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No.30788の一覧
[0] 御神と不破(とらハ3再構成)[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:48)
[1] 序章[しるうぃっしゅ](2011/12/07 20:12)
[2] 一章[しるうぃっしゅ](2011/12/12 19:53)
[3] 二章[しるうぃっしゅ](2011/12/16 22:08)
[4] 三章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:29)
[5] 四章[しるうぃっしゅ](2011/12/23 00:39)
[6] 五章[しるうぃっしゅ](2011/12/28 17:57)
[7] 六章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:32)
[8] 間章[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:33)
[9] 間章2[しるうぃっしゅ](2012/01/09 13:27)
[10] 七章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:52)
[11] 八章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:56)
[12] 九章[しるうぃっしゅ](2012/03/02 00:51)
[13] 断章[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:46)
[14] 間章3[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:30)
[15] 十章[しるうぃっしゅ](2012/06/16 23:58)
[16] 十一章[しるうぃっしゅ](2012/07/16 21:15)
[17] 十二章[しるうぃっしゅ](2012/08/02 23:26)
[18] 十三章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 02:58)
[19] 十四章[しるうぃっしゅ](2012/12/28 03:06)
[20] 十五章[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:11)
[21] 十六章[しるうぃっしゅ](2012/12/31 08:55)
[22] 十七章   完[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:10)
[23] 断章②[しるうぃっしゅ](2013/02/21 21:56)
[24] 間章4[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:54)
[25] 間章5[しるうぃっしゅ](2013/01/09 21:32)
[26] 十八章 大怨霊編①[しるうぃっしゅ](2013/01/02 18:12)
[27] 十九章 大怨霊編②[しるうぃっしゅ](2013/01/06 02:53)
[28] 二十章 大怨霊編③[しるうぃっしゅ](2013/01/12 09:41)
[29] 二十一章 大怨霊編④[しるうぃっしゅ](2013/01/15 13:20)
[31] 二十二章 大怨霊編⑤[しるうぃっしゅ](2013/01/16 20:47)
[32] 二十三章 大怨霊編⑥[しるうぃっしゅ](2013/01/18 23:37)
[33] 二十四章 大怨霊編⑦[しるうぃっしゅ](2013/01/21 22:38)
[34] 二十五章 大怨霊編 完結[しるうぃっしゅ](2013/01/25 20:41)
[36] 間章0 御神と不破終焉の日[しるうぃっしゅ](2013/02/17 01:42)
[39] 間章6[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:12)
[40] 恭也の休日 殺音編①[しるうぃっしゅ](2014/07/24 13:13)
[41] 登場人物紹介[しるうぃっしゅ](2013/02/21 22:00)
[42] 旧作 御神と不破 一章 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:02)
[43] 旧作 御神と不破 一章 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:03)
[44] 旧作 御神と不破 一章 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/02 01:04)
[45] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:53)
[47] 旧作 御神と不破 二章 美由希編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 00:55)
[48] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 前編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[49] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 中編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:00)
[50] 旧作 御神と不破 二章 恭也編 後編[しるうぃっしゅ](2012/03/11 01:02)
[51] 旧作 御神と不破 三章 前編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:23)
[52] 旧作 御神と不破 三章 中編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:29)
[53] 旧作 御神と不破 三章 後編[しるうぃっしゅ](2012/06/07 01:31)
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[30788] 間章
Name: しるうぃっしゅ◆be14bceb ID:c2de4e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/09 13:33















 樹齢何百年、何千年の巨大で威圧的な木々に囲われて、京の山中にその社はあった。
 建てられてから随分と年月を感じさせる古さを醸し出している。境内の両脇には木立が並び、その上空だけはぽっかりと開き、夜空に星が煌いている。
 その周囲は空気が凍ったように張り詰め、清浄な空気が吸ったものの肺を満たす。
 一般の人間なら無意識のうちに立ち寄るのを避けるような、人界とは一線を隔した領域がそこにあった。

 その社の中に―――敷かれた布団に老婆が横たわっている。幾つ位なのだろうか。七十か八十。それくらいの年齢には見えるが、不思議と高貴な雰囲気を纏っていた。若いころは相当な美人だったことは簡単に想像できる。
 だが、すでに顔は土気色で、己の死期を自ずと悟り、後は死を待つだけ。
 老婆は人間ではなかった。ワーキャット(人猫族)と呼ばれる夜の一族である。
 
 夜の一族とは―――最近最も有力となっている説が遺伝子障害の結果生まれた人間とは異なる種。
 人間とは段違いの身体能力。人間より遥かに優れた五感。百年二百年を生きる不老長寿。並はずれた再生回復能力を持つ。その他にも様々な異常能力を所有しているという。
 例をあげるならば、人狼や吸血鬼。そういった伝承にも書き記される人外の者達である。
 
 老婆は日本でうまれ、日本を旅し、日本を愛していた。
 この国を―――大地を傷つけるものは誰であろうと許さなかった。それは愛した男と交わした最後の約束の為。彼女が愛したのは同胞ではなく、人間だった。
 多くの人間と戦い、多くの同胞と戦い、多くの化け物と戦い―――屍の山の頂に立つ彼女は、何時しか同胞さえも畏れ敬う、伝承の怪物となっていた。

 アンチナンバーズⅧ―――【猫神】。そう呼ばれていた。

 そう呼ばれてもはやどれくらい経っただろう。少なくとも老婆は夜の一族の中でも最古参の一人といってもいい。かの天眼が六百年以上の時を生きているというが、それに匹敵するほどに長い時を生きてきた。 
 様々な記憶が泡のように浮かんでは消えていく。その中で最も鮮烈なのはやはり、破壊者ざからとの死闘。
 三百年近く前に己の力を過信し、戦いを挑み敗北を喫した相手。老婆の考えていた強さを一段も二段も超越した怪物であった。
 死を覚悟した。圧倒的な絶望を前にして、逃げることも生きることも戦うことさえも諦めて、死を受け入れた。ようやく【彼】のもとへいける。そう思ったのかもしれない。

