『・・・というわけで』
『私、ユーフェミア・リ・ブリタニア』
. . . . . . . . . . .
『アンドレアス・ダールトン卿』
『ルーベン・アッシュフォード卿』
『アリシア・ローマイヤ卿』
『ゼロ』
『小島源三郎さん』
『栗本拓磨さん』
『以上のメンバーと共に復興に関する話し合いを進めていこうと考えています』
『ゼロ、何か意見はありますか?』
『フム・・・』
『説明を聞いた限り、私はダールトン卿よりも
そこにいる貴女の騎士、枢木スザクの方が委員に適任だと考えるが』
『え・・・』
『いや、私が、ですか?』
『! ゼロ! それではイレブンが票の過半数を握ることに・・・』
『日本人、です。ローマイア卿』
『ゼロ、続けてください』
『・・・よろしいかな?』
『確かにエリア11総督との繋がりは重要かもしれないが
聞けばユーフェミア代表はコーネリア殿下の実の妹だとか』
『中央と特区日本の連携はそれだけでも十分に取れるだろう』
『ならばダールトン将軍よりも日本の事情に明るく
旧日本とブリタニアの架け橋、その象徴としても枢木卿の方が委員にふさわしいのでは?』
『・・・分かりました』
『確かに彼の見識はもっと活かされるべきかもしれませんね』
『副総・・・代表! しかしこれはブリタニアの国是に反するのでは!?』
『おっと、ここは特区日本ですよ、ミス・ローマイア』
『総督が掲げた理念はブリタニア人も日本人も差別せず、だと聞いていますが』
『そのとおりです、ゼロ』
『そしてその実現のための第一歩としてこの委員会を立ち上げたのです・・・』
(中略)
『・・・枢木スザク』
『あなたはかつて私に誓ったように、特別委員として特区日本に忠誠を捧げると誓いますか? 』
『イエス・ユア・ハイネス』
「日本人としては礼を言うべきかしら?ゼロ・・・」
. . . . . . .
「いえ、ルルーシュ」
ゼロ、ユーフェミア、ローマイア、スザクによる映像通信による会談が終わり、
ルルーシュが回線を切ったところで同じ部屋にいたカレンが訊ねた。
特区日本が成立するにあたって
最初にできた建物の1つがユーフェミア代表の邸宅だ。
カレンは今、その敷地の中に建てられた簡素な離れ屋、
ルルーシュとナナリーの兄妹が暮らす家を訪れている。
「・・・あぁ、委員にスザクを加えたことか」
カレンの問いかけに対し、ルルーシュは少し考えた後
仮面を外しながら事もなげに答えた。
「礼も何もユフィが出してきたダールトンの名のある原案、作ったのは俺だぞ?」
「ふぅん、そ・・・んなぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「日本人に向けた印象操作だよ」
カレンを見たルルーシュは小馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ
淡々と説明を続ける。
「最初から『ゼロを含めて日本人4人』にしても
スザクと小島、2人の名誉が含まれている上にスザクはユフィの騎士だからな」
「ブリタニアの傀儡、という印象は否めない・・・実際の所そうなるだろうしな」
「しかし正義の味方たるゼロがダールトンをスザクに変えろ、と言えば
いかにもブリタニア側が譲歩したように見える」
「そもそもダールトンにはこのための道化として名を借りる事しか許可は取っていないしな」
「ブリタニアは実を、日本人は名を取ったという所だ」
「あんたねぇ・・・!」
なんて奴だ。
カレンは言葉を失いそうになるのを堪えて何とか抗議の言葉を吐き出した。
「そもそもあんたは、ゼロは日本人じゃないでしょう!」
「そうとは限らないんだが・・・ちょっと待て」
こちらの怒りなどどこ吹く風とばかりに
誰かから連絡が入ったのか
ルルーシュは携帯のマイクスピーカーを取り出し、耳にはめた。
「ディートハルトか? どうだ・・・」
「あぁ・・・そうか・・・いや、ローマイヤだけだ。ユーフェミアにはするな」
「それとあまりやりすぎるなよ。肝心な時にショーが飽きられていても困る・・・」
