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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 二十一章 大怨霊編④
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/15 13:20









「くーちゃん!!くーちゃん、こっちこっち」
「くぅん。くぅん」

 夕焼けが八束神社を真っ赤に染めている時間帯、なのはが神社の境内を久遠と一緒に走り回っていた。
 現在の時刻は十七時を過ぎた程度で、境内にいるのは久遠となのは。それをベンチに座ってみている恭也と那美の二人。今日もまた恭也がお目付け役としてなのはと一緒に八束神社まできていた。
 一度仲良くなったら絆が深まるのは早いようで、久遠はなのはに完璧に懐いている。あれだけ警戒されていたとは思えないほどだ。 

 なのはも最近は久遠と一緒に遊ぶことが楽しみのようで、家に帰ってくるとすぐに八束神社に出かけようとしている。
 その時高町家にいる晶やレンのどちらか、もしくは恭也か美由希の四択になるが、一緒についてきているのだが―――晶とレンはともかく、美由希は未だに避けられているようで、結構なショックを受けていた。

 人にあまり懐かない久遠に友達ができたのが嬉しかったのか、那美はにこにこと笑顔でなのは達の姿を見守っていた。
 現在お世話になっているさざなみ寮の住人にもあまり懐いていないことを考えれば、今この状況はかなり奇跡的な出来事とも言える。
 ペットというよりは友達という関係の久遠に、信頼できる人が増えたのは那美にとって大変喜ばしいことだ。

「そういえば神咲さん。つかぬ事をお聞きしたいのですが」
「あ、はい。何でしょうか?」

 なのは達に注目していた那美は、隣に座っている恭也に声をかけられて少し驚いた様子で、彼の方へと向き直る。
 男性と話すのが多少苦手らしいが、恭也とは結構な回数会っている為、かなり慣れてきている感じが見受けられた。親友である美由希の兄ということも大きいだろう。
 とはいってもやはり、すぐ隣に男性が座っているというのは気恥ずかしいのか、僅かにだが緊張している雰囲気を纏っているようにも見えた。

「―――その、八束神社なんですが、あまり参拝する人がいないようなのですが、大丈夫なのでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫……だと思います。お昼とかには結構参拝する人はいるみたいです。それにこの神社の神主さんは、結構祈願依頼があるらしくて、そのせいでここを留守にすること多いんです」
「成る程。確かに神主の方には会ったことがありませんが、そういうわけでしたか」
「はい。だから私がここでアルバイトをさせていただいているんです。これで実家の負担を少しでも減らせればと思いまして……」
「ああ、そういえば言っていましたね。今はさざなみ寮、でしたか。そこでお世話になっているとか」
「はい。もし宜しければ今度美由希さんと一緒に来て下さい。剣術をされてる人もいますので、話が合うんじゃないかと思います」

 女性の方ばかりですけど……と、付け足すように那美が言う。
 剣術を嗜んでいる相手と会話をしてみたいが、女性ばかりの寮には訪問し辛いというのが恭也の本音だった。
 寮の管理人は男性らしいが、男女比の割合が凄いことになっていそうだと少しだけ自分がその立場じゃなくてよかったと内心でほっとする。もっとも、他の人間からしてみれば、高町家も似たようなものだと思うに違いない。

「そうだ。すみません、あの……寮に住んでいる方からの伝言を忘れていました」
「伝言……剣術を嗜んでおられる方からですか?」
「いえ、そうではないんですが……」

 那美がなにやら言いづらそうにしているのに首を捻る。
 恭也はさざなみ寮の住人と知り合いではないし、伝言を頼まれる理由が思いつかない。
 剣術関係かとも思ったが、どうやらそうではないとのことで予想することができない。

「『翠屋のお土産持って遊びにこないとボク泣いちゃうからね』、と伝えておいて欲しいと……」
「……失礼ですが、その方のお名前は?」
「えっと、リスティ・槙原さんって方なんですけど。お知り合いだったんですか?」

