「あーーーーーーーーー」
昼休み、一子が自分の鞄を見て突然叫びをあげた。それを見て大和達が彼女を注視する。
「どうした、ワン子?」
尋ねる岳人に一子が涙目で答える。
「お弁当忘れちゃった……」
「ありゃりゃ、じゃあ、今日は食堂か購買?」
「それが、今月はちょっと金欠でお金無いの……」
モロの質問に涙を更に多くして答える一子。
「それじゃあ、今日はお昼抜き?」
「えーん、そんなのいやだよ」
モロの言葉に完全に泣きだしてしまう一子。そこに大和が一言、助言を差し伸べる。
「誰かに金を借りればいいだろう?」
「えっ、貸してくれるの!?」
大和の言葉を聞いて希望に顔を明るくする一子。しかし、大和はそれを冷たく切り捨てた。
「いや、俺は貸さない」
「えーん」
「持ち上げて落とす。Sだね、大和は」
京の突っ込み。ちなみに彼女自身はどうするかと言うと、見ていて面白い一子の姿を少しだけ眺めてから、救いの手を差し伸べるつもりだった。
しかしそこで、予想外の方向から救いの手が現れる。
「おーい、川神はいるか?」
「あれ、お前2-Sの」
「井上か。どうした、また委員長目当てか?」
教室のドアを開けて2-Sの井上準が入ってくる。その手には見覚えのある包みがあった。
「あれ、それ、私のお弁当箱?」
その正体に気付く一子。準に近づき、彼から弁当を受け取る。
「ああ、おまえん家で下宿してる悟空って奴が届けに来たぞ。学校まで来たはいいが、川神の居る教室の場所がわからんかったらしくてな。間違えてうちの教室にやってきて騒ぎを起こした後、俺が弁当引き受けるって言ったら帰ってたわ」
「はっ?」
「相変わらず、行動が読めない人だね」
自分が弁当箱をもってくることになった理由を説明する準。その話しを聞いて呆気に取られた顔をする大和と、早くも彼の破天荒慣れたのか単に興味が薄いのかあっさりとした口調で言う京。
「そっか、悟空君が持って来てくれたのか。後で、お礼言わなくっちゃね。井上君もありがとう」
「ああ。じゃ、まっ、俺はこれで……」
一方、一子は素直に悟空と準に感謝する。礼を言われた準の方は一子の礼に対し、気だるそうな表情で応対し、自分の教室へと帰ろうとする。しかし、そこで2-Fのロリ委員長甘粕真与が現れ、彼に賞賛とお礼の言葉を投げかけた。
「井上さんはいい人ですね。川神さんにお弁当を届けていただいてありがとうございます」
「いやあ、何、当然のことをしたまでですよ!!」
真正のロリコンである彼はその言葉で一気にテンションが高くなる。いつもの光景を生温かく見ながら、大和は考える。
「それにしても孫の奴、2-Sで一体何をしたんだ?」
――――数時間前―――――
「じゃあ、悟空君、何時も通りここで」
「おう、学校がんばれよ」
「うん」
悟空が川神院に滞在するようになってから10日程が過ぎていた。その間に川神学院は新学期に入っており、朝の早朝トレーニングを一緒にした後、途中で別れ一子は学校に、悟空は川神院に戻るのが二人の日課となっていた。
そして何時も通りに一子が学校に向かうを確認した悟空はそのまま川神院に向かって走り出し、数分後目的地に帰りつく。
するとそこには一人の影があった。
「あっ、悟空殿、おかえりなさい。一子殿はやはり学校に行かれましたか?」
「おう、途中で別れたぞ。どうかしたんか?」
川神院の玄関に立っていたのは、門下生の一人であった。
ちなみに悟空は大和の考えたカバーストーリーを川神院でも採用し、旅の武術家で鉄心の正式な客人という扱いになっている。
そして門下生相手に何度か組手もしており、当然全勝している。そのため常識にかけるところなどがあるが、憎めない性格で実力ある武闘家として門下生達に認知されており、親しみや敬意を持たれていた。
「実は一子殿、お弁当を持って行くのを忘れたようでして」
「えー、って、ことはあいつ、今日飯抜きか!?」
弁当箱をつりさげて答える門下生に大袈裟なリアクションを取る悟空。最も彼の感覚で言えば、食事を抜くと言うのはそれ位のリアクションを取ってもおかしくない出来事であったが。
そして一子がかわいそうだと思った悟空はちょっと考え込むような仕草を取るといい事を思いついたとばかりに手を叩いてみせた。
