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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/11 01:02





















 マンションから飛び出した恭也が走る。すでに太陽は完全に落ちて、周囲は暗闇が支配していた。街灯の明かりが道路を照らす。
 ガリと音が鳴るくらい強く歯軋りをする。果たして冥はどこに行ったのか。可能性がある場所を思い描く。
 可能性は可能性。確信は持てない。少なくとも恭也が感知できる近場にはいないようだ。

「くそっ!!」

 分からない。見つからない。一体どこだ。どこにいる。
 マンションの周辺を探し回ったが見つからない。通りすがりの人にも聞いてみたが、冥を見かけた人はいなかった。
 海鳴臨海公園に無意識のうちに到着した恭也は僅かに乱れた呼吸を整えるように呼吸をすると、冷静になれと自分を叱咤する。

 夜の海がライトアップされていて幻想的な美しさを醸し出している。こんな状況でもなければ見とれたことだろう。何組かのカップルもいて少し憎らしい。
 まずは冷静になって可能性を考えるべきだ。 

 冥が恭也を置いて他の土地へと逃げ出した可能性。
 答えはノーだ。もし逃げるならばもっと早く逃げている。こんなギリギリの、しかも夜になって逃げ出すわけがない。

 冥の悪戯という可能性。
 答えはノーだ。流石にこんな悪趣味な真似をするはずがない。

 冥が恭也に別れを告げないといけなくなったという可能性。
 それはつまり、先ほど別れた後に敵と接触してしまった可能性が高いということだ。油断した。幾ら人目があるとはいえ一人にさせるべきではなかったのだ。

 だが、まだ殺されたわけではない。仮に冥が敵と接触したのだとしても、マンションに戻って置手紙ができるだけの余裕があったということだ。無理矢理書かされた手紙ではないことくらい見れば分かる。
 ということは、ここではないどこか。人目につかない場所を指定した?冥がそれに従う理由は?催眠術か何かか?催眠術では置手紙のことが説明できない。

 何か交換条件でもつきつけられたのか。冥自身がその要求を呑むしかないほどの交換条件。ふと考えるが思いつかない。
 しかし、冥が脅されたとはいえ自分の意思で出て行ったのかもしれない。ふざけるな、と吐き捨てる。
 例えそうだったとしても、恭也は護ると誓ったのだ。あの娘を。今更違えることなどできるものか。  

 恭也の知る限り、ここ海鳴で人目につかない場所。その候補を考えるがどこも確信がもてない。この状況では僅かなタイムロスも許されない。
 どこにいる、と深く思考する。思考の隅で何かがひっかかる。それが何かが分からない。あと少しで思考のパズルが完成するというのに。
 嵐の日の海のように、心が激しく揺らぐ。どうしても冷静になれない。ガシっと地面を蹴る。ほとんどやつあたりだ。
 その時、その弾みでぽろりとズボンから携帯電話が落ちて、地面を転がった。それを拾う。

「誰かに助けを求めるか……」

 本心からの言葉ではない。今更誰に頼ればいいというのだ。自嘲気味に口元を歪めた瞬間、カチリと音をたてて思考のパズルが完成した。
 まるで目が覚めるかのような天啓。完全に冷静さを欠いていた。
 夜の一族の断罪人である執行者達はこれまでも多くの夜の一族を裁いてきた。しかし、そのどれもが裏はともかく表の世界にでることはなかった。
 それは、その土地を支配する夜の一族に協力を求めていたからだ。狙った相手の情報、そして後始末。表の世界に情報が流れないように。

 つまり、この海鳴を支配においている夜の一族は―――。
 恭也は携帯のアドレス帳を開くと、目的の人物に電話をかけた。







 
 











「んー。ノエルの入れてくれた紅茶は美味しいわね~」
「恐縮です」

 月村忍は自室で優雅に夕食の後のティータイムに突入しているところであった。その直ぐ傍にはメイド服姿のノエルが控えている。
 夜の一族の頂点の一角に数えられている三巨頭の一つを担っている月村家の当主ということもあり、住んでいる家は果てしなく大きい。家というより屋敷という表現のほうがただしいのだろう。

 三階建てのうえに、屋根裏部屋、地下室まである。さらに高町家の土地以上の広い庭。漫画に出てくるような門構えの屋敷である。
 十数個の部屋があり、忍の自室もとんでもなく広い。一般家庭の家としては狭くはない、というか広い高町家の一階半分近くの広さだ。
 それだけ広いというのに置かれているモノと言えば、巨大なテレビ。散乱しているゲーム機とソフト。隅っこのほうに大量に詰め込まれた漫画の本棚。

 紅茶を飲み干すと忍一人では大きすぎるベッドにボフっと勢い良く飛び込む。うつ伏せになってのほほんとする忍は幸せそうに目を瞑っている。
 あと数分もすれば眠りに落ちるのは明らか。ノエルも静かに退室しようとしたその時、忍の携帯の着信音がなった。音楽が流れる。その音楽は大ファンのSEENAのものだ。
 うーん、と眠気が残る思考。半分おちた瞼で、傍に転がっていた携帯を手に取り電話をかけてきた相手を見た瞬間、眠気が全て吹き飛んだ。慌てて電話にでる。

「も、もしもーし。忍ちゃんですよー。こんばんは、恭也!!」
『忍か!!すまん、単刀直入に聞く』
「はいはい。どうしたのー?そんなに慌てて」
 珍しく恭也からの電話に内心嬉しい忍だったが、恭也の慌てように小首を傾げる。
『あいつは……執行者はどこにいる!!』
「……」

 そして、恭也の台詞で固まった。 

『もう、執行者はこの地に……海鳴にきているはずだ!!あいつはどこにいるか教えてくれ!!』
「……ごめん。恭也。それは教えれないよ」

 【知らない】とは言わなかった。教えれないといったのだ、忍は。恭也に嘘はつけない。つきたくない。だから教えられないといったのだ。
 やはり知っているのかと己の読みが当たったことを確信した恭也の勢いが増す。

『頼む、教えてくれ……』
「……駄目だよ、恭也。もう、これ以上は関わらないで。イレインなんて目じゃないの、彼は。殺されちゃうよ……」
『俺は誓ったんだ、あいつを護ると!!もし、このままアイツを見捨てたとしたら、俺は俺が許せない』

 電話越しでも聞き取れる、恭也の決意。絶対引かないという、強い意志。忍を、数多の危機から護り抜いた時の恭也そのままに感じられた。
 だから早く水無月冥にはこの地を去ってほしかった。恭也と深い関係になる前に、どこかに去ってほしかった。
 一度護ると決めてしまったら、恭也は相手が誰であろうとも引かない。如何なる恐怖も脅威も振り払い、きっと立ち向かう。
 そんなこと、分かっていたのだ。恭也が死刑執行者に立ち向かうであろうことくらい。それくらい分からないはずがない。

「……国守山ってあるよね。そこら一帯に……特に頂上には人を近づけないように、って要請してきたの。執行者が。多分、彼はそこにいるはず」
『国守山か……忍、感謝する』

 ぶつりと電話が切れた。今頃、全力で国守山に向かっているのだろう。目を瞑る。
 私はどうすればいいのか、と自問自答する。
 家名と命を取るか。それともたった一人の人間の男を取るのか。
 だが、答えなど最初から決まっている。絶対に。
 薄ら寒い笑みを浮かべる忍。

「ノエル……」
「何でしょうか、忍お嬢様」   

 忍の呼びかけにノエルは静かに答える。現在の事態は理解できていた。

「私と一緒に死んでくれる?」

 そう、忍はノエルに語りかけた。まるで明日でかけるからついてきて、というくらいの気軽さで。死んでくれ、と。

「勿論です。忍お嬢様と恭也様のためならばこの命尽き果てるまでお供いたします」

 一切の迷いも、恐怖も、逡巡も、躊躇いもなく、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトは頷く。
 忍は嬉しそうに立ち上がる。ゆっくりと開いたその瞳は真紅に染まっていた。
 頂点の一。三巨頭の一角。月村家現当主。月村忍が、たった一人の男のために動き出した。














 冥は指定された国守山の頂上に向かっていた。太陽は沈み、すでに月の光が周囲の木々を照らし出している。
 夜風が吹く。ザワザワと木々がざわめく。その音に耳をすます。もうすぐ自分は死ぬというのに、何故か心は穏やかだ。あれだけ心を騒がせていた恐怖などどこにいったのか。
 全身を貫く月光。こんなに気持ちいいものだったのか、と空を見上げた。半月となっているその月を眩しそうに見やる。
 体が軽い。冥が生きてきた人生のなかでこれほどまでに体のきれがいいと感じたのは初めてだった。

 腰元に挿してある日本刀。恭也のところから失敬してきたものだが、その重みすら感じられないほど調子がいい。
 地面がでこぼことしてるなかで、適正な場所を軽く蹴って跳躍。躓くことなく山を登っていく。
 そんな中、木々を抜ける瞬間、葉っぱで軽く手を切った。刃物で皮膚を切ったかのような痛み。まったく深くはないので夜の一族である自分ならばすぐ治癒されるだろうと気にしないことにする。

 正規のルートがあって車で登れる整地された道があるらしいが、生憎とそっちを見つけるほうが時間がかかるようだったので冥はほとんど一直線で国守山をかけあがっていた。
 トントンと優雅に、そして華麗に登っていく。足に力を入れて一際大きく跳躍。木々が視界からきえ、映し出されるのは巨大な湖。
 表面には半月が綺麗に映っている。それにしばしの間見惚れる。が、反射的に膝をつきそうになる重圧を背中に受けて振り返った。
 ぼろぼろの衣服を纏い、無精髭を片手でさすりながら近づいてくる青年。人間の年齢になおしたら三十に届くかどうかだろうが、中身はもっととんでもない存在だ。

 正確な年齢は誰も知らない。本人さえ忘れたであろう遥か昔から生き続けてきた純血の夜の一族。
 数百、或いは数千にも及ぶ罪人を断罪してきた、生粋の処刑人。その力に並ぶ物無し、と称される正真正銘の生きる伝説。
 全ての夜の一族が恐れ、敬い、崇める、頂点の中の頂点が、目の前にいた。

 ドクンと心臓が暴れだす。 
 ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ。
 本能が、直感が、戦うなと、逃げるんだ、と叫び、喚起する。
 強大な、プレッシャー。漂流王など相手にならない。格が違う、絶対的な強者。先ほどあった、天眼をも上回るバケモノだ。
 そんな存在を前にしても不思議と心は落ち着いている。両手両足、震えはない。

「ありゃま。まさか本当にくるなんて驚いたよ」

 いつの間にか、冥を挟み執行者と対極線を繋ぐように、漂流王は背後で大きな石に座っていた。
 スキだらけに見えて、全く油断はない少年。きっと漂流王もみかけによらず長い年月を生きているのだろう。執行者ほどではないだろうが。

「謝りはしない。ただ、せめて安らかに逝け」

 チンという金属音を鳴らせて執行者は背に背負っていた剛剣を片手で軽々と引き抜いた。
 対して冥は日本刀を抜きさえしない。微かに笑みを浮かべて数メートルの間合いをとった状態から動くことをしない。

「諦めたの?それが苦しまずに死ねるから正しい選択といえばそうなんだけどねー。つまんないや」

 ハァと興味を全く無くしたように石の上で胡坐をかく。

「さらばだ、小娘」

 執行者の声。何の感情ものせずに漂流王にもかすかにしか映らない速度で執行者は踏み込んだ。
 別に執行者も漂流王も感情がないわけではない。もう命を奪うことを続けてどれくらいになるか。いちいち相手に憐憫の感情などもってたらこっちの精神が持たない。だからこそ何も感じないふりをしているだけだ。

「バイバイ」

 そう漂流王は呟いた。それが別れの言葉になる―――はずだった。
 冥の首を斬りおとさんと迫った横薙ぎの斬撃をギリギリのところで避けて、抜いた刀で逆に執行者の腹部を狙って振り払った。

「―――な、に?」

 驚きの声をあげて執行者は後ろに跳び下がった。完全にはかわしきれない。衣服を綺麗に斬られた。
 未だ驚きの表情の執行者は冥と己の斬られた服とを交互にみやる。まるで何が起こったか理解できないような様子だ。

「俺の一撃をよけた、だと」
「……さらに反撃?そんなことできた奴ってどれくらいぶりだよ」

 漂流王もぽかーんと口を開いたまま驚愕の表情。頂点二人に穴が開くほど見つめられた少女はくすりと女の笑みを浮かべる。

「悪いけど、ボクもキミ達という死の運命に抗わせて貰うから。恋する乙女ってわりと最強なんだよ?」

 刀を構えてそう微笑む冥の姿は何よりも、誰よりも大きく見える。
 周囲を満たす烈火の闘気。それは執行者と漂流王を驚愕させるには十分足りうるものであった。
 足掻いてみせる。生き抜いてみせる。そう冥の瞳が物語っていた。

 その時、ポタリと手の甲から血が流れ落ちる。首を傾げる。先ほど葉っぱで斬った傷が癒えていないのだ。何故、と疑問が頭を通り過ぎる。この程度の傷、普段ならば瞬く間に癒えるというのに。ズキリと首の裏が痛んだ。

「俺と相対して生きる希望を諦めなかった者は、随分と久しい。見事、と言うしかあるまい」

 その思考を中断させるように執行者が賞賛を送る。執行者が獲物に送る最大限の賞賛。
 いや、すでに目の前にいる少女は獲物でない。即ち……。

「小娘……貴様は【俺達】の敵だ!!」

 ドンという凶悪な殺気が巻き起こる。先ほどまでは遊びだったといわんばかりに。冥は認められたのだ。執行者に。己の敵に値すると。
 殺気が質量を持った疾風となって冥を打ち抜く。ビクンとその殺気に体がすくむ。わずか一瞬。
 その一瞬で執行者は襲い掛かる。圧倒的な闇を従え、振り下ろされる剛剣。受け止めたら間違いなく刀ごと叩き斬られる。
 体が竦み、動きが遅れたはずの冥だったが、執行者よりさらに速く、横っ飛びでかわす。生憎と恭也のようにミリ単位の見切りなどできるわけではない。

 冥の己を上回るその超速度に、再度驚きを隠せない。
 僅かに、だが確実に、この小娘は俺より速い!!

