01
リンゴ―ン、リンゴーンという、鐘のような――あるいは警報音のような大ボリュームのサウンドが鳴り響く。
忘れもしない、二年前にこの世界に鳴り響いた悪夢の始まりの音。
正面はるか遠くに見えるバカでかい宮殿は間違いなく《黒鉄宮》。
となると俺が今立っているのはゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場か。
ねぐらを50層の《アルゲード》に変えてから一度も下に降りてないのでここに来るのはだいたい半年ぶりぐらいになる。
―――というかなんで俺こんな場所にいるんだっけ?
ぼーっとする頭であらためて周りを見渡してみると、広場に立っているのはなにも俺一人だけじゃないことに気付いた。
右を向けば銀髪オッドアイで長身痩躯の凛々しい剣士、左を向けば悩殺バディーに燃えるような赤髪を束ねた魅惑の槍使い。
なんの冗談なのか他にも同じような感じの超絶美男美女達がざっと数えて数千人、この広大な中央広場の中でひしめきあっていたのだ。
なにごとかと聞き耳を立てててみると「どうなってるの?」「これでログアウトできるのか?」「はやくしてくれよ」などという言葉が切れぎれに聞こえてくる。
――これはデジャヴというやつだろうか?
「あっ……上を見ろ!!」
誰かが上げた叫び声に従って頭上を見上げると上空に――正確には《アインクラッド》第二層の裏釜の手前に――巨大な赤い文字がびっしりと浮かびあがっていた。
【Warning】【System Announcement】
赤いシステムアナウンス。
これもどこか記憶にある眺めだった。
数千人の見守る中、空に浮かんだ文字は血のようにドロリと溶け落ちたあと、ゆっくりと一つにまとまってその形を変えていく。
そしてできあがったのは20mはあろうかという巨大な魔導師姿の《男》だった。
全身は真紅のローブにすっぽりと覆われ、深く引き下げられたフードの奥には顔が存在せず空洞となっており、少なくとも外見から性別を判断することはできない。
それでも俺はこいつが男だということがわかる――――いや知っている。
そしてこいつはこう言いやがるんだ。
「『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』」
俺とゲームマスター《芽場晶彦》の声がぴたりと重なり、同時に総勢一万人の命をかけたデスゲームが幕を開ける。
こうして俺にとって二度目の《ソードアート・オンライン》がスタートしたのだった。
「んで、いつおわんのこの夢?」
ベンチに腰かけ、俺は阿鼻叫喚となっている広場を眺める。
さっきまで広場に蠢いていた眉目秀麗な美男美女の集団は消え去り、かわりに残ったのはファンタジー(笑)な鎧兜を身に付けたコスプレイヤーもどきの群れだった。
あの格好が様になるまで後一年ほどの経験と時間が必要だろう。
「おいしっかりしろ兄ちゃん。夢じゃんない。ほんとに俺達は閉じ込められたんだ」
「いやそっちのほうじゃないんっスけどね」
いつの間にか俺の隣に座っていたスキンヘッドのごついおっさんが励ましてくれる。
こんな状況だというのに、見かけの割にずいぶんと気のいい男のようだ。
「というかエギルさんお久しぶりっスね。最近店いってませんでしたけどあいかわらずあこぎな商売やってんスか?」
「―――ん? 何言ってんだお前は。確かに俺は喫茶のマスターやってるがこれでもまっとうな商売を…………というかなんで俺の名前知ってる?」
「あー、やっぱ初対面スか」
なんとなくそんな気はしていた。
横目であり得ないことになっているレベルとHPバーを見ながら、俺は右手の人差指と中指を揃えて下に振りメインメニュー・ウインドウを呼び出す。
今日の日付はっと……
「今って2022年であってるスか?」
「ん? そうだが、それがどうした?」
「……いや、ただの確認っス」
やっぱりここはゲームが始まった2年前か。
そもそも俺ってさっきまで75層のボスと戦ってたんだよな。
これでも俺はとある大手攻略ギルドの所属メンバーだったりする。
真のトッププレイヤー達とは比べるべくもないが、俺もゲームクリアに向けてそれなりに頑張る日々を送っていた。
俺の体感だとついさきほどの話になるが75層迷宮区のマッピングが終了し、5ギルド合同によるボス攻略のための威力偵察PTが編成され、俺もそこに参加することになった。
そこで悪夢のような状況に遭遇する。
ボス出現と同時に部屋の入口の扉が完全閉鎖。
結果、俺達は退路をなくし部屋の外で待機していた後衛組とも切り離され孤立無援状態に。
そのうえ最後の切り札である《結晶》による離脱や瞬間回復も部屋全体が《結晶無効化空間》に設定されていて使用不可能。
