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No.30130の一覧
[0] TAKERUちゃん、SES!!(ALの並行世界モノ)[PN未定式](2011/12/26 09:53)
[1] 第二話[PN未定式](2011/10/16 18:12)
[2] 第三話[PN未定式](2011/10/25 17:35)
[3] 第四話[PN未定式](2011/10/31 07:40)
[4] 第五話[PN未定式](2011/11/15 18:31)
[5] 第六話[PN未定式](2011/11/16 07:16)
[6] 第七話[PN未定式](2011/11/23 20:20)
[7] 第八話[PN未定式](2011/12/23 10:46)
[8] 第九話[PN未定式](2011/12/16 15:39)
[9] 第十話[PN未定式](2011/12/12 09:37)
[10] 第十一話[PN未定式](2011/12/23 11:46)
[11] 第十二話[PN未定式](2011/12/27 08:57)
[12] 第十三話[PN未定式](2012/01/01 17:17)
[13] 第十四話[PN未定式](2012/01/12 19:36)
[14] 第十五話[PN未定式](2012/01/10 22:51)
[15] 第十六話[PN未定式](2012/02/11 11:42)
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[30130] 第十話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/12 09:37
 シャンデリアの煌煌たる明かりは、窓から人々の目に忍び寄る夜の闇を駆逐し、素晴らしい料理の芳香が鼻を楽しませる。
 ドレス、あるいは着物で美しく身を飾る女性達が笑い声を上げ、胸に無数の勲章をつけた軍人達が歓談に興じている。
 日本帝国・京都の迎賓館において、英国からの使節を歓迎する宴が繰り広げられていた。
 出席者は、皆一定以上の社会ステータスを持つ者、もしくはその家族係累だ。

 BETA大戦など別世界の出来事のような光景。これでも、往時に比べれば料理の質は悪く、規模も小さかった。

 そんな中で、英国陸軍軍人の正装をした情報部の中佐(表向きの肩書きは、技術士官)が、タキシードを着込んだ四十代ぐらいの帝国軍需企業幹部と会話を交わしている。

「斯衛軍の次期主力選定開始が1991年。そして、国産機開発計画『飛鳥』として動き出したのは1992年。
つまり、不知火が制式化される前なのです。そして、試作機完成目標とされたのが1997年――」

 幹部が、記憶を探るように指を折りながら言った。

「確か、TYPE-94開発計画も同時期だったように記憶しておりますが?」

 中佐は、片手でグラスを揺らしながら小さく首を傾げて見せる。

「はい。帝国軍次期主力選定開始が、1983年。実用化目標は1988年に設定されておりました。
ご存知の通り、こちらは予定よりさらに6年超過して完成、1994年に制式化して大陸に運び実戦投入という慌しさで……。
しかも、帝国国内では単独で新型機を仕上げられる企業は無く、仕事の軽重の違いはあれど、掛け持ち作業は当然でした」

 同時に、F-15J 陽炎のライセンス生産と、その技術の解析。1991年から始まった大陸派兵で得られた戦訓の研究。
 技術者が過労で倒れたりする話は当然のように聞かれる、過酷な時期だった。
 そういった事情を、既に事前に承知しながらも中佐はさも初耳、という顔で聞く。

 兵器……特に複雑な技術の塊である戦術機や航空機・戦車というのは、制式レベルに達しても思わぬトラブルが続出するものだ。
 お国柄や、諸条件によって異なるが、制式化後数年は実用に近い条件で現場部隊がテスト、判明したネガティヴ面を潰してようやく実戦投入というのが理想だ。

 兵器を開発する部門に属する衛士や整備兵は、どこの国でも技量優秀なエリートだが。
 実際に兵器を使う隊は、概ね彼らより劣る一般兵、という側面もあるので、試作段階では出なかった問題が判明、というのは良くあった。

 が、昨今はそんな余裕を取れる国家は少ない……畢竟、マシントラブルは増大傾向にある。
 目立った問題が発生しない機体は、それだけで奇跡的存在だ。
 衛士が新鋭機より旧式機を好む傾向にあるのは、こういった背景も存在した。

