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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 間章6
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:636c9534 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/21 22:12











 真っ暗な雲に覆われた夜空には星の瞬きも見えず、雲の切れ間からも今夜は月の光さえも差し込んでこない。
 人口の光がなければ、数メートル先も見通すことができない暗闇。人の本能に働きかけ、闇に対する恐怖を湧き起こさせる。中国のそれなりに名が知られている港町。その港は様々な大きさのコンテナによって視界が塞がれている。
 そんな空間を疾駆する一つの人影があった。このような場所にいるには相応しくない若い女性だ。黒一色の動きやすい服装で身を固めた、背中には十字に交差するように二振りの小太刀が挿してあった。
 彼女の名は不破撥。御神流【裏】に所属する、若き剣士。龍を滅ぼすために命を捧げている女性だ。かつて葛葉弘之を刺し貫いた時の狂気は今は見せず、脇目もふらずに走り続けていた。

「―――はぁ、はぁ、はぁ」

 全速でどれだけの距離を走ったのか、本人でも曖昧になっている。それほどの長い時間を、できるだけ遠くへと疾走しているところだった。
 その姿は誰が見てもわかるが、何かから逃げている。到底手に負えない強大な脅威から離れようとしている。そんな印象を受けただろう。
 そしてそれは事実だった。彼女を追跡している相手は―――怪物だ。憎むべき龍に在籍する相手。命を賭けて倒すべき怨敵ではあるが、戦えばどうしようもないほど無意味に殺される。
 そこまでの圧倒的な実力差を感じ取った撥は、無様と感じながらも逃走を図っているのだ。
 
 御神流【裏】の当面の目的は龍の壊滅。
 永前不動八門よりも先に、龍という組織を潰すことを目標としている。本来ならば相手取りやすい永前不動八門を先に潰す予定だったのだが、急遽変更となった。
 それは御神流【裏】の中でも大きな発言権を持つ、不破咲と一姫が決めたことだ。その二人に逆らえる人間は御神流【裏】にいるわけもない。強いて言うならば、不破和人と青子の二人ならば異を唱えることもできるが、その二人もあっさりと賛成したため、最初に叩き潰す組織は龍ということになったのだ。
 
 長い時間をかけて龍の情報を調べていたこともあり、この都市に龍の枝葉の一つとなる下部組織があるということは掴めていた。そこに奇襲をかけ、組織の人間を皆殺しにしたところまでは順調だった。だが、運命の悪戯か、悪魔の気紛れか―――この都市には一人の怪物が丁度運悪く訪れていたところだった。

 その怪物の名は―――劉雷考。
 御神流【裏】が最も殺すべき怨敵として狙っている相手でもあり、それと同時に最も注意をしている怪物でもある。
 龍の最強戦力と言われているのは伊達ではない。生半可な戦力では返り討ちにあうのは明白。そして、それは撥であっても例外ではなかった。
 ただひたすらに地面を蹴りつけ、空気をかきわけていく撥の脳裏に、数十分ほど前の会話が蘇る。


















「そしたら、龍の下部組織の【蛇】ば叩き潰しにいこうか」

 普通の家とは異なり、巨大な屋敷を囲むようにそびえたっている灰褐色の壁の前で緊張感なく不破一姫が背後に控えている多くの人間達に語りかけた。
 一姫の後ろには不破咲が無表情で立っており、その背後には男女が一人ずつ緊張感なく、背伸びをしているところだった。男は不破和人。そして女性の方は、和人とほぼ同じ身長で、黒髪のセミロング。挑戦的な釣り目が特徴だったが、顔には全くといって良いほど感情が浮かんではいない。不自然なほどに、彼女には感情というものが見受けられなかった。
 御神流【裏】で実力の順で数えるならば、一姫と咲に次ぐ実力者。神速の申し子とも呼ばれる女性。和人の双子の妹でもある不破青子だ。
 そのほかにも、不破六花や不破撥。それ以外の年若き剣士達も数多くその場にいた。

「ああ。一つだけ注意しておくことがあったとよ。もしも、六色とか呼ばれる変な奴らがでてきたら、必ず複数で戦うこと。よか?」

 コクリと全員が無言で頷く。

「咲さんと和人と青子はタイマンでもよかと思うとよ。それと最悪の事態も考えとくけど、六色でも、【白】の名を持つおっさんと劉雷考。こんどっちかと出くわしたら戦うことば考えんでもええから。とにかく逃げるよーに」

 そんな一姫の台詞にざわりと一瞬ざわめくも、反論の言葉は出なかった。
 一姫が言うことに間違いはない。つまり、彼女が名をだした二人には、自分達では到底及ばないということだ。腹が煮えくり返る思いではあるが、力が無いのだから反論をすることはできない。悔しければ更なる鍛錬を積み、強くなればいい。

「もし白陰と劉雷考のどっちかと遭遇したら必ずうちか咲さん、和人か青子に連絡ばするように。うちだったらタイマンでぶち殺すけど―――咲さん、和人、青子の三人は必ず二人以上で戦ってくれんね」

 彼女の念押しに空気が緊張していく。
 御神流【裏】の中でも飛びぬけた実力者である三人でさえも、二人がかりではないと戦ってはならないと一姫が語ったからだ。それほどに強いのかと、緊張で喉が渇いていく。

「まぁ、多分今日は会わなか。これから先、出会った時は絶対に約束ば守るよーに」

 全員が理解できたのを見渡して、不破一姫は―――。

「そしたら、皆殺しにしよーや」

 氷点下を思わせる微笑を浮かべ―――御神流【裏】が動き出す。

















 短い回想を終えた撥は、背後を気にしつつも足を止めることは無い。
 既に一姫には連絡済みで、兎に角自分が駆けつけるまで戦おうとせず、逃げに徹しろという有り難いお言葉を先ほど頂いたばかりだった。
 確かに真っ正面から戦いを挑んでいれば、今頃は敗北していたのは間違いない。ひたすら逃げているからこそ、命を繋いでいられるのだ。一姫が語った戦力の差は決して間違ってはいなかったのだ。
 潮くさい空気が鼻につく。暗い夜波がざぱんっと音を響かせた。
 その時、撥の本能が悲鳴をあげる。これ以上先に進むなと、足を止めろと。理由はわからなかったが、彼女はその場で急停止をする。戦いの中で磨き上げてきた勘を馬鹿にするべきではない。何度も命を救ってくれた、信じるに値するものだ。

 厚い暗い雲が一瞬切れ目を見せ、淡い月光が周囲を照らす。
 撥の随分と先のコンテナの上。二メートル程度の高さで腰をおろし、両足をぶらぶらと揺らしている人影。
 有り得ないと悲鳴をあげそうになる。遙か後方に置き去りにした筈の男―――劉雷考が、欠伸をしながらそこにいた。

「鬼ごっこはもうお終いだ。ゲームは嫌いじゃねーんだが、鬼ごっこは残念だけど好みじゃないんだ」

 コンテナから飛び降りた劉が、面倒くさそうに両手をズボンのポケットに突っ込みながら歩み寄ってくる。
 無造作とも言える彼の動きだが、迂闊に攻撃することはできない。劉雷考という一人の人間の背に見えるのは、人では為し得ない黒い闇が渦巻いていた。龍に対して果てしない憎悪を抱く不破撥でさえも、飲み込まれそうになるほどの巨大な負の塊。

