「……今夜は――こっちに――頼む……。さっき――きれいに――しておいた、から……。」 初めてというわけでもないのに、相変わらず真っ赤になって俯きながら、軽くお尻をこちらに差し出して乞うかずさに、春希はうなずいて口づけ、彼女のバスローブをゆっくりとほどきながら愛撫を始めた。 あの京都でのイブ、「ハネムーン」で春希がかずさにしてやった「雪菜にはしなかった、できなかったこと」、をするのは、あの時以来というわけでもないが、それでも結構久しぶりのことだった。 春希が亡き雪菜と送った性生活はもちろん、二人の子をなしたことを差し引いてもなおとても充実したものだったが、どういうわけかアナルセックスには――愛撫はともかく、ペニスそのもののアヌスへの挿入にはついぞ至らなかった。意識的に避けたつもりはなかったのだが、気が付いてみればそうなっていた。あるいはひょっとしたら、正式な婚約以降は二人とも、はっきりと「子づくり」への意識が固まってきていたことも手伝ったかもしれない。考えてみればそれ以降はオーラルセックスも、あくまで前戯にとどまり、射精に至ることは少なくなっていたような気がする。 だからといって「子づくり」にかずさが消極的であるわけではもちろんない。むしろ雪菜以上に積極的である、と言えなくもない。何としても曜子が健在のうちに実の孫を抱かせてやる、というかずさの決意は揺るぎないものであったし、もとより春希としても異存はない。だから避妊など一切意に介さず、多忙な中それでも時間と体力の許す限り、二人だけの時間を作り、濃密に愛し合ってきた。そして身体をかわす度かずさは必ず、春希の精を直に膣に受けてきた。 それでも、かずさにとって――二人にとって「雪菜にはしなかった、できなかったこと」はなにがしか特別な意味を持つことだったことは言うまでもない。ほんの少しの独占欲と、ほんの少しのうしろめたさとをスパイスとしてふりかけられたその営みを、かずさはとても大切にしていた。そのうしろめたさに加えて、普通の性交に比べて、安全に衛生的に行うには少しばかり工夫がいる面倒なものだった(かずさの腸内をできるだけきれいにしておかねばならなかったし、それに加えてなお、コンドームを避妊のためにではなく、純粋に衛生目的で使わねばならない)ので、かずさとしてもたまにしか求めなかったし、春希の方から求めることはついぞなかったが、そのごくたまにの機会には、二人とも我を忘れるほどのめりこんだ。 そして今夜も既にかずさの身体は、春希がふれるまでもなく熱く昂ぶり蕩けていたし、春希の方でも痛いほど高まっていた。それでも春希は、かずさの懇願にもめげずにいつも通り、暴発しそうな自分を懸命に抑えつつ、ゆっくりと、かずさの身体のいたるところをまさぐり、口づけ、挿入するその前に何度も達しさせた。そしておそらくは何をされても苦痛など感じるはずもない域にまで昂らせてから、春希はそれでもゆっくりとやさしく、かずさの肛門へと久しぶりにコンドームをつけてわけいった。そしてその刹那に、かずさが軽く達したのを確かめてから、少しずつ慎重に、身体を動かし始めた。それに激しく応じながらかずさは、「――ひ、ひどいよ……春希……こ、こんな――に、焦らす、なん、て……。」と息も絶え絶えに訴えた。春希の方でも、決して余裕があるわけではなかったが、あちこち口づけながら、「――何、言ってん、だ――、じっくり、ほぐして、おかない、と、身体に障る、ぞ……。」と応じた。しかしかずさは、背後からせめる春希を無理やりに振り仰いで口づけを返しつつ、涙ぐみながら「だって、あたしだけ何度もいかされるのは、嫌だよ――あっ……、一緒に、いきたいよ……。」と抗議した。と同時に、意図的にかどうかは分からないが、身体の奥深く埋め込まれた春希のペニスを、ぐっと締め上げた。 強烈な快感と、急に胸にこみ上げてきたものにこもごも襲われ、危うく達しかけた春希だったが、深く息をついて精と涙の両方を何とか抑え込んで、照れ笑いで強がってまぜっかえした。