 ソ連軍の機体などは、欠陥是正改修がほとんど恒例となっている。
(欠陥判明機を応急処置だけで安価に他国に売りつける、という資本主義者顔負けの商魂も見せているが。
安かろう悪かろう市場はソ連の一強状態という、なんともいえない結果を呼んでいる)

「不知火を制式化にこぎつけ、一息つけました。が、城内省の注文は未完成で、しかもスケジュールより遅れる気配があります……おっと、今のは……」

「わかっておりますよ……我が国も、苦労しております。国際共同開発で戦術機を共通規格化し、コストと兵站の無駄を削減しよう、という理想は良かったのですが。
まず要求仕様の取りまとめや、主機メーカー選定で揉めに揉め、ついにはフランスのように撤退した国まで出る始末で……。
むしろ、実質的な我が国の単独開発になった後のほうが、進行が順調になったぐらいです」

 酒が入ったためか、つい機密をこぼしてしまった幹部に笑いかけながら、中佐は話を変えた。

 EF-2000 タイフーンの事だ。

 国際共同開発において、F-5E/G/I IDS トーネード(第一世代機改修)の成功例を持つ欧州諸国ですら、戦術機開発・改修には四苦八苦していた。
 しかも、BETAとの激烈な戦闘を交えつつであるから、その辛苦は想像を絶する。

 英本土防衛戦には、トーネードのイギリス向け強化型で、さらなる能力を付与されたF-5E ADVが米軍の最新鋭第二世代機と並んで参戦、名を挙げたが。
 本命と目されていたECTSF計画機(当時は、第二世代機開発計画だった)は、防衛戦終結まで間に合わずじまい。
 存在しない高性能(の、はずの)機体より、隣で友軍が使っている機体のほう――しかも高性能だ――が頼りに思えるのは当然で、計画中止と米軍機導入は何度も取り沙汰された。

 イギリスの政治家達は、ECTSFの開発継続――さらに、目標を第三世代機への変更を決断したが、もし英本土が陥落していたら拭えない不名誉を背負ったことだろう。
 外交戦略によって計画機を欠いても防衛を完遂できる戦力をかき集めた、また当座はADV増産でなんとかできる、という計算が裏にあったのだろうが……。

「日本には、『船頭多くして、船山に登る』という諺がありましたな? まさにその通りで……しかし、金と技術だけ出して口は出すな、などと他国に言えるはずも無いですし」

 実質的な単独開発になって開発速度が加速したとはいえ、当初より時間と金を食っている事に違いはない。
 その遅れを取り戻すため、また離れかける他国を引き戻すため、技術実証機による試験を兼ねた実戦デモンストレーションという荒業をやっている。
 兵器開発において、邪道というべき綱渡りだった。

「――その、EF-2000についてなのですが。現場の評判などは、どんなものでしょう?」

 幹部はさりげなく聞いた様子を装っていたが、目は真剣そのものだ。

 おいでなすった、と内心でつぶやくと、中佐はわざとらしく首を傾げた。

「……実戦戦績においては良好で、トラブル潰しも順調だとは聞きますが。具体的な実施は、国連軍に任せておりますので」

「そうですか……」

「先ほども申し上げたように、あくまでも国際共同開発機ですからな。オプション兵装を、計画当初からの出資各国向けにそれぞれ製造し、実験してみなければならず……。
機体自体の共通化によるコスト削減効果が、周辺装備で打ち消されるのではないか、という不安を個人的に持っておりますが……今は、なんとも」

 出資国というあたりを強調してやると、相手の顔色がかすかに曇る。

 ――どうやら、帝国の戦術機行政の混乱はかなりのものだな。

 中佐は、頭の隅で思考を巡らせる。

 これまでの帝国側関係者なら、自国の成果を自慢するばかりで、苦労話や他国戦術機への興味は薄い傾向にあった。
 それが今や、弱気が透けて見えてさえいる。
 『イーグル・ショック』後の混乱を収めきれていないことがうかがえた。
 せっかく国内で複数の戦術機開発計画を並列させておきながら、国防省と城内省の縦割りゆえ、一方が一方のリザーブにならない状況にも苛立っている気配だ。
 欧州でいえば、ECTSF計画の遅れを補ったトーネード強化型のような機体が無いのは、かなり不安だろう。

(帝国の城内省は、国防省があまり興味を示さない近接戦用固定武装のデータを、我が国を含む欧州諸国からしきりに集めていた。
恐らくソ連からも……。と、なると斯衛軍新型と帝国軍機との運用思想の差は、TYPE-77 ゲキシンとTYPE-82 ズイカクの違い程度では収まらないか?)

