からすれば、一人前の衛士達が争いを起こした事自体が失態そのものであった。
もっとも、神宮司大尉には、決して口外はしない別の気になる点があった。
彼女のまた、あの模擬戦の記録を閲覧していたのだが……。
白銀武という少尉の機動に、どこか覚えがあるのだ。
武道において、師匠と弟子の動きや呼吸が似通うように――幾度か考え込み、そして自分の動きに似ている箇所がある、と思い至る。
ぱっと目にはわからない。
神宮司には、あんなGに耐える体力はさすがにないし、極端に変則的な機動を使うわけでもない。
それでもふとしたタイミング……機動と機動の『間』の繋ぎ方などに、通じる点がいくつもあるのだ。
あんな教え子を持った記憶はないし、また自分が教導した衛士が国連軍に移って誰かに教えた、という話はまだないはず。
神宮司大尉は、密かな疑問を抱えることになった。
また別の候補として名が挙がった、大陸派遣軍に所属し実戦を経験した衛士は、
「我々の敵は、BETAだ」
の一言で、人類間の見栄だの面子だのに汲々とする同僚達を切って捨てた。
大陸での死闘においては、やれ愛国だの面子だのなんだのを演説している暇はない。
どこの何人だろうが、どんな考えをもっていようが、軍人の価値を分ける基準はひとつ。
『BETAとの戦いに役に立つか、立たないか』
それだけだ。
亡国の下級軍人だろうと、BETAを倒し人々を守る力を持つ者が尊敬される。
そういった人物には、人種・身分・思想・国籍など関係なく、多くの兵がついていく。
大国の高級軍人であっても、無能なものは相手にもされない世界が、海の向こうでは既に展開されているのだ。
『遊び』のために潰す機材があるのなら、実戦に備えよ――それが、『大陸派(思想傾向というより、過酷なBETA戦を経験したかどうかを共通項とする、軍内の少数派)』の総意だった。
「帝国軍には、今のところTAKERU=SHIROGANE少尉に積極的に復仇しよう、という動きはありません……意志はあるが、成算が無しというところですか」
横田基地の米軍管轄区域を管理する、基地司令官の少将が言った。
日本駐留が長い彼は、それなりに人脈をもっており(個人の内心までは、当然分からないが)、帝国軍の動きをある程度知っていた。
対面するソファーに座り、ひとつうなずくのは米軍の中将――バンデンブルグ将軍だった。
バンデンブルグは、上層部に話をつけて在日米軍に移籍した。本土のお偉いさん達は、厄介払いができたとばかりに迅速に手続きを行った。
日本へ入った中将は、まず『イーグル・ショック』の後始末を軟着陸させてから、情報収集に入っている。
「少将、帝国内のもうひとつの軍――斯衛軍の動きはどうか?」
「現代のサムライ達は、名誉を重んじますが……逆にいえば、名誉が傷つくのを何よりも恐れます。
恥を晒したのは帝国軍であって、我々とは無関係という態度ですね」
「ズイカクがイーグルを倒した模擬戦の例は、日本国内ではかなり持ち上げられているそうだが……?
二匹目のドジョウ……だったか、それを狙って名を挙げようという気配は?」
「あれこそ、まともな頭を持った衛士なら一度切りの奇策ゆえ、と理解します。カタナの刀身をシールド代わりに……知っていれば、通じるはずもありません。
また120ミリ砲弾が、防御用としての使い道を考慮しないカタナで受け止められた事象自体が、訓練用弾だからこそ起こりえたのです。
EIJI=IWAYA大尉の機転と技術は尊敬に値しますが……結論については、国産を求める者達の方便というやつですよ」
「ふむ……確かに、その模擬戦からは『アメリカ軍機をベースに買取り、独自改修したものこそ最高』と純国産路線否定の答えを導き出すことも、可能なわけだからな」
二人が話し込む司令室の窓の向こうでは、冷たい空気を透かして落ちる日光を受けながら、無数の戦術機や戦車あるいは航空機が行き交っている。
大陸の前線へ送り出す兵器もあれば、その大陸から帰って来て修理補修を受ける物もある。
と、その中に一際大きな影が動いた。
バンデンブルグ中将がアメリカ本土から呼び寄せた大型輸送機から、戦術機が立ち上がったのだ。
それに気づいた司令官は、ほうと目を細めてそちらを見やる。
「……あれが、閣下の切り札の一つ、ですか?」
「ああ。あちこちから予算を都合させて、なんとか形になった試作機だ」
たまたま近くを移動している戦術機――F-15Cと比べても、頭二つほど大きい機体だった。
ただ大きいだけではなく、頭部・両肩・両大腿部には丸い膨らみ状のパーツがつき、太いフォルムとなっている。
背中には、ハイヴ攻略時の輸送戦術機のようなコンテナじみたユニットを背負っていた。