 だが、そこに―――彼が現れた。
 
 六百年前にまだ幼女だった自分を拾い、育ててくれた男。誰よりも尊敬し、愛し、盲信し、身も心も捧げた男。
 あらゆる存在を断ち、斬り、全ての厄災から自分を守護した剣士。二振りの刀を振るい、光の剣閃を繰った彼女が信じる絶対最強。絶対無敵。絶対不敗―――にだけは罰が悪そうだったが――――アンチナンバーズⅠ【剣の頂に立つ者】。
 圧倒的なほどに強かった【彼】は、人を斬り、鬼を斬り、果ては神と自称していた超越者をも斬った。六百年を生きた怪猫である自分の最盛期の力でも【彼】には及ばないだろう。
 普段は冷静で、達観し、老成したような雰囲気の【彼】だったが、天眼と戦うときだけは激情を向けていたのが謎であった。それは憎悪であり、怨恨であり、自分までもが呑まれそうなほど暗い闇だった。 
 その理由を結局【彼】は話してはくれなかったが。 

 二人で日本を回っていた最中に、自分と同じような境遇の少女を拾い三人で様々な日々を過ごした。今でも思い出せる楽しい日々。少女は何時しか【彼】を師と仰ぎ、剣士として成長していく。
 それほどに強かった【彼】は―――人と同じように歳を取り、床に伏せた。
 どれだけ高名な医者に頼っても【彼】はもはやどうにもならなかった。そして、【彼】は呆気なく―――天へと召された。
 世界最強だった【彼】は、誰にも負けることは無かったが、寿命にだけは勝てなかったのだ。
 二人で泣いた。延々と泣いた。何日も何日も、とまることなき涙を流し続けた。
 【彼】の最後を看取ったのは、自分と大人になった少女の二人だけ。最後に撫でられた頭の感触を思い出すと今でも心が暖かくなる。
 それでも、【彼】が最後に思い浮かべたのはきっと―――憎悪しながらも、惹かれていた天眼だったのだろう。

 六百年近く昔に死んだはずの【彼】。それから三百年もたった時に現れた彼。
 剣の頂に立つ者が、自分を守るように現れざからの前に立ち塞がった。
 だが、違った。【彼】ではなかった。姿かたちは【彼】だったが、ざからと戦っている彼は【彼】ではなかった。
 本人から感じられる霊力は皆無に等しいが、信じられないほどの霊力を秘めた霊剣を使いざからの力を封じると、二振りの刀でざからと死闘を演じ始める。
 その時の歓喜していたざからと彼の会話は何故だろうか、自分と交わしたわけでもないのに昨日のことのように思い出せる―――。







 ―――強いな、人の子。汝の名教えてくれぬか?

 ―――この世界に俺の居場所はありはしない。死んでいるのと同じことだ。とうの昔に名は捨てたが、どうしても俺を呼びたければ、××と呼べ。下らない奴がつけた下らない名だ。

 ―――××?くく、我も人のことは言えんが変わった名だ。汝がそれを下らぬ名だというのならば、我が褒美として汝に名を付けてやろう。我と戦える汝はすでに人に非ず。己を死んでいると称するならば……汝はこれより無黒、否……骸と名乗れ。


 
 



 人間だった彼は結局ただの鉄でできた刀二本でざからを圧倒し、他の妖怪と協力してざからを封印して見せた。
 【彼】ではないのに同じ技と武器を使い、同じ姿をした彼を問いただそうとしたが―――それよりも早く彼は姿を消していた。
 それから程なくして世界中に、激震が走った。

 アンチナンバーズⅠ【剣の頂に立つ者】―――復活。

 わけがわからなかった。
 あれほど第一席の空位に固執していた天眼があっさりと認めることがあるのかと。
 【彼】ではないのに、何故認めるのかと。
 結局その謎が解けることなく―――再び剣の頂に立つ者は寿命で死ぬ。
 そして、何時しかアンチナンバーズⅠは、こう認識されることになる。
 【剣の頂に立つ者】は死しても時が経てば蘇る。故に天眼はアンチナンバーズⅠの席を誰にも座らせようとしないのだと。
 それが正しいのか正しくないのか、天眼にしか分からないが―――それから三百年、【剣の頂に立つ者】は蘇ってはいない。

 そんな老婆の思考を中断させるように、社の入り口が開く。
 入ってきたのは水無月殺音。珍しく神妙な表情で老婆の枕元に膝をそろえて座す。
  
「……久しいのぅ……我が後継者よ……」

 老婆がか細い声で殺音に語りかける。
 殺音はコクリと頷くと真剣な表情で老婆と視線を合わせ続ける。

「……お前に、我が名を継がせ……はや十余年……我ながらよくぞ生があったとおもう……」
「婆さんには迷惑をかけっぱなしだったけどね」
「くく……私を、ただの婆として扱ってくれたのは……お前だけだったよ……」
「皆びびりすぎなのよねー肩書きに」
「……だが、それだけの畏れが、あるのだよ……その忌み名には」

 そうなのだ。その名を聞いただけで震え上がる。それだけの死山血河を築いてきた。
 特に【彼】が死んだ後百年が酷かった。見えるもの全てが敵に見えた。あれだけ愛しかった大地さえもが黒く濁って見えた。生きることも億劫になったのだ。 
 自分がどれだけ【彼】を愛していたのか、無くして初めて本当の意味で理解したのだ。
 そんな自分を恐れず―――そして、そんな殺戮の化身だった自分の全盛期を百年足らずしか生きていない目の前の女性が超えているのが少しだけ嬉しかった。
  
「……お前はその名を、受け継いで後悔は、ないのかい?」
「全く。私は私。水無月殺音だよ」

 にやりと笑って見せた殺音の表情に翳りは無い。
 それを確認すると老婆は安心したように瞳を細める。

「それならば、良かった―――それだけが、心残りだった」

 安息のような一息を吐く老婆。
 意識が遠くなっていくのが自分自身でもわかる。
 それに恐怖はなく、もうすぐ愛した【彼】のもとにいけるのが―――何よりも嬉しい。
 【彼】が死んだあと、自分は生き過ぎた。心の底からそう思う。