 嫌な予感がビンビンしてくる恭也だったが、念のため相手の名前を聞く。するとまさかの知り合いの名前が出てきて、深くため息をついた。
 知り合いも知り合い。結構な前から護衛の仕事でもプライベートでも何度か関わり合いがあった女性だ。海鳴に住んでいるのは聞いていたが、さざなみ寮だとは不思議な縁もあるものだ。
 家族以外で一番付き合いが長い女性ではあったが、何処に住んでいるかなどは話した事がなかったため、さざなみ寮という名前を聞いてもずっとスルーしていた恭也だった。
 煙草を吸いながら、悪戯好きな笑顔のリスティの顔が空に浮かび消えていく。確かにこれは早めに挨拶に行ったほうがいいだろう。リスティのことだから気づかなかったという話では済ませてくれないはずだ。
 いきなり気が重くなった恭也を見た那美が、何か他の話題はないかと必死になって考える。すると、取って置きの話題をみつけたのか、あっと声をあげた。

「そういえば先日凄いことがあったんです」
「どんなことでしょうか?」

 何かを思い出したのか、那美は少しだけ困ったような苦笑いで八束神社の本殿のほうへと視線を持っていく。
 那美のいう凄い、とは果たして良いことなのか悪いことだったのか、その様子からは判別できない。恭也は、那美の視線に釣られるように同じ方向へと視線を向けた。

「賽銭箱の中に、ちょっと高価そうなものが入っていまして……」
「誰かが奮発して参拝したのでは?」

 確かに賽銭箱の中に高価―――というからには千円札というわけではあるまい。五千円や一万円札が入っていたら多少吃驚するかもしれない。いや、那美が凄いというからにはもしかしたら札束でも入っていたのだろうか、と恭也は考えた。
 成る程、確かにお札の束が入っていたら何かしらの事件の匂いがするかもしれない。
 いや、それよりも百万円の束とかだったら果たして賽銭箱の隙間から入れれるのだろうか。
 
「えっと、それがその……お金じゃなくてですね」
「お金じゃない、ですか?」
「はい……綺麗な色の宝石が入っていたんです」
「宝石ですか。確かにそれは珍しいですね―――というか珍しいですむ話なのでしょうか」
「そうなんです。だから一応神主の方が本殿で保管しておこうって話になりまして。数日待っても取りに来られなかったら警察に届けようということになりました」

 このくらいの大きさだったんです、と両手の指で小さい丸を作った那美が恭也へと示してくる。
 まさか賽銭箱に宝石が入っているとは誰も思わないだろう。恭也も入っていたという話を聞いたことはない。
 間違えていれてしまったのだったら、連絡の一本くらいはありそうだ。それがないということは、賽銭箱に自分からいれたのだろうか。
 那美の話の通り、それは確かに凄いことなのかもしれない。

「くーちゃん!!ふかふかふさふさ―――は、はわわわわ!!」
「く、くぅぅぅん」

 久遠を触っていたなのはが遂に暴走。抱き上げて頬ずりをし始める。なのはは時折久遠の可愛さ故に限界突破をして、暴走することがあるのだが、今日は少しばかり早かったらしい。普段だったならばもう少し持つのだが、昨日会えなかったためだろうか。
 対して久遠は多少苦しがってはいるが、以前のように逃げ出そうとはしていない。いや、つぶらな瞳が恭也達の方を見て助けてくれと無言で助けを求めてきている。
 だが、恭也は首を横にふった。