 逃げるべきか戦うべきか、二つの選択肢のどちらを取るべきか迷ったのは一瞬だった。
 それこそ一秒にも満たない迷いともいえない時間。そのたった一秒が勝敗をわける。意識の空白に割り込むように劉の肉体が、撥との間合いを詰めた。彼の動きは特別速かったというわけではない。歩いている状態から一気に最速へと至った異常な脚力が為せる速度。動きの緩急が生み出した落差が、撥の反応を遅らせた。
 左足がコンクリートの地面を踏み割り、鋭い右前蹴りが流れる水が如き自然さで放たれる。槍を連想させる鋭さで、撥の隙をつき腹部へと叩き込まれた。だが、予感していた感覚は蹴り足に訪れはせず、空を切る。
 反応が一拍遅れた撥だったが、後方へと転がるように離脱していた。まさか避けられるとは考えていなかったのか、ヒュウっと劉が口笛を吹く。

 その瞬間―――撥は脳内のスイッチを強制的に切り替えた。
 憎き仇敵に気圧されていた己を恥じるように、深く息を吸い込み全身に行き渡らせる。激しく全身を叩く脈動。
 目に見える視界全てがモノクロに染まっていく。その世界は神速と呼ばれる、人の限界を超えた絶対速度。音を立てて世界をモノクロに染め上げていく中で、バキリと不協和音が鳴り響く。
 撥は驚きで目を見開く。モノクロへと染まっていくはずだったその世界は、時を戻すかのように通常の色合いへと戻されていく。両手を広げ、空間を浸食していった劉雷考はきょとんと驚いた顔で、呆然としている撥を見下ろしている。

「……おいぃ? まさか、【これ】が奥の手か?」

 心底驚いたのか劉は確認を取るように撥に訪ねる。対する撥は、言葉もなかった。
 御神流において奥の手とされる秘伝。神速の世界に軽々と踏み入ってきた怪物は、はぁっと深い失望のため息をつく。
 
「この程度でどうにかなると思ってたのか、お前さん?」
「……っ」

 呆れた様子の劉が、ふんっと鼻を鳴らす。
 神速の世界をこの程度と言い切った彼に対して、撥は歯噛みした。確かに撥の神速は完成されているかと問われれば首を横に振らねばならないだろう。まだまだ未熟な神速とはいえ、ここまであっさりと破られるとは思ってもいなかった。

 そんな葛藤をしているとはいざ知らず、劉は台詞とは裏腹に内心では多少驚いていたのだ。撥が発動させた神速の世界は、それほど頻繁に見られる動きではない。それなりに腕がたつ者も多い龍でさえ、数えるくらいの人数だ。それこそ、この世界に侵入できるほどの者ならば六色に抜擢されてもおかしくはない。
 つまりは、劉雷考は言葉ではどうであれ、不破撥という剣士を少なからず認めていた。勿論それをわざわざ相手に告げる必要もなかったため、口には出していないのだが。
 そして神速の世界程度では劉に対抗するのも不可能なのもまた事実。

「まぁ、お前さんが属している組織とか、吐いてもらうとするか」

 空気が引き締まり、圧縮されていく。
 集中力を高め、撥は意識を目の前の怪物の動きを見逃さぬように張り巡らせる。
 防御と回避に徹すれば、如何に劉雷考が相手といっても時間稼ぎくらいはできるはず。そう判断した彼女が背の小太刀を二刀引き抜こうとしたその時、脇腹に衝撃が叩き込まれた。
 鉄のハンマーを振り抜かれたと錯覚するほどに重い衝撃。骨がひしゃげ、砕ける音が無情に響く。横に逃げて少しでも衝撃を逃がそうと試みるものの、時すでに遅し。撥の行動よりも速く、劉の右回し蹴りが左脇腹を打ち抜いた。斜め上から振り下ろされた蹴撃は、威力を僅かたりとも損なわず、彼女の身体を弾き飛ばしコンクリートの地面に激しく叩きつけた。

 頭を打ち付けることだけは受け身を取ることによって回避したが、脇腹から全身に広がっていく激痛に歯を食いしばる。咄嗟に地面に片手をついて、跳ね上がった。視線を前方に向け自分を蹴り飛ばした張本人へと向けると、両手をポケットに入れたままの態勢で歩み寄ってきているところだ。
 撥の両手が霞む。ひゅっと何かが飛翔し、暗闇に紛れて飛針が二本劉へと迫る。
 視認も難しい速度で飛来した飛針を気にするでもなく、僅かに身体を左右に動かすことによって避けきった。身体を通り抜けた二本の飛針は背後のコンテナに金属音を奏で突き刺さる。

 飛針で時間を一秒たりとも稼ぐことができなかった撥は地面に着地すると同時に腰の小太刀を引き抜いた。
 だが、それはあまりにも遅く―――劉の左蹴りが鞭を連想させる勢いでしなる。その蹴りは撥でさえも反応することは許さずに、先ほどとは逆側となる右脇腹を抉る。再度鉄の固まりを叩きつけられ、破壊の鉄槌が牙を剥く。肺の中の空気が暴れ回り、呼吸が活動を停止した。
 今度は放物線を描き、宙に浮かび上がった撥は、霞む視界の中、必死になって劉の姿を追うが、彼の姿は見あたらない。まるで煙のように消え去っていた。
 いや、彼はいた。消えたわけではなかった。空中へと投げ出された撥の後を追って、劉は空を駆けていただけだ。反撃を行おうとするもそれを許す劉はでなく、ポケットから抜いた右手で頭を掴むと振り回すように投げ飛ばす。
 今度は受け身も許さず、投げつけられた方向に置かれていたコンテナに激突した。圧死しそうな衝撃が背中から突き抜けてくる。ベコンとコンテナが人型にへこむ。

「―――っ」

 悲鳴はあげない。あげる暇があったならば、小太刀を振るう。彼女もまた骨の髄まで剣に染まった御神流【裏】の一員だ。もはやこの怪我では逃げることは不可能。ならば、とれる手段はただ一つ。己の命をかけて、劉雷考という怪物に、刃を叩き込む。今更怯えることなどあるものか。痛みに敗北することなど認めるものか。例えここで散ろうとも、近い未来この怪物と戦う者のために、腕の一つでも奪っていくのが、我が役目。

 肋を折られ、砕かれ、内蔵を痛めた彼女ではあるが、その眼光に揺らぎは無し。これまで以上の鋭さを秘め、危険な殺気を滲ませながら不破撥は小太刀を構える。コンテナにぶつけられ耐え難い激痛に襲われながらも、彼女は自分の相棒から手を離してはいなかった。
 
 危うい気配を漂わせる手負いの獣を前にして、劉は驚きも、警戒もせずに近づいていく。
 彼の瞳は目の前の女をどう痛めつければ楽しめるのか。それだけを考えているのか、サディスティックな暗い光を灯していた。
 足音もたてずに、無音で間合いを詰めていく劉が―――突如足を止める。そして、慌てて身体を捻りその場から大きく離脱した。そんな劉の姿に不審を抱くも、それも一瞬。暗闇がゆらりと揺れて、その理由が判明する。

