これは、夢だ。
目覚めたら消えてしまう幻。
あったかもしれない「もしも」の話。
だったら、俺は…
コンサートに行く。
「どうしても来れないのか?」
電話の向こうの武也は、心配そうな声だった。
「ああ、バイト先でどうしても外せない用事があってさ…」
テーブルの上に置かれた、『冬馬曜子ニューイヤーコンサート』と書かれた紙切れを見つめながら言う。
嘘では、ない。
取材元が、わざわざ俺を指名して送ってくれたチケットなんだ。行って、挨拶しておけば、今後も開桜社を贔屓にしてもらえるかもしれない。
…そうだよ。初仕事が認められた御褒美でもあるんだから。全然、嘘じゃない。
「三十一日まで拘束されるような仕事なのか?」
「本当に、ごめんな」
「…早めに終わったら、連絡しろよ。二年参りが終わったあとも、依緒と御宿で飲んでるからさ。やろうぜ、新年会」
「わかった。…ありがとな」
嘘じゃないなら、なんでこんなに苦しいんだろう。
御宿芸術文化ホールに到着した。
時刻は、八時十分。
開演は八時なので、すでに一曲目が始まってしまっている。
部屋を出た時刻を考えれば、充分間に合うはずだった。でも、足が思うように動いてくれず、もたもたと電車を何本か逃がし、ようやく着いたときには入場が閉め切られていた。
休憩時間まで、ロビーのソファで時間を潰すしかない。
扉の向こうからは、かすかに冬馬曜子のピアノが聴こえてくる。
音楽については素人の俺だが、その音色は、なんとなく聴き覚えがあるような気がした。
やっぱり親子なんだな、あの二人…。
缶コーヒーを飲みながらしばらく耳を傾けていると、やがて演奏は止み、大きな拍手が聴こえてきた。
休憩時間に入ったらしい。ドアが開け放たれ、トイレや喫煙所に向かう客たちが溢れ出す。
「行くか…」
立ち上がる。
何を思うのか、何を思い出してしまうのかはわからない。
ただ、ほんの少しでもあいつに繋がりのある何かに、触れていたかった。
だから、来たんだ。
入り口を通り、自分の座席を探す。
贈られてきたチケットは、なんと最前列だった。こんなプラチナチケット、売ったらいくらになるんだか想像もつかない。取材の御褒美にしては豪華すぎるだろ、これ。
でもまぁ、あの人の金銭感覚からすれば、これくらいどうってことないのかもしれない。
ようやく席を見つけた。
腰を降ろし、息をつく。
客は超満員で、ざっと見回してみても、空席は俺の右隣だけだった。
「かずささん?」
トイレから出てきたかずさを、美代子が呼び止めた。客席近くのトイレを使わず、わざわざ出演者用のトイレにまで足を運んでいたからだ。
「控え室に忘れ物ですか?」
「…あっちのトイレに行ったら、やたら声をかけられて」
こちらは相手のことを全く知らないのに、相手は自分のことを知っているという状況は、気味が悪いことこの上なかった。
「サインとか、握手とか、あたしにそんなことされて何が嬉しいんだ? まったく理解できないな」
「空港でお話ししたじゃないですか。いまあなたは、ちょっとしたアイドルなんですってば」
「アイドルなんて…勘弁してくれよ…」
その評価なら、自分よりもっとふさわしいやつがいる、とかずさは思う。
例えば、いつもニコニコしてて、おせっかいで、芯が強くて、でも甘えん坊で。そういうやつこそ、アイドルと呼ばれるべきなんだから。
「今日は、コンサートが終わったらそのまま帰るから。控え室に顔出せないって、母さんに伝えといて」
「わかりました。お伝えします」
それじゃ、と客席に向かってかずさは歩き出す。
これ以上、記憶の蓋が開いてしまわないように。
「駄目だな…あたし…」
やはり、この国に来るべきではなかった。
居場所なんか、ないのに。
自分の席に腰を降ろし、息をつく。
そう、日本での自分の居場所なんて、この席みたいなものだ。この時間だけは確かに自分のものだけど、ずっと座ってはいられない。岩津町の自宅だって、今は売りに出されてしまった。
――居場所なんて、帰るところなんて…ない。
アナウンスが聴こえる。
次の曲が始まるらしい。
かずさは顔を上げ、気分を変えようと伸びをしようとし、
「隣…来たのか」
どこかで見たようなジャケットが、左隣の座席にかかっていることに気が付いた。
「なぁ、やっぱりこっち来れないのか?」
席に着いて、ジャケットを脱いだ途端、武也から電話がかかってきた。
席に着いた時点で電源を切らなかったことを後悔しつつ、俺はロビーに戻った。
次の演奏がもうすぐ始まってしまうのだが、それを言うわけにもいかない。
「だから悪いって…」
