俺と鬼と賽の河原と。生生流転
もぞもぞと、俺の腹の上を何かが動いている気がして、俺は目を覚ました。
一体こんな休日になにが……。
と、目を開きかけた瞬間、それは俺の布団から唐突に顔を出した。
「ばあ!」
「……春奈か」
「うん!」
日曜の朝から元気なことだ。
こちとら駄目な大人で休日は寝て過ごしたいというのに。
しかし一体なに用か。いまいちぼやけた頭で考えていると、春奈はにっこり笑って俺に言った。
「遊ぼ!!」
うーむ、子供は元気だ。
むしろ年上の彼女と乳繰り合ってる由壱にも見習ってもらいたい元気さだ。
「……おーう。おー……」
「ねぼすけさんはだめなんだよ?」
「おー、うん、……よし」
俺が何とか身を起こすと、眼前には俺の太股に跨って、にこにこ笑う春奈がいる。
「遊ぼ」
「おう」
「うち来て」
「おう、着替えるからちょっと待ってろ」
俺は春奈を抱き上げるようにしながら立ち上がり、着替えを始めた。
無論いつものスーツだ。他に私服はないのかよと問われれば特にない。着流しにするかスーツかの二択だ。
こんなスーツだが、下詰の特製品であり、着ているにも理由がある。まあ、陰陽五行において俺が木気だから水気のスーツで強化と弱点防御という話だ。
まあ、そんな話はさておいて。
「あー、ネクタイむすぶ」
「お?」
と、まあ、そんな感じで。
「しゃがんで?」
「おう」
言われるがままにした俺に、春奈はネクタイ片手に鼻歌を歌いながらそれを俺の首に巻いていく。
「えい」
「ぐっ」
「できた!」
いま一瞬首が絞められかけたが僕は元気です。
と、意識が遠のきかけるも、うむ? 意外と上手いじゃないか。
「やるな」
「ネクタイむすびはおよめさんのひっすテクなんだって」
「ほう、誰から聞いた?」
「おかあさんところのおねえさん」
つまり、愛沙の同僚か。
まあ、こんなことなら可愛いもんか。
そんなことを思いながら、俺は春奈に連れられて愛沙の家へと向かったのだった。
其の一 俺と家庭。
春奈の部屋。
「で、なにするんだ?」
「んーとね、手品覚えたの」
「ほう、手品か」
子供は素敵だ。そのなんでも吸収しようという姿勢は凄まじいものがある。
「えーとね、ここに一枚コインがあるの」
「あるな」
アホの子と呼ばれた春奈とて、今尚日進月歩で歩みを進め、きっとあっという間に大人になっていくのであろう。
「それで、これをね? 手のなかにいれて……」
それが子供というものであり、それを寂しくも嬉しく見送るのが大人の役目。
「えい」
メギョッ。
そんな音を立てて春奈の手が握りこまれる。
「はい、なくなった!」
……しばらくは大丈夫かも知れんな。
「ハルナサン。タネと仕掛けは?」
「ない!」
はい、元気なお返事だ。
手品はな、種も仕掛けもあるんだよ!!
「コインは戻ってこないと?」
「うん!」
コインは塵となって消えたようだ。
そういや俺も似たようなことやった気がするが……。
これが俺に似てきたとかだったら嫌だな。確かに関わり合いの深い大人だとは思うが、しかし、春奈には何事も拳で解決する淑女にはなってもらいたくないものだ。
行為自体は必要ならばどんどんやれと言いたいが、嫁の貰い手がいなくなるだろう。
自分を一撃で捻り潰すことができる女と付き合う根性の持ち主を捜すのは難しい作業になる。
その難易度を更にあげるこたないと俺は思う。
「いやー……、お前さんは可愛いな、うん」
だが、手品を覚えて見せてくれたことに関しては評価だ。
その健気さはやはりいいものだ。
俺は彼女の頭をくしゃりと撫でた。
春奈は、嬉しそうに目を細める。
「……ん、わたし、かわいい?」
「おう」
「やった」
そう言って笑う春奈から手を離すと、彼女は少し名残惜しそうに俺の手を見るが、しかしいつまでも続けているわけにも行くまい。
俺は手を戻して、春奈に向かって笑った。
「で、次はどうするんだ?」
「ん! つぎはね!!」
果たして、何か考えていたのを思い出しているのか、元から何も考えていなかったのか。
考え込む春奈の頭は誰も理解することはできないだろう。
「かわいくなりたい」
「はい?」
意味がわからん。
「むねもんで!」
更に意味わからん!!
