「ふむ、大分日も暮れて来たな。一子殿、そろそろ休むと致しましょう。街に宿を取ってあります」
KOS開始から数時間が立ち、あたりは夕暮れに染まりつつあった。確かに普通であれば休息の準備を始めてもいい時間帯である。しかし、忠勝は英雄の言葉に眉をひそめ、彼を問いつめた。
「おい、ちょっと待て。まさか、ホテルに泊まるつもりか?」
「何を当たり前のことを。一子殿に野宿などさせる訳にはいくまい」
当然のこととばかりに答える英雄を見て、忠勝は溜息をつくと、彼の提案の問題点を指摘する。
「マップをよく見てみろ。移動可能範囲には宿泊施設は3件しかねえ。ここまで候補が少ないと全部の箇所がマークされてると思っていいだろう。そんなとこに泊まるなんざ夜襲してくださいと言ってるようなもんだぞ」
「ふはははははは、何を恐れることがある!! そのような卑劣な手を使う奴らなど所詮は小者よ。堂々と待ち構え、返り撃ちにしてやればいいではないか」
忠勝の筋の通った指摘を、英雄は自分達に対する自信から笑い飛ばして見せる。しかし、続く忠勝の言葉に彼はその笑いを止めることとなった。
「俺達はまだそれでいいかもしれねえ。交代で見張りを立てるって手もあるしな。だが、部屋に一人になる一子はやべえだろうが」
「むっ!?……それは確かに問題だな」
最愛の相手に危険が及ぶ可能性が高いとあれば、流石の彼も無茶はできず、悩まざるを得ない。しかしそんな悩みなどなんのその、男女の機微と言ったものなど、全くと言って程解さない悟空が能天気な口調で発言し解決策を提示する。
「なんだかよく分かんねえけど、みんな同じ部屋で寝ればいいじゃねえか?」
「おい……いや、お前に言っても仕方ねえか。とにかく、それは無理だ」
「あはは、流石にアタシも男の子と同じ部屋で寝るのはちょっと抵抗あるかも」
顔を少し赤くして言う一子。確かに悟空の言う案なら、敵襲の危険には対抗できるが、如何に性知識に疎く、それらの感情に対し幼い一子であるが、年頃の乙女であることに違いは無い。その無垢さと信頼から襲われる心配とかはしていないが、それでも恋人でも無い同年代の男子と同じ部屋で就寝と言うのは許容しづらいものがある。
「せめて仕切りでもあればな。だからと言って声や物音が届かなけりゃあ意味がねえが。後は、お互いの部屋の出入りが素早くできることか。オートロック付きとかはあんま好ましくねえな。本気で侵入しようとする奴等の前じゃあ、どの道、鍵なんて大した守りにやならねえしな」
その場に流れた少し気まずい空気を吹き飛ばそうと、忠勝が話を戻し、拠点として適した場所の条件を上げて行く。しかし現代の日本のホテルは防音や防犯がかなり整っているため、古いホテルや旅館などでなければなかなか彼の言った条件には当てはまらず、範囲内の3件の宿泊施設には該当しそうになかった。
「えーと、声が聞こえて、出入りが簡単ならいいんか? だったらいいもんがあるぞ」
しかしそこで悟空が何かを思いついたようだった。彼に注目が集まる中、ポケットから何やらケースを取り出し、その蓋をあける。その中にはスイッチのついたカプセルのようなものが3つ入っていた。
「なんだ、そりゃ?」
「へへ、みてろー。んーと、確か、こいつだな」
疑問を浮かべる忠勝に対し、悪戯を思いついた子供のような表情で悟空はカプセルを一つ取り出し、そこに取り付けられたスイッチを押す。そしてそれを近くに放り投げた。すると、そのカプセルが爆発して煙が舞う。
「うわあ」
「馬鹿、一体何……」
爆発に驚く一子と文句を言おうとする忠勝。しかし、彼は途中で言葉を止めてしまう。煙が晴れた、その後に残っていたものを見たからだ。その場に現れたもの、それは白く丸い形をした“家”であった。
呆然とした表情でそれを見る3人の前に立ち、悟空はニカリと笑う。
「へへーん。こいつならバッチシだろ」
「大分、日が暮れて来たな」
「視野が悪くなってきたね。夜目も効く方だけど、見える範囲は流石に落ちるかな」
「私はセンサーがあるから問題ないが、全員の視界が効かない状態では危険性は高まる。無理はしない方がいいだろう」
「ああ、暗い山の中を迂闊に動き回るのは危ない。今日はこの辺で休もう。実はこんなこともあろうかとここら一体、あちこちに色々と役立つものを予め隠してあるんだ。確か丁度ここにも……」
そう言って大和は茂みの中に手を突っ込むと、そこからなんと折り畳み式のテント二つを取り出してみせた。野戦の可能性を想定し、知人から安くレンタルしたものであった。
そして更に彼はキャンプ用品を幾つか取り出して見せる。
「おー、準備がいいな、弟」
「割り当ては、私と大和、モモ先輩とクッキーだね。それから、寝袋は一つでいいよ。大和と同じ寝袋。お互い裸になって温め合うの」
「それは雪山で遭難した場合だ。組み合わせは俺とクッキー、姉さんと京」
「ちぇっ」
感心する百代と誘惑をする京。それを大和は何時も通りにかわすと早速野営の準備を始め、他の者達もそれを手伝う。彼が用意したテントは組み立てに少し面倒と力が居るタイプなものであったが、百代のパワフルさと、冒険大好きのキャップに何度か付き合った彼等の経験値の高さから直ぐにテントは完成。次に彼らは自炊の準備に取り掛かった。