「ん、そーだ。この写真見える?私の運命の相手なんだけど―――」

 もう老婆の意識もはっきりしてないが、殺音は携帯の待ち受け画像を老婆に見せる。
 そこには何時の間に取ったのか―――恭也の姿を映した画像があったのだが、それを霞んでいく視界の中見た老婆は―――。

「……きょ……や……?」

 最後の力を振り絞るように口から零れ出た名前。
 在り得ない。在り得るはずが無い。他人の空似というレベルではなかったのだから。
 まさしくそれは随分と若いとはいえ、在りし日の【彼】の姿そのままで―――。
 
 その疑問は解けることなく、老婆は長い長い六百年の人生に終わりを告げた。
 老婆の最後の台詞に目を見開いた殺音だったが、問い詰めようにもすでに吐息は無く……。
 殺音は木で出来た床に両手の指をつき、老婆に頭を下げた。
 そして老婆の身体を抱き上げ、社から外に出る。すでに準備してあったやぐらに老婆の遺体を置き、火をつける。
 肉が焦げる臭いが殺音の鼻につく。長い時間をかけて、炎は老婆の身体を灰として、消し去った。
 やぐらも燃え、残されたのは燃え尽きなかった幾つかの骨。その骨の一部を拾うと、口に含み嚥下する。
 ズクンと、その骨が消化され、昇華され、殺音の全身に行き渡る。
 手を握り締めると、今までとは比較にならない力が自分に宿っているのを確かに確認できた。それはきっと、老婆の力なのだろう。
 
「―――待っていろ、恭也。決着をつけるときは―――近いよ」






















「だーかーらー。こっちにだって準備ってものがあるって何度も何度も何度も言ってるでしょう!?」

 海鳴にある高級ホテル。正式名称が海鳴ベイサイド・ホテル―――のある部屋にて少女の金切声が響き渡っていた。
 家具もベッドもテレビも何もかも、買おうと思ったらどれもこれも軽く六桁に届きそうな品物ばかり。
 その部屋で携帯電話を耳にあて、通話先の相手と激しく口論をしている、水無月冥。
 一方殺音を除いた他五名はベッドの上でトランプをしている。
 
「三」
「四」
「五」

 巨門が三といいながらトランプをベッドの中心に捨てる。
 ついで禄存が四と呟きトランプを捨て、文曲が五と言って捨てる。

「六」
「……な、七」
「「「「座布団」」」」

 廉貞が六と言いつつトランプをすてたが、次の貪狼がややどもりながらトランプを捨てた瞬間―――残りの四人が同時に突っ込む。
 貪狼の捨てたトランプをめくるとそのカードに書かれていた数字は十。文曲がたまった山を貪狼へと押しやる。
 他の四人は手にもっているカードの枚数は残り少ないが、貪狼だけは山のようにカードが残っていた。

「うーーがーー!?なんでお前らわかんだよ!!人の心読んでんのか!?」
「なんで、て言われてもねぇ?」
「……お前が分かりやす過ぎる」

 文曲が呆れたような視線を送り、巨門は率直な意見を述べた。
 くそっといいながら貪狼はベッドから降りると冷蔵庫をあけ、入れておいた飲料の蓋をあけて一気に飲み干す。
 濡れる口元を手の甲で拭い、深呼吸を繰り返し冷静さを取り戻した貪狼はベッドでだらけている四人に振りかえる。

「もういっちょだ、今度こそ勝つ!!」
「煩いってば、静かにしてよ!?」
「……はい」

 携帯電話の相手の声が聴きにくかったのだろう。冥が大声を上げた貪狼に八つ当たり気味に注意を飛ばした。
 それに大人しく頷く貪狼。他の仲間には大きな態度を取るが、幼いころに拾われて育てられた親代わりの冥には頭が上がらない。
 怒られて目に見えて落ちこんだ貪狼は部屋の隅っこで体育座りをしてへこみはじめる。

『高い金はろうてお前たちを雇ってるんやで?早く結果を見せてもらわな困るわ』
「ですからー。相手はノエル・綺堂・エーアリヒカイトだけじゃなくって、本気でやばい敵が月村忍の近くにいるんですよ!!」
『そんな奴の連絡はきてへんでー。確かに最近は同じクラスの男と一緒にいるらしいけどな』
「そいつですって。ただの一般人じゃないんですよ。具体的に言うと貴方ご自慢のSP百人に重火器を装備させて戦わせたら、五分かからず壊滅させるくらいの相手ですから」
『……もうええわ。ワシはワシで動かせてもらうで』
「あ、ちょっと待って下さい!?本当なんですって!?もしもし!?もしもーーーし!?」
 
 ツーツーという無情にも電話を切られた音が響くだけで、相手からの返答はもはやない。
 ピクピクと目の下を痙攣させていた冥だったが、我慢できなかったのか、携帯をベッドに向けて投げつける。

「あーーーもーーー!!どいつもこいつも自分勝手にーーー!!」

 ぐしゃぐしゃと自分の頭をかきむしる冥。
 綺麗に手入れしてあったツインテールがボサボサになるが、そんなことを気にしている場合ではないようで、近くに置いてあったクッションにゲシゲシと蹴りを入れた。
 恭也と邂逅してから暫く経つが、昔から殺音と冥が世話になっていたある人が危篤と連絡があったためそちらの方に殺音だけが一時向かっているのだ。
 そのため、残った北斗のメンバーだけでは恭也とことを構えた場合どうしようもないため、殺音が帰ってくるのを待っている状況だった。依頼主から色々とせっつかれてはいたが、何とかごまかしていたのだが―――ついに依頼主の堪忍袋の緒が切れたらしい。

