「うう……すみません、那美さん。ご迷惑をおかけして」
「いえ、そんな。困った時はお互い様ですよ」
風芽丘学園から高町家へと下校する途中、多くの学生に紛れて美由希と那美の二人の姿があった。
ヒョコヒョコと片足を引き摺るように歩く美由希と、それにあわせてゆっくりと歩いて行く那美。
足首を捻り包帯でテーピングをしていた美由希を、普段よりも不便ということもあり朝の登校時は恭也やレン、晶がフォローしていたのだが、下校時の世話を那美が高町家まで買って出てくれたのだ。
とは言っても、流石に那美一人に美由希の世話を任せてしまうのも非常に申し訳ないと判断した恭也も、二人と並んで帰宅している最中であった。
「それにしても階段から滑り落ちるとは情けない」
「……ぅぅ」
やや呆れた様子の恭也に、返す言葉もないと言わんばかりのしょぼくれた美由希が、縮こまるよう肩を落とす。
まさか美由紀希も高町家の中でそんな不注意をするとは全く予想だにしていなかった。
「で、でも―――私が寝不足なのは恭ちゃんも悪いんだからね」
「いや、それは意味が分からんぞ」
「だ、だって恭ちゃんがあの日―――」
何を言っているんだコイツは、と顔に出している恭也がますます呆れた様子を見せる。
対して美由希先日起きた、恭也の部屋襲撃事件のことを口に出したかったが、あの時のことを思い出すだけで頬が赤くなるのを止められない。好いてる相手とあそこまで密着し、見詰め合った出来事を果たして忘れられるだろうか。いや、忘れられるはずもない。
対して恭也はあの時のことを既に忘れたのか、それとも意識していないのか分からないが、全く気にも留めていないようで、それが少しだけ悔しく感じる。
しかし、惚れた弱みという言葉があるように、こればかりは仕方ないかと諦めるしかなかった。
そのことを言葉にすることができるわけもなく、途中からはゴニョゴニョと恭也と那美に聞こえず、空気に溶けていく。
恭也もまさか美由希があの日のことをこれほどに気にしているとは思っていないため、自分の妹が何を言いたかったのか見当もついていなかった。
「あれ……もしかして、那美ちゃん?」
そんな二人の様子をニコニコと笑顔で見ていた那美に背後から声がかかった。
透き通るような、美しい声色だ。だが、どこか凛とした力強さもそこにはある。
「え、あれ?」
三人が背後を振り向くと、そこには一人の女性が少し驚いているのか眼を大きく見開いて、那美を見ていた。
日本人らしく黒い髪。腰近くまで伸ばしているロングヘアーだ。その女性の髪を見た恭也は、最近は妙に黒髪ロングヘアーの女性と縁があるなと何の気なしに思った。
容姿も整っていて、柔和な印象を相手に与える、そんな大和撫子を連想させる美しい女性である。しかも学生が多い中、またもや普通の人が着ないような巫女服。いや、式服だろうか。兎に角、人目を惹く服装だ。さらには肩からかけてある女性の身長とほぼ同じ大きさの細長い黒いバッグが、女性をより目立たせている。
「は、葉弓さん!?確か今週末にこられるんじゃなかったんですか!?」
「その予定だったんだけど……仕事が早めに終わったの。だから少し早いけど来ちゃった」
テヘっと舌をだして葉弓と呼ばれた女性が那美に答える。
大人っぽい雰囲気を醸し出していた葉弓だったが、そんな様子を見るとどことなく可愛らしい印象も同時に持てた。
「そうだったんですか。でも、本当にお久しぶりです」
「ええ。確か最後に会ったのは―――まだ、那美ちゃんがこんなに小さかった頃だったものね」
「そ、そんなに小さくないですよ、葉弓さん」
クスクスと可笑しそうに笑みを浮かべた葉弓は、右手の親指と人差し指を広げ十数センチの長さを示していた。それを見た那美は、苦笑しつつ両手で否定するようにブンブンと顔の前で振る。
その女性が、先日那美が言っていた親戚の一人―――神咲葉弓だということに気づいた恭也は、折角の久しぶりの対面を邪魔しないようにと、美由希と一緒に一歩後ろに下がった。
そんな気遣いが眼にとまったのか、葉弓が笑顔のまま恭也と美由希の方へと視線が向ける。
「あら、もしかして那美ちゃんのお友達かしら?」
「はい。風芽丘学園三年の高町恭也と言います。神咲さんにはお世話になっています」
葉弓の視線を受けつつも、丁寧に頭を下げる。
その態度に葉弓は感心したのか、恭也と同じくこちらこそと頭を下げた。
「ごめんなさい、自己紹介が遅れて。私は神咲葉弓と申します」
葉弓も自己紹介をしていないと気づいたのか、恭也に続いて名前を名乗る。
残されているのは美由希だけだったが、突然のことで少しだけ固まっていた。というよりも、葉弓の容姿に見惚れていたといったほうが正しいのかもしれない。フィアッセのように西洋的な美しさではなく、葉弓は日本人が元来持っている美というものを突き詰めたような女性なのだ。
人外としか思えない容姿の女性を見慣れている恭也は―――実際に人外の者も多いが―――葉弓の容姿に一瞬しか見惚れなかったが、そういった人物をそこまで多く知らない美由希が見惚れてしまい、反応できなくても仕方なかっただろう。
「あ、すみません!!あの、私は高町美由希です!!那美さんとは清いお付き合いをさせていただいてます!!」
固まっている美由希の横腹を軽く肘でつくと、その衝撃で我を取り戻したのか美由希が慌てて自己紹介をするのだが、その挨拶に頭を抱えるのは恭也だ。