 見事なほどに完璧に、気配を周囲の空気と同化させていた不破咲が、大きく距離を取った劉が一時前までいた場所に舞い降りてきたからだ。上空からの切り落としが、何もない空間を断ち切った。完全な奇襲を避けられた咲は、顔をかすかに歪め、音もなく着地した場所で油断なく小太刀の切っ先を劉に向け、威嚇するように睨み付ける。

「おいおい、何かと思えばババァかよ。また人間離れした奴だな、おい」

 自分の前に突如として現れた老婆を観察していた彼は、頭をかきながらそうぼやく。
 咲の気殺はあまりに見事で、劉でさえも気づくのに遅れてしまった。間一髪で察知できたとはいえ、ここまで慌てさせられたのも実に久しぶりだ。
 その奇襲と、相対しただけで生半可な相手ではないのは明らかで、今日は厄日だと肩をすくめた。元々劉は日本へと向かう為にこの港町に来ていたのであって、今夜にも旅立つ予定だった。それなのにまさか、今まさに出立しようとしたところで龍の下部組織が襲われるとは予想外もいいところだ。
 
 一応は龍に所属している以上、無視して出発するということもできず襲撃していた御神流【裏】の人間を適当に相手取ろうと考えていたが、まさか適当で済ませれないほどの強敵が混じっているとは思ってもいなかった。

「ああ、くそ……面倒くせぇな」

 本音が口から漏れる。劉雷考という男は別に戦闘狂というわけではない。
 単純に絶望した人間の表情が好きなだけだ。それを見るために、彼は力を行使する。
 強敵ならば罠を仕掛け、搦め手で相手を沈める。絶望した顔を見れるのならば苦労は厭わないが、それでも楽に見れるのならばそれにこしたことはない。彼は戦闘狂ではなく―――戦闘凶と言い換えたほうが正確なのかもしれなかった。
 そして劉が口に出したように、不破咲という剣士と真正面からぶつかりあうのは骨が折れるのは間違いない。

 それに対して、咲の目つきが尋常ではないほどに冷たく、鋭く変化する。
 殺意と憎悪がぐちゃぐちゃに混ざり合った、地獄の餓鬼でも震え上がらせる灼熱の黒炎が燃え上がった。その幻想の黒炎は、あたかも実体を持っているかのように燃え広がっていく。コンテナも、地面のコンクリートも何もかもを焼き尽くしても止まらない。そんな錯覚をも感じさせるほどに、熱くも冷たい狂炎だった。
 動くことも侭ならない撥に肩を貸してこの場から離脱しようとしている六花が、劉の視界に映るもそれを止めることはしない。一々死に掛けの人間に拘っていたならば、目の前の人の姿をした悪鬼に命を刈り取られる。それくらいは劉にもわかっていた。
 撥と六花が暗闇に紛れ、姿を消す。そして気配も徐々に遠ざかっていくのを確認した咲は、小太刀を握る手をさらに強めて、身体中に巡っている殺意を押し殺すように言葉を紡ぐ。

「劉雷考。懺悔も謝罪も何もいらない。お前はただ―――」

 さらに殺意は拡大。信じられないほどに小さな老婆が放つ気配は、身体に反比例して濃密で、強大。
 劉をして息を呑ませるに値した、人間とは云い難い殺意の塊だった。 

「―――死ね」

 老婆の速度は尋常ではなく、劉の余裕を完全に奪う領域に達していた。
 現実ではありえないと誰もが言い切るだろう、俊足。達人であっても視認はおろか、初動も見切るのは難しい。
 神速の世界に突入した老婆に、劉は恨み言の一つでもぶつけてやりたい気分に陥っていた。撥の未完成の神速とは異なる領域。壮麗なまでに美しくも完成された、無駄一つない超俊足。瞬き一つすれば、老婆の小太刀が自分の首を切り落としている。そんな予感を漂わせて、彼女は駆けた。

「―――まじ、かよ。こいつは、冗談じゃねぇぞ?」 

 人を馬鹿にした笑みが消え、真面目な表情となった劉の首元に一直線に飛来する一矢。躊躇いもなく、己の全速全力で命を奪いにきた咲から逃げるように大きく横手へと逃げ延びる。
 それを追って、咲の突撃が急激に進路を変更。まるで追跡弾の如き勢いで、死が近づいてきた。
 迫る切っ先に眉を顰め、最早避ける手段も防ぐ手立ても無いと思われたこの瞬間―――何故か、劉のはぁっと深いため息を咲の耳は聞き取った。
 劉を串刺しにするはずだった一突きは、至極あっさりと彼の喉元を抉り貫く。
 ただし、手応えは何もなし。貫いたのは彼の残した残像だ。

 ガガっと地面を擦りきるように両足がブレーキをかけて、勢いを殺す。
 迷い無く視線を向けた方向に、劉の姿は確かにあった。その距離五メートル。一瞬とはいえ、彼の動きを見逃した咲は油断なく彼へと小太刀を再度向ける。
 
「くっそ、いてぇな。【コレ】は、滅多に使わないから筋肉が悲鳴をあげんだよ」

 腰をトントンと叩き、軽く背筋を曲げる。
 余裕綽々な彼に先程と同じ様には攻めてかかれない。彼の動きは一瞬とはいえ、咲の理解を超えた領域へと踏み込んでいたのだから。神速の世界に入ってなお、掴み取れない迅速の回避。それはつまり―――。
 改めて劉雷考の戦闘能力に驚嘆を抱く。【あの】領域に自在に入ることが出来ている人物を、咲とてそうは知らない。
 本来ならば咲も突入可能なのだが、老いた彼女の肉体は、尋常ではない負荷に耐え切れない。恐らくは一度使用すれば、肉体の限界に達してしまうあまりにもリスクが高すぎる奥の手だ。
 だが、目の前の劉という男の言葉を信じるのならば筋肉が悲鳴をあげる程度で、その世界に侵入可能ということだ。果たしてそれが真実かどうかなのかはわからない。しかし、確実に言えることがある。それは彼もまた、御神流でいう―――神域を使いこなすには至ってはいない。もしも神域を自在に操れるのならば、咲の攻撃をかわすだけで済ますはずがない。つまり、回避を選択する余裕しかなかったのだ。

 急激に固まっていく空気に、両者の雰囲気も変化していく。
 へらへらとしていた劉もようやく咲を認めたのか、どのような行動でも取ることができるように重心を若干落とす。
 
「―――面倒くせぇし、次で終わらせるぞ」

 それでもなお、小馬鹿にした口調で語る劉は再度ポケットに両手を突っ込む。
 咲ほどの実力者を前にして、その行動はあまりにも危うく、命取りとなる行いだった。それを見た咲の次の一手を打つのは速い。頭で考えるよりも、身体が勝利を掴むために躍動した。 
 