「頼むよ。いい加減、口説けもしない女とサシで呑むのは飽きてんだ」
「サシで呑むのには飽きてるけど、口説けもしない女自体には飽きてないんだろ?」
「…俺の話はいいだろ」
「近いうちに必ず話すよ」
雪菜には、完全にふられてしまったけれど。
このままにしておくわけにはいかないって、それだけはわかっているから。
「でも…今はまだ無理だ。ごめん」
特に今日は、タイミングが悪すぎる。
「まだっていつだよ」
武也の語気が荒くなる。
「まだ、まだって、何年待たせればすむんだよ、春希…! いつか卒業するんだぞ俺たち。もうおまえらに…おせっかい、してやれないかもしれないんだぞ…!」
その声は、電話越しとは思えないくらい、やけに近く感じて…
「だから、今話せ」
背後で、自動ドアの開く音。
「こんな気持ちのまま、年を越したくねぇだろ?」
親友が、そこに立っていた。
「口説けもしない女は、どうしたんだよ…」
「久々に口説こうとしたら、喧嘩した」
武也は平然と答える。
「今はそれどころじゃねぇってさ。どうしてくれるんだ。おまえらのせいだぞ」
「そりゃ、すまなかったな…」
「おう、大いに責任を感じてくれ」
武也は向かいのソファに腰を下ろす。
「よく、ここだってわかったな」
「依緒と別れたあと、御宿駅に行ったら、あれを見つけてな」
武也は壁を指差す。
ちょっとキツめの美人がピアノを弾いている写真、『冬馬曜子ニューイヤーコンサート 御宿芸術文化ホールにて開催』と書かれたポスターを。
「電話の向こうから、人が大勢いる感じがしたし。ま、無駄足覚悟でな」
「恐れ入るよ」
「俺としては、無駄足になる方が良かったんだが、な」
「…」
「なぁ春希。おまえ何やってんだよ。三年経ったのに、また同じことを繰り返すつもりか?」
「違うよ」
「ん?」
「全部、やり直そうとしたんだ。おまえが取ってくれたホテルにも行った。でも…」
俺は、イヴに起きたすべてのことを話した。
すべてをリセットして、雪菜とやり直そうとしたこと。
雪菜は一度はそれを受け入れてくれて、ホテルに行ったこと。
でも、かずさのことを忘れられなかったこと。
それを悟った雪菜に拒絶されたこと。
「つまりさ…、俺が三年前に雪菜につけた傷は、全然癒えてなかったんだ。俺の方も、傷つけたナイフをまだ隠し持ってたままだった。そんな二人が『リセット』だなんてさ、笑っちまうよな…」
「…………あのさ」
ずっと黙って聴いてくれていた武也が、ようやく口を開く。
「これは、男の俺の言い分だけどさ。そこは無理やりにでも進めちまうべきだったんじゃねぇの? 雪菜ちゃんが誰を好きかなんて、今さら疑う余地もないだろ?」
「そう、だったのかもな」
カタチから入る恋人関係も、あったのかもしれない。
雪菜も、拒絶した自分を叱ってほしかったのかもしれない。
でも、あのときの俺は――いや、今の俺だって、そんなことはできない。
「ほんっとに、ややこしい関係だよなぁ。おまえら」
武也は溜息をつく。
そこに呆れの色はあっても、軽蔑の色はない。こんな風に、いつも俺の味方をしてくれる武也だから、話したくなかったんだ。
救われた気に、許された気に、なってしまうから。
「…と、もうこんな時間か。随分話し込んじまったな」
武也が腕時計を見た瞬間、ドアの方から一際大きな拍手が聴こえてきた。その長さから、どうやらラストナンバーだったらしい。
時刻は午後十一時五十分。ニューイヤーコンサートと言いつつ、わずかに新年に届かなかったらしい。
結局、一曲も聴けなかったな。
「どうする? どっかで呑むか?」
「いや、帰るよ」
「そうか。じゃ、行こうぜ」
立ち上がろうとして、気が付く。
「あ、ジャケット…」
かずさは上の空だった。
永遠のライバルである母の演奏のはずなのに。
一所懸命にアラを探して、あとで指摘してやろうと企んでいたはずなのに。
「…っ」
かずさの意識は、左隣の空席に向かれたままだった。
見覚えのある男性物のジャケット。
その持ち主が、気になりすぎて。
拍手が鳴るまで、演奏が終わったことにすら気が付かなかった。
客たちは皆満足そうな顔をして、席を立っていく。
『ジャケット君』は、結局一度も戻ってこなかった。
――あいつのはずがない。
そう思いこもうとするものの、意識が、視線が、ジャケットから外れてくれない。
今やほとんどの客が席を立ってしまったが、ジャケット君は帰ってこない。かずさも座ったまま、動けない。
「どうしました?」
やってきた係員の女性が、かずさに声をかけてくる。
「あ…いや…、これ、このジャケットが」
