「桜、今現在、何処に向かっているのですか?」
二人はどんどん人気の無い方へ方へと歩いていく。
そしてバゼット・フラガ・マクレミッツは気づいた。
自分の手を引っ張る少女がまるで案内しているのではなく、何かを探すように歩いているのを。
「ああ、別に探す必要はないんですよ」
「何故?」
「今、あちらさんを呼んでますから、折角、良い餌が二つもあるんですから。これを使わない手は無いですよ」
撒き餌もばら撒きましたし。
と目の前の少女はまるで当たり前のことの様に事も無げになく、取り止めもなく、そう、言う。
そして酷薄な笑顔を浮かべる。
無際限に冷然に、無際限に冷淡に、意図もなく、考慮もなく、凄惨に、哂う。
今更、思うのだが本当に何者なのだろうか?
齢15と言うのはそもそも本当なのだろうか?
100人は死にますよ、と言った時のあの憐憫もなく正義もなく、ただニュースを伝えるキャスターのように確固不動に無機質ながらも
妖しく厭らしく、笑ったあの顔は恐ろしかった。
その姿は人としてどこか壊れている。
どこか外れている。
同情や嫌悪などの負の感情を捨て去り、ただ外れた道を歩く少女。
全てを哂いながら、ただ全てを観察するような眼。
その性は恐ろしい、しかし恐ろしいほど有能。
此方を恐怖に満ちさせておきながらも、非常に美しく魅惑的。
少女は魔術師というよりも魔女だ。
今もなお、この少女に対して若干の畏怖を抱かずには居られない。
その繋がれた少女の手の手袋の下には獣の爪があるのではないか、と思わずには居られない
「つまり?」
「はい、そろそろ戦う準備をしていてください、そろそろ貴女がこれから戦う場所を決めますから」
なんだか、暗黒地獄に引っ張られるような気分になってきた。
少女が幾手もの怪異の集合体のように思えてきた。
「………貴女に最初から捜査協力ではなく―――解決を依頼しておけば良かったかもしれませんね」
恐ろしいほど純粋な感想を述べる。
「そうかもしれません」
「でも」
「私って弱いですから」
6話 ハイパー桜さんタイム 中
「此処は?」
夜道を歩いて二人が辿り着いたのは
「学校のグラウンドかなにかですか?」
砂埃が立ちそうな乾いた大地だった。
その眼の前には大きな建物がある。
「そう、みたいですね。うん、此処がベストかな、此処のような平地であれば闇に紛れて襲われてもその前に気付くでしょうし。
ふむ、ちゃんと人の手が加えられているから、地脈、霊脈を使った隠遁甲を防げますね。
それに方角もよし、天地干の関係に基づく吉凶象意である尅応として戦うのにはばっちりですね。
時間的に陰気の比重が多いので、不利なままですが、これで正面切ってに堂々と死力を尽くして、ね。」
ここまでが私の仕事ですかね、と。
「最後に一つ言っておきますよ、バゼット・フラガ・マクレミッツさん」
「なんですか?」
「決して油断はしないように、最初に貴女が説明していた概念に日本という国は、須くその性質を最大限に引き出しています。
荒魂としての怪異。和魂として日本の神様にもなった【大百足】という日本古来の【妖怪】、【八百万の神】という存在として力を得て
このまま時間が過ぎれば大災害を引き起こす怪物と成り続けるでしょう。故に、切り札は最初から利用したほうがよろしいですよ?」
そして
「貴女がもしあれを単独で撃破できれば、そうですね、大昔だったら英雄として語り継がれることになるぐらいの偉業になりますよ」
怖くなってきました?
やっぱり逃げますか?
と、少女は言う。
だが、バゼット・フラガ・マクレミッツは
「それは、悪くない」
と苦笑した。
「戦士として英雄になれるのだとしたら、挑むのも、また一興」
「ふふ、言いますね」
「敗れたらあとはよろしくお願いします、貴女のことです、何か手はあるのでしょう?」
「いやぁ、実はもうないんですよねぇ」
と少女は実に人間らしい15歳の美しい少女の困り顔で言い返す。
龍神や蛇神が退治できない神様なんて私には倒せません、と少女は笑う。
「なら、やるしかないじゃないですか」
「やるしかないんですよ?それもこれも貴女の所為ですよ?2日前ならまだなんとかなったんですからね」
「……私の所為?」
「はい、あなたが大ボケしなければ、私の仕事も早まったんですし、被害も20人程度で収まったんですからね?」
バゼット・フラガ・マクレミッツ、事実を伝えられ、後悔の念に捕らえられた。
「いや、そこ落ち込むところじゃないですよ、むしろ―――怒ってください」
「え?」
「気付かないのは罪ですけれども、あなたは気付きました、では、どうします?」
「どうする?」
「人として人の死を嘆くよりも、まず、人として奮起してください、私が間に合わないせいで亡くなった方たちの為に仇を取る、と
死んだ方たちは尚、怪異によって囚われています、そして眷属として隷属させられ、犠牲者を多く増やす要因にもなっています」
「後悔する、という言葉は後になって嘆く、というのが日本の言葉の意味です。
貴女は今はそんなこと気にして戦う暇なんてないですよ?