「というか、あの狸親父も今まで失敗続きだったんだから、一週間や二週間くらい待てばいいのに!!」

 ギャーギャーと騒ぎ立てる冥。相当に頭にきているのだろう。
 基本的に北斗の仕事の依頼や交渉事は全て冥が担っている。ついでに隠れ家にいる場合は食事掃除もしているが。
 他のメンバーはそういったことが苦手というか無関心というか、兎に角ろくでもない結果しか残さないため冥が全てをやっているのだが―――。
 
「ストレスためるのはよくないヨ?」
「だまらっしゃい!!」

 廉貞の台詞に一喝。
 別に冥もここ二週間の間何もやっていないわけでもない。
 月村忍及び高町恭也の身辺調査。その結果を見てみると、特に恭也と忍は親しいというわけでもない。
 あくまでも高校三年間同じクラスで、何度か会話する程度。せいぜいが友達という枠組みの関係だろう。

 だが、今回ばかりはそれがまずい。
 普通の人間ならば友達如きの関係の為に北斗と真っ向からぶつかりあうなど決してしない。それは死ぬと同意義のことなのだから。
 残念だが高町恭也は普通の人間ではなく―――殺音でなければまともにやりあうことすらできぬ、人間でありながら人外の域に達した者。
 友達程度の相手であったとしても、命を狙われたのならば―――恐らく北斗とやりあう覚悟さえあるだろう。そして、それだけの力もある。
 
 冥としては私闘という形で殺音には恭也と戦ってもらいたいのだが、恭也の知り合いがターゲットでは流石にそういうわけにもいかないだろう。
 それならばできるだけ万全の状態で戦いを挑まなければならず、殺音抜きで恭也と敵対すれば下手をしたら北斗壊滅という憂き目にあうかもしれない。というか、壊滅するだろう。
 石橋をたたいて渡る思いで今まで行動してきたというのに依頼主が下手に動いてこじれたら目も当てられない。
   
「あーもう!!久々の依頼だってのに頭痛いよぉ……」

 半泣きになりながら冥が床に座り込む。
 だというのに、貪狼を除いた四人はそんな冥の様子も気にならないようで、今度はババ抜きをやり始めた。
 正直四人の内心としては、あの殺音と互角に渡り合える恭也と敵対したくないので、殺音が帰ってくるまでここから動かないことを決めていたのだが。
 微妙な空気が部屋を満たす中、珍しく空気を読んだのかドアがガチャリと音を立てて開いた。 

「やっほー。いやーごめんごめん。帰ってくるの遅くなっちゃったわー」

 全く反省していない殺音が部屋に入ってきた途端、一瞬で部屋の空気が変化する。
 全員が安堵したような表情で殺音を注目したので、反射的に殺音は一歩後退した。

「え、なになに?なんかあった?」
「あーやーねー!!」

 うわーんと泣きながら殺音に抱き着いた冥をどうすればいいのかわからず、なすがままになる殺音。
 だけど涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった服がちょっとだけ気持ち悪いなーと思い、雰囲気もなにもなく、あっさりと引きはがした。
 
 殺音の帰還により、ようやく北斗は動き出す。
 狙いは―――月村忍。
 様々な思惑が絡み合い、新たなる戦いの幕が開く。

























 西欧のある国の辺境。
 舗装された道路が真っ直ぐと続き、木々が鬱蒼と茂った森の中。人工的な匂いを醸し出す森で、生えているのは杉の木ばかりだ。
 もうすぐ夜明けだというのに、陽の光を通さぬ杉の枝葉で覆われ、ここら一帯が蓋をされたように暗い。
 そこを突き抜けている道路を一台の車が走っていた。黒塗りのベンツ。見るからに高級そうな車体だ。
 三十分ほどは走っただろうか、ようやく車は広い空き地に出た。
 五十メートル四方の更地で、木々は伐採され車を止めるための駐車場となっているようだ。

 ベンツはその駐車場に停まり、ドアが開き三人の少女が降りてくる。
 一人は青―――というより澄んだ水色のような髪の少女。目がクリッとした、活発そうな笑顔が印象的だった。
 一人は赤―――よりもどちらかといえばピンクに近い髪を短く揃え、感情を見せない冷たい表情が、水色髪の少女とは対照的だった。
 一人は茶―――染めたような色ではない自然な茶色の髪。後ろ髪だけが長く、それをリボンで結っている。
 共通することは全員がスーツを着ていることと―――三人が三人とも超をつけても可笑しくはない美少女揃いということだ。

「いやー懐かしいね、わが故郷。私は一年ぶりなんだけど。あんた達はちょくちょく帰ってきてるの、ズィーベン。ツェーン?」
「私は半年ぶりだな。南米で暴れていたLXXX(80)を討伐するのに時間がかかってしまった」
「ん―――あたしもズィーベンと一緒に行動してたから同じくらい」
「おっと。すごいねぇ、大金星じゃない。二人がかりとはいえアンチナンバーズのLXXX(80)ぶったおしたの?」
「なんとか、だが。LXXX(80)にあれだけ苦戦しては伝承級なんて夢のまた夢」
「……伝承級はまた別格だと思うけど、ね……。ゼクスは一年も何をしていたの?」

 ズィーベンとと呼ばれたピンク髪の少女は相変わらず無表情ながら己の未熟さを恥じるように答えた。
 ツェーンという名の茶髪の少女もどうやらズィーベンと一緒に行動をしていたらしい。ゼクスと呼ばれた水色髪の少女は視線を空へと向け、んーと口を尖らせる。答えるべきか悩んでいるようだ。
 もしかしたら機密に関係することなのだろうか、と他の二人が訝しむが、ゼクスは小声で、まぁいいかと呟いた。

「魔導王が封印されて、残されたアンチナンバーズで最悪なのって誰だと思う?あ、アンチナンバーⅡはのぞいてねん」
「……百鬼夜行?」  
「普通に考えたら百鬼夜行……かな?」
「そそ。だから百鬼夜行の居場所を探す役目を押し付けられちゃってさー。ここ一年ストーカー続けてたの」
「……帰ってきたということは帰還命令だけということはないよね?休眠期間にでもはいったの、あの化け物」
「流石ツェーン、鋭いねぇ。ちょっと前に入ったからこれで当分は寝っぱなしになるよ。私も御役ごめんってわけ」
 