「よし、ならオラがそいつを届けてやる。ワン子の学校ってあっちにあるでけえ建物だろ?」
「えっ、いや」
悟空の申し出に対し、彼に任せることに不安を感じる門下生。しかし、彼が戸惑っている間に悟空は門下生のてから弁当を持ち去り、そのまま走り去って行ってしまう。その速さは修行中の彼にとても追いつける速度ではなく、途方に暮れたままそれを見送るのであった。
「まじかで見るとやっぱでけえば。ワン子の教室ってのはどこにあんだろ?」
学校までは無事に辿りついた悟空であったが、一子が2-Fというクラスに在籍しているということすら把握しておらず、当然の如く迷っていた。校舎を歩きまわった末に外にでてしまう。
「確かクリスや京も同じとこで勉強してるって言ってたな。とりあえず、大きそうな気の集まってっとこを探してみっか」
意識を集中し気を探知する悟空。その結果、特に強い気が感じられる場所が一箇所、そこそこに強い気が集まっている場所が二箇所見つかる。
「んー、この特に強い気がモモヨだろ? けど、残りの二つの内どっちかはわかんねえな」
今の悟空ではまだ修行が足らず、特定の人物を識別することまではできなかった。今の彼にできるのは気の強さを感じ取ったり、漠然とした質を掴むことまでである。2つの候補の内、どちらが一子のいる教室が、腕を組んで考えた悟空が結論を出す。
「まっ、適当に選んで、間違ってたらもう一つの方へ行ってみりゃいっか」
実に彼らしいアバウトな結論であった。
そして即時行動とばかりに悟空は選んだ場所、2-Sの教室へと移動を開始する。校舎の外から移動し、2階の窓目がけて飛びあがるという手段で。
「んー、一子の奴居ねえな」
窓枠にぶら下がり、2-Sの教室の中をのぞきこむ悟空。当然のことであるが、そのような行動をすれば、教室内はパニックになる。
「うわっ、何だこいつ!?」
「うわー、お猿さんみたいー」
驚愕する生徒Aと楽しそうな表情で悟空を見る白い髪の少女、榊原小雪。
そして悟空の顔を知る人物が彼の正体に気付く。
「おう、これは悟空殿ではないか」
「あっ、おめえ、確かヒデオだったな」
「うむ、我は九鬼英雄だ」
腕を組んで何時も通り自信満々な態度で言う英雄に教師である宇佐美巨人が問いかける。
「おいおい、お前の知り合いか九鬼」
「うむ、我の腕を治してくれた恩人よ。精密検査の結果でも、最早我の腕には何の異常もないとのことだ」
「ほぅ、それは興味がありますねえ。英雄の腕は近代医学を駆使しても完全には治せなかった程の怪我、それを治したという不思議な豆、医者の跡取りとして私も興味があります」
英雄の言葉に彼の友人、葵冬馬が悟空に関心を持つ。彼は大病院の跡取り息子であり、怪我が治る前の英雄の腕の状態もその腕が治った経緯も彼から聞いて知っていた。
「悟空殿、とりあえず教室の中へ入って来たはどうだ」
「わかった。……よっと」
片手で振り子のように身体を揺らし、教室の中に入る悟空。すると小雪が彼に近づき、そしていきなり抱きつく。
「お猿さーん」
「おや、小雪はどうやらあなたが気に行ったようですね」
「雪が初対面の相手に懐くなんて珍しいな」
悟空に抱きつき、楽しそうにする小雪。それを見て彼女の幼馴染である冬馬と準は少し意外そうな表情を浮かべた
「マシュマロ食べる~?」
「くれんのか? おう、食うぞ!!」
悟空に抱きついたまま、マシュマロを取り出して差し出す小雪。
それを喜んで受け取ると早速口に入れ、笑顔を浮かべる悟空。一応、年頃の男女が抱き合っているような体勢を取っている筈なのだが、二人の雰囲気は全くと言っていい程、そう言ったものを感じさせないでいた。代わりに動物と子供がじゃれ合っているようにも見える。
「のう榊原、お主は何故、そこの男にそんなに懐いておるのじゃ?」
その光景を見て、不思議に思った不死川心が問いかける。それについて、小雪が笑顔で答える。
「この人お猿さんだから。おもしろくて、めずらしーと思って」
「猿か。確かに猿のような粗野な雰囲気が漂っておるのう。高貴な此方とは偉い違いじゃ」