 中佐の予想では、城内省が新型機を外部に公開するのは、早くても実物が組み上がった後……下手をすると、評価試験が一段落して、

『城内省の面子を潰さないレベルの機体だ』

 と、実証できるまでは出さないかもしれない。
 日本帝国がとる賢明な手段の一つとして予想していた、危機をチャンスに変えての戦術機開発・調達の一元化という大逆転の一手は、どうやら打たない(打てない、か?)模様だ。

 この一元化というのは、一機種のみに装備戦術機を絞る、という意味ではない。
 複数機種運用というやり方自体は、世界的に見れば珍しくない。むしろ多数派といえた。
 もちろん、ただ漫然と種類を揃えているだけでは無駄が多すぎる。
 財政負担を軽くするためのハイローミックス(高価格機と廉価機の混用)、さらにこの考えを進めたフォースミックス(それぞれの能力の長短を補い合う)という概念を基盤とした、機種間連携が緊密であることが前提だ。
 が、帝国全般では、これらの方式もあまり浸透していないらしい。

 帝国陸軍やそちらに近しい企業内勢力が、斯衛軍の次期主力を無視する形で、急場凌ぎとして外国産機導入を考えているのは、まず間違いなかった。

(戦術機販売権を管轄する商社に伝えれば、商機といきり立つだろうな)

 タイフーンは、出資国以外にも輸出して開発費を回収することを視野に入れていた。
 計画から脱退したフランスが独自に開発している次期主力機もまた、輸出前提であり競合する恐れが高い。
 ソ連機、アメリカ機が強力なライバルなのはいうまでもない。

 だが、イギリスが日本の戦術機市場に打って出るのが、利益に繋がるかは不透明だ。
 本国配備さえ始まってもいない『未保証』の品を、運用環境が違う日本に売り付けて思わぬ問題でも起こしたら、目も当てられない。

 タイフーンについての会話を続けながら、中佐は視界の端でダウディング退役大将を探した。
 比類なき功績を打ち立てた人物だけあって、無数の人々――やはり軍人が多い――に囲まれていた。

 歓談も一区切りついた頃、中佐とダウディングは人ごみから抜け出して、近くに人がいない壁際に揃って寄った。

「……どうも、いかんね」

 絵に書いたような英国紳士スタイルのダウディングは、もっていたグラスの水で唇を湿らすと中佐に囁くように言った。

「戦術機の性能や、部隊指揮、活躍した衛士の事ばかりを聞かれたよ……」

 退役将軍の愚痴に、中佐は思わずにやりと笑ってしまった。
 英本土防衛戦中、ダウディングの苦労はむしろ戦場以外にあった事を知っているからだ。
 政治や外交との折衝、軍と民間の協調体制確立、非戦闘員や難民の円滑な避難誘導、他国軍将兵との意思疎通などなど。

 国籍、国内身分によって兵士の連帯感が崩れるのを防止するため、戦功による勲章授与資格から階級・出自・国籍要件を撤廃したり(この傾向自体は第二次大戦以前からあったが)。
 逆に兵それぞれの思想や信仰にあわせて給養を多様化させたり……(例えばイギリス兵は、嗜好品として不可欠と思うほど紅茶を好む。逆にまったく飲めない他国兵士もいる)。
 難民の代表者と、不眠不休で会談しその不満をなだめた事もある。

 特に苦労したのが、兵站の維持だ。

 戦場指揮の巧拙、兵士の心理もまた、兵站に依存する。
 当たり前の話だが、食い物が無ければどんな名将も兵を働かせようが無く、いかなる精鋭もまともに動く武器が無ければ戦えない。
 ましてBETAへの対処は、小型種相手でも素手でやれというのは自殺しろというのと同義だ。これで戦う気力が湧く兵士がいるとしたら、それは勇敢ではなく異常だ。
 かなり重要な要素として、対人戦では当たり前だった『敵からの鹵獲物資を使う』という手段が取れない。

