百代の祖父にして川神流の師範、鉄心であった。鉄心の額には青筋が浮かんでおり、怒りの形相を浮かべている。
それに対し、百代は彼の怒りを意にも介さず、彼に負けない位の形相で睨み返し叫びをあげた。
「じじい、邪魔をするな。私は今、これ以上無い位に楽しんでいるんだ!!」
「馬鹿もん、精神修行のための山ごもりだというのに、暴れてどうする!?」
それに対し、怒声を更に強くする鉄心。二人が今、ここに居たのはあまりに強すぎる百代の闘争本能を制御するための精神修行のためであった。百代はそれを嫌ったが、その修行を終えたのなら強力な対戦相手を用意するという条件で承諾させていたのである。
精神修行のために山ごもりしているのに、行き成り初対面の相手に喧嘩を売ってしまったのだから、それだけでも怒るのは無理ないが、鉄心更に怒りの理由を付け加えた。
「それにここは、川神の敷地ではないのじゃぞ。みてみい、周りを!!」
その言葉に虚をつかれた百代が周囲を見渡すとそこには大穴の開いた地面や倒れた木々などとかなり酷い状態があった。
「あー、まあ、ちょっとまずかったか?」
「まずいわい!! こんなことでは約束は取り消しじゃぞ」
「あー、それはいい。それよりもこいつとの戦いを再開させろ」
自らのした自然破壊には多少ばつの悪そうなしたものの、約束についてはどうでもいいとばかりに答える百代。まあ強さの分からない、自分を満足させてくれるかどうか定かではない相手よりも確実に強いと分かり切っている相手との勝負に価値を見出すのは当然の話だろう。それに気付き、鉄心も一瞬口ごもる。
「む……だが、まずは説明せい、その若者は一体誰じゃ?」
「オラのことか? オラは孫悟空だ。それにしても、百代も強かったけど、じっちゃんも相当強そうだな。オラ、戦ってみたいぞ」
一旦、話しを逸らしつつ、最も気になることについて尋ねる鉄心。尋ねた相手は百代に対してだったが、代わりに答えを返す悟空。その答えを聞いて鉄心は考える。
(ワシの実力を見抜くか。まあ、モモヨと互角に戦える程のものならそれは当然として、いきなり戦いたいと言ってくるとはのう。モモヨと同じ戦闘狂か? しかし、モモヨとは違い、邪気が感じられん。戦う相手に餓えていないのか、精神修行ができているのか、あるいはその両方か……。理由次第ではこの男の存在、モモヨに対し精神修行よりもいい影響を与えてくれるかもしれんの。じゃが、その前に確認せねばならんか)
「ふむ、孫悟空か、西遊記の英雄と同じ名前じゃのう。中国の出身か?」
鉄心がまずしなければならないこと、それは悟空の素姓を確認することだった。
彼はこの世界の武術の頂点に立つ川神院の総代である。にもかかわらず、今まで彼は悟空のことを噂すら聞いたことがなかった。悟空は異世界から来たのでそれは当然なのだが、当然のことながらそんな事情など知るよしもない鉄心の立場からすれば、この世界で最強、強過ぎると言われる百代と同等、あるいはそれ以上の強さを持つ悟空の存在を噂ですら聞いたことが無いというのはかなり不可解なことである。最も、表だって知られた世界トップクラスの武術家達に対し、実力で大きく上回る武道四天王のメンバーの知名度が国外ではあまり高くないということもあるので絶対あり得ないという話しでもないのだが。
「いや、オラはパオズ山出身だ」
「パオズ……? 聞かない地名だな? やはり中国のどこかっぽい名前だが。じじい知ってるか?」
「いや、わしも聞いたことがないのう」
悟空の答えに首を捻る二人。それに対し、悟空があっさりとした調子で爆弾発言を投下する。
「そりゃそうだ。なんてったって、オラ、異世界の人間だかんな」
「「はっ?」」
「ふむ、つまりお主は異世界の神様の弟子で、修行のためにこの世界に来たと……。正直信じられんが、嘘を言っているようにも見えん。何か、証拠となるようなものはあるか?」
爆弾発言の後、詳しい事情説明を受けた百代と鉄心。人を指導する立場として多くの人間を見て来た鉄心から見て、悟空が嘘を言っているようには見えなかったが、異世界から来たなどというのは鵜呑みにもできない非常識の話しである。証明を求める彼に対し、悟空は頭を書いて悩む。
「証拠つーてもな。どんなのみせたら信じてもらえっか、オラよくわかんねえんだけど」
「そうじゃのう。例えば、この世界に無い不思議な道具などがあれば証拠と言えるかもしれん」
「ああ、だったら、いいもんがあっぞ」
鉄心の言葉に悟空は荷物のなかから如意棒を取り出す。武器に見え、事実武器として使用できるその道具を取り出したことに二人は僅かに警戒の態度を見せるが、悟空はそれを気付かず、如意棒を天に向けると言った。
「伸びろ、如意棒!!」
