またやってしまった。
性格描写が正確か心配(ギャグではない)
「ねえねえお母さん」
「ん、どうした?」
家でのんびりシチュー(ジャガイモを見るとあの時戦線離脱したタイヤネン准尉を思い出す)をかき混ぜていると、レタスを千切ってサラダを作っていた癒月が話しかけて来た。
「こんどね、お母さんとお父さんの事を、みんなの前で発表するの。だから、お母さんとお父さんの事教えて」
「ふむ」
つまり、幼稚園でそれぞれの親についてなにか発表するのか。教会の孤児院にいた時はそもそも両親がいないのが前提だったので神への思いを語らされたものだ。神の不在を理論的に説明したらシスターたちが激怒していたが、その理由は今でも謎だ。
「それなら、私と耀の出会いを聞かせてあげよう」
そう、それは終戦から五年後の事―――
ターニャは私服で、連邦に東半分を奪われた帝都に来ていた。
戦争が終わればさっさと恩給だけもらって軍から逃げようと思っていたが、政府の連中が講和会議での影の見せ札として他の部隊と違い編成を解除してくれなかったのだ。あれだけ戦わせておいてふざけるなと思ったが、恩義あるゼートゥーア将軍のお願いだ。断るわけにもいかなかった。
結局その間、部隊は僻地の基地で拘禁状態。まあその分、訓練なども減って身長が伸びたのは良いが、比例して胸まででかくなるのは勘弁だった。前世で会社のOL共が胸のせいで肩がこるなどと言っていたのは、サボタージュではなかった事を自分の体で実証する事になるとは。
今日帝都を訪れたのも、合州国へ移民する前に、ゼートゥーア将軍にあいさつするためだ。将軍は帝国に残ってほしいようだったが、こんな事実上の敗戦国に長居する理由はない。合州国でも祖国の地位向上のために努力いたしますと言ったところうなずいて下さった。きっと将軍はこれが名目で、事実上私が退役するという事を理解して下さっただろう。後始末を押し付けるのは心苦しかったが、上司の常としてあきらめてもらうしかない。
夏も近い晩春の帝都を空港に向けて歩きながら、いい加減伸びて来た髪を払う。そろそろ切るか。
その時、隣の車道で車が急停車する。
見ればそのフロントには青地に下半分が欠けた深紅の半円の旗が立っている。
…なんと、皇国大使館の車ではないか。
連中は大戦中に連合王国や共和国の植民地に大量に製品を売り込んで大儲けしたはずだ。
戦後もこうやって足しげく帝国を訪れ、賠償金支払いで汲汲としている帝国から、有用な技術を可能な限り持ち出そうと努力している。もっとも、連中の外交は甘すぎる。ほとんどを合州国と連邦に取られているが(共和国と連合王国は植民地の反乱制圧に血眼だ)。
そんな事をつらつら考えていると、車から降りて来た男が私に近づいてくる。
…まさか、暗殺者か?
以前基地に拘禁されていた頃、連邦所属と思しき魔導師が襲撃を仕掛けて来た事があった。秘密警察のロリヤが失脚してからは収まったが、それまでは何度蒸発させてもこりずに襲って来たものだ。
ターニャが警戒していると、黄色人種の男はこう言ったのだ。
「あなたはとても美しいです。ぜひ結婚して下さい!」
瞬間、ターニャは本気で皇国人に同情してしまった。
こんな馬鹿が外交官をやっているなんて、皇国にはよほど人材が足りないらしい。鎖国などという引きこもり政策をやめてから半世紀も経っていないとはいえ、これはあまりにもひどすぎる。
だが、と考え方を変える。
これはむしろ好機ではないか?