 これまで以上の速度と、タイミングで咲が間合いを縮めていく。
 対して劉は慌てるでもなく、ポケットから手を引き抜くと―――その手に持っていた【何か】をひょいっと軽く前方へと投げつける。それは十センチ程度の球型の金属物。咲は一瞬それが何なのか理解できなかった。いや、何かは分かったのだが、まさかという気持ちが邪魔をしたのだ。何故ならばその球型の脅威は―――手榴弾。自分を巻き込むだろう近距離で、安全装置を外し投擲するなどとは誰が考えるだろうか。
 手榴弾を投げつけられた咲の脳が高速で回転する。進むか退くか、どちらを選ぶのか。
 
 これは劉雷考の罠だと脳の冷静な部分が告げてくる。間違いなく手榴弾は火薬が抜いてある。そうでなくては、咲だけではなく劉自身も無事ではすまない。勝ち目も何もない、やけくその神風アタックならばまだわかる。だが、今の状況はそういったものではないのだ。少なく見積もっても戦力は拮抗しているわけで、勝敗はどちらに転ぶかわからない。ならば、自分が巻き込まれるかもしれないといった自爆行為を取るはずがない。取るはずがないのだが……。

 その一方でほんの僅かな不安がよぎる。この男ならば、劉雷考という凶人ならば、そんな馬鹿げた行動を取るかもしれない。
 逡巡。躊躇。それは一秒を分割した思考の隙間。その結果咲は、直進するという選択肢を取った。憎き怨敵に背を見せるという行動を取ることを良しとはしない。あまりにも深い憎悪が、彼女の目を曇らせた。
 突撃してきた咲を見た劉は、邪悪な笑みを浮かべて―――。

 球型の脅威は、咲の思惑を超えて破壊を撒き散らした。
 咲の背後。劉の前方。二メートル程度の距離で、爆炎を巻き起こす。破壊と爆風の衝撃波が、手榴弾を中心に広がっていく。焼け付くような痛みが咲の背中を襲ってきた。多少は火薬を抜いてあったのか、本来の威力にはほど遠いとはいえ、それでもこれほどの近距離で発動すれば、殺傷能力は恐るべきものであり、咲だけでなく劉をも飲み込み周囲一帯を破滅の煙が包みあげた。

 吹き飛ばされ地面のコンクリートに叩きつけられた咲は、激痛に即座に立つことは出来ない。背中は焼けただれ、地面にぶつかった衝撃で右腕が動かない。確認するまでもなく、骨が折れていた。握っていた小太刀を探すが、煙が邪魔して見付けることが出来ない。僅かに開いた煙りの隙間に、煌めく小太刀が一本見えた。咳き込みながら、地面を這いずって小太刀へと左手を伸ばす咲だったが。

「いやいや、惜しかったなババァ。まともにやりあったら俺でも苦戦したわ。少なくとも白陰のおっさんとも渡り合えるぜ」

 ぐしゃりっと鈍い音が響く。小太刀へと手を伸ばした左手の甲を、煙に紛れて現れた劉が踏みつぶす。地面に踏み付けられた手を、力一杯踏みにじられたため、鈍痛が左手を支配する。全体重をこめて踏まれた手の甲の骨がベキリと砕けた。
 それでもこの場から逃れようと、痛みに耐えて手を足の下から引き抜こうとした瞬間を狙って、劉は隠し持っていた短剣を投擲する。その数二本。容赦なく咲の両足のふくらはぎへと突き刺さり、彼女の機動力を奪った。次々と襲ってくる痛みに歯を食いしばることによって我慢していた咲の努力を嘲笑い、すくいあげる前蹴りが、老婆の小さな肉体をボールのように跳ね上げる。上空へと蹴り飛ばされた咲は、後方へと受け身も取れずに落下。耳障りな衝突音がその場に轟く。

「……くっ……かふっ……」 
 
 赤黒い液体を喀血。両手両足を潰され、身動き取れなくなった咲を冷徹に見下ろす【無傷】の劉。それはあまりにも不自然極まりない姿だった。如何に手榴弾が爆発する手前に咲がいたとはいえ、あれだけの爆撃を前にして怪我一つしてないというのはおかしすぎる。
 口を動かして何故だと問いかけようとするが、言葉に出す力も今の彼女には残されていない。
 言葉にならない疑問だったが、劉には届いたようで、くひっと笑みを浮かべ―――。

「奥の手ってのはな。いくつも持っているからこそ意味があるんだぜぇ?」

 咲の視界に黄金の光が目映く輝く。目を焼く光量の迸りを見せながら、劉雷考の背中に出現する一対の翼。皮肉なことに天使を連想させる荘厳さと流麗さを併せ持つ、金色の羽がばさりと揺れた。それはリア―フィンと呼ばれる、光の翼。
 

「……H……G……S……?」
「正解だ。知ってるか? 俺達【龍】ってのはHGSの専門機関もあるんだよ。まぁ、けっこー昔に一カ所は潰されちまったがな」

 嗤い続ける劉の手にバチリと青白い電光を纏う。
 爆撃にて無傷で耐えきったのは、単純な話で―――これが答えだった。
 人を超えた超能力を誇るHGS。彼は衝撃が届く前に、自分の周囲に結界を作り出して衝撃を防いでいた。
 彼にとっては自爆でもなんでもない。相手だけに致命傷を与える、ただの攻撃でしかなかった。

 身動き取れない咲に近づくと、右手で彼女の首を掴み宙へと吊り上げる。ミシミシと骨が軋む音が響き、呼吸を止められた。
 意識が遠のいていく。ここで死にたくはない。まだ復讐は始まったばかりなのだ。龍にも永全不動八門にも何一つ手を届けてはいない。それなのにこんなところで―――。

「本当なら色々と聞き出さないといけねーんだけどな。俺の経験からお前さんみたいな輩は生かしておくと絶対に碌なことにならねーし。まぁ、死んどけ」

 掴んでいた腕から超高熱の電撃が巻き起こされる。咲の首から全身に迸った。雷に打たれたかのようにビクンと彼女の身体が反る。ぶすぶすと黒い煙があちこちから立ち昇り―――。
 心臓が鼓動を止めたのを確認した劉は、その場に咲の死体を落とすと、背中に出現させていたリア―フィンを消失させる。
 ふぅっと肺の中の空気を吐き出すと、ゴキゴキと首を回し骨を鳴らしながら咲の死体から離れていく。すると劉が歩く方向のコンテナの影から、数人の黒服姿の男達が姿を現した。

「お前ら、あのババァの死体の始末任せたからな」
「はっ!!」

 全員が恐怖を滲ませ、敬礼で答える。
 情報によれば蛇を襲撃した人間はまだまだいるのだが、劉からしてみれば最低限の仕事はこなしたと言い張ることが出来る。それに咲との戦いでリア―フィンを具現化させたせいで随分と空腹を感じてきた。人智を超えた力を発動させることができる分、エネルギーの消費が半端ではない。HGS能力者という点で見れば、劉はそれほど卓越した能力者というわけではないのだ。それこそ数年前に龍という組織でも話題になった【エルシー・トゥエンティ】という化け物ほどではなく、世に数多くいるHGS能力者の一人としてしか認識されてはいないのだが、問題は彼の異常性。生身でも超一流という戦闘者でありながら、HGS能力者としての超能力も持ち、狂気を漂わせる異常な思考。それ故に肉弾戦では龍最強とされる白陰でさえも、劉には及ばない。
 
