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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 断章
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/11 00:46








 緑豊かな山間に、鳥の声が響き渡る。空を見上げれば雲ひとつない青空に幾つかの鳥の影が見えた。
 中天に差し掛かった太陽が、心地よい陽射しを惜しみなく注いでくれる。
 さぁっと道の脇に生えた草を、気持ちのいい風が揺らしていった。
 
「―――いい陽気だ」
「そうですね、父様」
「寝転がりたくなるよねー気持ちいいもん」

 道を歩くのは三人の男女。
 男性は二十代に見えるが、三十代にも見える。不思議な容姿だった。
 白群青の袖に黒の袴という簡素な旅装束だ。日本人らしい短い黒髪。顔に残る傷跡が、男性の戦いの歴史を示しているようで、見るものに自然と圧迫感を与えている。腰に二本の小太刀が差してある。それもまた男性の威圧感に拍車をかけていた。
 残りの二人はどちらも女性であったが、片方は女性。片方は少女という単語がピッタリとくる容姿だ。
 
 女性は闇色の着物をまとい、艶やかな長い黒髪を飾り布で後ろでひとつにまとめている。
 小奇麗に整った身なりと、人並み外れた容姿は、道行く者の視線を自ずと集めていた。
 少女はというと、白い巫女服に似た羽織と、赤い袴を身に着けている。
 背丈が随分と男性と差があるようだ。男性は百八十近い長身。それに対して少女は百四十もないだろう。
 男性を真似してか、まだ十代前半と思われる少女は、腰に二本の小太刀を差していた。
 
「急ぐこともない。のんびり行くとするか、【雫】【風音】」
「はい、父様」
「そうだねぇ―――【恭也】」

 道端には草花が生い茂り、道を外れた方向に見える山々は、見渡す限りの深緑。
 あまりの見事さにため息しか出ない。
 平穏そのものの光景の中、恭也は言葉通りゆっくりと歩き始める。
 無表情ながら、太陽の光と見渡す深緑によって、穏やかな雰囲気を醸し出している。

 はっきり言って、恭也を見た人間の第一印象は大男である。この時代では珍しく百八十もの長身、
 それだけでも近寄りがたいというのに、腰に差してある二本の刀。無駄なく引き締まった肉体に、顔につけられた幾つもの傷。
 普通の人間だったならば、おいそれと関わり合いになる類の人物ではないだろう。
 それなりに腕が立つものだったならば、恭也の身のこなしの隙の無さ、佇まい、雰囲気。それら全てが尋常ではない域に達していると一目で気づける筈だ。
 漂うのは咽帰るほどの血臭。いくら試合が死合いとなるこの時代でも、恭也に戦いを挑むほどの相手はそうはいない。いや、この時代だからこそ、恭也に真正面から戦いを挑む強者等存在しなかった。
 立ち会う前から、自分にもたらされるのは絶対の死だと、理解してしまえるのだから。

「もうそろそろ町に着いてもおかしくは無いんですが……」

 雫がそう呟いた時だった、前方に丸太を組んだ柵と板葺きの小屋が見えた。
 見張りの人間がいたようだが、特に問いただされることもなく、恭也達三人は町の中へと踏み入ることが出来た。
 開かれた門の中には、左右に広がる形で板葺きの小屋が軒を連ねている。
 道端には、様々な露天が開かれ、威勢のいい客寄せの声が聞こえてきた。

 行き交う人の流れは多い。慣れた事だが、すれ違う人は皆、恭也の身長に驚き、ちらちらと横目で見てくる。
 笠をかぶった薬売りや、駕篭を担いでどこかへ移動していく二人組み。文箱を持ち、駆け抜けていく飛脚。
 
 町自体はそれほど大きくないようだが、街道に面しているためか、旅人の姿が非常に多い。
 そのためこれほどに町に活気があるのだろう。

 三人は兎に角、通りにあった飯屋の暖簾をくぐる。
 随分と長い間野宿をしてきたため、まともな食事を身体が欲していたからだ。
 ここ最近は野草や、途中でしとめた鳥や兎。そういった物しか口に出来なかった。

 飯屋の中に入った恭也達だったが、食事をしていた町人や素浪人等が一斉に注目した。
 気にすることもなく、空いていた食卓へと腰を落ち着ける。
 注文を取りに来た娘も恭也の姿に少し怯えていたのが、幾ら慣れたとはいえショックな恭也だった。
 娘は注文を聞くと慌てて、この場を後にする。
 その姿を見て憤慨するのは雫で、苦笑するのは風音だ。