なにしろ今から移住を検討している合州国には、かつての部下達が大挙移住している。そいつらが私のすすめで民間軍事会社を起こしている以上、なんらかの関わりを持たねばならないかもしれない。
だが、その私が皇国などという東の果ての島国に移住すれば、さすがの戦争狂でもそう簡単には追ってこれまい。しかも皇国は今好景気な上、切迫した戦争の危険もないときている。徴兵も魔導師だろうと女は除外されている。
…いけるかもしれない。
いま廃車寸前の帝国という車に乗っているが、これから合州国という持ち主が「いいだろう」と自慢しきりな高級車に乗せてもらうより、「こんな車だけど」と謙遜しながら無自覚に高級車に乗っている奴の方が扱いやすいに決まっている。
しかも相手はおそらく外務省高官。将来の出世まで予測できる。つまり、パーフェクトな専業主婦という道が開かれている。
ここまでの思考を数瞬で終えると、ターニャは答えた。
「いいだろう」
「えっ?」
逆に驚いたのが、男―――原野耀―――の方。まさかの承諾。たしかに一目ぼれしたのは事実だが、まさか相手がそれを承諾してくるとは正直思ってなかった。
しかも、自分はただの随行員として来たのに、突然車を止めて女を口説いたなんて、大使になんと説明すればいいのか。
いつの間にか大使館の車は去り、後に残されたのは有望な先物買いに成功したと、無表情に若干上機嫌な様子のターニャと、内心呆然としている耀だけだった。
「こうして、お父さんとお母さんはけっこんしたのでした。めでたしめでたし」
なぜか昔話風に話の最後をしめると、癒月は満面の笑みで、幼稚園の発表会を用事で行けなくなったターニャに代わり見に来ていた耀を見つめて来た。周囲のお母さんやお父さん方も感動の面持ちで見てきている。耀は顔をひきつらせないようにするのが精いっぱいだった。
確かに、話だけを聞けば、帝国で一目ぼれした女性と、ひとりの外務省職員が職をかけた大恋愛の末に結ばれたように聞こえるだろう。
だが、その実際は(後で聞けば)徹底的に実利的な理由からの結婚であり、俺が出世街道から転落したという事を聞くや、凄まじい怒りであり、しかもなぜかターニャは巨額の資産を持っており耀の家での立場は虫以下の状態。しかも親族連中もターニャを敬遠してるため、お前は原野家ではなくデグレチャフ家だと事実上の勘当をされている。
そして、不定期に時折用事といって姿を消す不思議。
(もしかして、今もどこかで浮気でもしてるんじゃ…)
原野耀。なんだかかんだで惚れた弱み。どんなにひどい扱いを受けても頭が上がらないす、そして浮気などには嫉妬するのだ。
その頃ターニャは………
「ゆ、許して…ギャッ………」
見つけ出したアカの反政府組織のリーダーを、光学術式の一撃で蒸発させていた。
周囲には、大戦からの歴戦の魔導師である部下達が油断なく哨戒飛行を続けており、すこしでも大きな熱源があれば周囲の植生ごとまとめて吹き飛ばしていた。事実その何割かは逃走を図る武装組織にメンバーか、いまだ抵抗をあきらめない狙撃手なのだ。
「まったく、この程度の仕事でわざわざ呼び出さないでほしいものだな。今日は癒月の発表会だったというのに」
隣を飛行するヴァイス副社長が、緊張しきった声で謝罪する。
「申し訳ありません。しかし、今回の組織は魔導師まで保有しているという情報があり、ベテランが私とグランツ課長だけでは厳しいと判断しました」
ふむ、それなら止むおえないか。主力を中東に差し向けているのは私の指示なのだから。正直、連合王国や共和国の方が払いがいいからそちらに主力は派遣している。収益性を考えると、合州国南方のこのエリアは南方大陸に比べてかなり低いのだ。
「だが、今回はひよこ共をまとめて連れて来たのか?」
周囲を旋回する魔導師は、どいつもこいつも私の知らない新人ばかり。おそらく本土の教習課程か、それを終えたばかりの連中なのだろう。
「はい。今回は魔導師が出るという事でしたので、対魔導師戦術の実地訓練には最適と判断しました。それに、一度は社長の事を見ていただいた方がよいと考えました」
なるほど。
最後のはよく理解できないが、新人に実戦を体験させるという意味では有意義だろう。引率のベテランが足りないというのもうなずける。
まあ、結局魔導師は現れなくてヴァイスの期待外れになったのだが、それは私の労働量が減るのだから歓迎する事なのだろう。
だが、運命の女神は決してターニャには微笑まない。
「…!観測機から通報、魔導反応探知。数四十強、増強大隊クラスです!」
観測班と無線交信していた一人が、動揺したように叫び、それが部隊全体に波紋のように広がっている。原因としてはそれを聞いてたちまち不機嫌になったターニャと、それを見て引き攣った表情を浮かべているヴァイスとグランツも含まれる。
「チッ…、おとなしく地上で殲滅されればいい物を」