「未だ訓練場での実証さえ済んでいない代物だ、ついでにテストして貰おうと思ってね」
BETAの侵攻を受けるまで、人類の戦闘兵器は――不正規戦争や低強度紛争に使われる歩兵装備などを別として――高性能化・少数化の道を辿っていた。
主力兵器……航空機や戦車は、仮想敵を質で圧倒すべく高度な技術が投入され、それを操る兵士もエリート中のエリートが選抜される。
核兵器の運用能力さえもたされた戦闘機が出現し、宇宙開発が進むとSFの産物であった『宇宙戦艦』さえ構想されるようになり……。
必然的に、兵器ひとつにかかるコストは膨大というのも愚かなほど跳ね上がった。
『大国が一年分の予算で、数個の兵器しか買えなくなる時代がくる』
とさえ言われていた。
それが、BETAという脅威が人類の歴史を強引に切断しうる存在として出現し、立ちはだかったことで一変する。
人類の戦史上、もっとも大量の砲弾や兵器が投入され、多くの人命と共に消費されたのは第二次世界大戦だが。
対BETA戦における人類側物資の消耗は、短期間でそれに迫るものとなった。
そんな中、人類の主力兵器に対する考えは、大雑把にいって二つに分かれた。
ひとつは、圧倒的な個別性能によって物量を蹴散らす、質至上主義。
アメリカが事実上失敗し凍結させた、戦略航空機動要塞計画(宇宙戦艦構想を重力圏内で実現、一機でハイヴ制圧が可能なほどの超兵器を目指した)などはその最たるものだろう。
ここまで極端ではなくても、一機の戦術機に過剰とも思える多機能・高性能を付与する動きは、それなりに多い。
アメリカのF-22や、帝国の不知火のようなハイスペック志向機だ。
高い技術力を持つ軍需企業の中には、旧来の戦術機の概念を越えた機動兵器を開発しよう、という構想があるようだが……こちらは、形になった例は知られていない。
もうひとつは、単機のスペックは一定レベルに留め、代わりに生産性・整備性・操縦性などの実用面を向上させ、人類側に用意しうる限りの物量を備えようという考え方だ。
もちろん、無尽蔵と思えるほど湧いてくるBETAと同数の戦術機等を用意など困難だが。
数の差が狭まればそれだけ一機あたりにかかる負担は減り、結果的に相手の物量を破ることが可能だ、と。
……さすがに、戦術機の生産力自体が未熟だったBETA大戦初期を除き、質を落とすという選択肢はとりにくい。人的資源の枯渇が凄まじい以上、兵士達の生存性を低くする事は自殺行為だ。
F-16あるいはF-18のように新技術導入で良好な性能を持ちながら、コストパフォーマンスに配慮した戦術機群が存在する。
これらは、実戦投入されるとかなりの国々が採用し、生産数を延ばしつつある。
その集大成として、アメリカ・欧州連合・アフリカ連合がかつてない規模での国際共同開発戦術機計画を実施すべく、協議を開始していた(後のF-35)。
だが、中将が持ち込んだ戦術機は、いささかこれらの発展ルートからは外れたタイプであった。
「さて、この極東の地で、私の望む成果が挙げられるかどうか……」
中将は、独白にも似た呟きをこぼした。
アメリカ政府そして軍は、G弾使用路線に邁進しており、そのためにかなり強引な手段を用いている。
その動きを、バンデンブルグは否定することができない。
BETA支配地域……特にハイヴは、ガン細胞のようなものだ。根治を為さない限り、健康な地球という命の細胞を侵蝕していく。
際限なく。
現状、唯一そのハイヴを排除し得る可能性があるのは、G弾の使用のみだ。
核やS-11といった大量破壊兵器の投入さえ、光線属種の迎撃によって無力化される恐れがある。
バンデンブルグは自分の案に成算をもっていたが、客観的な説得力に欠ける事を認めざるを得ない。
「早速、あの機体の実働テストを開始します。丁度、訓練中の隊がありますので」
少将の言葉に、バンデンブルグはうなずいた。
帝国国防省の、地下会議室。
巨大な円卓を囲むように、年代も格好もばらばらな人々が席についていた。
軍人であったり、軍需企業関係者であったり、文民の官僚であったりと様々な肩書きをもっている者達だが。
帝国の戦術機行政に関わる立場にある、という共通点があった。
……実は、前回の会議とはかなり顔ぶれが代わっている。
不知火開発推進者のうち、問題点の情報隠蔽に関わったり、それについての監督責任を問われた者達の多くが、罷免ないし左遷されたからだ。
出自がやんごとなき筋であるとか、組織が必死で庇うエリートなどの中には席を守った者もいるが……そういう手合いは、事実上発言権を失っていた。
議題は、新しい戦術機開発・調達方針について。