「全く……あれが店の者がする態度とは思えません」
「まーまー。そう言うなってば、雫。恭也と初めて会って驚かない一般人なんていないよ」
「確かに父様は格好良すぎですから、気持ちはわからないでもないですが……」

 ぷくぅと頬を膨らませた雫が可愛らしく拗ねる。
 対して雫の発言を聞いた風音は口元を引き攣らせた。

「ええっと……雫、何でさっきの娘さんがあんな態度取ったかわかる?」
「何を言っているのですか、姉様。父様が魅力的すぎるからですよね?」

 キョトンと風音を見返す雫に、戦慄を隠せない。
 こいつは、本気で言っている!!―――わかっていたことではあるが、雫の恭也に対する想いが尋常ではないことを再確認した瞬間だった。父に対する異常すぎる偏愛。実際に血縁関係がないとはいえ、雫の父に対する想いはあまりにも可笑しい。

「いや、まぁ……うん。ソウダネー」

 感情のこもっていない返答をした風音だったが、正直二人を知る者からしてみたら、どっちもどっちという意見しか持てないだろう。
 血は繋がらないが、義妹である雫と旅するようになって恭也から一歩引いているように見える風音だが、その本質は雫と大して変わらない。
 ようするに恭也第一主義ということだ。それもある意味仕方ないことだと言える。
 
 風音は人間ではない。古くから日本に住む妖怪の一種。
 数年前に故郷を鬼の一族に滅ぼされ、天涯孤独の身となったところを恭也に拾われたのだ。
 その時に鬼の一族に命まで奪われそうになったが、間一髪で現れた恭也に救われた。その時に見た烈火の如き激しい怒りを宿し、百以上の鬼を瞬く間に切り伏せた恭也の姿を今でも忘れられない。
 風音は恭也のことを尊敬している。敬愛している。崇拝している。盲信している。狂愛している。
 恭也が何の罪もない人間を殺せと言えば躊躇いもなく殺す。例えその中に年端もない赤子がいたとしても。
 恭也が死ねと言えば、何故ともどうしてとも聞かず―――躊躇いもなく己の首を掻っ切るだろう。

 風音は、狂っていた。
 数年前に恭也と出会った時から、救われた時から、どうしようもなく救いがたいほどに狂ってしまったのだ。

「―――そういえば、お前知ってるか?この近くの山を夜通ると必ず神隠しにあうって噂?」
「ああ。何でもあの山には鬼が住んでいて、人間を喰らってるって話だ」
「おお、怖い怖い」

 恭也達の席から離れた所で町人達がそんな世間話をしている。
 それにピクリと反応をしたのは風音だ。この場で【鬼】という単語に過敏な反応をしたのに気づいたのは恭也だけだった。
 幼い時の恨みは、憎しみはそう簡単には消せはしない。

「……風音。大丈夫か?」
「え?うん―――問題ないよ」

 無理な笑顔で答えた風音に、恭也は―――そうか、とだけ応じ、運ばれてきた食事に舌鼓をうつ。
 風音は憎しみで燃える瞳のまま、じっと食台を見つめていた。  
 
 三人は食事を終えると、太陽が落ちようとしている時間帯となっていたようで、夕闇が迫ってきている。
 野宿を続けていたため、今夜くらいはゆっくりと宿で休みたい三人は、近くにあった旅籠屋で二部屋を借りた。
 雫は一部屋で構わないと必死の形相で恭也を説得していたが、ガンとして譲らない恭也についに折れる。
 普段ならば風音も一緒になって雫と力を合わせるというのに、今回に限って加勢してくれないことを内心疑問に思う雫だったが、説得が失敗した今ではもはやどうでもいいことだ。
 
 二階へとあがり、恭也の入った部屋に自然と一緒に入っていく雫。
 その隣の部屋に一人踏み入った風音だったが、程なくして恭也の部屋から追い出された雫が帰ってくる。

「もう、父様って恥ずかしがりやですね。少し前までは、お風呂まで一緒に入ってくれたのに……」
「……それって、もう三年も前の話でしょう。あんたもいい歳になったんだから恥じらいというものを持ちなさい」
「ああ、父様……雫は寂しいです」
「―――聞いてないし」

 ハァとため息を吐いた風音は、腕にはめていた金属製の籠手の手入れを始める。
 己の相棒を見つめる視線はとてつもなく冷たい。まるで何かの覚悟を決めた眼差し。
 それに雫は気づかぬまま―――時間は流れる。

 完全に太陽が落ち、月が支配する時間。
 夜の一族である風音が全力を出せる世界。気配を完全に消し、隣に寝ていた雫にも気づかれずに、宿を抜け出した風音は眼にもとまらぬ速度で森を駆け抜けていく。
 視線の先には薄暗い森が見渡す限り広がっている。
 人の手など遥かに遠い雄大さに、懐かしさを感じた。まるで、かつての故郷に戻ったかのような寂寥感を受ける。
  
