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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 旧作 御神と不破 一章 中編
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/02 01:03








七月 二十七日 01:25



 都心から離れた森の中に一軒だけポツンと忘れ去られたかのように立てられているペンションのような建物。
 そのリビングらしき場所で女性がソファーに寝転がりボケーとテレビに見入っていた。
 もしそこに女性以外の人物がいればテレビではなく女性の方に見入ってしまっていただろう。
 百七十を超える長身。
 腰まで伸びた漆黒の髪を後ろでまとめポニーテールにしてまるで神から与えられたかのような人間離れした顔の造形。
 そんな女性だが今は完全に緩みきって神聖さの欠片も見当たらなかった。

「んで、貪狼はいきてんのー?」
「右腕はもってこれなかったからな……さすがに【夜の一族】の回復力でも再生は無理だ。麻酔薬で今は落ち着いた」

 女性は後ろも見ずに入ってきたツインテールの少女【武曲】に質問をし、それに驚きもせず苦々しげに答える。

「まー確かに腕がはえてくるわけないしねぇ。ナ○ック星人じゃあるまいし」
「……ナメッ○星人?」
「ああ、いいの気にしないで」
「……むむ」

 そういえばあんたって漫画とか読まないよねーと女性、釈然としないツインテールの少女。
 ヒョイっとソファーから立ち上がって指を組んで、んーと気持ちよさそうに伸びをする。その恍惚とした表情は少し淫靡さを無意識に感じさせる。

「ぁー気持ちいぃ。でも、これやると時々足つりそーになるのよねー。でも、それがちょっと快感だったりするけど」
「……そんなのお前だけだよ、殺音(アヤネ)」
「ええ!?うそ!?」

「そこ、驚くところと違う!!」
「にゃっはっは。冥(メイ)にはまだわからないかなーお子ちゃまだし」
「……それがわかるくらいならお子様でいい!!」
「えー。つまんないのー」

 女性―――殺音は無駄にテンション高い。武曲こと冥はいつもの調子の殺音をみて深いため息をついた。
 そこにやや疲れた表情の文曲がやってくる。

「巨門もそれなりの重傷だったから先に休ませておきました」
「ああ、おっけー。話し聞くのは一人でもいいしね、大丈夫。それにあんたが一番冷静に話せれそうだしね」
「……申し訳ありませんでした」

 土下座をせんばかりの勢いで文曲は殺音にむかって頭を下げた。

「任務を失敗させた上に貪狼と巨門をあのような状態にさせてしまうとは申し開きようがありません」
「はいはい、おっけーおっけー」

 今にも腹を掻っ捌きそうな文曲に比べあまりに殺音は軽い。
 大げさなやつねーと笑う殺音はペチペチと何故か冥の頭を叩いて二人をソファーに座るよう促す。

 一礼をしてソファーに座る文曲。
 頭を叩いている殺音の手を払い落として冥も殺音の隣に腰を下ろす。

「あんたも刀で斬られてるんだから聞くことだけ聞いとくから」
「お気遣い有難うございます」

 痛々しげな文曲の肩に巻かれた包帯を一瞥した殺音の視線が鋭くなる。

「で、一体何があったの?あんた達三人がそこまでボロボロにされるって」

 自衛隊でもいた?と若干ちゃかすような殺音。
 しかし、文曲も冥も全く笑わない。失敗したかなーと内心冷や汗ものの殺音。

「ターゲットを護衛していた者たちが十二人。そのうちの九人は巨門の威嚇で無力化されました」
「へー三人も耐え切ったんだ。ってことはタイマンでやられちゃったの?」

「―――よく、わかりません。途中までは一対一の戦いでした」

 ―――ですが、と文曲の声が震える。

「突然でした。あまりに突然。恐らく二十を越えるか越えないかの人間が、その本性を、現しました」
「……へぇ?」
「あ、あれは、わかりません。何をされたのか、ただ気がついたら貪狼の腕が斬られ、巨門も私も、本当にわからないんです。化け物です、人間なのに、あれは化け物です」

 ガチガチと歯をならしながら、その冷たい美貌を歪め取り留めのない言葉を連ねる。
 マズイっと冥は文曲を止めようとして―――。

 ―――パン。

 そんな音が辺りの空気を振動させた。
 殺音が両手の手のひらを打ち鳴らしただけ。
 それで恐怖に魘されていた文曲がハッと顔をあげた

「もーいいわ。ありがとねー。あんたもしっかり休みなさい」
「ですが……」
「これは命令だから拒否はうけつけない」

 ピシャリと文曲の反論となる言葉を跳ね除ける殺音。
 しばらく考えていた文曲だが、有難うございますとだけ残してゆっくりと二階へ姿を消した。
 殺音と冥、二人の間に数分の沈黙が続く。

「あれは重傷ねぇ……心を折られてるわ。完全に」
「あの、文曲がね。あんな姿みるのボクも初めてだよ」

「とんでもない化け物とやりあったのかしら。冥、あんた見たんだっけ?」
「……一応ね、少しの間だけ対峙したけど」
「ほほー。ちょっとあんたの印象きかせてよ」
「そうだね……」

 冥が考え込むように両手を組んで上をむく。
 思い出すのは小太刀を両手に持ち、【北斗】三人を軽々と蹴散らす黒尽くめの青年の修羅の技。

 強い、と遠くから気配を感じただけで分かっていた。
 それでも対峙したときのあの感覚はなんだというのか。
 認めたくはなかった。
 この自分が、【北斗】の第二座に位置する【武曲】たる自分が、あの瞬間恐怖したのだと。