声を上げたのは、空いたポストを埋めるために急遽開発畑に入った軍人だった。
「例えば、だ。不知火の改修においては、外装レイアウトを変えないという考えに拘らず、外付け式の装甲を新型に交換・追加したりなど、手段はあるだろう?」
戦術機に関連する部署の軍人が、全て技術に詳しいわけではない。それがわかっているとはいえ、説明の労を要する企業側の担当者の顔色は冴えない。
「確かに、肩部装甲を補助スラスターと一体化する等の改良は、西側のみならず東側でも米企業の協力を受けて行われております。
ですが……」
敵攻撃を受け止めるべき部分に別機能を持たせる、というのは本来の役目である防御自体の低下をもたらす。
機関部や推進剤の誘爆・炎上等の二次被害を防止する機構も必要だ。
そういった新規部分に要求される出力・電力は、結局の所は本体の許容内に制限される。
また、多機能化したパーツを制御するためには、より高度な演算システムに交換する必要もあった。
OS用CPUとはまた別の、機体全般を制御するセントラルコンピューターを丸ごと入れ替えなければならない場合も考えられた。
連鎖的に、さらなる電力増強、廃熱能力が求められるのだ。
機体の一部を改設計したり新規設計する場合も、同じような制約がかかる。
発展性を限界まで削った不知火は、新規パーツに回す諸々の余力が無いのだ。
まず根本的改修からはじめて、余力を生んでから……という手間が必須となる。
既存のジェネレーターとサイズや重量等がほとんど変わらず、それでいて出力が割り増し。
あるいは、既存部品と同じ出力を持ちながら、省電力で動く高効率ユニット。
そんな、技術的に困難な新世代部品の手配でもつかない限り、ハードルは高いままだった。
「ジャンプユニットの交換も簡単にはいきません。機体への負荷、空力、燃費の再計算が必要ですし」
戦術機のジャンプユニットは、空陸両用の活動能力と機動性を保証する最重要部分の一つであるのと同時に、泣き所だ。
構造上、装甲するのが難しく、被弾すれば簡単に脱落あるいは機能を停止してしまう。特にBETA戦においては、ジャンプユニットの機能停止は破滅に直結する。
機体とジャンプユニットの間にあるアームは、強度と可動性を両立させねばならない。一朝一夕に、より出力の高いユニットに適応した改修は難しい。
当たり前の話だが、それ以前の段階として新型ジャンプユニット自体の開発にもコストを要する。
企業担当者の、長い説明が終わる。
そこかしこで、不規則な議論が交わされはじめた。
「事ここに至っては、外国産機の導入も考えねば……」
「馬鹿な事をいうな! 国産こそが我が帝国の取る道、というのは既に決められた――」
「その国産路線を続けるのに必要な情報を隠し、目先の事だけ辻褄を合わせれば良し、とする態度が今日の事態を生んだのだろうが!」
「……現在、河崎重工を中心に進行中の実験改修(不知火・丙)も、早速滞っているとか。
大型化したジェネレーターを組み込んだ無理な改修で機体バランスが悪化し、稼動時間や操縦性の低下は、かなりのレベルになるという予測値が出ている」
「――新規に国産戦術機を開発する。これしかあるまい? 幸い、不知火に用いられている個々の技術は優れた物だ。実戦証明も順調に蓄積されていたはずだが?」
「斯衛軍向けの次期主力機開発のため、富嶽重工と遠田技研は手が塞がっております。光菱重工は撃震のアップグレード中ですし……」
「新開発のために、どれぐらいの資金が必要になるか……議会、国民が納得しますか?」
「カネよりも問題なのは、時間だ。新規となると、実戦化まで何年かかるのか不透明……」
「大陸の戦況を勘案するに、楽観的に見てもあと三年ほどで日本本土へのBETA襲来が有り得ると思われる……陸軍の面子と日本帝国全体の防衛。いずれが大事かは、明白だ。
斯衛に頭を下げて、開発中の機体のデータを開示してもらい、良い戦術機ならば帝国軍でも採用。それが無理なら、外国産機導入もやむなし」
「開発を管理する城内省の連中は秘密主義で、普段からまったく話が通じないのだぞ? 頭を下げたぐらいではとてもとても……」
それぞれ背負う利害や考えは違うが、共通しているのは時間に対する不安だった。
今更ながら、開発初期にスペック至上主義に囚われた者達が恨めしい。
不知火ほどではないにせよ余剰に乏しいと言われていたアメリカの軽量戦術機・F-16がいくつもの強化・改修機を生んでいるように、時間と明確な問題意識があれば打開策はあったかもしれないのに――
軍の内外においては、外国産機……特に、F-15Eの導入を求める声は日増しに高まっていた。