「―――ごめん、恭也。直ぐに片して戻るから、勝手な行動を許してね」

 本人には届くことの無い謝罪をもらし、風音が駆ける。
 人間ならば、月明かりしかない薄暗い森の中は恐怖しかないだろう。
 だが、風音は違う。眼が猫のように瞳孔が開き、暗闇など感じていない様子で突き進む。
 
 鋭く睨む視線の先に―――居た。
 己からすべてを奪った憎き鬼の一族が。
 二メートルを超える巨体。歩くだけで、大地を揺らす肉体の重さ。二本の角が生えた顔は、まさに異形。
 恐らくは中鬼か高鬼。それが五体。まだ、風音には気づいてはいない。
 トンと軽い音をたてて地を蹴り、木々の枝に乗り、ムササビの如く枝から枝へと飛び移る。
 そして、鬼の上空の枝を十分な力を込めて、蹴り飛ばした。

 鬼が風音に気づくより速く―――風音の籠手をはめた拳が一体の頭を粉砕した。
 グシャと妙な音をたてて頭蓋骨を砕き割る。
 空中で体勢をかえ、両足で砕いた鬼の身体を蹴りつけ隣に居た鬼の顎を殴りつけた。
 顎が割れる手応え。殴りつけたまま、身体を回転させ遠心力をつけた胴回し回転蹴りが脳天に落とされる。
 防ぐ暇もなく、二体目の鬼が地に沈む。
 
 そこでようやく、残り三体となった鬼が風音に気づく。
 獣の咆哮をあげ、風音に飛び掛ってくるが、遅すぎる。
 襲い掛かってきた鬼の一体をカウンターとなる一撃を顔面に叩き込み吹き飛ばす。
 体格差を考えるとありえなことだが、たった一撃で後ろにたたらを踏み、倒れて動かなくなった。

 残り二体の鬼が風音に覆いかぶさるように両手で掴もうとしてきたが、鬼が掴んだのは風音の残像を突き抜けた、大地の砂だった。
 背後に回った風音が、後頭部に拳を叩き込む。メキョという嫌な音がして、前方に面白いように転がっていき、木に当たって止まる。
 最後の一体は、振り向きざまに、掬い上げる一撃が顎に直撃。ぶわっと数十センチあがったかとおもった鬼は、白目を剥いて大地に両膝をつき、ゆっくりと身体を地面に倒した。

 僅か五秒を数える間の出来事。
 人を喰らう、最悪の化け物を叩き伏せた女性は、誇るでもなく、興奮するでもなく、当然の結果として受け止めていた。
 これは当然の結果なのだ。仮にも世界最強の剣士から稽古をつけてもらっているのだから、これくらい出来て当たり前だ。

 五体だけかどうかはわからない。
 風音は精神を集中させ、感覚を広げる。
 虫の音が聞こえる。風が草木を揺らす音が聞こえる。野生動物のたてる音が聞こえる。
 そして―――。

「―――っ!?」

 ありえないほどの躍動を感じた。
 感じた瞬間、自分が握りつぶされたと錯覚したほどの絶望的な気配。
 得体の知れない悪寒。もはや、悪寒というのも生温い。
 【格】というものが違いすぎる相手。どれほどに違っているのかも判断できない、超越種。
 今の自分では決して足元にも及ばない人外の中の人外。化け物の中の化け物。
 この気配は―――そういった類のモノだ。

 視線を上にあげれば、切り立った断崖の先に座って巨大な徳利に口をつけて飲んでいる大男が居た。
 着物を着崩した、倒れている鬼にも勝るとも劣らぬ背丈。伸びただけのような長髪の乱れ髪。傍には成年男子ほどの大きさがあろうかという大きさの金棒。
 夜の闇を裂く、赤く爛々と輝く瞳が、興味深そうに風音を射抜いていた。
 
 天から降り注いでくる巨人の掌が風音を押し潰さんと圧し掛かってくる。
 喉が詰まったように、呼吸が出来ない。ただ睨まれただけだと言うのに、勝てないと本能が頭の中で警告を出し続けていた。

「面白いじゃねぇか。俺様の配下をこうも容易くぶち殺すか―――お前、気に入ったぜ」
「―――主様が出るほどではありません。私が参りましょう」

 風音の背後から男の声とは違う、女性の声が聞こえた。
 反射的にだした裏拳が背後を空振りする。声の主は既にその場にはいなかった。
 風音の視線の先には、着物の女性の姿。こちらを馬鹿にするような笑みを浮かべている。