「忘れ物ですか?」
忘れ物…。
「そう…そうです。一度ジャケットをかけたまま、ずっと帰ってこないみたいで」
「そうですか。ではこちらは、私どもがお預かりさせていただきますので」
係員が、ジャケットを手に取る。
「あ…」
「? なんでしょう?」
「お願い、します…」
かずさは慌てて立ち上がる。
『触るな!』なんて声を上げそうになった自分が信じられなかった。
「あれ、ジャケットがない…」
慌てて自分の席に戻ると、座席にかけてあったはずのジャケットがなくなっていた。
すでに他の客の姿はない。
受付に行って事情を話すと、ジャケットは忘れ物として届けられていたばかりだった。隣の席の人がわざわざ届けてくれたらしい。
ジャケットを着て、ホールを出る。
十二月の寒気が、顔を突き刺す。
武也には先に行くように言っておいた。今から走ればすぐに追いつくだろう。
曜子さんの楽屋には…行かないことにした。
向こうも覚えていないだろうし、感想を訊かれても答えられないしな。
階段を下りようとすると、除夜の鐘が聴こえてきた。
「新年か…」
白い息と一緒に言葉を吐き出す。
結局、何一つ問題を解決しないまま、新しい年を迎えてしまった。
「なぁ、かずさ」
つぶやく。
「おまえは、どうしてる? 元気にやってるか?」
階段を下りる。
「…………もう、会うこともないけど、な」
――え?
その言葉は、俺の口から漏れたものではなかった。
顔を上げた先には、
流れるような黒髪の女性が、こちらを背に向けて立っていた。
携帯電話を耳に当てている。
なんだ。電話か…。
通り過ぎようとして、
でも、さっきの声が、耳から離れてくれない。
――回り込んで、ちょっと顔を確認するだけ。
この三年間、街で似たような後ろ姿を見かけるたびにやっていたことを、繰り返すだけ。
ゆっくりと、回り込もうとして、
電話を終えた女性が歩きだしてしまった。
「――かずさっ!」
「――っ!?」
突然呼び止められたかずさが身を震わせたのは、『有名人』となってしまった面倒くささからではない。
もう、二度と聴くことはできないと思っていた声。
絶対に、絶対に忘れることのできない声が聴こえてきたから。
「かずさ…だろ?」
それでも、かずさは振り向けない。
足が動いてくれない。
――なんだよ。
――いま、『会うことはない』って言ったばっかりなのに。
――やっぱりおまえは、あたしの言い分なんか聞いてくれないんだな。
俯いた目が、回り込んできたスニーカーを捉えた。
「やっぱり、かずさだった」
「っ違う! あたしは冬馬かずさなんかじゃない」
あんな酷いことをしてしまった人間が、のこのこと戻ってこれるはずがない。
「ひ、人違いだ」
顔を背け、早足で歩き出す。
「俺、苗字は言ってないんだけど…」
「~~~~っ!」
走り出す。
とにかく目の前の人間から逃げ出したくて。
「待てよ!」
がくんっ、と姿勢が崩れる。
腕を掴まれた。
「離せ!」
顔を背ける。
顔を見てしまうと、顔を見られてしまうから。
自分でもどんな表情をしているか把握できない、こんな顔を…。
「かずさ。聞いて」
「――嫌だっ!」
「あ…」
強引に手を振り払う。
再び走り出そうとして――そして、こけた。
「ヒールが折れてるから、って、言おうとしたんだけど…」
「………」
咄嗟に両手をかばったかずさは、肩を強打して動けない。
「おまえ、本当に…変わらないのな」
――おまえだって。
覗き込んできた春希こそ、三年前の顔をしていた。
「そう。…うん。ジャケットを届けてくれた人のヒールが折れちゃって、お礼も兼ねて。…いやいいよ。俺だけで出来るから。っていうか来るな。せめて三が日まではナンパを控えろ」
武也はもう御宿駅に着いているらしい。
遅れた俺に不満を言い、理由を述べると呆れていた。
「じゃあな。依緒にもよろしく」
電話を切る。
「…部長か?」
隣に座ったかずさが言う。
「ああ」
「電話終わったんなら離せよ」
左手を、俺に繋がれたままで。
「だーめ。離したら逃げるだろ」
「……!」
抗議するように、繋いだ手をぶんぶん振り回してくる。
その力加減は全然本気じゃなくて、なんだか笑ってしまう。
「さて、と。とりあえず靴だな。このへんだとド○キかな。サイズは何センチだ?」
「…自分で買える」
「ド○キまで何履いて行くつもりだよ」
「じゃあ、買ってこい」
「離したら逃げるだろうが」
「……」
「……」
膠着状態のまま、ベンチに座り続ける二人。
「そうだ。曜子さんを呼ぶか」
って、ここはどこ公園だっけ?