 言葉では言い表せれない屈辱。ただのワーキャットの小娘が執行者である自分を、頂点である自分を速度だけとはいえ凌駕するなど認めることなどできるものか!!
 執行者の驚きと同じで冥自身も己の変化に驚いていた。
 身体が軽すぎる。さっきも感じていたことだが、異常なほどに。これでは羽毛のようだ。
 元々、スピードには自信があった。小柄な体もあっただろうが、スピードだけならば殺音にも負けないだろうという自信が。しかし、今はそれ以上の速度だ。何せあの執行者さえ上回っている超速度。

 冥は気づかないが、これが本来の彼女の実力なのだ。身体能力なのだ。
 冥の傍には常に殺音がいた。異端の天才。一族の最悪の異常者。頂点に匹敵するバケモノが。
 だからこそ、冥は己に蓋をしていた。殺音には絶対勝てない。自分の力はここまでだ、と。一種の自己催眠ともいえる状態。
 それを、生きようとする意志、己の限界を超えようとする心が、今まで閉じていた蓋を開けた。ただ、それだけの話なのだ。
 己の潜在能力を解放した水無月冥の速度は、今まさに頂点に匹敵せんと疾風のように荒れ狂った。

「こざかしぃ!!!!!!!」

 苛烈な咆哮。冥を砕かんと執行者が縦横無尽に剛剣を振るう。だが、当たらない。一撃でも当たれば決着はつく。そのはずなのに届かない。冥のスピードがさらにあがっていたのだ。
 水無月冥の速度は、執行者の速度を僅かに、ではなく遥かに凌駕していた。
 執行者がその剛剣で冥の唐竹を真っ二つにしようと振り下ろす。手がぶれ、剛剣も視覚できない速度で牙を向く。その一撃が冥を斬る。だが、肉と骨を切る感触は伝わってこない。

 残像だ、ということに気づいた頃にはすでに冥は執行者の背後に回りこんでいた。地面を蹴って、執行者に刀を向け、体当たりをするかのような勢いで疾走する。
 それに気づいていた執行者は左手一本で振り回すかのように剛剣を斬りつけた。銀光が円を描く。
 その銀円をさらに深く踏み込み上体をさげることによってやり過ごす。冥の刀が執行者を貫いた。だが、冥にも肉を貫いた手ごたえがない。
 貫いたのは執行者の服のみだ。刀が服に絡まって身動きが取れない冥を見て、終わりだといわんばかりにニィと笑った執行者が剛剣を右斜め上から振り下ろした。

 だが、それさえも空をきる。パンと軽い音をたてて執行者の頬に衝撃がはしる。軽い痛み。致命傷には程遠いが、ぐらりと執行者の身体が揺れる。刀から手を離した冥の拳による連撃。力はそれほど強くはないが、それはあくまで他の夜の一族に比べればの話。決して非力というわけではない。
 それで注意が逸らしておいてスゥと音もなく服に絡めとられていた刀を引き抜く。それに気づいた執行者が剛剣を切り上げるが、それよりも速く後ろに後退する。追撃をかけてくる様子はないので、とめていた呼吸を吐き出す。そんな冥を執行者は忌々しげに見る。

「―――やはり貴様はあの女の血を分けた妹ということか。ただの夜の一族にしては、随分と外れている」
「あの死刑執行者にそう言って頂けるなんて光栄だね。これから先の自慢話にできるよ」
「貴様に先があると思っているのか?」
「当然さ。好きな男と結婚して……子供は二人。できれば男の子と女の子が一人ずつ。大きな二階建ての家で犬を飼って平和に暮らすっていう家族計画があるんだよ、ボクにはね。今さっき考え付いたばかりだけど」

「減らず口を叩く。どこまで貴様はあの女に似るんだ」
「あの女?殺音のことかい?」
「……しゃべりすぎたか」

 チィと舌打ちをした執行者は、この戦いで初めて構えた。ビリビリとした殺気の波が冥をうつ。鳥肌が立つ。
 何かが、違う。今まで戦っていた執行者とは何かが違っている。否、違ってきている。先ほどまでの執行者ならばまだ良い戦いができると思っていた。だが、やはり頂点は頂点だ。剣の王者がこの程度であるはずがない。
 執行者の瞳の色が少しずつ変わっていく。真紅の瞳に。夜の一族である証明に。

 ―――まだまだ本気じゃなかったわけだね。

 乾いた唇を舐める。
 ここで逃げ出すわけにはいかない。倒すのだ、ボクが。倒して帰るのだ、恭也の元へ。そして、共に生きるのだ。
 ボクのスピードはまだまだあがる。先手必勝だよ。
 両足に力を込めて、地面を蹴った。スピードで、執行者をかく乱するために。最高速度になる手前、地面を蹴ったばかりの初速の瞬間。背中が爆ぜた。

「っあ……!?」

 背中に焼け付く激痛と衝撃を受けて、冥は地面を転がった。元居た場所から軽く数メートルは吹き飛ばされていた。
 視界が揺れている。思考が纏まらない。あまりの激痛で気絶することさえできず、逆に意識だけは保てている。ぐにゃりと揺れる視界の先、笑いながら石の上に胡坐をかいている漂流王と視線があった。
 両手を石につくと、逆立ちをするようにして立ち上がり、回転。華麗に地面に着地した。

「凄いね、キミ。まさかそれほど強かったなんて思いもしなかったよ。ここ百年の間見た夜の一族のなかで、頂点に選ばれたバケモノを除いたら水無月殺音とキミは群を抜いてるよ」

 散歩するように地面に倒れ付している冥の元まで歩いてくるとニコリと笑う。そして容赦なく冥の腹部を蹴り上げる。微塵も容赦することのない、凶悪な蹴撃。メキィという骨が折れる音が鳴り響く。

「……か……ふっ……」

 小柄な体が蹴り転がされる。地面をに激突、ごろごろと転がる。執行者の足元にまで転がっていき止った。

「まさか卑怯だ、なんて言わないよね?こっちは最初から二人いるんだ。僕に注意を払っていなかったキミが悪いよ。攻撃してくださいと言わんばかりの隙だらけの背中があったら攻撃しないほうがおかしいさ」

 身動きできない冥を見て、興味をなくしたように先ほどまで座っていた巨石まで戻っていき、再度胡坐をかく。
 眠たそうにふぁ~と欠伸をする。そんな漂流王を若干不満気に見る執行者。その視線に気づいた漂流王がため息をつく。

「執行者。キミもまさか不満だとか言うわけじゃないよね?いいかい、キミに敗北は許されない。キミが負けるということは、第三世界を守護する防御壁が崩壊することを意味するんだよ。その娘と戦っても99.99%キミが勝つ。でもね、それでは駄目なんだ」

 パチンと両手を叩く。そのまま集中する様子を見せた後、人の頭一個分ほどのスペースをあけて数秒、その空間に青白い炎の玉が燃え爆ぜていた。その青白い爆玉を冥の背中にぶつけ、弾けさせたのだろう。

「99.99%勝てたとしても、100%じゃないと意味がない。もう一度言うよ。キミに敗北は絶対に許されない。だから、例え卑怯だと罵られても、憎まれても、その0.01%の可能性さえも押しつぶす。それがキミの片翼たる僕の役目」

 仮にこの戦いを見ていた者たち全てが漂流王を卑怯だと、汚いと言ったとしても、眉一つ動かさないであろう。
 漂流王は長い間死刑執行者の片翼として数多のバケモノ達と戦ってきた。逃げ惑う子鼠程度の相手がほとんどだ。だが、稀に理解を外れたバケモノも存在した。
 第五位の百鬼夜行。【前】第九位の人形遣い。その中で最たる存在がこの二人だ。執行者と二人で戦いを挑み、結局決着をつけれなかった。

 はっきりいって漂流王の戦闘力は執行者にくらべて格段に劣る。八位の【魔女】に手ほどきを受けた魔術もそれなりには使えるが、魔女には到底及ばない。よく言えば攻守において遠近揃った万能型。悪く言えば中途半端。それが漂流王。それでも近接戦は執行者に魔術は魔女に師事したおかげで夜の一族でも十分にバケモノ扱いされてはいるが。

 故に常に命がけだ。執行者の横に立つということは常に命をかけるということに等しいのだ。
 だからこそ漂流王は命を賭して、執行者の横に立つ。己が負けるということは、執行者に危険をもたらすということなのだから。
 漂流王はこの世の全てがどうでもいいと思っている。他の十界位も。夜の一族の平和も。人間達の平和も。自分自身さえ興味がない。

 そんな漂流王が体中が限界だと悲鳴をあげても執行者に指導を仰いだ。全身の魔力を絞りきり、衰弱していても魔女に魔術の全てを叩き込んで貰った。地獄のような戦場で、血を流し、骨を砕き、魂を削るような死闘を繰り広げ、ようやく手にしたのが今の力。夜の一族では異例な、たった百年で頂点に数えられるようになった未完の天才。
 その全てが、執行者のためだけに。幼い頃に己の命を救ってくれた、見える物が全て灰色に見える中、圧倒的な闇を従え現れた救世主の如き存在のためだけに漂流王はここにいる。

「……分かっている。すまんな、これではどちらが保護者か分からん」
「流石に僕ももう保護者が必要って歳じゃないよ。僕はキミに救われた命さ。キミのためならば僕は鬼にも悪魔にもなるよ……ってマジですか」

 呆れたような漂流王の声。執行者も目を見開いた。
 執行者の足元、転がっていた冥が歯を食いしばって立ち上がろうとしているのだ。
 地面についた両腕は震えるように動くのが精一杯。両足も同様だ。自分の体重を支えられるとは思えない。
 両手両足に力を入れようとすると、逆にその他の部位から血が抜けていくような錯覚に陥る。焼け焦げている背中も激しく痛い。例え立ったところで勝ち目などあるはずがない。

 ―――それでも、立たなきゃ駄目なんだ!!

 歯を食いしばる。バキィという音が耳を打った。強く噛みすぎて、奥歯にヒビがはいったらしい。
 糸がきれた操り人形のように、力が入らない筋肉を、無理矢理に動かす。地面を掴んでいた指が、土を毟るように力が入る。
 ビギイと、冥の全身の何かが砕けるような音が鳴り響く。発狂しそうになるほどの激痛を無視するかのように、上半身をあげて、見下ろしている執行者を見上げた。正真正銘、執行者は驚愕していた。

「冗談、だろ?僕の魔術を、まともにくらって……お前、なんなんだよ……」

 かすれるような漂流王の呟き。まともに聞き取れる聴覚が残っていないのか、本当にかすれていたのか。
 ギチギチと壊れる寸前の機械人形のような音が脳髄に響き渡る。このまま倒れたらどれだけ幸せだろう。でも、倒れるわけには行かない。何故なら……。
 キョーヤなら、例えどんな怪我を負ったとしても、勝ち目が0.01%しかなくても……立ち向かう!!

