川神院医務室。悟空との戦いで気絶した一子とクリスがそこの部屋のベッドに寝かされていた。他に医務室には大和とモロが居る。一子とクリスが目を覚ますまで交代で誰かが傍につくことにしたのである。何せ、流石に全員で側につくことが出来る程、流石に医務室は広く無かった。
「おっ、起きたか?」
「大和か、何故お前がここに……。そうだったな、確か、私は悟空と試合をしていて……ここが医務室と言う事は私はやられたのか?」
一子より先にクリスが目を覚ます。
そして記憶を辿るが、自分がやられたことをはっきりと理解していないようであった。その言葉に心配する大和。
「ああ、そうだ。思い出せないのか? もしかして、記憶が飛んでいるとか?」
「いや、それは大丈夫だ。気絶する直前のことまではっきり覚えている。わからないのは、何故、あのタイミングで相手のカウンターが成功したのかなのだが……」
クリスは首を振って心配は無いことを伝えると、自分が何に対し疑問を抱いたのかを説明する。その説明を聞いた大和は彼女が何故そのような疑問を持ったのかを理解する。何せ彼等は戦いの後で説明されるまで、如意棒をただの棒であると思っており、長さを変化させる不思議な道具であることなど知らなかったのである。カウンターは一瞬の間に起きた出来事だったので、当事者であるクリスには何が起こったのかわからなかったとしても無理の無いことであった。
「ああ、それはな……」
大和が如意棒について説明をし、それを聞いて驚いた顔をするクリス。
そして話しを聞き終えた彼女はしかめっ面を浮かべた。
「なる程、しかし、それは少しずるい気がするな。幾らなんでもそのような武器を使うなど反則ではないのか?」
「いや、そんなことは無いぞ、クリ」
クリスの不満の言葉に対し答えたのは、ちょうどいいタイミングで交代にやってきた百代だった。その後ろに悟空の姿もある。
「確かに如意棒の存在は幾らなんでも予想できないだろう。だが三節昆のような仕込杖ならば、戦っている最中に長さを伸ばすことは可能だからな。無警戒であったお前の不注意だ」
「むっ……確かにそうだな。すまない、みっともないことを言った」
百代の指摘を受け、納得するクリス。
そして自分の敗北に対し、言い訳のような言葉を言ったことについて、対戦相手であった悟空に謝罪し、頭を下げる
当然の如く、悟空は全く気にした様子を見せない。代わりに彼女に対し問いかけをする
「んっ、別にいいぞ。それより、おめえ、怪我の方は大丈夫なんか?」
「怪我……いたっ、いたたたたた!!!」
悟空に言われて体を捻って、自分の身体を点検しようとしたクリス。そこで身体に走る痛みに悲鳴を上げてしまう。実は彼女の身体にはカウンターで入った如意棒の一撃によりアバラ骨にヒビが入っていたのである。動いた表示にそこに力が加わってしまったようだった。
「だ、大丈夫!?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
体勢を直し、痛みを落ち着かせるクリス。そこで悟空が小さな袋を取り出す。
「わりぃ。おめえの最後の一撃、いい感じだったかんで上手く手加減できなかった。これ、飲んどけ」
謝罪すると袋の封となっていたひもを時、一粒の豆を取り出すとクリスの方に投げる悟空。それを掴み、訝しげな顔をするクリス。
「これは何だ?」
「仙豆って言ってな。どんな怪我でも直してくれる不思議な豆だ」
悟空の説明を聞いてあまりの胡散臭さに訝しげな顔をする大和。しかし根が素直すぎるクリスはあっさりと信じたようだった。
「ほう、異世界には凄いものがあるのだな」
大和が制止する間も無く、仙豆を飲み込むクリス。次の瞬間、彼女は目を見開き、驚きの声をあげた。
「むっ、これは!!」
自分の体を捻り調子を確認するとベットから立ちあがる。
そして勢いよく身体を動かし始め、改めて歓声をあげた。
「凄いなこれは!! 本当に怪我が治ったし、疲れも何もかも吹っ飛んだぞ!!」
「なっ、すげえだな?」
「ほう。私の瞬間回復のようなことが誰にでも起こる訳か」
「「………」」
素直に感動を現すクリスと少し自慢気な様子の悟空、普通に感心する百代。その横で3者に比べば常識人な大和とモロは何と言っていいか分からず立ち尽くす。
なんやかんやで騒がしくなった病室。その影響で一子がそこで目を覚ました。
「う、ううん、どうしたの……みんなで騒いで」
「あっ、ああ……実はな……」
目を覚ました一子に試合の決着についてや先程起こった出来事を説明する大和。話を聞いた一子は少し悔しそうな顔をした。