「駄目だ。こんなとこ見られたら爆笑される」
「爆笑というのは大勢が笑うことであってだな…」
「うるさい」
会話が続かない。
でも、全然嫌じゃない。
くすぐったいような、懐かしい沈黙。
懐かしい、『女の子じゃない』手のひらの感触。
「ホテル、どこだ?」
「…訊いてどうするっ」
「うろたえるな。他意はないってば。タクシーに来てもらうんだよ」
「近いからいい」
「じゃあ…どうすりゃいいんだ?」
「…馬鹿」
「意味がわからん…」
かずさは春希の提案を片っ端からつっぱねた。
――次から次へと、よくもまぁおせっかいが思いつくもんだ。
気に入らなかった。
「そうなると、うーん」
三年間のブランクなんかなかったみたいに振舞う春希が。
左手を離してくれない春希が。
「じゃあ、そうだな…」
「あ…」
手が、離れる。
離れてしまう。
春希が立ち上がる。
「――行かな」
「ほら」
そして、かずさの目の前でしゃがんだ。
こちらに背を向けて。
「な、なんだよ…」
「おぶされ」
気に入らなかった。
かずさの望みを叶えるのに、こんなに時間がかかってしまう春希が。
「ホテル、近いんだろ? だったら歩いていったほうが早い」
心の中で、ゆっくり十秒数えたあと――、
かずさは、出来るだけめんどくさそうに腰を上げた。
「そういえば、なんとかコンクールで準優勝したんだって? やるじゃん」
背中にかずさの重みを感じる。
「…あんなの、全然駄目だ」
首筋にかずさの吐息を感じる。
ホテルになんか、辿り着かなければいいのに。
「大したことじゃないのに、知名度だけは上がって最悪だ。あの記事を書いたやつに説教してやりたい」
「はは…そりゃ、ごめん」
「春希が謝る必要ない」
「いやほんとに…」
まさか隔月のクラシック専門誌が、あんなにたくさんの人に読まれるなんて思ってもみなかったんだよ。
忘れかけていたけど、そういえばこいつは有名人の娘で、とんでもない美人なのだった。
「春希は…」
「ん?」
「春希は、この三年間どうしてたんだ? その、雪菜と…」
「勉強とバイトに明け暮れてた」
「そ…っか」
「これでも苦学生ですから。ファミレスに、コンビニに、塾講師に、引越しもやったな」
「どうせ、あちこちでしなくてもいいおせっかいをしてたんだろ?」
「できることをやれる範囲でしてただけだ。仕事だからな」
「はいはい。言うと思った」
「その納得のされ方、納得いかないんだが…」
できるだけ、ゆっくり、歩く。
「…雪菜とは、さ」
「……うん」
でも、核心から逃げるわけにもいかない。
「つい最近まで、何もなかった。何もなさすぎて、最近色々あった。…って、なんかわかりにくいな。もし興味ないっていうならやめるけど、」
今話さないと、かずさは、もうすぐウィーンに帰ってしまうんだから。
「できれば、聞いてほしい」
「……」
俺の告白を聴き終えても、かずさは無言だった。途中、ほとんど相槌を打っていなかったから、寝ているのかもしれない。
…いや、それはありえないか。
「俺、やっぱりかずさが好きだ」
「…っ」
かずさの喉が鳴る。
「三年経っても、好きなままなんだ」
言って、しまった。
人を好きになる資格なんか、ないはずだったのに。
「…………雪菜は、春希を振ってなんかないよ」
俺の気持ちの話、してたんだけどなぁ…。
「電話でも何でもして、とにかく仲直りしろ。そして、二度と離すな」
「雪菜は俺を責めないだろうけど、許してもくれないよ。だって、雪菜の指摘したことは間違ってないんだから」
「……」
「まだ、かずさを忘れられてない。俺は、だけど……」
「…………あたしのことなんか、忘れてくれ」
「かずさは、俺のこと忘れたか? 向こうで、その、新しい…」
「…………るわけないだろ」
「え?」
「…あたしのことはいいんだってば」
かずさの気持ちの話、してたんだけどなぁ…。
俺は、焦っていた。
どうしてもかずさの口から、今の気持ちが聞きたかった。
だって、もうホテルの前まで来てしまったんだから。
「かずさ……」
「そんな甘えた声出すなよ……、おまえ、卑怯だ」
「知ってる」
「最低で、最悪で、汚い男だ」
「知ってる」
「だから……」
俺の顎に、かずさの指がかかる。
「もう二度と、あたしの前に現れないでくれ」
頬に柔らかな感触を残して。
冬馬かずさは、ホテルの中に消えた。
――あたしの馬鹿!
