突発的に書いてしまった。
たぶん続編はない。
十二月二十五日
タイトルから単発を除去
「ん………」
朝の日差しで目が覚める。
目覚まし時計をみると朝六時半前。普段より少し早いか。
「ン…どうしたのお母さん?」
おや、どうやら一緒に寝ていた癒月(ゆづき)を起こしてしまったようだ。
「もう朝だ。起きるぞ」
ベッドから降りながら声をかけると、壁に沿っておいてあるベッド、その壁側に寝ていた癒月がねむそうな目をこすりながら起きて来た。
「おはようお母さん…」
「おはよう」
そのまま癒月の手を引いて、リビングに向かう。
キッチンに入り手早く牛乳を電子レンジで温め、ホットミルクをつくり癒月に与える。やけどをしない温度にするのが旧式のレンジでは手間だ。夫め、さっさと貢げばいいものを。
まだうつらうつらしている癒月を子供用の椅子に座らせ、こちらはエプロンをして、一番上の高校生の葉月の弁当と朝食を作る。最新の電気炊飯器は今日もきっちり仕事を果たしていた。
今日の朝食はベーコンエッグ。我ながら上手く出来ている。もっとも、工夫する余地も少ないオーソドックスな代物だが。
その時、おいしそうな匂いにひかれたのか、二階からドタバタという足音が聞こえてくる。
「「おはようお母さん!」」
元気よく挨拶したのは、双子の娘皐月(さつき)と睦月(むつき)だ。
時計をみると七時ジャスト。ちゃんと我が家の『軍規』を守る、良い娘たちだ。
そして、
「さて、いつまでたってもルールを理解できない無能には、どうやって教育すればいいやら」
瞬間、皐月と睦月が笑顔を凍りつかせたような気がしたが、よくわからない。
この命題は、大戦時も指揮官として頭を悩ました事だ。
ああ、あの頃は楽だった。無能は最前線の塹壕に放り込めば、勝手に優秀になってくれたし、そうでないなら相手が手際よく抹殺してくれた。上官でも『誤射』すれば済んだのだから。
しかし、家ではそうもいかない。下手に児童相談所などに駆けこまれては面倒でたまらない。人の家庭に口出しするくらいなら、家出先でも確保しておけばいい物を。連中の善意に溢れていますという顔は、神を名乗る『存在X』の次にこの世から消し去りたい存在だ。
内心で別の対象への怒りをみなぎらせながら、ターニャは二階でまだ寝ている無能二人の所に向かう。
「さて、まずはバカ息子にするか」
そのまま階段の正面にあるドアを蹴破る。また夫が補修費に泣くが、馬鹿な種をよこした罰だ。甘んじて受け入れてもらわなくては。
「お、おふくろ!」
そこには、今まさに飛び起きたという様子の葉月が、ベッドの上で上体を起こしていた。忌々しい事に私に似て中性的な印象の顔を、無残にひきつらせている。
「おふくろだと?お母様と呼べと何度言えば分かる?」
まさか自分からこれほどの無能が生まれるとは、予想だにしていなかった。手が腰に伸びるが、そこに何も吊っていない事を思い出して舌打ちする。いい加減この癖も直さねば。
「動物の調教は飴と鞭というが、どうやら鞭がぬるかったらしいな」
指をコキコキ鳴らす。すでに葉月は半泣き状態だが、ここはきっちりやっておかねば。
「己の無能を悔いるがいい」
四月のすがすがしい朝の空気の中、短い悲鳴が木霊した。
さて、馬鹿息子の教育を終えたら、次は我が夫だ。まったく、こんな種をよこすと知ったら、いくら戦乱の気配の遠い皇国とはいえ国籍変更などしなかったものを。
「耀(あきら)、朝だぞ」
まだ仰向けに布団で寝ている夫を、正面から抱きしめる。
そして、一気にサバ折りに入る。
「ガッ…!」
腰の激痛で、夫はそのまま睡眠から気絶に直行し、布団に沈む。
「相変わらず軟弱だな」
まあたまには許してやるか。人間寛容さが大事だというし、今日は夫は代休を取っていたはずだ。仕事にも支障はない。
そのまま、階段を足を引きずってよたよたと降りている葉月を蹴落として一階に戻る。
「さて、そろそろ食べるか」
あまり時間がたつと食事が冷める。
「お母さん早く早く!」
ようやく目が覚めた癒月が、皐月か睦月に前掛けをかけてもらって子供用フォークを持って呼んでいる。
「分かった。もうちょっとだけ待て」
手際良く拳の返り血を台所で流し、テーブルの指定席につく。癒月の隣だ。
皐月と睦月も食事を前に目をらんらんと輝かせている。育ち盛りは面倒だ。
「よし、いただきます」
「「「いただきます!」」」
階段の下では、まだ葉月が気絶しているが、誰も気にとめない。おそらく馬鹿に関わるのが面倒なのだろう。我が娘ながらなかなか冷徹な思考だ。まあ、間違ってもいないので構うまい。有能な人間の足を引っ張る無能は早く死んで肥やしにでもなればいい。
…とはいえ、朝食なしで高校はきつかろう。
弁当に魚肉ソーセージの一本でもつけてやるか。
自分の思考に満足するターニャ。
私も大分丸くなったものだ。
ターニャは、葉月が一階に蹴落とされるのを目撃した時の、皐月と睦月の戦慄の表情を見ていなかった。もちろん今も、食事に専念するふりをして冷や汗を隠している事を。
純粋なのは癒月だけだった。
「お母さん、お口拭いて?」
「しかたない、早くきれいに食べられるようにな」
ターニャ・デグレチャフ・原野の朝は、今日も平和に始まった。