 ただの人間のはずの若者に、確かに恐怖したのだ。
 自分と戦ってみるか、と言ったのは駆け引き。
 あのまま戦っていたらどうなっていたか……。

「んー、じゃあ正直な話。【武曲】、あんた一対一で勝てる?勿論全力で」

 考え込む冥を見て答えに窮しているのかと勘違いした殺音が質問を変える。
 それに多少のプライドを刺激されたのか、冥は顔をさげて殺音を睨む。

「殺音はボクが、【武曲】たるボクが負けるとでも思うのかい?」
「質問を質問で返してどうすんのよ。私は実際見てないからわかんないっての」

 呆れたような殺音。 
 あまりといえばあまりに当然な答えに冥は顔を赤くする。

「う、うるさいなー!」
「はいはい、で、実際どうなの」
「……強いよ。でたらめに、強い。剣を交えたわけじゃない。でも、対峙しただけで理解できる。底が見えないかった、正直」
「へへー、あんたがそんなに評価するなんて珍しいわね。負けず嫌いのあんたが」

「……そこはかとなく馬鹿にされてるようなきがするけど」
「気のせい気のせい」
「……」

「それでその男って何?夜の一族ってわけじゃないの?」
「完全完璧に人間だった。それは間違いない」
「あらら、スピードもパワーも何もかも大人と子供以上の差があるっていうのにねー。そんな差を覆すだけの【技】を持ってたってことかしら」
「ああ。それだけじゃないと思うが、あの男は【何か】がヤバイ。アレに勝てるのは悔しいがお前くらいだ殺音」
「ふむむ。それにしても小太刀とは珍しいねぇ……中条流か富田流か」

 ブツブツと顎に手を当てて考え込む。冥はまた自分の世界に入ったかと呆れる。もうすでに諦めてはいるが。
 薄気味悪く独り言を言うこと数分。

「しっかし、驚きねー。簡単な依頼だと思ってたんだけど、開けてびっくり玉手箱」

 お手上げだ、と言わんばかりにバッと空中に手を広げため息をつく。

「……にやけているぞ、顔」
「あれ?ほんと?」

 冥の指摘どおり確かに殺音は笑っていた。
 本当に嬉しそうに、まるで玩具を買ってもらった子供のような無邪気な笑み。

「今回は楽しくなりそうかもね、ワクワクするよ」

 ゾクゾクと冥の背筋に冷たいものが走る。
 信じられないことに殺音が完全に本気になっているのだ。
 未だ会ったことすらない、冥たちの報告にあっただけの男に。

「早く会いたいなぁ」

 まるで恋人に会うかのように熱のこもった瞳を空に彷徨わせながら殺音は笑う。
 冥はあの若者に内心同情せざるをえなかった。

 夜の一族最強の剣士。殺戮の天才。凶乙女。同族殺し。
 数多の字で呼ばれる狂った天才が、【北斗】が長【破軍】の水無月殺音が動き出した。




   











  七月 二十七日   10:15


 【北斗】の襲撃から夜が明けた影山邸。
 さすがにガラスが散らばっているので一階の……間取りが同じような部屋に移動した咲夜と嵐山、恭也、美由希、巻島。
 そう、たった五人だけ。

 他のメンバーは夜が明けると同時に嵐山に詫びを告げ影山邸を辞していた。
 元々嵐山がツテを頼って来てもらっていた連中なのだ。
 実際に【北斗】と恭也達の戦いを見てレベルの違いを感じ取ってしまったのも無理はなかった。

 無理にひきとめることもできず残ったのはここにいる五人だけということになってしまった。
 あの襲撃から脅えていた咲夜は一睡もできず、先ほどようやく夢の中に旅立った。
 それに対して巻島は神経が太いのかあっさりとソファーで横になって鼾をかいている。

 嵐山は自分が全く戦力にならなかったことを気にしているのか先ほどからずっと落ち込んでいる。
 恭也と美由希がフォローをいれるも、巻島がさんんざんこけおろしたのが原因かもしれないが。

「初めての実戦はどうだった?美由希」
「んー、必死であまり覚えてないかなぁ」
「よく言う。あそこまで冷静に対処できていれば十分及第点だ」
「いつも鬼のようにしごいてくる師範代様のおかげかもね」
「生意気なことを言うな」

 バシっと激しい音がして恭也のデコピンが美由希の額に直撃する。
 脳がー!脳がー!とでこを押さえて地面に蹲る。

 そんな蹲る美由希を見る恭也の視線は限りなく優しい。
 恭也から見て貪狼という男、ただ夜の一族の身体能力のみで技術的な面では未熟といわざるをえない程度であった。 
 それでも、その身体能力は異常である。人間という枠を二歩も三歩も軽々と飛び越えたスピード。
 単純に強い。恐ろしいまでに。
 それでも美由希は余裕、というわけではなかったが勝利を自分一人の手で勝ち取った。 

 自分のこと、いや自分のこと以上に恭也は嬉しかった。
 もっともそれを表情には全くださなかったが。

「美由希、お前も少し睡眠をとっておけ」
「え?まだ大丈夫だよ、私」
「睡眠と食事はとれるときにとっておけ。次はいつ攻めてくるかわからん」
「ん……」
「その間は俺が周囲を警戒しておく。勿論、俺もその後休ませてもらうから心配するな」
「……はーい」

 まだ赤い額をさすりながらそばのソファーに座り背をもたれかける。
 数分もしないうちにかすかな寝息がきこえる。よほど疲れていたのだろう。
 初めての実戦だ、無理はないなと天井を仰ぐ。

「恭也くん」
「あ、はい。何か?」
「昨夜の三人以外で最後にでてきた武曲となのった少女のことだが……」
「ええ」
「彼女はどうなんだい?」

 正直もう自分の感覚に自信がもてないんだ、と嵐山が切なげに笑う。

「そうですね……本気を出していないので何とも言えませんが確実にあの三人よりは強いです」
「そ、そうか」
「正直、美由希でも勝てるかどうか……恐らく五分五分」
「それほどの相手か……」

