感想に、本家は第二次世界大戦をモチーフにしているのに、この年代はおかしいとの指摘を受けましたが、そこは自分の独自の判断で、むしろあの戦いは第一次大戦に近いと感じて、この二次で書かれているのが第二次大戦という感じです。
あの物語でターニャがいない場合を想定すると、西部戦線はいまだに共和国と塹壕を挟んで睨みあい、互いに大出血を強いられながらこう着状態を維持し、そして東部では、先攻した連邦軍の先鋒を討ち果たし、こちらでもまたこう着状態が生まれたように感じます。つまり、むしろ第一次大戦に近い戦況になったように感じるのです。
また、第二次大戦をモチーフにすると、どうしても太平洋の戦況を考慮する必要(合州国の動きに大きく関わりそう)があり、その点の描写が行われていないことから、主戦場が欧州とその周辺に集中していた第一次大戦に近いと感じられるのです。
「なんて事をしてくれたんだ!?」
南都、国民軍首脳部。
そこでは、混迷を極める中華の地において一応の覇権を唱えつつある国民軍の総帥、蒋介雲が会議に列席した将帥に罵声を浴びせていた。
「我々は、上都の日本軍を引きずりだし、南都前面の防御陣地で拘束する。そういう作戦計画だったはずだ」
そこで机に拳を叩きつける。
「だというのに、主力を上都に強引に突っ込ませたあげく、壊滅状態で壊走中!?ふざけるな!なんのための陣地だ、何のために高価な帝国製の装備だ!?」
すべてパーだ!
列席する将帥達は言葉もない。まさにそのとおりであり、引き際を見極める事も出来ずに上都に固執したあげく司令部が全滅して統制を失うなど、擁護のしようが無かった。
「それよりも総帥、ここは南都に迫りつつある皇国への対処を話し合いましょう!」
この件の責任は、また後で状況に余裕が出来てからにいたしましょう!
激しい糾弾に耐えきれなくなった一人が、決死の覚悟で怒り狂う蒋介雲にこれからの事を考えましょうと呼びかける。
その言葉を聞いて、不服そうに言葉を収める蒋介雲。そして、この状況で南都の防衛が可能かどうか問いかける。
「…現状で、防衛は困難かと思われます」
気まずそうに、言葉を絞り出す将軍。
「…続けたまえ」
「わが軍の主力は、すでに壊滅状態にあります。これから敗残兵を収容して、南都の守備隊と合わせて配備しても五万を超える事はないでしょう。実際には再編の手間を考えて実質三万程度と考えてよいかと」
少し考えて、蒋介雲から質問が飛ぶ。
「…日本軍の状況は?」
「すでに上都駐留部隊を先頭に、十万以上の戦力で追撃に入っています。先鋒集団だけでおそらく二万は下らないと思われます。すでに陣地線は突破されつつあります」
そして、蒋介雲は決断を下した。
「…死守を前提に、作戦を組み立ててくれ」
「総帥!?」
「無理です!一刻も早い後退を!」
だが、居並ぶ将帥は一斉にそれに反対を唱える。
それを聞き、再び考えた蒋介雲は、
「…少し考えたい。一応死守のための作戦だけは立案してくれ」
そう言って、会議の席を立った。
残された将帥は、ただその指示に従って死守作戦を立案するしかなかった。
「蒋介雲総帥。本当に死守なさるおつもりなのですか!?」
会議室から蒋介雲の居室までの通路。そこでお付きの秘書を兼ねる従兵が、不安げに尋ねる。その眼はすがるようだった。年は十六。まだまだ生きたいのだった。
「まさか。あの無能どもに防げるわけがないだろう」
それに対し、蒋介雲はいっそすがすがしいまでに、先ほどの会議の席にいた将帥をこき下ろした。先ほどの死守命令とはまったく違う意見だった。
「奴はアカだ。この地で首都を守って戦死するという最高の名誉をくれてやる」
そう言って、唇を歪める蒋介雲。その眼には、邪魔な自らの敵に名誉と共に死を与えるという事に対する暗い悦びが浮かんでいた。
それを見て戦慄を覚える従兵。
翌日、防衛指揮に当たる一部将官を除き、南都国民政府首脳部は一斉に漢都へと脱出。残された部隊には死守が厳命された。
惨劇の種は、この時蒔かれた。
こんにちは、ターニャ・デグレチャフ・原野です。
いやはや、ただの軍属扱いで愚息を指揮官とする魔導中隊に突っ込まれた時はどんな事になるかと絶望しましたが、国民軍の連中は連携という言葉を地の底かお空の上、あるいは自分たちの母親の腹の中に置き忘れて来たようで、実にあっさりと各個撃破されて勝手に後退していきました。艦砲射撃と爆撃機をよこしてくれた海軍には、感謝してもしたりません。
そしてそこからは、本土からの増援と共に、一気呵成の大進撃!軍全体の先鋒として、まったく敵の見当たらないだだっ広い水稲地帯をひたすらに突き進みます。冬で水が抜かれているので足を取られる事もなく実に快調な進軍です。障害物の一つも見当たりません。飛行手当てが延々加増されて、こちらの懐はほかほかです。
まったく、全ての戦争がこんな風に楽だったらよかったのに!