とても友達の親戚にする初対面の挨拶ではない。これではまるで、恋人の両親にする挨拶にしか聞こえない。そんな挨拶を聞いた那美は、何故か真っ赤になって俯いた。
そんな紹介をされた葉弓は、最初は吃驚していたようだが、すぐに口元を緩める。
「あら。那美ちゃんも、私が知らない間に大人になったのね」
「え、ええー!?い、いえ、あの―――」
「ち、違います!!い、いえ、那美さんとはお友達なんですけど、違うんです!!」
美由希のとんでも発言に照れてるのか驚いているのか、どちらかわからない那美がパニックになっている。
勿論、それ以上パニックになっているのが美由希だ。幾ら緊張したからとはいえ、自分の発言を思い返してみれば勘違いされて当然の類である。
周囲には下校途中の生徒もいるわけで、我関せずと去っていく人もいれば、興味深そうに横目でチラチラと窺っている人もいる。そんな人達の視線を受けて、美由希の顔も那美と同じく羞恥で真っ赤に染まっていた。
平然としているのは恭也と葉弓の二人のみ。大人な女性だと思わず感心してしまう恭也だった。
「そ、それで葉弓さんはどうしてここに?さざなみ寮とは方角が違いますよね?」
「ええ。寮の皆に翠屋でお土産を買っていこうかと思ったの」
「そうなんですか。そんなに気にしなくても良いと思いますけど」
「暫くお世話になるし、少しは気を遣わないと。それに私も久しぶりに翠屋のお菓子を食べたいから」
道を覚えていないので人に聞きながら向かっているんですけど、と全く困っていない様子で葉弓が苦笑した。
本来ならばこのまま高町家へと戻る予定だったため、那美がチラリと迷った風に恭也を見る。
自分から美由希の世話を申し出ていながら、突然とはいえ出会った親戚を案内するために、ハイさようならというのはどちらにも申し訳ないと思ったからだろう。
「偶然ですね。実は自分達も翠屋に行く途中だったんです。もし宜しければご一緒に如何でしょう?」
美由希を優先するべきか葉弓を案内するべきか、決めれない那美の姿に恭也が折中案を出す。
「あら、いいんですか?一緒に行ってお邪魔じゃないですか?」
「いえ、こちらこそご一緒していただけたら助かります。実は翠屋は俺の母が経営している店舗でして、お客様を案内しなかったら後で何といわれるか……」
「貴方のお母様が経営を?凄い奇遇ですね」
本当に驚いたのか口元を隠すように手を置いていたが、その下はポカンという擬音が似合うような口を開けていたことだろう。
暫く考えるそぶりを見せていた葉弓だったが、やがて決心がついたのか今まで以上の笑顔で頷いた。
「それではお願いしても宜しいですか?」
「こちらこそお土産に翠屋を選んでいただき有難うございます」
「―――お若いのにしっかりとされていますね。十代でそこまで落ち着いた男性はあまり見ないですよ?」
「いえ。残念ですが、そのせいで身内からは精神だけ年寄り呼ばわりされています」
「あらあら」
本当に面白かったのか、葉弓はクスクスと微笑を漏らす。
その一方、美由希は未だ立ち直れていないのか、なにやらブツブツと一人呟いていた。それを那美が必死になって慰めているという状況だ。
恭也と葉弓の落ち着いた空気とは真逆なその様子は、下校途中の人間達の注目となっている。
「少し目立ってしまったようですね。そろそろ行きましょうか」
「はい。それでは、案内を宜しくお願いします」
混沌とした二人を置き去りにして、恭也と葉弓は翠屋へと向かう。
ほどなくして、復活した美由希と那美が慌てて二人の後を追ったが、恭也も敢えてゆっくりと歩いていたため、すぐに合流できたのだった。
「そういえば苗字が一緒のようですけど、もしかして御兄弟でしょうか?」
「はい、仰るとおりです。元々は美由希が神咲さんと知り合いになった縁で、俺も親しくさせていただいています」
「あら、そうだったんですね。でも那美ちゃんが、男の方と仲良くしていて安心しました」
「安心、ですか?」
「はい。ご存知だとは思いますが、那美ちゃんは少し男性に苦手意識を持っていましたから。貴方みたいな方が那美ちゃんと仲良くして貰えたら助かります」
「その、俺のことを少し買い被りすぎて―――」
「―――いいえ。私こう見えても人を見る目だけはあるんですよ」
葉弓と並んで歩く恭也。肩が触れ合うほどに近くを歩いているためか、葉弓の香りがほのかに漂ってくる。
女性特有の甘い香りだ。御神雫とはまた違った、大人の女性の、心臓の鼓動を強める香り。少しだけ緊張をする恭也だったが、相変わらずの鋼の精神力でそれを表には出さない。
そんな二人を複雑な想いで後ろについていく美由希と那美。
美由希としては、凄い美人さんが恭也と仲良く話している光景を見るのは中々に辛いものがある。別に恋愛がどうとかそういうわけではないので、気にしないのが一番ではあるが、そこも恋する乙女として難しいものがある。
那美としても、葉弓の社交性の高さは嫌というほど知ってはいたが、ここまであっさりと初対面の男性と仲良くなれるとは思ってもいなかった。葉弓のことが嫌いとかそういった問題ではなく、自分との社交性の違いをまざまざと見せ付けられたようで、少しだけ落ち込んでしまう。
ここで追記することになるが、葉弓は確かに温和な性格のため、人間関係はそつなくこなす。知り合いの人間関係の橋渡しも良く行う。社交性という点で見れば神咲一族の中で最も優れていることだろう。