靴も履かずに、かずさは廊下を走り続ける。
――あたしは、また、あいつに呪いを…。
一人っきりのエレベータの中、かずさは膝を抱えて泣いた。
「駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ」
欲しがっちゃいけない。
気のある素振りをしちゃいけない。
一言『恋人がいる』って、嘘をついてしまえば良かったんだ。
でも……。
春希の匂いに包まれて、春希の温かさを感じて、
あんなに幸せな気分のときに、嘘なんてつけなかった。
エレベータが最上階に到着する。
誰にも顔を合わせないように早足で廊下を通り、部屋に飛び込む。
「あら、遅かったわね。…って、どうしたの。その格好」
先に帰宅していた曜子が目を見開く。
「なんでもない」
「靴失くして、顔そんなにして、何でもないはないでしょ」
曜子を無視して寝室に向かい、ベッドに飛び込む。
今は何も考えたくない。
何もしゃべりたくない。
ドアの向こうで、溜息がひとつ。
「………やっぱり、劇薬だったかしら」
躰が、重い…。
目が覚めると、既に昼。普段の俺だったら有り得ない時間。
昨夜はどうやって帰ったかも覚えていない。
重い体を引きずって体温計を探し当てると、三十八度五分。
『もう二度と、あたしの前に現れないでくれ』
かずさの最後の言葉と行為は、熱を伴って俺の体に残り続けていた。
「言ってることと、やってることが合ってないだろ…馬鹿」
あいつの態度と言葉、どっちを信じるかって言われたら…。
今までの経験上、それは…。
「……っ」
ベッドに戻ろうとして、携帯に着信が入っていることに気が付いた。
武也?
今は声を出すのも億劫だが、昨日の件もあることだし、コールバックしてみる。
「どうした?」
「いや、昨日の『恩人』とどうなったかなーなんて。なぁ、美人だった? 連絡先くらいは訊いたんだろうな?」
「おまえじゃあるまいし…」
どうにかしたい気持ちは……なかったとは言わないけど。
「…? なんか、調子悪そうだな」
「ちょっとな。昨日の夜、風に当たりすぎたみたいだ」
「熱か?」
「八度五分」
「マジかよ、新年早々…。何か欲しいものあるか? 薬くらいだったら買って行ってやるけど」
「大丈夫。寝れば治るから…」
「…そっか。何かあったら電話しろよ。おまえは心臓が止まる数秒前までレポート書いてそうだからな。しかも他人の」
「褒めてくれてありがとう…」
「今の反応から見てもだいぶひどい熱だな。寝たほうがいい。うん」
携帯を切った。
横になると、すぐに眠気がやってくる。
眠る直前に思い浮かべたのは、あいつの顔。
今ごろ、成田だろうか。
あいつのことだ。あんなことを言った手前、日本に長居なんかしないだろう。
躰がこんなじゃなければ、成田で待ち伏せて、せめて一言……。
――チャイムの音で目を覚ました。
時計を見ると、あれから三時間ほど経過している。
立ち上がるとまだふらつくが、さっきほどじゃない。
「はぁい…」
ドアを開けると、
「こんにちは」
「……雪菜」
イヴから、ずっと会っていなかった雪菜だった。
「武也くんから連絡もらって。春希くんが死にそうだって」
「あいつ…」
「調子、悪そうだね」
「ああ、寝る前に測ったときは、八度五分…」
雪菜は目を見開く。
「! たいへん。ベッドに戻って。一応、色々持ってきたから…」
スーパーの袋を片手に、部屋に入ってくる。
「食欲ある? おかゆくらいだったら食べられそう? 少しくらいは食べなきゃ駄目だよ」
雪菜は袋から食材を取り出すと、手早く冷蔵庫に入れていく。
イヴのことなんかなかったみたいに。
イヴのことなんか忘れたみたいに。
…違う。
この一週間で、雪菜は立ち直ったんだ。
少なくとも俺と話せるぐらいにまで、自分だけで立ち直ったんだ。
雪菜は強くて、優しい…。
「雪菜…」
「もうちょっと待ってね。簡単な下ごしらえは家で済ませてきたから」
「あのさ…」
「おリンゴも貰ってきたよ。固形物が無理そうだったら、すりおろしてもいいし」
俺は、そんな雪菜を…、
「昨日、かずさと会ったんだ」
もう一度、奈落の底へ叩き落さなくちゃならない。
「……っ」
キッチンに見える背中が、一度、大きく揺れた。
「曜子さんのニューイヤーコンサートに来てたんだ。曜子さんから、あの記事のお礼にって、チケットもらってさ」
「……」
「そこに、かずさが来てた」
雪菜の手は、完全に止まっている。
「…そう。かずさ、元気だった?」
「相変わらずだったよ。俺を見るなり走って逃げてさ、ヒール折っちゃって」
「……かずさらしいなぁ」
ふふっ、と笑い声が聴こえるが、どんな表情をしているかはわからない。
「追いかけて、何とか話をして……色んなことを話したんだ。三年分。去年のイヴまでの話を、全部」
「そ…っか」
雪菜の頭が、わずかに上がる。
「そっかそっか。話しちゃったんだ」
「だから俺…」
「なんで今、その話をしちゃうかなぁ…。これから美味しいごはん作って、看病して、気が弱ってるところを勇気付けて、イチコロにしちゃう作戦だったのになぁ」
――そんなことをされたら…いや、そんなことされなくたって、雪菜のことは好きなままだよ。