 ダウディングは当時の英国首相に、軍事機密漏洩を覚悟で外国企業に兵器のライセンス生産を行って貰うよう要請し、日本でいう国粋主義派から睨まれた事もある。
 そこまでして兵器をかき集め、前線に送り続けた。

 戦場の進退、勇士の活躍、兵の鼓舞。

 これらはすべて、武器と食い物を供給してからの話だ。

 現代戦の本当の『英雄』は、後方にいて地味で煩雑な裏方を確実にこなす者のことだ。
 かつてのような戦場の名指揮官をイメージされれば、ダウディングもさぞ困ったことだろう。

「むしろ中佐のほうが、彼らの好む話ができたのではないかね?」

「ははは、それはわかりませんよ……護衛屋という仕事は、陣頭に立つ事を最上とするサムライ気質に合わないでしょう」

 英本土防衛戦末期において、劇的な働きをした衛士達は様々な異名を奉られ賞賛されている。
 が、そんな『表』の英雄達も、最低限の機材と燃料がなければ、やられるのを待つしかなかった。
 BETAの群れを突破し、彼らに最後の補給を行った輸送隊――それを守りきったのが、中佐(当時は若き尉官だった)の指揮した機械化歩兵部隊だった。

 だが、衛士ではない上に、後に情報部へ移籍したこともあり、中佐の名はほとんど知られていない……。

「……あまり好ましい状態とは思えんね、支援任務を軽く見る傾向は」

 ダウディングの唇が歪む。
 兵站の限界を無視し、我先にと突撃したがる騎士気取りの兵達――いや、本当に騎士貴族の爵位持ちもいたし、戦意が無いよりはマシだが――に、悩まされた時期を思い出しているのだろう、と中佐は思った。
 彼らは、補給という「楽な任務」はできて当たり前、と思っている節があった。

「帝国軍は、対BETA戦経験が浅いですからね。大陸からの戦訓が上層部にまで浸透すれば、改善するのでしょう。
……その時間があれば」

 中佐の言葉の語尾に、皮肉というには苦すぎる危惧が篭った。
 ダウンディングは、まずい紅茶を飲んだような表情でうなずいてから、話を戻す。

「意識改革が為されるのなら、日本にとっては結構なことだ。だが、それがアメリカ依存を進める形で、では我が方にとって少しばかり具合が悪い」

 何もアメリカを排除しよう、とか打倒しようという話ではない。それは、人類全体の見地からありえない選択だ。
 極端にいえば、イギリスや日本が破滅してもまだ人類は抵抗力を残せる。だが、世界的補給センターといえるアメリカが壊滅すれば、人類滅亡。
 感情的には無論、面白くない事だが、それが現実であった。

 必要なのは、アメリカにイギリスがいかに価値ある国であるか、と知らしめ続けることだ。
 そうすれば、肩肘張ってアメリカの覇権許さぬと叫ぶまでもなく、アメリカから自制と譲歩を引き出せる余地が生まれる。

 が、帝国がアメリカ一辺倒に陥れば、苦労してとっているバランスが一気に崩れる恐れがあった。

 イギリス政府の意識を、あえて株式会社に例えてみると、
 アメリカが経営難に陥った人類という会社における、筆頭株主。多く出資しているのだから、リターンや発言権が大きいのは当然だ。
 だが、中小のほかの株主まで蔑ろにし、無視されては困る。だから、一方的提案がでた場合に否決できるぐらいは、こちらも株を確保したい。
 現在のところ、それは上手くいっていた。
 国連という統合事業部門において、アメリカが意外と言い分を通せないのが、絶妙な力関係の現れのひとつだ。