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ、あああああああああああああ!!!!!!!」

 全ての苦痛を振り払うように、冥は雄たけびをあげながら立ち上がった。
 立ち上がっただけで、全身の筋肉が。数本は砕けている肋骨が、悲鳴を上げる。
 だが、体の痛みではすでに冥は止められない。精神が、肉体を超越している。
 もう動くことなどできないだろうに、冥の眼光だけはギラギラと執行者をにらみ付けていた。その鋭い眼光に執行者は口元を歪めた。

「―――見事、だ。水無月冥。これから先、俺は誇ろう。お前という気高き、そして強き者と戦えたということを」 

 執行者は尊敬の念を表情に浮かべ、そして残念そうに冥に向かって振り下ろした。

「……キョー……ヤ……」























 恭也は走っていた。全力で。足を止めることなく。国守山を疾走していた。
 どれくらい走ったか分からないが、心臓がバクバクと胸を叩く。両足が鉛をつけたように重い。それでも止まらない。
 国守山には何度か着たことがある。だから、頂上までの最短ルートは頭の中に思い浮かべることはたやすい。
 頂上付近ならあと少し。冥よりも速くつくことを願って恭也は走る。

 舗装された道路を駆けながら、人影がないか周囲を見回しながら、道路を蹴る。
 その瞬間、恭也の気配を読み取ることができる領域に、三個の気配を感じ取ることができた。一つは冥だ。確信が持てる。
 もう二つは誰かわからない。見知った気配ではない。だが、深い闇の気配。そして、強い。間違いなく執行者と漂流王だ。

 その場所に向かって今まで以上の速度で、黒い風となって駆ける。
 気配に近づいていき、三人が視界に入った瞬間、恭也は見た。執行者が冥の右肩から腰元まで、音もなく、斬り裂いた瞬間を。
 一拍遅れて、忘れていたように血が噴出した。地面に真っ赤な水溜りができていく。スローモーションのように冥の膝が地面につく、コマ送りのようにその小柄な体は己から流れ出した血の海へと倒れ付す。
 その光景を、その場面を、恭也は呆然と見ていた。悪い夢を見ているかのようで実感がない。
 声もなく、愕然としている恭也に漂流王と執行者が気づく。漂流王は恭也を見て顔をひきつらせた。

「げ……水無月殺音を倒した人間だよ……なんでここが分かったんだよ……」
「……分からん」
「さっさと退散しようか」

 よいしょっと巨石から立ち上がろう、視線をいったん地面に移したその刹那、言いようのない悪寒に襲われて、漂流王は横に飛んだ。
 数コンマの差をもって、漂流王は命を拾った。ほぼ同時に恭也が抜刀して、漂流王が立ち上がろうとしていた空間を薙いでいたのだ。

「なん……だ、よ!?」

 思わず悪態がもれる。だが、漂流王が逃げるより速く、抜刀していない左手を振る。闇夜を裂く飛針。反射的に顔を護るように両腕を交差させた。腕に走る激痛。痛みで声が漏れそうになるが、さらに追撃。
 顔をガードした両腕の下から跳ね上がるように恭也の左足が漂流王の顔を狙う。紙一重で、それをかわす。だが、それとは別に感じる悪寒。空中に跳ね上がった足が再度、振り下ろされる。

 冗談じゃない、と吐き捨てるように心の内で叫んで、後方へ逃げる。今度は恭也は追撃をしない。漂流王を庇うかのように執行者が前に出ていた。いつのまにか恭也の立ち位置は地面に倒れている冥に近づいている。
 倒れている冥と、眼前に立つ執行者を交互に見やる恭也。

「その娘、まだ息はある。遺言くらいは聞いてやれ。その間は手はださん」

 恭也に向けていた剣を鞘に納めて、漂流王を引き連れて距離を取る。それを信じたわけではないが、この距離ならば問題はないと判断して倒れている冥を胸に抱きかかえるように持ち上げる。
  
「冥、しっかりしろ。今すぐ病院へ連れて行く。気をしっかり持て」

 反応はない。だが、まだ暖かい。きっと間に合う。冥を抱いて、立ち上がろうとした瞬間、ぴくりと瞼が動いた。

「……キョー……ヤ……?」

「ああ、俺だ。全く、出かけるならどこへ行くのかくらい書置きしておけ」
「はは……ごめん……また、会えるなんて……夢だったらさめなければ……いいのに……」
「夢ではない。安心しろ。腕のいい医師を知っている。俺が知る限り最高の医師だ。その人ならこれくらいの怪我くらい大丈夫だ」

「……無理、だよ」
「お前は夜の一族なのだろう?大丈夫だ」
「……ボクの治癒能力は……何故かな……全く反応してないんだよ……人間と、同じさ……今のボクは……」
「っ!?」

 夜の一族の治癒力ならばまだ可能性はあると思っていた。だが、人間と同じ?それでは、これは明らかに……。

「病院へ連れて行く。揺れるが、我慢しろ」

 致命傷だ。もはやどうにもならない。そう頭の中の冷静な部分が語りかけた。その言葉を、知ったことか、と振り払う。
 その時、冥がぶるぶると震える手をゆっくりと持ち上げた。ぺたりと血に濡れた指で愛おしそうに恭也の頬を撫でる。

「最後に……キミに、会えて……満足さ……うん、悪くない最後だよ……いや、最高の、かな………」

 本当に、神様というのがいたら感謝してもしきれない。
 ろくでもない人生の最後に、最高のプレゼントだ。愛した男に抱かれて逝けるなんて、考えてもいなかった。

 ―――うん。ボクは幸せだ。最高の幸せ者だ。殺音には申し訳ないけどね。

 薄れゆく意識の中、痛みを感じなくなってきた中、冥はそう思考していた。言葉にだして言えない。言う気力がもう残されていない。その時、【闇】が囁いた。

 本当にいいのですか?このまま死んで。これから先の未来を捨てて。きっと彼は忘れてしまう。最初のうちは覚えていても、やがて貴方のことは忘れてしまう。そして愛した女性と幸せに暮らすのですよ。貴方を忘れて。
 ズキリと心が痛んだ。

 ―――仕方ないんだ。ボクはここまでなんだから。

 嘘つきですね。貴方は大嘘つきです。生きたいくせに。彼と共に。この世界で。彼と笑い、遊び、楽しみ、喜び合い、悲しむ。そんな人生を歩みたいくせに。
 【闇】はそう囁き続ける。

 ―――違う、ボクは。

 忘れられるのが怖いのでしょう?ならば彼に残しましょう。爪あとを。彼に刻みましょう。貴方の魂を。例え、彼に愛した女性ができたとしても、貴方のことを忘れられないように、烙印を。

「キョー……ヤ……」
「―――なん、だ?」
「……死にたく」

 ツゥと、涙が頬を流れる。血だらけの指が恭也の頬をひっかく。最後の力を込めて。全ての愛情を込めて。冥が流した涙のように、恭也の頬を血が流れる。頬を流れて落ちた血が、冥の口元にぽたりと垂れた。コクリと愛おしそうにその血を飲み込む。

「……死にたく、ないよぉ……キョーヤ……」

 パタリと冥の手が力を無くし、恭也の頬から離れ、落ちた。冥の瞳から光が消え、生命の輝きを無くす。
 水無月冥。彼女は最後の最後で愛した男に抱かれて、その生涯を終えた。 

 

  
























「これ、超痛いんだけど……」

 歯を食いしばりながら漂流王は腕に突き刺さっている飛針を一気に引き抜く。その数三本。引き抜くと、ぽたぽたと鮮血が腕を伝って地面に滴り落ちる。それを見て嫌な顔をする漂流王。
 常人であるならばその痛みで地面を転がっただろうが、生憎と酷い怪我には慣れている。実戦で、ではなく執行者と魔女の二人に叩き込まれた怪我ではあるが。魔術で軽くだが応急処置。完治させれるほど便利なものではなく、血を止める、痛みを和らげる程度だ。痛みが引いていき耐え切れないほどではなくなった。

「大丈夫か?」
「大丈夫といえば大丈夫。ただ、万全とは言えないよ。近接戦には期待しないといて。なにせ、相手はヒトの身で水無月殺音を打倒したバケモノだしさ」 
「一瞬で、お前にこれだけの傷を負わせるか……想像以上の人間のようだな」

 二人の視線の先。血の海で冥を抱きかかえる恭也の姿。僅かに動く冥の口に答えている恭也を見て、漂流王がその不可思議な光景に首を捻った。

「なんで止めをさしてないのさ?言ったよね、可能性を僅かでも残すべきではないって。確かに今はまだ確実に僕らの方が上だけど将来はどうなるかわからないよ?出る杭はうっとかないと、僕たちを躓かせる小石になるかもしれない」
「それくらい分かっている」
「じゃあ、なんで止めを刺してないの。まさか情にほだされたってわけじゃないだろうね?」
 
「それこそまさかだ。戦ってる最中に気づいたがあの娘、封印の術式が首裏に刻まれている。恐らくあの娘の治癒力はそこらの人間とそれほど変わらん。完璧にあれは致命傷だ」
「わーお、そうだったの。全然気づかなかったんだけど。僕にも魔力の残滓を気づかせないなんて、相当の使い手だよ」

 師である魔術師の頂点の魔女ならばその封印にも気づけたのだろう。性格は悪いが……頂点に君臨する王達の中では一番まともではあるのだが……魔術の腕は群を抜いている。何度殺されそうになったことか。その氷のような表情の師を思い浮かべる。
 最後に会ったのは何時だろうか。百鬼夜行と刃を交える際に、協力してくれた時以来かもしれない。この仕事が終わったら当分は暇になるはずなので日本のお土産でも持って挨拶にでもいこうか、と痛みがなくなった腕をぷらぷらさせながら考えた。

「そうだな。あれほどの術式を刻まれているのをお前にさえ気づかせないとは……そんな真似ができるのは俺が知る限り二人だけだ」
「奇遇だね。僕も二人だけだよ。僕の師の魔女と……」
「……天眼、だ」
「ですよねー」

 二人して苦虫を噛み潰したかのような表情で顔を見合わせる。
 頂点の一人。第三位にして始まりの三人と呼ばれる王の一人。漂流王よりも遥かに長く執行者と生きてきた女性。話を聞くかぎりどれくらい昔からの付き合いか本人も覚えてないらしい。何時ごろからか一位の夜王と共に関係を持つことになったとか。

 漂流王は彼女のことが苦手だった。確かに、他の王に比べると愛想がよく、親しみやすい。知らない人が見たら王の中で一番まともそうにみえるかもしれない。
 だが、初めて会ったあの時の瞳が忘れられない。まるでゴミ屑をみるかのような、この世の全てを見下した傲慢な瞳を漂流王に向けていた。
 執行者は彼女のことを死神に魅入られた女性と例えた。なるほど、それは的を射ているかもしれない。だが、漂流王の印象は少し違う。
 死神に魅入られてるのではない。あれはまさに死神そのものだ。



 
 











 少しずつ冷たくなっていく冥を恭也は抱きしめた。力強く。まるで大切な宝物のように。

「全く。お前は馬鹿だ。何故、俺を最後まで頼らなかった」

 返事が返ってくることはないのは分かっている。それでも恭也は冥に語りかけた。その問い掛けは、言葉だけ聴けば冷たいように聞こえたかもしれない。だが、違う。恭也の声は震えていた。

 もう少しだけ早く忍のことに気づけたならば……。
 もう少しだけ早く到着できたならば……。
 怒りと悲しみ、後悔、絶望、無念。様々な負の感情が荒れ狂う。
 痛い。何よりも心が。護ると誓ったのに。護れなかった。目の前で、その誓いを叩き斬られた。

「お前はやっぱり馬鹿だ……大馬鹿だ」

 何故冥が一人で戦いに出たのか嫌というほど分かってしまった。冥は巻き込みたくなかったのだろう。恭也を戦いへ。だからこそ自分一人で立ち向かったのだろう。深い恐怖を乗り越え、絶望を感じながらも執行者達と。
 冥を最後に力いっぱい抱きしめるとゆっくりと少し離れた場所に歩いていきおろす。ポケットの中に入っていたハンカチで冥の顔についている血を拭き、瞼を閉じさせた。

「どうして俺を最後まで頼らなかった。どうして俺を信じなかった、とは問わん。お前はやはり、優しすぎたんだ……」

 血で真っ赤に染まったハンカチをポケットに入れる。代わりに、腰に挿していた二本の小太刀に手をかける。二刀差し、と呼ばれる差し方。御神流では、すでに使う者がいなかったという話だが、父である士郎がこれを使っていたので恭也も使うようになっていた。

「すまん。俺はまだお前と共には逝けん。随分と長く待たせることになるかもしれないが、待っていてくれ。その代わりに―――」

 チンと小太刀を鳴らし、引き抜き背中越しに、執行者と漂流王を見た。

「寂しくないように二人、供をつけてやる」



  













 

 死んだ、と思った。
 十数年ぶりに漂流王は死を覚悟した。
 ぶわっと瞬く間に全身を冷たい汗が覆い、鳥肌が立つ。大瀑布のように全身を押し流す殺意の重圧。
 殺意。殺気。鬼気。闘気。狂気。恐気。兇気。凶気。そういった形に見えないはずの、ナニかが世界を満たした。

 形を持たぬ、黒き闇の刃が荒れ狂う。誰もが我を忘れ、息を呑む。あまりに絶望的なほどのプレッシャー。
 そこに現れたバケモノを、ヒトでありながらその域に到達している剣士を理解できない。圧倒的と言えるであろう。力を持った殺戮者の到来。

「ヒトを、外れているのにも、程がある!!!!!!!」

 喉が詰まる。それでも吐き捨てるようにそう言えたのは頂点に座する矜持故にか。
 何だよ、これは。こいつは。あり得ない。強いとかそういったものじゃない。すでにそういった次元の問題じゃない。こいつは違う。違うんだ。こいつはすでに、ヒトの枠組みを外れかけている。

「こいつは、第二の百鬼夜行に成り得るよ!!!!!」
   
 ここで殺す。殺さなければならない。髪一本残さずに、塵一つ残さずに。細胞の一欠けらさえ残さずに滅ぼさねば、きっとこいつは頂点さえも崩しかねない。百鬼夜行と同じだ。ありとあらゆる者に死を齎す。夜の一族の究極の生命体であるあいつと同等だ。
 漂流王の右手が青白く燃え上がる。周囲の空気を喰らって、音もたてずに何もかもを燃やし尽くす熱量を伴って、漂流王の意思を継ぐように。

「殺そう。こいつを。僕とお前の二人がかりだ。卑怯だなんて言わせない。言う必要はない。こいつは、このヒトはここで確実に殺さなければならない!!!!!」

 執行者からの返事はない。だが、肯定したといわんばかりに剣を引き抜く。執行者の瞳はすでに真紅。最初から全力で行くつもりだ。
 それでいい。それでなければ駄目だ。こいつに下手な手加減や油断などする必要はない。したら死ぬ。殺される。こいつの強さはすでに頂点に匹敵している。いや、こいつはすでに頂点を殺し得るバケモノだ。
 空気が緊張する。ピリピリとした冷たい殺意が肌を打つ。