喉まで出掛かった台詞を飲み込む。
「かずさ、何だって?」
「いや、まだ返事は…」
「やっぱり。そういうところも変わってないかぁ…」
はぁ、と可愛く溜息をついてみせる。
「あの時も、かずさってば最後まで素直にならなくて、だから私、なんだか怒れてきちゃって」
『あの時』がいつなのか、雪菜の言葉だけからはわからない。
「『とっちゃうよ』って、言ったのになぁ…」
鼻をすする音。
「……ごめん。わたし帰るね」
こちらに顔を見せないまま、
泣き顔を決して見せないまま、
雪菜は出て行った。
躰が、重い…。
「八度五分。熱ね」
曜子が体温計の表示を見て言う。
「あんな寒空の中、一体何時間話し込んでたわけ?」
「いま、何時?」
「元旦の夜よ。あなた半日以上も寝てたってわけ」
「…………帰る。ウィーンに帰る」
「そんな状態で飛行機に乗られたら、他の乗客に迷惑よ」
「離れなきゃ…早く離れないと、あたしは……」
「『離れる』ねぇ。ほんと、劇薬だったわね。効き目が良すぎて困っちゃう」
意識が朦朧としていて、曜子が何を言っているのかもよくわからない。
「ま、いい機会だし、ひさしぶりに母親っぽいことするチャンスだと思うことにしましょうか。何やったらいいかわかんないから、とりあえず美代ちゃんに丸投げするけどー」
「こんなときだけ、母親ヅラして……」
「はいはい。母親ヅラされたくなかったら、いつも健康でいることね」
曜子の手のひらが、かずさの額に当てられる。
「うう……」
その冷たさが気持ち良い…ということを悟られたくなくて、かずさは目を瞑り、眉間に皺を寄せてみせた。
その態度に、曜子がくすっと笑う。
「さてと、お薬はどうしましょうか。…あえてここで、もう一度劇薬を処方するのもあり、かな?」
次に目覚めた時には、ほとんど熱は引いていた。
何も食べずひたすら寝て、体力の回復に励んでいたのが功を奏したのかもしれない。
あれから日付が変わって、一月二日。
起きたのは朝の六時。体調が戻ったと同時に生活のリズムも戻るなんて、我ながら、なんてクソ真面目なんだろう。
「何か、口に入れなきゃ…」
それでもまだ、雪菜の持ってきた食材を食べる気にはなれなくて、缶詰やパスタソースを使った簡単な雑炊を作ることにする。
ボンゴレ雑炊。
熱で倒れたときは、無性にこれが食べたくなるのだ。
土鍋に材料を放り込む。
学園祭の数日前、かずさに作ってやったことを思い出しつつ、ゆっくりと煮立たせてゆく。いい匂いがする。
と、携帯が鳴った。麻理さんからだ。
「悪い。起こしちゃったか?」
「いえ、いつもこのくらいの時間に起きるので」
「だと思った」
「それで、いつ〆切です?」
「…そうやって話の先を読もうとするクセ、やめなさいってば」
「でも、仕事なんでしょう?」
「半分正解。仕事じゃないけど、連絡欲しいんだって。朝イチで伝えてほしいって頼まれて」
「誰からですか?」
「冬馬曜子」
「……」
「北原、おまえもしかして年上好き?」
「違いますよ!」
ものすごい勘違いをされていた。
「…ふーん。そうか。そうなんだ。じゃあ番号を伝えるぞ。090…」
「ま、待ってください! メモメモ!」
麻理さんとの通話を終え、すぐさまメモした番号に電話する。
「あ、ギター君?」
「北原です…」
相変わらずだった。
かずさは、まだ熱にうなされていた。
短い夢をいくつも観た。
それはすべて三年前の、鮮明なリプレイ。
親友を裏切った数々のシーンが何度も何度も繰り返され、かずさを苦しめる。
やがて、夢を観ることすら疲れ――
かずさは、ゆっくりと意識を取り戻した。
「……はぁ」
ホテルの寝室である。
枕も、シーツも、汗でしっとりと濡れていて気持ちが悪い。
照明は落とされている。遮光カーテンが引かれているため、今が何時なのか判然としない。首をひねれば時計が見えるはずだが、その労力すら惜しい。
視線を動かすと、ドアの隙間から、向こうの部屋の明かりが漏れていた。曜子はそこで誰かと会話しているらしく、声が聴こえてくる。
――母さん、こっちに来てよ…。
むしょうに人恋しかった。
さっきまで観ていた夢の恐ろしさと、病気の心細さが、かずさを甘えん坊で寂しがりやな性格に戻していた。
「――春、」
思わず名前を呼びそうになって、慌てて口をつぐむ。
涙と鼻水が溢れ、みっともなく、子供のようにすすり泣く。
二度と目の前に現れるな、なんて言ったのは自分なのに。
こんな時だけ助けを呼ぶなんて、どれだけ自分勝手なんだ。
もう、解放してあげようって決めたのに。
雪菜の元へ…
「そう。一日経ってもまだ熱が引かなくて」
隣の部屋の声が大きくなる。曜子がこちらへ向かっているらしい。
――母さん。早く。
「医者には見せました? インフルエンザの可能性は?」
――春希。酷いこと言ってごめんな。
「インフルエンザではないみたい。…ひょっとしたら、疲れもあるかもしれないわね。ウィーンに渡ってから、ずっと根を詰めっぱなしだったから。熱を出したとたんに今までの無理が」
「無理させないであげてくださいよ…」
「あら、無理をさせてる元凶がそれを言うのね」
「……」
「なに? そのちょっと嬉しそうな顔」
「し、してません!」
――春、希?
