「てりゃああああ!!」
連続でこぶしを放つ悟空とそれをさばき続ける百代。一瞬の切れ間を狙って百代が反撃に移る。放たれる鋭い上段回し蹴り。
「はっ!!」
その一撃を悟空が左腕で防ぎ、反撃で斜め左上にあがる軌道の右拳を放って百代の顎を狙う。それに対し、素早く左腕をあげ、ガードする百代。しかし悟空の重い一撃にガードが跳ね飛ばされる。更に百代の足が下がったところに自由になった左腕で彼女の腹部に一撃が見舞われる。
「ぐっ!」
その一撃の衝撃で数十メートル吹き飛ばされる百代。普通であれば、直ぐには動けない程のダメージをうけるが、瞬間回復を使い、直ぐ様それを帳消しにする。
「川神流、空気玉!!」
「たあ!!」
高速で腕を振るうことによって発生させる大気の弾丸。コンクリートの壁位なら粉砕できる威力を持ったその攻撃を悟空は腕を使って軌道を変え、上方に流して見せる。しかしそれは囮の一撃にすぎなかった。攻撃をしかけると同時に接近した百代が無防備になった悟空の胸部に本命の一撃を見舞う。
「ぐあっ」
拳の直撃を受けて苦悶の声を上げる悟空。そこで更に反撃を加えようと反対側の腕を振る百代。悟空は一歩下がってそれをかわすと、牽制の蹴りを放つ。
「っと」
それに気付いた百代は方向展開し、斜め後ろ方向に飛びあがって蹴りを回避。地面に着地うると再度接近し、攻撃を加えようと腕を振り上げる。それに対し、体勢を立て直した悟空も迎撃の拳を放ち両者の腕が交差する。
「そこまで!!」
しかし、そこで制止が入り、二人は互いに相手の眼前で拳を止めた。
そして二人の元にストップウォッチを持ったリー師範代が近づいてくる。
「1分たったヨ。今日はここまでダネ。それにしても二人共熱中し過ぎ、これはあくまでも稽古なんだからね」
軽く説教をするルー。それに対し、いい所で戦いを止められた百代は不満気にぼやく。
「もうですか? 1分と言うのはやはり短すぎませんか?」
「何、言ってるヨ。二人がこれ以上戦えば街が大変なことになってしまう。今だって、譲歩してる位なんだヨ!!」
「……わかりました。我慢します」
百代の言葉に怒気を強めるルー。納得はしていないようだったが、仕方ないとばかりに引き下がる百代。正式な試合を禁じられている悟空と百代は、稽古の範囲内として鉄心か、ルー師範代の立会のもとで1分の時間制限の組手を認められていた。しかし実力に大きな差が無い以上、当然そんな短い時間では決着がつかず、中途半端に終わってしまう。10秒も持たず勝敗が決してしまうような相手との戦いに比べれば遥かに楽しいものであったが、決着がつかない勝負の繰り返しに百代は少しストレスが溜まっているようだった。
「うむ。それじゃあ、ワタシはこれでいくヨ」
「はい、ありがとうございました」
「サンキューな。ルーのおっちゃん」
リーが退席し、礼を言う悟空と百代。
そしてその場に二人が残される。
「んじゃ、モモヨ。まだ、時間も余ってっし、代わりに合わせ稽古でもすっか?」
「ああ、頼む。……いや、少し後にしよう。今の状態ではいらいらいしてやり過ぎてしまうかもしれん」
悟空の提案を一時断り、一人で稽古を始めようとした時だった。覚えのある強い気が近づいて来ていることを百代は感じとる。
「んっ?この気は……」
「モモヨ、あれって、ヘリコプターって奴だろ。何か、こっち来るみてえだぞ」
そう言って悟空が空を指差すと先には四台ものヘリコプターが空を飛んでいた。百代が感じ取った覚えのある気はその中の一台から発せられている。
「あんなかからつええ気を感じんぞ。特に強い気が一つと他にもいくつかあるなあ」
悟空が言う通りに、その覚えのある気以外にもそこそこな強さの気が複数ヘリコプターからは感じられた。ヘリコプターは二人の真上、川神院の敷地内の空に留まると、そこから10人を超える位の人数が飛び降りてくる。
そしてその中の一人、長く銀色に近い髪を持った少女はパラシュートも使わずに高笑いを上げながら地面に落下し、着地してみせた。
「ふははははは、九鬼揚羽降臨である」
「やはり、揚羽さんでしたか」
