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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 十三章
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/28 02:58







「あ、あれ?ここ―――どこ?」

 間の抜けた声が出てしまった。
 そう自覚できてしまうほどに、気の抜いていた美由希はきょとんと周囲を見まわす。
 それもそのはず、美由希の視界に映るのは緑豊かな大森林。天まで届けと高くそびえたつ木々が、視界一杯を埋め尽くしていたのだ。
 これほどの大森林を美由希とてそうはしらない。精々が、春夏の休みに篭りに行く秘境の地であろう。

 流石の海鳴とてこんな場所があるはずもない。
 普段の鍛錬場所である八束神社の裏手に広がる森も此処までではないはずだ。

 寝てる間に連れてこられたのかと一瞬思ったが、流石に寝てる最中に動かされたら嫌でも目を覚ます。
 恭也が相手だったとしても、気がつける自信があった―――多分。

「うーん。私、何してたんだっけ……」

 両腕を組んで空を見上げる。
 しかし、空は木々の枝によって網目状に埋め尽くされており、空は見えなかった。
 うーんと唸りながら、何故こんな所にいるのかを思い出そうと、記憶を辿っていく。
 
「確か……今夜は鍛錬は休みにするって恭ちゃんがいってくれて……御飯食べて、お風呂はいって、久々に本を読んで……寝たんだけどなぁ」

 思い出す限り、こんな場所にいる理由は考え付かなかった。
 昼間に天守翔と戦い、改めて強くなる意思を固めたことは確かに覚えているのだが―――。

 そんなことを考えている、ふと気づくことがあった。
 今まで気づかなかったが、前方には大きな日本家屋があったのだ。現代風の家というわけではない。
 本当に昔の日本にあったような、古い茅葺屋根の家であり、郷愁を感じさせる。

「ようこそ、妾の世界へ」

 ガツンと頭を殴られたかのような衝撃。
 本能が膝を折らせた。ざっと音をたてて片膝をつく体勢となった美由希が、かはっと肺の中の空気を搾り出す。
 臓腑を直接握り締められたかのごとき、冷たくも深い空気へと何時の間にか入れ替わっていた。

 ガチガチと歯が音をたてる。師である恭也に勝らずとも劣らぬ剣の化け物が眼前にいたのだ。
 美由希の前に、家から出てきた女性がゆっくりと辿り着く。ふぁさっと歩くたびに髪が音をたてる。
 綺麗な女性だった。美しい女性だった。美と武を究極にまで圧縮さあせたかのような雰囲気を漂わせている女性だった。
 
 この人を知っていると―――美由希は己に語りかける。
 
 昼間に翔と戦ったときに、己の内に生まれ出でた僅かに触れた巨大な力の片鱗。
 身体に染み渡ってきた次元が違う御神の技術。禍々しい殺気。膨大な年月の果ての記憶。

「―――御神、雫さん?」
「如何にも。妾こそが、御神の剣神。御神雫也」

 意識しているわけでもないというのに、雫が語りかけてくる一言一言で押し潰されそうになる。
 
「果てさて、お主の疑問に答えようかのぅ。【ここ】は先程も言ったが、妾の領域。それと同時にお主の精神世界でもある」
「私の精神世界?」
「そうよのぅ。もっと分かりやすく言うならば―――夢の世界と認識してもらっても構わぬよ」

 確かに凄まじいほどの重圧ではあるが、敵意があるというわけではない。深く呼吸を繰り返し、早鐘のように高鳴る心臓を押さえつける。
 自分を取り戻そうとする美由希を温かい眼で見守り続ける雫だったが、二、三分もたった頃にようやく口を開いた。

「ところでお主―――妾のことを、【どこまで】視ることができたのかのぅ?」
「―――正直言うと、殆どわかっていません。数百年も昔から生き続けている、御神の生きる武神ということだけです」
「ふむ。最初はそんなものかの」