 いま少し、日本にはアメリカと微妙な関係でいてもらいたい……。

 妙齢の日本女性のまとう、ひらひらと蝶のように踊る着物の袖を目で追いながら、中佐は次の情報収集方法を選ぶべく思案を巡らせた。





 訓練兵時代から、何度も駆けた横田基地管轄の演習場。
 俺、白銀武は再び戦術機F-15E ストライクイーグルの体内に納まって、この地にいた。

 網膜投影画面のレーダーに表示される敵影数は、ざっと十二機。丸々、一個中隊を形成するに足る。
 頭数だけでいえば、富士教導団との模擬戦の時より不利だ。
 だが。

「――何をしている! 未来位置を予測して撃つんだ!」

 俺は、胸に湧き上がる苛立ちをそのまま言語に変え、怒鳴った。
 大地に不規則な航跡を刻みながら、F-15Eを噴射滑走させている。その俺の機体の周囲に、火線が散るが……いずれも、的外れもいい所で当たる気配はない。
 俺に今向けられているのは、あきれるほど下手な砲撃だった。
 悪天候で小雪がちらつき、やや見晴らしが悪い条件を差し引いても、命中率は目を覆わんばかり。

「撃ったらすぐ移動! ほら、早く!」

 俺の視界の先で、一個中隊分の戦術機――撃震、F-4、あるいはF-16などの混成部隊――が、右往左往していた。
 F-15Eの右腕に保持した突撃砲を、俺は無造作に発砲した。
 動きの鈍い撃震とF-4がまとめて三機、36ミリ砲弾(模擬弾だ)でできた火網に絡め取られる。小爆発に包まれた撃震らは、揃ってあっさりと動きを止めてしまった。

「あきらめんなよ! なんのための重装甲だよ! まだ致命的損害じゃないだろ、離脱離脱!」

 通信機がぶっ壊れてもかまわない、と思いながら俺はさらに声を上げた。
 これらの台詞は、全部相手側へ筒抜けだ。返ってくるのは、悲鳴や悔しげな呻きばかり。

 ――とろい、とろすぎる! いくらなんでもこれは……!

 俺は、視線を上げた。迫るF-15Eの圧力に押されたように、F-16が大袈裟なブーストジャンプで後退しようとしていたが。

「直線機動って馬鹿か!? 訓練校からやり直せ! 俺が光線級ならもう丸焦げだ!」

 俺は、ついにいくら怒っても言うまいと自戒していた罵倒を吐き出しながら、空中で無防備になったF-16に、120ミリ砲弾を叩き込んだ。

「きゃあ!?」

 という女性衛士の悲鳴が聞こえる。普段なら、艶っぽさの欠片ぐらいは感じるかもしれないが、今は神経に障るだけだ。
 訓練を管理するオペレーターが、無慈悲なまでに事務的な声で、

「B11(今撃ったF-16のコールサイン)。動力部に致命的損害」

 と、報じた。今回は、きちんと届出をしてから行っている模擬戦だからだ。これはいいのだが……。

 俺は、羊の群れのような抵抗しかしてこない戦術機群を追いたてながら、頭痛を堪えていた。

 ……戦術機操縦の感覚を取り戻そうと、訓練に入りかけた俺の前に顔を揃えたのは、この基地に駐留する各軍の衛士達だった。
 ただし、技量劣悪の、とつく。自分達でそう言ったのだ。

 なんでも、衛士には辛うじてなれたものの、能力が低いので国連軍にトバされたり。
 滅亡した国出身で、促成訓練で形ばかりの衛士資格が与えられたものの、実態は訓練兵同然だったり。
 技量向上の壁にぶち当たり、所属隊から見捨てられそうだったり。

 とにかく、横田基地の駐留衛士中、実力において下から数えたほうが早い者達だった。
 衛士は、世間的にはなれるだけでエリートなんだが。そのエリートってカテゴリー内でもかなりの上下があるんだな……。

 彼女らは、自分達の技術の拙さに危機感を持っており……その焦りから、模擬戦で奇跡的といえる結果を出した俺に教導を求めてきたのだ。
 俺は、びっくりした。
 最初は断ろうと思ったが、集まった衛士達の態度が、まさに捨てられかける子犬のようで。つい、「少しなら」と言っちまった。
 そして、実際に模擬戦に入ったのだが――腕まで、子犬という表現にぴったりなほど弱弱しいとは思わなかったよ!

