今回は、地獄の訓練開始です!
感想掲示板を見て、一つ反論。
ターニャは長い時間を経て、あの性格を作ったのだから変わる事はない。
これなのですが、ターニャの年齢を考えると、現世で死亡した時点で二十代後半から三十代前半と推測されます。悪くても四十には行っていないと想定しています。
それに、物語での年齢が十歳前後となると、合計してもおそらく四十を少し超えた程度だと考えられます。
これなら、その後性格が丸くなる可能性は十分ある(むしろこれから丸くなる?)と考え、この二次を書いてみました。
俺達は、その作戦の成功を確信していた。
北華国の演習場で行われている航空魔導師部隊による戦術機動演習。内容は、敵が警戒線を張る前線を突破し、戦線後方で再集合。その後敵司令部があると設定されたエリアを攻撃するという実戦的な内容。
(司令部の奴らめ、高い金を払ってわざわざアグレッサーを雇うなんて。そんな金があれば俺達の福利厚生に力を入れろ…!)
はっきり言って陸軍の飯は豚のエサと何も変わらないレベルだ。塩だけの握り飯が最高の御馳走という時点で間違っている。海軍が人気がある理由がよくわかる。もっとも、そうでなければ艦の上で反乱が起きるのだろうが。
そして、今回雇ったアグレッサーは見事にこちらの作戦にはまってくれた。味方の主力を敵の警戒の緩そうなエリアから侵入させ後方の敵遊撃戦力主力を誘引。その間に本当の主力があえて敵警戒線の厳重な場所を魔力隠蔽飛行で突破。たとえ相手が気がついても、こちらが分散しているために焦点が絞れず、さらに敵主力は味方が拘束している。これで迎撃は間に合わない!
「向坂(さきさか)、合流地点まであといくつだ!?」
「残り5(五百メートル)!」
ならば、後数秒で味方部隊と合流できるという事だ。ここまで接敵の報告はない。通信の封鎖も維持されている。こちらのタイムスケジュールが若干遅れいているが誤差の範囲だろう。
我々の力、見せつけてやる!
次の瞬間、ここまで身を隠すために利用していた丘陵が途切れた。
「なっ…!」
そこには、白煙を上げて地に伏せている複数の魔導師の姿があった。いずれも軍服の肩に皇国の国旗を張り付けている。
「馬鹿な…!」
我々の策が見破られたのか!?なぜ、一体どうして!?
彼はそこで考えるべきでなかった。周囲に注意をむけるべきだった。
次の瞬間、長距離狙撃で向坂が叩き落とされる。
「!クソッ!」
とっさに乱数回避。同時に光学術式を起動。遥か彼方の敵にカウンタースナイプを敢行。
だが、相手はそれをいっそ優雅とすら思える動きで回避。
同時に、とんでもない魔力を収束し始める。とても一人で起動できる術式とは思えない。
次の瞬間、目の前に閃光が…
「………!」
瞬間、彼は飛び起きた。シャツと寝具は冷や汗でぐっしょりと濡れている。
「なんでいまさらあの事を…!」
あれは十年以上前の話、俺がまだ小隊長を務めていた時の話だ。
すでに戦隊司令まで昇進した今、なぜそんな事を思い出す?
「…疲れているのかもしれないな…」
なにしろ明日、いや、すでに日が変わっているから今日には、本土から送られてくる秋季徴兵組の魔導師候補生が大挙訪れるのだ。そのための書類仕事はほとんど兵站科の連中がやってくれるが、それでもこちらの仕事も増えている。
「もうひと眠りするか」
まだ時刻は午前三時。ひと眠りするには十分だ。
五時間後、彼は基地現れた訓練生を前に凍りつく事になる。
夢には確かに、なにか神秘的物があるのだ。
これ以来、彼は熱心に基地の神社に通う事になった。
「………!」
「「「?」」」
基地に着くなり、葉月は基地の古参兵に怯えを含んだ目で凝視された。葉月としても自分の外見がこの国では浮いているのを理解しているので、あまり気にはならない。そのはずだった。
だがなぜか、この基地に入ってから、古参の魔導兵に妙な目で見られるのだ。
「なあ、さっきの軍曹殿は、なんで原野の事見てたんだ?」
一緒に基地に送られた連中が、不思議そうに尋ねて来る。すでに葉月の外見の事はここまでの旅で慣れている。
「いや、うちは親父が外務省に勤めてるだけだから、軍に知り合いなんていないはずなんだけど…」
葉月としても不思議である。なにしろ、魔王の再来を見たかのような目で見られるのである。はっきり言って落ち着かない。
「コラッ!貴様ら無駄口を叩くな!」
そこを、地獄の門番もかくやという恐ろしい顔をした軍曹が怒鳴りつける。
「「「ハッ!申し訳ありません軍曹殿!」」」
息の揃った台詞。
ここに来るまでの二週間、本土で他の兵科の徴兵組ともども受けた基礎教育の成果である。
葉月達を睨みつけながら、軍曹は告げる。
「これより、基地司令並びに第十三独立強襲航空魔導戦隊司令殿から貴様らへのお言葉をいただく。心して傾聴するように!」
その時、すこし離れたところで一人の将校が倒れた。
周囲の従兵が慌てて介抱するのを、葉月達はぽかんと見ていた。
ついでに司令からの言葉は、急用で無くなった。葉月達にとってめんどくさい事が一つ減ったと、司令の人気はうなぎ登りだった。
なぜこんなところに大佐殿が!?