その人物こそ、百代が覚えのあった気の持ち主の正体であり、彼女の嘗てのライバル九鬼揚羽だった。その名前を聞いて悟空があることに気付き、彼女にむかって尋ねる。
「九鬼ってーと、英雄とおんなじ名前だな。何か関係あんのか?」
「うむ、我は英雄の姉だ。弟が世話になったと聞いておるぞ。礼を言わせてもらうぞ悟空」
「へえー、姉弟なんか。言われてみっと、ちっと似てるかもな」
答えを聞いて納得したのか頷いて見せる悟空。そこで今度は百代が前にでて、彼女に対し問いかけた。
「ところで揚羽さん。今日は一体どうしたんですか? それに、その後ろの人達は? 後、一応この辺は一般人の立ち入りも自由ですが、川神院には関係者以外立ち入り禁止な場所も多いので、このような真似は本来まずいのですが」
揚羽は九鬼財閥の経営者の一人であり、用もなく出歩ける立場では無い筈である。更に、パラシュートで降りて来た者達は全員それなり以上の使い手。護衛にしても大袈裟過ぎる戦力で、どこかの大規模テロ組織を壊滅させに行くと言われても納得できる位だ。そんなメンバーを連れて、いきなり他人の敷地内に入ると言うのは敵意を持っていると取られてもおかしくない。
「それは問題無い。鉄心殿に話しは通してあるからな。今日は悟空に対し、見定めと歓待のために来たのだ」
「見定めと歓待? どういう意味ですか?」
揚羽の言葉に言葉の意味はわかるが、その示すところがいまいち理解できず問い返す百代。揚羽は頷くと答えた。
「うむ、見定めと言うのはKOS主催者として、周囲にどの程度の被害がでるか有る程度、悟空殿の実力を知っておきたいと言うことだ。そして歓待と言うのは、初めて遭遇する異世界人である悟空に対し、この世界を代表してもてなしたいと我は考えている。聞けば悟空、この世界へは強者との戦いを求めて来たらしいな?」
「おう、そうだぞ」
最後の問いかけは悟空の方に向き合って言う。肯定する悟空を確認すると、揚羽は頷くように首を一回縦に振ると歓待の内容を告げた。
「ならば受け取って欲しい。我の好意、贈り物をな。後ろに居る者達は九鬼財閥序列100位以内の者達。その中から特に武に優れた者を選びだした精鋭達よ。戦いを望むと言う悟空殿に対し、この者達との勝負こそが我の歓待だ」
「すげぇ、そいつらと達と戦っていいんか!?」
「うむ、存分に戦ってくれ!」
目を輝かせて言う悟空の姿を見て満足気な表情を浮かべると胸を逸らして答える揚羽。
そして百代はそんな二人のやりとりをみて指をくわえんばかりの様子で羨ましげな態度を取る。
「いいなー、私も戦いたいなー。悟空、半分位私にやらせてくれないか?」
「んっ、そうだな。オラも戦いてえけどオラだけじゃあわりいか。じゃあ、半分だけな」
分け前を強請る百代に少し考え、承諾しようとする悟空。しかしそこで揚羽が口を挟んだ。
「百代よ。悪いが、この人選は連携などの意図を考えて選んでおる。簡単には分けられん。それに悟空、もらったものをどうするも受け取ったものの自由ではあるが、渡した相手の目の前で別の相手に譲ると言うのはあまり印象がよくないぞ」
百代の願いを拒否し、悟空に対してはやや諌めるような言葉を告げる。
「そうなんか? じゃあ、しゃあねえな。百代、やっぱオラが一人で戦うことにすんぞ」
「う~~~」
揚羽の言葉素直に受け取り、一人で戦うことを決める悟空と悔しそうに唸る百代。
そして一応話しがまとまったと言う事で、揚羽が指示をし、悟空の前に男女合わせ8人が並び立たせる。
「まずは、この者達がお前の相手をする」
「残った奴等は戦わねえのか?」
揚羽が連れて来た従者は全部で十二人。その内、四人は未だ揚羽の後ろに立ったままである。
そして彼等は何れもが、悟空と戦おうとしている八人よりも強い気を放っていた。
「それはこの者達に勝ってからだな」
「わかった」
頷くと構える悟空。それを見て揚羽は準備万端と判断する。
「うむ、ではいくぞ。始めぃ!!」
揚羽の合図と共に八人が一斉に悟空に飛びかかろうとする。しかしそこで悟空の姿が消え、次の瞬間二人の身体が吹っ飛び、宙に舞った。
「!?」