多くの人間と会ってきたこともあり、言葉に出したように人を見る目という点では誰よりも優れていた。神咲葉弓の目から見て、目の前の高町恭也という男性は随分と好ましく見える。会って数分程度で何がわかると思われるだろうが、その数分で恭也という人間の実直さを見抜いたとも言えた。
それに那美と友達になれる男性が、悪い人間の筈がないと考えられたことも大きいだろう。
話が弾む前をあるく二人と、微妙に落ち込んでいる後ろを歩く二人。
正反対の二組は、そうこうするうちに目的地の翠屋まで辿り着く。窓ガラスから店内を見たが、空いているテーブルが幾つか見受けられた。
それを確認できた恭也達は、翠屋の扉を開ける。何時も通りカランカランと鈴がなり、来店を告げる音が店内に響き渡った。
「いらっしゃ―――って、恭也じゃない。今日は人手たりてるけど」
「今日は手伝いじゃない。お土産にウチの商品を持っていきたいと言ってくれるお客様を連れてきた」
「あら、本当?」
恭也の影となって視界に入っていなかった、葉弓が一歩前に出る。恭也と並ぶ形となり、桃子に向かって礼儀正しく頭を下げた。葉弓の姿を見た桃子は、キラキラと目を輝かせる。
「高町さんにはここまで道案内をしていただき、お世話になりました。神咲那美の親戚の神咲葉弓と申します」
「那美ちゃんのご親戚ですか?こちらこそ、うちの美由希がお世話になっています」
「いえ、そんな。那美ちゃんからは美由希さんのことを良く聞いていますので。お世話になっているのは此方の方かと……」
「お互い様、ですねー。あ、こんなところで立ち話もなんですので、どうぞ空いてるテーブルへ」
桃子に案内されて葉弓と那美、美由希は近くのテーブルへと案内され着席する。一方恭也は、桃子にカウンターの方へと腕を引っ張られ連れて行かれた。
その時点で嫌な予感しかしない恭也だったが、無理に逃げようとせず一応は為すがままという形で引っ張られていく。
「ちょっと、恭也。あの人、凄い美人さんね。雰囲気も素敵だし、ここはガッといっちゃいなさいよ」
「……血迷ったか、高町母よ。まだあの人とは会ったばかりだぞ?」
「何言ってるのよ!!愛に時間は関係ないわ!!士郎さんなんか私に会って一秒でプロポーズしてきたのよ?」
「―――そういえばそうだったな」
桃子と士郎の馴れ初めは聞いている。というか、その現場に恭也もいたのだ。
実際に告白するところは見ていないが、桃子が作ったあまりに旨い洋菓子を食べた父である士郎が、それでいきなり厨房にのりこんでいったとか。
その後紆余曲折あって、二人は結婚することになったが、決して洋菓子の味だけで二人は結婚を決めたわけではない。
「まぁ、それは冗談として。あんたも知り合いに素敵な女性が多いのに、どうしてこう―――枯れてるのかしらねぇ」
「失敬な。枯れてるつもりはないぞ」
「―――なにそれ。笑うところなの?」
キョトンとした恭也の様子に、桃子は頭を抱えたくなる。
我が息子ながらここまで無欲なのは勿体無いを通り越して、逆に凄いと思いたくなる。そんな呆れがまじった桃子の生暖かい視線を受け、恭也は若干居心地悪そうにしていた。
会ったばかりだという葉弓は兎も角、高町家の面々。最近では月村忍も結構なアタックを仕掛けてきている。桃子の情報網では、商店街で超絶美人なクール系の女性とも時々一緒に歩いているとか。更には別の商店街で、メイド服をきているこれまた美人なメイドさんに追いかけられていたとか。最近は見かけないが、レン並みに小さいスーツ姿の少女とほんわりした風芽丘学園の生徒も恭也を訪ねてよく来ていた。さらには何人かの日本語達者な外国人らしき娘達も頻繁にくる。
「うわ……あんたそのうち刺されるんじゃない?」
「一体何を言っている……」
心の中で恭也に関係するであろう女性を数えていた桃子が素直な気持ちを告げてきた。改めて考えると、高町恭也という息子の恐ろしさが理解できた。
世の中には異性と知り合いになれない男性もいるというのに、なんという贅沢をしているのだろうか。
そんなことを考えていた桃子の前から、何時の間にか恭也は消えている。はっとなって店内を見渡せば、葉弓や那美達が座っているテーブルにちゃっかりと恭也も戻っていた。
とりあえず詳しい話はまた今度すればいいかと、桃子は注文を聞くためにテーブルへと向かう。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「アイス宇―――」
「は、ないからね?」
「くっ……」
最後まで言い切る前にばっさりと斬って捨てた桃子に、恭也は悔しそうに歯噛みする。微妙に勝ち誇っている桃子と悔しがっている恭也という光景を見ていた美由希達は苦笑しかできなかった。
「コーヒーとシュークリームでお願いします。那美ちゃんは?」
「あ、私も同じもので」
「恭ちゃんもコーヒーでいいよね?私達も一緒でいいよ、かーさん」
「それじゃあ、コーヒーとシュークリーム四つずつね、了解。少し待っててくださいね」
「すみません。それとは別でシュークリーム二十四個お願いできますか?」
「はい。注文承りました」
伝票にササッと手早く記入すると桃子が綺麗な営業スマイルを残して厨房へと戻っていく。台風が去っていき安堵している恭也に、クスクスと笑みを隠せない葉弓が桃子が去っていった厨房へと一瞬視線を送る。