 いや、最低限の操縦技術はあるのだが。自分達に自信が持てないせいか、判断が遅く動きにも迷いがある。
 追い詰められてから最悪に近い行動を選択し続けるのを見せられて、ついに俺は何度目かの模擬戦で敬語さえ投げ捨てた。
 相手は総じて俺より年上で、かつ先任にもかかわらず、だ。

 捨て鉢になったように、一機の撃震が長刀を引き抜いて、かなり勢い良く地を蹴って俺に向かってきた。
 今度は、気迫はだいぶ感じるのだが。

「だからっ! どんなにジャンプユニットを吹かしても、単純な機動なら簡単に先を読まれるって!
角度をつけて連続跳躍するなり、遮蔽物を利用するなり……ああ、もう!」

 別の面が、まったく疎かになっている! 俺は、F-15Eの機体軸を傾がせて長刀の一撃に空を切らせながら、カウンターを撃ち込むべく引き金を引いた。



「…………」

 俺は、演習場の傍に建てられた施設の一つ・衛士用の休憩室の椅子に身を沈めながら、大きく長い息を吐いた。

 つ、疲れた……。
 他人を訓練するって、こんなに苦労するのか。
 体はほとんど疲れていない(限界機動どころか、F-15Eの本来の性能の七割程度で十分だった)のだが。
 相手の動きを見て、その問題点を指摘する言葉の選択の難しさ。
 ともすれば、感情的を通り越して激情にかられそうな自身の統制。
 そういった要素が、頭と神経を責め立ててくれた。

 女性衛士に涙目になられた時には、こっちが泣きたくなった……。
 教官達の苦しみがちらっとだけ理解できたよ。

「――お疲れだ、少尉」

 ぐったりしていた俺に、軽い笑いを含んだ声がかかる。
 はっとなって顔を上げると、ジャケットを羽織ったボーグ=ブレイザー少佐が立っていた。
 慌てて立ち上がり敬礼しようとする俺を視線で制すると、少佐はスポーツドリンク入りのコップを手渡してきた。
 ありがとうございます、と言って俺は口をつける。
 隣に座った少佐も、ドリンクを喉に流し込みはじめた。

 少佐達にも、俺は釈放後に謝りにいった。やはり整備班の人達のように、笑って許してくれた。
 ――まあ、少佐の笑みは『二度とやるなよ』という意味を含んだ、下手な怒声より怖いものだったが。

 ……同じ機体でも、乗り手が違うと印象はがらりと変わるものだな、と俺はふと思った。
 少佐の操った撃震は、本気で怖かった。
 『弘法筆を選ばず』というが……。
 特殊作戦に従事するか、特別待遇を受ける立場でもない限り、エースだのと呼ばれる衛士でも規格品に乗るのが普通なんだろうが。

 しばらく、休憩室には空調の音だけが低く流れていたが。少佐が、やがて神妙な気配とともに口を開いた。

「……あんなものだぞ、BETA大戦の現場では。いや、もっと酷いケースも珍しくない」

「え?」

 先程の、模擬戦の相手達の事を言っているのだと気づく。どうやら、どこかでモニターしていたらしい。

「衛士は全員が恵まれた才能を持ち、練度十分で気力充実。装備や補給にも恵まれた精鋭。
そんな、戦意高揚ニュースに出てくるような部隊は、前線にはほとんど存在しない。
多くの部隊は、兵員にまともな訓練を施せたかも怪しく資質も基準ぎりぎり、必要な装備さえ欠く」

 少佐は、生体義手のほうである自分の腕に、静かに視線を落とす。

「『鎖の強度は、それを構成する環の一番弱い箇所で決まる』という言葉がある。
弱い環といえる戦力不十分な部隊は、本来なら補強してから鎖の一部――実戦配置にするのが好ましい。
だが、一定水準の質を持った隊だけで作戦に必要な頭数を揃えるのは、不可能とはいわないまでも困難だ」

 特に、BETAに主導権を握られている防衛戦においては、と続けてから少佐は言葉を一旦切る。

 俺は、ドリンクを飲み干しながら考えを巡らせた。
 戦史の授業や自主勉強で得た知識を引っ張り出す。

 第二次大戦のフランスのマジノ線や、日本の絶対防衛圏構想の破綻のように、敵は防衛線の脆い所を探してつけこんでくる。
 BETAに戦術は無い、といわれるが、弱い部隊から崩れそこから連中が雪崩れ込めば、同じ事だ。
 それがわかっていながら、BETAの動向が予測できないゆえに、結局は広く防衛兵力と、一つ間違えば役立たずになる予備兵力を配置せざるを得ないのが、人類の現状だった。
 防御施設を利用した戦いなら、練度や士気が低い兵でも、相応の成果を挙げられるかもという計算があるから尚更に。
(対人戦時代では、精鋭部隊が正面攻撃した場合は、要塞に篭ったあまり質のよくない相手に苦戦する、というのが頻繁に起こった)
 柔軟な防御戦術……例えば機動防御を実施できる部隊には要求される装備や練度のハードル高く、それに応えられる兵はあまりに少ない。