「これは完璧な私事だ。お前たちにも理由があったのかもしれない。だが―――これで今更退けるものか。斬らせてもらうぞ、執行者」

 言葉一つ一つが質量をもつ。本能が雄たけびをあげ、逃げ出したくなる両足を気合で押さえる。
 そんな漂流王の頭に衝撃がはしった。執行者が恭也を睨み付けたまま片手で剣を持ち、もう片方のあいている片手で漂流王の頭をわしわしと撫でていたのだ。
 あまりに場違いな執行者の行動に漂流王は目が点になる。

「緊張しすぎだ。確かにこいつは危険だが、あまり敵を大きく見すぎるな。今のお前は、己自身を敵にしているぞ」
「……常に冷静であれ、だね」
「その通りだ。この小僧の相手は俺がする。お前にはそちらを頼む」
「……ああ、分かったよ」

 深呼吸を繰り返す。執行者の言葉と手の感触でようやく平静を取り戻すことができた。あまりに想像を逸脱した恭也を前にして相当取り乱していたようだ。
 だからこそ気づけていなかった。目の前の剣士に意識の大半を奪われていたために、すでに近くまで寄ってきていた気配に。
 ちらりと背後を見やる。その視界に映ったのは漂流王から見ても美しいと判断できる女性。月光を背景に、月村忍がゆっくりと歩み寄ってきていた。その背後には付き従うようにノエルがいる。
 執行者も漂流王も忍の姿形までは知らない。三巨頭の代表であるヴィクターとは何度も顔を合わせたことはあるが流石に極東の国のこんな一地方の夜の一族を知っているわけではない。   
 ヴィクターを通じて連絡を通し、さくらから忍へと情報は繋がったのだ。

「お初にお目にかかります。幾百年の年月を頂点に座する偉大なる王よ。剣の王者。私は三巨頭の一角。月村に連なる者です」

 忍とノエルは跪き、臣下の礼を取る。そんな忍を僅かでも執行者は見ることはない。理由は一つ。目の前の剣士から目を離せないだけだ。

「何用だ?その雰囲気、まさか俺達の手助けに来たというわけではあるまい」
「その通りです。貴方の目の前にいる剣士は私と血の盟約を交わしたヒト。その者に剣を向けるということは私自身に剣を向けると同等」
「血の盟約は知っている。だがな、その盟約のために俺と、十界位と戦う気か?たかが十数年しか生きていない小娘が」
「これは異なことを。例え牙を持たぬ小鳥でさえ、愛する番に危機が迫ったならば立ち向かうでしょう。ならばこそ、私も戦いましょう。例えそれが貴方という頂点であったとしても」

 執行者の脅しにも忍は引くことがない。一瞬の躊躇いさえみせることがない。忍の目、それは覚悟を決めた者の目であった。 
 忍は執行者と漂流王に怯むことなく、逆に威風堂々と頂点の前に立っていることに、自分自身でも驚いている。

 王に反逆する。それを今までの生涯で考えたことなどなかった。それほど超越した存在だったのだ。一部には神のように崇拝している者もいるくらいだ。そんな相手を前にしても忍は普段と変わらずにいれた。
 愛って強いわね~と苦笑する。

「恭也。私とノエルが漂流王を抑えるわ。……十分。それだけは私の命をかけても」

 そう忍は宣言した。ただの夜の一族の小娘が、仮にも王の名を冠する存在を十分抑えると。それがどれだけ無茶なことか忍も恭也も理解している。
 恭也も無理だと言おうとした。だが、見たのだ忍の瞳を。真紅に輝かせて、決してひかないという強い意志を宿した瞳を。だからこそ、辞めろと言えなかった。

「感謝するぞ、忍。だが……」

 礼を述べ、小太刀を見せ付けるように執行者に向ける。一直線に。キラリと月光を反射させる、鈍く輝く。

「十分も必要ない。執行者を斬るのには五分で事足りる」

 王の中の王に向かって、恭也は平然とそう言ってのけた。何を言われたのか一瞬理解ができない、執行者と漂流王。
 忍は大きく目と口を見開き、あははと本当に楽しそうに笑った。

「……流石恭也!!心強いわ。宜しくお願いね」

 対する執行者は不思議と怒りは湧いてこなかった。ただの人間であるはずの恭也に屈辱的ともいえる台詞をはかれたというのに。
 もしこれで怒りに任せて戦いを始めてしまったならば、これほど愚かなことはない。先ほど漂流王に冷静になれと言ったのは自分なのだから。
 そして何より、冗談や誇張抜きで、恭也は五分で執行者を斬ろうと思っているのだ。夜の一族の頂点であるはずの執行者を。

「良かろう、小僧。貴様に見せてやる。数多のバケモノ共を超越した死刑執行者の力というものを」

 執行者が一歩前に踏み出すをを確認した後、漂流王も執行者を背後に、一歩踏み出した。

「こっちは一分で終わらせるよ。それですぐそっちに加勢する」
「期待しているぞ、我が片翼」
「あの小娘の言葉を真似るわけじゃないけど命に賭けて期待には答えるさ」

 ざっと音をたてて漂流王が走った。右手に宿る青白い炎は衰えるどころか激しさを増している。まるで漂流王の内情を現しているかのように。
 あの剣士がどれだけ危険なのかは嫌というほど理解した。だが、こちらの夜の一族の女性……月村忍が漂流王を十分抑えるということを宣言したのには我慢ならなかった。
 見る限り確かに相当な高種の夜の一族の血をひいていることはよく分かった。何せ、三巨頭の一角、月村の当主という話。となれば十中八九吸血種のはず。
 だが、所詮それだけだ。二十年程度しか生きていない、小娘。普段ならば相手にもしない有象無象だ。

 一瞬で、殺す。

 心を冷たく。怒りを右腕に込め、全力で疾走。忍に向かって一直線に跳躍した。

「後悔はあの世でしなよ。さようならだ、小娘」

 その速度に忍は反応できないように呆然と立っていた。一陣の風となった漂流王の右腕が忍を貫こうとした瞬間。

「カートリッジロード・ファイエル」 

 抑揚のない声。だが、美しいその声とともに爆発的な圧力が生み出された。
 鉄の拳が飛ぶ。漂流王を上回る速度で打ち出される拳。カウンターとなってノエルの拳が漂流王を殴り飛ばした。俗に言うロケットパンチだ。
 鉄の拳がカウンターでぶち当たる。その威力は推して知るべし。人間ならば間違いなく即死。夜の一族であろうとそのダメージは馬鹿にはできまい
 吹き飛ばされた漂流王が木に激突。激しい音をたてて地面に倒れる。頭をたれ、動かない。意識を失っているのだろうか、と予想するがすぐさま首を振る忍。あの頂点がこの程度で倒れるはずがない。

「……くっ……は……」

 声が漏れた。

「はは……ははは……ははははははははははははっはははははははは!!!!!!!!」

 狂気の嘲笑が巻き起こった。漂流王が平然と立ち上がる。一目で分かるほどの殺意をその瞳に宿し、忍を射殺さんとばかりに。

「その女!!自動人形かよ!!まだ稼動している機体があったなんてね!!だが、笑わせるなよ!!たかが小娘一匹と自動人形一体で僕を抑えれると思ったか!!」

 パンと両手を打ちつける。バチンと青白い炎が弾ける。弾けた炎が形を成して、武器を形成する。それは鎌。死神が持つ鎌を連想させる。
 創り上げた鎌をくるりと回転させ柄を持ち、構える。

「キミには死すら生温い。王を侮辱した罪、その身で贖え」

 漂流王が風を切って走る。たっぷりと遠心力をのせての重い一撃。力任せに振り落とした。
 死を乗せて振り下ろされた鎌を後方に跳躍して避ける忍とノエル。鈍い音をたてて地面に突き刺さる鎌。
 それを好機と見たノエルが漂流王に向かって踏み込もうとするが、手首を返す。踏み込むと同時に振り上げられる鎌に間合いを詰めることを許さない。

「爆ぜろ!!」

 鎌から左手を離してノエルに向かって構えて一言。爆風が巻き起こる。地面を抉り、黒煙を撒き散らしながら小規模ながらのクレーターを作り出していた。
 魔術に耐性がないモノならばこれだけで方がつく。詠唱を破棄することによって一瞬で魔術を構成、解放する漂流王の得意技。魔女に弟子入りしていた時に覚えていて損はないと叩き込まれた特殊技能。今ではこれが自分の生命線だ。
 ただ威力は格段に落ちる。特に漂流王は魔術に特化しているというわけではない。魔女の威力とならば比べるまでもないほどに。そこらの夜の一族と機械人形程度ならばこれで終わりになるのだが……。

「どうやらただの自動人形ではなかったようだ、ね!?」

 黒煙からとびだしてきたノエルが腕から飛び出しているブレードで漂流王を狙う。
 ガキィと耳障りな音をたてて弾きあう鎌とブレード。押し合う二人。
 漂流王はその姿こそ少年にしか見えないが、力は強い。人間如きならば軽々と捻り殺せるくらいには。
 だが、先ほど恭也に傷つけられたこともあり万全ではない。万全ではないのだが……。

「馬鹿力、め!!」

 押しつぶされそうになるほどの圧力。ノエルの力は漂流王を遥かに上回っていた。万全であったとしても結果は変わらないだろうということがはっきりと分かるほどに。   
 このまま力勝負をしていたら危険だと判断した漂流王が突然力を抜く。押し合っていたノエルは急に押し合っていた力が無くなることにより前方へと身体が流れる。
 漂流王は地面に鎌の切っ先を突き刺すとそれを起点にくるりと身体を回転、流れるような空中での回し蹴りをノエルに放つ。直撃、激しい音をたてて、ノエルが吹き飛んだ。

「燃え尽きろ!!」

 地面に着地した瞬時に空中に描いた五芒星の軌道が闇の中でうっすらと輝く。その五芒星から巨大な炎の柱が巻き起こる。炎の柱が轟音をたててノエルを呑みこんだ。蛇がからみつくかのように、荒れ狂う。
 闇夜のなかでそこだけはまるで日中のような明るさを保っていた。それがおさまったとき残されていたのは衣服がぼろぼろと焼け焦がされ、ほぼ意味をなくしたメイド服を纏っているノエルだけだった。
 裸身を惜しげもなく晒しているノエルだったが、あれだけの爆炎に呑まれたというのに全く損傷がないのには漂流王も流石に動揺を隠せない。

「……なんだよ、キミは。おかしいにも程がある。自動人形如きが僕の魔術を二度もくらって無傷?そんな馬鹿なことがあるものか」
「私のノエルを馬鹿にしてもらっては困るわよ。対魔術用のコーティングは完璧なの」

 ノエルから幾分か離れた場所で忍は笑っていた。まるでノエルを誇るように。

「……対魔術?あり得ない。自動人形はあくまで気が遠くなる昔の失われた技術で創り上げられた過去の遺物……その最終生産型の機体でさえそんな物はないはずだよ」

 漂流王が呻く。対魔術を施された自動人形なんて聞いたことさえない。元々、自動人形の存在さえ珍しい。今現在稼動している機体さえ、数えられるほどしかない。
 対魔術を備えた自動人形があるなんて、そんな情報を自分が聞き逃すはずがないというのに。
「当然よ。だって私が付け加えただけなんだから」
「……そんな馬鹿な!!」

 驚愕。忍の言い放った言葉は漂流王の予測したどれよりも斜め上を行っていた。
 付け加えた?あの小娘が、自動人形に対魔術の装甲を?
 ありえない。ありえるはずないだろう。
 自動人形を造る技術はすでに失われている。遥か昔の技術の筈だ。それを、その自動人形に手を加えたというのか、この小娘が。
 そんなことができる者がいるとすれば余程の天才か……もしくは……。

「何をおかしいことがあるの?例えどれだけ昔だろうと一度は造れた者がいる。それならば造れない道理はないわ。それに、最古の自動人形だからって優れているとは限らない。貴方に見せてあげる……【最新最高】の自動人形をね!!」

 ―――果てしない狂人か、だ!!