あの銀髪と紅眼を見た瞬間、彼はそれがデグレチャフ大佐だと確信した。あの悪夢の、砲煙弾雨の中華戦線よりさらに恐ろしい一カ月の訓練。速射砲による対魔導師狙撃への対応。降り注ぐ絨毯爆撃。大安令山脈でのサバイバル。脱落者は大佐殿の砲撃の餌食になった。
そして、その後のゲリラ掃討戦で…
「司令!しっかりして下さい!司令!」
呼びかける従兵の声で目が覚めた。
「大丈夫ですか、司令?」
「ああ、大丈夫だ。心配いらない。少し疲れていたようだ」
まったく、あんな幻覚を見るなんて。デグレチャフ大佐は今、合州国にいるはずだ。こんなところにその影を見るとは、私のトラウマはよほど深いのか。
そのまま従兵の手を借りずに立ち上がる。
その時、司令部建屋から、航空魔導大隊時代からの戦友でもある参謀が真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「どうした!?」
「北華方面軍、石井参謀長から緊急電です!」
そう叫んで、手に握っていた通信が走り書きされた紙を渡す。
『本日ヨリ、貴隊ニ臨時教導隊ヲ派遣ス。クレグレモ丁重ニモテナスヨウニ
追伸 大佐ハ本気。健闘ヲ祈ル』
「………」
「………」
「?」
上から順に、司令、参謀、従兵である。
「参謀長、確か私の有給休暇が大分たまっていたな」
「そういえば、私も出張の予定が入っているような気が」
「???」
引き攣った表情で、よくわからない事をしゃべっている二人を、従兵が不思議そうな表情で見つめている。
もっとも、そんな事を許すような大佐ではなかったが。
突然、基地にサイレンの音が鳴り響く。
「何事だ!」
即座に首からかけている演算宝珠に叫ぶ。
『所属不明の航空機が超低空から基地に接近しています!』
「スクランブルだ!」
そう叫ぶと、自らも演算宝珠を起動。即座に離陸する。本来なら地上で指揮をとるべきだが、この非常時ではしかたない。代わりに参謀長が情勢を把握し続ける。
そして、離陸の瞬間、彼の表情は凍りつく。
基地の目と鼻の先。そこでは、低空を這うように飛行してきた輸送機から、機内にいた魔導師達がこぼれおちるように降下していた。
その中に、白銀のきらめきを見つけた瞬間、彼は絶望した。
ああ、彼女だ。彼女が来てしまったのだ!
二度目の地獄の日々。それはすぐそこまで迫っていた。
ふざけている。イカレている。度しがたい無能どもめ!
輸送機の機内は、凄まじい緊張感に包まれていた。グランツ達年長組は脂汗を流し、カタカタと途切れなく聞こえる音は新人が奥歯を鳴らしている音だ。
原因は、向きあうように設けられた長椅子の中、ただ一つだけ機体後方を向くように設置された指揮官席に座って、怒りの空気を隠そうともしていない少女にあった。
皇海の天気が荒れていて、輸送機が針路変更を余儀なくされたのは良しとしよう。元々そういった事態を勘案に入れて余裕を持ったスケジュールを立てている。
その後も雲量が多く、地上確認のため頻繁に高度を変えることになり耳に痛みを感じるのも、安全のため止むおえないだろう。
だが、それだけやっても地文航法に失敗した揚句、間違って民間の農場の滑走路に進入しかけるのは、高いチャーター料を払っているこちらとしては許しがたい失態だ。
その上、機体が不調でエンジンが息をついているという状態。今も超低空を地面を這うようにガタガタと不穏な音を立てて飛行している。
『安心して下さい!絶対ちゃんと着陸して見せます!』
若い操縦士が任せろと言ってくるが、そんな緊張しきった声を聞いては、こっちが絶望したくなった。
しかも予定していた到着時間まで後僅か。時間厳守は社会人の基本だ。
…仕方ない。
「かまうな。貴機はこのまま基地上空をフライパスしろ」
それに、飛行機事故の大半は、離着陸寸前に起きるのだ。
「我々は、ここから基地に降下する」
丁度いい。久しぶりに空挺降下訓練だ。
「貴様らも、さっさとこの機内から出たがっているようだしな?」
もちろん、こんな危なっかしい飛行機に乗ってなんかいたくないだろう?と笑いながら問いかける。部下の考えを把握するのは上司の重要な仕事だ。
全員が妙な表情をしているが、おそらく恐怖からの解放を喜んでいるのだろう。
「全員、私に続け。遅れたものは罰則だ」
さあ、この危険な機体から早く降りてしまおう。