「ほどほどにしろよ、星熊。死なれたら困るしな」
「わかりました、主様。死なない程度で嬲っておきます」

 己の勝利を疑わない―――星熊童子に呆れた視線を送り、男性は頭をガシガシとかく。
 絶対誤解してるな、と呟いた男性の声は、向かい合っている二人には聞こえなかった。
 星熊童子が両腕に力を込めると、鋭利な爪が数十センチもの長さに伸びて、風音の視界に映る。
 すると、プイと星熊童子から視線を男性に戻し、こちらを窺っていた男性と視線を交差させた。
 
 その姿はまるで向かい合っている星熊童子より、見ているだけの男性の方に注意を払わなければいけないかのような様子だ。
 風音の行動に目元を引き攣らせ―――次の瞬間には右の爪が風音の心臓を僅かに逸れた場所に繰り出されていた。
 突き刺さる瞬間まで風音は男性を見上げている姿に、己の勝ちを予見した星熊童子だったが、半身になって避けた風音の振り向きざまに放った右拳で顎を打ち抜かれ―――無様に転がっていき、起き上がることは無かった。
 
 全力で放った一撃がまともに当たったというのに、殺せなかったことを風音は不思議に思う。だが、今はそんなことを考えている暇は無い。
 風音は知らぬことだったが、仮にも星熊童子は男性の配下の中でも四鬼と称される高鬼であり、他の鬼と比べるまでもない頑強さ故に気を失っただけで済んだのだ。
 深い呼吸を繰り返し、集中力を高める。前座は終了したが―――本命はまだ残っている。 
 
「だからほどほどにしろよって言っただろうが……。というか、まさか一撃か。こりゃ、鍛えなおさないとな」
 
 ゴクリゴクリと徳利の中の酒を呷ると、よっこいせと立ち上がる。
 ゴキゴキと身体中を動かし音を鳴らすと―――何の躊躇いもなく、断崖絶壁の上から飛び降りた。     
 眼下まで二十メートルはありそうな高さだというのに、男性は笑いながら大地に着地する。
 砂埃が舞い、周囲を揺らす。埃が治まった後には、片手に徳利。片手に金棒を持った男性が数メートル先に存在した。

「―――貴方の、名前は?」
「あん?俺様を知らずに喧嘩を売りにきたのか?まぁ、いい。今夜は機嫌が良い。折角だから教えてやるよ」

 バクンバクンと、口から心臓が飛び出るほどに緊張している。
 ここまで格が違う相手と向かい合ったのはどれくらいぶりだろうか。
 強くなったと思っていた。それが驕りだと、自惚れだと、今此処ではっきりと理解できた。
 上には上がいる。師である恭也は当然として、この目の前の前の男もまた―――。

「―――俺様のことは、【酒呑童子】とでも呼べばいい」

 鬼を統べる王。日本の三大妖怪が一。
 日本に住まう全ての鬼を従え、大江山を拠点として、数多の人間を喰らい、浚い、猛者を屠った最強の妖怪。
 目の前の男は―――伝説に名を刻む鬼の化身だった。

 酒天童子が一歩を踏み出す。
 ズシンと地震が起きた。いや、実際に起きたわけではない。
 だが、確かに風音は感じたのだ。酒天童子が放つ桁外れの圧力が大地を恐れさせたのを。

 全身に鳥肌がたった。
 ガタガタと足が震える。真冬の空の下で、裸で立っているかのような、凍死しそうなほどの冷気。
 己の故郷を滅ぼした鬼の一族の王を目の前にして、復讐心よりも、恐怖心が勝ってしまった。
 
 伝説に名を残すとは、こういう存在のことを指すのだ。
 勝てる道理が―――どこにある。

 戦意を失った風音は、焦点を失った双眸で迫り来る酒天童子の姿を追っていた。
 そんな風音の様子に心底がっかりした表情で、右手を彼女に向けて―――その腕は光り輝く【何か】によって半ばから切断された。

「―――っな、に!?」

 愕然。そんな表情が似合う酒天童子が、反射的に後ろへ跳び下がった。
 光によって切断されたはずの右腕をまじまじと見つめてみるが、目に映るのは自分の右腕だ。切断されたどころか、傷跡一つない。
 【それ】を向けられただけで、右腕を斬られたと錯覚するほどに凝縮された殺気。
 言ってしまえば、只の威圧。気当たり。気配だけで、仮にも鬼の王とされる酒天童子を後退させた。
 それに気づいた酒天童子は、嬉しそうに歪めた口元を隠さずに、風音の後方に視線を向ける。
 その視線を追って、風音もまた自分の背後を見やる。
 視線の先に居たのは―――恭也と雫。