 美由希が言ったことは嘘偽りのない、事実である。
 幾ら精神体だけの存在とはいえ、数百年の昔から生きながらえてきた御神雫の記憶は膨大だ。
 ただの人間の記憶容量におさまるはずもない。人狼とのハーフである雫であるからこそ、何百年という歴史に耐え切れているのだ。
 もっとも―――細かいことは殆ど忘れてしまってはいるのだが。
 
「あの、一つお聞きしたいのですが……」
「ふむ。お主をここに呼んだ理由のことかの?」
「あ、はい。そ、そうです」

 雫は美由希の質問に先手を取って答える。それに若干どもりながら、頷き返す。
 ふむ、と雫は自分の腰に挿してあった小太刀に手を這わせた。それを見て美由希は、違和感を感じた。
 先程日本家屋から出てきたときの雫は何も武器を持っていなかったのだから。
 それなのに今は確かに二振りの小太刀が、雫の手元にあるのだ。まさか見間違うこともありはしないだろう。

「さて、お主に問題じゃよ。お主の先代―――御神琴絵がどれほどの実力があるか知っておるか?」
「―――師範代に話だけは聞いたことがあります。御神でも一、二を争うほどの実力者であったと」
「そう。その通りじゃよ。御神琴絵は、制限こそあれど御神家当主である御神静馬とさえも渡り合えるほどの実力を持っておった」

 そして気づく。
 自分の腰にも二振りの小太刀が挿してあることに。

「病弱な御神琴絵は鍛錬をすることはできなかった。それ故に超時間の戦闘には体力がもたなかったのよ。だが、こと剣術の腕に関しては群を抜いておった。確かに才はあったろうが、可笑しくは思わぬか?」
「―――確かに不思議には思えます。ですが、剣術に関しては貴女が力を貸していたのではないのですか?」
「命に関わること以外で妾はあまりに【表】には出ぬよ」

 あっさりと美由希の答えを否定し、雫はからからと笑う。
 それなのに、先ほどまで感じていた重圧がさらに、さらに増していく。
 しかも、不吉な気配を漂わせながら膨れ上がっていくのだ。ごくりと自然と唾を飲み込む美由希。
 
「それなら、御神琴絵さんは―――訓練ではなく、純粋な剣才のみで、そこまでの境地に?」
「残念ながらそこまでの才はなかったのぅ。むしろそのような才能のみで生きる奴など妾とて知らぬ―――と思ったが、一人身近におったのぅ」

 レンとかいう小娘の武才は驚嘆に値する、と雫が呟いたのが聞こえた。

「答えは簡単な話じゃて。御神琴絵は―――【ここ】で鍛錬を積んでおった。ただそれだけの話なのよ」

 雫の答えに、はっとなって周囲を見渡す。
 そして理解した。ここは精神世界なのだということを、思い出した。

「現実世界とは異なり、ここならば病弱な身も関係はない。ここであの娘はひたすらに妾とともに武を磨いておっただけの話なのだよ」

 御神琴絵は現実世界ではたいした鍛錬はできなかった。
 だからこそ、この御神雫の世界で剣士としての高みを目指していたのだ。
 体力だけはどうしようもない。だからこそ、この場所でひたすらに―――ただ、ひたすらに―――。

「さて、謎は解けたようで何より。では、始めようかの」

 黒き気配が【ここ】を侵食していく。
 
「お主に足りぬものは、様々ある。力然り、速さ然り、剣技然り―――されど最も足りぬものが経験よ。己を殺しにかかってくる相手との殺し合い。故に妾が―――」

 【それ】は死神だった。
 【それ】は悪魔だった。
 【それ】は剣神だった。

 目の前の御神雫という存在は―――。

 美由希の理解を遥かに超えた、伝説に名を残すに値した、あらゆる生物を消滅させるモノ。
 アンチナンバーズの伝承級。元ナンバーⅢ。全殺者―――御神雫。

 反応も視認も許さない、超領域の一閃が振り下ろされ、美由希の体を二度なぞる。
 それに気づけない、気づかない。圧殺される勢いで噴出された殺気に自由を奪われていた美由希が、ようやく後ろに飛び退き小太刀を抜こうとして、はしるのは激痛。
 ぽとんっと地面に何かが落ちる。それと時を同じくして噴水のようにあふれだす血液。
 地面を見れば、右腕と左腕が転がっていた。斬られたということに気づかなかったのだ。