 肩をおとす嵐山。自分の入る余地などない、と改めて実感していた。
 一方の恭也は嵐山と話してる最中からずっと嫌な予感がとまらなかった。
 自分のカンはかなりの確立で当たる。それを知っている恭也は何も起きなければ……と祈りつつため息をついた。

 そんな恭也の予感を肯定するように、影山邸を離れること数百メートル。影山邸に向かって足を進める三人の人影があった。
 黒いシャツとジーパンというラフな格好ながら人目を引き付ける殺音を中心に二人。
 右横には冥。左横には殺音よりもやや小柄で糸のように細い眼をした男。
 殺音と冥は白い袋に包まれた細長い代物を持って歩いている。それに対して細目の男は手ぶら。

「あついわねぇ……」
「言うな……」
「二人とも元気だしてネ」

 完全にだらけきっている殺音と不自然なまでの無表情の冥を応援しながら細目の男は逆に軽やかなステップで歩く。

「なんでそんなに元気なのよ、【廉貞】」

 うっとうしげにシッシと手をふり殺音が廉貞と呼ばれた男を追い払う。

「若いからにきまってるヨ」

 ピシリと、空間が歪んだ音が聞こえた。
 それを聞いて廉貞は自分の失言を悟った。

「つまり、冥は若くないと。自分より年上のくせして中○生体型してんじゃねーよ。若作りすぎだろ、といいたいのね。わかります」
「廉貞ーーーーー!!!!!!!!!!!」
「ちょ……!俺、そんなこといってないヨ!!」

 暑さで思考回路が鈍った冥が放つ高速の右ストレート。
 よけることすらできず自分の無実を騒いでいた廉貞はまともにくらって地面を転がって十メートル近くたってようやくとまった。

「……ぇ?」

 てっきり自分にくると思っていた殺音はおもいっきり呆けたような声をあげる。

「すまん、鬱陶しかったから反射的に殴ってしまった」
「―――あんたも大概無茶苦茶ねぇ」

 ハハハハと殺音は乾いた笑い声をあげる。
 とりあえず冥は地面に転がっている廉貞の足を持ってズリズリとひきずりながら歩く。
 ゴンとかガンとか所々ぶつける音が聞こえるが二人は気にしない。

「ちょ……イテ!……まっ……ギャ!……とめ……て!」

 そんな光景を見た周囲の数少ない通行人はひきにひきまくっていた。
 廉貞を引きずり回すこと数分、ようやく三人は人影少ない影山邸の前まで到着した。

「さて、やってきました。影山邸」
「僕は昨日というか今朝か。来たばっかりだけどね。同じところ二度往復するって凄い無駄な気がしない?」
「あー分かる気がする。なんとなくやるせない気分になるわよねぇ」

 すでに半分ボロボロになって泣いている廉貞を無視する二人。

「さー、どうしようかしら」
「また襲撃かければいいんじゃない?」
「そうなんだけどね。昨日もソレやったんでしょ?二日続けてガラス割って入ったら悪いじゃん」

「……そういう問題?」
「ガラス代請求されても困るしさー、うちの子たちももうちょっと考えてほしいところねー」
「……なんか激しく間違っている気がする」

「ま、行きますか。武曲、廉貞。準備はいい?」
「いつでも」
「いいヨ。姐さんたちのためにがんばるネ」

 上等、と笑って殺音は闘気を発しながら門を袋からだした日本刀で叩き斬った。









「……!!!!!」
「敵か!!!!」
「きょーちゃん!!」

 【ソレ】はあまりに突然だった。
 影山邸すら揺れた、と勘違いするほどの闘気の発生。
 寝ていた美由希と巻島が飛び起き、恭也も珍しく表情を出していた。それはまさしく驚愕の一言。

「……誘っている?」

 理由はない。理屈でもない。
 それでも恭也はその闘気を放つ人物が自分を誘っているのだと分かった。

「嵐山さんは影山さんを頼みます!美由希、館長!!」
「はい!!」
「今度はどんな化け者がやってきたんだろーな!!」

 恭也たちは走る。庭へ飛び出し目的の人物達の元へ。そんな恭也の目に入ってきたのは【一人】。
 ポニーテイルの美しい女性。
 勿論その左右には冥と廉貞がいた。
 だが、恭也にはその女性しか目に映らなかった。

 ドクンドクンと心臓が脈打つのが分かる。
 互いの視線が―――絡み合う。

 ―――そうか。
 ―――うん、そうだね。

 ただ二人は同時に頷く。
 体中が沸騰したかのように熱い。
 
 ―――お前が(君が)。

 ―――俺の(私の)。

 ―――運命か―――。











 二人の想いが通じる。恭也はふっと、殺音はクスリと笑う。
 見上げれば青空。雲ひとつない晴天。
 太陽が輝き夏らしく真夏日と思わせる温度。
 周囲では蝉が鳴き周囲の森を騒がせている。

 そんな中で微動だにしない恭也と殺音。
 静かに、まるで彫像のように互いに見詰め合っている。

「高町恭也」
「水無月殺音」

 同時に、自分の名前を口に出す。それが開戦の合図。
 二人が消える。ドンという何とも言えない音が鳴り響き恭也が吹き飛ばされる。

 常識的にありえない。
 人間が地面と水平に飛ぶなど。
 だが、それが現実。

 吹き飛ばされた恭也を追うのは殺音、その右手にはいつ抜いたのか白刃が。
 回転しつつ、体勢を立て直した恭也が抜刀。
 殺音が感じるのは死の予感。

 戦いというもので初めて感じたそれは恐怖か、畏怖か絶望か。
 首元に感じる死の閃光を弾く。
 それと同時に腹部に迫った死、そのものを柄で弾きおとす。

 しかし、殺音が感じる【死】はまだ終わらない。
 それはなんという神業、いや魔技か。
 再び迫る左右の妖刀。

 まるで四本の腕から放たれたかのような四連撃。
 声にならない声をあげて殺音が身体を捻る。
 空気を裂く閃光が空間を舞う。それさえもかわしきる殺音はやはり恭也と同等の化け物か。