「……ぁ」

 言葉もなく風音の元まで歩いてきた恭也は叱るのでもなく、責めるでもなく、ポンと肩に手を置いた。
 置かれた手が暖かくて、地獄の中で指し伸ばされた手と同じで―――自然と涙が溢れてくる。
 自分勝手な行動で、こんなことになっておきながら、自分をまた救ってくれたのだ。

「―――下がっていろ。雫、風音。お前達は自分の身を守ることだけを考えろ。加勢をしよう等と決して思うな」
「……はい」
「う、うん」

 チンと音をたてて鯉口を切った恭也に、二人は目を見開くも、敵の異様さを肌で感じて納得する。  
 刀を抜くことさえ珍しい恭也だったが、生憎と目の前の鬼はそんなことをいっている余裕さえない。

「―――こいつは正真正銘の、化け物だ」

 ゾゾゾと背筋を黒い恐怖が駆け抜ける。
 己の父であり、兄であり、師である恭也の本気。滅多に見ることができない姿に、二人は見惚れる。  
 いや、見惚れていたのは三人だった。

「く―――くはははははははははははは!!なんだよ、お前!?人間か!?人間なのか!?本当に、人間なのかよぉおお!?」
「―――ああ、人間だ。それはお前の方が良くわかっているんじゃないのか?」
「ああっ!?どういうこった……お前とは一度も会った事はないぞ。会った事があったならば―――決して忘れねぇ」

 しまったと舌打ちをする恭也。
 懐かしい顔を見て口を滑らせてしまったことを反省して、首を横に振った。

「いや、気にするな。【酒呑童子】。俺達は―――初対面だ」
「まぁ、細かいことはどうでもいい。お前は何だ、何だ、何なんだ!?おい、お前は―――【何】だ!?」
「言ったはずだ。酒天童子。俺はただの―――人間だ」
「くっくっく。良いだろう、人間!!お前の名前を教えやがれ!!俺様が生き抜いてきた【四百年】で最強の人間の名前を!!」

 ズンと音を立てるほどに両脚を踏ん張り、持っていた徳利を投げ捨て―――金棒を上段に振り上げた。
 ギラギラと赤い瞳が恭也だけを射抜いている。既に、風音も雫も、路傍の石と同じほどに興味を失っていた。

「―――御神真刀流小太刀二刀術。御神恭也。それが俺の名だ」
「覚えたぞ、恭也!!御神恭也!!」
 
 山中に響く大声。
 眠っていた鳥が、動物が、山から逃げ去っていく。
 酒天童子の口は耳元まで裂け、巨大な牙が口の中に生え揃っている。髪の間の額から二本の黒い角が伸びていた。
 地獄の亡者も、死神も、尻尾を巻いて逃げ出す程の羅刹の表情。並の人間ならば心臓を止めてしまう重圧を撒き散らす。
 まさしく、鬼の王。伝説に名を残す酒天童子という鬼が、そこに顕現した。

「―――死ぬなよぉぉぉぉおおおおおおお、恭也!!」

 歓喜を爆発させた酒天童子が、上段から金棒を叩きつけてきた。
 何の技術も無い、力任せの一撃。だが、それはあまりにも速すぎた。
 恭也の記憶にある、鬼王の一撃より尚速く、人の理解を超えた残像も残さぬ破壊の鉄槌。
 少なくとも、風音と雫の二人の目に見えたのは、上段に振りかぶったはずの金棒がいつの間にか大地を叩きつけ砂埃を舞い散らせた光景だった。
 砂埃がおさまった後に二人が見たのは、金棒を振り下ろした体勢の酒呑童子と、大幅に横へと距離を取っていた恭也の姿。金棒が叩いた大地は陥没し、前方は放射状に抉れていた。その威力に唖然とする風音と雫。
 それよりも二人にとって衝撃だったのが、あの恭也が、驚きを隠せない表情で酒呑童子を唖然と見ていたことだ。

「……何だ、そのふざけた破壊力は」
「くはははは。俺様を誰だと思っていやがる―――俺様こそが鬼の中の鬼。鬼を総べる鬼。酒呑童子だ!!俺様の一撃は、大地を砕き山を割る!!」