「楽しいお母様ですね。私の知っている人に少し似ているかもしれません」
「―――もしかして、聞こえていましたか?申し訳ありません、神咲さん。うちの母が失礼なことを」
「いえいえ、何のことですか?」
特に不快に感じているわけではないようで、葉弓の笑顔に曇りはない。本当に桃子の声が聞こえていたかどちらか分からないが、彼女は全く気にしていないようだ。
相当に急いで用意をしたのか、ほんの数分で四人の前には注文の品が並べられる。運んできたのはアルバイトのウェイトレスではあったが、なにかしら視線を感じ、その方向を見てみれば厨房から桃子が働く合間にチラチラと視線を送ってきている。忙しいのか暇なのかどっちかわからない母に、ため息をつきつつコーヒーを一啜り。
「そういえば私のことも神咲と呼ぶと那美ちゃんと区別がつきませんよね。もし宜しければ葉弓と呼んで頂けませんか?」
「いえ、しかし……」
「―――駄目でしょうか?」
ウルウルと目を潤ませながら頼んでくる葉弓に、様々な断り文句を頭の中に浮かべるが、この人にはきっとどんな言葉を並べても通用しないだろうと自然と理解できた。
「わかりました、葉弓さん。その代わりと言っては何ですが、俺のことも下の名前で呼んでいただけたら。一応美由希と区別がつきにくいでしょうし」
反論を諦め、熱々のコーヒーをまた一啜りするためにカップを口につける。
恭也の了承を得た葉弓はニコリとこれまでで最大の笑顔を浮かべ―――。
「はい。こちらこそ宜しくお願いしますね、恭也【ちゃん】」
「―――っぐ、っは!?」
思いもしていなかった呼ばれ方に、コーヒーが気管支に入りゴホゴホっと激しく咽る。
きっと君付けになるだろうと予想していただけに、まさか【ちゃん】付けとは全く考えていなかった。ちゃん付けで呼ばれたのは確か琴絵以外にいなかったはずだ。それもまだ幼かった頃だから、それは仕方ない。だが今の恭也の老成した雰囲気から、誰もが自然と割けていた呼び方をあっさりと言ってのけた葉弓に戦慄が走る。
「きょ、きょーちゃん!?かーさん、布巾ちょうだい!!」
「だ、大丈夫ですか?高町先輩!?」
冷静さを失っているのは恭也だけではなく、美由希と那美も普段では見れない彼の姿に驚き、慌てふためいている。
そんな三人を楽しそうに見ている葉弓の姿を厨房から見ていた桃子は―――何故か目を輝かせて葉弓に魅入っていた。傍で働いていたウェイトレスは、あの娘いけるわ、と呟いたのを聞いたという。
それとはまた別で、仕事に集中していない桃子は、アシスタントコックの松尾さんに頭を叩かれて涙目になってしまうという厨房内事件も起きていた。
咽ていた恭也も、胸をトントンと叩きながらようやく落ち着いてきたのか、恥ずかしい姿を見せたのを誤魔化すためか咳払いをする。
「お見苦しい姿をお見せしました」
「いえいえ。男性のそういう姿も可愛いですよ?」
「ぐっ―――その、せめて君付けでお願いできませんか」
「恭也ちゃんって可愛いと思うんですけど……駄目ですか?」
「―――で、できれば、勘弁していただけたら」
葉弓のお願いに一瞬敗北しそうになるも、心を鬼にして答える恭也。
それも予想していたのか、葉弓は悲しそうな表情を今まで見せていたがあっさりとそれを消し、クスクスと相変わらずの笑顔で頷いた。
「はい。わかりました、恭也さん」
そんな葉弓に、やはり年上の女性は苦手だと改めて再確認できる恭也だった。
翠屋で談笑していたのは三十分程度だったろうか。葉弓はお土産のシュークリームを持ってさざなみ寮へと向かっていった。美由希も高町家へと戻らせると、何時もの恒例とでもいえばいいのか、なのはと晶を引き連れて八束神社に足を向ける。
ちなみに今回は那美も巫女のアルバイトがあるらしく合計四人で神社へと向かった。
美由希も行きたがっていたのだが、足が不自由のため泣く泣く諦めたようだ。
八束神社へと続く階段を登ると、なのはのお目当てである久遠はあっさりと見つかった。
神社の軒下で居眠りをしていた久遠は、動物らしい鋭敏な気配察知で四人がきたのを感じ取り、軒下からゆっくりと歩きでてくる。なのはと晶は持ってきたボールを使って、久遠も交えて境内で遊び始めた。
仲良くなったものだと、ベンチに座っていた恭也は娘を見る眼で遊んでいるなのはを見守る。
十回を超えるほどに通いつめ、辛抱強く久遠と接した努力が報われた光景は、胸を打つモノがあった。
三人とは別に、那美は一応巫女のアルバイトのため、遊ぶわけにもいかず神社の周囲の掃除をマイペースにだがこなしている。関係者の誰が見ているわけでもないのに、手を抜かずさぼらないのは真面目な性格のためだろう。
ちなみに神社の横手に小さな小屋があり、そこでしっかりと巫女服に着替えることができる。那美もそこに予備の巫女服を置いているため、学校からの直接きても大丈夫だったらしい。
普段は運動は全く駄目ななのはだが、こういう時は奥底に秘められていた不破の血が目覚めるのだろうか。晶も顔負けな俊敏さ見せるときもある。その動きに体がついていかず、転んでしまうのがなのはクオリティでもあるが。
転ぶたびに晶と久遠が心配そうに駆け寄っていくのが微笑ましい。
空を見上げると、夕陽が地平線の彼方へと沈んでいく。季節は冬。十二月ということもあり、夜が訪れるのも早い。
周囲が薄暗くなってきたのに気づいたのか、なのは達も遊ぶのを一旦切り上げる。