「実戦における将兵の実像は、ほとんどが弱兵と呼ばれるものである、と学んでおいたほうがいい。彼らの無数の犠牲の上に、戦いは成り立っている。
『上』を目指すのなら、そういった者達をいかに統制し、戦わせ生き残らせるか……せめて、その可能性を見出せるかどうかが、鍵になるだろう」

 少佐の口ぶりは淡々としていたが、言葉を挟めずにいる俺の胸に迫るものがあった。
 実体験に基づいた話なのだ、と感じたのだ。
 直接の所属先に先任衛士がいない俺には、ありがたい話だったが……重い、本当に重い話だ。
 そういう過酷な戦いの中で、少佐は消えない傷を負ったのだろう。

 思えば、俺が接してきた衛士達は(良好な関係であったかはともかく)ほとんどが優れた技量と精神力をもっていた。
 オリジナル武経由の情報でも、天才や凄腕クラスと出会った確率が高いように思えたが……それは、衛士構成全体から見ると、かなりの少数例になるのだろう。
 207B分隊の面々も、世間様の基準でいえば何百人に一人って天才ばかりだろうしな。一ヶ月かそこらの実戦経験で、あそこまでいったんだ。
 ヴァルキリーズの先任や帝都守備師団、斯衛軍は言うまでもない。

「ここの基地の『弱兵』衛士達は、まだ訓練してみようという気力があるだけマシだ。本当に己や世界に絶望した人は、ただ惰性で死ぬ順番を待っているだけになる」

 ……考えてみれば、後任に頭を下げるっていうのはかなり屈辱的だろう。そうさせるだけの何かが、あったのだ。

 ――そういえば、米軍系の部隊を中心に、大陸戦線梃入れのために大規模な出撃が近々あるとか。それ絡みか?
 前線、現場という言葉が、俺の胸の中でぐっと膨らんだ。

 もし、俺が下手を打っていたら、あの衛士達は絶望に陥ったまま戦場へ……? 背筋に、冷たいものが流れる。
 一連の訓練が終了した時、彼女らは疲労を表に滲ませていたが、もっと深刻なものが内心に生まれていたのかもしれない。

「その……そういう衛士達を奮い立たせ、鍛えるのに適当な方法っていうのは、あるのでしょうか?」

 ためらいがちな俺の問いに、少佐は真剣な表情で考え込む。
 俺は、馬鹿な質問をしたかと後悔する。そんな手段があるのなら、既に全軍で採用されているだろう。
 が、俺がいいです、と止める前に少佐が、

「今回の場合なら――真剣にぶつかってみることだ。余計な事は考えず、無心で、全霊で。教官の真似事をしよう、と思わないほうがいいだろう」

 と、言った。

「……真剣に?」

「人間が絶望する時は、おおよそ『自分がくだらない、誰からも相手にされる価値の無い人間だ』と自己規定してしまう場合だ。
だが、一人でも違うと示してくれる者がいれば、案外簡単に踏みとどまれるものさ」



 ――1997年の年明けを、世界は暗い雰囲気の中で迎えた。
 激化し、敗勢がさらに濃くなるBETA大戦の気配は後方の安全な国家群の間にさえ、じんわりと浸透していき……新年の祝いも、自粛ムードが漂っていた。

 そんな中、俺は新年休みを返上して、横田基地に詰めていた。
 ……まあ、減俸処分のために懐が寂しいって事情もあるがな。実家に帰らない理由はそれだけじゃない。
 いろいろ考えたい事があったし、やらなければならない仕事も山積みだった。
 その上に、技量劣悪と自嘲した衛士達に今度はこっちから訓練を申し入れたりしたのだ。かなり吃驚されたがな。