驚愕された残り六人、その内の二人が一瞬の内に、腹部と胸部に何発もの強い衝撃を受け、前のめりに沈む。
「なっ!?」
1人の身体が吹っ飛び、別の1人にぶつかり両者昏倒。更に1人が顔面にパンチを喰らって敗れる。
「し、信じられん、一瞬で俺一人残して全滅……」
最後の一人は台詞を最後まで言う事が出来ず、首筋に衝撃を受けて倒れる。それを見て揚羽は感嘆の声を漏らす。
「10秒とかからんか。あの者達も決して弱くはないのだがな」
「まあ、悟空ならこの位は当然だろう。とはいえ、楽しむタイプのあいつにしては随分とあっさり片付けたな」
悟空の戦い振りに感心する揚羽。一方、百代は悟空の実力なら当然と思いながら、その行動に少し疑問を持つ。悟空は戦いの時、力をセーブし、相手の力を引き出そうとする癖がある。それは相手を舐めたり、馬鹿にしたりしているのではなく、純粋に戦闘が好きでそれを楽しもうとするとするからである。
その習性とも言える癖を百代が知っているのは、山ごもり中に鉄心達の存在を嗅ぎつけやってきた挑戦者がおり、その相手を悟空がしたという経緯があり、その時に悟空の戦いを観戦し、話しを聞いていたからだった。
「おーい、早く次の奴とやらせてくれよ」
「ああ、なるほど。そっちが楽しみだったのか。……いいなあー」
手を振っての悟空言葉に百代は疑問の答えを悟る。
そして悟空が早く戦いたがる程の残りの相手の実力に再度羨ましそうな表情をした。
全員素手だった先程の者達とは違い、今度はそれぞれが異なる武器を持っていた。槍と戦斧をそれぞれ持つ体格のいい男が二人と、小太刀二刀と長い剣を持つそれぞれ持つ女二人。彼女達は同じ顔をしていた。
「ふむ、今度の奴等は全員クリスより1ランク上位の強さか。いや……」
彼等の実力を気の強さと立ち振る舞いから強さを推測しようとし、百代は自分の判断に疑念を思える。
「それでは……始めぃ!!」
感じた疑念に対し、百代がはっきりとした答えを出す前に揚羽が試合開始の合図を宣言する。開始直後、四人は悟空に対して距離を保ったまま彼を中心に四方向に移動して悟空を囲い込む。
「はっ!!」
陣形をつくると最初に攻撃をしかけたのは槍使いと戦斧使いの二人。リーチの長い武器を持った彼等は対角線上から攻め込み一撃を放つ。
鋭い一撃、しかし悟空を貫いたかと思われた両者の攻撃は悟空の残像を貫くのみ。本体である悟空は上空に跳びあがって攻撃を回避していた。
「よっと」
跳び上がった悟空は両者の武器にまたがって着地してみせる。その行為に二人は怒り、彼を振り落とそうと勢いよく武器を振るう。しかし悟空は猿のようなバランスで平然と武器の上に立ち続けて見せた。
「やっ!!」
そして足場を槍一本に移すと、槍の上を走り、その持ち主のもとへ走る。慌てて武器を離してにげようとする槍使いの男。だがその時には、槍から飛びあがった悟空の蹴りが目の前に迫っていた。
「させません!!」
しかしそこで小太刀使いの女がカバーをする。振るわれる2本の刃。慌てて身体を捻るとその刃を足場にし、方向転換し、地面に着地する悟空。しかしそこに更に援護に入った戦斧使いの男と長剣使いの女の攻撃が迫る。振るわれる2つの重量武器。
「なっ」
あがる驚愕の声。悟空は高速で振るわれたその二つの武器の刃の部分を、それぞれ片手で掴んで見せたのだ。武器を掴まれた二人は慌ててひこうとするが、固定されたかのようにそれは動かない。
「ふん!!」
そして悟空は更に力を込め、武器を破壊して見せた。試合と言うことで流石に刃は潰してあったが、彼等の使っていた武器は鉄製の本物である。それを握力だけで握りつぶしてみせると言う非常識な光景に戦斧使いは驚愕のあまり、呆けた表情になる。
「てりゃああああ!!!」
そしてその隙を悟空は逃さなかった。掴んだ武器を離すと、一瞬で懐に入り込み肘打ち一閃。一瞬の間に七発もの肘打ちを撃ちこまれ、その場に崩れる男。
「たあああ!!」
そこで槍使いの男攻め込む。今の悟空は倒した男が邪魔で回避できる方向が限られている。それを狙った攻撃であったが、悟空はしゃがみこんで槍を空振りさせ、そのまま相手の懐に入り、彼の顎を狙って下方向からの拳を叩きこみ昏倒させる。これで二人が戦闘不能状態だった。