「とにかく、顔だけでも見てやって。もしかしたら余計に熱が上がるかもしれないけど、時には荒療治も大切よね。…で、何それ?」
「土鍋です。あとカセットコンロ。こちらに調理設備がないと聞いたので」
「いい匂いね~。一口ちょうだい」
「病人優先です」
――こっちに、来る?
「わ、うわ…」
かずさはベッドから飛び起きる。寝巻きのまま、髪はぼさぼさで、汗臭い。
こんな格好悪い冬馬かずさを見せるわけにはいかない。
慌てて、毛布に包まり、
「かずさ。入るわよー」
「お、お邪魔します…って、何やってんだ。かずさ」
ベッドの下で、毛布から顔だけ出したまま芋虫になっているかずさを見て、春希は目を丸くした。
「ほら、口開けろ」
「……」
匙に載せた雑炊を顔の前に持ってきても、かずさはむすっとした顔のまま、口を開いてくれなかった。
「ほらかずさ、あーんよ。あーん」
そんなかずさに、曜子さんは肩を震わせながら声をかける。
「食欲、ないのか?」
ふるふる、とわずかに首を振るかずさ。
「ボンゴレ雑炊、嫌いか?」
今思い出したけど、そういえば前食べさせたときは『まずい』って言ってたっけ。失敗したかもしれない。
「そんなわけ――あ、いや、食べられないほどじゃ、ない」
「そうなると…あ」
そこで思い当たる。
「曜子さんに食べさせて欲しいんだな。久々に甘えたいと」
「あら、そうなの? やっだかずさぁ、そうならそうと言ってくれればぁ」
「どうしてそうなるんだ!」
なんだよ。元気あるんじゃん。
「貸せ!」
かずさは俺から匙をもぎ取ると、自力で雑炊を口に運んでいく。
「たっぷり寝てさっぱりしたみたいだな。食欲があるのは何よりだ」
「そうだよ。元気になった。だからおまえはもう帰れ」
「おまえは感謝の気持ちとかそういうのがないのか」
「ふん」
猛烈な勢いで雑炊を掻き込み、
「…あっつ!」
「だから、そんな慌てて喰うなって…」
ペットボトルのお茶を手渡してやる。
「さて、と」
曜子さんが立ち上がった。
「ギター君が来てくれたし、私はちょっと出かけてくるわね」
「仕事ですか?」
「ええ。どうせ滞在延長するんだったらついでにやっとこうと思って」
ということは、俺が来るまでずっと、曜子さんはかずさの傍を離れなかったのか…。
「三時間くらいで戻ってくるわ。おなか減ったらルームサービスで何でも頼んで良いし、そっちのほうのベッドを使ってくれて構わないから。それと、そこの引き出しの中にお徳用の、」
「仕事、なんですよね…?」
ちょっとだけ見直したのが台無しですよ。
曜子さんが出かけ、雑炊を食べ終わると、とたんに部屋が静かになった。
かずさは再びベッドに横になったが、目を閉じる様子はない。
「あの、さ」
「…なんだよ」
汗でべとべとになっても尚、艶を失わない黒髪が流れる。
「悪かったな。夜中に連れ回しちゃって。熱出したの、俺のせいだ」
「別に…」
「でも、おまえの頼みを聞かなかったことに関しては、謝らないから」
「頼み…?」
「二度とあたしの前に…ってやつ」
「……っ!」
かずさは毛布を被ってしまった。
「あ、あれは…」
「こんなチャンス、逃したく、ないから」
「う…」
美味しいごはん作って、看病して、気が弱ってるところを勇気付けて――そういう、誰かの作戦を卑怯に真似てでも、振り向かせたいって、思うから。
「雪菜と、話したよ」
「…」
「雪菜と、話したんだ」
「わかってるよ…」
毛布から黒髪が覗く。
「あたし、ウィーンに帰っちゃうんだぞ…?」
「わかってる」
「あたしはまだまだ、『冬馬曜子の娘』だ。トラスティで準優勝しようが日本で有名になろうが、世界の中じゃ無名もいいとこだ。もっと練習して、色んなコンクール出て…、もう日本になんか、帰ってこれなくなるんだぞ…?」
かずさは、『帰る』と言ってくれた。
日本を自分の居場所だと思うようになってくれたことが、涙が出るくらい嬉しかった。