 本土防衛戦を待つのではなく、自分から大陸の実戦に出たい。俺の中で、その意志がはっきり固まったのは、この頃だった。





 新年早々、仕事に追われているのは、白銀武だけではなかった。
 横田より西に位置する静岡・富士駐屯地の教導団団長室でもまた――

「国連軍に左遷……いや、移籍ですか」

 帝国陸軍中尉は、辞令を受け取った。その表情には無念そうな様子は欠片もない。何しろ、針の筵に耐えかねて転属願いを出していたのは、本人なのだから。
 辞令を渡した側――富士教導団の団長のほうが、渋い顔をしていた。
 団長は、ただでさえこの頃の騒動の監督責任を問われる立場であり、国連への人材流出にも頭を痛めていた。

「惜しい、実に惜しい。生身において団でも一、二を争う剣術の達人、戦術機機動にそれを応用する技量においても屈指の君までが、こんな事で……」

「いえいえ、ついていく相手を間違えた自業自得です。軍内政治なんてものに関わるべきではありませんでした」

 上官に対して不敬ぎりぎりの軽い雰囲気を漂わせながら笑った中尉は、『イーグル・ショック』の模擬戦時、白銀武に長刀の一騎打ちを挑み、果たせなかった人物だ。
 名を、池之端(いけのはた)亨(とおる)と言う。

「……城内省は、何か言っているかね? 中尉」

 団長の探るような言葉。それが示すとおり、池之端は元々、斯衛軍からの移籍者だった。
 問われた側は、肩をすくめてみせる。

「我が家は武家といっても成りあがりで……その上、自分は勘当状態ですからね。勝手にしろという態度です」

 武家としての中尉の家の祖は、維新時に日本帝国が形成される時、財政改革に功績があった役人だ。
 幕藩体制下においては、地方独立国家的な各藩による米穀での年貢が税の基本であり、流通する貨幣も小判(金貨)・銅銭といったものだった。
 これを近代的な中央国家財政へ一元化し、金銭納税体制へと移行させ、国家の保証によって通貨に価値を持たせる改革の実務を担当した。
 そして、伝統的武家ではないにもかかわらず、有力武家である『山吹』の位を頂くほどに成りあがった。

 だが……。
 武家には銭勘定を卑しむ気風があった。「利を争うのは、下賎な商人のやること」というような。

 最初からそうだったわけではない。
 戦国時代の著名な大名・武将などは、下手な商人が裸足で逃げ出す程の経済感覚をもっていた。でなければ、激動の時代に領国を経営し兵を集め、大量の鉄砲を調達運用することはできない。
 平和になった後、長く続いた鎖国的な経済のため、武士が権力者でありながら経済的弱者に転落した事に対して開き直る意地と、利を軽んじ義を重んじる観念的な武士道が形成された結果だ。

 斯衛軍のコスト意識の欠如した(あるいは理解しつつも、目をつぶって『伝統』を優先した)独自の兵器調達が示すように、利を嫌う考えは色濃く残っている。
 新参の上、理財で立身した池之端家は、周りから蔑まれる存在だった。
 経済にまだ理解のあった代の皇帝・将軍が引退すると、すぐに扱いは実質的に『白(れっきとした武家だがその中では下位)』以下にされたりと。

 そんな環境に生まれ、周囲を見返すべく誰よりも『理想的な』武家らしくあろう、と剣に精進し斯衛軍人を目指したのが十代。
 いくら頑張っても、斯衛にいる限り生まれから解放されないと悟り、張りを失って帝国軍に移籍し、処世第一と過ごしたのがつい先頃まで。
 挙句に、問題行動を起こした連中に惰性で付き合った結果、トバされることになったのが、今。

 それが池之端中尉のこれまでの人生であった。

「そうか。だが、よりにもよって国連軍の数ある基地の中でも、騒動が起こった横田基地行きとは。人事も何を考えているのか……」

「……これも縁と言うやつです。お世話になりました」

 池之端は、態度を軍人らしいものに改めると、敬礼する。

 ――横田基地か。じゃあ、あの坊やと今度こそ勝負できるかも、な

 不覚にも『青春の血』を蘇らせてしまった模擬戦を思い出し、胸中で中尉はつぶやいた。


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