こちらのことなど気にも留めない、この天上天下唯我独尊っぷり。
話しながら立ち上がったルルーシュは背後に掛けられたカーテンを外す。
すると午後の日差しと芝生の緑が眼に飛び込んできた。
「あぁ・・・。タイミングは任せる・・・」
電話の相手、ディートハルトに指示を出すルルーシュを尻目に
カレンは眩しさに目を慣らしながら窓の外に視線を向けた。
この場所は本来なら特区日本代表補佐、という肩書の人間が住む場所ではない。
特区日本の代表、というより神聖ブリタニア帝国第3皇女の邸宅の敷地内なのだから。
カレンも今日ここに入るために『カレン・シュタットフェルト』の名を使わなければならなかった。
(もっとも『紅月カレン』として特区日本に参加すると言った時点で
シュタットフェルト家からは勘当されているも同然なのだが)
ルルーシュによればユーフェミアはブリタニア人の護衛と共に
どこか別の場所にキチンとした彼ら兄妹の家を用意する予定だったらしい。
しかしブリタニア人は信じられないとしてルルーシュがこれを拒否。
さりとて日本人の中に放り出すわけにもいかず
結局、戸別に護衛は付けずにすむ、副総督の邸宅内に仮住まいすることになったという。
悲しい事だともカレンは思う。
ブリタニアはどうか知らないが日本人の間では
『本国に棄てられ、特区日本に参加したブリタニアの皇族兄妹』について同情的であり
好意を持って受け入れる雰囲気の方が強い。
しかし彼ら兄妹はこうして誰も信じず、今日まで生きてきたのだろう。
(私は信じられているのだろうか・・・?)
彼が特区日本の式典でルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして名乗りを上げたあの日、
カレンはゼロの正体を知った―――
「ゼロ、カレンです」
控えめに扉をノックした後、カレンはできるだけ明瞭な声で言った。
「入ってくれ」
ゼロの操作で扉が開かれ、カレンは室内に入った。
行政特区日本の式典にガウェインが乗り込んで数十分後、
突如として富士山周辺に展開していた黒の騎士団に撤退命令が出された。
カレンの紅蓮二式はトレーラーに載せられ、
事前に用意されたルートから速やかに撤退。
助手席で式典の中継を見ながら
カレンは戦闘行為に陥ることなくトウキョウ内にあるアジトにたどり着いた。
アジトで待ち受けていたのはカレンと同じ混乱と怒号。
. . . . .
いや、ゼロに心酔していた自分でもそうなのだから
他の団員の怒りは自分以上だったかもしれない。
そんな中に遅れて撤退してきたゼロだったが
1時間足らずで特区へ参加するように幹部たちをまとめて見せた。
そして各人に新たな役割を割り振ったゼロは
最後にカレンの名を呼び、彼の部屋に来るように指示した。
(何か、特務だろうか・・・?)
先程、幹部の前でもゼロは特区日本への参加を表明していた。
しかしこの男が単に『黒の騎士団が特区に吸収される』だけで済ますとは思えない。
ディートハルトが前に言っていた暗殺、という言葉も頭によぎった。
「カレン、銃は持っているか」
カレンが部屋に入ると言われたのはそんな言葉だった。
胸中を隠しつつ持っています、と答えると「見せてくれ」とくる。
カレンは言われるままに手渡した。
そして、ゼロはカレンの目の前で
あっけないほど簡単に仮面を外して見せた。
「えっ」
仮面の下から現れたのは見知った顔だった。
ルルーシュ・ランペルージ。
つい先ほど特区日本の式典にルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして登場した男。
「そんな・・・!どうして・・・」
嘘、嘘、嘘。
意味のない言葉が頭の中を巡った。
すぅ、と、体の力が抜けていくのが分かる。
思考がまとまらない。
自分はゼロに従っていけば日本は解放されると信じて闘ってきた。
ルルーシュはいけ好かない無気力なクラスメイトの筈だった。
気が付くとカレンは床に跪いていた。
しかし、
(式典の後に入れ替わったのか!?)