「認めるよ。キミとキミの創り上げた、自動人形を。代わりに僕も見せてあげよう。頂点の力というものを」   

 鎌を引き抜き、漂流王は真紅の瞳で二人を貫いた。先ほど以上の圧迫感が二人を襲う。だが、それで今更怯むようなノエルと忍ではない。
 漂流王とノエルが同時に地面を蹴る。丁度中間で鎌とブレードが弾きあう。スピードは互角。かの王にノエルは匹敵していた。 
 互いの獲物を弾きあうと、漂流王はノエルの頭上へと巨大な刃先を空気を裂きながら叩き落す。
 ノエルがそれをブレードで防ぐが、凶悪なその一撃に上から押さえられたようにノエルの膝がガクンと揺れる。
 歪んだ体勢になったノエルを、瞬時に漂流王が横薙ぎへと変化させた一撃を見舞う。

 ノエルの視線はそれを追っていたが、体勢を崩したノエルにその一撃を避けることはできない。受け止めたとしても弾き飛ばされるのは分かりきっている。
 決まった、と漂流王は確信した。そして、その視線の先、ノエルとその数メートル背後にいる忍を見て、ぞくりと言いようのない悪寒に襲われた。忍の真紅の瞳を通して力強いナニかが漂流王に叩きつけられたのだ。

「……ッア!?」

 ぐにゃりと一瞬視界がぶれた。鎌は力をなくし、ノエルに止めを刺すことはできず弾かれる。
 ガンガンと頭痛がする。全身の力が抜け、今にも倒れそうになる。まるで瞳を通して魂を根こそぎ吸い取られたような虚脱感。

「な、なめるなぁ!!」

 バチンと目の前で火花が散った。先ほどまでの妙な感覚は消失している。
 油断した、と漂流王は自分を罵った。
 忍の視線には力がこもっていた。視線を通しての催眠術。普段ならばどうということもない。だが、ノエルとの戦闘中ということが悪かった。タイミングが最悪に近い。
 全く予想してない、意識の外からの、その効果は漂流王を一瞬とはいえ怯ませた。忍の催眠術の能力も予想以上ということもあったが。
 顔を振って、ニヤリと忍に笑う。

「惜しかったね。流石に今のは危なかった。褒めてあげるよ」
「あら?褒めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

 何を、と問う暇はなかった。体勢を立て直したノエルがすでにブレードを振り下ろしていたのだから。
 逃げる暇がない。必死で上体を反らすが、ブレードは容赦なく漂流王の身体を斬り裂いた。鮮血が闇夜を彩る。だが、致命傷ではない。僅かに浅い。
 ノエルがそれを確認するでもなく漂流王を左腕で殴りつける。嫌な音が響く。

「カートリッジダブルロード・ファイエル!!」

 爆音が鳴り響く。前回以上の衝撃を伴ってノエルの拳が漂流王を空中に弾き飛ばす。放物線を描いてすさまじい速度で漂流王は落下。木に殴打され、ずりおちていった。
 今度のダメージは恐らく今までの比ではない。死なないまでも暫く行動不能にできれば御の字だ。
 忍は頂点を甘く見ているわけではない。これだけ忍とノエル有利に戦況が動いているのも様々な幸運によってだ。

 恭也が前もって幾分かのダメージを与えていてくれたから。そのおかげで両腕に治癒魔術をかけ続けての戦闘。
 ただの夜の一族と自動人形の二人だと甘く見ていてくれた。
 忍の特殊能力である催眠術が思いのほか効果があった。その隙をついてのノエルの攻撃が直撃した。
 全てが上手く言っている。上手く行き過ぎている。不安になるくらい。

「……窮鼠猫を噛む、か」

 深い、深い声でそう漂流王は呟いた。ペッと口の中に溜まっていた血を吐き捨てた。
 漂流王は忍の願いを無視するかのように立ち上がる。ふらりと足が揺れる。ノエルがそれを好機とみるが、足を踏み出せないでいた。漂流王の底知れない冷たい視線が足を止めさせていた。

「詫びるよ。僕は言葉では認めるなどといいながら心の底ではキミ達を侮っていた。だから、ここからは全力さ」

 パチリと漂流王の全身から青白い電流が巻き起こる。

「―――そしてお別れだ」

 漂流王の周囲の空気が青白い球体状に包まれた。その大きさはたいしたことはない。せいぜい数十センチほど。
 だが、その数は異常であった。初めは十個程度。それが分裂するかのように増えていく。
 次々と。次々と。次々と。次々と。次々と。次々と。次々と。次々と。次々と。
 瞬く間に百を超える青白い球体が漂流王の周囲に漂うように浮かび上がっていた。
 それを呆然と見上げる忍。確かにノエルの対魔術のコーテンングは完璧だと信じてはいる。だが、果たしてこれだけの魔術を防ぎぎれるのか……。

「僕が師から教わった最強最大の魔術だよ。安心していい。痛いと思う間もなく消失するから」

 漂流王が右手を上空に向けてあげる。それを合図にするかのようにバチバチと球体は放電をし始める。

「ノエル!!逃げて!!」

 焦った忍の声がとぶ。だが、ノエルは逃げない。逃げることはできるかもしれない。ただ、もしあの魔術から逃げたら忍を標的にされかねない。

「その命令は聞けません、忍お嬢様」

 漂流王が右手を振り下ろした。雷球がノエルに向かって襲い掛かる。まるで雷が落ちたかのような衝撃と破裂音。そのあまりの爆風に忍も吹き飛ばされた。激しく地面に何度も打ち付けられる。
 百を超える雷球は容赦なく降り注ぐ。全ての雷球が降り注いだ後に残されたのは巨大なクレーターの底で倒れ付すノエルの姿。体中の所々の皮膚が裂け、機械の部分が露出していた。

「……頑丈すぎる。あれをくらって原型を保っていられるなんて、百鬼夜行以来だよ」

 呆れたような漂流王をさらに呆れさせるように、ノエルは上半身を起こす。まともに動く箇所など碌に残っていないだろうに、ノエルはゆっくりと立ち上がった。

「私は、忍お嬢様を、護るために生まれてきました……その忍お嬢様に笑顔を取り戻してくれた、恭也様のために、貴方を倒します」
「ノエ……ル……」

 途切れ途切れのノエルの声。それでもノエルはぼろぼろになり刃こぼれをしたブレードをかざす。そんなノエルを地面に倒れている忍が見上げる。
 見る影もないノエルの姿。だが、その姿は誇り高かった。ただの自動人形が、確かに意思を持って強大な存在に立ち向かう。

「最新最高は伊達じゃなかったよ。これほど見事な自動人形は今まで見たことがない……これからもね」

 ブンと新たに作り出した鎌を振るう。真紅の瞳を輝かせ、漂流王は疾走した。ノエルに向かって。ノエルはブレードを構えるが反応できただけ。それだけだ。

「さようならだ」

 振り下ろした鎌がノエルを斬り裂こうとした瞬間。鎌は耳障りな衝突音とともに不可視の障壁に弾かれた。それに驚く漂流王。無論、ノエルと忍もだ。

「残念ですが、その辺りで終わりにしておきましょうね?漂流王」

 ソプラノの声。そして、死神の声。

「―――何故邪魔をする!!天眼!!」

 吐き捨てるように、漂流王が叫んだ。突然出現した気配に振り返る。視線の先、木々の影からふらりと天眼は笑顔を絶やさず歩み寄ってきた。
 相変わらずおぞましいほどの笑顔。漂流王が吐き気をするような悪寒を漂わせるバケモノが嗤っている。

「ただの夜の一族の少女と自動人形一体で何を本気になっているのですか?頂点の一人ともあろう存在が情けないですよ?」
「……ただの、じゃないよ。こいつらは間違いなく進化する。いずれ僕達に匹敵する存在になるだろうって予感がするんだよ」
「それはそれでいいじゃないですか?強い同族が増えるのは望ましいことですよ。それに貴方が心配していることは無用だと思いますけど?」
「無用?」

 訝しげに聞き返す。

「貴方は執行者の助けに行きたいようですが少なくとも私の天眼が視た先は、【彼】が勝つ未来でしたよ?貴方が心配することもない。むしろ貴方が参戦したほうが不確定の未来になりそうですけど」 
「それは、本当かい?」
「ええ。私と執行者は随分と長い付き合いです。その私が嘘をつくと思いますか?」
「……信じるよ」
「ええ。だからこの少女と自動人形には態々止めをさすことはないですよ」
「……」
 
 返事をせずに漂流王はふらふらとその場から離れた。執行者の戦いを見守りに。その漂流王を見て厭らしい笑みを浮かべる。

 ―――まったく、素直にもほどがありますね。多少は疑わないのですかね。

 心の中で漂流王にため息をつく。そして何がどうなってるのか分かっていないノエルと忍を見る。何とか間に合ったようでこちらには安堵のため息をつく。
 ここでこの二人が殺されるのは天眼としても都合が悪い。ここまでは計画通りだというのに、ここで躓いたら面倒なことこのうえない。
 貴方達には、もっとも効果的な場面で死んで貰いますからね。
 天眼は嗤う。全てを意のまま操らんと。声もなく嗤い続ける。


























「どうした!!小僧!!達者なのは口先だけか!!」

 宙を駆ける執行者の鋭く重い斬撃を受け流し、弾く。その表情は笑っているような気がした。
 地面に着地した執行者が立て続けざまに。横薙ぎの斬線。それを紙一重で、かわす。
 地面を踏み込み、爆発的な速力で執行者は恭也に迫る。常人ならば気絶しかねない圧迫感をもたらしながら、凶悪な斬撃の嵐を見舞ってくる。

 だが、あたらない。その悉くをかわしてみせる。かわせないと判断したものは刃筋を反らして受け流す。
 当たらないことに業を煮やしたのか、一足飛で間合いに入ると、執行者はその剣を振り上げる。生み出された風圧で恭也の髪が逆立つ。目の前を銀の刃が通過した。
 流れるように続く突き。それを首を傾けるようにかわす。執行者に僅かに隙ができたが恭也は何故か反撃をしなかった。

 たたみ掛けるように剣を振るう執行者。恭也は滑るような足取りで後退する。執行者の斬撃は、緻密に連携を繰り返し、恭也を圧倒して反撃を許さない。反撃しないのではなくできないのだろうか。

 その斬撃の速さ、常人では視認することさえできはしまい。息をつく間もない、連撃の嵐。
 それも届かない。まさに二刀の小太刀による鉄壁の防御。
 その鉄壁の防御を崩さんと振り下ろされた一撃。宵闇を銀光が切り裂いた。耳障りな音をたてて、その一撃も防がれる。両の小太刀を崩すことはできなかった。

 そこで、執行者は大きく飛びさがった。その場で構えたまま、恭也は追う事もしない。呼吸に乱れはない。
 戦い始めてからおよそ二分。上回っていたのは誰が見ても執行者。当然だ。夜の一族の頂点とただの人間。誰がどう見ても勝敗がどうなるかは火を見るよりも明らか。ましてや二分の間、攻撃を避けるか防ぐかしか恭也はしていないのだ。まるで何かを確かめるように。

「解せんな。何故貴様は攻勢にでない。五分でケリをつけるといったのは貴様だぞ」   
「……確かめたいことがあった。ただそれだけだ」
「ほぅ。それは確認できたのか?」
「ああ。もう十分だ」

 面白そうに目を細める執行者。それに頷くのは恭也。

「何を確認していたのか教えてもらえるのか?」
「勿論だ。俺が知りたかったのは、お前の底だ」

 ぴくりと執行者が反応する。無言の圧力が続きを語れと物語っていた。

「お前の剣の底にあるもの。それがはっきりと分かったよ。俺に対する恐怖だ。いや、正確にいうならば……水無月殺音を倒した俺への、か」
「……馬鹿馬鹿しい」

 恭也の言葉を一蹴する。

「ずっと不思議だった。何故お前と漂流王の二人でこの日本に来たのか。確かにお前達は行動を供にすることがある。だが、それはあくまで執行者、お前が一人では厄介だと判断したときに限られていた筈だ。百鬼夜行。人形遣い。そういった外れすぎたバケモノ共と戦うときだけだろう。つまり……」

 恭也の冷めた視線が執行者を射抜く。対する執行者は無言だ。

「お前は水無月殺音と戦って確実に勝てる自信がなかったということだ!!」
「……」
「何故、お前は漂流王を連れてきた!?何故、お前は傷ついた殺音を狙った!?はっきりと言ってやる……お前は水無月殺音を恐れていたのだろう!!」
「―――く」

 恭也の指摘に―――執行者はふぅと深いため息を吐いた。
 屈辱ともいうべきことを指摘されたというのに、執行者は反論するのでもなく、静かに首をふる。

「―――僅かな情報のみで、よくぞそこまで辿り着いたものだ」

 そして、認めた。
 仮にも第三世界の王の一人が、死刑執行者ともあろう存在が、水無月殺音に恐怖という感情を抱いていたということを。

「ああ、そうだ。認めよう―――認めてやろう。貴様の言うとおりだ」

 遠い視線で、夜空を見上げる。
 どこか透明な雰囲気を漂わせ―――それを振り払うように剣を横に振る。
 風を引き裂く音をたてた。

「貴様の予想通り、俺はあの女を恐れていた、十数年前に遠目で一度だけ見たあの女を。貴様もあの女と戦ったのなら分かるんじゃないのか?アレは、夜の一族の中でさえ―――飛び抜けすぎた、人外を超えた超越種だ。」 
 
 水無月殺音を、執行者は超越種と称した。
 それには肯定するしかあるまい。あそこまで外れた人外を恭也は初めて見た。
 三年前の化け物でさえも―――水無月殺音と比べれば赤子のようなものだ。

「俺が数百年かけて手に入れたこの力に―――たかが数十年生きたあの女は確かに匹敵していた。貴様に分かるか?数百年の果てに辿り着いた領域に、苦もなく踏み込まれていた俺の恐怖が?」
「……」
「それでも、俺は死刑を執行する者。頂点に座する者。第三世界の最後の砦―――百鬼夜行だけならばまだしも、俺が勝てぬであろうバケモノが存在するということは許されない」

 透明な雰囲気が急激に静まっていく。そして―――。
 殺意が巻き起こる。深い深い闇が執行者から垣間見えた。

「―――【死刑執行者】という恐怖の剣があるからこそ、第三世界の魑魅魍魎どもは、人の世に手を出すことはない。その俺が一介の夜の一族に勝てないなど、あってはならない。第二第三の百鬼夜行が生み出されるということは―――世界の天秤が崩れ去る」  

 執行者の殺意が、殺気が収束していく。ぎりぎりにまで圧縮された、その闇なる闘気は荒れ狂わんばかりに恭也に向かっていた。

「貴様は―――まるで水無月殺音を、いや百鬼夜行を見ているかのようだ。戦いに喜びを求めるバケモノめ。貴様も、水無月殺音と同様に第二の百鬼夜行と成り得る存在だ!!」
「例えそうであったとしても―――必ずそうなるときまっているわけではあるまい」
「お前はわかっていない。第三世界と人の世界。どれだけ危ういバランスで成り立っているのか理解できていないのだ。予言してもいい。貴様は必ず―――世界に終焉を齎す災厄の剣となる」
「―――平行線、だな。お前が俺を理解できないように―――俺もお前を理解できない」

