「お姉様、お帰りなさい!!」
「おう、妹、姉を出迎えとはいい心がけだ」
一子が金曜集会で悟空のことを話してから3日後、予定通り川神院に帰ってきた百代に一子が飛び付き、それを受け止めた百代はそのまま彼女を撫でまわす。
「姉さん、お帰り」
「んっ、大和か。あれ、他のみんなも居るのか?」
そこで一子の後ろから現れる者が居たキャップを除くファミリーのメンバーである。少し驚いた顔をする百代。
「みんなで姉さんを出迎えようと思ってね。それと、噂の居候の人を見てみたいと思って」
百代から問われる前に理由を正直に告げる大和。最も、嘘は言っていないだけで明らかにわざと説明をしていない部分はあるが。
「……何か、隠し事してないか?」
「いや、してないよ」
鋭く気付く姉と全く動揺せずに答える大和。それを見て百代は大和に対し、おもむろヘッドロックをかけた。
「いい度胸だな舎弟。姉に隠し事ができると思っているのか?」
「いや、ほんとにしてない、してないから!!」
「往生際が悪いな。それに、一緒に居ると言う事はお前達も知ってるな、一体何を隠しているのかを」
顔をあげジト目で風間ファミリーのメンバーを見る百代。その視線にたじろぐファミリー達。ちなみにヘッドロックはかけたままであり、その腕の中の大和が悲鳴を上げ続けている。
「居候の人が不審者で無いか確認しにきた」
そこで京があっさりと薄情する。それを聞いて、百代は一瞬、不意をつかれた顔をした後、その意味を理解したらしく、納得した表情に変わる。
「あー、そういうことか。まあ、確かに怪しいよなあ。何てたって異世界人だもんな。そんな奴が友達の家に住みつくなんて話し聞いたら心配の一つもするか。にしてもさー、それを私に秘密にするとか仲間外れにされてるみたいで嫌だなー」
うんうんと言った表情で頷きながら嫌味を言う百代。それを聞いて、由紀江が慌てて弁解をする。
「すすす、すいません。あの、決してこれはですね。モモ先輩を仲間外れとかそういうことではなく、確証も無い内からそういうことを話して、モモ先輩や居候になった方を不快にさせてはと言うことでして、単なる心配のしすぎだったらその時は正直に話して大人しく怒られて、その後は笑い話にでもできればと言った訳でして……。あー、すいません、こんな言い訳ばかり!! でも、大和さん達はモモ先輩達のことを心配して……」
「あー、いい、いい。まあ、お前達の気持は嬉しい。だが間違いなく心配のし過ぎだな。あいつが何か悪だくみしてるとかそう言うことはまずありえん」
必死な様子の由紀江を宥め、悟空を警戒する必要は無いときっぱりと言い切る百代。あまりに信用し過ぎているような言葉に逆に不安を覚えたモロが尋ねる。その言葉には仲間以外に対し、信頼を向ける彼女の言動に対する僅かな嫉妬も混じり、少しトゲのあるものになる。
「どうしてそこまで言えるの? 世の中には表面を取り繕うのが上手い人とかも居ると思うけど」
「あー、それは見てもらった方が早いな。あいつは今、広間で飯を食ってる筈だから行ってみろ。直接、会ってみれば直ぐわかるぞ。あいつを疑う程、馬鹿らしいことは無いってな」
呆れを顔に浮かばせた表情で言う百代。その意味がわからず、怪訝な表情を浮かべながらも、言われた通り、広間へ向かう大和達。
そして広間に辿りつき、少し緊張の面持ちになる大和達。そんな彼等の態度を無視して百代が無操作に扉を開ける。
そして、そこには彼等が見定めようとしていた人物の姿があった。
「んっ、むぉむぉよ、おめえもめしくぅいにきたふぁんか? んっ、ふぉいつらだわれだ?(んっ、百代か。おめえも飯食いに来たんか? んっ、そいつら誰だ?)」
飯を頬張り、頬をリスのように膨らませた状態で物を話す孫悟空の姿が。
「私の愛しい友人達だよ」
「へえー、お前等、百代の友達なんか。オラ孫悟空だ、よろしくな」
百代の簡潔な紹介に、口の中の食べ物を飲み込むと、箸とどんぶりを持ったまま屈託の無い笑顔で言う悟空。そのあまりの無邪気さに大和達は一気に毒気を抜かれる。
「ああ、よろしくな孫。俺は直江大和。えと、確か姉さん、百代姐さんと同い年なんだよな。敬語の方がいいかな?」
「ああ、別にいいぞ。オラ、そういうのあんまよくわかんねえし」
「なら、このまま話させてもらう」
とりあえず、当たり障りの無い言葉で自己紹介をかわす大和。
そしてそこでは切りこんだ言葉を放とうとする。
「ところで、孫は異世界から来たってことだけど……」
「おう、この世界のつええ奴と戦って鍛えてこいって言われてんだ。百代や鉄心のじっちゃんはすげーつええし、この家には強そうな奴が一杯いるし、オラもうワクワクが止まんねえぞ!!」
それに対して返って来たのは何の裏も感じさせない単純な答え。二人のやりとりを見ていた百代が笑って、大和の耳元で囁くように言った。
「なっ、心配するだけ馬鹿らしいだろう?」
「……ああ、そうかもな」
「なんか、無邪気過ぎるね、この人」
「何て言うか、キャップとワン子を足したような感じだね。純粋っていうか無邪気っていうか。天然かな、一言で言うと」
百代の言葉通り、ファミリーの中でも特に排他的な傾向の強い京やモロですら疑うのが馬鹿らしくなりつつあった。