…ここで気を抜いたのがいけなかったのだろう。
「これまで最前線で苦労をかけた君達には、南都攻略の先陣の任を与える」
武人の名誉だぞ?
うらやましそうな表情を浮かべて、命令をわざわざ伝えに来た参謀は南都攻略の先陣を命じて来た。
しまった、戦犯フラグが立ってしまった…。
中隊は、異様な緊張感に包まれていた。
すでに南都周辺に構築された国民軍の防衛戦は粉砕され、南都自体も完全包囲。降伏勧告は無視され、今まさに中隊も、独強航空魔導戦隊と共に南都城内への突撃を敢行しようとしていた。
葉月達にしてみれば、この戦い、どう考えても上都周辺の戦闘より楽だと思えた。
なにしろ上都周辺では散々迎撃に出撃してきた連中の魔導師は、すでに政府の首脳と共に脱走した後だし、市街戦において、もすでに協力体制を確立しつつある陸海軍の航空集団と、陸にあがった艦隊所属の魔導師による精密爆撃の支援を受けられる。
近隣の河川にも河川砲艦が展開を終え、命令が下れば即座に砲門を開くことになる。もちろん砲兵は軍直轄砲兵から師団砲兵まで、ありとあらゆる重砲が城内の敵抵抗拠点に照準を合わせている。
そして敵の士気はすでに地の底。督戦隊を始末すれば、そのまま逃げ散ってくれるだろう。
はっきり言って、これ以上は望みようがないほど理想的な状況だった。
だというのに、彼らがこれまでにないほど真剣な表情をしているのは、彼らから若干離れたところで、無表情に自前の魔導宝珠の整備を続けている少女の存在があった。いや、三十歳を超えているのは分かっているが、とてもそんな事は感じさせないほど若々しいからだ。
「気をつけて、進まねば」
余裕だな、と軽口を叩いていた葉月達に向かて、わざと聞こえるように呟かれた独り言。その一言で、中隊は緊張に包まれた。
あの教官が気をつけろと言っている。
その事だけで、中隊の緊張は一気に跳ね上がった。
中隊の面々は、各小隊でフォーメーションを確認したり、自らの装備に不備がないか入念にチェックしている。
そして、市街地への突入まで五分という所で、デグレチャフ教官が動いた。
「意見具申があります、中隊長殿」
「…!許可します!」
ビシッと背筋を伸ばした葉月が、緊張しながら教官であり母親でもある人の言葉を待つ。
「市街戦においては、民間人への誤射等が無いように最大限の配慮が必要であると考えます」
「?」
あまりにも当然の意見に、むしろ首をかしげそうになる葉月。わざわざ意見具申するようなものだろうか?