 手数の恭也。
 力の殺音。

 二人の歯車が噛み合い金属音が一際高くこだまする。
 鍔迫り合い。小太刀と日本刀が震えるだけの静止。
 二人の視線が交錯して鍔競り合いが解かれる。 

 鬼気迫る殺音の一太刀を恭也は瞬時に身を伏せ掻い潜る。
 懐にいれてなるものか、と殺音は自分の間合いを取るように動く。
 恭也も自分の間合いを取るべくさらに距離を詰める。
 殺音の縦一閃。真空波すら巻き起こしかねない音速の斬撃をもかわし切る。    

 さらに袈裟斬り。
 これも恭也はかわす。かわしざまに恭也の斬撃。

 互いの一撃のなんと重いことか。
 受け止めた殺音の足元の地面がわずかに爆ぜる。

 その衝撃を受けても殺音はただ笑っていた。
 恭也もまた笑っていた。

 ―――ああ、楽しいね。

 そんな殺音の心の声が恭也に聞こえた気がする。

 ―――そうかもしれないな。

 恭也もそれに心の中で答える。
 異常者だけが笑える。そんなテリトリーがそこにはあった。











「お前如きではあの戦いには手だしできないよ」

 呆然と見ていた美由希だったがその一言で我を取り戻していた。
 いつのまにか冥が美由希の間合いの半歩外の位置まで近づいていた。
 もし、冥がその気であれば美由希は命がなかったかもしれない。

「……貴方は?」
「【北斗】が二座【武曲】」
「……」
「そう睨まれても困るけど。どうせあの戦いに手をだすことなんかできないんだし落ち着きなよ」
「……!!」

 美由希の点を打ち抜くかのような突き。
 加速からの踏み込み。その突きが冥の頭を貫いた。

「っく……!」

 美由希に伝わるのは人を斬った感触ではなく空を斬ったソレであった。
 冥は横に半歩移動して美由希の突きをかわしていた。
 だが、美由希はそれだけでは終わらない。
 突きから派生した横薙ぎの一撃が冥に迫るが刹那に抜いた日本刀で受け止める。

「……やるじゃないか。正直、今のは焦ったよ」
「……」

 二人はその体勢のまま睨みあう。

 冥はその幼い容貌でニヤリと笑い、美由希の小太刀を弾く。
 甲高い音を残して距離をとる。

「気が変わったよ。少し遊んであげる、かかっておいで小娘」
「……貴方は強い」

 両手を左右に広げオイデっと手招きする冥を冷たく見る美由希。

「でも、私のほうがさらに強い!!」

 ピキッと頬を引きつらせ冥は八双の構えを取る。
 恭也と殺音とは異なる天才達の戦いがここに火蓋が切って落とされた。











「恭也の野郎、一番おもしれー奴を取りやがって」

 ぶつくさと頭をかきながら巻島は地面を蹴る。

「仕方ないネ。破軍の姐さんとあのオニーサン他に何もみえてないヨ」
「あーあ、つまんねーの」
「元気だすといいネ」

「美由希も何かはじめそーだしなぁ。と、なると消去法でおめーとか、俺は」
「痛いのって嫌だしネ。どうせなら姐さん達の戦いを見物しとかないかナ?」
「断る!!!!!」

「……攻撃的だネ、オジサン」
「つーわけで、やろうじゃねーか、細目」
「はぁ……」

 ため息をついた廉貞の姿がぶれる。
 巻島を襲う衝撃。
 数メートルも離れた場所まで吹き飛ばされ砂埃が舞う。

 先ほどまで巻島が居た場所には片足を跳ね上げた体勢の廉貞がいた。
 その顔には明らかに嘲けりの笑顔を浮かべながら廉貞は足を下ろす。

「痛いの嫌だよネ?オジサン?」

 アッヒャッヒャと下品に笑う廉貞。

「ハッ!不意打ちとはおもしれーな!」

 砂埃がおさまり現れた巻島はグルグルと肩を回す。
 獰猛に笑ったまま。
 廉貞はそれに不機嫌そうに唾を吐く。

「普通の人間なら首の骨おれてるヨ。頑丈にも程があるネ」
「くっくっく。俺を殺そうなんざ百年はえーわ!!!!」
「……ちょっとだけ本気でやってあげるネ。俺は【北斗】が三座【廉貞】。冥土の土産にもっていくといいヨ」

「ああ、てめーっがな!」

 巻島と廉貞。肉食獣らしき殺気を放ちながら二人が構えた。
 向かい合う両者。その二人の間では熱い闘気がぶつかり合っていた。
 廉貞は首を傾げる。目の前の人間があまりにも自分のイメージしている人間からかけ離れていたからだ。本当に人間かとも疑った。

 それでも巻島十蔵は人間である。
 幼い頃から空手一筋。
 ひたすら我武者羅に己を鍛え続け気がついたら【五指拳】に数えられていた。 
 明心館・巻島流という流派を創立した生粋の武人。

 そんな巻島ももうすぐ六十を迎える。
 格闘家としてはとうにピークは過ぎている。
 最盛期の頃と比べるとやはり力も速さも落ちているのは本人自身が一番理解していた。
 それでも、彼は、巻島十蔵は……十分な【化け物】だった。
 疾風の如く飛び出した巻島が飛ぶ。