「っぁ、ぁぁぁあああああああ!!」

 痛みを抑えることができず、雄叫びが上がった。
 どうすればいいのかわかあない。勝ち目が見つからない。いや、それ以前の問題だった。
 両腕をなくしてどうすれば勝てるというのか。ただでさえ勝ち目がみつからないこのような怪物に。
 雫に感じた恐怖、勝利を諦めた一瞬を、目の前の怪物は敏感に感じ取っており―――。

「それでは勝てる筈も無い。戦いを甘く見るなよ、小娘」

 トスンっと静かな音が鳴る。
 雄叫びが止んでいた。いや、声を出せなくなっていたのだ。視界が傾いていく。ずるりと、何かがずれる音が耳に届いた。
 どさっと地面に体が倒れる。そしてそれを見ている美由希がいたのだ。眼に見えるのは、地面に倒れている首から下の体。首と腕からあふれ出す鮮血が地面を染めていく。
 
 美由希の反応を遥かに凌駕する速度で雫は彼女の首を両断していた。
 そして、美由希の【頭】だけを片手で掴み、目線をあわせ―――凄惨に笑っていた。
 それを最後に美由希の意識は闇へと沈んでいく。これが死ぬということだと、どこか人事のように感じながら―――。

「っ―――う、あぁああ!?」

 意識が闇に沈みそうになる一瞬、光が美由希を引き上げる。
 痛みはもう消えていて、良く見れば首も、両腕も元通りになっていた。
 慌てて先程まであった傷口に触れてみるが、なんということもなく、すべてが元通りになっていたのだ。
 だが、思い返せば、生々しいほどの激痛。現実感。自分が斬られ、死んだという絶望感。
 
「っぅ、うあぁああげえええぇええ」

 そして美由希はその場で吐いた。
 胃の中にある物すべてをぶちまけるように、ひたすらに吐き続けた。
 精神世界であるのに、果たしてモノを吐けるのかという疑問が一瞬浮かぶも、そんな疑問はすぐに消える。

「先程も言ったと思うが、【ここ】は精神世界。お主の腕が斬られようが首を斬りおとされようが問題はない。ただ、痛みだけは現実そのままではあるがのう」

 吐き続けていた美由希を見ていた雫が、ざっと音をたてて歩み寄ってくる。

「安心するとよい。【ここ】では何度でも死ねる。ただし―――精神と肉体の結びつきは強い。もしも【ここ】で心が死んだのならば―――」

 後は言わずともわかるであろう、そんなことが読み取れる表情で雫は小太刀を抜く。

「では行くぞ。妾との殺し合いの果ての果てに―――何かを掴んでみせよ」 
  
 そして、死と絶望が支配する、御神雫との戦いは始まった。
































「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」

 カランカランとドアについたベルが来客を告げ、翠屋の店内に恭也の声が響き渡った。
 新しく入ってきた客に、営業スマイルを浮かべ―――客には微妙にしかわからない微笑であるが―――翠屋の制服を着た恭也が、二名の女性を席へと案内をする。

 案内を済ませた後、他の客の注文が出来上がったという声が厨房から聞こえたのを確認。
 決まったら声をかけてくださいと告げ、注文の品を他のテーブルへと届けるために厨房へと向かう。

 柱にかかっている時計を横目で見れば、既に六時近くになっている。
 学校帰りの客もそろそろ落ち着きを見せ、ピークも過ぎた時間帯に突入し始めた。
 人によって違うだろうが、もう少したてば夕飯の時間になる家庭も多く、そのため翠屋は六時を回れば多少客足が落ち着くのだ。

