きっとターニャも生きて行くうちに人の気持ちが(少しは)理解できるようになるはず。
この二次は、そういう思いの元に書かれています。
今回は次回へのつなぎです。
こんにちは、ターニャ・デグレチャフ・原野三十三歳です。相変わらず外見年齢はハイティーンを維持しています。正直これもあの『存在X』の呪いじゃないかと疑っている次第であります。
まあ実際は、時たまこういう魔導師がいるそうですが。
季節は夏、子供達はみな長男の葉月に引率され夫の実家に顔を見せに行っています。ついでに私は行きません。原野家の皆さんは、どうやらこちらを嫌っているようなのでわざわざ顔を見せに行って気分を悪くする必要もないと思います。お互いにとってベストな選択だと確信しています。
さて、しかし困った事になりました。
椅子に座ってテーブルの上を睨むようにしているターニャ。
その視線の先には、一枚の赤い紙が置いてある。
その内容を要約するとこうだ。
『原野葉月 を九月一日付で陸軍魔導学校に召集する』
…さて、本格的にどうしたものか。
皇国軍は徴兵制という非効率的な制度を実施している。対象年齢は十六歳から二十歳まで。その間に最低二年間の兵役が男子に義務付けられている。やる気のない兵士に訓練を施すなど、訓練予算と労働人口の無駄以外の何物でもない。そんなことは戦争大好きの戦争狂にやらせておけばいいのに。
だが、徴兵制度の実態は、予算の関係などでほとんど行われておらず、近年は志願兵が軍の中心になり、徴兵される事自体がかなり運の悪い事態のはずである。
ならなぜ、よりにもよってうちの葉月が?魔導反応の検査を受けさせた覚えもないのに。
…そういえば。
梅雨ごろに、葉月の奴が学校で軍の身体検査があったと言っていた。ただの体重や身長の測定だけでなく、その時に魔導反応まで調べていたのか。
まあ、私自身の事ではないし、葉月の健闘を祈って放っておくか。
そして一人うなずくと、懐から手帳を取り出し今後の予定をチェックする。そして電話をとり、数か所に電話。実に丁寧なお願いをする。受話器の向こうからは唖然とした気配がする。
しばらくして、全ての作業を終えた時、ターニャは不思議そうな顔をしていた。
…なぜ、自分はこんな事をしたのだ?
「「「ただいま!」」」
「…ただいま」
葉月と妹達は、夏休みの八月の頭を利用しての帰省?(父親が同行しないのにそう言っていいのか)を終え、家に帰ってきた。ちなみに、最初の元気な挨拶が妹達で、なんとなく沈んだ調子のあいさつが葉月である。
葉月が沈んでいる理由は簡単である。少なくとも祖父母の家にいるときは、寝坊したからといって流血の制裁は加えられないし、目障りだという理由で蹴り飛ばされたりは(本当に宙を舞う)しない。
「おかえり」
それを玄関で迎えたのが、無表情のターニャ。ついでに葉月以外の三人には、微妙な表情の変化が分かった。
「なにかあったのお母さん?」
癒月が葉月の足にしがみつきながら心配そうに聞く。
「なに、大したことではない。葉月に手紙が来ただけだ」
『手紙』
その言葉を聞いて猛烈に嫌な予感がする葉月。
「靖国への割引券だ」
差し出された赤い手紙。
紛うことなき召集令状だった。
「「お兄ちゃん兵隊になるの!?」」
「へいたいへいたい~!」
驚いた表情の皐月と睦月。言葉の意味も理解せず、なぜかはしゃぐ癒月。そして呆然と、わずか半年で訪れた、花の高校生活の終わりを感じている葉月。そしてそれを普段と変わらぬ無表情で見ているターニャ。
葉月は妹達(皐月・睦月)の反応に、うれし泣きしそうだった。ターニャはいつものごとくそれがなんだという態度で、とても息子を軍に送り出す母親には見えない。父に至っては長期出張でそもそも皇国にいないありさま。
なんだか自分を心配してくれそうな人間がいるだけで、とても感動出来た。
その時、ターニャが双子の娘に呼びかけた。
「皐月、睦月。食事の用意だ。手洗いを終えて五分後に台所集合だ」
「「はい!」」
元気のいい返事。
「お兄ちゃんどいて」
「あ、ああ」
皐月と睦月に邪魔者扱いされて、玄関の隅による葉月。
「癒月、はやく来い。お前はキヌサヤの筋取りだ」
「は~い!」
ターニャに手を引かれて、さっさと玄関を後にする癒月。
「俺の心配は?」
ぽつんと取り残される葉月。
うちの家族は女系だなとつくづく感じた。涙は流さない。どうせ誰も見てくれないから。
ちょっと悲しい葉月だった。
九月一日。
とうとう葉月が皇都にある陸軍魔導学校へ行く日が来た。
最寄駅には町内会の人が見送りに来ている。葉月は期待していなかったが、妹達と共に無表情のターニャも来ていた。
見送りは在郷軍人会のおじいさんの話から始まったが、わけのわからない昔話が延々続く。皐月と睦月がターニャをこわごわ見ていた。母が徐々に不機嫌になって行くのが感じられたからだ。
「…である。原野葉月君が祖国に大いなる献身を果たす事を期待している!」
ようやく話が終わった時、葉月は空の鱗雲を数えていた。いい加減終わりにしたい。
「では最後に、母親として何か」
町内会のおじさんが、ターニャにこわごわ問いかける。黄色人種ばかりの皇国で、極めて珍しい銀髪紅眼の外国人である。はっきり緊張している。
ターニャはさっきの退役軍人よりよほど軍人らしい歩調で歩き、自らより若干身長の高い葉月に一言告げる。
「お前が無能でない事を証明してくれると期待している」
そして
「「えっ!?」」
そのまま葉月を抱きしめた。
「…安心しろ、どうせすぐに会う事になる…」
「えっ?」
葉月にだけ聞こえるようにささやかれた言葉。
葉月が内容を確かめる前に、ターニャはいつもの無表情で葉月から離れた。
そしてそのまま、万歳三唱に送り出されて葉月は汽車に乗る事になった。