「ふふーん。それでそれで?」「もったいぶらないでくださいよー。」「――い、いや、もったいぶってなんか、いませんよ……。」「……いいなあ。あたしもそろそろまた、オトコつくろっかなー?」「ほほう?」 今年もまた、今度は三浦半島の温泉ホテルの一室で、子どもたちを寝かしつけ終わったママ友たちは、ガールズトークに花を咲かせていた。 昨年は年の瀬になってしまった、恒例の保育園の同級会(の保護者の会)の一泊旅行は、今年はどうにか秋のうち、悪く言っても初冬の11月半ばに行われた。しかしながら相変わらずパパたちの集まりは悪く、今年は春希も含めて全員が欠席となった。――まあこういう集まりの主役はどうしたって女性陣なので、何となく居づらいというのはあったかもしれない。 というわけで今回、春華と雪音を連れてここまでやって来たのは、新米継母たる北原かずさであった。元来人見知りのかずさだが、それでもこの面々との付き合いはもう2年ほどになる。結婚式にも招いた相手であれば、かずさにとっては数少ない友人……とは言わぬまでも「親しい知己」ではあった。 それでも実を言えば、正直、すすんでここに来たとは言い難い。ただ春希があまりに先回りして気を使って「おまえも忙しいだろ? 申し訳ないけど、鈴木さんにお願いして連れて行ってもらうよ……。」などと言ったのに腹が立ってつい、「何言ってんだよ、今となっては、あたしはあの子たちの母親だぞ! 当然連れてくよ!」と言ってしまったのだった。 つまりかずさは、内心結構緊張していた。 しかし日中はそれどころではなかった。午後にホテルに着いたら、そこから子どもたちはホテル付の室内温水プールに直行である。「水につけたら子どもは弱る」とは言うが、正直言ってこちらの方が先に参った。バイキング形式の夕食の大騒ぎの後は、今度はお風呂であるが、これがまたプールと大差ない大浴場であるのだから、大人にとっては「プールの後にまたプールかよ!」という感じで不条理としか言いようがない。 というわけで今年も、9人の子どもたちをどうにか寝かしつけて、乾杯したときには10時を回っていた。しかし疲れと解放感が重なってみんなピッチが速く、気が付いたら結構みんなできあがっていた。「あたしが知りたいのはねー、プロポーズしたのはどっちからか、ってことなんだけどー?」と陽ちゃんママ、鈴木さんが酔眼でかずさの顔をのぞきこんだ。「うわっ小学生みたい! あんた先生でしょ?」と武ちゃんママ、水野さんがたしなめると、「いいじゃーん。ほんとは去年もさあ、もっとギリギリ春希君を責め立てたいとこだったんだけど、あたしも大人だから遠慮したんだよー。でもさあ、おさまるべきとこにおさまってめでたしめでたしなんだからー、いいじゃーん?」と鈴木さんは手をひらひらさせて笑った。「小学生のくせに酔っ払いかー、タチ悪りーなあ!」「陽ちゃんママ、からみ酒はダメよー?」 ともちゃんママ、柊さんと、のりちゃんママ、坂部さんがからかうと、鈴木さんは「――からみ酒……? って失礼な! そんなことないわよねー、ねー、かずちゃん?」と悪乗りするので、「――充分からみ酒だよ……!」と水野さんが睨みつけた。当のかずさは「……。」とうつむいていた。 そんなかずさを見て坂部さんは、グラスのビールをグイッと飲み干すと、「――でもさあ、ほんとによかったよ――。私もたまに開桜社に行って春希君に会うんだけどー、なんていうかさ、ここんとこ、ほんと見てて感じが違うんだよ。前からカッコよくて愛想良かったんだけどさあ、前はこうちょっと「切れ者」って感じだったのが、最近はすんごく安心感があるの。「何があっても大丈夫」って。」と洩らした。それに対して亮君ママ、本田さんも、「――私はねえ、春希君もそうだったけど、去年のかずささん見てると、いつもちょっとつらかったんだー。すっごく切なかった。いっつも必死に空元気振り起して、頑張ってるみたいでさあ。手を伸ばせばすぐそこにあるのに、でもその手を伸ばせない、って感じでさあ。でも、そんな立ち入ったこと、友達でもないのに話すわけにもいかないし……。のりちゃんママも言ってたけど、ほんとは去年、かずささんにもここに来てもらって、お話したかったんだよなあ……。でも、こっちから誘う度胸がなくてさあ……。」と応じた。 そこまで言われてしまえば、さすがにかずさも黙っていることはできず、「――そんな、そんな馬鹿なこと気にしなくてもいいのに……。」と言わざるを得なかったが、本田さんは強い調子で、「馬鹿なことじゃないよう!」と否定した。「本田さん?」「大事なことだよ。私は、せっちゃんに会う前から、ずっと「冬馬かずさ」のファンだったんだ。ただのいちファンだったのに、偶然、保育園でせっちゃんとママ友になって、「〈親子のための〉コンサート」のお手伝いもして、かずささんに会うこともできて……。とってもラッキーだ、っていつも思ってた! だから、せっちゃんが死んだときも、そのせいでかずささんがとってもつらい立場に追い込まれたときもさあ……。」