「そっか、結局、負けちゃったのか」
「ああ、だがワン子、最後のはなかなかよかった。あれはやはり悟空の動きを真似したのか?」
それに対し妹に甘いが、戦いに関しては割と厳しい指摘が多い百代が珍しく彼女の健闘を称えてみせる。
そして気になっていた一子の動きに対し尋ねた。
尋ねられた方の一子は、一瞬驚いた顔をした後、褒められたことに笑顔を浮かべ、説明を始める。
「うん、前にお姉様に『下手に考えず、もっと、本能で戦えって言われたでしょ』けど、アタシどうしたらいいか全然わからなかったの。意識するとかえって動きがぎくしゃくちゃうし、本当に何も考えずにやったら直ぐやられちゃうだろうし。他の人の戦い方を参考にしようかとも思ったんだけど、ルー師範代やお姉様の動きを見ても何かしっくりこなくって。そしたらね!! 今日、悟空君を見てピーンと来たの。一目見て、“これだ!!”って思ったのよ!!」
「なるほどな」
興奮した様子で勢いよく言う一子の説明を聞いて百代は得心を得る。一子の指導者であるルー師範代は理性が強く、本能に頼るよりも寧ろ考えて戦うタイプである。百代はどちらかと言えば本能で戦うタイプであるが、野獣のような闘争心を持ち攻撃的な彼女の戦闘スタイルは一子とは明らかに異なる。
それに対し、高い闘争心を持ちながら奔放に戦う悟空のスタイルは一子の目指すべきものに近いところがあった。一子がすんなりと動きを真似ることができたのもこの近さ故であった。勿論、それは彼女の下積みとなっている膨大な努力、基礎があってこそであるが。
「しかし悟空、お前の戦い方は素手の時と武器を持っている時で随分と印象が違うな」
だが、納得したことで彼女にはまた新たな疑問が浮かぶ。悟空と一子で戦闘スタイルが似ていると言ったが、それは武器を持っている時限定の話である。素手の時の悟空は無駄な動きが少なく、どちらかと言うとルー師範代に近いものがあった。
「んっ、そうか? オラ、意識してねえけど。……そういやあ、オラ、神様んとこで修行し始めてから如意棒で戦ったのて、一子ん達と戦うのが初めてだ。もしかしたらその所為じゃねえか?」
「なる程、新しい師によって戦闘スタイルがより高度なものに変わったと言う事か」
『心を空にし、雷よりも速く動く』これが神の教えであり、それを実践した結果、悟空の戦闘スタイルは確実に変化していた。従来の野生のパワーを全開にした動的な動きをするスタイルから、本能的な直感を研ぎ澄ませながら平静で無駄のない動きをし、パワーを瞬間的に爆発させる形へと進化しつつあるのである。
しかし神の修行後、如意棒を扱ったことがなかったので、昔の要領で扱おうとし、スタイルも昔のそれに近いものになったと言う訳であった。
尚、進化した悟空のスタイルはタイプの似ている一子にも当然、適している。だが非常に高度な戦い方で、悟空ですら未だ完成させていないものであるため彼女には10年どころか20年は早いと言わざるを得ない。
(悟空の動きを取りこめば、一子は確実に一段上のレベルに上がれる。だが、それがいいことなのかどうか……)
状況を理解した百代は内心で苦悩する。実の所、百代は一子に川神流師範代になるという夢を諦めさせるつもりであった。
悟空と戦わせたのもその一環。最終的な引導は無論、彼女自身が渡すつもりであったが、頂点との力の差を自覚させたかったという意図があった。同時に、もしも戦いの中で一子が期待以上の資質を見せてくれたのならば考え直すことも彼女の頭の中にはあった。妹の夢を応援したいという気持ちも、彼女が師範代として自分をサポートしてくれるのならばこれ以上に心強いというのも嘘では無い想いとしてあるからだ。
そして、戦いの中で見せた彼女の実力は最後の動きを見せるまでは万に一つも川神院師範代になる資質は無いと言うものだったが最後に彼女は可能性を見せた。しかし、それはあくまで可能性、それも微かなものでしか無いのである。
(可能性が答えになるまでには時間がかかる。そしてその時には別の道を選ぶ選択肢は狭まっているだろう。万に一つの希望を目指すか、それとも……)
家族としてどうするべきか苦悩する百代。しかし、彼女が結論を出す前に、一子が百代が考えていたことを言ってしまう。
「悟空君、お願いがあるんだけど、これからもアタシと稽古の相手をしてくれないかな?」
「おう、いいぞ。鉄心のじっちゃんから、街が壊れちまうといけないからしばらくモモヨとの対戦は禁止するって言われってからな。オラもやることなくてどうしようかって思ってたとこだ」
「って、おい!!」