 幼いころから翠屋を手伝っているため、随分と接客の仕事に慣れているとはいえ、元々笑顔が苦手な恭也にとっては鍛錬をするよりもよっぽど疲れるというものだ。
 ふぅ、と客から見えない厨房へと戻りため息をついているところに、同じく一息ついたのか桃子が顔を見せた。

「お疲れ様。本当に助かったわ。有難う、恭也」
「いや、人手が足りない時くらい協力はするさ」
「母親想い息子を持って、桃子さんは幸せ者ね」
 
 にっこりと笑うと桃子は、パンパンと恭也の肩を叩く。
 それを合図にしたかのように、再びカランカランと入口の扉が新たな来客を告げた。
 互いに顔を見合わせ、二人して微かな苦笑を浮かべ、頷きあう。

「さーて、恭也。もうひと踏ん張りね」
「ああ、頑張るとするか」

 厨房から出た恭也が入口で案内を待っている客のもとに足を向け―――立ち止まった。
 恭也の視線の先には、三人の少女がいた。
 銀髪の少女フュンフとおさげで丸メガネをした少女フィーア。そして、真紅の髪色の少女エルフ。
 世界を守護するナンバーズが擁する最強部隊【数字持ち】に数えられる一騎当千を誇りし、戦士達であった。

「やっ、キョーヤ兄。お久しぶりッス」
「……いらっしゃいませ。【昨日】に引き続き御来店頂きありがとうございます」

 世界に名を轟かせるほどの境地へ至った一人であるエルフは、そんな強者の気配を滲ませることはなく、いたって平然と恭也に声をかけてきた。
 対して恭也は一応は客であるエルフを邪険にできるわけもなく、三人にお辞儀をして答えた。
 
「いやぁ、キョーヤ兄ってばちょっと硬いッスよ。私とキョーヤ兄の仲なんだからもっと気軽にしてほしいッス」 
「―――ただの客と店員という関係で、どんな仲も何もないと思いますが?」

 エルフの意味深な発言もあっさりとかわす恭也だったが、彼女の無駄に大きな声が店内に響き渡り、一瞬静寂が訪れる。
 基本的に、翠屋の客層はほとんどが常連といってもいい。
 中高年の女性からしてみれば、恭也は幼い時から翠屋で働いていたため、良く見知っているといっても良い。我が子同然に可愛がっている常連も実は数多い。
 十代の学生からしてみれば、大人びて見える恭也は【格好良いお兄さん】として、話題の一つにでもあがるというものだ。
 言ってしまえば、この翠屋の中において恭也は、それなりに注目されているといっても過言ではない。
 そんな恭也に仲よさそうに話しかけているエルフの態度と発言は、翠屋という空間を一瞬とは言え静寂に導くには十分すぎる爆弾であった。

「せいっ」
「―――っ」

 周囲の空気が非常によくないと感じたフュンフが、にこにこと恭也に笑顔をふりまいているエルフの首筋に手刀を叩き込む。
 見事というしかない速度と角度で叩き込まれた手刀に、声も上げずにエルフはその場に崩れ落ちかけたが、一瞬失った意識を即座に取り戻したのか、崩れ落ちる一歩手前で踏みとどまった。
 
「洒落にならないッスよ、フュンフ姉!?今のは酷いッス」
「何のことだ?」

 涙目になりながら背後にいたフェンフに振り返り抗議をするが、そんなエルフの抗議などなんのその。バレバレではあるが、しらを切

り徹す態度のフュンフに、エルフは諦めたように重いため息を吐いた。
 フュンフの動きがあまりに速かったためか、何が起こったのか理解できた人間はこの翠屋において恭也だけだった。
 そのため特に騒ぎにはならなかったことに、恭也はエルフとは違った安堵のため息を吐く。
 そんな二人とは対照的に、一人冷静なフィーアがずりおちそうになる眼鏡を人差し指でクイッと持ち上げ―――。