「―――まぁ、お前さんがもしももっと若ければ勝敗は逆だったかもしれんがね」

 誰にも聞こえない声は、夜の闇に散る。
 珍しくも、それは劉という凶人が送る最大限の賞賛だった。そしてそれは限りなく事実にも近い。
 不破咲という剣士は、理想とも云える御神の剣士だ。七十五年という三四半世紀の間磨き続けた、現存する御神流最高の技術を持つ。この世界で御神雫や恭也にも匹敵する可能性を秘めた女性だ。身体の限界を顧みないのであれば、神域の世界にも突入できる技量。彼女に足りない部分をあげるとすれば、年齢からくる体力の低下。その不安故に、彼女はどうしても戦闘を最速で終わらせようとする癖があった。長期戦ともなればなるほど勝利が遠のくのだから、それは仕方のない話だったのかもしれないが―――。

 近くの波止場に止めてあった巨大な船のタラップを渡りきったところで、劉の後を追うように一人の男性が駆け足で近づいてきた。見知った相手だったため、その相手―――白陰に手を振って迎える。
 よく見てみれば、仕立ての良い黒スーツが所々切り裂かれていた。彼が普段好んでつけているサングラスも、つけていない。頬や両手両脚に小さな刀傷も見受けられる。

「よーう、どうしたん、おっさん? そんなぼろぼろになって」
「……お前があの屋敷にいた化け物どもの後始末を押しつけてきたんだろうが」
「くっひっひっひ。白陰ともあろう方がそんな弱気を吐く相手でもいたのか?」
「知っていて任せたくせに……。何やら変な日本語を話す剣士は、正直骨が折れた。下手をしたら死んでたぞ」
「やっぱりな。まったく、めんどくせぇ奴らだったわ」

 その時プオーンと警笛が鳴る。船員が慌ただしく動き始め、出港の準備を開始し始めた。
 そんな船員を見物しながら、死線を軽々と潜り抜けた怪物二人が―――日本の海鳴に到着する日も近い。

 一方波止場に残された六人の黒服達は、劉の姿が見えなくなって暫くたっても緊張した様子を崩せなかった。
 彼が乗る船が警笛をあげて沖へと出て行ったのを自分たちの目で確認してようやく、安堵したように胸をなで下ろす。劉という存在は、どんな気まぐれで自分たちに牙を向けるかわからない。
 どんな言葉が彼の気に障るかも分からない。取り扱いを間違えれば爆発する危険物。それが龍という組織での、劉雷考という人間に対する認識だった。

「後始末を急ぐか」
「おう……」

 黒服二人が、凄惨な死に方をした小さな老婆の死体を担ぎ―――。  


























 ―――ピチャン。

 水滴が水に落下する音が奇妙なほどに耳に残る。
 それが目を覚ますきっかけとなり、咲は目を開けた。何かで固められたと勘違いするほどに異常に重い瞼をゆっくりと開ける。
 頭が普段通りに働いてくれないのか、ぼうっと霧が掛かったように思考がまとまらない。
 果たしてここはどこだろう。いや、自分は何故ここにいるのか。さきほどまで何をやっていたのか。
 記憶があやふやで、どれ一つとしてまともに思い出すことが出来ない。ぶるっと全身が寒さで震え、そのついでに頭を左右に強く振った。
 よく見てみれば、彼女が立っている場所は不思議な場所だった。周囲は数メートル先も見通せない霧が覆っていて、踏みしめる地面は真っ白な砂浜。視線の先には、対岸が見えない巨大な湖―――いや、もしかしたら海なのかもしれない。
 
「……ここ、は?」

 彼女自身で驚くほどにかすれた呟きだった。
 喉がひりついて、言葉に出すのも辛い。何故かわからないが、不破咲はそんな状態だ。
 時間が経過するに従って、靄がかった思考が少しずつクリアになっていく。そして、今先ほど何が起こったのかを思い出す。その瞬間―――ズシンっと大地を揺らす衝撃が巻き起こる。
 真っ白な砂浜に拳を叩きつけ、歯を食いしばった般若の形相の彼女が、己の不甲斐なさを悔やんでいた。
 御神流を滅ぼした張本人。元凶。憎むべき怨敵を前にして、結局は何も出来なかった。HGSであることを知らなかったのだから仕方ない―――そんなことが許されるはずがない。一太刀も浴びせることも出来ず、何も残せなかった惨めさ。自分の生きてきた長い人生が全くの無価値に終わったことに、激しい憤りを感じる。
 拳が痛むのを気にせず何度も何度も砂浜を叩きつける。その度に、巨大な打撃音が周囲に響き渡った。

「―――あらあら、随分とお怒りになっていますね」

 他に人間が居たとは思っていなかった咲が、ビクリと反応をして慌てて声がした方に顔を向ける。
 その視線の先、透き通るような美しい水の上に一人の女性が立っていた。それにぎょっとする咲だったが、決してそれは目の錯覚ではない。彼女自身が光を発している勘違いするほどに美しい女性。煌めくのはプラチナブロンドの長い髪。笑顔を絶やさぬ、異常なまでの圧力を感じさせる雰囲気。水に立っている足元には波紋が幾重にも生み出されている。その女性を思い出した咲は、無意識に胸元で主張しているネックレスについた宝石を撫でようとして、そこに宝石がないことに気付いた。 

「……あな、たは……」
「お久しぶりですね、不破咲さん。お元気でしたか?」
「……いえ、さきほど死んだばかりです」

 微笑を崩さない女性の挨拶は、先ほどのことを思い出していた咲にとっては皮肉としか言いようがなかった。
 間違いなく死んだというのに、元気も何もあったものではない。だが、そこで怒りで支配されていた頭がようやく少しだけ冷静になって―――はたっと気付く。

 ―――何故、五体満足な状態なのか。

 四肢を潰され、背中は焼け爛れ、肋骨も砕き折れ、そんな状態だったというのに、今の咲は普段通りの肉体なのだ。痛みもなく、不自由な箇所もない。
 それとも【ここ】は死後の世界とでもいうのか―――。

「はい、半分は正解ですね」
「っ!?」

 まるで心を読んだかのような女性の言葉とタイミング。
 そしてようやく気付くことができた。女性が右手の手のひらで転がしている宝石が、自分が身につけていた物だと言うことに。

「【ここ】は貴女の精神世界。貴女が死ぬと同時に私が入り込めるように細工をさせていただいていました」
「精神、世界?」

 聞き慣れない単語にキョトンと首を捻る咲に対して、女性は続ける。

「生憎と時間がありませんので手短に用件を済ませますよ? 不破咲さん―――貴女には二つの選択肢が与えられています。一つはこのまま生を終え、輪廻転生に従い新たな運命の下を生きるというもの」

 人差し指を立てて、にこりと微笑む。
 だが、咲にはそれに見とれることは出来なかった。その笑顔はどこか咲を見下していて―――。

「もう一つは、【全て】を投げ打ってもう一度この世界を生きるという道です。ただし、こちらを選べば【全て】を犠牲にしてもらいます。生と死をあやふやにするんです、それくらいは覚悟してください。具体的にいうならば、貴女の輪廻転生は【ここ】で終わりです。もはや貴女には【次】などありません。この世界で死ねばそれが【貴女】という魂の消滅です。未来永劫、ここではないどこかで苦しみ続けなければならないでしょうね」