「――バーカ、お前と違って、俺は、一辺いっちゃったら、回復まで時間がかかっちまうぞ……。ゆっくり、楽しみたいだろ……?」 やや大げさに言ったが、まあ実際この年齢になってみれば、あの、10年ほども前の雪菜へのプロポーズのあとの夜のように、変な薬でもキメたみたいに、一晩中、空が白むまで何度となく射精しても一向に萎えない、などという気違いじみた状況に陥ることなどない。あのイブのハネムーンの時だって、さすがに3時間ほど抱き合ったあたりでちょっとひと休みしたものだった。(まああの時は、とくにかずさは、翌日に大仕事を控えていたし。) だがかずさはこうべを振り乱し、貫かれながらも上半身を強くねじって春希の口をむちゃくちゃにむさぼり返しつつ、一層強く締め付けてきた。「――いいから……そんなこと、いいから――いって――! あたしで、気持ち良くなっておくれよ……春希ぃ……。」「――かず……さ?」 むせび泣きながら懇願するかずさに、春希の脳はふとしびれてしまって、そのあとはよく覚えていない――。 ふと気付くと春希は仰向けに、大の字に寝そべっており、股の間にかずさが顔をうずめていた。萎えたペニスが温かく湿ったものにやわらかくつつまれていることが、なんとはなしに分かった。当然、もうコンドームははぎ取られているのだろう。(そうでないと困る!) こういうときはいつもなんだかすまない気持ちでいっぱいになる。もちろん春希は、女性の体液の味と匂いには何ら嫌悪感なぞ抱いたことはなかった(むしろその反対だった)が、口づけを通して間接的に自分の精液を味わったことならあり、そのまずさに内心辟易していたので、前戯としてならともかく、AV風に言う「お掃除フェラ」は、女性としてはさぞ不愉快だろうと、一度も要求したことはない。それでも、雪菜もかずさも、たまにこちらの隙を見てこの後戯を仕掛けてきた。すすんでやってくれることを「やめろ」というのも何なので、いつも春希はなすがままにまかせていたが、そのたび胸はチクリと痛んだ。(――いっちまってから、気を失ってたのか……。) 上半身を起こして、かずさの頭をなでてやろうと思ったが、頭を上げようとするとまだ少しふらふらした。「――マジに、トシかな?」 春希は胸の内で自嘲した――つもりだったが、声に出ていたらしい。股ぐらでうごめいていたかずさがふと顔をあげ、春希のものをくわえたままこちらを見つめた。そしてくわえたまま子犬のような上目づかいで「わいりょうぶは?(最後の「は」は鼻濁音)」と問いかけてきたので、春希は思わず吹き出してしまった。ようやくのことで上半身をあげ、左手でかずさの髪を軽くかきなでると、萎えたペニスにも少しばかり血がめぐってくるのを感じた。「――とっても気持ち、いい……。もっと、続けてくれ――たぶんすぐまた、かたくなるから。」 そのことばにかずさはふっ、と鼻で息をつき、目を閉じると少しばかり強く、春希のものを吸い始め、同時に睾丸を軽く握った。(――やはり「子づくり」だからな、ちゃんと中に出さないと……。) できなければできない、でしかたのないことだが、何の気なしにかずさが「不妊治療」を口にしたこともあった。無論結婚1年かそこらのこの段階では、まだまじめに云々するようなことではないし、継子の春華と雪音へのかずさの愛情に一点の曇りもないこともわかっている。ただ、春希にはすでに子をなした実績がある以上「何もなかったら自分の責任だ」と案外気に病むたちのかずさが思っているのは、春希も察していた。(そりゃ、どうしたって曜子さんの血を残したい、という気持ちはわかるよ……。) 取り越し苦労にすぎん、と頭ではわかっていても、それでも春希としては、かずさの気持ちを思いやらないわけにはいかなかった。 ――と、そう思っているうちに、ペニスは随分と力を取り戻してきていた。(さて、もう一、二戦くらいはがんばるか……。)