「はいはい。二人ともこんなところで騒ぎを起こさないでねぇ。大人しく席にいきましょうよぅ」
 
 二人の諍いはここで終わりにしましょうという意味合いを含ませ、二人の間に割って入った。
 フュンフとエルフには見えないように、恭也に向かってパチリとウィンクを
する。それに気づいた恭也が三人を空いている席へと案内し、メニューを渡す。
 
「注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 再度お辞儀をして、その場から立ち去ろうとした恭也
だったが、厨房に帰った彼を待っていたのは小悪魔的な笑みを浮かべた桃子であった。
 嫌な予感が恭也を刺激するが逃げるわけにもいかず、若干頬を引き攣らせて桃子が放つであろう台詞を待つ。

「お客さんも落ち着いてきたし、あんたは休憩とっていいわよー」

 ただし、と桃子は続ける。

「あちらの可愛らしいお客様とご一緒の席で休憩とってらっしゃい」

 やっぱりか、と恭也は痛む米神を親指で抑えた。
 義理の母親である桃子を恭也は尊敬している。恐らくは、父である士郎と同等ほどに。
 女手一つで恭也を、美由希を、なのはを―――そして、晶やレンを育てあげたのだ。誰も彼もが、まがることなく、真っ直ぐに成長できたのは間違いなく桃子のおかげだろう。
 欠点らしい欠点を持たない理想の母。理想の女性。きっと桃子を称するならばそんな感じに違いない。
 ―――ただ唯一の欠点ともいうべきものが、朴念仁であり、浮いた噂一つない恭也が女性と良い関係になるように、世話して回る趣味がある。それだけが、恭也としてみれば欠点と思えなくもない。

 こういった時の桃子には何を言っても無駄だと経験で知っている恭也は反論することなく制服を脱ぎ、フュンフ達が座るテーブルへと足を向けた。
 まるでこうなることがわかっていたのか、エルフは満面の笑みを浮かべ、恭也を誘うようにパンパンと自分の隣の椅子を叩く。
 特に逆らうわけでもなく、恭也はエルフの誘いを受け、彼女の隣の席へと腰を下ろした。
 エルフと並んで恭也。そしてエルフの正面にはフィーア。恭也の正面にはフュンフという形で落ち着くことになった。

 こういったことは別に今回が初めてというわけではない。
 エルフはここ二か月ほど翠屋に通い詰めてきている常連だ。フュンフもエルフに次いで多く、翠屋に食事に来ている。
 しかも、エルフは随分と明るく人当たりも良い。そのため、余裕があるときは桃子も世間話をするほどの関係になっているのだ。
 そのためか、恭也が翠屋で働いており、かつ混んでないときはこのように休憩に出されることが幾度かあったのだ。
  
「今日は何にするッスかねー。ここのはどれも美味しいから毎回迷うッスよ」 
「それには同感だが……ふむむ」
「私はそうですねぇ。【いつもの】でお願いしますわぁ」

 注文に困っていたエルフとフュンフがウンウンとうなっている中、フィーアはあっさりと注文を決めたのか、テーブルの横にきていたウェイトレスにいちはやく告げた。
 メニューと睨めっこしていたフュンフとエルフが反射的に、フィアーアの発言に顔を上げる。

「え?なに、フィーア姉?いつものって何ッスか?」
「私の聞き違いかと思うが、今なんていったんだ?」
「何か変なこと言ったかしらぁ?私は【いつもの】って言っただけよぉ」

 キランっと意味不明に丸眼鏡を光らせたフィーアが、どことなく勝ち誇った笑みを浮かべ、二人の質問に答える。

「い、い、い、いつもので通じるほどの常連だったんッスかー!?酷いッス!!これは抜け駆けじゃないッスか!?」
「それはどういうことだ、フィーア。如何にお前といえど、返答次第ではただではすまんぞ?」

 大慌てするエルフが思わずと真正面に座っているフィーアに食って掛かり、テーブルの上に乗り出そうとするのを、恭也がため息をつきつつ肩をひき元の席へと座らせなおす。
 フュンフの眼帯に覆われていない鋭い視線が、桐のようにフィーアに抉り突き刺さった。
 並みの者ならば、二人の無駄に強力な重圧に逃げ出したかもしれないが、フィーアには全くといって良いほど通じていない。付き合いも長いため単純に慣れてしまっただけなのだが。
 