「ああ、すまんが二人は先に帰っておいてくれ」
「あれ、師匠はどうするんですか?」
「この暗い中を神咲さん一人で帰らせるわけにもいかないだろう」
「そういえばそうですね。わかりました、なのちゃんのことは任せてください!!」
辺りを見回した晶が納得したように力強く頷いた。
晶となのはの二人というのも年齢的な面で見れば心配だが、単純な強さでいえば例え暴漢に襲われても晶なら軽々と撃退することができる。巻島十蔵に直接指導を受けている彼女が後れを取る相手などそうはいまい。
逆にこの暗くなった時間に那美を一人で帰らせるほうがよっぽど心配だ。下手をしたら小学生相手でも負けてしまいそうな雰囲気なのだ、神咲那美という少女は。
「バイバーイ、くーちゃん!!また明日くるからね」
「それじゃあ、師匠。また後で!!」
なのはと晶が大きな声で別れの挨拶をして階段を降りて行く。
なのはが久遠にだけ挨拶をして帰ったことにそれとなくショックを受ける恭也だったが、高町家で会うからわざわざ挨拶をしなかったのだと思うことにした。そう思わないと、切なくなるからではない。
一人残される恭也はベンチから立ち上がる。その隣には久遠が座っていて、つぶらな瞳を向けてくる。
時間的にそろそろだと判断した恭也が正しかったようで、神社の横の小屋の扉がガラっと音をたてて開け放たれた。
「お待たせしました、高町先輩。遅くなって申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。それにこれだけ暗くなった状況で一人で帰るのは危ないですから」
「有難うございます」
小屋からでてきた制服姿の那美は、照れたように頬を染めた。
確かに家が近所ならば問題はないが、さざなみ寮まで少し歩かなければいけない。誰かと一緒に帰られるならば、心強いこと限りがない。
「おいでー、久遠。今日は帰るから」
「くぅーん」
一鳴きした久遠が那美と並んで歩き始める。
それに少しだけ疑問を感じる恭也だった。久遠は飼い狐ではあるが、ほとんど放し飼いといってもいい。今日に限って久遠と一緒に帰るのはどこかが引っかかった。
「それでは高町先輩。宜しくお願いします」
「―――はい。では、行きましょう」
考えるのは後回しにしようと決めた恭也と那美は、八束神社の階段を降りて行く。
その二人と一緒にチリンチリンと鈴を鳴らしながら久遠がついて来る。
一際強い風が吹く。暖冬が続いていたとはいえ、流石に冬。非常に冷たい夜風が皮膚を叩いてきた。
繰り返す呼吸も白く色づいている。長袖が目立たない季節なので恭也としては冬は嫌いではない。だが、それでもやはりこれだけ寒くなると夜と朝の鍛錬が厳しくなってきた。
「あのー、高町先輩」
「はい、なんでしょうか?」
「前々から思っていたんですけど、何故私に敬語を使われるんですか?」
「……そういえば何故でしょうか。なんとなく敬語になってしまう……では駄目ですか?」
「駄目というわけではないのですが、何か高町先輩に申し訳なくて」
「特に自分は気にしていませんが。神咲さんが気にされるなら変えましょうか?」
「はい。そちらのほうが私としてもいいかなーなんて思っちゃいます」
「わかりました。できるだけ努力します」
わかったといいながら相変わらずの敬語の恭也だったが、不思議と那美には敬語で話してしまう雰囲気がある。
何故だろうと首を捻りつつ、少しずつでいいから直してみようと思ったのだった。
二人と一匹は夕闇に視界が染まっていくなか、さざなみ寮がある方角の道をゆっくりと歩いて行く。太陽が沈んだのを合図にしてか、道路の両脇に設置されていた街路灯が、パァっと光を発し、照らし始める。
それでも視界は薄暗いことに変わりはないが、随分とマシになったことに違いはない。
こちらの方角は割りと最近建てられた家が多いのか、建てなおしたのか、西洋風の家々が多く見受けられた。逆に高町家の周囲は昔ながらの和風の家が多い。
高町家自体もそこまで古いという家ではないが、父である士郎が和風好きだったため、わざと日本風にしたとか。昨今畳がある家もそこそこ珍しいだろう。
街路を歩くのは二人と一匹だけというわけもなく、途中何人かとすれ違ったり、ゆっくりと歩いている恭也達を追い越して多少早歩きで過ぎ去っていく人達も幾人かいた。
「あ、あの……高町先輩」
「はい、なんでしょうか?」
「えっと……凄く突拍子もないことを、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「はい?ええ、別に構いませんが」
那美が突拍子もないというからには相当のことだろうと考えながらも、どんな質問がくるのだろうかと考えていた恭也に反して、彼女は暫く口を閉ざして続きを言おうとしない。
視線もあちらこちらに移動し、言いよどんでいるのがわかる。緊張しているのか、那美の握っている手の平にこの寒さにもかかわらず薄く汗もかいていた。
「―――その、高町先輩は、幽霊って信じていますか?」
「はい。信じていますが。何度か目撃したこともありますし」
「そ、そ、そ、そ、そうですよねー!!幽霊なんて信じていませ―――え?」
キョトン。そんな擬音が相応しい様子で、那美は呆けたように恭也を見つめている。
今何といったのだろうか。信じている?いやいや、まさか。幽霊を信じている人は霊能力者を除けば極少数だ。ましてや見たことがある人はそれこそほんの僅かだろう。