小雪の言葉を自分なりに解釈し、納得したように頷く心。しかし小雪はその解釈を否定する。
「違うよ~。この人は猿みたいなんじゃなくて、本当にお猿さんなんだよ~。だって、こんなに邪気が無い人居る訳ないも~ん」
「小雪の台詞、どういうことですかね?」
「さあな。だかなんとなくわかるような気もするぜ。どういう訳か、この男を見ていると幼女を見ている時のように汚れ無きものを見ているような気分になる」
冬馬の疑問に準が答える。
過去の経緯から人の心、特に悪意に敏感な小雪と準は悟空を見て、何かを直感的に感じ取ったようだった。しかし冬馬はそれをわざと曲解する。
「おやおや、準も私と同じで、男も女も好きな感覚に目覚めたようですね」
「ちげえよ!! 俺は幼女一筋」
にこやかに言う冬馬に己の誇りをかけて魂を込めて突っ込む準。無論、突っ込んでる内容も彼以外にとっては全く誇れることではないが。まあ、それはともかくとして己の主張を貫いことで落ち着いたらしく、穏やかな表情になって言葉を付け加える。
「まっ、単なる友達なら仲良くなってみたい気もすんがね」
「そうですか。なら、私は性的な意味で仲良くなりたいですね。変わった髪型ですが、中々整った顔立ちをしていますし、細マッチョと言うのもたまにはいいかもしれません」
「おいー!!!! 」
しかしその直後の親友の言葉で再びテンションをあげられてしまう。
「冗談ですよ。私には彼の様な存在はちょっと純粋過ぎます」
平静な表情で冗談だという冬馬。しかしその後半の言葉は何でもないことのような口調で言っているのに、何故か僅かな寂しさが感じられた。
「まあ、何でもいいが、授業が中断してるんだがね。んで、九鬼の恩人さん、あんたは何でここに来た訳?」
そんな彼を他所にいい加減に教師としての務めを果たさなければならないとばかりに巨人が小雪と悟空の間に割って入って入り、悟空に対し尋ねる。
その問いかけを聞いて、自分がここに来た目的を思いだす悟空。
「いけねえ、忘れるとこだったぞ。ワン子に弁当届けに来たんだって」
「ワン子というと一子殿のニックネームだったな。そうか、一子殿は今日、食事をお忘れになったのか。ならば、この我が一子殿のために、特別にフルコースを用意しよう!!」
豪華な食事を手配しようとする英雄。それを2-Sの中の数少ない常識人である準が制止する。
「おいおい、そんなことしたら間違いなく、あの子恐縮してひきまくりだぜ。つか、弁当あるならそれ届けりゃいいだけだろ。えーと、あんた2-Fの場所は……いや、あんたを校舎内に移動させるとまた騒ぎになる気がするな。俺が代わりに届けておいてやるよ。上手くいけばついでに委員長の御尊顔も眺めて来られるしな」
悟空に2-Fの場所を教えようとして、それよりも自分が届けた方が色々と都合がいいと判断し、自分が届けることを申し出る準。
「サンキュー。おめえ、いい奴だな」
それに対し、悟空は素直に礼を言って弁当を受け渡す。そこで再びでてくる巨人。
「はいはい、用事が終わったら帰ってくんないかね」
「わかった。じゃ、よろしくな」
巨人に教室から追い出され、悟空は窓を飛び降りて外に出るとそのままり去って行った。それを見て、心が呆れた表情で呟く。
「全く2-Fの奴等がまともに見える位とんでもない山猿じゃ。しかし、まあ見物する分には中々面白い奴だったが」
「結構、イケメンだったもんね。あのお猿さん」
「にょわー!! や、山猿の顔がどうだろうと、高貴な此方には関係無いわ!!」
上から目線で悟空を評していた所に、小雪の予想外な突っ込みが入り、対人関係のスキルが低さ故に慌ててしまう心。それを生温かく見守るクラスメイト達。これが、2-Sの教室で起きたことのあらましであった。
(後書き)
当初考えていたネタが尽きたので日常編はこれで終了です。
次回より最終章に入ります。でも、日常話もあった方がいいという意見をたくさんいただいたので、修行話とか日常話をちょこちょこやりながらクライマックスの展開に近づいて行こうと思っています。
PS.2-Sが何階かという公式な設定はみつからなかったので、適当に2階と設定しました。
もし、間違っていたら指摘お願いします。