思わず叫ぶ百代。彼女に視線が集まる。誤魔化すように咳払いして言う百代。
「いや、一子、あのな……」
「お姉様、もしかして駄目? 川神流以外の人の動きを学ぶのってもしかして禁止だった?」
何とかごまかしの言葉を言おうとする百代。しかし、怒られると思ったのか目を潤ませ、上目づかいで自分を見る一子の姿を見てたじろいでしまう。
「いや、そんなことはない。他流の技を取りこみ発展させていくのは武術家として正しい姿だ。勿論、盗まれる方からすれば面白いことではないから、川神院のように門外不出と定め、教授を禁じたりもする。だが、見て盗んだことに対し責めるようであればそれは武術家として失格だろう」
「なら、いいのね!!」
「うっ、まあ……な」
義姉の承諾と取れる言葉に笑顔を浮かべる一子。それに対し、言葉に基本、妹に甘く、行動を制限する正当な理由もないため、結局、頷いてしまう。
「あっ、それと悟空君。もう一つお願いがあるんだけど。クリの怪我を直した仙豆って奴って古傷にも効くのかな? もし、効くなら一つ欲しいんだけど」
その言葉に目の色を変える大和とモロ。これまで武術の話しをしており、門外漢の立場であるため、黙っていた二人だったが、心配し少し体を乗り出す。
「ワン子、お前、古傷なんて抱えてるのか? どっか、痛むのか?」
「あっ、いや、そうじゃなくて。九鬼君にあげようかと思って」
九鬼英雄、大和達と同じ学校のエリートクラスに在籍し、九鬼財閥の御曹司である。彼は一子に惚れており、アプローチをかけ続けている。それに対し、自分に対しどうしてそこまで好意をもつのか疑問に思った一子が尋ねたことがあり、その時彼はその過去を語った。
英雄は昔、野球をやっていて本気でプロを目指していた。しかしある日、富裕層を狙ったテロに合い、腕に大きな怪我をし、野球をすることが出来なくなってしまったのである。
そして、そんな風に夢を失った過去を持つからこそ、嘗ての自分のように夢を目指し、努力する一子の姿に惹かれ、今ではそれをきっかけにその全てを愛するようになったと言うのだ。
「アタシの知り合いでね、昔に怪我をして今でも腕が上手く動かない時があるんだって」
「そういうことならかまわねえぞ。そいつに渡してやってくれ」
「ありがと」
一子の簡略化した説明を聞いてあっさり仙豆を渡す悟空。礼をいい笑顔でキャッチする一子。しかしそれを見て大和が難しい表情をし、思いついた懸念を指摘した。
「なあ、ワン子。九鬼の怪我を直してやるのは、おれも一緒にあいつの話しを聞いて、事情を知っているから別に反対しない。けど、そんなことしたらあいつますますお前に好意をいだいちゃうんじゃないか?」
「えっ?」
大和の指摘を聞いて一子が顔を青くする。好きな女の子からのプレゼント、ましてそれが自分のずっと抱え続けてきたジレンマを解消してくれるものであればそれはどれ程の歓喜かであろうか。しかもそれをくれると言うことは、ある意味相手が自分のことを気にかけていてくれた証明みたいなものである。間違いなく、好意は倍増されるであろう。
「ど、ど、ど、どうしよう!?」
がくがくと震える一子。一子は別に英雄のことが嫌いではないが、その濃過ぎるキャラを苦手としているのである。その相手からより強烈なアプローチをかけられると言うのは迷惑を通りこして恐怖である。
「あげるのやめればいいんじゃない?」
「そんなことできないよー!!!」
モロが最も単純な解決方法を指摘する。しかし、お人好しの一子その選択を簡単に選べる筈も無く、結局、しばらくの間彼女は苦悩するのであった。
(おまけ 医務室を出た後の義姉弟の会話)
「ところで、姉さん、さっき孫が神様の所で修行だとか何とか言ってたけど、あれってどういうこと?」
「んっ、ああ、それならば、言葉通りらしいぞ。悟空はなんでも異世界で神と称される存在の弟子をやっているらしい……」
「……本当に非常識にも程があるな」
立て続けに見せられる非常識さに呆れと共に、大和は百代の言った「悟空を疑う程馬鹿らしくなることは無い」の意味を改めて理解させられるのであった。
(後書き)
前々回で百代が言葉を濁したところは一応伏線です。とりあえず、百代と戦う時、悟空は手を抜いてはいないとだけ答えておきます。
PS.日常編が続いて、単調だという意見がありました。それについては当初の予定ではあと数話日常編(2-Sの生徒との接触とか)書いた後、最終章に突入の予定だったのですが、同じように思っている方が多いのであれば、日常編は短縮しようかと思っているのですが、どうでしょうか?