 ―――すまん、久遠。もう少しだけなのはに付き合ってくれ。
  
 そんな声なき声が久遠に届いたのだろう。ショボンと元気をなくし、なのはに頬ずりをされるがままになった。

「……今度油揚げを持ってくるからな」
「はい?何かおっしゃいましたか?」
「いえ、独り言です」

 ぼそりと呟いた恭也の独り言が自分に語りかけてきたのだと勘違いした那美が聞き返してくる。
 恭也の返答を聞いた那美は、笑顔でそうですかと答えると、なのはと久遠の姿を楽しそうに眺めていた。
 暫しの間、沈黙が二人の間に続く。特に嫌な沈黙というわけではなく、那美の発するほんわかとした雰囲気のためだろう。無言だというのに、何か暖かな空気が満ちていた。

 そこまで長い付き合いというわけではないのだが、那美と一緒にいると気が休まるというのが恭也の本音だ。
 何せ、周囲にいる女性は皆が皆―――良い意味で元気すぎるのだ。那美みたいな雰囲気の女性は恭也の知り合いでも彼女しかいないため、二人でいられる時間は非常に心が落ち着く。

 付き合いが短いが密度は高かったためか、今日の那美はどこか機嫌が良いことに気づく。いや、何時もは機嫌悪いというわけではないのだが、何時にもまして機嫌がよく見えるということだ。

「何か良いことでもありましたか?」
「え?あ、あの……そんなに私ってわかりやすかったでしょうか?」
「いえ、そういうわけではありませんが。何時もよりはどこか嬉しそうな雰囲気だとは思います」
「うう……私が分かりやすすぎるのか、高町先輩が鋭いのか……」

 どうやら恭也の睨んだとおり、何か嬉しいことがあったらしい。照れながらも、笑顔を崩すことのない那美が、隣に座っている恭也にニコリと可愛らしく微笑んだ。

「実は今週末に鹿児島から姉がくるんです」
「お姉さんが、ですか」
「はい。お仕事が落ち着いたらしくて、久しぶりにさざなみ寮に挨拶もしたいということで。あ、姉は学生の頃風芽丘の生徒だったので、寮にお世話になってたんです」
「お姉さんは風芽丘のOGでしたか」
「さざなみ寮に住んでいる方と仲が良くて―――私に会うためというより、さざなみ寮の人達に会いに来るついでに私に会うと言ったほうが正しいのかもしれませんけど」

 照れ隠しなのかもしれないが、那美はそういって苦笑する。
 その様子からどれだけ姉のことを慕っているのか、簡単に読み取れた。

「仲が良いんですね、お姉さんとは」
「はい。薫ちゃんには何時もお世話になってばかりで。でも優しくしてくれて―――あ、すいません。姉の名前が薫というんです。神咲薫といいます」
「神咲薫さんですか……もし宜しければ、是非ご挨拶させてください」
「はい。学生時代には翠屋に頻繁に通っていたみたいですので、また行きたいといっていましたから、一緒に窺わせていただきますね」
「常連の方でしたか。俺も翠屋では結構な昔から手伝っていましたので、もしかしたら会っているかもしれませんね」

 ええ、そんな昔からお手伝いされていたのですかと驚く那美に、頷いて答える。
 基本的に恭也は人手が足りない時は小学生の頃から手伝いに行っていたので、数年程度昔の常連客だったならば覚えているかもしれない。
 学生だったならば、恭也が手伝いにいった時間と、薫の下校時間もそんなに大きな差はないだろう。
 風丘丘学園の生徒はかなりの常連客がいたし、数年も前のことなので望み薄ではあるが、もしかしたら顔見知りかもしれないという期待もある。

「それに実は薫ちゃんだけじゃなくてですね、他の親戚もこちらに来るんです」
「それはまたタイイングが上手く合いましたね」
「神咲葉弓さんという方と楓さんの二人もいらっしゃるんですよ。本当に久しぶりなので、楽しみです」
「そう、ですか……」

 那美は嬉しそうに語っている。葉弓と楓という二人に会えるのも楽しみなのだろう。
 だが、恭也は気づいた。弾んでいる声色のなかに、本当に僅かだが隠れている暗い陰のような、もやっとした暗い感情に。
 怒りや憎しみちった類ではなく―――それは、そう悲哀。心の底から悲しみ、哀しんでいる。
 親類と会うこととは別に、【何か】があるのだ。あの那美がそんな感情を胸に抱いてしまうほどの、何かが。