これまで仲良くなった人に幽霊について話したこともあった。皆が皆信じてくれなくて、冗談で終わってしまったばかりだった。それも仕方ないことだとは思う。もし、仮に那美自身が【こちら】の世界に身を置いていなかったら、幽霊の存在等決して信じなかっただろう。
決死の覚悟で聞いた質問がまさかこうもあっさりと返答されるとは考えてもいなかった。
「あ、あの―――高町先輩は、その、霊を目撃したことがあるって本当ですか?」
「ええ。幼い時に一度。それと中学生の頃にも何度か。最近は縁がありませんでしたが」
「そ、そ、そうなんですか」
どうやら那美の聞き間違えではなかったらしい。
幽霊という存在をどう恭也に信じて貰うか、那美にとってそれが一番の難関だと思っていたことをあっさりとクリアーできてしまい、逆に言葉に詰まってしまう。
「あの、明日―――明日八束神社に来ていただけないでしょうか?」
「明日?学校が終わった後でも大丈夫ですか?」
「はい。勿論です。私も明日は八束神社に用事がありますので」
「わかりました。特に用事もありませんので伺わせて頂きます」
結局那美は、今この場で決断することは出来ずに、明日へと先延ばしすることにした。
彼女が話そうとしたこと。それは那美と久遠にとってはとても大切で重要なことであり、躊躇ってしまったのも無理はないことであった。決して恭也を信用していないというわけではない。ただ、できれば誰にも打ち明けずに乗り越えないといけないことであると那美自身で理解はしている。
それと同時に無理であるということも理解していた。自分ひとりでは、どうしようもないことだと。そんな那美が打ち明けようとしている相談。今の彼女はそこまで追い詰められている状況であった。
二人はそれ以降特に話をするでもなく歩いていたが、程無くしてさざなみ寮へと辿り着く。
清潔な白い壁。流石に寮というだけあって、一般の家に比べて随分と大きい高町家よりも、さらに広い敷地面積をもっているようだ。大人の胸くらいの高さの赤茶色のレンガ造りの塀が周囲を囲っている。屋上―――いや、テラスだろうか。二階には洗濯物を干せる空間が見て取れた。道路に面している窓ガラスからは、カーテンの隙間から灯りが漏れて、闇夜を照らしている。
「あ、ここです。わざわざこんなに遠くまで有難うございます、高町先輩」
「いえ。これくらいなら何時でも任せてください」
門を開き、さざなみ寮の限界の扉に手をかけたところで、那美を見送っている恭也へと振り返った。
「あの、もし宜しければ―――お茶でも如何でしょうか?多分リスティさんも今日は居た筈なんですけど」
「……その、今回は手土産も持参してませんので、また今度お邪魔させていただきます」
「そ、そうですか」
少し残念そうに呟いた那美だったが、時間も時間のため無理強いはできない。
それでは、と挨拶をして玄関の扉を開こうとして―――。
「早く入ってこいって、神咲妹!!」
勢いよく開いた扉が那美の頭に直撃。ガンっと打撃音が響き渡り二、三歩後退。激突した額を両手で押さえながら、痛みを我慢できずに座り込む。ちなみに久遠は野生の勘を最大限に発揮させ、その襲撃から逃げ延びていた。
その惨劇を引き起こしたのは一人の女性だった。身長は那美とほぼ同じ。いや、少し高いだろうか。黒髪を短く切った、丸眼鏡が照明の光を反射させ、キラリと輝いていた。容姿は整っているのだが、彼女が自然と纏っている雰囲気がまるで、どこか肉食の獣を連想させる。
「あ、悪い悪い。大丈夫か?」
「ぅぅ……だ、大丈夫です」
あまり心配してなさそうな女性に、那美が涙目で答える。それも仕方ない。扉の開く速度と重量を想像するに、扉から生じた破壊力は相当なものだ。それをまともにくらってしまえば、涙目になるのは当然だろう。いや、涙目になるだけで済んで逆に良かった話である。
「大丈夫ですか、神咲さん」
「す、すみません、高町先輩。恥ずかしい姿をお見せしちゃいまして……」
「ん?おおー!?なんだ、神咲妹。今日は男連れか!?やるじゃないか!!」
流石に心配して駆け寄った恭也を見つけて、面白そうに眼を輝かせた女性が、やけに大きな声で叫びそのままさざなみ寮の中へと走って戻っていく。
「おーい!!那美が男連れて帰って来たぞー!!」
「や、やめてくださいー!?真雪さんー!!勘違いですからー!!」
那美が止めるも、時既に遅し。真雪の声はさざなみ寮全体に響き渡っていた。
今日何度目になるかわからないパニックに陥った那美が、さざなみ寮の中へ消えた真雪を追って消える。玄関にポツンと残されたのは恭也唯一人。
このまま帰ろうかとも考えたが、流石に挨拶も無しで帰るのはまずいだろうと、そこに残っていると―――。
「もう、真雪ってば。ボク今日は昼まで仕事だったんだよ?もうちょっと寝かせてほしかったんだけど……」
薄水色のラフなパジャマで、ふぁーと欠伸をしながら玄関のすぐ傍にある階段から降りてきたのは―――リスティ・槙原。普段会っている時とは違って寝起きのためか、短くも美しい銀の髪が多少寝癖で乱れている。何時もだったならば、薄く化粧をしている彼女ではあるが、同じく寝起きのためか珍しいスッピンだった。化粧をしてなくても基本となる素顔が非常に美人のため、普段のリスティとは全くイメージは一緒ではある。