 執行者の返事は地面を抉る音。先ほどまでとは違う。純粋なほどに恭也に向けられる殺意とともに、剣の王者は剣を振り下ろした。
 それを横に飛んでかわす。今までのようなミリ単位の見切りができない。執行者の殺意が見切りの感覚を押しつぶすように降り注ぐ。
 地面の土が弾け飛ぶ。本能を剥き出しに、執行者は恭也を追撃する。夜の一族らしく、その咆哮は苛烈。魂を震いあがらせる圧倒的な殺意奔流。

 空を打つのは殺意の刃。跪きたくなるような重圧を背に、恭也に肉薄。喉元へ、射殺さんとばかりに強烈な突きを見舞う。
 しかし、恭也はこれを首の脇へと流しつつ、小太刀で剣を弾きあげる。体勢を崩した執行者にもう片方の小太刀で横薙ぎ。あっさりと決着がつくかのように思われた攻防。
 だが、次の瞬間には執行者の姿が掻き消えていた。あまりに理不尽なほどの速度。これが本気になった執行者か、と驚きを隠せない。
 背後に回り込んだ執行者がお返しといわんばかりに横薙ぎ。転がるように逃れた恭也を執行者が追いすがる。
 追撃に放たれた刃を横に受け流す。耳障りな刃鳴りが響きわたった。

「ぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 吼えた声とともに繰り出された前蹴り。後ろに跳躍してかわそうとする恭也だったが、僅かに遅い。内臓がとびでそうになるような衝撃。勢いよく後方に広がる森林に叩き込まれる。
 執行者の足に残るのは軽い感触。自分から後ろにとんでいたのだ。それほどの威力があったとは思えない。ましてやあの恭也をこれだけでしとめれるはずがない。
 その考えを肯定するかのように闇のなか煌いて飛んでくる飛針。それを弾き落とす執行者。
 そして飛び出してくる黒い弾丸。人とは思えぬ速度で迫った恭也が下から切り上げる。それを弾く。続けざまの横薙ぎ。それも弾き落とす。金属音が高鳴り、二人して同時に後方に跳躍。

 ぼろぼろになった服を恭也は舌打ち。邪魔になると判断して破り捨てた。あらわになる恭也の傷だらけの上半身。その傷に驚いたのか執行者が目を大きく見開き固まった。
 いや、それだけではない。それだけで執行者が驚くはずがない。本当の理由は簡単な話だった。恭也の右肩にあった痣を見て、執行者は固まったのだ。
 恭也がそのことにきづいたのは執行者の様子に気づいてすぐだった。だが、今更隠す必要はないと判断する。
 固まっていたのは数秒。執行者はようやく納得したという面持ちで、哂った。

「くっく……くははははははははは!!そうか!!そういうことか!!」

 十界位とは夜の一族の頂点。王の中の王。

「道理で、外れているわけだ、貴様は!!」

 その王の中で歴代最【強】と称されたのは第五位の百鬼夜行。誰もが認め、恐れる、史上最強の超生物。 

「そしてようやく分かった。何故夜王が、俺達に話さなかったのかもな!!」

 そして、歴代最【狂】と称されたのが【前】第九位の人形遣い。己の実験のために数多の人の町を、夜の一族を壊し続けた生粋の狂人。

「認められるわけがない!!信じられるわけがない!!人がその域に達するなど!!人があの人形遣いを滅ぼすなど!!」

 その人形遣いを打倒した存在がいた。三年前にこの日本の地で。その戦いを見届けたのは三人の王達。

「貴様が、貴様が、貴様が……!!!」

 執行者の変わりに人形遣いの討伐に出た夜王。天眼。魔女。その三人の王は言った。今はまだ新たな頂点の一人のことは話せないと。ただ、名前だけは告げておくと。その名前は……。

「貴様が【クロ】か!!!!!!!!!!!」

 恭也の肩に刻まれたⅨの烙印。血の様に赤い真紅の数字。それは証。夜の一族の王に選ばれた者の。頂点を降した者。最狂を凌駕した者。人の身で、人形遣いを滅ぼした剣士。第九位のクロがそこにいた。



























 死体死体死体死体死体死体死体死体死体。
 見回す限りが人間達の死体の山。鮮血が赤い湖を作り上げていた。執行者の鼻につくのは腐臭と臓物と、血の臭い。
 ある者は、頭を割られ。ある者は、身体を両断され。ある者は、四肢を切断され。ある者は、燃やし焦がされ黒炭に。
 そこにはこの世の地獄が形成されていた。その地獄で生があるのはたった二人。夜の一族の頂点である死刑執行者と漂流王。その二人が死体の山の中心にいた。

 息を激しく乱す執行者と、その背後を護るように地面に鎌を刺し、それにもたれかかるように深呼吸を繰り返している漂流王。
 二人の間に会話はない。会話をする暇があったら少しでも呼吸を取り戻そうとしていた。
 一分。それだけの時間で呼吸を取り戻すと、二人は無言で目的の場所まで疾走する。禍々しい気配は、相変わらず二人を待ってるように動いていない。逆に誘っているのだ。
 レンガ造りの道路を蹴る。周囲の風に乗って感じ取れるのは明らかな死臭。数多の戦場を駆け抜けた二人でさえ、吐き気をもよおす邪悪な臭い。
 走り続けた二人が一際広い広場にでた。眼前に広がるのはまさに生き地獄。常人がみたら発狂しかねないこの世の地獄。

 うつろな、一体どこを見ているのか分からない虚無のような目つきをした、数百にも及ぶ人間達。何か一つ、切欠があれば雪崩のように執行者達に襲い掛かってくるであろう光景であった。
 その人間達に囲まれて、幾十も人の壁に張られた防御壁の最後方にソレはいた。
 遥かなる深海に生息している魚のように、凍えるような気配を漂わせその人間達を従えた死者の女王が優雅に立っている。
 短い金の髪が風に揺れる。金の瞳。歳の頃は三十に届くかどうかの美しいというより妖艶ともいえる雰囲気を醸し出している女性。丈の長い白衣と眼鏡をその身に纏い、興味のない瞳で執行者達を見ていた。まるで玩具にあきた子供のような瞳。

「また、お前か執行者。ご苦労なことだ、こんな東欧の辺境にまでくるとは」 
「人形遣い!!お前一体何時までこんなことを続ける気だ……」

 そのどこまでも冷たい声に対して、執行者が怒りに満ちた雄たけびをあげる。

「何時までか……何時までなのだろうな、執行者。私も分からんよ。何時私の実験が完成するのか」
「実験……実験だと!?幾千幾万もの人の命を弄ぶことが、実験だとほざくのか!!」
「進化の過程には常に犠牲はつきものだ。私の実験のための尊い犠牲になったのだ……この人間達は喜んでいることだろう」
「もう、やめろ。やめるんだ、人形遣い。時代は変わったんだ……これ以上人の世界に手を出すな。俺達は時代の裏でしか生きられんのだ!!」
「時代の裏か。笑わせるな、執行者。何時からお前はそんなお利口になったんだ。十界位とは呪怪異。闇とともに現れて、現象のように人を殺す。それが私達だ。私はそれに従っているにすぎん。夜の一族らしくな」

「……やはり、話し合いも無駄か。お前とは長い付き合いだ。何度説得できればと思ったが……」
「くっく……説得か。随分とお優しい事だ。それとも何か、かつて愛し合った女を斬るのは偲びないのか」
「……俺は死刑を執行する者。例え誰であろうと、人の世を荒らすというならば、斬って捨てる!!」

 人形遣いの小馬鹿にしたような言葉に、執行者の殺意が熱い篝火の如く、触れた者を焼け焦がように燃え上がる。その殺意に晒されても人形遣いは怯まない。そして、その臣下の死者たちも。
 二人の会話が止まったのを合図に、漂流王が空中に描いた五芒星から爆炎が巻き起こる。十数の人間達が灰と化す。それが戦いの火蓋となった。
 津波のように押し寄せる狂気の軍団。一体一体の強さはそれほどでもない。それでも数とはそれだけで暴力に成りえるのだ。
 休む間も与えず、人間達は執行者と漂流王を喰らい尽くそうと襲い掛かる。その場で執行者が剣で斬り裂き、漂流王が薙ぎ払う。
 負けるわけではない。だが、その場から進むこともできない。人形遣いの元へと一歩たりとも近づけない。自分達の王へと一歩たりとも近づけまいと、兵士の如く群がり続ける。 
 そんな二人の様子を鼻で笑うと人形遣いはその地獄絵図から踵を返す。

「逃げる気、か!!」

 執行者の声が飛ぶ。それに足を僅かに止める。

「そうさせて貰う。完全なる私の領域なら兎も角、こんな辺境の町の人間達だけではお前達は殺せまい。まして、お前とまともにやりあえば私は勝てん。今は、まだな」

 襲い来る人間を一刀の下に両断する。おぞましい肉の壁の先、人形遣いは去っていく。前方に広がる死者の群れが減る様子は一向にない。
 懐からだした煙草を咥えると、パチンと指を鳴らす。火が燃え上がり、煙草に火がついた。それを冷たい表情のまま吸う。ふぅと煙を吐き出すと地面に落とし、踏みにじる。

「いずれ万の死者を支配下に置き……完全たる生命体の百鬼夜行を滅ぼし……そして私が神となる。夜の一族のな」
「人形遣いぃいいいいいいいいいいい!!!!」

 追いかけることもできず、執行者はその怒りを乗せて数人の人間を斬り、弾き飛ばす。視界から消えていく人形遣い。
 
 ―――必ず殺す。せめて俺の手で。それがお前を愛した俺の最後の情だ。 

 言葉にしない、心の声。執行者はそう決意を固めた。だが、それが執行者と人形遣いが持つ長い因縁の最後となった。二人は二度と再会することはなかったのだ。
 その後、日本に渡った人形遣いは、誰とも知られぬ一人の剣士に滅ぼされたのだから。




















「はーーーーーーーーーははっはっはっはっはっは!!」

 哂う。執行者は哂い続ける。狂気をのせて。闇夜に木霊する嘲笑。阿呆のように、大口を開けて嘲笑をし続ける。
 狂笑が耳をつんざく中、ミシリと何かが変質する音が聞こえた。目を凝らせばゆらりと執行者の周囲を取り巻く漆黒の炎が見える錯覚を見えた。
 凶悪な威圧感が、全身から発せられる。燃え盛るような、漆黒の殺気。

 恭也の本能が危険をひしひしと、焼け付くように感じ取る。今までの執行者とは別人のような圧迫感だ。
 恭也は執行者が殺音を恐れているのだと言った。それは間違いなく事実だ。事実なのだが……。
 
 実際の所、執行者と殺音が戦えば五分五分。殺音が獣人化すれば殺音に軍配があがるという判断をもっていたのだが、それが覆りつつあった。
 執行者の放つ圧力が増大していく。自然と鳥肌がたった。喉が渇く。びりびりとした嫌な空気が肌をうつ。

 本能がニゲロと言い放つ。勘がニゲロと言い放つ。ただ、心だけが退くなと叱咤する。
 冥の死を無駄にするのか、と。忍の命を賭けた戦いを無駄にするのか、と。
 嘲笑が止んだ。どろりとした粘つくような、殺意が輝く。ミシリと再び風に乗って、ナニカの音が聞こえる。

「強きヒトよ―――貴様に敬意を表す。我が真なる力、とくと見よ!!」 

 執行者の宣言。何かが弾ける。理性なのか、限界なのか。本人さえもよくわからないナニカ。それは、夜の一族としての、生物としての枷を外した瞬間であった。
 殺す。目の前の男を。己の全てを持って。夜の一族の本能よ!!俺の全てを喰らい、血肉となりて、目覚めろ。
 自分自身に対する狂乱の信仰。それは、夜の一族という殻を食い破り、生まれ出でる超生命の産声。
 周囲を満たす、闇が、血が、肉が、怨念が、殺意が、殺気が執行者に収束していく。

「っ……!!!!」

 想像を遥かに超えた、悪寒。
 国守山に生息していた鳥が、動物が、虫が、恐怖に戦き、逃げ去っていく。周囲の生物が一切居なくなっていく。変質した、執行者の姿を見て、恭也は絶句した。絶句するしかなかった。
 恭也の目の前には、神話や伝承でしか語られないような……恭也のイメージそのままに、ワーウルフと呼ばれる存在が、ギラギラとした殺意の目を輝かせ立ちはだかったのだ。 

 形は確かにヒトに近いのだろう。二本の腕と二本の足。頭部はどうみても狼のそれである。全身はびっしりと銀色の体毛に覆われている。その体長は巨大。恭也の背をゆうに超えている。三メートル近い。
 小さい子供なら一飲みにできそうなその口からは太く、長い牙がいくつも覗いている。真紅の瞳だけは爛々と輝いていた。
 殺意だけははっきりと見て取れる眼差しが恭也を睥睨する。濁ったその瞳で射抜かれただけで、背筋が凍る。