 中指を立てて、指を二本―――咲に見せつける。
 そして、女性の語った二つの選択肢。本来ならばよく考えて答えを出さなければいけないのかもしれない。だが、不破咲という老婆に取って、それは選択肢と成り得ない。

「私は、生きなければなりませぬ。生きて、生きて、生きて―――龍を滅ぼさねばならないのです。そのためならば、どのような代償でも払いましょう。次の生などいりませぬ 」

 至極あっさりと選択肢を選んだ咲に対して、女性は聞き返すことはしなかった。不破咲という人間は必ずその選択肢を選ぶと知っていたから。
 右手で弄んでいた宝石を咲に向かって放り投げる。放物線を描き、咲の手元へと戻ってきた宝石はズシリと異様な重量を伝えてくる。

「残念ながら貴女の肉体はもう死んでいます。よって、その【宝石】で叶える願いは貴女という自我を宿した肉体の再構築です。思い描いて下さい。そうすれば、貴女のイメージそのままに―――宝石は願いを叶えてくれるでしょう」

 宝石を両手で胸に抱きしめた咲は、強く願う。
 再び元の世界に戻れることを。御神流【裏】の若者達を導けることを。龍を、永全不動八門を滅ぼすことを。劉雷考をこの手で殺すことを。そして―――不破恭也と共に在り続けることを。
 不気味な光が、質量を持って拡散。広がっていった光が急激に収縮。空間が軋む音がこの世界に響き渡り始める。
 宝石から発せられる尋常ならざる力の発露に、咲の身体が包まれて消えてゆく。咲だけではなく、砂浜が、霧が、湖が―――白い粒子となって消失していく。その時、目映い輝きがよりいっそう強くなり、咲の全てを白く塗りつぶした。
 意識が遠のいていくその刹那、女性は優しく微笑んで―――。 
 




















「次死ぬときは、【少年】の目の前で死んで下さいね?」

 未来視の魔人は一人、残酷にそう語る。
   
























 その瞬間、一体何が起きたのか理解できた人間はいなかった。
 老婆を担いでいた二人の黒服の男達が、背後にいた四人と目線があったのだ。真っ正面を向いているはずの二人が、どうして背後にいる四人と視線が合うのだろうか。
 それは、簡単な話で―――男二人の首が百八十度曲がっていただけのこと。身体だけは正面を向き、人体構造上不可能な筈の状態。その不自然さに気がついたのは、二人の黒服が地面に崩れ落ちてからだった。無理矢理に頭を捻られ、首の骨が折られていた。突然の惨劇に悲鳴をあげそうになった四人だったが、夜の静けさを破ることは出来ずに終わる。
 飛来した飛針が二人の喉に直撃。深く突き刺さった鋭利な針に気がつくと同時に、ごぼりっと血を吐いて倒れふす。残された二人は何が起きているのか、結局はわからないまま死角からの蹴りが一人の首をへし折った。
 残された一人は、怯えた視線で周囲を見渡しながら―――背中を強打されて意識を手放した。

 そんな戦闘とも呼べない戦いが終わったと同時に、厚く黒く空を覆っていた雲が晴れていき、月がついに地上を照らす光を落とす。
 その光が、夜の闇を切り裂き、この場に立っている唯一の人間の姿を浮かび上がらせた。
 周囲に倒れている男達よりも頭二つ分は低い小柄な肉体。日本人形を思い出させる艶のある黒く長い髪。張りのある、瑞々しい果実のような美しい裸体。水分を含んだ唇が、白く神聖さを感じさせる裸身の中で赤く照り輝いている。鼻筋がすうっと通っており、若干吊り目になっている顔立ちは、勝ち気な印象を与えるが、それを含めて人の目を引きつける可愛いらしさだった。
 少女は男の死体の胸元から見えていたハンカチを拾うと、長く伸びている髪を後ろで括る。ついでに男のスーツの上着を剥ぎ取ると、裸体の上から羽織った。身体の小ささが功を奏したのか、上着を着ただけで太股近くまでの裸体を隠すことができたが、上着の合間から見える胸と半ばから見える太股が、男性の欲情を誘うほどに艶かしい。
 外見からはせいぜいが十代半ばから二十にも満たない程度の小娘にしか見えないかもしれないが、健康的な色気と、危うい色気が混ざりあい、同居し、異様な魅力を醸しだしていた。

 地面に転がっていた抜き身の小太刀を二本手に取ると、同じく傍にあった鞘に納める。金属音が高鳴った瞬間、少女にとって見に覚えがある気配が幾つか近づいてきて―――姿を現した。
 常におっとりとした雰囲気の一姫が、珍しく鬼気迫る表情をしている。それは一姫だけではなく、彼女の背後についてきていた和人と青子も例外ではなく、切羽詰っている様子だった。
 そんな三人は血の海に佇んでいる半裸の少女を目の前にして―――動きを止めた。
 鬼気迫っていた表情は変化し、ぽかんっと呆けたように目と口を大きく開ける。

「……えっと……咲、さん?」
「ええ。そうですよ、一姫。それはそうと謝らなければなりません。劉雷考を逃がしてしまいました」
「え? え? え? え?」

 感情を見せない青子が、驚いて半裸の少女―――不破咲の頭のてっぺんから足の爪先までを視線を何度も往復させる。
 和人は一旦目をつぶり、暫くたってあけてみるが、咲の姿に変化は無く今度は頬を抓る。しかし、夢ではないことを証明するように、何も起きたりはしなかった。
 しかし、目の前の少女から感じる気配は間違いなく咲のモノでしかなく―――彼女達三人が間違えるはずも無い。

「……一体、何があったと?」
「―――若返りました」
「なるほど。それはしかたなかやね」
「え? それで納得すんの、お前?」

 咲の理由になっていない一言にあっさりと納得する一姫。それに対して、反射的に突っ込んでしまった和人に、青子も無言でウンウンと追随する。

「いや、だって。咲さんだから仕方なかよ」
「それもそうか」
「……ばっちゃまなら何でもありだね」

 数十分前までは老婆だった不破咲という女性が、今では瑞々しい肌を持つ十代にしか見えない少女になるという摩訶不思議な現象が起こったにもかかわらず、それだけで受け入れてしまう三人が果たして懐が広いのか。それとも不破咲の普段の行動が問題だったのか。それは彼女達にしかわからない。

「劉雷考の次の目的地はわかりませんが、一人だけ生かしておいたのでこの男に聞くとしましょう」

 敢えて一人だけ止めをささなかった黒服を一人指差して、酷薄に口角を吊り上げる。
 そして、劉雷考の目的地を聞き出した御神流【裏】も、日本へと向かうことになった。
 
 高町恭也。劉雷考率いる龍の戦闘部隊。御神流【裏】。
 様々な想いと目的が入り乱れる決戦の地は―――海鳴。


















  
 
 