「―――ん?」
階段を降りてきたリスティの歩みがピタリと止まる。玄関に立っていた恭也とバッチリと視線が合った。ゴシゴシと眼をこする。
「寝ぼけてる、のかな?恭也が、ここにいるように見えるんだけど……」
「こんばんは、リスティさん。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ああ、今日は手土産を持ってきていないので、また後日になります」
「は、は、あははははー。本、物?」
「偽者か本物かと問われれば、本物と答えるしかありません」
「―――だ、だよね」
頬をひくつかせたリスティは―――。
「うわあああぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
真雪を遥かに上回る声量の大声―――いや、悲鳴をあげて玄関手前の部屋へと逃げ込んでいった。
その声に吃驚したのが、その部屋にいた住人だろう。真雪の大声に続いて、今度は悲鳴をあげたリスティが飛び込んできたのだから。
「な、なんだ!?どうした、リスティ!?」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!この大馬鹿、真雪!!なんで、どうして、恭也がいるのさ!?変な姿見られちゃったじゃないかー!!」
「恭也?ああ、あの那美が連れてきた男か?いや、そんなのあたしの知ったこっちゃないけど……」
「お前が!!お前が大声あげなかったらボクだって一階へ降りてこなかったよぅ!!」
「あ、ちょ!?首しめるな!!電撃だすな!!うわ、いたたたたたー!!」
「真雪を殺して、ボクも死ぬ!!」
「お、落ち着けリスティ!!さすがにそれは真雪さん死んでしまう!!」
なにやら部屋がカオス状態になっているようで、ますますこの家から離れたくなってくる恭也だった。
バチバチと部屋の中から電撃が迸る音が聞こえる。そして、それと同時に何故か那美の断末魔も聞こえた。恐らくは止めようとして巻き込まれたのだろう。人のよさが災いしたようだ。
それでも待つこと数分。ガチャリと混沌状態だった部屋の扉があき、一人の女性―――那美に真雪と呼ばれていた女性が何故か瀕死の状態でゆっくりとでてきた。いや、ゆっくりとしか動けないのだろう。
真雪は、ふらふらとゾンビが歩み寄ってくる動きで、恭也のそばまで近寄ってくると、ポンと肩に右手を置いた。
「折角来てくれて歓迎したいところなんだけど、悪い。また今度来た時に、歓迎っすから、今日はこのまま帰ってくれるか?」
「―――はい。元々そのつもりでしたから。今度は翠屋のシュークリームでも手土産で持参させていただきます」
「おお、若いのにわかってるなぁ。ついでに酒のつまみも宜しくな」
「母にでも聞いてみます」
「おっと、すまんね。あたしは真雪。仁村真雪ってんだ。少年は?」
「失礼しました。高町恭也といいます」
「おお、少年があれかー。美由希のにーちゃんって男か。ほうほう、なるほどね」
恭也が時々さざなみ寮に遊びに来ている美由希の兄だと気づいたのか、なにやら興味深そうにな視線に切り替わる。真雪からしてみれば、美由希は尋常ではない剣の使い手だ。彼女が知る限り、到底高校一年生の少女の腕前ではない。今まで出会った中でもあの年齢で考えれば圧倒的な強さを誇る。真雪が知っている限り、最高の使い手は高校一年時の【神咲薫】。だが、彼女とて美由希のレベルには達していなかった。もっとも薫は本職が退魔師だ。幾ら刀を使うからといって比較するのは少し間違っているかもしれない。
その美由希を未だ二十にも満たぬ歳で指導しているという青年。美由希曰く、底が知れない。底が見えない。彼女が足元にも及ばぬ剣士。そんな剣士を前にして真雪は―――。
―――なるほど、な。
「また後日ゆっくりと、話そうな?」
「―――はい」
この人はきっと桃子と同じタイプだ、と直感が働くも、いまさらノーといえるはずもない。
心の中で今日は年上の女性に会いすぎる厄日だとため息をつきながら、恭也はさざなみ寮を後にした。
それを見送っていた真雪だったが、恭也の姿が見えなくなって、緊張で強張っていた左手を顔の高さまで持っていく。握り拳を作っていた左手は、ガチガチに固まっていた。自分の力で開けないほどに、極度の緊張が固めていたのだ。
「きょ、恭也帰っちゃった―――かな?」
「―――ああ、帰ったぞ」
部屋から聞こえてきたか細い声に、真雪が答える。それでも部屋から出てこなかったその声の持ち主だったが、暫くたってようやく部屋から姿を現した。
その人物は言うまでもなくリスティだったのだが、本当に恭也が帰ったのを確認すると、残念なのか安堵したのかイマイチわからない表情を作る。
「あー、なんだ。【アレ】がお前のご執心の男ってやつか?」
「う、うるさいなー。べ、別に執心ってわけじゃないんだよ?ちょっと気になってるっていうか……」
「それがご執心っていうんだけどな」
ポリポリと頭をかきながら、真雪は自分の身体が震えているのに気づく。
それに気づいたリスティが、空きっぱなしの扉を指差した。
「寒いなら玄関閉めたら?」
「―――ああ、そうだな」
温度が寒いから震えていたわけじゃない。他のもっと、原始的なモノで震えていたのだ。
「あたしの眼から見て那美は、まぁ―――まだ友人レベルの好感度だからいいけど。問題はお前だな、リスティ」