俺を犯罪者にすることがどうしてそう繋がるんだ。
俺を遠ざけることで真人間の道を歩もうというのか……、いや、よくわからん。
が、春奈内ではきっちり繋がっているらしく。
「おっきくしたい」
……そういえばそんな話もあったな。
この経験は二度目だよ。一回目の相手は娘だ。
「愛沙ー!! 愛沙ーっ!!」
俺は逃げた。
一体誰に聞いたのか、しかし、どう考えても教育に悪影響である。
「春奈の教育がヤバイッ」
二階の部屋から駆け下りて台所に立つ愛沙に叫ぶ。
彼女は面食らった顔で戸惑うようにこちらを見ていた。
「……え、っと?」
「いや、すまん、平静を失った。あー、アレだ、突如だな、春奈が胸を揉めとだな……」
「は、春奈が?」
流石の愛沙も驚いている。そりゃそうだ。
「胸を揉むとだな、大きくなるとか誰に聞いたんだか知らないが」
「胸を揉むと……、大きくなると?」
「まあ、本当か嘘かはわからんが、そこそこ本当っぽい感じではある」
「そ、それは……」
揉むだのなんだのは、彼氏と呼ばれる人種に任せておけと。
むしろ、そうではない男にそれをさせるのは些か以上の問題である。
こう、貞節とか節度とか言ったものが必要というか、春奈がうっかり少女性愛に騙されたりしたら俺はその男の首をねじ切らねばならぬ。
「その件については……」
愛沙は俺をまっすぐに見て口を開いた。
うむ、なんだかんだいってやはり母親に任せたほうがいい部分はある。まあ、なんだ、教えるのはいいが、こんな風に相談するのも大事だろう。俺ばかり先走っても良いことにはならんだろう。
さて、母親の裁定は、と待つ俺に。
何故か愛沙はその頬を赤く染めた。
「私にもしてくれると、助かるのだけれど……」
もじもじと、言う。
「はい?」
「大きくなるのなら、できれば私も……」
「いや待てい、何故だ」
どうなっているんだ一体。
いや……、愛沙も春奈も結局似たもの同士ということか。
どこか、世間知らずな空気はある。
「やっぱり、女性は大きい方がいいと思うので」
「いや、十分だろ」
銀子に謝れよ。銀子に謝れよ。
「で、では、あなたはどう思うので……?」
「……俺か?」
ふむ……、そりゃあ、世間一般の野郎の境地からすれば大きいのが浪漫……。
言いかけて、やめる。
色事について真面目に考えるならば、しっかりと己の答えを返さねばならないだろう。
俺は顎に手を当て思考する。
いや、だが別にこだわりはないしな……。
「大きさよりもやっぱり母乳が出るかどうかが問題か……?」
「ぼ、ぼにゅう、なので……?」
いやしかしよく考えると今の時代粉ミルクというものがあるのか。
ならばやはり関係ないか。
「それはまた……、ハイレベルな。いえ、でも努力したいと思うのだけれど、どうすればいいので?」
と、思い直す間もなく、凄い勢いで勘違いされていた。
「いや、すまん。忘れろ」
「いえ、だけれど……」
「そもそも子供が生まれた後の話だから、関係ねー」
「こ、子供……」
何を想像したのか、赤くなっている愛沙。
ああもうなんなんだ、こっちが恥ずかしくなってきたぞ。
「ともかくだな……」
春奈がそうやって胸を揉めだのなんだの言ってくるのは問題……。
「やくしー! なにやってるの?」
ああもう、元凶が来た。
「いや、愛沙とちょっとだけ話をな」
「そういえば、そんな話だったような気がするので……」
そう、激しく脱線しているのである、現在進行形で。
それをどうにか軌道修正しようとして俺は口を開いた。
「そうやって、誰彼構わず胸を揉めと言うのは良くないんじゃないかという話なんだが」
「はぁ……」
俺としては、そりゃ大変だ、という空気になるかと思われたが、どうも何故か反応が悪い。