だが、そんな思いを欠片も表には出さず、即座にその場で指示を伝える。
「意見具申感謝いたします。総員、民間人の誤射には十分に注意するように!」
「「「はっ!」」」
全員が、教官は何をそんなに恐れているのか気になったが、一糸乱れぬ返事を返す。
直後、司令部から一発の信号弾が打ち上げられる。攻撃開始の合図。あえて南都側を威圧するために無線ではなくこれを使ったのだ。
「総員突撃!」
号令と共に一斉に飛び立つ。同時に地上からも砲声が木霊する。序列に従いターニャは雁行陣のもっとも端を飛行している。
部隊の目標は、これまでの偵察で確認された敵魔導観測拠点の殲滅だ。これまでの国民軍と違い、ごく短時間しか索敵波を出さず発見が攻勢開始直前になってしまったものだ。
作戦は、主力の独強航空魔導戦隊が敵司令部を強襲している間に、こちらは対空拠点を避ける形で蛇行しながら観測拠点に接近。重爆裂術式の集中投射で一気に殲滅だ。
城壁を超え市街地上空に入ると、南都の状況が見えて来た。
「嘘だろ…連中もう略奪してる…」
そこはすでに治安など存在せず、味方であるはずの国民軍兵士は民家からの略奪を繰り広げ、逆に民間人の方も、孤立した兵士を見つけると容赦なく襲いかかり銃からなにから全て奪い取りその場で殺している。
魔導師の強化された視力は、上空を飛びさる一瞬の間にそこまでの事を読み取っていた。
(早くここを解放して、治安を戻さないと…!)
中隊のほとんどの魔導師が、この光景に自らが錦の御旗を掲げていると確信させる事になった。
一人、ターニャを除いて。
(…?妙だな…)
ここまであまり信じていなかったが、あの光景を見る限り連中の統制が崩壊しつつあるのは事実らしい。軍の情報も時には真実を含んでいるという事か。
だが、それなら、いまだに慎重な索敵を続けている目標の観測施設はなんなんだ?
首都防衛の精鋭が残っている?いや、連中はすでに南都を脱出しているはずだ。数日前に軍一般情報で魔導師を含む部隊が、なんらかの要人と共に脱出したという物があった。おそらく政府全てが引越しを終えているだろう。精鋭はそれの護衛に引き抜かれているはずだ。
それに、索敵部隊だけ残す必要があるのか?
疑念を覚えながらも、超低空での魔導隠蔽飛行は続く。
すでに城壁の付近では装甲車両の援護下、工兵隊による爆破作業が敢行され歩兵部隊による突撃が開始されている。皇国の戦車は紙装甲で役に立たないが、数ランクは格下の中華軍相手には十分有効なようだ。
中華の都市は地下の下水などが整備されていない。都市戦は平面の制圧で済む分、先の大戦でのヨセフグラード攻防よりはましな戦いになるだろう。
城壁とは反対の、南都の中心部でも爆発。おそらく先行した安曇のやつらが司令部を強襲しているのだろう。弾幕に身を晒すのを快感に感じる連中だ。今頃涙を流して喜んでいるだろう。
「目標まで残り百二十秒!」
副官の少尉が叫ぶ。
「総員、重爆裂術式用意!」
葉月の号令に従い、私を除く全員が術式の準備を開始する。私はこんな遠くから準備する必要がないので、そのまま魔導隠蔽飛行に集中する。ここまで来て、術式の起動余波でばれるのは嬉しくない。弾幕は、君達に任せた!若干右に編隊から離れる。
「…!」
次の瞬間、右前方から対空砲火。
とっさに回避機動を行うが、数発が防郭を直撃し、貫通する。
馬鹿な!?こんな威力の対空砲、国民軍は装備していないはず!どう見ても四十ミリ級以上の大口径対空機銃の射撃だ。
即座に対人用の爆裂術式を準備、投射し…。
『何をやっている!そこは難民区画だ、攻撃は許可されていない!』
直前、無線に管制官の叫びが入る。
慌てて起動を停止し、無線に事情を質す。
「なんだと?私はそのような情報を聞いていない」
そんな重要な情報が伝わらないとは、軍の情報伝達系統に重大な欠陥があるとしか思えなかった。
おまけに、いままさにそこから攻撃を受けたのだ!