そして悟空は残された二人の女を向く。彼女達は武器を構え、並び立って構えていたが、そんな彼女達に悟空は言う。
「そろそろ本気だしたらどうだ? おめえらの力はこんなもんじゃねぇだろ?」
わくわくした表情で言う悟空に、二人は一瞬無言になり、持っていた武器を地面に捨てるとお互いに近づいて行く。
「……そうですね」
「お望み通り、本気でお相手します」
力を出すと言いながらその言葉通りに二人の気がどんどん高まっていっていく。それを感じ取り、二人の実力に違和感を覚えていた百代は納得の表情を浮かべる。
「なるほど、マルギッテと似たようなタイプか。あいつは眼帯によって、力をセーブする暗示をかけているが、あいつらは武器をリミッターとしてるというところかな?」
「それではまだ50点だな。答えはもう少し見てから教えてやろう」
しかし百代の解答には一部間違いがあると指摘する揚羽。
そして二人の気の上昇が止まる。その強さは武道四天王クラスの一歩手前位にまで高まっていた。
「「行きます」」
「!!」
呟くように言って二人は全く同時に飛びかかる。息の合ったなどというレベルではないタイミング。
そして悟空の眼前に移動した二人の四本の腕から連続で突きが繰り出される。反撃の隙も無いその攻撃を両手を使って必死に裁く悟空。
「あの者達は見ての通り双子でな。武器を捨てお互い同条件になることで完璧な連携を可能とする。その時の二人合わせた強さは武道四天王にも匹敵しよう」
「なるほど。確かに凄い。私も戦ってみたいな。揚羽さん、今度でいいから頼めないか?」
「ふふっ、今日は我慢を強いてしまったからな。考えておこう」
二人の強さの秘密について解説をする揚羽。先程までのただ戦いを欲しがる姿ではなく、真剣な目付きで戦いを観戦する百代。
「!!」
ラッシュを繰り広げていた双子、その二人が突如、合図も無しに左右に展開したかと思うと、両手の掌を重ねて突き出す。
「「気功閃流!!」」
そして掛け声と共に二人の掌から同時に放たれる光の奔流。悟空が飲まれる。それを目にした百代が驚きの声を上げた。
「エネルギー波まで撃てるのか!!」
「うむ。あの二人は中国の秘境の地、隠された道場で気の扱いを学んだと聞く。しかも、二人揃うことでお互いの気を共鳴させ、増幅させることができるのだ」
解説を入れる揚羽。そうしている間に光の奔流がやみ、悟空の姿が見えるようになる。そこには両腕を交差させ、ガードした彼の姿があった。
「ふぃ、やるなあ、おめえら」
そう言いながらダメージは然程でも無いようである。自分達の最高の技を受けてほとんど無傷であることに、顔には出さないものの動揺をする二人。しかし、驚くのはまだ早かった。その直後、内面で抑えていた動揺を表に出してしまう程、衝撃的なことが起こる。
「おめえらが、二人ならオラも二人だ!!」
「「!?」」
悟空が突然二人に増えたのである。これには双子の姉妹ばかりか揚羽も目を見開く。
「なんと、悟空は分身の術まで使えるのか!?」
「いや、あれは高速で左右に動き、残像をつくりだして二人に見えるようにしてるだけだ」
それに対し、技の正体を見切る百代。しかしその解説は戦っている双子にまでは聞こえず、動揺を消せない二人に悟空が飛びかかる。
「てりゃあ!!」
「「くっ」」
二人を交代に相手にする悟空。傍目にはまるで本当に分身した悟空が一人ずつを相手にしているように見えた。一人で二人を相手にしているとは思えない激しく隙の無い攻撃に動揺もあり、少しずつ二人の連携が崩れて行く。
「たあ!!」
そして連携の崩れた彼女達は脆かった。ひとりが悟空の掌丁を受け吹っ飛び、もう一人が悟空の蹴りを受けて倒れる。
その光景を見て興奮を隠しきれないように笑う揚羽。
「あの二人までこうも容易く倒されるとは。噂通り、いやそれ以上の実力よ。ふふっ、これは予定には無かったのだがな……」
彼女は悟空の前にでると宣言する。
「悟空よ、最後は我が相手だ!!」
(後書き)
チラ裏から移動してきました。