 アンチナンバーズのⅦ【百鬼夜行】。
 一桁台の人外の者達は例外なく名が知られているが、その中でも最悪の化け物と考えられているのが封印されたナンバーⅣ魔導王。その理由としては矢張り只の一般人を数万人もの人間を虐殺しつくしたということが大きい。
 それに次ぐ者が百鬼夜行だ。戦いに狂った狂戦士。強き者の匂いをかぎわけ、戦いを挑み続ける戦神。
 一般人には手を出さないのだが―――強き者ならば人間、化け物問わず無差別に手をかけるため現在存在する伝承級の化け物達で最も注視されている人外である。
 ただし、この化け物にも唯一弱点というものがあり、数年に一度半年から二年という幅があるものの休眠期間にはいる。外部から余計な手をださないかぎりは、その間確実に休眠するのが救いだと言われていた。

 心底疲れた雰囲気を醸し出すゼクスは自分の肩に手を置き、揉み解す。
 ゼクスの能力ならば死ぬ危険がほとんどないとはいえ、百鬼夜行を一年に渡って監視していたのは相当に神経をすり減らしたのだろう。雰囲気は疲れているとはいえ表情には朗らかな笑顔をみせていた。
 
 三人はそこで一旦会話を止めると駐車場から移動を開始し、そこから整理された歩道のような道を歩き続ける。
 その道も長く、数分も歩いただろうか、前方の木々の間から、天を穿つようにそびえる円塔が見えた。
 塔の頂上には、夜明けの光を浴びて輝く剣と盾が交差した紋章のシンボルがかざされてある。
 
 巨大な円塔の前後左右には、百メートル以上はある円塔に相応しい大きさの十階建て建物が石壁で繋がっていた。
 建物には縦横一列に綺麗な四角形の窓が並び、夜明け前だというのにその窓の幾つかから電気の明かりが外へと漏れ出している。
 三人が向かったのは円塔の前方の建物の一階。その一階の丁度中心には巨大な鉄製の両開きの扉が侵入を拒絶するように厳かに存在した。
 
 ゼクスはポケットからカードを取り出すとその扉の隅っこにある溝へとカードをはめて上から下へと走らせる。
 ピッという機械音が鳴り、扉は自動的に開錠され開け放たれた。鍵の差込口まであるというのに何故かカード認証で開くというわけが分からない仕組みになっている。
 一昔前、このナンバーズのトップになったある男性が勝手にこんな近代的な仕組みにかえたという噂を聞いているがそれの真偽は定かではない。
 建物の中は久しぶりに見たゼクスにとって懐かしい光景であり、相変わらず綺麗に清掃されていて好ましく思えたが、自分も掃除にかりだされたことがあるのをふと思い出す。
 扉が自動的に閉まり、そのまま建物の中を歩き目的地に向かう。
 時間が朝早いが、働き者が多い組織なのか途中何人もの組織のメンバーとすれ違う。
 彼らは皆、三人を見ると慌てたように頭を下げて足早にその場から立ち去った。まるで三人を恐れているかのような様子だったが、それを当の本人たちは全く気にしていなかった。
 そんな対応はもう昔から慣れてしまったことなのだから。
 
 何故ならば三人はナンバーズの数字持ち。
 ナンバーⅥ―――【監視者】ゼクス。
 ナンバーⅦ―――【切り裂く者】ズィーベン。
 ナンバーⅩ―――【狙撃者】ツェーン。
 
 年若いといえ他を隔絶する超能力を所有し、HGS能力者として、夜の一族を殲滅することができる数少ないナンバーズの切り札。
 単騎でアンチナンバーズの二桁台と渡り合える人にして人外と称されるものたち。同じ組織の同胞からも恐れられる少女達。
 本来ナンバーズとは人間の力でもある、数と武器を最大限にまで有効活用してアンチナンバーズと戦ってきた。その中でも優れた者を一から十二までの数字持ちとして指定してきたのだが―――今代の数字持ちはナンバーズの常識を覆した。
 これまでは数字持ちといえどアンチナンバーズの三桁を相手取るのにも複数人でかからねばならなかったのだ。ましてや二桁台など壊滅的な被害を覚悟してようやく、といった状況だったのだ。
 だというのに現在の数字持ちは差があるとはいえ二桁台とも単騎でわたりあえる。それがどれだけ異常なことなのか、ナンバーズに属しているものならば理解できた。
 故にナンバーズのほぼ全てのメンバーが数字持ちの力は認めていても、恐れていた。人間として見られないほどに―――恐怖されていたのだ。

「あら、随分と早い到着ね。三人とも元気にしていた?」
「あ、ツヴァイ姉。やっほー久しぶり」
  
 円塔へと繋がる渡り廊下。
 その途中で一人の女性が外を見ながら缶コーヒーを飲んでいたが、三人に気づき親しげな挨拶を交わす。
 ゼクスにツヴァイと呼ばれた女性は、三人に比べて頭一つ高く、可愛らしいというよりは美人。美人というよりは妖艶という言葉が似合う雰囲気だ。金の髪が窓から差し込む朝日を反射する。
 
「まだ予定には一時間くらいはあるんだけど―――アインはもう部屋にいたはずよ」
「ん。了解」
 
 ツヴァイの答えにツェーンは頷き、渡り廊下を先へと向かう。
 ゼクスとズィーベンもそれに続き、ツヴァイも缶コーヒーを備え付けてあったゴミ箱に捨てると、三人に倣ったように先程言葉にあげたアインの仕事部屋へと歩みを進めた。
 円塔の螺旋階段を数階分を昇る。そこはナンバーズでも限られた人間しか訪問できないエリアであり、組織の上位者が居る一画だ。
 その部屋の一つ。そこに一人の女性が居た。その部屋は様々な書類に埋もれた机が印象的であり、女性は一枚の書類を凝視している。