再度攻撃しようと術式を再起動させた時、その視界にあるものが飛び込んできた。
完全に射撃を中止し、固まるターニャ。
『…南都にいる『人道支援団体』が強引にねじ込んできた。司令部もそれを了承している』
そこに、苦虫をつぶしたような、管制官の声。
それを意識の片隅で聞きつつ、ターニャの意識は先ほどの対空射撃を行った場所に向いていた。目は大きく開かれている。
一瞬見えた、対空砲座から立ち去る操作要員の姿。
それはどう見ても、黄色人種には見えなかった。
その姿を、散開した防御陣形をとりつつ中隊の面々が不安そうに見つめていた。
不安を抱えながらも、部隊は目標の観測施設の破壊に成功する。
すでに人員は立ち去りもぬけの殻となっていた、合州国製の観測機器を装備した施設を。
その事を知らず任務の成功を喜ぶ葉月達を尻目に、ターニャは無表情のまま思考の海に沈んでいった。
中華派遣軍司令部は、勝報に沸き立っている…わけではなかった。
まだ編成されて間もない状況で、緒戦の上都防衛に活躍した上都派遣軍と、現在の南都の後背に進攻中の第十軍、総数十万を優に超える戦力の指揮に当たっているのである。指揮通信系統の確立。兵站線の確保。そして作戦立案とその実行準備。これらの作業全てを、情報漏洩への警戒から限られた人数の司令部要員だけで行わなくてはならないのである。文字通りの激務であった。
前線の優勢を伝えた伝令などは、目の下に巨大なくまを作りやつれ果てた顔の中、目だけが異様に光り地獄の鬼もかくやという形相の参謀に睨まれ失神寸前の有様だった。
「それで、市街戦の状況はどうなっている?」
全体を指揮する松岡大将も、ここ最近一日三時間以上の睡眠をとれない日々が続いていた。
「おおよそ予定通りのペースで進んでおります。ですが、難民区域にかなりの数の便衣兵が逃げ込んだ形跡があり、現在周辺を封鎖して封じ込めを行っております」
参謀の一人が、ペンの握り過ぎで出来た血豆が潰れた赤い痕の残った報告書を読み上げる。目元には大きなクマ。先ほど連絡機で前線司令部から帰還したばかりだった。七十二時間働けますか、を地でいっている。
「それに、いくつか気になる報告も届いています」
そう言って、同じく血の痕をとどめたいくつかの報告書を手渡す。
「特にこの、前線にて破棄された合州国製魔導観測装置を発見したというのが気になります。場合によっては政府に緊急連絡を入れる必要があるかもしれません」
それを聞き、眉をひそめる松岡。
今回の戦役が始まるまでは、大陸では皇国軍と合州国軍が共同で革命軍の掃討を行っている事になっていた。もっとも、実質的には合州国軍は各都市の居留区などの警護にとどまっている。それは皇国軍も同様で、皇国に完全に制圧された北華の地を除けば、中華の地はいまだ誰が主なのかも判然としない戦国状態に突入している(ただし、北華に隣接する地域に対しては皇国による分離工作が進展中)。
この状況下で、当初は国民軍を味方に引き入れての掃討戦も行われたが、あまりにも効果が上がらないため皇国は支援を打ち切り、合州国も僅かばかりの資金援助しかしていないはずだ。新生帝国はつい最近まで支援を継続しており、その武器が今回の戦闘で使われたと思われた。
現在は、少なくとも武器の供与は行われていないはずである。
「…以前輸出された旧式機材ではないか?」
だが、まだ支援の行われている時期に輸出されたものなら、可能性はある。
その事を松岡は指摘した。
「いえ、現地に合州国製の装備に詳しい者がいたので聞いたのですが、まだ本国軍でも配備の始まっていない試験段階の代物だそうです」
だが、参謀はその予測を否定する。
沈黙する松岡。
「…その人物を呼び出してくれ。詳しく話を聞きたい」
参謀が了解し、踵を返したその時、緊急電を持った伝令が駆け込んできた。
そのまま許しも得ずに大声で報告を行った。
「南都にて大規模な民間人の虐殺があった模様!現在現地で混乱が広がっています!」
「なんだと!?」
司令部を、戦慄が駆け巡った。
「どこの部隊だ!?」
「北華軍派遣、臨時編成独立増強魔導中隊です!」