「俺は、待たないぞ」
「え…?」
「こっちから、ウィーンに押しかけてやるから。大学卒業したら、無理やりにでもな」
「おまえ、それがどういうことかわかってるのか…?」
「かずさの行く先々に押しかけて、おまえを勝手に幸せにしてやる。…馬鹿にすんなよ。どこの国でも、雑用が得意な奴は重宝がられるんだ」
「……」
「え、と……駄目か?」
「急に自信なさげになるな…馬鹿っ」
「うわっ!?」
かずさは布団を払いのけると、そのまま抱き付いてきた。
「…ごめん。春希」
「なんだよ」
「そんな選択、絶対に春希を不幸にするって、わかってる。春希だけじゃなくて、雪菜とか、部長とか、他の人も不幸にするってわかってるんだ。それでもあたし……今、人生最高に幸せだ」
「かずさ…」
「あたしを選んでくれたから。春希を、独占できるから」
かずさは頬をすり寄せ、そして――
「ん……」
三年ぶりの、かずさの唇。
「ん……ちゅ……ふ……んん……春希ぃ……」
「……ん……かずさ……」
かずさの口内を侵略し、味わい尽くす。
かずさも負けじと応戦し――
「っ!?」
唇を、強く噛んできた。
下唇にしびれるような痛み。
「ん……ふぁ……ちゅ……」
流れ出る俺の血を、かずさが舐めとっていく。
「ん……」
唇が離れ、かずさは、恍惚と悲壮を秘めた瞳でこちらを見る。
「これで、春希はあたしのものだ」
血と、キスの契約。
この恋には、乗り越えなければならない困難がいくつもある。
悲しませなければならない人が、何人もいる。
けど、二人なら――
二人なら、乗り越えられる。
そう信じて、前へと歩き出す。
「春希…?」
瞼を開くと、心配そうにこちらを覗き込んでいるかずさの顔があった。
ここは――ウィーンの自宅兼事務所。
二人っきりでやってきた、二人だけの世界。
そうか。
あれは…、夢だった。
夢だったんだ…。
目覚めたら消えてしまう幻。
あったかもしれない「もしも」の話。
けれど、「もしも」なんてものはない。
それは、俺自身がかずさに言ったことだったのに。
「あ……あぁぁ……」
俺は、
俺はなんてことを。
『一度は彼女を選んだこと』を、『選んだ彼女を捨てたこと』を、なかったことにしてしまった……。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「春希っ!?」
あのときの選択を、
あの人たちとの別れを、
すべて忘れて、都合の良い結末を夢想してしまった。
雪菜と話しただって?
何を話したんだ?
傷つけただけじゃないか。
だってあの世界の雪菜は…まだ歌を取り戻してない。
俺に完全に壊されてもいないけど、一度も歌を取り戻せてないんだ。
単に、傷の浅いほうを選択しただけだ。
罪悪感の少ない選択を、しただけなんだ。
「大丈夫だから、春希……」
毛布の中で震える俺を、かずさが包み込む。
「大丈夫。あたしが、おまえを幸せにしてやるから……」
きっかけは、引き出しから出てきた一冊の古雑誌。
アンサンブル二月号。
冬馬かずさ特集。
数年前、俺がはじめて書いた記事。
雑誌は、大切に仕舞われていた。
問い詰めると、かずさはバツが悪そうに、数年前の一泊二日の凱旋について話してくれた。
冬馬曜子のニューイヤーコンサートに行っていたこと。
隣の席が空席だったこと。
美代子さんに雑誌をもらったこと。
空港で、俺に電話しようとして繋がらなかったこと。
それらのエピソードが俺の記憶を刺激し、あんな夢を観せてしまったのだろう。
「春希の選択が間違っていなかったって、これから一生かけて思い知らせてやるんだから……」
忘れるな。
この幸せは、あの罪と表裏一体だということを。
多くの人を傷つけた上に成り立っているということを。
償えない罪は一生悔やめ。
けれど幸せになることにも、もう迷うな。
俺は、冬馬かずさと幸せになるって、あの時に決めたんだから。