「カッァァアア!!」

 猛々しい咆哮とともに巻島の右足が廉貞に牙を向く。
 稲妻のような蹴りを首を傾けてかわす。
 安堵するまもなくさらに廉貞の顔に巻島の蹴りが襲い掛かる。
 二度目の蹴りを今度は腰を落としギリギリで避ける。
 まだ終わらない。

 引き戻された三度目の蹴りをかわす余裕もなく両手を交差させて受け止める。
 その衝撃は計り知れず、いくら小柄とはいえ完全にガードしたはずの廉貞の身体が宙にういた。
 ビリビリと痺れる腕に驚きいつも細い目が大きく開く。
 空中三段蹴り。

 地面に降りた巻島が廉貞の喉を食い破らんと手刀で突く。
 逆にパンと軽やかな音がして巻島の顔にカウンターで廉貞の右拳が叩き込まれる。
 二度三度と直撃する。
 音は軽いがその威力は一般人ならば失神しかねない威力。

 それでも巻島は止まらない。ダメージを気にせず右拳が振り下ろされる。
 廉貞はその拳を巻島の懐に飛び込んでかわすが振り下ろした際に発生した風が後ろ髪をなびかせる。
 その拳に秘められた破壊力に冷や汗をかきながら巻島のがらあきの胴に左右の連打を叩きこむ。
 ゴフッと巻島が咳き込むがそれすら無視して凶悪な右膝が廉貞の顎目掛けて跳ね上がった。

 その膝を両手で受け止めその威力を流しつつ後ろに跳躍、クルリと回転して着地。
 休む暇をあたえず巻島の槍のような拳打に加え死角からの高速の回し蹴り。
 回し蹴りを避けることはできず、廉貞は腕を縮めて受け止める。
 やはり殺しきれない衝撃が伝わり身体が泳ぐ。無理にふんばろうとせず勢いに任せて、そのまま地面を転がった。

 巻島の追撃に廉貞は前方に回転し踵落としを放つが十字受け。
 足を掴んで振り回し投げ飛ばす。

「んな!!!!!!!」

 驚愕の声をあげるが空中で体勢を立て直す、見事なバランス。
 戦いは止まらない。
 巻島の攻撃は鋭く、間断もなく、廉貞をして反撃するタイミングを掴めない。
 廉貞は直撃を避けるも巻島の拳がこめかみをかすめ、風きり音が耳元でする。

 冷たい汗が廉貞の背中にながれるも、このままでは押し切られると判断した廉貞は腰を落とし全力で踏み込んだ。
 土が爆ぜ、踏み込みの音とは思えないとてつもない轟音が響く。
 人間を超越した夜の一族の身体能力がその挙動を可能とした。
 巻島が反応するが、遅い。
 廉貞にとってはその一瞬で十分だった、左手が閃光のように繰り出された。

 一瞬。

 廉貞の拳が巻島の腹部、鳩尾、胸の三箇所を同時に打ち抜いたのだ。
 さらに膝蹴りが唸り、巻島の顎がかちあがった。
 後ろに崩れそうになった巻島の顔面に振り下ろされた右拳が直撃。
 倒れることを許さず地面に倒れ付す前に左の回し蹴りが巻島の後頭部に決まり、再び身体自体が跳ね上がった。

 さらに裏拳が炸裂し、吹き飛んだ巻島を追撃。
 拳打と蹴撃の嵐。
 最後に巻島の身体に手をあて爆発的な威力とともに発せられた寸頸が弾き飛ばされた。
 巻島はその鍛え上げられた肉体を柵にぶつけ倒れふす。

「……オジサン、俺が闘った人間で一番強かったヨ。安心して閻魔様に会いにいきなヨ」

 ちょっと焦ったかナ、と肩をグルグル回しながら口笛を吹く。

「いてて、俺じゃなかったら死んでもおかしくねーぞ」
「……!?」

 頭を押さえながら巻島は立ち上がりボロボロになった服を破く。
 それを見ていた廉貞は目を瞬かせる。
 そんな、ばかなと。

 自分のあの連撃をくらって何故生きているのかと。
 人間なら五回は余裕で死ねるだけの技だというのに。

「オジサン、人間なのカ?」
「おおぅ、人間だよ。正真正銘、赤い血を流すよわっちぃ人間様だ」
「……そういう奴が、一番危険だネ」
「はっ。正直モンをなめんなよ?だからよ、俺達は牙を研いでんだよ。毎日毎日何度も何度も。んで気づいたら―――もう数十年だ」

「……たいしたものだヨ」
「ああ、自分でもそう思うぜ」

 ウハハハハと笑い、巻島は腰を落とす。

「てめーも喰らってみるか―――俺様の五十年の一撃を!!!」

 巻島の身体が、一瞬で廉貞の目の前に迫る。
 空を切り裂いた前蹴りが紙一重で屈んだ廉貞の頭上をかすめる。

 高々と振りかぶられた蹴り足がそのまま廉貞目掛けて振り下ろされた。
 即死ものの一撃が廉貞の頭に振り下ろされるのと、廉貞が全力で横に逃げるのとが同時の出来事だった。
 休む間もなく巻島が突進し、矢のような回し蹴りを放つ。

 体勢を崩していたため先ほどのように蹴りを受け止めるも受け流すことはできず衝撃が全身を貫く。
 フッと廉貞は巻島の呼吸を聞いた気がした。
 川を流れる清流をイメージ。身体を捻る。
 弓を放つかのような、全体重を乗せて、巻島の拳が放たれる。

 ―――瞬間、五発。

 威力を損なうことなく、全ての間接が連動する。
 音すらなく、その五発は廉貞に吸い込まれていき、まるでトラックに轢かれたかのように空を舞った。
 身体が吹き飛ぶのはその衝撃が分散されているのだと、誰かが言った。