 大言壮語と一笑にできない人外の破壊力を見せつけられ恭也の顔に焦燥が浮かび上がった。
 そして、何よりも―――【硬い】。
 
「お前はたいしたもんだ、恭也。俺様の攻撃に怯えず、恐れず、置き土産を残していきやがった」

 右手で左腕の肘のあたりを撫でる。
 注意してみなければ気づかないが、ほんの少しだけ赤くなっていた。
 それは、恭也が避ける際に斬りつけた刀痕。光の剣閃と呼ばれる恭也の斬撃でも皮膚さえも斬ることは叶わず。あの【鬼王】の身体をも傷つけたというのに。  
 恭也が知っている鬼王とは雲泥の差。あまりにも強すぎる。
 過去戦った時は、手を抜いていたのだろうかと疑問が頭に浮かぶ。
 だが、と首を振った。
 あの時の鬼王は確かに全力で戦っていた。手加減していた様子など一片たりともない。
 
「―――余計なことを考える暇があるのかよぉぉぉおおおおおおおお!!」

 見かけは大男。鈍重そうに見える姿とは真逆に、酒呑童子の動きは恭也にも匹敵する。
 スピード自慢の星熊童子や、風音をも超越した疾風の動き。
 内心の焦りを隠しながら、意識して脳内のスイッチを切り替えた。ズシンと身体に重力が加わる。
 そのかわりに、視界がモノクロに染まった。酒呑童子の動きが一瞬鈍くなるも、モノクロの世界を破壊して突き進んでくる。
 純粋な身体能力だけで神速の世界を凌駕した鬼の頂点は、躊躇いもなく金棒で恭也の身体を押しつぶそうと迫ってきた。

 久しく感じる死の予感。
 後方は死地。ならば前に出るしかない。それを実践出来る者だけが、生きながらえる。
 だが、それを実際にできるものなどそうはいない。鬼の王が放つ重圧に耐え、自ら死地に躍り出るなど―――恭也くらいしかできはしまい。
 背中が恐怖でひりつく。
 喉が渇き、口の中には唾液もでていない。
 後方で金棒が大地を叩き、爆発するかのような音と衝撃が伝わってくる。
 
 酒呑童子の懐に踏み入り、横を通り抜ける瞬間で、四斬を放つ。
 両手両脚を斬りつけるも、鋼の塊を撫で付けた感覚しか手には伝わってこない。
 通り抜け、振り向くより速く、後ろから延髄に右の小太刀の一閃。続いて左の小太刀を合わせて一閃。
 十文字に交差させた小太刀が衝撃を二重に浸透させる。
 御神流奥義之肆―――雷徹。

 前方へとたたらを踏むも、振り返った姿にダメージなど一切ない。
 逆に、酒呑童子の戦闘意欲をあげてしまっただけの結果となったが、恭也は敵の異様さに息を呑む。 
 
 確かに鬼王は―――酒呑童子は強かった。
 それでも、此れほどまでではなかったはずだ。今の恭也の力はかつて戦った時の比ではない。
 数多の死線を乗り越え、死地を踏破し、四桁にも及ぶ数の命を斬り殺してきた恭也は―――もはや人とは言い難い。
 この時代の者からは剣鬼と呼ばれるほどに至り、同じ人とは見なされない領域にまで辿り着いてしまっていた。  

 その恭也をして、困惑させるほどの力の違い。
 恭也が知る伝承級のどの化け物をも凌駕している。好敵手と認めた―――解放状態の彼女よりも強い。
 戸惑っていた恭也だったが、酒呑童子は遠慮も躊躇いも無い。
 
 金棒を大地に叩きつけ、クレーターを作り出し砂埃を舞い上がらせた。
 砂埃が視界を塞ぐ。聴覚を頼りに、酒呑童子の行動を読もうとするが、左右前方どこからくるか。
 三方向を注意していた恭也の耳は、何かが墜ちてくる落下音を聞き取った、
 
「―――上、か!?」

 先程を繰り返すかのように、死中に活を見出すために砂埃が支配する前方へと駆け抜ける。
 ズンと巨大な何かが後方に落下した。振り返って一太刀斬り込もうとした恭也の第六感が悲鳴を上げた。
 考えるでもなく、身体が転がるように横へと逃げる。一拍遅れて、恭也の身体があった空間を酒呑童子の拳が薙ぎ潰していく。
 体勢を整えた恭也の目に映ったのは、酒呑童子の手から離れ、地面に転がっている金棒。
 どうやら上空へと金棒を投げ、己は気配を消し、恭也に錯覚させたのだろう。
 前方へと飛び出した恭也はまさに罠にかかった獲物だったのだ。
 見掛け通り獰猛で豪快なだけでなく、気配を消すという技も可能とし、知的。
 酒呑童子は―――最強の妖怪だということを改めて認識した。