「―――もしかして、葉弓さんと楓さんは、お姉さんのお仕事の同僚ではありませんか?」
「え、はい。実はそうなんですけれども……よくわかりましたね」
「ただの勘です。こう見えても勘は鋭いほうでして」
「確かに高町先輩には隠し事できなさそうですよね」

 これは、マズイと恭也が内心で臍を噛む。
 未来視の魔人からの情報。御神雫からの情報。空と名乗った女性からの情報。
 それらを組み合わせ、分析していく結果が、どう考えても最悪のモノへと至る。
 雫が神咲那美は、三百年前に大怨霊を封じた一族だということを語っている。彼女に限ってそれに間違いはないだろう。
 そして三百年前の大怨霊は祟り【狐】とも呼ばれたという。そして那美が飼っている小【狐】久遠。以前は大怨霊は倒されたのではなく、封じられただけだという。果たして関係がないといえるだろうか。
 さらにはまだ久遠がなのはに懐いてなかったころ、目の前から姿を消した直後に感じた、あらゆる生物を憎み、呪っていた悪意の塊。
 天眼曰く、間もなく大怨霊が復活するという情報。それは信頼に足るかどうかはわからない。しかし、よりによってこの時期―――特に何か大きな用事があるというわけでもないというのに、那美の姉だけではなく、親類も集まるという。しかも、全員が同じ仕事をしているということが確認できた。
 恐らくは、霊能力者。日本を武者修行で旅して回ったとき何人かに会ったことがあるため、霊能力者という【本物】の存在は自分自身で見たことがある。  
 それに、あれから恭也が調べた結果、神咲一族という存在は、かなり有名であった。生憎と退魔の方はとんと縁がなかったため知らなかったが、その道の人ならば知らないほどの一族だという。恐らくは現在存続する祓い師としては日本最高にして最古の血族だと専らの評判だ。

 以上のことを考えれば―――ある可能性が浮上する。
 大怨霊の依り代となっている存在とは即ち―――。

「ああ、くーちゃん!?まってー!!」

 ついになのはの頬ずりが我慢できなくなった久遠は、なのはの胸元から逃げ出し、ベンチに座っている恭也達の足元へと駆け寄ってきた。そして何時ぞやのように、恭也の足を盾として、なのはの魔の手から逃れようとしていた。
 チリンと久遠の首についている鈴が鳴る。ふさふさとした毛が足に触れ、心地よい感触を伝えてくる。
  
「―――くぅん」

 久遠の鳴き声が聞こえた。
 
 ―――ああ、そうだ。きっと俺の考え違いだ。

 上半身を曲げ、両手で足元にいる久遠を抱き上げる。
 久遠も嫌がらずに、恭也の胸元で気持ち良さそうに、うとうとと居眠りをし始めた。

 ―――だが、もし、もしも【そう】だったならば。俺は、お前を―――。


 温かみがある視線。しかし、どこか冷たい刃を連想させる恭也は、静かに胸元の久遠を撫で続けていた。




























「ふむ。最近剣士殿は一人で鍛錬をしていることが多いが……妹はどうしたのだ?」
 
 何時も通りの深夜の時間、八束神社の裏手にて恭也が一通りの鍛錬をして汗を流し一息ついたときに、当たり前のように木の幹に座っていた空が話しかけてきた。
 何を言っても、何度言っても無駄だとわかった恭也は既に諦めて、最近は鍛錬に集中することにしていた。
 この女性も名無しと同じで、美由希と一緒に居るときは姿を見せない。恭也が一人でいるときを狙って訪問してくるのは、本人曰く偶然だと言い切っているが、それは間違いなかった。
 