その言葉に答え、一瞬の間に数百メートルの長さにまで伸びる如意棒。それを見て驚く鉄心と面白そうな表情をする百代。如意棒は悟空の世界にも一つしかない貴重品である。不思議な道具と言えばある意味これ以上無い位不思議なものである。
「どうだ? こいつで証拠になっか?」
「うっ、うむ、だができればもう一つ位何かあるといいのう」
「んじゃ、こんどはホイポイカプセル使ってみっぞ」
如意棒を戻して尋ねる悟空に対し、確信を得るため更なる証拠を求める鉄心。その言葉に悟空は今度はホイポイカプセルを取り出し、その中の一つをスイッチを押して投げる。カプセルの中身が解放され起こる爆発。
そしてそこに一体のロボットが現れる。
「ナニカヨウカ」
「あれ、おめえ……レッドリボン軍の時の奴だろ。久しぶりじゃねえか!! てっきり壊れちまったかと思ってたぞ」
掌に治まる小さなカプセルがロボットに変わったことに当然、百代や鉄心は驚くが、悟空はその姿を見て別の意味で驚きの声を投げた。何故なら、そのロボットはその昔、悟空がレッドリボン軍のシルバー大佐の家から壊された筋斗雲の代わり持ち出したカプセルの中に入っていたロボットだったからだ。
そのロボットの操縦する飛行機に乗って、北のジングル村を目指したはいいが、ロボットが凍ってしまい、飛行機が墜落してしまったため、そのまま別れてしまった相手である。
「アア、コワレタ。ケドオマエヲサポートスルタメ、ポポガオレナオシタ」
「へえー。よかったじゃねえか。よろしく頼むな」
再開を懐かしむ悟空を他所に百代と鉄心が小声で会話する。
「モモヨ、どう思う?」
「正直、私はあいつと戦えれば素姓とかは割とどうでもいいが、多分本当のことを言ってるんじゃないか? クッキーも大概非常識な変身をするが、幾ら九鬼財閥でも、物体をあそこまで縮小したり拡大したりできたりはしないだろう?」
「そうじゃな。そうするとやはりあの男の言っていることは真実ということか」
もし仮にホイポイカプセルのようなものがこの世界で開発されたとしたら、それは一般に流通するまで最上級の機密情報として扱われるのは間違いない。そんなものを平気で見せるあたり、悟空が異世界から来たという言葉はかなり信憑性の高いものだった。
故にここまで見せられた証拠から悟空が異世界を来たという言葉を二人はとりあえず信じることにする。
そしてそれを踏まえた上で鉄心は改めて問いかけた。
「わかった信じよう。それで、お主はこれからどうするつもりじゃ?」
「んっ、ああ。オラ強い奴と戦う以外に特に目的ねえかんな。とりあえず、おめえ達と戦ってみたいと思ってんだけど」
「ふむ、そうか。確か3ヶ月で元の世界に戻れるのだったな? ならば、それまでの間、川神院で過ごすつもりはないか?」
悟空の答えを聞いて鉄心はそう提案する。それを聞いて百代は驚いた顔をした。
「おい、じじい。私は嬉しいが、川神院に流派のもの以外のものを入れることになるぞ。いいのか?」
「かまわん。無論、幾つかの場所には立ち入り禁止にさせてもらうがな。戦う場所や日時を任せてもらえれば互いの希望通りモモヨとの対決も認めるし、食事の面倒も見よう。どうじゃな?」
門外不出の技を伝える川神院としてはかなり異例の申し出だが、これには様々な思惑がある。
まずは、単純な善意。異世界から来た行くあての無い人間を放りだすのは人情的にできないという考え。
次に警戒。百代に匹敵する戦闘力を持つ人間を放置することの危険性に対する考慮である。これまで接した感触から鉄心は悟空を善人であると捕えていたが、善人でも窮すれば罪を犯すこともあるし、異世界人であることにより常識の違いから全く悪気なくこの世界では問題になる行動を犯す可能性もある。そして鉄心が見誤っており、実は悟空が何らかの企みを持っている可能性も0にすることはできない。それら全ての可能性を考慮した上での保護と監視をするという思惑がある。
最後に期待。同格の実力者が側にいることで、最低でも戦闘に餓えた百代のガス抜きをすることができる。そしてできるならば百代が精神的な成長、変化をしてくれることを鉄心は期待していた。
「メシくれるんか。だったら、オラ全然、文句ねえぞ!!」
そのような思惑など知る由もなく、単純に戦いと食い物、悟空にとって二大欲求とも言えるものを提供してくれると言う提案に飛び付く悟空。
そんな悟空の単純さを見て、そして鉄心の思惑を半分位悟りながら、自分の望みが敵うという状況に百代は楽しそうに笑う。
「くくっ、じじい、珍しく話しがわかるじゃないか。わかった、私も、少しだけ待ってやる」
そんな百代を見て、師範代への説明など、今後の厄介な面倒を思い溜息をつく鉄心。こうして悟空は異世界の武術の総本山、川神院でホームスティすることになるのだった。