まだ少ししか言葉をかわして居ないが、何か企んでいると疑うには悟空の言動一つ一つがあまりに子供っぽく邪気を感じさせないのだ。加えて彼等の身近にも天然で無邪気、奔放な性格をしている人物がいるので、こう言うタイプに対し、親近感を覚えてしまうと言うのもあるし、演技で取りつくろった偽物であれば見破れる自信があると言うのもある。
そんな訳ですっかり気を許した彼等は悟空に対して自己紹介をすることにした。
「私は川神一子、ワン子って呼んでね」
「椎名京」
「クリスティアーネ・フリードリヒ、クリスと呼んでくれ」
「島津岳人だ。ナイスガイでもいいぞ」
「師岡卓也、モロって呼ばれるね」
「えと、その、黛由紀江です」
「んと、大和に、ワン子、京に、クリス、岳人、それにモロにユキエだな。よし、覚えたぞ!」
一度に自己紹介されたにも関わらず一発で全員の名を覚えたらしく、笑みを浮かべて言う悟空。
そして彼は一つの疑問を発した。
「そいや、ワン子、おめえ、百代と同じ名字だな」
「うん、私はお姉様の妹なのよ」
「妹?ってことは姉妹ってことだろ?その割に似てねえな」
その発言に許しかけた気を引き締め、敵意の視線を向ける京とモロ。それに対し、一子本人はそれ程気にせず、苦笑いだけを浮かべて自分の身の上を説明する。
「私は養女だから、お姉様やじーちゃんとは血のつながりは無いの」
「そうなんか、道理で似てねえと思った。けど、なら、オラと一緒だな。オラも赤ん坊の頃、山ん中捨てられて、じっちゃんに拾って育ててもらったんだぞ」
一子の家庭の事情を聞いても、気まずい雰囲気を一切だすことなく、ただ納得したと言った風な反応をする悟空。
そしてあっけらかんとした調子で自分の身の上が同じような感じであることを語ってみせた。その話に百代を含め、全員が驚いた表情を浮かべた。
「そいや、ワンコ子のじっちゃんって、鉄心のじっちゃんだろ? ワン子は鉄心のじっちゃんから武術を習ったんか?」
「うーん、直接の指導はルー師範代からの方が多いけど、一応じーちゃんからも少しは教えてもらったかな」
悟空の質問に少し考えて答える一子。その言葉に悟空は予想が当たったとばかりに嬉しそうな表情になって言った。
「やっぱそっか。オラのじっちゃんも武術家で、オラも最初はじっちゃんから拳法、習ったんだぞ」
「へえー、そうなんだ。凄い偶然だね。えと、孫君でいいかな?」
「おう、いいぞ。けど、その呼び方何かブルマみてえだな」
「ブルマ?」
「ああ、ブルマってのはオラの仲間で……」
思わぬ共通点の多さに目を丸くする一子。
そして親近感が増したらしい二人の間で会話が弾む。それを見て由紀江が大和に話しかけて言った。
「すっかり、仲良くなっちゃいましたね。一子さんと悟空さん」
その声を耳に聞き、一子との話しに夢中になっていた悟空が彼女達の方に視線を向けて言った。
「おう、ワン子おもしれえ奴だかんな。それに百代からおめえ達の事はいっぱい聞かされってっけど、みんな頼りになるいい奴等だって聞いてっぞ。確かにおめえらかなり鍛えてるみてえだな。特にユキエ、おめえかなり強えだろ? オラ、戦ってみてえな」
「ああ、やっぱりわかるか。私も前々からそう思っててな。是非とも戦ってみたいと思ってるんだが、どうにも乗り気になってくれないんだよな」
悟空の言葉に共感して彼の肩を叩く百代。二人して由紀江に視線を向ける。見られてたじろぐ由紀江。それを庇う意味も込め、大和が彼女の前に立ち、百代に対し質問した。
「なあ、ところで姉さん、孫が姉さんと互角ってのは本当のなのか?」
「んー、あー、そうだな。なんなら、お前達で試してみたらどうだ? こう見えてもこの男は割と器用だからな。手加減、結構上手いぞ」
大和の質問に何故か言葉を濁し、代わりにとんでもない提案をする百代。
由紀江はまだしも、他のメンバーと百代との間にはあまりにも大きな力の差がある。その百代と互角に戦った相手と勝負など如何に相手が手加減してくれるとは言え、無謀でしか無い。しかし、そこで立候補するものが居た。
「ふむ、ならば自分が行こう。モモ先輩と張り合う程の実力者、勝てると思う程自惚れてはいないが、いい経験となるだろう」
「あー、クリ抜け駆けする気!! そうはさせないわよ!!」
クリスと一子である。両者は張り合うように悟空との対戦を望む。
そこで更に京が手をあげた。
「モモ先輩クラスの相手に一人ずつ言っても瞬殺されるだけだから、私を加えて3対1ってことでどう?(……最低限、かっこつけさせないとクリスはともかくワン子は落ち込んじゃうかもしれないしね。もしかしてモモ先輩はそれが狙い?)」
参戦の意と、3対1の戦いを提案する京。後半の言葉は口に出さず内心でだけ呟く。
「3対1か……。悟空、構わないか?」
「おう、いいぞ!」
百代の問いかけに対し、やる気を示す悟空。こうして武士娘3人と悟空は試合をすることとなるのであった。
(後書き)
今回は難産でした。展開についてかなり推敲したつもりですが、少し強引な展開が多かったかも。不自然に感じなかったでしょうか?もしかしたら、展開そのものを直すかもしれません。