「ええ。うちの妹は日常生活では意外とドジなところがありまして。最近なにやら寝不足なことが多くてですね、そのせいで注意が散漫になっていたせいか、転んで足首を捻ってしまったのです。大事にはならなかったので、数日で完治するとは思います」
「ほほう。剣士殿の妹はここで鍛錬しているときにそのような姿は全く見せていないようだが―――人間はやはり面白い」
「家で大人しく足に負担をかけさせないことをやらせています」

 最近美由希が寝不足に陥っているのは、恭也は全く気づいていなかったが先日起きた【恭也の部屋襲撃事件】が気になってしまい熟睡できなかったというのが真相だ。
 あれいらい美由希は寝てしまったら、また恭也の部屋に夢遊病者の如く侵入してしまうのではないかと毎夜ビクビクしながら寝ているため、それは熟睡できないのも当然だったろう。
 恭也が空に述べたように、実際軽く捻っただけのため二、三日で回復する見込みだ。鍛錬の疲れが全身に残っているため念には念を入れて数日様子を見るようにしたというわけだ。

「しかし、俺の鍛錬を見ていても楽しいものではないでしょう?」
「いやいや。我には大変興味深い。三百年前のあやつとはこのような関係ではなかった―――このようにありたいと思ってはいたのだが。世の中はままならぬものよ」
「三百……年、とはまた……」
「おっと。女性の年齢はあまり気にしてはならぬぞ?そこは追求しないのが良い男というものだ」
 
 言われずともこれ以上突っ込んで聞く気にはならない。
 女性に対しての年齢。そして体重。後は胸の大きさ。この三つは触れてはならない三大禁忌と理解している。
 だが、最後の禁忌だけは人によることもまた事実であり、高町家であるならレンや晶はこれが一番触れてはならないモノとされている。フィアッセなら体重。美由希は今いちどれが危険なのか掴みきれない。そして一家の大黒柱である桃子は―――間違いなく年齢だろう。
 きっといつもと同じ笑顔でかわされるのだろうが、その笑顔が背筋が凍るほど冷たく見えるのも、きのせいではない筈だ。

「―――剣士殿は強いな。我が知っている人間では二番目に強い。もっとも、そなたの年齢を考慮にいれるならば、同率で一位になるが」
「それはまた、過大評価をしていただいているようですが」

 空の先程の発言から三百年以上は生きている存在らしい。なにかしらの人外の種族なのだろうかと少し気になるが、それも恐らくは答えてもらえないだろう。
 つまり三百年以上の年月の中で二番目に強いと言われていることになる。流石にそれは少しばかり気恥ずかしくなる恭也は、過大評価だと言い返す。

「過大評価ではないぞ?そなたほど剣に命をかけている人間を我は知らぬ。単純な強さでいえば、剣士殿はまだあやつには及んではおらぬ。だが、【危うさ】ならばそなたの方が遥かに上だ。そなたは、内に【ナニ】を飼っておる?【ナニ】を見て、【ナニ】を取り込んだのだ?」
「偉そうに語れることはありません。ただ、そうですね―――」
「―――っ」

 ざっと音をたてて空は立ち上がる。今までとは違った余裕の笑みが何時の間にか消え去っていた。
 この世界に生を受けて早四百年。多くの人外を見てきた。多くの規格外の怪物を見てきた。だが―――。

「―――十年と少し前。底知れぬ人の悪意を、人の憎悪を、目の当たりにしました」

 ―――目の前のこの人間は、我とて計れぬ。

 ぶるりと身体が震えた。それは果たして恐怖だったのか、歓喜だったのか。
 空にはどちらか分からなかった。恭也の背後に見えるのは、三百年前の友を遥かに凌駕する、人智を逸した闇色の【ナニ】か。姿形はかつての友そのものではあるが、中身は完全に別物だ。
 