その考えが浮かぶと猛然と立ち上がり、
偽ゼロ、ルルーシュを叩き伏せるべく立ち上がろうとする。
「落ち着け」
しかしルルーシュは
そう言いながらカレンから取り上げた銃を構え、
「く・・・って、えぇ!?」
カレンが一瞬躊躇するのを見るや、
その銃を部屋の片隅に放り投げた。
「紅月カレン」
そのまま呆気に取られるカレンを尻目に
ルルーシュは近くの椅子に腰かけた。
「私・・・いや、俺は君と話をしたいだけだ」
「内容に納得がいかなければ、腕づくで俺を拘束すればいい」
長い脚を組みながら話すルルーシュ。
真剣な表情からすると余裕の表れ、というよりも
無意識に出た彼の癖のようなものなのかも知れない。
「さて・・・何から話すかだが」
「まずは俺がゼロということの証明からかな」
そう前置きするとゼロ、ルルーシュは様々なことを話し出した。
ゼロとしての発言や行動など、彼と黒の騎士団しか知り得ない事。
シャワー室でカレンを騙した(こうして言われるとひどく稚拙な)トリック。
そして彼がゼロとして動くことになった動機―――
彼が公にその正体を現してから数時間のうちに、
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに関して様々な情報が発表されていた。
ルルーシュの母親が宮中でテロリストに殺されたこと。
生き残ったルルーシュら兄妹が人質として日本に送られたこと。
(そして、にもかかわらずブリタニアは日本に宣戦布告し、兄妹を見殺しにしたこと・・・)
(ゼロの行動目的は「ブリタニアを壊すこと」)
(動機を含めて一応筋は通る、けど・・・)
「信じられないか?」
「あ、当たり前です・・・いや、当たり前だっ!」
徐々にまとまっていく思考は「彼がゼロである」ことを認めつつある。
しかし納得できるかは別問題だ。
「大体なぜそれを私に言う!?扇さんや他の団員に知れれば・・・」
「ゼロがブリタニアの皇子だと知れれば」
真剣な表情のままルルーシュが言う。
話すほどに口ぶりやその仕草がゼロのそれに重なっていく気がした。
「日本人、少なくとも黒の騎士団のメンバーは特区日本に参加しないだろうな」
「そして烏合の衆となったテロリストに何が待っていると思う?」
「コーネリアはブリタニアの敵に容赦する人間ではない」
「騒動が他の日本人に拡大すれば、日本中で血の雨が降ることになるだろう」
考えられないことではない。
ブリタニアの統治方法はアッシュフォード学園で学ばされた。
この国は、あの総督は、反逆する人間への粛清と弾圧を厭わないだろう。
「勿論、俺もそんなことは望まない」
「なぜ君にこんなことを言うのか、と言ったな」
「協力してほしいからだ、紅月カレン。君個人に」
(私に・・・?)