「くかかかかか。やるなぁ、恭也!!俺様の攻撃を一度でも避けれた人間は―――お前が初めてだ!!」

 転がっていた金棒を拾い、力任せに振るう。
 極悪な音をたてて素振りを繰り返す酒呑童子の右腕に、血管が浮き上がる。
 長く伸びた牙が唾液で濡れ、ぬらりと光を放つ。
 己と戦える存在が人間に居たという事に喜びを隠せず酒呑童子が一歩を踏み出し―――。

「……あ?」

 霞む速度で飛来した黒剣が酒呑童子の胸元に突き刺さった。
 一本では終わらない。天空から降り注ぐは流星雨の黒剣。数十。百を超える黒剣の五月雨。
 穿ち、切り裂き、貫く。もたらされるのは絶対の死。如何なる者も生還を許さぬ、必殺の魔術。
 先程まで嗤っていた鬼の王が、恭也達の目の前で黒剣によって串刺しにされ、佇んでいる光景を強制的に作り出された。

 何が起きたのかわからないのは風音と雫。
 呆然と串刺しにされ、黒い小山となった酒呑童子を見つめていた。
 対して恭也だけは二人と違った。酒呑童子ではなく、その上。今さっきまで酒呑童子が座っていた場所に視線を向ける。
 切り立った断崖の先に一人の女性が足を空中に投げ出して座りながら、恭也を見下ろしている。
 この国では珍しい異人。プラチナブロンドの長髪。右目を瞑った、美貌の魔人。
 恭也の宿敵。決して許さぬ復讐の相手。大切な者を、世界を奪った―――永久の時を生き、世界を陵辱する者。

 ぽちゃりとこの場に居た全員は、湖面に黒い雫が一滴たらされた幻覚を見た。
 見る見る間に、その黒い雫は湖面を黒く染め上げていく。いや、黒いというレベルではない。それはまさに闇だった。漆黒だった。
 光というモノなど存在を許さぬ、完全な闇。全てを黒く塗りつぶしていく。世界に終末を漂わせるほどに、この空間は絶望が塗りつぶしていく。
 恭也という人間が、酒呑童子をも上回る狂気を、恐怖を、立ち昇らせ、天を仰いだ。 

「―――天、眼!!」

 恭也の、憎悪と憤怒と怨恨。様々な負の感情が綯い交ぜとなった、咆哮。
 ビクリと風音と雫は身体を震わせた。
 厳しくとも優しい恭也が―――これほどまでに怒りを露にした時を見たことなど無かった。
 ここまで深い闇を心の底に湛えていることを、二人はこの時初めて知ったのだ。

「お久しぶりですね、青年?息災にしていましたか?ああ―――私は元気でしたよ」
「黙れ、黙れ、黙れぇええええ!!お前、よくぞ俺の前に姿を現せれたな!!」
「ああ、【あの時】以来放置されて寂しかったのですか?青年も可愛いところがありますね」
「―――ふざける、な。お前は、××を、殺した!!それを忘れたとは言わさんぞ!?」

 挑発しているのだろうか。天眼はクスクスと笑いながら、冷静に会話を続ける。
 対して恭也は、憤怒を隠すことなどできず、怒声にも似た言葉を天眼にぶつけた。
  
「ええ、そうですね。私は青年の大切な××を殺しました。でも、今ここにいるということは、青年が望んだことではないですか?」
「―――それ、は」
「こんな結果になるとは思いませんでしたか?それでも、確かにあの時青年が望まなければ―――違った未来もあった筈ですよ?」
「……くっ」
「私が願い、青年が望み―――巡りに巡った世界で私は再び恭也に会える」 
「―――狂って、いるな」
「あら?知りませんでしたか?私の名は天眼。己の願いのためならば、世界をも滅ぼす。それが―――私です。狂っていないはずがないですよ?」

 風音と雫は完全に気圧されていた。
 伝説に名を残す鬼の王を瞬殺した、異人の女。
 恭也と知り合いのようだが、あそこまで殺意を顕にする姿は見た事が無い。
 一体何者なのか。どういった関係なのか。そんな疑問がぐるぐると頭の中を回っていた。

「―――それと、私の忠告を忘れてませんか?貴方と別れるあの日、私は言いましたよね?鬼王にだけは近づくなと。戦いを挑むなと」
「……ああ」
「ならば何故戦いを挑んだのですか?この、闘争に特化しただけの神喰らいの化け物に―――」

 ビクンと黒剣の山になっていた酒呑童子の身体が躍動した。
 ぶるぶると震え始める。それに気づいた恭也が驚きで眼を見開く。

「鬼王は―――青年が考えているよりも遥かに強いですよ?」

 バキンと何かが砕け散る音が聞こえた。
 黒剣の山が崩れ去っていく。突き刺さっていたはずの黒剣が周囲に飛び散る。
 口に刺さっていた筈の黒剣は噛み砕かれ、身体中にあいた傷はみるみるうちに塞がっていく。
 信じられないことに―――天眼の必殺の魔術を受けてなお、酒呑童子は笑みを絶やしていなかった。