 しかし、巻島は思う。
 例え吹き飛ぼうが吹き飛ばなかろうが、強いものは強いのだと。

「巻島流【獅子吼破】……なかなか良い一撃だろ?」

 五発うっちまったがな、と巻島は地面に寝転がる。

「久々に面白い喧嘩だったぜ」

 完璧に気を失っている廉貞に声をかけ巻島は目をつぶる。
 巻島は満足そうに口元を歪め太陽の光を浴びていた。

 













 【夜の一族】。
 それはヨーロッパを発生とする吸血鬼や人狼などといった第三世界に住まう者達の総称である。
 人間を遥かに越える筋力、再生力、不老長寿、特殊能力を持つ。
 それ故に夜の一族は人間を自分達より下等な生き物だという考えが彼らのほぼ全てを占めていた。
 当然、人間と共存したいと考えている者もいるがあくまでそれは少数派なのだ。

 人間が豚や牛を自分達と同等だと考えないように、能力的に遥かにすぐれる夜の一族がそう考えるのも無理はないかもしれない。
 そんな彼らだからこそ【人間】が長年積み上げてきた【武術】というものを軽視していた。
 そんなものを学ばなくても自分達は人間などに負けはしない、と。
 獅子が生まれ成長すれば最強であるように、生物としてのヒエラルキーの最上位に位置する夜の一族にとってそんなものは必要なかったのだ。

 だから夜の一族で何かしらの武術を学ぶのは少数、いや異端でもある。 
 そんな異端ともいえる一人が冥であった。
 最初は殺音に無理矢理付き合わされただけであったが徐々に引き込まれていった。
 夜の一族としての身体能力、長年の鍛錬によって築き上げた剣術。
 そんな冥ですら、目の前に対峙する年端もいかない少女に戦慄せざるをえなかった。

 完全に力量を読み違えたか、と未熟な己を罵る。
 なるほど、貪狼程度では相手にもならない。
 それほどの剣気を、闘気を内に秘めた自分の【敵】となり得る剣士だ!

「非礼を詫びる、剣士よ。改めて名乗ろう。ボクは水無月冥。一手お願いできないだろうか」
「……高町美由希。お相手致します」

 先ほどとは一転、突然の殊勝な言葉に訝しがりながらも美由希は油断なく答える。
 答え終わった途端地面を滑るように間合いを一気に詰めた美由希が右からの横薙。
 白刃が風を裂き、冥の脇腹を狙う。
 冥はそれを軽々と受け止める。

 それとほぼ同時にもう一つの小太刀が死角から迫るが、冥はさらに踏み込んで美由希の肩を押さえる。
 ギシリと骨が軋むが美由希の蹴りが冥の顎を狙って跳ね上がる。
 肩から手を離し間合いを取ると唐竹一閃。
 美由希はそれを退くどころか斜め前に踏み出しギリギリで見切る。

 だが、空振りで終わったはずの冥の白刃が刃をかえすと同時に地面に激突、先ほどとは逆の軌跡を描き美由希に迫りくる。
 なんという荒業。
 そんな白刃を美由希は冷静に受け流し逆に冥の手首を狙う。狙うは動脈。
 それでも冥は冷静に柄を落として小太刀を弾く。
 小太刀が弾かれその衝撃に美由希の腕が痺れ唇を思わず噛む。
 
 右袈裟斬り、逆胴、その流れからの突き。
 見かけとは裏腹にとてつもない威力の一撃を打ち込む冥に対抗するために美由希は鋭く細かく回転をあげていく。
 冥の咆哮が木霊する。

 全てを薙ぎ払うかのような一撃。
 美由希の連撃を嘲笑うかのように弾き飛ばし空気を歪ませ首を襲う。
 片手だけでは受けることも受け流すこともできないと瞬時に判断し、両手の小太刀で受け止める。

 そのあまりの衝撃。
 地面を蹴り力の流れに逆らわず飛ぶ。
 あのまま踏ん張って受け止めていたら恐らく小太刀ごと両断されていた。
 圧倒的な力。自分を上回るスピード。熟練された剣術。
 
 これが、恭也から聞いた夜の一族の身体能力。
 強い、というレベルではない。
 ここまでの剣士を美由希は頭に思い浮かべようとして止めた。

 比較しても意味がない。
 美由希にとって高町恭也こそ至高。
 究極にして最強、無敵にして不敗。

 そんな恭也に比べれば例え冥といえど、子供同然。
 圧倒的なパワー?目にもとまらないスピード?

 ―――それがどうしたというのだ!!

 高町美由希が受け継ぐ御神流はそんな相手を屠るために伝わってきた必滅の【技】。
 例えどんな相手だったとしても高町美由希に負けることは許されない。
 美由希が敗北が許されるのはこの世界で唯一人、高町恭也。

 ―――ならば、全てを斬ってみせよう。塵芥も残さずに。

 この瞬間、冥は【殺気】が【殺意】に【闘気】が【鬼気】に変わるのを感じ取った。
 冥は美由希を甘く見ていたつもりはない。
 それでも本気になった自分の攻撃をここまで凌ぐとは想像していなかった。  
 その斬撃のなんと鋭いことか。
 その突きのなんと容赦のないことか。
 その防御のなんと鉄壁なことか。

 自分はまだ美由希を、たかが人間と侮っていたことに苦笑する。

 ―――侮るな。

 殺音と戦っている男も、また人間だ。
 ならば、目の前に居る少女もアレと同等の化け物でないという保証がどこにある。
 たかが人間。それならば自分もたかが夜の一族ではないか。