 日本の地方にある寂れた街。
 かつては御神宗家が山の中腹に屋敷をたて、それが名物とされた時代もあった。
 十余年前の爆破事件にて、御神家も壊滅。他に有名な名物も、産業もないこの街は徐々にだが寂れていき、今ではかつての半分以下の人口にまで陥っていた。
 もっともそれも無理なかろう話だ。かつて御神家が滅ぼされたとき、それと一緒に原因不明の大虐殺も行われたのだから。その被害は百名近い。刀で斬られた人間もいれば、毒殺された人もいる。撲殺や、爆殺など殺され方は様々で、警察も結局は犯人を捕まえることができずに、迷宮入りとなった事件でもある。

 そんな寂れた街を歩く二人の親子。
 どこか気難しそうな雰囲気の男性と、真逆に明るい雰囲気の少女の二人だ。
 何を隠そう、大魔導の追撃から逃れて日本に逃亡してきた御神相馬とその娘―――御神宴である。

「ややー、でも良かったねぇ、おとーさま。あのしつこいストーカーが諦めてくれて」
「ああ。意外としつこい奴でちょっとムカついたな」
「いい加減にしろって言いたかったよねー。あ、言ったか、そーいえば」
「お前は会うたびに言ってたな。それでもめげなかったあいつもたいしたもんだが……」

 思い返せば出会ったのはもう数ヶ月も前の話。
 何をどう間違ったのか、目をつけられた二人は大魔導と呼ばれるアンチナンバーズのⅩを相手に長い逃亡生活を続けていた。ヨーロッパの片田舎から、ひたすらに東へ東へと逃げ続け、最近ようやく日本へ到着した二人は久方ぶりの解放感を満喫している所だ。飛行機や船を使えばもっと速く来れただろうが、乗船中に襲撃された場合、被害が大きくなることを考えた相馬は徒歩で逃げ続けることを選んだのだ。
 変なところで、真面目な父に呆れつつも、このツンデレめーっと時々からかっている宴だった。からかいが過ぎると、お返しに百を超える握力でアイアンクローをされるのだけれども。

「うーん、でも何で日本に入った途端、あの人追撃止めちゃったの?」
「……日本ってのは人外にとっては特別な土地なんだよ。アンチナンバーズでも王とも称される化け物が何体いるか知ってるか?」
「え? 九体でしょ?」
「ああ、その通りだ。その九体に数えられる鬼の王と猫神。最近だと伝承墜としもそうか。後は封印されているとはいえ、魔導の王もだな。未来視の魔人も日本に訪れることも多い。これだけの化け物が日本を拠点としているんだ。そんな人外の坩堝に好き好んで近寄ってくる奴がいると思うか? ましてやこいつらの領地でドンパチやってみろ。下手に刺激して伝承級のバケモンがでてきたら捻りつぶされるのがおちだ」
「なるほどー。言われてみればそうだねぇ」

 ふと湧いて出た疑問を口に出すと、相馬がその疑問に答える。
 父の語った答えに、納得した宴は明かされてみれば簡単な種明かしに感心したのか、しきりに頷いている。

「まぁ、暫くは日本でゆっくりとするか」
「さんせーさんせー。っと、あれ? ここら辺って何か見覚えがあるんだけど?」

 にししっと嬉しさを堪えきれずに笑顔を振りまきながら、くるくると回転していた宴が周囲の記憶にある景色を見て、きょろきょろと見回し始める。
 二人は山の中腹にまで長く続いている階段に差し掛かると、宴は何かを思い出したのか、おおっと声をあげた。

「うっわー懐かしい。ここってあそこだよね。大昔に一度だけ来たことがある―――御神宗家の跡地」
「……ああ、そうだったな。お前もあの時いたか」

 宴の懐かしんだ声に、相馬が一緒にこの場所を訪れた時のことを思い出して納得した。
 御神家が滅びを迎えた十余年も昔のあの日。相馬の到着も間に合わず、屋敷が爆破され、全てが潰えた最悪の日。
 救う事ができたのは不破恭也ただ一人だけで―――生き残ったのは不破士郎と御神美沙斗を含めた数人。栄華を誇った御神と不破が一瞬で滅び去った。

「……まさに盛者必衰、か」
「うん? 何か言った、おとーさま?」
「なんでもねーよ」

 十年以上も整備がされずに放置されている階段をのぼりきった二人は、かつて御神の屋敷があった場所へと辿り着いた。
 そこはとてつもなく広大な広場だった。その広場はのぼってきた階段とは異なり、雑草は刈られ、丁寧に整備されていることに宴は大きな違和感を持つ。
 対して相馬は気にも留めず広場の奥へと進んでいき、一番奥の後ろが崖になっている場所まで歩んでいくと、足を止めた。二人の視線の先に、幾つかの立派な墓石が立てられている。御神一族全員の分というわけではなく、何人かのために立てられたモノだ。その墓石の前に一人の少女が手を合わせていた。目をつぶり、真剣な様子で祈る姿を見た相馬は首をひねる。既に御神の一族の関係者は数少なく、手を合わせている少女の顔に見覚えは無い。
 街の住人かとも思ったが、それはない。少女の纏う雰囲気と、発せられる空気は一般人の領域を遥かに超越し、ただ見ているだけの相馬でさえも無闇に足をこれ以上踏み込むことができない。

 数秒が経過し、手を合わせていた少女がゆっくりと振り返り、相馬と宴へと向き直る。
 三人の中間でパリィっと緊張した空気がぶつかりあい、弾けあった。そんな緊張した空気も一瞬で、相馬の顔を見た少女は、頭を下げる。

「―――お久しぶりですね、相馬様」
「……久しぶり? どこかで会ったことがあったか?」
「ああ、申し訳ありません。この姿では流石に思い出せませんよね。私でございます―――不破咲。かつてはお世話になりました」
「……嘘をつくなら、もうちょっとマシな嘘をつけ。あのばーさんがお前みたいに若いわけないだろう? 生きてたら確かもう八十を超えて―――」

 解けた筈の緊張していた空気が先程以上に、凍結する。相馬の心の臓を痺れさせる危険な香りが周囲に充満。
 全身のあらゆる毛穴が開き、汗が滲み出る。これまで戦ってきた猛者を凌ぎ、大魔導に匹敵しかねない質量を持った殺気が乱れ飛ぶ。 
 凍っていた空気中に、肺の中の二酸化炭素を吐き出す。それがやけに白く見えた。そして、相馬の本能が全身の筋肉を無理矢理に動かす。右手で隠していた小太刀を引き抜くと首元に迫っていた、咲の抜刀を払い落とす。ギャンっと金属同士が噛み合う音が広い墓地にて共鳴した。
 目の前で起きた自分の感覚を超えた斬り結びに、おおっと驚嘆をする宴。
 勿論驚いたのは宴だけではなく―――。
 
 咲も相馬も互いの力量に驚きを隠せず。
 たった一合の切り合いにて、二人は相手の御神の剣士としての完成度を理解しあう。このまま戦えばどちらかが確実に死ぬ。それほどに拮抗した戦闘になる可能性がある―――いや、可能性ではなく、それは間違いのない事実。

「私はまだ七十五歳です!! 八十を超えてるとか捏造はやめてください!!」
「……いやいやいやいや。七十五歳でその若さもありえんだろうが」
「若返ったんです」
「若返るか!!」