これまで多大な犠牲を払いながら構築されてきたボス戦セオリーをまったく無視した鬼畜コンボに偵察PTはあっさりと崩壊。
75層のボスであるムカデの化け物が巨大な鎌をふるうたびに、あちこちから悲鳴が上がり、メンバーは次々と光の粒子をまき散らしながら消えていった。
俺も最後に大鎌の先端で胴体串刺しにされたところまでは覚えている。
そんで気が付いたらなぜか正式サービス開始の日に戻ってたというわけだ。
初めは夢でも見てるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
とりあえず思い浮かんだ可能性としては二つ。
一つはこれこそがSAOでゲームオーバーとなったプレイヤーの本当の末路という考えだ。
死ぬのではなく別サーバーに飛ばされ、もう一度はじめからSAOをプレイさせられる。
いかにも芽場晶彦が考えつきそうな悪趣味な演出じゃないか。
しかしその可能性はエギルや周りのプレイヤーの存在に否定される。
あれから二年。
外で《ナーヴギア》やSAOの名は歴史的な大事件として世間に認知されているはずだ。
その状況で同じようにこれだけのプレイヤーを捕獲することなどまず不可能だろう。
周りにいるのはプレイヤーのふりをしたNPCかとも思ったが、さっき話したエギルには間違いなく中身が入っていた。
となると二つ目の可能性。
全くばからしい話だがいわゆるタイムスリップというやつだ。
時間の逆行などありえない……と思うけどこの状況を説明するならそれが一番しっくりくるような気がする。
「まぁなんでもいいか」
考え込んだところで答えが出るはずもなく、とりあえず俺が生きていることだけは間違いない。
どんな状況でも脳みそレンジでチンよりはずっといいはずだ。
「おいおい、どこへ行く?」
「散歩っス」
さきほど何人かが北西ゲートに走っていくのが見えた。
おそらく《ビーター》連中のスタートダッシュだろう。
誰かが言っていたがMMOはプレイヤー同士の限られたリソースの奪い合いだ。
これから生きていくために他人より少しでも優位に立とうと必死になるのは決して間違いではない。
もっとも今後登場するであろう《軍》が支給してくれるまずい飯や粗末な寝床で我慢できるなら話は別だが――あいにく俺には無理そうだ。
快適な生活を送るならいつまでも初期街でじっとはしていられない。
俺は北西ゲートへ向かって脚を進めながら再度指を振り、現れたウインドウが不可視モードになっていることを確認する。
次にコマンドボタン一覧から《オプション》をクリック。
初期設定のままだったアイコンデザインやウインドウカラーなどを変更。二年間使い慣れたしんだ元の状態にカスタマイズしていく。
これで何が変わるってわけでもないが、ようは気分の問題だ。
次に《アイテム》をクリックすると、アイテム欄に表示されたのはしょぼい初期装備とわずかばかりの素材アイテムのみ。
予想はしていたことだが、多大な労力と時間を費やして手に入れたレア装備や結晶、その他もろもろがまるごとロストというのはさすがにやるせないものを感じる。
また手に入れればいいんだと自分を励ましながら俺は《スキル》を選択。
レベル1のプレイヤーに与えられる《スキルスロット》はわずか二つのみ。
膨大な数の中から自分が本当に必要とするスキルを慎重に選ばなくてはいけないわけだが、
「《投剣》と《片手武器作成》とかありえねーから」
既にスロットに埋められているスキルを見て思わず突っ込んでしまった。
我ながら意味不明すぎる。かつての俺はいったい何を考えてこんなスキル構成にしたのやら。どれも資金に余裕のない序盤じゃ完全に死にスキルだ。
俺は二つのスキルをスロットから躊躇なく消去し、代わりに新しいスキルをセットした。
そうして一応の準備が整った頃、視界の端に北西ゲートが見えてくる。
その向こう側には広大な草原フィールドが広がっており、一歩でも踏み出せば、そこは死の可能性をはらんだ危険な圏外だ。この町の周りには非アクティブモンスターしかいないとはいえ、このSAOに限って絶対の安全なんてものは存在しない。
「せっかく拾った命だ、今度こそ大切にしないとな」
視界右上の表示されているレベルとHPバーの数字に若干の頼りなさを感じながらすべてのウインドウを閉じる。
とりあえずは次の村である《ホルンカ》で第一層最強クラスの片手剣《アニール・ブレード》を手に入れるとしよう。
剣の性能の高さと入手条件にレアモンスターのドロップが必要なことから、非常の競争率の高かったクエストだ。前回の俺は一週間粘り続けて結局手に入れることができなかったが今なら狩りたい放題だろう。