 慢心も油断も必要ない。
 必要なのは敵を打ち砕くという強い意志のみ!!
 奇しくも互いに決意を固めたのは同時。

 地面を蹴る。
 互いに尋常ならざる身のこなし。
 両者の踏み込みの音が聞こえ、丁度中心で火花が散る。
 亜音速の世界で斬り、突き、打ち、弾かれあう白刃同士。

 初手にて斬りあった場所からどちらも動かず、ただひたすら切り結ぶ。
 冥の下段からの跳ね上げる日本刀の一撃を、美由希は片手の小太刀で撥ね退ける。
 冥は手首の力のみで日本刀の軌道を修正、瞬時に上段からの振り下ろしに変化する。
 今度は右の小太刀で受け流し、冥は空いた左の小太刀の攻撃に注意を払い、美由希の右側に踏み込む。

 地面を蹴って美由希は間合いを取る。追いすがる冥。
 一拍おいての右の小太刀の斬撃。
 それを受け止めるが、その上から左の小太刀を重ねる。
 凄まじい衝撃が冥を襲う。身体の芯に残るような。

 それでも冥は歯を食いしばり半ば押し込まれたような不安定な体勢から美由希を撥ね飛ばす。
 距離をとった美由希が大きく片手の小太刀を後ろに引く。
 そして放たれるのはこれまでにない高速の突き。

 まさに音速ともいえるソレは一直線に、冥に迫る。
 後ろに飛んでも追撃されるだけだと判断した冥は、美由希をさらに上回る速度で横に飛ぶ。
 それでも、完全には避け切れない。それほどの超高速。
 突きが冥の肩にえぐりこむ様にして突き刺さる。

 その威力に小柄な冥の身体が激しく吹き飛び、さらに追い討ちをかけるように追撃。
 だが、冥もなんという精神力。
 肩を貫かれながらも自由がきく片手で美由希の頭を砕き割らんと日本刀を振り下ろす。 
 それに気づき美由希は受けるが、軽い。先ほどまでに比べると異常なまでの軽さ。

 冥がすでに刀を手放したのだと気づいたときには遅かった。空気を裂く音。
 美由希の腹部に冥の、岩を砕くような拳が入り、先ほどとは真逆の光景が繰り返される。
 それでも美由希は倒れない。

 口から血を吐き出しながらも眼光鋭く冥を睨みつける。
 冥も肩を貫かれてはいるが、その戦意にわずかな緩みもない。
 今までのがまだ前哨戦だったといわんばかりにさらにさらに二人の間の空気が熱していく。
 戦いはまだ終わらない。

 












 水無月殺音と水無月冥は人猫(ワーキャット)と呼ばれる種族だ。
 夜の一族と言えば聞こえは良いが実際には夜の一族の中でもランク分けをされればかなり低い。
 ワーキャットの種族自体確かに人間よりも身体能力は高い。
 それでも他の吸血種や人狼といったメジャー級の一族には及ばない。

 そんな中で殺音に起きたのはまさに呪われた奇跡。
 数億分の一とさえされる確立で引き起こされる【始祖返り】と呼ばれる現象。
 夜の一族の歴史は長く、長寿といっても幾度も世代交代を繰り返し徐々にその血が薄まっていった。
 それはいくら純血を保とうとしてもやはり無理がある。

 【始祖返り】によって殺音は夜の一族最古の存在へと、その血を、肉体を、能力を引き戻されたのだ。
 夜の一族の上位種すらも上回る超能力。それはまさに底辺にいるワーキャット達にとっては恐怖の対象。
 その結果、殺音は一人になった。
 両親はおろか、家族、一族、種族全てに疎まれた人生を送った。
 家を飛び出したのがおよそ二十年ほど前。

 妹でもある冥が何故かついてきて二人で世界を、日本を放浪した。
 その途中で自分と同じような境遇……【始祖返り】ではないが……で行き場のない連中が回りに集まってきて【北斗】ができた。
 過去ではありえない、周囲にいる者達の顔に浮かぶのは打算のない、恐怖のない笑顔。

 自分を信頼してくれる仲間。
 それでも水無月殺音は……心の底から笑ったことはなかった。

 
 
 壱。

 弐。

 参。

 肆。

 伍。

 陸。

 漆。

 捌。

 玖。

 拾。

 わずか一秒の間に繰り出されるのは十合の打ち合い。
 はたしてどれだけの存在がこの戦いをはっきり見ることができるであろうか。
 世界を探したとしてもそうはいまい。
 これはもはや人間と夜の一族の戦いというものを遥かに超えた、まさしく最強同士の争い。

 天さえ彼らに恐怖したかのように、その晴天が曇天へと変わっていく。
 単純な力で言えば恭也は殺音に圧倒的に劣る。
 それでも恭也は秒間十発という中で殺音の刃筋を逸らせながら受け流す。
 単純な速度で言えば恭也は殺音に絶望的に劣る。

 それでも恭也は極限まで無駄を省いた動きで殺音と相対する。
 ようするに恭也は上手いのだ。
 剣術というものが、戦闘というものが、殺し合いというものが。

 決して殺音の剣技が拙いというわけではない。
 一流、いや超一流。その技に匹敵するものは恭也の記憶にもいないほど。

 それでも恭也には及ばない。
 恭也の剣技も超一流といってもいいだろう。
 それでも同じ超一流という言葉の中でも絶対的に埋められない差があった。
 その技術の差だけが恭也と殺音の戦いを拮抗させたものへと押し上げている。

 周囲にいる才能溢れる人間とは違って高町恭也という青年は言ってしまえば凡才である。
 腕力では高町恭也は友人の赤星勇吾には及ばない。
 速度では高町恭也は御神美沙斗には及ばない。
 剣才では高町恭也は高町美由希には及ばない。
 応用性では高町恭也は城島晶には及ばない。
 武術の才能では高町恭也は鳳蓮飛には及ばない。