言い募る本田さんを、柊さんが「まあまあ。」と押しとどめた。 そこへ水野さんが、彼女らしくない、おずおずとした口調で「――かずささん、あたしは、鈍いもんだから、その辺のこと全然知らないしわかんなかったんだけど……、結構、あなたたち三人って、長い――複雑な、付き合いだったの?」とたずねた。鈴木さん、本田さん、坂部さんは思わず顔を見合わせたが、かずさはあっさり、「……ええまあ、高校時代からだから、かれこれ十何年……。」と応えた。「――ああ、ごめんなさい。立ち入ったこと聞いちゃった。」「いえ、いいんですよ……。いまとなればみんな、いい思い出です。本当に。」 謝罪の言葉を述べる水野さんに、かずさは軽く笑った。そして、自分もワインをグイッとあおると、ぼそぼそとしゃべり始めた。「――あたしは、最初からずっと、春希のことが、好きでした。他の男に目が行ったことなんか、一度もなかったんです。――異常でしょ? ストーカーみたいでしょ? 母は「私たちは親子そろって色情狂なんだ」なんてひどいこと言いますけど、存外外れてないんです。……本来なら、人の道を外れた、痛い女なんです。そんなあたしがこうして、みなさんと仲良くにこにこしていられるような、普通の人間の振りができるようになったのも、全部、雪菜のおかげなんです。 ――あたしは雪菜に、春希をとられました……。でも、雪菜を憎んだことなんか、ありません。あたしに勇気がなかったのが悪いんだし、それに、あたしの方でも、雪菜と結ばれたはずの春希に、何度もちょっかい出したんです――。あたしの方こそ、絶交されても、憎まれても仕方ない。――春希のやつだって、雪菜に愛想尽かされて当然なんです。だけど、ああやってにこにこして、春希のやつを許して。あたしのことだって、まるで「そっちの方がひどい復讐だから」と言わんばかりに許して、ずっとそばにいて、何くれとなく助けてくれて。 ――あたし、二人が結婚してからも、ずーっと春希のことを、愛してました。でも、雪菜のことを憎めなかった。春希を奪おうなんて、考えられなかった。――こっぴどく負けたから、というのもあります。でも、あの二人に子どもが――春華と雪音ができたら、もうダメでした。あの子たちがあたし、大好きなんです。あの子たちがかわいくて仕方がない。あの子たちを泣かせたりするようなこと、できっこない。 それ以上に。もしもあたしが春希を雪菜から奪っていたとしたら。そもそもあの子たちは、この世に生まれてこなかったんです。――その代りに、誰か別の子どもが、あたしと春希の間に生まれてきていたかもしれない。でも、そんな仮の話をしても仕方ありません。本当に、本当に恐ろしいこと。 ――だのに、雪菜は死んでしまった……。春希を置いて。あの子たちを置いて。――あたし、最初はどうしたらいいか、全然わかりませんでした。「雪菜がいなくなったから、今度はあたしの番だ」なんて思えるはずがない。あたしに、「雪菜の代わり」なんかできるはずはない。そんなことは最初からわかっています。そうじゃなくて、雪菜がいなくなった後で、それでもあたしはあたしでいられるのか、それが不安で仕方がなかった――。」 と、そこまで話して、かずさは、周囲のみんながしんとして聞き入っていることに気付き、あわてた。「ご、ごめんなさい! 長々と、不愉快な話をしてしまって! すみません! 忘れてください!」 しかし、水野さんは首を横に振った。「――何言ってるんですかー。全然そんなことないよー。」 柊さんも、「そうそう、ありがち――とは言わないけど、十分理解できる話じゃん。」といった。 鈴木さんはほっと息をつき、ウィスキーのロックを作りながら、ひとりごちた。「――あたしや亮くんママはさあ、前々からせっちゃんから少し話聞いて、何となくわかってたから……いち段落して、実務的にも精神的にもいろいろ整理できたら、春希君はかずささんと再婚するのが、自然の成り行きだ――って最初っから思ってたの。で、周囲のご親族、親しいお友達の皆さんも、きっとそんな風に思ってたんだよね? ――でも、それだからこそ、当の本人たちは、そんな風にさっさと踏み切ることが、逆にできないんだろうなー、って、歯がゆかったんだよねえ。」 そこに柊さんが、「そいで去年、春希君をいじめてたんだ。」と茶々を入れると、鈴木さんは呵々大笑して、「――そおよお! そういうときは、男が悪者になるもんだ、ってね! ま、いらぬおせっかいですが。――だから気になるの。どっちが、あえて泥をかぶって、カッコよく、カッコ悪い真似をしたのかな、って。もし春希君だったら、私、見直しちゃうんだけど。」と蒸し返してきた。「――そこは、ノーコメントで。」とかずさが生真面目な顔でいうと、鈴木さんは「……。」と渋い顔をして、「そんな風に言われると、ヘタレの春希君をかばっているようにしか、聞こえないんだけどね?」と言って酒をあおった。