「くっは……全くもって恐ろしいな、そなたは。その闇の深さまるで大怨霊に匹敵す―――」

 喉が凍った。
 空が恭也に見た闇は、何よりも深く、何よりも重い。人が耐え切れる領域を超えている。
 これほどに深い闇を、空はたった一つだけ知っていた。これほどに世界を憎んでいる闇にはたったひとつだけ心当たりがあった。しかし、【それ】はありえないことだ。それは、それは世界の摂理に反することだ。
 いや、待てと頭でグチャグチャになっているパズルのピースが合わさっていく。
 確かに、【それ】ならば在り得る。天文学的な確立になるのだろうが、この男ならばそれを為し得てしまう。
 祟り狐は倒されたのではない。封印されたのだから―――このような本来なら在りえない事がおきたのだろう。

「そなたは、まさか―――」
「貴女が何を考えているのかわかりませんが、先日も言いましたね。人の心の古傷には―――」
「―――そうで、あったな。許して欲しい。全く、そなたには驚かされてばかりだ」

 ふっと苦笑した空は幹に座りなおす。 
 今の今まで表情に出していた驚きは消え失せ、普段通りの人を喰ったような笑みを浮かべていた。
 それを見た恭也も少しばかり呆れる。何故かわからないが、空は恭也の闇に心当たりがついたようだが、それでもこんな対応ができるものかと。
 暫し二人の間に無言の時が続く。
 那美のときとはまた別での意味で心地よい空気。大人の女性の持つ雰囲気とでもいうべきか、空と一緒に居る時間もまた、恭也にとって気まずいモノではなかった。
 だからこそ、恭也も無碍に追い払わず、鍛錬をしている時間に傍においているのだろう。

「―――【骸】。という名前を知っておるか?」
「……名前、ですか?申し訳ないですが聞いたことはありません」
「そうか。なに、気にするでない。三百年も昔の話だ」
「そうですか」

 空が気にするなと言った通り、それ以上は追求をせずに十メートル以上も離れた手作りの的に向かって飛針を投げる。
 視界が悪く、障害物が多いこの場所で命中させるのはなかなかに難しい。それでも恭也は手馴れたもので、投げる飛針を確実に的の中央へと命中させていく。
 集中して飛針を投擲する恭也とは別に、何故か空は頬を膨らませてその光景を眺めていた。
 そんな不穏な空気に気づいた恭也が、頬を膨らませていた空へと向き直ると同時に、彼女はにこりと笑顔を浮かべる。
 いや、何時も通りとは少し違う。どことなく儚げな笑みとでも言えば良いのだろうか。
 恭也が知っている空には全く似合わない笑顔だった。

「……どうかしましたか?」
「―――別に気にするでない。いや、なに。そなたが全く我の話に関心を示さないとか、折角話題をふったと言うのにあっさりと終わらせてしまったとか。そういったことで膨れているのではないぞ?」
「は、はぁ」

 どうやら恭也が空の話題に全く食いつかなかったのが御気に召さなかったらしい。
 確かに折角、謎に包まれている女性がわざわざ昔話をしようという雰囲気だったのに、あっさりとその話をぶった切ってしまったのなら少しショックを受けるのかもしれない。
 ようするに貴女の昔話には別に興味ありませんと遠まわしにいっているに等しいのだから。
 儚げな笑みを浮かべながら、じっと恭也の顔を見つめてくる空。

 気にするなとは言っているが、それは絶対に気にして欲しいという意味が込められているのだろう。
 明らかに聞いて欲しそうな雰囲気をちらつかせているのだが、自分からは言い出そうとしていない。一応は気にするなといってしまった手前、自分からは切り出せないのだろうか。

「仰るとおりに気にしないようにします」

 家族から悪戯好きと時々言われる恭也は敢えてそう言い返した。
 
「―――っ」

 今にも消えてしまいそうな笑みの空が、言葉に詰まる。
 何かを言い返したいのだろうが、上手く言葉にならず恨みがましい目でみてくる。
 そんな空の様子を見ていた恭也の内心―――ちょっと面白い。それが本音であった。
 何かを悟ったような雰囲気を常に纏っているかに見えたが、それは恭也の勘違いだったのかもしれない。
 意外と子供っぽい所があるのだろう。僅かだが空との距離が縮まった気もする。