「強きヒトよ。貴様の名を聞かせてくれないか」

 耳を通じて、脳髄に直接響くその声は、それだけで屈服したくなるような圧迫感を秘めていた。

「不破、恭也だ」
「フワか。貴様は強い。信じられんほどにな。他の十人と比べても、純粋な戦闘能力だけでいうならば、貴様は群を抜いている」

 しゃがれたような声の奥、そこには確かに恭也に対しての賞賛が存在した。

「だからこそ、惜しい。もう少しだけ、俺と争うのが遅かったならば、貴様の力は俺の上をいっていただろう。ヒトの身で―――よくぞそこまで練り上げた」

 ズンと、一歩足を恭也に向かってすすめる。その一歩は、退きたくなる恐怖を漂わせている。

「お前は俺が水無月殺音を恐れていると言ったな?その通りだ、だがな……戦ったとしても【確実】には勝てない、というだけだ。第三世界と人の世を守護する砦たるこの俺は、確実に勝たねばならんのだ。だからこそ俺は漂流王を連れてきた―――この状態の俺の力は、【まだ】あの女の上をいっている。それを証明してやろう!!」

 怨念のようなどす黒い気配を身に纏い、執行者が飛翔した。否、地面を蹴って恭也に襲い掛かったそれが、まさに飛翔という言葉に相応しい動きであった。 
 上空から巨体とともに振り下ろされる右腕。力任せに、その右腕は叩きつぶさんと、恭也を狙っている。

 ―――シヌ。

「ぉぉおおおおおおおおおお!!」

 頭に響く直感。両手両足を縛り付けている黒い殺意をひきちぎるように、恭也は雄たけびをあげながら真横に跳躍した。コンマの差で降り注いだ右拳。
 何かが激しくぶつかり合う音。砂埃が舞う。地面には小さいがクレーターが出来ていた。
 その砂埃の中から獣のように飛び出してくる銀色の巨狼。死を招く左手が大振りな一撃となって円を描くように恭也に迫る。その左手の先には爪が薄く光っていた。

 上体を下げることによってその左手の爪をかわす。その爪は恭也の背後にあった木の幹を軽々と叩き切る。ずれるようにその木は横倒しに倒れていく。
 地面を蹴る。前方へと飛び出した恭也がすれ違いざまに執行者の腹部を斬り裂いた。だが、感じるのは不思議な手ごたえ。銀の体毛が想像以上に小太刀から執行者を護っているのだ。
 斬ることができたのはほんの皮一枚。どうみても致命傷には程遠い傷跡。恭也を追うようにして振るわれる右腕。必死になってそれをかわすが、恭也の身体を吹き飛ばすように巻き起こる暴風。

 その暴風を追うように執行者が凄まじい勢いで突進してくる。聞くものの魂を打ち砕くような咆哮をあげ、執行者は恭也に向かって一直線に距離を詰める。
 恭也の顔を狙って放たれた拳。視界から霞むかのような速度。命をすり減らすような思いで、後方に跳躍。執行者が追撃をかけるよりもはやく、飛針を投げつける。狙いは頭部。
 飛針が執行者に突き刺さった。そう見えた瞬間、バキィと耳障りな音をたてて砕け散る飛針。
 恭也の視線の先、執行者を貫く筈だった飛針が砕け舞う。執行者の牙が飛針を噛み砕いたのだ。割れた飛針を吐き捨て、四肢をバネのように弾かせ、飛び掛る。

 まさに狼の如く、獲物を喰らいつくそうと、純粋な殺意とともに襲い来るその姿。恭也の想像を超えて、執行者は強かった。
 これが伝説の王の一人 夜の一族の頂点。百鬼夜行に次ぐといわれるバケモノ。その伝説の通りの強さに偽りはない。
 舌打ちをしながら、執行者の振り下ろされた腕を避けつつ、その腕を切り払う。だが、やはり浅い。

 ただの人間ならば易々とその腕を斬りおとせれただろう。だが、獣人化した執行者の硬質化した筋肉とその筋肉を覆う銀毛は、ただ硬かった。
 しかし、硬いといっても限度があるのを確認できた。逃げ腰になりつつの斬撃ではたかが知れている。致命傷を与えることは出来ないだろうということを手ごたえがはっきりと教えてくれている。

 つまりそれは……当たれば即死。かすっただけでも致命傷と成り得る執行者の超暴力が荒れ狂う近距離で、応酬せねばならないということ。
 仮に近距離で恭也の斬撃を何発、或いは何十発あたえれば執行者の致命傷となるのかはっきりと分からない中で、執行者は一撃でも恭也に攻撃があたればいい。あまりにも理不尽な戦いだ。
 実力がはっきりと離れていればいい。だが今の執行者の実力は、彼が叫んだ通り殺音の実力をほんの僅かにだが、凌駕していた。それを肌で感じる。
 恭也の思考を中断させるように、執行者が疾走する。その速さ、今までをさらに超えていた。恭也でさえも、かすかにしか視認できないほどだ。
 執行者が手を振り下ろすよりも早く、恭也は回避行動をとった。その恭也の眼前を鋭利な爪が通過する。だが。

「っ……」

 額に一筋の熱い痛み。そして、パッと視界に舞い散る鮮血。まさにミリ単位で避けるのが遅れた恭也の額を執行者の爪が抉っていた。
 ズキンと痛む頭部。意識を鋭く、痛みの感覚を外す。ようやく出血をさせたとばかりにニィと哂った執行者を尻目に、恭也の二刀の小太刀が執行者の腕を両横から斬る。手に伝わる感覚。それでもまだ両断には至らない。 
 その斬撃を気にも留めないように執行者は恭也を砕かんと拳を下から突き上げるように振り上げた。
 恭也にはその拳を目で追うことはできなかった。相手の全身の動きからタイミングを測ったようにして、間合いを取る。

 轟風が目の前を通り過ぎる。それに合わせるように、爆発的な力を蹴り足にこめ、間合いを零へと。執行者に密着する。狙いは心臓。
 恭也の鋭い突きが容赦なく執行者の胸を貫く。伝わってきたのは肉を貫く感触。だが、まだ浅い。
 執行者の攻撃が届くよりも速く、恭也が間合いから脱出する。ぽたりと小太刀を伝って地面に滴り落ちる血。
 傷つけられた胸を押さえ、驚いたように傷を抑えた手のひらを見る。血で手のひらが染まっている。胸の周りも少しずつではあるが銀毛が赤く染まりつつある。

「くっく……一体貴様はどこまで外れれば気が済むというのだ。四度も斬りつけられるとはな……見事というしかあるまい」
「……」

 対する恭也は無言。乱れている呼吸を相手に気づかれたくなかった。何度も死ぬ気になって、ようやく四度斬りつけることができた。吐き気がする。
 凄まじいほどの重圧。威圧感。恐怖感。コンマ一秒遅れれば死ぬという世界での応酬。心臓が痛い。両手両足が重い。
 殺音と同じだ。長期戦にもちこまれたら間違いなく、負ける。ならばどうすればいいのか。決まっている。短期戦しかない。
 幸いなことに、ぎりぎりとはいえ準備は出来たのだ。

 その瞬間、ピシリと空気が一瞬で緊張した。
 恭也が小太刀を二刀、鞘におさめ、構えるでもなく立っていた。無形の位。
 空気が変わったのに気づいた執行者の視線が細くなる。その視線は恭也を貫く。

「執行者。次の一撃で決着をつける」
「……いいだろう。それも面白い」

 ミシリと筋肉が膨張する音が聞こえた。執行者が手を握り締める。あの一撃を喰らったら確実に死ぬ。不吉な気配が拳を包む。

「ただ、全力でこい。これは、水無月殺音を打倒した技だ」

 殺音の名前をだした途端、さらに空気が緊張した。熱く燃えるような烈火の殺気が周囲に満ちる。
 その殺気が恭也に届くことはない。恭也の周囲が円形の如く領域ができていた。それはまさに剣の結界。
 執行者はおもわず汗で湿った己の銀毛で覆われた手を信じられないように見た。緊張していたのだ。恭也の無形の位を見て、あろうことか執行者が。完全なる戦闘体型となった、夜の一族の王が、たかが人間相手に踏み込めないでいた。

 斬りつけられた四箇所が僅かにだが痛む。どれもこれも致命傷ではない。数時間もすれば完治するであろう怪我だ。
 全力をだした自分に傷をつけれた相手などどれくらいぶりだろうか。目の前の人間は、こんなときでもない限り尊敬に値する男だったのだろう。別の出会い方をしていればもしかしたら友になれたかもしれない。

 そんなもしもの可能性を思い描いた執行者は薄く笑った。何もかもが遅いのだ。目の前の人間の大切な相手を殺してしまった。それはもう取り返しようがない。
 だからといって黙って殺されるわけにもいかない。そして、自分が死ぬということは数多の悲劇をこれから先の未来にうむことになるのだ。
 人の世に第三世界の魑魅魍魎が手を出さない理由。それは死刑執行者という存在がいるからだ。手を出したならば、殺される。その恐怖が、最後の砦となっている。
 
 ―――もしここで、俺が負けたとすれば……いいや、そんなことを考えても意味がない。

 何故ならば、この戦いは俺が勝つからだ。
 さらに膨れ上がる重圧。両足の筋肉をぎりぎりにまで膨張させ、弾けた。音が後からついてくる、超速度。
 地面を二蹴り、飛び込みざまに、風をまいて恭也の脳天に降り注いだ全力全速の破壊の一撃。
 己の拳が、相手の頭蓋を無残に叩き割る光景を予見した執行者は薄く笑った。それに対応するかのように、刀の化身が動いた。

 僅か一秒にも満たない時間。死ぬかも知れないという、緊張。それが完全に醒めきっていく。目の前に立つ相手を、ただ斬るために。殺すために。心と身体が小太刀と一体となる。 
 世界が凍る。時間が凍る。この世に住まう全ての存在の動きが凍る。
 破神と呼ばれる御神の奥義。神速と呼ばれし、人間を時間外領域へと導く人外の技。
 だが、違う。コレは神速ではない。その【程度】のものではないのだ、コレは。
 視界は確かに一瞬だがモノクロに染まった。それは神速の域に侵入したから。だが今は違う。モノクロの世界は確かに光に包まれ、色を持っていた。

 視認することが困難な超速度の執行者の動きさえ、スローモーションのように見える。世界の空気はただ……痛いように静寂が包む。
 神速を超えた神速。絶対たる空間の支配。時をも操る領域。御神の一族において【御神】しか到達できていないと伝承される世界。

 【神域】と【御神】が呼んだ領域。その領域に恭也はいた。
 振り下ろされる右腕。それよりも速く、抜刀された二刀の小太刀。電流が通るかのように、刹那をもって静から動へと転じる。
 一撃目でその右腕の傷ついた箇所を斬りつけた。二撃目で左腕の傷ついた箇所を斬り裂いた。三撃目で傷ついた腹部を叩き斬った。四撃目で執行者の……胸を貫いた。
 パチンと、音がなった。貫いたと同時に世界は本来の時間を取り戻す。

 心臓を貫かれた執行者は呆然と恭也を見ていた。信じられないように、何故恭也の小太刀が己を貫いているのかと。半ばから両断された両腕を、地面に転がっている己の手を 見る。
 そしてようやく理解した。
 己が負けたのだと。

「くっ……見事、だ」

 激痛に声が震える。狼のようなその顔からは表情などわからない。それでも、何故か笑っているような気がした。
 ずるりと、小太刀を身体から引き抜くように、後方へとゆっくりとさがる。ふらふらと頼りない。
 ぼたぼたと地面を大量の血液がぬらしていく。瞬く間に血の海ができあがった。

「うそだ、うそだうそだうそだ!!!!!」

 狂乱の声があがった。漂流王が理解できないように、悲壮な顔で執行者に抱きついた。それだけでふらりと執行者の身体が揺らいだ。

「なんでなんでなんで!!お前が負けるんだよ!?なんでなんで!!どうして!!」
「あの、人間が、俺よりも、強かった……それだけだ」
「違う違うよ、執行者!!今夜が満月だったら……満月でさえあったならお前は負けなかった!!お前は強いんだ!!誰よりも!!」

 発狂したかのようにすがりつく漂流王。そんな泣きじゃくる漂流王を宥めようと、頭を撫でようとして、すでに撫でる手が無いことに気づいた。笑うしかない。
 執行者が空を見上げる。なるほど確かに半月だ。人狼である執行者の力は月齢で大きく変化する。満月のときの執行者の力は確かに絶大だ。

「……満月であったとしても、俺は勝てなかった、だろうな……」
「そんな、ことはない!!」

 自分に対する嘲笑染みた言葉。ゴポリと大量の血を吐き出す。それが漂流王の顔にびちゃりとかかった。鉄の匂いがする。そして、普段己がばら撒いてきた死の香りが執行者から匂いたつ。
 死ぬ、このままでは確実に。如何に夜の一族の回復力でも限界がある。特に心臓を貫かれて生き延びれる筈が無い。
 漂流王の両手が淡い光で輝く。あまり得意とはいえない回復魔術だ。それを執行者にあてようとして、執行者が首を振った。

「もう、いい。もう、手遅れだ。俺は、死ぬ」

「いやだ!!死ぬな!!死なないでよ!!死んじゃいやだよぉ!! 
「あまり執行者を困らせるものではないですよ」

 駄々っ子のように執行者に縋りつく。その時、ビクンと漂流王の身体が震えた。いつの間にか二人に近づいた天眼が漂流王の首に手を当てて魔術を放っていたのだ。天眼の右腕に紫電が迸っている。   
 意識を失った漂流王を肩にかける。荷物を持つように丁寧さのかけらもない。

「すまん、な。迷惑をかける……そいつの、ことを……頼む」
「はいはい。ところで遺言はありますか?」
「そいつが起きたら、伝えてくれ。戦いから身を引き……お前だけでも、平穏にいきてくれ、と……」
「わかりましたよ、執行者。五百年もの間、本当にお疲れ様でした」
「お前に……そういわれるとは、気味が悪いな……」