「火は使わないがいいよね?」
「ああ、こちらの居場所を知らせるようなもんだからな。缶詰や乾パンとかも用意してある。今日はそれで我慢しよう」
一応飯盒なども備えていたは、戦場で火を使った料理は危険性が高く、特に近くに敵がいる可能性が高い時はなるべく避けなければ行けない行動である。安全策を主張し、控えようとする大和だったが、百代がそれに不満を挟んだ。
「えー、せこいこと言うなよー。私は美味い飯が食いたいぞー。それに、今日は雑魚ばかりで、少しやりたり無い感じだったからな。こっちを狙ってくると言うなら丁度いい位だ」
「一人で30人も蹴散らして置いて……」
「あの人達、かなり強かったけどね。私はちょっと危なかったよ」
KOS開始直後に百代達を取り囲んだ相手は決して弱くなかった。にも関わらず、彼女達は3分で彼等を全滅させていた。ちなみに彼等の最後の台詞は『馬鹿な、28人の猛者が3分で全滅だと!?』であった。
「悟空並とまでは言わないまでも、せめてもうちょっとマシな奴はいないもんか」
「まあ、明日に期待しておこうよ。少なくともこの大会には孫が参加してるんだ。その内、いやでも強い相手と戦えるだろうさ。寝てる間に夜襲なんて面倒なだけだろ? 今日は我慢しておこうよ」
「まあ、それもそうか……」
初日、満足できる相手と巡り合えなかったことをぼやく百代をなだめ、説得する大和。百代も我儘を引っ張らず納得しそうな態度を見せる。だが、そこで彼女の耳は何かの物音を捕らえた。それは茂みを揺らす音と何かが近づいてくる気配。
「どうやら、お客さんのようだ。食事の前の運動には丁度いい」
状況から敵の襲来である可能性が高く、喜悦の笑みを浮かべる百代。相手の強さを探ろうと、気を探知しようとする。しかし彼女がそうする前に、相手はその姿を現した。
「なあんだ」
その姿を見た百代はその表情を拍子抜けしたものに変え、残念そうな声をだす。
「おはこんばんちはー」
暗い山の中に響き渡る元気な挨拶。
そこに現れたのは恐らくは中学生にも満たない子供、女の子だった。
「こんな時間にどうして子供が?」
訝しげな顔をする京。それに対し、大和は少し考え込むような仕草を見せると、何かを思いついたようで、百代に対しいやらしい視線を送りながら呟くように言う。
「迷子か? いや、もしかしたら幽霊かもな」
「やめろおおお!!」
大和の言葉に叫び、謎の子供に対して隠れるように彼の背に移動する百代。実は幽霊は彼女が苦手とする数少ないものの一つなのである。理由は物理攻撃が効かないからである。
「あり得んな。幽霊など非科学的だ」
「いやいや、そうとは限らないぜクッキー。今の科学で確認されていないとはいえ、居ないとは限らないだろう。確認されていないものは存在しないだなんて、それこそ非科学的だぜ」
「悪魔の証明って奴だね。知的な大和も好き!!!」
正体不明の子供を前に漫才に近いやり取りをする大和達。幽霊を怖がる百代以外に緊張感は薄い。それは相手の見た目もさることながら、相手から殺気をまるで感じないことも理由の一つだった。
「ほよよ、アタシ幽霊じゃないよ。お姉さん、川神百代って人?」
「んっ、私のことを知っているのか?」
本人の幽霊じゃないと言う言葉に少し余裕を取り戻したのか、百代は大和の身体から前に出ると自分の名を知っていた少女に対し問い返す。
「うん。アタシ弾金アラレ。博士にお姉さんとプロレスごっこして来いって言われて来たの」
「プロレスごっこか。残念ながら私はどこぞのハゲと違って、ロリコンじゃあないからな。将来は有望そうだから、後、5年後にな。その時は可愛がってやるかな」
アラレと名乗った少女に対しシモネタを返す百代。思わず、大和はそれに突っ込む。
「姉さん、何、子供相手に何言ってんだよ!!」
「冗談だよ。しかし、もしかして、お前もKOSの参加者なのか?」
プロレスごっこと言うのが、お父さんとお母さんが夜中にしていることを子供に見られてしまった時にする言い訳として使う隠喩で無いとするならば、後、残された可能性、それの意味する所は一つ、“戦い”である。まさかと思いながら百代はその意味であるかどうかを確認する。
「うん。そうだよ」
「ははは、そうか。なら、遠慮なく思いっきりかかってこい!! だが、それが終わったら棄権しろ。お前のように大した気ももたない子供では……」
少女のみかけだけでなく、強い気を感じないことから、普通の子供に接するように対応しようとした百代はそこで初めてある違和感に気付く。その違和感に対し、数瞬考え辿りついた答え。それは目の前の少女から感じる気が小さいのではなく、全くの“ゼロ”であること。その意味に彼女が解するよりも早く答えに辿りついたクッキーが警告を発しようと叫ぶ。
「気をつけろ百代!! その少女は!! 私と同じロ……」
「それじゃあ、行くよー!! キィィィーーーーーーーィィン!!」
クッキーが叫び切るよりも早く、百代はアラレの音速を超えるタックルをくらい、夜空の星になるのだった。