「それで、その―――【骸】さんという方がどうかしましたか?」
「―――っ!!」

 恭也の話題振りに、嬉しそうな顔を見せるが、それを消す。
 そして普段の凛とした表情に戻し、くくくっと笑いながら唇をゆがめた。

「ふ、ふむ。剣士殿が、そこまで聞きたいのなら答えるしかあるまい」  
 
 仕方なく話すんだぞ的なオーラを醸し出しつつ、空は一人頷いていた。
 この状況で、やっぱり良いですと言ったらどうなるだろうか、と考え付いた恭也だったが、それは流石に地雷を踏むことになると第六感が告げてくる。恭也は大人しくこのまま話を聞こうと決断した。

「あやつと我が会ったのは三百年前。当時は祟り狐が暴れ回っておったせいか、我はの元を訪れる人間はそうはいなかった。そんな折に、あやつは現れた。一度会っただけで本能が訴えてきおったよ―――あやつは我を殺せるモノだと。当時のあやつは自分のことを異邦人といっておってな……自分の居場所はこの世界にありはしないなどと、ねがてぃぶなことを頻繁に漏らしておったわ。それが原因で何度か殺しあったこともあったが」
「……そんな小さなことで殺し合い、ですか」
「いやいや。あやつのねがてぃぶさは尋常ではなかったぞ?詳しくは話してはくれなかったが、折角故郷に戻れると思っていたところ【ここ】に漂着してしまったと」

 昔を思い出しながら語る空は、どことなく幸せそうにも見える。
 彼女にとってその骸という男との関係は何事にも変えられないものなのだろう。

「当時のあやつは名前も教えてはくれなかった。自分はこの世界では死んでいると同じことだとよく漏らしていたな。そのためあやつの教えてくれた通り名を我が勝手に改名して【骸】と呼ぶようになったのだ。この世に存在しないという意味での、【無】を頭につけて、【ムクロ】とな。そして、あやつが使っていた御神流を合わせて、【御神骸】と呼んでいたよ」
「―――御神、骸」

 御神流の歴史に刻まれている者でその名を冠する剣士は恭也の知る限り存在しない筈だ。
 仮にも目の前の空の全力と渡り合える者が、無名であるわけがない。そもそも神速の世界に踏み入った者は例外なく御神の歴史に名を残すことができる。恐らくは空と戦える者が神速の世界に入れないということはないだろう。
 その点を考えると、やはり骸という名前ではなく別の名前だったのかもしれない。
 三百年前に存在した強き御神の剣士―――今度雫にでも聞いてみよう。そんなことを考えていた恭也だった。

「それで、その骸さんが俺に似ているとかどうとか言っていましたよね」
「そなたの方が随分と若いが―――あと十数年も経てば、あやつと双子といわれても納得するほどに瓜二つになるだろう」
「まぁ、自分と同じ姿をした人は世界に三人はいるといいますしね」
「―――確かに。あやつとそなたは確かに別人だ。魂の色も違う。だが、どこか似通っておる。容姿だけではなく、存在の在り方が、とでもいえばいいのか」

 それにしても、と恭也は話に出てきた骸という人物を思い描く。
 空という底知れない女性にここまで大切に想われている人物。そして死闘を演じた剣士。同じ御神の剣士として興味が尽きることはない。

「そういえば骸はあの男のことを妙に意識しておったな」
「あの男?」
「うむ。先日ここで会った、しっ―――いや、ほら。あのご老体だよ。名前はなんと言ったか」
「名無しさんですか?」
「そうそう。初めて会った時は笑えたぞ?瞬く間に半殺しにされておった」
「笑える、話ですか……?」
「当時は爆笑したものだよ。それ以来、名無しは骸のことを苦手にしておったものだ」