そのまま、機体の扉を吹き飛ばし、地上に向かって飛び降りる。
飛行術式を起動しながら背後を見ると、部下達が次々に空中に飛び出して行くのが見える。その速さに、一応の及第点をつける。
前方を見ると、基地から魔導師達が泡を食らって飛びあがってくる。
…ふむ。一発かましておくか。
この後の教導のために、連中の錬度を測るいい機会だ。
「全員、皇国軍の迎撃を振り切って基地の滑走路に着陸しろ。魔法攻撃による反撃は認めん。被弾した者は後で特別訓練を受けてもらう」
さて、お手並み拝見といこうか。
葉月達訓練生は、その様子を唖然として眺めていた。
頭上をかすめるような超低空をフライパスしていく輸送機。
その輸送機からこぼれ落ちるかのように、空中に身を躍らせる多数の航空魔導師達。装備は統一されておらす、正規軍の物ではないと一発で分かる。
しかも、
「おい、あいつらこっちに向かってくるぞ!」
訓練生の一人が、大声で叫ぶ。
そう、その正体不明の魔導師達は、散発的に放たれる対空砲火や、基地の魔導師が放つ光学狙撃術式をものともせず、一目散に彼らのいる滑走路に向かってきたのだ。
そして、何よりも衝撃を受けていたのは、葉月だった。
魔導師特有の強化された視力は、葉月に輸送機から真っ先に飛び出した人物を鮮明に見せつけていた。
「おふくろ!?」
上空では、葉月の母親であるターニャが、迎撃に上がった皇国軍の魔導師の斬撃をするりとかわし、背後から手刀を首筋に叩きこみ、一撃で意識を刈り取っている。
周囲の魔導師達も、皇国軍の迎撃を難なくすり抜けて滑走路へと次々に着陸を果たしている。
「信じられん。この程度の襲撃すらまともに切り抜けられないとは。連中は訓練でおままごとでもやっていたのか?」
着陸したターニャが、肩に担いでいた気絶した皇国軍の将校を虫けらのように地面に放り出す。
ターニャ以外の魔導師は、ターニャを中心に匍匐姿勢で円陣を組み、臨界状態の光学術式を油断なく周囲に向けている。どう見ても特殊部隊の降下にしか見えない。
実際、周囲では二十ミリ対魔導師狙撃銃を数人がかりで抱えた連中が、管制塔の影で射撃準備を急いでいるし、整備用の車両の影には小銃を抱えて、慌てて飛び出してきた警備兵がその銃口を向けている。
そして、いつの間にか、滑走路の上には彼ら謎の魔導師集団と、完全に取り残された訓練生だけが残った。
沈黙が流れる。
「おふ…母さん!こんなところで何やってるんだよ!?」
おふくろ、と言いかけて、慌てていいかえる葉月。
しかし、それを聞いたターニャは、無表情をそれまでとは違う意味のものに変えた。
激怒である。
それは葉月だけでなく、周囲にいた全員が感じられた。円陣を組んでいる魔導師達はピクリと震え、葉月と一緒にいた訓練生達は失禁寸前の緊張感の中にある。
ターニャが一歩踏み出し、訓練生の精神が限界を迎えかけた時、救世主が現れた。
「デグレチャフ大佐相当官殿!ご到着、心より歓迎いたします!」
飛び出してきたのは、管制塔で指揮統制に当たっていたはずの参謀長だった。
それを見て、踏みだした足を止めるターニャ。
「安藤少佐、貴様らは教官に対して『おふくろ』などと呼びかける教育を施しているのか?」
「はい、いいえ!そのような事は決してありません!」
毅然と答える参謀長。だが、それを背後から見ている兵には、参謀長の制服の背中が、晩夏の暑さではないであろう理由で巨大な汗染をつくっている事に気づいていた。
「貴様ら自身もたるんでいるようだな。あの程度の襲撃をしのげないとは」
「はっ、それは…」
「安心しろ。貴様らの訓練も考えてある」
そして渡されるのは『山登りのしおり』黒い表紙の見るからに禍々しい代物である。
恐る恐る開く。
『登山の基本は入念な準備です。コンクリートブロックと対魔導師狙撃銃、それの銃弾を二基数は持って行きましょう』
『山には危険がつきもの。凶暴なクマや魔導師に襲われるかもしれません。十分に注意して行動しましょう』
閉じた。
これ以上読む勇気が無かった。
「参謀本部からは自由にやっていいと許可を得ている。私の仕事は貴様らを一月でミジンコからサルに、二月で魔導師まで進化させる事だ」
そこで、ちらりと葉月の方を見て付け加える。
「貴様らが無能でない事を証明する事を願っている」