 ふ、っといつもとは違う優しげな微笑を執行者に残す。それに意外そうに、クフっと笑った執行者はずりずりと身体をひきながら巨大な湖の前まで歩いて行く。
 そして恭也に向かって振り返った。獰猛な笑みを浮かべて。

「これから先、この世界は揺れる……腐っても、俺は第三世界の、砦だったのだからな……」

 ベチャリと再び大量の吐血をする。歩いてきた地面もまるで血の河だ。

「お前を、認めぬ者も、いるだろう……たかが人間と、侮る者もいるだろう……だが……」

 執行者は尊敬の念を恭也に向けた。新たなる王の誕生を祝うかのように。世界の行く末を恭也に託すかのように。

「第三世界の、バケモノどもの誰が認めずとも、この俺は認めよう……ヒトの身で俺と人形遣いを、滅ぼした……剣士よ。これから先、お前が名乗れ、あらゆる……夜の一族を断罪する、死刑執行者の名を!!」 

 ずりずりと後ろに歩いて行く。ポチャンと足が湖につかる。
 一歩一歩。腰までつかり、さらに湖に沈んでいく。流れ出す血が湖を赤く染め上げた。

「―――感謝するぞ、フワ。あいつを、人形遣いを、殺してくれたことを。……強くあれ、ヒトを外れたる剣士よ……」

 最後にそういい残して執行者は湖に完全に沈んでいった。いくつもの血の花弁が咲き開く。執行者の死を悼むかのように。
 それを見送った天眼は、漂流王を抱えたまま恭也に向き直る。突然現れた天眼に、恭也は驚いていない。何時ものことなのだ。

「また会いましたね、少年。実に見事です。自分で視た未来でありながら驚いてますよ。まさかあの死刑執行者を単騎で打ち破るとは」
「できれば、お前とは会いたくないのだがな……」
「またまたつれない事を言わないでください。私みたいな兎は寂しいと死んでしまうのですよ?」

「誰が、兎だ。それにそれはでまかせらしぞ」
「……それは初耳です。いいことを聴きました」

 天眼がパチンと指を鳴らす。周囲に展開しているあらゆる影が天眼の周りに集結する。

「はてさて申し訳ないですが、漂流王は貰っていきますね。執行者にも頼まれたこともありますが、流石に同時に二人の王が降されるのは状況的に危険ですからね」
「……ああ、分かった」

 天眼の言葉に頷くしかなかった。今の恭也は全身が激痛で身動きがほぼとれない状態だ。神域の領域に入るということは、神速を遥かに超える負担を身体にかけるということだ。
 恭也でさえ、一度使ったらまともに身体がいうことをきかなくなる。故に、まさに奥の手。これで決着をつけれなかったら間違いなく恭也が負けていた。

「ああ、そう言えば一つお聞きしたいのですが?」
「何を聞きたい?」
「三年前に貴方が人形遣いを滅ぼした時に供にいた少女……名前はなんでしたか?」
「……」

 沈黙で返す。わざわざおしえることはない。
 ふむと首を捻ると、ぽんと手を叩いた。何かに閃いたようだ。

「ツバサでしたっけ?確かそのような名前でしたが……あの少女には気をつけたほうがいいですよ?」

 お前に気をつけたほうがよっぽどいいというのをぐっと我慢した恭也だったが、次の言葉で思わず我を失いそうになった。

「あの少女、死相が見えてましたよ?」
「な、に!?」

 待て、と叫ぶ暇もなく天眼の周囲の影が包むように展開する。二人を喰らうように漆黒が包むと、次の瞬間、影が消え去ったときにすでに天眼と漂流王の姿は無くなっていた。
 残されたのは恭也だけ。恐ろしいほどの静寂が周囲を満たしていた。先ほどの騒ぎなど夢幻のように。

 ―――死相が、みえるだと?  

 冗談にしてはたちが悪い。そして、そんなことを言うメリットもない。

「……注意を払っておくしかない、な」

 恭也は悲鳴をあげる身体をおして、幾分か離れた場所にいるノエルと忍の元に近づいていく。忍の頬は砂埃で汚れ、服もぼろぼろだ。
 それよりもノエルを見て恭也は眉をしかめた。肌が破れ、機械の部分が露になっている。その痛々しい姿に、恭也はノエルと視線を合わせて深々と頭を下げた。

「すまない、ノエル。無茶をさせた」
「いいえ、恭也様。恭也様のためならば、これくらいの損傷問題ありません」

 そう、儚い笑みでノエルは微笑む。

「本当に有難う。この礼は必ずする」
「期待しています、恭也様」

 忍は未だぽかんとしたような表情で恭也を見つめていた。ひょいっと忍の目の前で手を振ってみる。全く反応がない。首を傾げる。

 そこで、ハッと忍が我を取り戻した。

「ちょ、ちょっと恭也!?うそ!?何、本当に、クロなの!?嘘よね!?」
「黙っていてすまないと思う。だが、事実だ」
「ぇぇええええええええええええええ!!」

 もう驚くしかない。昨年イレインを倒したときにも驚いたものだ。さらに水無月殺音をたおし驚愕し、さらにさらに執行者を打倒した。
 ありえなさ過ぎる。ただの人間が夜の一族の頂点二人を、王の二人を倒すなど。常識の枠外。人間を外れるにも程がありすぎる。
 特に、人形遣い。死者を操る女王。数百、数千、果てには数万の死者を支配下におき、同じ王でありながら王達に反乱を起こした狂人。その最狂とされた人形遣いを滅ぼすなど誰が信じられるか。

「はぁ……」

 ため息しか出ない。まさに規格外。流石は私と血の盟約を交わしたヒト。
 私と恭也は会うべくして会った。偶然ではない。これはもう、運命なのだ。

「恭也~疲れてて歩けないの。おぶって~」

 熱っぽくなる身体を無理矢理、押さえ込み、若干蒸気したように頬は赤いが、恭也にもたれかかるように抱きついて……二人して盛大にすっころんだ。
 ゴチンと恭也と忍の頭があたる。実に見事なへっどばっとだ。

「す、すまん忍……俺も身体の自由がきかんのだ」
「え、えええ!?ノエルも動けないし、どうやって帰るのよー!!」

 動かない身体で空を見上げる。綺麗な半月を見ながら、忍の声を聞き、ようやく戦いは終わったのだと恭也は実感した。

 ―――冥、仇は取ったぞ。

 そう心のなかで夜の一族の少女に告げる。首を傾け、視界の先で横たわっている冥を見て、悲しみにつぶされそうな心を押さえつけるように、目を瞑った。





























        -----------エピローグ---------------  

  

  











 執行者達との死闘から数日がたち、恭也はだいぶマシになった身体で目的地へと足を向ける。万全とは言い難いが日常生活には問題はない。
 空は気持ちがいいほどの快晴。雲一つない。手に持つ花がいい香りをさせている。
 これだけ身体を酷使してしまったのは随分と久しい。フィリスにどれだけ絞られることだろう。今から考えても憂鬱な気分になる。
 ため息の一つでもつきたくなるものだが、幸せが逃げてもらっても困る。我慢しておかねば。

 目的の場所は、藤見台。海鳴と風芽丘を見下ろす小高い丘。墓地があり、父である士郎が眠っている場所だ。
 一応墓参りは欠かさないようにしてはいるが、今回は士郎の墓参りではない。
 士郎の墓から少し離れた場所。新しい墓石。そこに刻まれている名前は【水無月冥】。
 墓に花を供えると恭也は目を瞑る。

「こんな場所にお前を葬ることになってすまんな。できればお前の故郷に埋めたかったんだが、何せ場所がわからん」

 膝を地面につき、視線を墓石と同じ高さにあわせる。

「それと殺音もお前と一緒に埋めようとしたんだがな……忍の情報網を駆使したが結局見つからなかった」

 一ヶ月前に北斗が居た周辺だろうとあたりをつけて探して貰ったが、まったく発見できなかった。まだ数日しかたっていないので見つかっていないだけかもしれないのだが。

「何時か見つけたらお前と一緒に埋めよう。一人では寂しかろう?」

 返事がないことはわかっているが、語りかけずにはいられなかった。己の弱さ故に死なせてしまった女性。

「いつか、そちらに俺が行ったとき、たっぷり語り合えるように土産話を用意しておく」

 ピリリと携帯の着信音がなった。正確にはメールの音だが。未だ使い慣れていない携帯をあける。届いていたメールの送り主は天守翼と。
 メールを開いてみる。内容は短いが、食事の誘いであった。美由紀希のことも聞きたいので了解した、とこちらも短く送り返す。
 携帯をしまうと、立ち上がる。

「また、来よう。では、な」

 恭也が背を向け歩き去ろうとする。だが、その時風に乗って聞こえた。幻聴かもしれない。だが、確かに聞こえたのだ。冥の声が。

 ―――ボクのこと、忘れちゃ嫌だからね。

 ズキンと心が痛む。それに足を止めないように、振り返らないようにして恭也は歩みを止めない。

「ああ。お前のことはわすれないぞ、冥」 

























「……こ、ここは……」

 生気のない顔色で目を覚ました漂流王は呻いた。ベッドに寝かされているようで、視線の先には天井が見える。
 全身を気だるい感覚が包み込み、指一本動かすのにも苦労する状態だ。
 ガチャリと扉が開く音が聞こえる。少しずつ顔を横に向けて音のなった方向を見ると、扉を開けて入ってきたのは天眼だ。
 漂流王が目を覚ましているのに気づくとパチンと指を鳴らす。それを合図に漂流王の身体中を封じるような気配が消え去った。それでも、身体を動かすのが辛い。

 苦労して上半身を起こすと天眼と向かい合いように座りなおす。
「……ここ、は?」
「船の上ですよ。綺堂家に手を回して貰いましたからここは安全です。ゆっくりまだ休んでるといいですよ」
「あれから、何日くらい……?」
「丁度丸一日ほどですかね。少々強く魔術を叩き込みすぎたようです。すみません」

 漂流王は天眼に何かを聞きたがりそうに見上げるが、まるでそれを聞くのを怖がるかのように俯く。口を開けようとして、口を閉じる。
 そんなことを一分近く続ける。沈黙が周囲を満たす。

「申し訳ありません。まさか私が視た未来を覆されるとは思ってもいませんでした。恐るべきは、あの剣士の実力ですね」

 天眼が視ることができる未来はあくまで可能性が最も高い道筋。つまり、どんな不確定の要素で覆されるか分からない不安定な代物。
 もっとも大体はその通りになるものだが。しかし、実は天眼が視た先は、【執行者】が【恭也】を倒すビジョンではなかった。
 【恭也】が【執行者】を倒すビジョンであったのだ。ただ単に、天眼は邪魔をされたくなかったので漂流王にそう告げただけなのだ。それを知る術は漂流王には存在しない。 

「彼からの遺言があります」
「っ!?」

 弾かれたように漂流王は顔をあげて天眼を見つめる。両手に力がこもった。

「ただしこれを聞いたら後悔することになるかもしれませんよ?」
「かまわ、ない。聞かせてくれよ、お願いだ」

 コホンと咳払いをする天眼。漂流王の様子に仕方ないか、というようにため息をつく。

「【あの人間は強い。今のお前では歯が立つまい。だが……お前は俺を超える才を持つ。もしも、お前が俺のことを少しでも想っていてくれるなら……】」

 ばっと天眼は後ろを向く。ぞわりと見たものを恐怖させるような邪悪な笑み。自然と湧き出るそれを漂流王に見せないために。

「【何時までかかってもいい、あの人間を殺してくれ】だ、そうです」

 俯き、唇を噛み締める。ぽたりと血が流れた。握りしめる両手からも血が滲む。清楚な純白のシーツに赤い染みを作る。

「僕は、憎い。あいつが、憎い。あの剣士が、憎い。逆恨み、だとはわかっていても……この憎悪は消すことは出来ない……」    
「そうですね。憎しみは連鎖します。貴方があの少年の大切な者を殺したように、少年も貴方の大切な者を殺したのです。貴方はどうしますか?」
「……決まっている、殺すよ。あいつを。あいつのことを世界中の誰が認めたとしても、僕は認めない。あいつだけは必ず殺す。執行者に言われるまでもない」
「そうですか。ならば微力ながら私も協力しましょう。貴方に私の全てを伝えます。貴方はまだ頂点の中では最弱です。ですが、最弱だからこそ、後は高みに登ることだけを意識すればいいのです。強くなりなさい、漂流王」
「強くなるよ、僕は。執行者よりも、お前よりも、そしてあの剣士よりも!!」

 泣いていた。漂流王は涙を流していた。だが、その瞳だけはギラギラと輝いている。恐怖など一片もなく、ただ恭也に対しての果てしない憎悪と復讐心。
 それを背中越しに感じ取った天眼は声もなく哂った。

 ―――種は蒔きました。どこまで貴方はかけあがれるでしょうかね?期待していますよ、漂流王。

 天眼はそう心の中で言い残すと漂流王を部屋に残し、外にでる。
 ゆっくりと海を航海する巨大な船。空は暗雲で覆われている。ぽたぽたと雨が降ってくるのを天眼は全身で感じた。

「【彼女】が目覚めるまでに果たして少年はどこまで高みにのぼれるでしょうかね?楽しみですよ……夜の一族の真の頂点と人間の頂点。どちらがより高みに到達できるのか私に見せてくださいね、少年」  

 























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