「―――日本の海鳴にて、水無月姉妹確認ですか」

 先ほど届けられた書類に目を通した女性は頭痛を堪えきれないといった様子で椅子に深くもたれかかりため息を吐いた。
 年のころは二十半ば。薄紫の長い髪。白衣を着こなし、氷のような瞳。西洋人形のような、容姿。
 事実上ナンバーズの数字持ちを統括し、運営を一手に担っているナンバーズのⅠ―――アイン。それが女性の名前だった。
 個人的な戦闘能力はそれほどでもなく、ナンバーズ最強であるドライに大きく劣るというが彼女の力がなければナンバーズを運営するのは不可能だとも噂されている。
 
「……さらには旧【猫神】……死亡」

 ハァと意識していないため息を再度ついた。
 これはアインにとって痛い。いや、痛いなんて問題で済む話ではなかった。
 アンチナンバーズの一桁台は基本的に人間を敵視している。していない者もいるが、碌でもない性格なのは当然。現在で一番まともなのがアンチナンバーⅢの執行者くらいだろう。
 人間に味方するというわけではないが、あまりにも人の世界に手をだしてくる夜の一族を断罪するという役目を担っているという。過去ナンバーズが敗北を喫した魔導王を魔女とともに封印するという行為までやってのけた。
 変な連中が多い中、猫神だけはナンバーズに味方することが過去多くあったのだ。日本で活動する際、様々な援助をしてくれた。勿論敵であるアンチナンバーズの力を借りることを良い顔をしない者もいたが、使えるものは何でも使うのがアインの手法。
 ここ十年は老いのせいで力が衰えていたとはいえ、その手助けが得られなくなったことは大きすぎる痛手だ。

 その時、コンコンと扉を叩く音が室内に響く。数字持ちだけに伝わる特殊な扉の叩き方と回数。
 ノックの後に部屋に入ってきたのはツヴァイにゼクス。ズィーベンとツェーン。

「ただいま戻ったよーアイン姉」

 四人を代表してゼクスがニカッと笑顔を向けて挨拶をする。
 とても上司にする帰還の報告とは思えないが、アインは大して気にもしていない様子で四人を出迎えた。

「……あれ。アイン姉もしかして疲れてる?」

 ツェーンが目ざとくアインの様子に気づく。
 一目で気づかれたアインはツェーンの鋭さに内心で驚き、舌を巻く。
 他人に興味がなさそうなツェーンだが、数字持ちのなかでも一番変化に気づきやすい。第六感が優れているといっても良い。

「そうでもないから大丈夫よ。それと貴方達に向かって欲しいところがあるの」
「命令とあらば」
「……できるだけ楽な仕事ならいいけど」   
「―――ゼクス」

 アインに力強く頷いたズィーベンとは対照的にぼそりと嫌そうに呟いたゼクスの脇腹に他の人には見られないように肘を入れるツェーン。 
 思ったより強く入れてしまったのかゲフッと奇妙な声をあげて痛む脇腹を押さえるゼクスだったが、それに皆気づいていたが気づかない振りをして流される。
 こんなことは日常茶飯事だからだ。一々突っ込んでいたら時間が幾らあっても足りない。

「……場所は日本の海鳴という都市。目的は監視でいいわ、今の所。監視する対象は―――水無月殺音。現【猫神】」
「「「……」」」

 沈黙が流れる。
 ゼクスもズィーベンもツェーンもその内容をすぐには理解できないようで、返事を返すことができない。
 任務に忠実なズィーベンでさえ、アインの返事に窮している。
 ツヴァイだけは前もって聞いていたのだろう。特に驚くでもなく、固まっている三人を面白げに見ていた。

「別に戦えといっているわけではないわ。水無月―――いえ、猫神は危険な相手ではあるけれど……まだ一桁台では話が通じる相手だから。すでに現地にはフィーア、フュンフ、エルフが居るから彼女達に合流しなさい。詳細はおって伝えるわ」

 有無をいわさない強さをこめた命令に三人は力なく頷くと、用件は終わりと告げたアインに背をむけノロノロと部屋を出て行った。
 相当にショックを受けた命令だったのだろう。特にゼクスは一年も百鬼夜行を監視していた次の任務がこれだ。
 何時も明るいゼクスが一生分の不幸を背負ったような影をはりつかせる様は、流石のアインも心がすこしだけ傷んだ。あくまでも少しだけだが。
 部屋に残されたのはアインとツヴァイの二人。
 書類に埋め尽くされた机の僅かにあいた箇所に両肘をたてて指を組む。それに額をあてて、今日何度かになるため息をついた。
 
「日本に数字持ちを六人―――私も含めると七人かしら。そんなに向かわせて大丈夫なの?」
「……最近は早急に対処しないといけないアンチナンバーズはそれほど多く報告にあがっていないわ。そちらにはドライやアハト、ノインにツヴェルフを向かわせるから」
「それなら別にいいんだけど。それと猫神と戦うことも視野にいれてる?そうじゃなかったらこれだけの数字持ちを向かわせるとは考えにくいけど」
「……それは最悪の選択肢と考えて貰ってもいいわ。ドライも今は別のアンチナンバーズを追っている最中で自由も利かない状況だもの。敵対するのは今は考えてないわ」
「ふーん。じゃ、狙われたら逃げてもいいのね」

 ツヴァイは内ポケットから折りたたまれた書類を取り出すと開いて目を通す。
 一度見た書類ではあるが確認も含めて自分に与えられた任務を口に出す。

「……キョウヤ・タカマチ。その人物の監視が私の任務みたいだけど……誰、この男。結構いい男じゃない?」

 聞いたことが無い名前に首を捻るしかない。
 ツヴァイとてこちらの世界に足を踏み入れて長い。すでに十年以上は第一線で働いているといっても良い。
 孤児だったアインとツヴァイ、ドライの三人はほぼ同時期にナンバーズに入隊。
 それから供にナンバーズでのし上がって来たわけだが、その十年を越える年月でこの名前を聞いたことなど一度も無い。
 何度思い直しても心当たりの一つも思い浮かばない。