 エルフの翠屋来店率は確かに高い。一週間で考えれば、そのうち三回はきていることになる。
 一方フュンフは、エルフには僅かに及ばないといっても週二回とちょっと。二人とも、十分な常連といっても良いだろう。
 だが、フィーアはそんな二人の来店回数を上回る。なんと驚きの週五回という、常連も吃驚のお客様であった。
 もっともフィーアが翠屋にきている理由は、エルフとフュンフとは多少異なる。
 
「あまり二人をからかっても仕方ないですわねぇ。実はアインお姉様からの指令をうけたのよ。ミスター恭也をナンバーズに招き入れるようにとのことですわぁ」
 
 実力行使に出られたらたまらないと、あっさりとフィーアはねたばらしをした。
 二人のことを良く知っているフィーアは、これ以上からかうとまずいと理解できていたのだ。

「む……そういうことなら、仕方ない」
「フィーア姉だけなんでそんな羨ましい指令を受けてるんッスかー?贔屓ッスよ!!」
「貴女達に任せたら碌な結果にならないことはわかりきってるからじゃないのぉ?」

 納得するフュンフと、ぶーぶーと相変わらず文句を言うエルフに対して、聞こえない程度の大きさで言い返すフィーアだった。
 その時ブルブルと、恭也は上着のポケットから振動が伝わってくるのを感じ、席を立ち上がる。仕事中だったためにマナーモードにしていた携帯電話に誰かしらから着信がきているらしい。
 突然席を立ち上がった恭也に、三人が視線を向けてくる。
 
「すまない。少し席を外す」
「わかりましたわぁ。それまでに注文を決めておきますから、おきになさらずにぃ」

 流石店内での電話はマナー違反となるので、恭也は翠屋から外へと出て、液晶に映っている相手を確認する。
 液晶に映った登録先の相手は、水無月冥。それに一瞬考え込む。一体何時の間に登録したのだろうか、と。
 考え込むのも一瞬。そういえば、喫茶北斗に何度か行っている間に連絡先を交換していたのを思い出したからだ。
 特に連絡をするという間柄ではなかったために、忘れてしまっていたのだ。

「はい、もしもし」
『―――ッ、怪我はない!?高町恭也!?』
「……特に怪我をしてはいないが。それよりもいきなりどうした?」

 相手との着信を繋いだ瞬間聞こえてきたのは、切羽詰った水無月冥の大声であった。あまりの大きさに、耳にキーンという妙な音が残される。
 まさか電話に出た途端、怪我の心配をされるとは思ってもいない恭也だったが、それでもやはり高町恭也。
 冷静さを失わず返答をし、さらには疑問を付け加えた。

 電話先の冥も、恭也に怪我がないとわかり幾分か冷静さをとりもどしたのだろうか。
 電話の向こうで安堵のため息をつき、それと同時に深呼吸を繰り返すのを、恭也は聞き取っていた。

『色々話したいこと、伝えなければいけないことがあるんだけど―――まずは一つ。鬼王の配下、四鬼の二柱。金熊童子と、虎熊童子の二人が、この海鳴に来ている』
「―――何かあったのか?」

 どうやら相当真面目な話だったらしい。意識して一気に神経を切り替える。
 四鬼といえば、恭也でも知っている相当に有名な鬼達だ。
 遥かな太古から生き続ける鬼達の王―――酒呑童子の配下として最も有名な鬼といえば茨木童子と鬼童丸。
 それに続くものが四鬼。熊童子、星熊童子、虎熊童子、金熊童子。鬼の中でも飛び抜けた力を持つ狂鬼達だと。