それよりもさっさと全力だせるようにしておいてください」
「了解」
そしてバゼット・フラガ・マクレミッツはまたもや苦笑。
「貴女がまるで依頼人みたいですね」
「何言ってるんです?私が依頼人だったら、そもそも盗まれる前に犯人は死んでいますよ?」
「今年から、協会の執行者やめて、貴女の執行者になった方がいいかもしれませんね」
この戦いが終わったら、そうするべきでしょうか、とバゼット・フラガ・マクレミッツは冗談を言う。
「それ、プロポーズですか?」
「え?」
「というか、貴女、今、凄い死亡フラグ、全力で立ててますよ?」
「死亡フラグって?」
「映画とかでよくあるじゃないですか?「この戦争が終わったら、俺、結婚するんだ」とかいって直ぐ死んじゃう人」
「ああ―――ははっ」
バゼット・フラガ・マクレミッツは何が面白いのか、声をあげて笑う。
お腹が痛いほど壷に嵌ったのか、笑いを止めない。
笑うバゼット・フラガ・マクレミッツを楽しそうに少女は見て
「じゃあ、私が貴女に生存フラグ立ててあげます」
と、言って少女は手を繋いでいたバゼット・フラガ・マクレミッツを引き寄せ、顔を近づける。
キスだ。
「な、なにを…っ!?」
「私がちゃんとみててあげるから、勝って下さい」
確かこんな生存フラグどっかの漫画であった気がします。
それに目の前に愛した人がいれば、負けない、とかそういうフラグも立ちます。
と、美しい微笑みを湛える少女にバゼット・フラガ・マクレミッツは
「なるほど、一つ勉強になりました」
「ん?」
と、嬉しそうにしている少女にこういう。
「あなたは少女というよりも美少女、というやつなのですね」
「………」
美少女である間桐桜は恥ずかしそうに赤面した。
「もう、からかうのをやめてください、本当に―――好きになりそうですから」
「ところで名前が桜というのは教えて貰いましたが、家名はなんと言うのですか?」
「時間です―――そろそろ来ます」
「……っ!」
二人が立つ乾いた大地に突然、常人では立つことが出来ずにそのまま息を引き取るような
瘴気が充満する。
バゼット・フラガ・マクレミッツと桜はお互いの手を離し、身構える。
「ところで私に勝算は?」
「何を言うんですか、勝てるとか勝てないとか負けるとか負けないとか、そういうのはもう終わってます」
「なるほど」
と言いながらバゼット・フラガ・マクレミッツは周囲に自らの切り札である、黒いボウリングの玉のようなものを背に背負っていたバッグから取り出し
自分の周囲の中空に浮かべる。
「それが貴女の切り札―――逃げなかったのはそれがあるからですか?」
「いいえ、逃げないのは私が強いからです」
「なるほど」
「では貴女は離れてください、そして援護はいりません、私の専門はルーンの刻印魔術による、近接戦闘なので」
「そうですね、私そういう魔術使えませんし」
といって少女はテクテクと瘴気が向かってくる方向の反対に歩いていく。
その姿に眼をやらずにバゼット・フラガ・マクレミッツは自らの最強の一撃をいつでも放てるように構える。
相手の一撃必殺が来る前に後から先に一撃で葬るために。
自ら最強の切り札を起動直前にし、右手を拳にして待つ。
そして瘴気の大本が姿を現した。
大百足
その名に羞じない、まるで山のような巨大な百足の怪異が現れる。
赤黒いその体色は人の血で染まったように毒々しい。
そして多くの人々を食らっただけ、禍々しい。
それでも尚、音も立てず静かにバゼット・フラガ・マクレミッツを食らうためにゆったりと這うように迫ってくる。
その周りには幾多の死者の魂を変質させ、大百足の眷属として50体の本体よりも小さな百足が取り巻いている。
狙うのは大本。
「アンサラー」
そして大百足が顎を上げ。
雪崩のように自分の餌に口を開いて迫る。
そして
バゼット・フラガ・マクレミッツは
「フラガラック(斬り抉る戦神の剣)!!」
生涯最強の一撃必殺を狙う。
続く。
あとがき
桜さんの暗黒成分0でお送りしました。
魔女の本気、は次回に先送りですいません。
まずはダメットさんのダメットじゃないところを先に書きたかったんです。
でもなんか存在自体死亡フラグですよね。
普段駄目なヤツが自分の得意分野でとたんに格好つけるとか。