 可哀相に、名無しさん。
 そう冥福を祈っていた恭也だったが、あることに気づく。
 骸が空と出会っていたのは三百年前。つまりは名無しもそれくらい前に会っていたことになる。
 
 ―――貴方は一体何歳なんですか。

 また一つでてきた名無しへの疑問。まさに、名無し不思議だ、と独りごちる。彼に対しては色々と疑問が湧き出てくるが、それは何時か謎が解けるのだろうか。

「ところで、そなた―――この地に渦巻いている不吉な気配に感づいておるか?」
「……大怨霊のことでしょうか?」
「うむ。その通りだ。気づいていたようで何より。大怨霊の目覚めも近いのは分かっておろう?」
「そうですね。それについては散々色々な方より話を聞いていたので」
「奴の強大さ。凶悪さを知ってなお、平常心を失っていないそなたは、本当に人間か怪しいものだ」

 呆れているのか、褒めているのか、どちらかわからない台詞と表情の空が、座っていた気の幹から立ち上がる。
 暫く話し込んでいたせいか時間的に、そろそろ恭也が帰る時間帯になったのを見越してだろう。恭也も遠くの的に突き刺さっていた飛針を回収して、帰宅の準備を始める。 
 そのとき、大事なことを聞き忘れていた恭也が、空の方向へと向き直った。

「少しお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」  
「答えれることなら答えよう」
「大怨霊の復活―――それは何時頃になるかわかりますか?」
「それはまた中々難しい問いではあるな」

 恭也の質問が意外だったのか、尖らせた唇に人差し指をあて、何かを考えるそぶりを見せる。
 答えを出し渋っているわけではなく、単純に復活の時までは理解できていない様子だ。
 
「確実とは言えぬが、恐らくは今月末。それが神咲がかけた封印の限界だと予想できる。多少の誤差はあるだろうが、大きな違いはでなかろう」
「今月末、ですか。有難うございます」
「ただしあまり当てにするでないぞ?あくまでも何もなければの話。大怨霊の封印は不確定要素が多すぎる」
「いえ。十分に参考にできました」

 今月は残り約二週間程度。封印が何時解けるか分からない以上、神咲の一族としては早めに用意をしなければなるまい。
 それを考えると、那美の姉である神咲薫。親戚の神咲葉弓、神咲楓―――彼女達が海鳴に来訪するタイミングは、大怨霊に対抗するためと予想したほうが自然だ。
 考えたくないことではあるが、最悪の事態を予想しておいたほうがいいらしい。良い結果にはならなそうだと心底、心が重くなったため息をつく。
 
 しかし、一つだけ疑問が残る。
 歴史にさえも名を残す、最悪の悪霊。雫曰く、三百年前は壊滅的な被害を覚悟してようやく封印できたという存在。
 その怪物が復活しようとしているのに、何故たった三人だけしかこの地に来訪しないのだろう。この三人が恐ろしいほどに強い―――という考えもできる。 
 だが、【盾】となる人間が多いに越したことはないはずだ。戦力という面で見ても、数はそれだけで力となるはず。
 恭也の調べた限り、神咲一灯流とは国お抱えの祓い師の一族。戦力になるものがたった三人だけの筈もない。
 
 以上のことを含めれば、ある予想が成り立つ。
 それほどまでの戦力が必要ない。つまりそれは大怨霊が復活する前に―――。

「―――それでは、今夜はこれで失礼します」
「うむ。また明日会えるのを楽しみにしているぞ」

 
 最悪の結末を振り払いながら恭也はこの場所を後にする。それと同じく、空も国守山の方角へと歩き去っていった。
 そんな二人を嘲笑うように、八束神社の本殿のある場所に置かれていた禍々しい色の宝石が、キラリと静かに光を発していた。それに気づいた者は、まだ誰もいない。







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