 そのうちの一体。星熊童子は随分と前に、天守翼が一騎打ちで破ったという話は聞いている。
 それを思い出し、ある程度の推測がついた。

「―――やはり、復讐か?」
『いや、多分だが違う。恐らくあっちも星熊童子がどうなったかまでは掴めていない。だから星熊童子との連絡が途絶え、最後に確認されたこの地まで二人がきたらしい。さっき殺音が二人とあってしまってね。星熊童子との連絡が取れなくなったのは殺音に殺されたからと勝手に深読みして帰って行ったんだ……』
「……それは、なんというか。とばっちりを受けてしまったようですまんな」

 確かに、と恭也は納得してしまった。
 星熊童子と戦った翼にして―――十分な怪物だったと言わせたほどの鬼だ。妹の天守翔がもし仮に星熊童子と戦ったならば、間違いなく負けていたと。結構な妹贔屓をしている翼がそういうほどの敵だったのだから、まさか人間に負けるとは他の鬼達も思うまい。
 海鳴に来てみて、敵対している猫神と会ってしまえば、彼女が星熊童子を殺したのだと勘違いしても可笑しくはない。
 そこまで考えて、ふとあることを思いつく。

「それで、何故そんなに慌てて連絡をしてきたんだ?四鬼はもう帰ったんじゃないのか?」
『―――ああ、その筈だ。その筈なんだけど―――人外と縁があるキミなら、出会っても可笑しくはないと思ったんだよ』
「縁があるとは確かに思うが……さすがに今回ばかりは考えすぎだ」

 ようするに、水無月冥は恭也を心配して電話をかけてきたのだ。
 多くの人外を惹きつける、高町恭也ならば―――四鬼と出会ってしまう確立も低くはあるまい、と。
 もっともそれは流石に杞憂で終わったようで、電話越しにではあるが、緊張の糸が解けたようだ。

 電話に集中していたためだろうか、翠屋の前で電話していた恭也は、一瞬とはいえ前方に突如現れた気配に気づかなかった。
 普段だったならば、出現したと同時にそれらの異質性にきがつけただろう。そして、見つかる前に気配を隠しやり過ごすことが出来た。いや、水無月冥の電話がなければ、翠屋から出ることもなく、相手に気がつかれなかった。
 誰が悪いということではない。ようするにこれは運命だったのだ。恭也と彼らが再び出会ってしまうことが。
 決して逃れることは出来ない、宿敵であり、怨敵であり、好敵手。それらから逃げることは決して出来ないのだ。
 
 電話に気を取られていた恭也が―――視線を随分と先に佇む二人へと向けた。
 夕陽が陰った気がした。突如夜を迎えたような、薄暗い気配が周囲に蔓延していく。
 それらの中心となっているのは、視線の先の二人―――いや、正確には一人の女性、いや男性なのだろうか。どちらかとは言い難い中性的な雰囲気を持つナニかだった。その隣に立つ大男は、隣のナニかを訝しげに見ているだけであった。

 中性的なナニかは、かなり若く見える。精々が二十を越えた位だろうか。身長も高すぎず低すぎず。百七十に届いていないように見える。柔らかそうな黒髪が耳を半分くらい隠し、長い後ろ髪は首の箇所でまとめている。その束ねられている後ろ髪はまるで、犬の尻尾のようにも見えた。
 深く、暗い死んだ魚のような瞳が恭也を捕らえている。不思議とそれを懐かしい気がした。
 睫も長く、顔立ちには凛々しさがあり、男性なのか女性なのか、やはり恭也には分かり難かった。
 
 一方隣に立っている大男は、普通だった。あまりにも普通すぎた。
 一度見たら忘れてしまう。そんな平凡で、普通。唯一つ、二メートルを超える身長ということだけは、他とは違っている。

 ナニかの視線は一直線に、真っ直ぐに、何の迷いもなく―――恭也にのみ注がれている。
 悪い気はしない。ここまで注視されたら普段だったならば、多少の気まずさを覚えるものだ。
 だが、何故かそれがないのだ。このナニかに見つめられていると、なにやらざわざわと心が揺れてくる。