 ぷいっと可愛らしくそっぽを向いた現七十五歳の少女に、相馬が突っ込みを入れる。
 御神流【裏】の人間とは違って、まともな常識を持っている相馬だった。かつての御神の一族からは狂人扱いされていたというのに、今では彼が残された御神と不破の一族では一番の常識人というのも皮肉な話だ。

「ですが事実はかわりません。不思議な宝石と女性の力で最近新たに生を得ました」
「……宝石? 女性?」
「はい、片目を瞑っていた美しい女性でしたよ」
「……未来視の怪物、か」

 ちっと舌打ちをした相馬がかつて会ったことがある伝説の怪物を思い出した。
 なにやら色々と画策していたようで、嫌な予感がビンビンと第六感を刺激する相手だったのは覚えている。当時の相馬は今よりも遥かに無謀だったため、一度戦いを挑んで軽くあしらわれたのは忌々しくも苦い経験だった。

「それはそうと、相馬様。深くお礼を申しあげます」
「あん、何のことだ?」
「実は私は既にこの御神の所有していた土地は無くなっているのだと考えていました。しかし、十年ぶりにここを訪れてみれば、美影様や静馬様。琴絵様や一臣様の名が彫られた御墓が建てられていました」
「……」
「調べてみれば、相馬様がこの土地を引き継ぎ、墓地として整備してくれたのだと。多額のお金を払い、この土地の墓の整備を他の者に頼んでいたということが分かりました」
「……もう昔のことだから、そんなこと忘れたぞ」
「―――そうですか。ですがお礼は言わせていただきます。本当に有難うございました」

 咲は再び深々と頭を下げた。
 それにむず痒そうに、明後日の方向を見る相馬の姿に、隣にいた宴は我慢できずに吹き出す。相変わらず感謝の言葉を素直に受け取れない父がたまらなく可愛いと宴は思う。
 その後吹き出した宴は、照れ隠しなのか米神を掴んでアイアンクローをかませれてしまったが。
 
 咲がお礼をこれほど言うのにも理由があった。
 十余年前の御神一族壊滅の日以降も、龍は生き残りの人間を探し続けていた。当時の咲でも生き残った人間を率い身を隠すのが精一杯だった。僅かな手がかりも残せず、戸籍を消し、ひたすらに逃げ延びた。
 しかし、相馬は違う。御神の屋敷があった土地を相続するということは、自分が生き残っているということを龍に証明することにほかならない。つまりは、龍の襲撃をもっとも受けやすいとも言える。それがわからない相馬ではなかったはずだ。ましてや、御神一族から追放された相馬には、関係の無い話ともいえるのに、今は無き琴絵達の墓をあの場所に作りたいという考えを捨てきれず、彼は龍に目をつけられることを承知でこの山を引き継いだ。
 そして、それから相馬が歩いた道は悪鬼羅刹でも怯む修羅道だ。四六時中命を狙われ、そのために一箇所に留まれずに世界を放浪した。幼い宴を引き連れて、それでも彼は生き残った。
 その苦労が、死闘が、経験が、御神相馬という剣士を限りない高みに引き上げていた。

「―――ほほぅ。そん人が御神相馬さんゆう人やろーか」

 微塵の気配を感じさせること無く、周囲と同化させていた声が聞こえた。
 宴がビクリと反応して、背後を振り向く。それに対して気づいていたのか、相馬はちらりと頭だけを背後に軽く回す。
 二人の背後に何時の間にいたのか、大きめの石に腰をおろした少女―――不破一姫が値踏みするように相馬と宴を交互に視線を向けていた。

「……おい、ばーさん。こいつは【何】だ?」
「その娘は―――」
「うちは不破一姫。不破一臣の娘―――よろしくお願いすると。御神相馬さんと……えっと?」
「あ、私は御神宴と言います。おとーさまの自慢の娘ですよ」
「別に自慢ではねーけどな」

 咲を遮って、一姫が自己紹介をしつつ、邪気の無い笑顔で答えた。ばっさりと切って捨てられた宴は、およよっと泣く振りをしたが、相馬は全く気にも留めない。
 宴を全く気にせず、それどころか相馬は一姫の姿を見て、眉をひそめる。大昔に一臣の娘として紹介されたことは覚えているが、最後に会ったのはもう十年以上も前の話。その頃の面影などもはや覚えているわけも無い。本当ならば久しぶりとでも声をかけなければならないのだろうが、ほとんど記憶に無い状態で答えるのもはばかられる。

「うちのことはおいといて。それより相馬さんと宴さん―――うちらの組織に入ってくれんね?」
「組織? なんだそりゃ?」
「御神流【裏】。御神と不破の生き残りで構成された集団。目的はただひとつ。龍と永全不動八門ば塵一つ残さず滅ぼすこと」
「―――ほぅ」

 興味を引かれたのか、相馬の瞳に妖しい光が灯った。
 宴もまた、相馬を真似てか、何やらほほぅっと呟いていたのだが、誰にも相手をされずに寂しそうにしている。

「うちは御神流【裏】当主補佐。その立場からできれば相馬さん達にもご協力ばしてもらいたいと」
「……お前が、当主補佐? じゃあ、咲のばーさんが当主でもやってんのか?」

 確認のために咲の顔を窺うが、あっさりと首を横に振って答える。
 咲の否定を受けて、相馬が意外そうに目を見開いた。相馬の察知できる限り、咲と一姫。この二人の実力は飛び抜けている。かつての御神流最盛期の時代に仮にいたとしても、最強の一角に名を連ねることが容易くできるはずだ。
 世界中を放浪していたここ十年という年月でも、この二人ほどの怪物と出会ったことは無い。自分の娘程度の年齢の少女がこれほどの高みに達するなど、信じられることではないが―――目の前にいるのだから信じるしかない。
 その二人を差し置いて、御神流【裏】という組織の当主の座につける者がいるとは俄かには信じられることではないのだが―――。

「うちらの【当主】。その人の名前ば聞けば多分納得してもらえると思うとよ」

 一姫は口元に笑みを浮かべながら。

「うちらの当主の名は―――」

 その時強風が吹く。さぁっと周囲の砂埃を巻き上げ、木々の葉が揺れる音に紛れて、一姫の言葉は途中で途切れる。
 だが、相馬と宴には聞こえたようで―――呆けるのも一瞬、くっと楽しそうに苦笑した相馬は、どこか喜んでいる雰囲気を纏いながら―――。
 
「良いだろう、不破一姫。俺の力お前達に貸してやる。それにいい加減、龍の奴らも鬱陶しいと思ってたしな」
 
 お前はどうするっと目線で語ってきた相馬に対して、宴も―――。

「私も一緒いこうかなー。そろそろ定住したいしさー、そのためにも龍はつぶしちゃいたいと思ってたところだもん」

 二人の了承を得た一姫は、両腕を広げる。
 底知れない。得体の知れない気配を漂わせながら、彼女は透明な笑顔のまま―――。

「ようこそ、お二人さん。うちたち御神流【裏】は貴女達をば歓迎します」 

 

















----------atogaki--------------

とりあえずサイドストーリーは終了です。
次回からは本編に戻る予定ですが、その途中でぼちぼちと
間章 恭也の休日 ○○編
的な、キャラクターとの絡みの外伝を書いていこうと思います。 


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