「これから私の闘争は戦場から政略の場へと舞台を移す」
「イレギュラーはなるべく避けたいが
どうしても私の正体を知っている人間が必要になることもあるだろうからな」
ゼロに選ばれるのは嬉しい。
この身は彼に捧げると誓ったのだ。
彼こそが日本の独立を成し遂げてくれると信じてきたのだから。
しかし、それは・・・
「それは誰としての言葉なの」
「ゼロとして?」
「ルルーシュ・ランペルージとして?」
「それとも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして?」
カレンの縋るような問いかけに、
「ゼロはあくまで仮面だ」
「特区での演説で『ゼロ』が言った通り、その真贋は行為によってのみ計られる」
「そしてその判断は各人が行う」
ルルーシュは突き放すようにそう言うと黙って目を閉じた。
(私が決めろ、ということか・・・)
熱病のように救世主であるゼロを慕い
盲目的に彼の言葉に従ってきた。
カレンは深呼吸をする。
(それと何も変わらないかもしれないけど)
(今の日本には彼が必要なんだ)
確証はなかった。
しかしゼロなしでは日本人の未来はない。
そんなところまできてしまっていた。
「・・・分かったわ、ゼロ」
「少なくともあなたの言葉には従う」
カレンはそう言って
当面はゼロ―――ルルーシュに従うことを決めた。
式典から1月程が経ったが
硬軟、善悪を織り交ぜた彼の手法は一定の結果を出している。
元黒の騎士団の面々も概ね彼の施策に納得していたし
ゼロをテロリストのリーダーとしか見ていなかった穏健派の日本人も
彼への評価を改めつつある。
(そして私も・・・)
目の前にいる男は、多分、本物のゼロだ。
感情はともかく理性ではそう認めつつある。
複雑な想いを押しとどめつつルルーシュを眺める。
するとディートハルトとの会話を中断し
何やら端末を操作していた彼と目が合った。
そして、
「カレン、客だ」
「へ?」
視線の交錯に少し赤面したと同時にルルーシュが口を開き、
言い終えるや否や背後の扉が開かれた。
「ルルーシュ、こんなところに・・・」
ノックもなしに入ってきたのは枢木スザク。
驚いて振り返ったカレンと完璧に目が合った。
「ス、スザク!」
「・・・ッ、カレン! 君はっ!」
お互いの姿を認めたスザクとカレンは咄嗟に身構える。
神根島でカレンは彼に自分の生い立ちを話してしまった。
スザクは自分が黒の騎士団だと知っている―――
「あぁ、スザクか」
しかし、ルルーシュの平静な声が緊迫した空気を砕いた。
「スザクの言ったとおりだったよ」
「お前が前に『カレンは特区日本にいる』とか言ったときには
冗談だと思ったんだが・・・どうした、2人とも?」
(この男は・・・!)
その呑気な口調にしばし呆気にとられていたカレンだったが
気が付けばルルーシュは仮面とマント、スカーフも外して
簡素なブリタニア貴族の平服、という装いになっている。
スザクが『ブリタニアの皇子』たる自分の前では
カレンの正体を明かすまい、と読んでいるらしい。
「い、いや、何でもないよ」
ルルーシュの思惑通り、というべきか、
そう言いながらスザクはルルーシュの傍へと歩く。
ここでカレンはスザクが身構えた理由が
『自分が黒の騎士団のメンバーだから』だけでなく
『その自分がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの部屋にいた』ことも
あったのだとようやく気付く。
「ほら、前にスザクには話しただろう?」
「学園の話だよ」
「『アレ』をカレンに頼もうかと思ってね」
「あぁ、『アレ』ね。でも・・・」
雑談をしながら端末を操作するルルーシュ。
そういえば、この離れの警備システムは彼自身が管理すると言っていた。
多分、今はさり気なく監視カメラのソフトを閉じているんだろう。
(スザクが来てるならもっと早く私にも伝えなさいよ・・・!)
怒りを目線でだけで示してスザクの背中越しに抗議するが、
ルルーシュは意にも介さない。
「ところで、何か用事があったんじゃないのか?」
「え・・・あ、そうだ」
「今日の会議でゼロが・・・あ、いや」
スザクは何か言いかけるが、
カレンの方をチラと見て慌てて言い直す。
「ええと、ちょっと予想外の事があってね」
「キミの意見を総督が聞きたがっているんだ」
予想外の事、とは特別委員がダールトンからスザクに代わったことだろう。
アレも一応は機密事項、ということなのだろうが
先刻『ゼロ』がディートハルトに会談の内容をネットに流すように指示を出していた。
カレンの中ではスザクもブリタニア側の人間、という認識だが
コイツもルルーシュに遊ばれているのかと思うと同情を禁じ得ない。
「そうか。分かった」
「悪いな、カレン」
「また今度」
(今度、ね)
ルルーシュ・ランペルージのものとも
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのものともとれる
笑顔でルルーシュはそう言った。
そのまま3人は揃って部屋を出てると
ルルーシュはスザクに連れられてユーフェミアの元へと歩いていった。
(親友にも正体を隠して・・・)
(一体、誰を信じて生きていくのだろう)
スザクと話しながら遠ざかる背中が、ひどく薄っぺらく見えた。