何故だろうか、と思いつつ首を捻っていると、愛沙は当然のように口にした。
「それについてはあなたにしか言わないだろうので問題ないと思うのだけれど」
「へ?」
「でしょう? 春奈」
「うん!!」
ねー! と春奈と愛沙が微笑みながら頷きあう。
……釈然としねー。
これが乙女心か。
「あー、おかあさんごはん作ってる」
「ええ」
「てつだうー」
「ありがとう、では、そこの野菜の皮むきをしてもらえると助かるのだけれど」
「うん!」
そこはかとない疎外感を感じている俺を余所に二人は台所に立つ。
なんともまあ……、楽しそうな背中だ。
俺はこっそりと溜息を吐いて、二人の下に歩き出した。
「俺も交ぜてくれ」
「おー!」
「どうも。では、あなたは下ごしらえを――」
三人で立つ台所は広いような狭いような。
空気はひたすら生温く。
「あれか、家庭持つと、こんな感じなのか」
「家庭?」
不思議そうに彼女は俺を見た。
俺は苦笑を返してやる。
「ま、親父役が俺だと申し訳ないがな」
「……そ、そ、そうでもないと思うのだけりぇど」
ああ、噛んだな。
そんなことを思いながら、俺は苦笑を深めたのだった。
「まあ、悪くは無いな」
―――
スレが、スレが変わったからって、用意しておいたネタが変わるわけではない……!
返信
男鹿鰆様
流石に裁縫はちょっと指に触れて痛い位ですかね。昔は彫刻刀が指に突き刺さって立つなんていう状況もありましたが。
しかし、そろそろ薬師は建てたものの回収にでも向かうのかと。ここまで来て遂に。
とりあえず、お引越しは終わりましたが、相変わらずやることは変わらんです。まあ、とりあえず店主編ですかね。
つい先ほど(本当に更新寸前です)オリジナル板に男鹿鰆様の名前を確認しました。更新作業が終わったら拝見させていただきます。しかし、なんだかお恥ずかしい限りです。何かできることがあれば最大限協力しますので、なにかあればお気軽にどうぞ。
リーク様
さあ、お前のチョコを数えろ!! 薬師は吹き飛べ。果たして当日はどうなるのか。
とりあえずチョコの中に爆弾でも交ぜておけばいいんですかね。
あるいは青酸カリとか毒物でも。後は別の人間のものだと言って食べさせれば。
……いや、死なないか。これはやはり閻魔様にチョコを作ってもらうしかないですねわかります。
雪兎様
パソコンクラッシュは辛いですね。自分の場合小説も打てないですから、アナログ作業で右手首爆死でしょう。
……そうか、私は間違えていなかったのか。うん、店主可愛い。
いや、いっそもう間違い続けるコーナーもそれはそれで。BBA方向に間違えなければ。
薬師には感謝の印としてダイナマイトを贈っておきましょう。
1010bag様
最近寒さが緩んできましたが、雪がやたら降るようになって来ました。とは言え、積雪3メートルのところに比べればなんともないですね。
やはりぶきっちょさんが家に一人ほしくはありますが。むしろ先週辺りは封印解除でおいておきたいですが。
さて、今までとは一変して責める薬師。もう、草木一片残らない気がしてきました。
次回はバレンタインです。薬師爆発の予感。
wamer様
果たして速いのか遅いのかわかりませんが、そろそろ三百話くらいなのかなあ、と。
いやあ、藍音さん合流時とか懐かしいですね。あのころは私も若かった。
とか言いつつももう当時の自分なんて良くわからんです。いまいち変わってない気もしますが。
果たしてあの頃から一体何回薬師は爆発しろ、飛び散れ四散しろと言われてきたのか。
最後に。
さっき読み直してて気付いたけど、薬師は藍音さんにたてセタ着せてたわけですか。