「一つ、聞きたい」
『―――何を聞きたいんだ?』

 聞く前から分かってしまっている。
 恐らくこの質問の答えが、水無月冥の口から出る答えが。
 だからこそ、これは質問ではない。これはきっと―――確認なのだ。

「―――四鬼の二人は、どんな姿をしている?」
『一人は普通の男だ。本当に平凡な姿をしている、ただし身長だけはキミよりも高い。それが金熊童子だ。そしてもう一人が―――』
「―――男装の麗人、といったところか」
『っ!?いや、男か女かボクにはわからない。でも確かに――ー』

 恭也は最後まで聞くことはなく、ブツリっと、電源を切る。
 会話の途中で切ってしまったことは今度あったときに謝らなければいけないな、と思いつつ携帯の電源をおとした。

 それを合図としたのか、ナニかが一歩を踏み出してきた。
 死んだような魚の瞳が徐々にだが生気を帯び始め―――真紅に輝き始める。
 その瞳は、夜の一族らしく、ルビーのような輝きを放っていたが、それと同時に黒曜石のような暗さも秘めていた。
 
「ああ、わかる。わかるぞ。嬉しいのか、貴女は」

 自然とそんな言葉が口から出ていた。
 初めて会ったというのに、初対面の気がしない。冥はこのナニかが男か女かわからないと答えていた。
 それでも何故か恭也には分かっていた。このナニかが女性であるということを。
 きっとどこか遠い昔に―――。

 ゴキっと手首を鳴らす。軽く頭を振った。
 意識をさらに切り替える。日常生活を送る時のではなく、鍛錬の時でもなく、美由希と打ち合う時でもなく―――。
 
 ―――殺し合いの時の意識へと。

「く―――あは、はははは、はは。この世界に生まれ出でて幾星霜。今日、この日ほど嬉しかったことはない。お前は確かに盟約を守ってくれた。私と、否。【私達】と交わした盟約を―――」

 透き通るような声だった。平坦な声だった。抑揚のない声だった。
 だが、そこには確かに込められていた。隠し様のない、圧倒的な歓喜が。

「―――私の名前を覚えているか?いや、覚えていなくても良い。忘れていたとしても構わない。そのかわりに【今度】は私から名乗りをあげさせて貰おう。我が名は虎熊童子。お前を超えるためだけに数百年を捧げてきた―――同胞にさえも愚か者と呼ばれる一人の鬼だ」

 尋常ではない瘴気に風が戦く。空気が悲鳴を上げる。
 あまりにも格が違う、桁外れの人外が、突如そこに降臨していた。
 
「もしも、お前が現れなかったら愚か者で終わったであろう、我が人生。だが、お前は現れた―――現れてくれた。ならば私は、愚か者などでは決してない。私は―――幸せ者だと胸を張っていえる」

 冗談じゃ、ないと恭也は僅かな戦慄を感じた。
 これが、四鬼の一柱だというのかと。これが、星熊童子と同格だというのかと。
 話に聞く限りの星熊童子とは存在としてのレベルが、格が違いすぎる。
 これほどまでの存在感は―――人形遣いにも匹敵する、禍々しくも、凶悪な荒ぶる戦意。恐らくは、天守翼とて勝ちは拾うに難しいほどの人外。  

「さぁ、約束の時だ。【かつて】はお前に私の初めてが奪われた。ならば【今度】は私がお前との初めてを奪ってやる。存分に楽しもうぞ―――御神の魔刃よ」

 悲しいまでの覚悟と。
 切ないまでの想いと。
 虚しいまでの決意と。
















 




 恐ろしいほどの狂喜を漂わせ―――虎熊童子は足を踏み出した。





































-------atogaki-------------

え?え?四鬼の一体の星熊童子との扱いが違いすぎるんじゃないのか?
と思う方が大多数だとも思いますが……はい、違います。虎熊童子は後に、断章あたりで登場する予定です。
ついでに今回の北斗vs四鬼的な話は次の間章あたりで書くとおもいます。
何が言いたいかというと……星熊童子ェ



 







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