大体、こんな規模の武装勢力を国内に野放しにしているとは、現地政府の統治能力はどうなっているのだ。民族問題がなんだというなら、最悪その民族を絶滅させればいい。ナチスのユダヤ人絶滅戦略は、禍根を後に残さないという意味では実に合理的だ。ただ、ユダヤ人が絶滅させるには数が少々多すぎ、そして広く広がり過ぎていたのだろう。
早くも視界に捉えられるようになった敵魔導師は、どう見ても人質か何かにしか見えない少女を抱えている者たちもいる。
「総員、敵魔導師を殲滅せよ。人質を抱えている連中は私が始末する」
部下達の何人かが、自分もそれに加えてくれと言ってくるが、もちろん却下。人質を抱えて動きが鈍い敵を相手にしたいのは分かるが、ここは上司の特権として楽な敵を相手させてもらう。
「総員、突撃」
貴様らには、地獄を担当してもらう。
始まりは、一人が真っ赤な飛沫になったことだ。
いつも通りの『徴税』を終えて基地に戻ろうとすると、なにやら煙が上がっている。通信も出来ない。
これは何かあったと考え、速度を増して帰還しようとした。その時だった。
「長距離狙撃だ!」
誰かの叫びに全員がバラバラに回避運動を取り始める。所詮は正規の訓練は受けていない盗賊。とても統制の取れた動きとは言えない。
そして、回避運動にもかかわらず、さらに一人が血飛沫と化して消える。
「政府の討伐部隊か!?」
これまでは国内の民族問題を刺激したくないという政府の意向で積極的な討伐は行われてこなかった。だからこそ、かれらのような存在が許されていた。本気で国家が討伐に来ればとても対抗できるものではない。
「くそっ!政府の奴ら本気で討伐に来たのか!?」
気がつけば、見るからに統制のとれた中隊規模の航空魔導師がこちらに向かって急速接近してくる。
「死ね!」
即座に多数の光学術式が放たれるが、そのほとんどが回避される。一人落ちたが、残りは防郭で耐えきった。
「お前ら、この女がどうなってもいいのか!?」
「キャッ!」
女の奴隷を連れていた男が、魔力刃を発生させ、人質の首に突き付ける。
それを見て、さすがに一瞬連中の動きが鈍る。
いまだ…!
『何をやっている?』
背筋も震えるような冷徹な声が、全周波数の魔導通信で放たれたのはその時だった。
『私は人質を抱えた敵以外を『殲滅』しろと命じた。今ここで戦闘行動を中止する者は私が撃ち落とす』
「しかし隊長、人質ガッ…!」
敵の一人が反論するが、次の瞬間はるか高高度から叩きこまれた長距離狙撃で地面に叩きつけられた。
呆然と見上げると、飛行機雲が発生するような高度を一人の小柄な魔導師が飛行していた。
『私は諸君らに自己判断など求めていない。ただ命令を最低限理解できるだけの脳味噌があればそれでいい』
さあ、次は誰が落とされたい?
その瞬間、これまでの敵の動きは蚊トンボではないのかという機動で敵は動きだしたのだ。
目の前にいると思えば次の瞬間にはそれはダミーで、背後から魔力刃で切り裂かれる。
誘導射撃を放っても、初期照準の段階で回避されるありさま。
おまけにこちらの攻撃が届かない高高度からは容赦ない狙撃が降り注ぎ、人質を抱えている奴を集中的に狙っている。しかも救出をついで程度にしか考えていない攻撃だった。なにしろ拾う手間を省くために、わざと外した射撃で高度を落とさせ、その上で撃墜しているのだ。人質は死にさえしなければいいのだろう。
気がつけば、四十を超えたこちらの戦力は、僅か十二(途中で狙撃で一人落とされたから実質十一)の相手に殲滅されようとしていた。
「あ、悪魔め…!」
最後に残った一人の目には、はるか上空で賛美歌を歌う女性の姿を捉えていた。そして、彼もまた真っ赤な花を咲かせる事になった。
ふむ、連中の錬度は思ったより高かったようだ。私とした事が、一撃必殺を狙って頭部に放った狙撃を上手く回避されている。仕留めるまでに低空に下がられては生存者がいる恐れもある。あとで念入りに探査しなくては。
しかしまさか、上司の指示に楯突く様な無能がこの会社にいたとは。戦場では上の指示が絶対だという原則を理解できていないなんて、うちの娘にも劣るミジンコレベルの脳味噌しかないのだろう。合州国の雇用法だか何だかで、どんな無能でも一定期間は雇用しなければならないが、いくら私でもミジンコに常識を叩きこむ技術は持っていない。どうしたものか?
「大佐殿、敵勢力の殲滅が完了しました。次の指示を」
その時、ヴァイス副社長から通信が入る。どうやら敵を殲滅したようだ。
「半数に地上の索敵をやらせろ。生存者がいたら拘束。抵抗する場合は射殺しろ。あと、地面に落ちた人質の救助もするように」
まあ、まず生きてはいないだろうが、一応捜したというアリバイは欲しい。
「残りは私と一緒に戦闘空域哨戒(CAP)任務だ。まずないと思うが増援に備えろ」
そして付け加える。
「あとヴァイス、私は今大佐ではなく社長だ。間違えないように」
「はっ!申し訳ありませんでした!」
その答えに満足するターニャ。
やはり優秀な部下は得難い貴重な存在だ。これからも重宝しなくては。
さあ、早く仕事を終えて、家に帰らねば。癒月が寂しがっているだろう。