そんなことを考えていると、フィールドの向こうから男の声が聞こえてきた。
「いいかお前ら、少しでもHPが減ったら後ろに下がって回復しろ。それから間違っても二匹以上同時に相手しようなんて思うんじゃねーぞ!」
俺の目に入ったのはレベル1の雑魚モンスター《フレイジー・ボア》を必死の形相で狩っているパーティーだった。
デスゲームが始まって30分もたっていないのに、もう集団で狩りをしているやつらがいたとは驚きだ。
特に中心になって他のプレイヤーに指示を飛ばしている悪趣味な柄のパンダナ男。
こいつがリーダーなのだろうが、この時期のプレイヤーとしてはなかなかいい動きをする。
今もスキルを出し損ねて反撃を受けそうになった仲間の前に身を躍らせ、代わりにソードスキルを放とうとしている。
かなり不格好だが立派な《スイッチ》だ。
「うおりゃあああっ!」
裂ぱくの気合と同時に流れるような体裁きで前へ一歩踏み出した男は、そのまま突進してくるイノシシめがけて一直線に曲刀を振り下ろした。
カウンター気味に決まったソードスキルは赤いエフェクトを発生させながらモブの首筋に突き刺さり、半減していた《フレイジー・ボア》のHPを全て吹き飛ばしてしまった。
この時点であれだけ的確にソードスキルを発動させるということは、あいつもベータテスターなのだろう。
お荷物を抱えてご苦労なことだ。
「思い出せ、アイツは何て言ってた―――そう、ズパーン、だ!」
「ズパーン?」
「だから、こう初めにビシッと構えてだな、なんかピカッてきたら、いっきにズパーン、だ!」
「??」
仲間達にソードスキル発動のコツを必死に伝えようとしているが、あまりうまくいっていない様子。
そんな不器用な男から目を反らしつつ、俺は背中に背負った剣に手を伸ばた。
すぐ目の前の草むらに、青イノシシが一匹POPしたからだ。
(ちょうどいい)
本格的に街から離れる前に、一度今のスペックでの戦闘感をつかんでおきたかったところだ。
非アクティブであるこのモンスターはこちらが攻撃するまで襲い掛かってくることはないので試し切りにはもってこいだ。
初期装備である《スモールソード》を右手に構えると、システムがソードスキルの発動モーションを感知し、刀身が淡い光のエフェクトに包まれる。
「……ズパーン」
慣れ親しんだシステムアシストの補助に身体を突き動かされながら、俺はもはや数えるのもばかばかしくなったソードスキルを放った。
(はえぇっ!)
クラインがそれを見ることができたのはただの偶然だった。
街の入口のすぐそばにたたずんでいた片手剣プレイヤーが、今自分達が苦労しながら狩っている《フレイジーボア》を一撃で屠ってみせたのは。
使用したのはおそらく片手剣カテゴリで最初に習得できる単発ソードスキル《スラント》だろうが、その速度が異常だった。
仲間にも片手剣使いはいるが、そいつのものとは比べ物にならないぐらい速い。
装備も初期のまま、レベルも自分達とそう変わらないはずなのでおそらく何らかのテクニックだろう。
(アイツとどっちがつえぇかな)
クラインの脳裏には申し訳なさそうに去っていく、この世界で初めてできた友人の姿が浮かんでいた。
(ドンガメかよ俺は…)
キラキラと青いポリゴン片となって爆散する青イノシシを見送りながら、思わずため息がもれた。
とりあえず一撃でモンスターを撃破できたわけだが、そのことはさして重要ではない。
アシスト任せではなく、意図的に身体の動きを加速させて威力と速度を底上げするブーストテクを乗せた、今の俺が出せる最高の《スラント》を放ったつもりだったのだが……かつての熟練度と鍛え上げられたステータスから繰り出される雷光のごとき《スラント》と比べると、今の一撃はあまりに愚鈍すぎた。
初動からしてそうだったが、頭の中のイメージとアバターの動きが全く一致しないのだ。これは慣れるまでかなり苦労しそうだ。
時刻は六時一五分。
目の間の草原は、アインクラッド外周から差し込む夕日で金色に染まりており、間もなくこの世界は闇に包まれるだろう。
できれば完全に日が沈む前には次の村に着きたいころだ
俺は補助スキル《疾走》を発動させながらホルンカに向けてかけ出した。
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使い古された感じですが逆行物はいいですよね。
まともの小説は初。
SAOは好きなんですが、文庫から入ったにわかなんで知識量は浅いです。
設定資料集持ってる方とかすごくうらやましい。
明らかに設定と食い違っているところがあったら教えてくださいまし。
感想御意見あればぜひともよろしくお願いしまっす。
8/2 後半を大幅に変えました