「うん、何がだい?」
「―――【アレ】は、止めとけ。友人とかそんなのならあたしも口は挟まない。でも本気で惚れた腫れたをするつもりなら、あたしは意地でも止めるぞ」
「……何故かな?」
すうっとリスティの視線が鋭くなる。
「あたしの親父もそうだった。あの馬鹿は剣に命をかけてたよ。結構兄弟はいたけど、あたしが一番才能があったんだろうな。あのくそ親父はあたしに剣の全てを叩き込んできた。剣に生き、剣に死ぬ―――そんな覚悟がある大馬鹿だった。そう今までは思っていた、そう【今までは】」
はっと恐れにも似た呼吸がもれる。
これまで多くの修羅場を潜り抜けてきた。多くの敵とも戦ってきた。それら全てをぶちのめし、打ち破ってきた。自分の剣士としての腕前はそれなりに自負していた。だけど―――。
「―――【アレ】は違うだろう。【アレ】は、違いすぎるだろう。あたしの親父が剣にかけていた想いなんて、塵芥にしか見えない。そんだけ深い、闇だ。あたしじゃ理解できない。理解しようとすることもできない」
リスティに向けた瞳が揺れていた。
何時も飄々としているあの仁村真雪という人間が、底知れないナニかに触れて、揺らいでいた。
「【アレ】と同じ道を歩くってことは、きっと【普通】じゃすまない。【普通】の人間が、横に立てる筈もない。傷が浅いうちに―――止めとけ」
脅えにも似た真雪の台詞に、リスティは―――ふぁっと欠伸で返す。
「もう一度寝てくるよ。晩御飯はいらないって耕介に言っといて」
「―――リスティ」
「今度は起こさないでよね、明日も早いんだから」
「―――リスティ!!」
真雪の怒声が響き渡る。ビリっとさざなみ寮の空気が引き締まった。
何事かと部屋から顔を出してくる住人もいたが、リスティは足を止めず階段をのぼっていく。そして一階から見えなくなる手前で彼女は一旦足を止めた。
「ねぇ、真雪。ボクはね皆に感謝してるんだ」
「なにがだ?」
「ボクみたいな厄介者を、ここの皆は受け入れてくれた。耕介や愛に至っては、ボクなんかを養子にしてくれた。リスティ槙原っていう素敵な名前もくれたんだ」
普段のニヒルな小悪魔的な笑顔ではなく、無邪気な少女の笑顔で、リスティは笑う。
「でもね、過去は消せない。別に悲観して言ってるわけじゃないよ?それでも過去はやっぱり消せないのさ。この力と折り合いをつけて生きていかないといけない以上―――やっぱりボクは【普通】じゃないんだ」
「―――それは、違うだろう」
「違わないよ。でも、今はこの力にボクは感謝している。この力のおかげで―――アイツに会えたんだから」
手の平に視線を向けて、意識を集中。パチリと何かが弾ける音がして、青白い電撃が一瞬迸る。
「アイツと初めて会った時怖いと思ったよ。正直心底恐ろしいと思った。機関で会ったことがある人間なんか比べ物にならないほどにアイツは単純に怖かった。でも、それ以上に綺麗だった。美しかった。孤高だった。闇夜に蠢くアイツは―――誰よりも何よりも力強かった。【普通】じゃいられないボクは結局、アイツみたいな奴に惹かれるのも仕方ないのさ」
言いたいことだけを言い切ったリスティは、そのまま二階の自分の部屋へと戻っていく。
残された真雪はというと、暫くそこに立ち尽くしていたが、先程とは別の意味がこもったため息をついた。
「―――あんだけ言い切られたら、仕方ないか」
とりあえず、電撃で気絶した那美を起こすところから始めようと真雪はリビングへと入っていく。
恐らくは自分が何を言っても、何度説得しても無駄だろう。それがわかってしまったのだから。何故なら先程のリスティは―――。
―――恋する乙女の顔をしていたのだから。
-------atogaki-----------
非常に申し訳ないですが、このssを読んで頂いてる方々にご協力お願いしたいことがあります。
神咲楓のキャラクターなのですが、正直記憶がかなりあやふやになっています。
一応はとらハ用語辞典等を見て思い出す予定だったのですが、イマイチ詳しく乗っていません。
どんな些細なことでもいいので、楓の情報を保管お願いします。
神咲楓 【年齢】多分 薫より一か二年下なので とらハ3の時代なら二十か二十一くらい?
破魔真道剣術 神咲楓月流
【武器】小太刀? 【技】覚えてない……
【一人称】うち 【薫の呼び方】薫 【葉弓の呼び方】葉弓さん? 【那美の呼び方】那美?
神咲葉弓 【年齢】神咲三人組みで一番年上
破魔真道弓術 神咲真鳴流
【武器】弓(尹沙奈) 【技】覚えてない……
【一人称】私 【薫の呼び方】薫ちゃん? 【楓の呼び方】楓ちゃん? 【那美の呼び方】那美ちゃん
薫は楓のことは呼び捨て。葉弓のことはさんづけ?呼び捨て?それだけがイマイチはっきりしないっす
本当はこの話の葉弓の部分は楓だったんですが、キャラが掴めていないので急遽葉弓に代役になりました。
どんな些細なことでもいいので、教えていただいたら助かります。次の話が遅かったらそれで苦労してると思ってください。
あ、感想だけでも頂けたら泣いて喜びます。
ちなみに何故今更こんなふうに資料集めているかは、トップページよんでいただいたら多分わかります。
楓のキャラを全く覚えてないのがマイッチングでしたわ……
もしいまいちキャラを思い出せなかったら本編どおりにフェードアウトの方向で……プロットちょっといじくりますが。
多分後2-3話で終了です。