「フュンフの報告によると……化け物、らしいわ」
「夜の一族ってこと?」
「いいえ。間違いなく人間らしいけど。向かい合った瞬間確信したそうよ―――自分では勝ち目がないって」
「……冗談でしょう?」
「フュンフが冗談を報告すると思う?」

 一滴の汗がツヴァイの頬を滴り落ちる。
 数字持ち以外にも数多くの強者が居る組織ナンバーズ。
 その中でも最強は誰かと問われれば、ほぼ全ての人間がナンバーⅢことドライをあげるだろう。残りの人間は大小の差はあれど、フュンフを推す者が過半数だ。
 ドライには及ばぬもののナンバーズ最強の一角とされる戦闘特化型HGSフュンフをして勝ち目がないという評価をあげるなど信じられない。
 しかも、勝ち目が薄いのではない。勝ち目がないという報告がさらに驚きに拍車をかける。

「……今はまだ監視で十分よ。だから貴女の任務にしたのだから」
「まぁ、そこらは考えて動くわ」

 ツヴァイは書類を四つ折に戻すとポケットに入れなおす。
 部屋から出ようと歩きさるツヴァイは後ろ手でアインに手を振ってそのまま扉から出て行った。
 一人残ったアインは、本日四度目になる深いため息をつき―――。

「何故急に伝承級が動き出すのか……何かが、始まっている?」

 アインの空虚な呟きが静かな部屋に予想以上に大きく響き渡った。
   
 
 
 









 
 
 
 
 
 
 
 
  









 日本の裏世界で永全不動八門という武闘派集団が古くから存在した。
 その中で最も有名なのが御神の一族だろう。日本最強の殺戮一族として恐れられていた。
 だが御神の一族に比肩する存在もあったのだ。それが永全不動八門の一―――天守の一族。御神と並び立つと称されるだけあって、天守家には才ある者が多かった。
  
 そんな天守家の中に一人の少女がうまれた。
 天守翔。才に溢れ、天守家でもとびぬけた天才として褒め称えられていた。天守の次期当主として恥ずかしくない剣才を見せつけ、天守歴代最強の剣士として名を馳せただろう―――【姉】さえいなければ。

 宛転蛾眉。才色兼備。
 居るだけで男を魅了するような二個上の美しさの姉であった。
 もっとも美しいだけではない。彼女には圧倒的な才があった。絶対的な才があった。他を隔絶した才があった。
 凡人を一とするならば、千。否、万ともいえる文字通り次元が違う天才。

 その才故にだろう。彼女は他人に一切の興味を持たなかった。いや、持てなかった。
 獅子が蟻を認識しないように、彼女は自分と対等になりえぬ者に興味を示すことは無かった―――三年前までは。

 史上最悪の永全不動八門会談。
 そう呼ばれた三年前の事件を境に、彼女は変わった。
 今までの彼女は一体なんだったのだろうか。そう周囲に思われるほどの変化が起きたのだ。
 
 その名を―――。











 






 天守家長女―――天守翼といった。
 

















 海鳴の商店街からやや離れた場所にある、ありふれた喫茶店。オープンテラスになっていて、幾つかのテーブルが外に出ている。
 そのテーブルの一つに腰掛けていた少女がいた。いや、女性だろうか。どちらで表現するか難しい容姿と年頃であった。
 レストランの前の道路を歩く通行人の男女問わず、ほぼ全ての人間が呆けたように一旦は足を止め、魅了されたように少女を見つめ、暫く経ってようやく我を取り戻すように歩き去っていく。
 通行人がそうなってしまうのも無理はなかっただろう。
 風にたなびく漆黒の長髪。透き通るほどに白い肌。服の合間から見えるたおやかな腕。澄み切った黒い瞳で、物憂げそうにため息をつく。整いすぎた風貌に浮かぶ能面のような無表情さが、少女の美しさを更に際立たせる。
 しなやかな指が時間を確認するように携帯電話の時間ををなぞった。
 
 表示されている時間は十七時五分。約束した時間は十八時三十分。
 約束の時間までまだ一時間三十分近くもあるというのに待ち合わせ場所に何故自分はもう来てしまったのだろうかと自嘲気味に唇を歪ませる。
 そんなことは考えなくても分かりきったことだ。
 単純に待ち合わせ時間に我慢が出来なかっただけなのだから。

「……ふぅ」

 待ちあわせ場所に来たからといって時間が早く過ぎるわけでもなく、残り一時間三十分が凄まじいほど長く感じた。
 注文していたコーヒーもすでに飲み干していたので、注文を追加しようと遠くで少女に見惚れていた店員に手をあげて合図をする。
 それにハッ気づいた店員が少女のもとへやってくる。それにコーヒーを追加で注文すると、店員は店のなかへと戻っていった。
 
「あっれー。翼ッチじゃない。どうしたん、こんな所で?」
「……水面」
 
 そんな時に声をかけていた身長の低い少女がいた。年齢だけでいうならば女性なのだが、あまりの身長の低さに少女としかこちらは形容できない。永全不動八門が一。鬼頭水面だ。
 面倒くさい知り合いに見つかってしまったと内心思いながら翼と呼ばれた少女は―――。

「……人違いよ。とっとと帰りなさい」
「いやいや!?今おもいっきり私の名前呼んだよね!?」
「気のせいよ」

 ばっさりと斬って捨てる翼に水面は―――呆れた視線を向け、許可を取る前に椅子を引いて座る。
 明らかに邪魔者を見る目でみてくる翼だったが、居座る気満々な水面に何を言っても無駄だと判断したのだろうか、それ以上言葉を発することなく店員に新たに持ってこられたコーヒーに口をつける。

「で、どーしたん?あんたが海鳴にきてるなんて私聞いてないんだけど」
「当たり前よ。言ってないもの」
「……さいですか」

 以前あったときに比べて随分と丸くなったとはいえ、矢張り人と線をひいている翼に水面はため息をつく。
 これでも本当に変わったのだ。三年前までは会話にすらならなかったのを思い出す。
 天守家がうみだした究極。永全不動八門最強の一角。天に愛された剣士。
 