 周囲にいる才ある者たちによって自分の凡才が実感できたからこそ恭也は狂ったような鍛錬を耐え切れたのだ。
 常人なら一日で身体を壊し、一週間続ければ発狂してもおかしくない、そんな絶望的な鍛錬を己に課したのだ。
 幼き頃の約束を護るために。高町美由希を導くために。

 ―――その結果が今の恭也。

 一と百ほどの差もある才能を覆すほど昇華された【技】、いや、もはや【業】。
 御神と不破の一族が健在であったならば狂喜乱舞するような、彼らが目指した【破神】の理想がそこに在った。
 恭也本人は否定するだろうが、御神数百年の歴史の中で誰もが理想として、辿り着けなかった【完成された御神の剣士】すらをも遥かに越えた剣士としてそこに居た。

 美由希と冥がそうしたように、殺音と恭也も足を止めた打ち合い。
 それはもはや暴風。
 近づくものは容赦なく斬らんと、荒れ狂う剣の結界。
 空気はおろか、原子すら斬り裂くかのような殺音の唐竹に対して恭也は刃筋を横に逸らし完璧に受け流す。

 それでも殺音は運動エネルギーをも無視するかのように縦横無尽に刀を振るう。その全てを恭也はさばききる。
 瞬間、殺音の瞳が、獣のように鋭く細く変化する。
 恭也の背筋を悪寒が襲う。

 今までの剣撃が冗談のように思えるほどの凶悪な横一文字。
 刃筋を逸らそうが、どんな手段を使っても防ぎきることは不可能と判断。
 後方へ跳躍。轟風音を残し恭也のいた場所を切り裂くが、停止。
 その切っ先を恭也に向けたまま爆発的な勢いで放たれる突進。

 間一髪の見切り。それでも、恭也の頬が皮一枚がパクリと開き血を流す。
 鉄臭い匂いが恭也の鼻につく。
 それでも迷いなくステップを踏み、疾風のように殺音の側面に回り込み、頭を狙う。

 今度は殺音が首をずらし、距離をとる。
 それと同等の速度で殺音を追い、先ほどのお返しといわんばかりに突く。
 殺音はその突きを胸の前で払い落とす。

 殺音は思う。
 先ほどの頭への一撃も、今の心臓への突きも、確実に……自分を殺しにきていると。
 コンマ一秒すら反応が遅れれば自分の命はないだろう、それを確信できるほどの攻撃。
 恐怖はもはや感じない。

 全身を熱く燃え上がるような昂揚感。
 自分の全てを受け止めても、壊れることなく、逆に自分を喰らいつくさんばかりの勢い。
 こんな世界の理から外れたような人間がこの世界にいることに、自分と出会わせてくれたことに殺音は産まれて初めて感謝した。

 ―――死なない。

 ―――殺せない。

 ―――壊せない。

 それがこんなにも素晴らしいことだと殺音は初めて知ったのだ。
 今、殺音は心の底から笑っていた。

 最高の一時、最高の時間、最高の瞬間、殺音はまさに至福を感じる。
 その時、殺音の聴覚がある【音】を聞き取った。
 遠くからこちらにちかづいてくる音、それはサイレン。

 ―――警察?

 バカなっと吐き捨てる。
 ここの周囲は森に囲まれていて隣接する家などない。だからこその全力戦闘。
 ならばどうして警察などが向かってくる。

 激しい疑問が頭の中を駆け巡る。
 殺音の視界の端に二人の人物が映る、それは今回のターゲットでもある咲夜と嵐山。

「おまえらかぁぁぁぁああぁあああああああああぁああああああああ!!!!!!!!!」

 憎悪と憤怒とが混ざり合った咆哮。
 殺音の全身に冷たい衝動がはしる。
 心臓が破裂しんばかりに高鳴り冷たかった衝動が一瞬で沸騰、血液が熱く燃える。

 ―――けがされた。よごされた。じゃまをされた。

 私とキョーヤの殺し合いを!!!!!!
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!! 
 その眼を!その顔を!その手を!その胴を!その足を!
 斬り裂き、裁断し、踏み潰し、粉々にしても足りない!灰すら残さず、細胞までも滅ぼしつくしてやる!!!

 怨念とすら言える感情が、狂気が、暴風となって咲夜と嵐山を襲う。
 彼らは顔を青ざめ、咲夜は糸がきれた人形のように倒れ嵐山は吐瀉物を地面にぶちまけていた。
 それを見ても溜飲はさがることなく、それでも警察と真正面からやりあうわけにもいかずガリッと歯軋りをする。

「……キョーヤ」
「何だ?」
「条件を一つ飲んでくれるなら、もう二度と影山咲夜は狙わない」
「……条件はなんだ」

「私と戦え。もう一度だけ私と、何の邪魔もなく、互いに、全力で」
「……」

 恭也が考え込む。
 それも当然のこと、あまりに突然で、脈絡もない。

「信頼できるとは思えないけど……それでも誓う。約束は護ると」
「……分かった。約束しよう。お前と再び戦おう」

 恭也はそう言って小太刀を納刀する。 
 その言葉を聞いた途端、殺音の中で荒れ狂っていた激情は一瞬でひいた。
 
 ―――ああ、またあの瞬間が味わえる。それならば我慢しよう。

「時間はおって伝える。忘れるなよ、キョーヤ。私は殺音。水無月殺音!」

 冥、と叫んで気を失っている廉貞の襟を掴むと一瞬にして森の奥へと消えていく。
 冥はあまりに突然の行動に固まっていたが美由希に、勝負は預けた!と宣言して殺音の後を追った。
 ここに【北斗】と恭也たちの第二戦が幕を閉じた。

 










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