元々F-15Cのバリエーションである陽炎は、高性能と実用性を両立させた機体として、前線将兵から好評だった。
一部では反米感情や、『瑞鶴に負けた戦術機』という印象を原因とするネガティヴなイメージがあるが……。
実際に接してみれば、アメリカ兵が血を流して得た戦訓が随所に生かされた、優れた機体であることは何者にも否定できなかった。
その発展強化型が、模擬戦で見せた実力は、魅力的に映ったのだ。
しかし、政府は既に『世界初の実戦第三世代機を、自力で開発した日本帝国』というブランドを作り上げ、外交カードとして利用してきた。
外国産しかも2.5世代機をわざわざ買うというのは、何か国連が絡んだ秘密計画に熱心らしい政府が首を縦に振らないだろう。
今回の場合、軍の不実が先にあるのだから、政府を非常時を名目に押し切るのは困難だ。
最低でも第三世代機――新規開発にせよ、外国から買うにせよ、この基準は満たさなければならない……。
が、外国の第三世代機はスウェーデンのJAS-39 グリペンを除き、いずれも実戦試験段階あたりがせいぜいだ。
そのグリペンも、導入経験のない欧州機に対する不安感があり、厳しい。しかも、パーツ換装を前提として各種任務をこなすよう設計された機体だ。
欧州機としても特殊で、帝国に馴染ませるのは恐らく難しい。
今はショック状態の国粋主義勢力も、いつ声のでかさを回復させるか。
そんな議論に加わらず、末席近くで一人腕組みする士官がいた。
(まさに泥縄だな。これが、本土の実態か……。既に大陸戦線は、日本にとっての正念場になっているのだぞ。
本土防衛戦などという夢を、未だに見ているのか)
つい先ごろまで、大陸派遣軍に所属し血反吐を吐く思いで戦っていた、前線帰りだった。
極東戦線の焦点は既に中韓国境から遼東半島部に入っている。
その一帯では、中国(統一中華の中共軍系)・韓国(大東亜連合に参加)・日本そして国連軍(過半数は米軍)が戦っていた。
本国から追い出されるかどうかの瀬戸際である中国軍、次はいよいよ本土が戦場になる韓国軍は、文字通り死兵となっている。
国連軍・米軍もまた、軍事的理由から死守の決意を固めていた。
もし、BETAがユーラシア東海岸まで完全制圧すれば、これまで安全地帯だった日本・台湾・フィリピン等が直接脅威に晒される。
BETAの渡海能力次第では、さらに後方――資源地帯として貴重な、東南アジアの太平洋島嶼群までが戦闘地域となる。それは、人類側の生命線である海運兵站が破綻する事を意味していた。
このあたりは、欧州地中海戦線のシチリアに匹敵する緊要度であった。
動機の比重が感情にあるか、利害計算にあるかはともかく、珍しく人類軍の共通認識が通じている戦場だった。
戦術的にも、海上戦力の支援が受け易いこの一帯は、人類がBETAに対してバックハンドブローを浴びせられる可能性が残った、数少ない地域である。
だが、日本帝国は陸軍の有力諸隊の多くを本土防衛軍に移管させるなど、その意図は戦力保全にシフトしつつある。
派遣軍前線指揮官層からは、まさにこの地を決戦場として、帝国の精鋭戦力をBETAに叩きつけるべし、と主張されていたが、本国からは黙殺されていた。
何かとぎくしゃくする関係にあるアメリカ頼みの本土決戦など、妄想も甚だしい。
諸国の利害が奇跡的に一致するあの茫漠たるユーラシア東端こそ、帝国の天王山だ。余裕は、そこでBETAを殲滅することで搾り出すべきであり、諸国軍を盾にする形では外交上も、拙い。
もし、朝鮮半島まで陥落することになれば、統一中華・大東亜連合や米軍は、まさに日本がとりつつある態度のように、自勢力領域の専守第一にシフトするだろう。
にもかかわらず……
『ありえない奇跡』でも発生しない限り、本土防衛戦イコール日本必敗。それが、この士官の実感だった。
それもただの敗戦では済まない。ただでさえ、山がちで狭い国土に人口が密集している日本だ。民間人の避難は困難であり、その被害は……。
(こいつらに任せていては、日本は滅びる。かといって、まともな手段では考えを改めるような連中でもない。
いっそ、軍の刷新を求めて非常手段――)
浮かびかけた危険な考えを、士官は慌てて頭を振って追い出した。前線から戻ってきたばかりで、気が立っているのだと自分に言い聞かせる。
新型どころか撃震の数さえ不足し、それこそ本来なら違法・道義に反する手段を用いても戦力をかき集めなければならないあの戦場と、本土との空気の違いに戸惑っているのだ、と。
会議は踊る、されど進まず。
泡のように生まれては消える、議論という名の空しい言葉のやり取りを聞き流しながら、士官はこっそり溜息をついた。