「……馬鹿な、こいつは本当に鬼王なのか」
「ええ、当然ですよ?青年は鬼王の力を勘違いしていますね。青年が戦った鬼王と目の前の鬼王は同一人物―――但し目の前の鬼王は【全盛期】というだけです」 
「―――成る程」

 恭也が天眼の台詞に納得したと同時に、爆発的に跳ね上がった酒呑童子の戦気。
 己に一瞬とはいえ死を感じさせるほどに強き者が新たに現れたことを喜んでいるようだった。
 天眼は酒呑童子が降りたときとは真逆で、重力を感じさせない軽やかな動きで崖の上から飛び降り、恭也の背後に舞い降りた。

「くかかかかかかか。お前何者だ?見た感じだと、異人のようだが。長年生きる俺様も初めて見るぞ、お前の異術は」
「―――そうですね。名乗っておきましょうか。私の名は未来視の魔人。アンチナンバーズがⅡ。天眼と呼んでください」
「あんちなんばぁず?なんだ、そりゃ」
「世界中の化け物達を掻き集めた戦闘集団。そう考えて貰っても構いません。ああ、ちなみにここにいる青年がアンチナンバーズがⅠ。【剣の頂に立つ者】です」
「……薄々感づいてはいたが、やはりそういうことか」

 天眼の言葉に、恭也は苦々しげに呟いた。
 複雑に絡まっていた疑問が、謎が紐解けてゆく。
 あれほど、【彼女】が天眼に心を許すなといっていた理由がようやくわかった。

「伝説に名を残す人外の頂点。それがアンチナンバーズ一桁の数字を与えられたもの。ちなみに酒呑童子―――貴方には五番の数字を差し上げましょう」
「―――どうでもいいな。俺様は強い奴と満足いくまで殺し合えればそれでいい」

 恭也の殺気も、天眼の言葉も、気にも留めず―――酒呑童子は【戦える】喜びに満ち溢れていた。
 酒呑童子は四百年という長きに渡ってまともに戦ったことは一度としてない。
 数に物を言わせた人海戦術か、不意を突いた奇襲。
 真正面から戦いを挑んできた者もいたが、一人として初手の一撃をかわせたものはいなかった。
 あまりにも強すぎたが故に、酒呑童子は【戦い】と呼べるものを体験したことはなく、己と互角に殺し合える者を望んでいた。
 生きるのにも飽いた四百年目の今宵―――ようやく自分を殺せる可能性を秘めた二人の存在に出会えた。
 
「さぁ!!さぁ!!見せてみろよ、お前らの力を!!俺様を、殺してみせろぉおおお!!」

 突風を巻き起こすほどの雄叫び。
 空間が歪むほどの破滅の鬼気を纏い、酒呑童子は四股を踏む。
 小太刀を構える恭也と少しばかり困った様子の天眼。
 
「さてさて、青年。流石の私も全盛期の鬼王と一騎打ちは正直キツイというのが本音ですが―――今回は力を合わせませんか?」
「……お前と協力するのは、死んでも御免こうむる」
「くすくす。いいのですか、青年?幾ら青年でも、今の鬼王を打ち倒すのは厳しいと思いますが?そして、青年には死ねない理由がありますよね?」
「……」
「私も青年に今ここで死なれてしまうと困ってしまいますので。私に対する怒りの矛先は一旦おさめて―――この窮地を共に乗り越えましょう」
「……今回、限りだ」
 
 断腸の思いで恭也はそう答えた。
 天眼を許すことはできない。許すつもりもない。
 だが、確かに天眼の言う通り、恭也はまだここで倒れるわけにはいかない。
 雫を完全にして、完成された御神の剣士として育てる前に、恭也は死ぬわけにはいかないのだ。
 かつて戦った鬼王ならばまだしも、目の前にいる酒呑童子はあまりにも強すぎる。
 恭也の賛同を得た天眼はパァっと花の咲く笑顔を向けた。

「さて。では、アンチナンバーズがⅠとⅡ―――伝承級が二人。【剣の頂に立つ者】と【未来視の天眼】の初の共同戦線といきましょうか」 
「甚だ遺憾ではあるがな―――俺が前衛にでる。援護は任せた」
「ええ、任せてください。大丈夫ですよ―――私達が力を合わせれば、立ち塞がれる者など、存在しません」

 薄く笑みを浮かべた天眼は―――自信に満ち溢れた言葉を、恭也へと囁いた。







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