「……ところで、翔の調子はどうかしら?」
「あー、まぁ、いいんじゃない?」

 適当に返事をした瞬間だった。
 予備動作も何も無く伸びた手が水面の顔面を鷲掴みにしていた。ギリギリと水面の頭蓋骨が悲鳴をある。冗談抜きで激痛が走った。  
  
「ぎゃーー、ギブギブ!?ちゃんと答えるから、ちょ、待って!?」
「……最初からそう答えなさい」

 必死に訴えかける水面に冷たく言い放つと、手を離す。
 両手で痛む頭をさする水面は、少しだけだが涙目になっている。

「あーもう、痛いってばさ。あんたの妹はねー、武の方は本音でいうけど問題ないんじゃないの。あの娘は強いよ。問題は精神の方だねーい」
「……そう」
「あんたが姉ってのが凄い重圧なんでだろーね。まぁ、気持ちはわからんでもないけど。ぶっちゃけ、あんた強すぎるし」

 水面が遠慮なく本音をぶつけてくる。
 翼にとって水面っは貴重なしりあいだ。誰も彼もが翼を恐れ、畏れ、怖れる。家族であってもそれは例外ではない。
 現在の天守宗家には三人の息子と二人の娘がいるが―――翼は兄弟からも恐怖の対象でしか見られていなかった。
 唯一の例外が翔、唯一人。越えるための壁として翼を見ていた。抱いていた感情が恐怖ではなく、憎しみであったとしても翼にとって翔は特別な妹であるのだ。

「で、話し変わるけど―――なんであんたがここにいるの?」
「……待ち合わせがあるのよ」
「待ち合わせ?ああ―――不破と逢引でもすんの?」
「―――ッ!?」

 水面の台詞を聞いた瞬間、白い肌が一瞬で真っ赤に染まる。カァと湯気がでそうな勢いだ。
 能面のような無表情も崩れ、視線があちらこちらへ移動し、安定しない。

「な、な、なんのことかしら?」
「動揺しすぎだしさ。だってあんたがここに来る理由なんてそんくらいしか思いつかないし?」
「か、翔に、会いに来た、のよ」

 動揺しまくりの翼の言い訳を全く信用してない水面だったが、会話の途中でニヤリとチャシャ猫のような笑みを浮かべた。

「ふーん。まーそういうことにしといてあげる。じゃ、不破とはここで約束してないのね?」
「も、もちろん、よ。私がそんな、不破恭也と、会うみたいなことするわけ、ないじゃない」
「あ、そう。翼ッチはこんなこと言ってるけどどうなんさ、不破?」

 顔だけ後方へと振り返ってそう告げる水面。決して翼に向かっていった台詞じゃないのは分かりきっていた。
 では、誰にいったのかと視線を水面と同じ方向に向けた翼は―――ピキリと音をたてて固まる。
 視線の先には、やや困った様子の恭也がいたからだ。
 時間までまだまだあるというのに何故恭也がここにいるのか。何故このタイミングで現れるのかといった疑問が頭の中をグルグルとまわる。

「いやー奇遇奇遇。不破恭也さん、おひさし。昨日ぶり!!」
「……あっと……君は?」
「おっと失礼。そういえば自己紹介まではしてなかったですねぃ。私は鬼頭水面。一応は鬼頭宗家の者さ」
「それは御丁寧に。自分は不破恭也と申します」

 互いに礼をしつつ自己紹介を完了させる。
 水面の微妙なペースに、恭也は自分の苦手な相手だという予感を感じ取る。こういった相手は非常にやりづらい。
 ちらりとまだ真っ赤になって固まっている翼を横目でちらりと見た水面が自然な動きで恭也に歩み寄り腕を組む。
 敵意は全く無いので恭也は水面に注意を払うことなく、とりあえずなすがままにしておくが、水面の動きに感嘆の声が漏れる。それほどに水面の体捌きは美しかった。

「ここであったも何かの縁。私とお食事でもどうですか?」
「……いや、お誘いは嬉しいのだが。今日は翼と―――」

 ファーストネームまで呼び合う仲なのかと、水面が僅かに驚きピクリと眉を動かすが、首を振る。

「いえいえ。どうやら翼ッチは約束してないと言っているみたいなんですけ―――」
「だ、黙りなさい!!水面!!今日は私と恭也のデートなんだから!!」

 我を取り戻した翼が水面に余計なことを喋らせるものか、と叫ぶように話しに割って入る。
 そして、すぐさま自分がなにを口走ったのか―――理解して今まで以上に顔を赤くする。もはや蛸も吃驚なほどだ。
 翼の叫びに水面は、ぷるぷると顔を震わせていたが、結局我慢できなかったようで吹き出し、爆笑し始める。

「あ、あの天守、翼が、うははははーーー!!なにいってんのさーー!!」

 両膝を付き、爆笑する水面に対して翼も同じように全身を震わせていたが―――。
 ドンッと激しい音をたててテーブルに両手と顔をつけて、突っ伏す。表情は見えないが、耳まで真っ赤なのははっきりと水面と恭也には見えていた。

「な、なに?テーブルに突っ伏すって……あの剣聖、天守翼がなにやってんのさーーうははは!!」

 ついに腹を押さえながら地面を転がりまわる水面。
 それに比例するようにテーブルに突っ伏している翼が恥ずかしさのあまり、水面の声をきかないように耳を押さえた。
 結局、翼が通常状態まで回復するのに一時間近くの時間を有することになったとかなかったとか。


























 血も涙も無い剣士。剣聖。同族殺し。天守史上最強の剣士。永全不動八門最強の一角。神殺しを可能とする者。
 そんな数多の字を持つ天守翼は―――現在高町恭也に恋するただの少女にしか過ぎなかった。


  
 
































------atogaki---------


新年明けましておめでとうございます。今年も御神と不破を宜しくお願いします。
皆さんの感想。読んでいただけてる人のおかげで今年も頑張って続きをかいていけたらなーと思います。
間章なので短いですが、また次も宜しくお願いします


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