俺と鬼と賽の河原と。生生世世
おい、誰か説明しろよ。
と、なったその日。
店には客が来ないので、説明する時間なら、幾らでもあった。
「姉? 妹? 本当なん?」
俺は、店主と少女を指差して問う。
こくり、と少女は頷き、店主も肯定を返した。
「そうだね。私とこの子は、姉妹ですよ」
「……なるほど?」
なるほど分かった、とりあえず、二人が姉妹だということだけは分かった。
「ところで、お客様は一体? もしや、この子とうふふな……」
「誰がこんなのと……」
「"こんなの"ですまんかったな。まあ、ただの護衛だよ」
「はあ、なるほど? それはそれは、妹が世話になっています」
「全くだ」
いつもの調子で、俺は店主と言葉を交わす。
このまま、軽い調子で事情説明もして欲しかったのだが。
そうはいかないようであった。
「今更、姉さん面して欲しいなんて思ってない」
「……そっか」
ああ、一体なんなんだお前さんらは。別に仲が良い訳ではないと?
いやしかし、妹は姉を思ってはいるようだった。
つまり、複雑な事情と言う物があるのだろう。
なんとなく察した俺は黙り込む。
「上げて」
「どうぞ、入り口はそちらだよ。私は……、この人が何か聞きたそうにしてるから」
「……うん」
店の奥から、居住空間へと入っていく少女を見送って、俺は店主を見た
「詳しく話を聞かせてもらいたいもんだが」
「うん……、そうだね」
其の十 俺と姉妹。
「話せば長くなるんですけど……、とあるところに、それはもう可愛らしくも美しい少女がいたんです。地獄生まれの、そこそこの家庭でした」
「……誰の話だ」
「いやだなあ、お客様、私に決まってるじゃあないですか」
「……続けろ」
そんな感じで、昔話は始まった。
「その美少女には妹がいました。その子も負けず劣らず可愛らしく誰の目に留まる美少女だったのですが、一つだけ問題があったのです」
そうして、店主は人差し指を立てて、俺に言う。
「……まあ、病弱だったんだよね。ありがちなことに」
その言葉には、店主のおちゃらけた空気は感じ取れなかった。
「それだけなら良かったんだけど、そのあと、彼女、病気を患ってしまって」
「病気?」
「うん。なんていうのかな、元から元気有り余ってるわけじゃないんだけど、使った体力が戻らないみたいなね」
つまるところ、霊にとってそれは消滅の危機ではあるまいか。
それは、店主本人の口から肯定された。
「霊ってエネルギー体みたいなもんだから、エネルギー切れしたら、消滅の危機、って聞かされて」
「ああ」
「治すにも莫大な金が要るけどどうしよう、と言われてしまってね? これが……、家族親戚一同、あっさり手の平を返してくれちゃったんだ」
なるほど。納得して俺は頷いた。
それがあのムラサキの善意への信用のなさか。
しかし、それでも彼女は生きている。いや、生きていると言うのもおかしいのだが、消滅していないと言うことは、だ。
「幸い、何年単位で余裕はあったんだ。後五年位って聞かされてたかな。姉の方は八方手を尽くしてみたけど駄目だった。治療にかなり特殊な消耗品を使うらしくて、宝くじで一等を二、三回当てないといけない額で。まあ、親戚もおいそれと協力できないのは分かるけど」
「それで?」
「姉の方は、だめもとで起業した。努めてた会社辞めて、貯金使って、一からね。半分自棄だった気もする。或いは手の平返した奴らとは違うと言いたかったのかもしれない。私は私なりに精一杯頑張ったって」
だが、結果はどうなったか。現在が示している。
「まあ意外と何とかなっちゃったんですけど。運がよかったのか、それとも死に物狂いが功を奏したのか。治療も成功したし」
簡単に言うが、そこにはそれだけの苦労があったのだろう。
俺は口を挟まず次の言葉を待った。
「それで……、治療も成功したから、私は社長を辞めることにしたんだ。もう、私にはいらない物だったから」
その際にね、と彼女はばつが悪そうに微笑んだ。
「妹に、社長職を上げることにしてね。地位があれば、親戚だって……、無碍にはできないでしょう?」
「……だろうな」
「でも、いらないことをしてしまったようだね。彼女は、狙われているのかな?」
「お前さんもだとよ」
すると、彼女は目を丸くして俺に問う。
「それは……、なんでだろう。こんな場末の喫茶店の店主を狙ったところで……」
「お前さんの妹の役職知ってるか?」
「社長ですよ、お客様。間違えるはずもないよ」
「社長代理だってよ」
「……え?」
店主は、驚いた顔をしていた。
まあ、つまりアレはこいつを待っていたのだ。帰ってくるのを。
「お前さん、どれだけあれと会ってねーんだよ」
「……起業して以来、ずっと」
「馬鹿め」
つうことは、ほとんど失踪したと言っていい位だろう、妹にとっては。
莫大な医療費を払い、そして社長職を寄越してきた失踪した姉。
そりゃ複雑にもなるわ。
「今だってな。あいつがお前さんを心配して探すって話だったんだよ」
「え?」
「せっかく安全な家があるってのに、あいつは自分より守るべき人がいるとか言ってな、一人ふらふら出て行きやがった」
「それは……、本当に?」
「マジだから困ってんだろーが。あいつ、病み上がりだってのに……、おい、どうした」
突如、顔を俯けて、口元に手を当ててしまった店主へと俺は問う。
「……ごめん。なんか、嬉しくて」
「……そーかい、ならそこの戸の所で聞き耳立ててる奴も喜んでるだろーよ」
言うと、がた、と音が響く。
驚いたように、店主はそちらを見ていた。
そして、しばらくのあと、諦めたように扉が開く。
「……気付いてたのね」
「護衛舐めんな」
そうして、俺を通り過ぎ、店主とムラサキが向かい合う。
「……姉さん」
「ふーちゃん」
「姉さんのバカ」
「うん」
「バカ」
「知ってる」
「……お姉ちゃん」
「……うん」
俺には理解できない会話だが、二人には色々あるのだろう。
ふーちゃんなどと呼ばれた少女は、目に涙を滲ませていた。
「お客様……」
店主はと言えば、不意にこちらを見て、儚げに微笑む。
「ふーちゃんのことを頼みます」
「あ?」
「やっぱり、私より、ふーちゃんを守ってあげてください。お願いします」
そう言われて俺は、笑顔を返す。
店主は同じ用に笑顔で頷いて。
「お断りだ」
「ええー……?」
「第一な、俺が何しに来たと思ってんだ」
「えっとじゃあ、何しに?」
「二人まとめて守りに来たんだよ!」
この姉妹面倒臭いぞ。
緑髪の店主と、薄紫な紫と真っ黒な俺で、店の机で作戦会議。
「で、事情くらいは話してもらえるんだろ?」
「それは構わないけれど……、本当にいいの? いや、守ってもらちゃって」
「顔面叩き割るぞ」
「ふーちゃん……! 護衛さんに殴られる……!」
「姉さんが悪い」
「えー?」
「姉さんは黙って守られてればいいの」
「守るのは俺なんだがな」
「……約束したもん」
それにしても、少しだけ、ムラサキは幼くなった気がする。
姉に会ってまあ、色々感極まった部分があるのだろうか。
「……一緒に守るって言った」
「……まーな」
拗ねたような声を上げられて、俺は抵抗を諦めた。
で? と俺は店主に話を促す。
「うーん、それで、なんで狙われているか、だったっけ」
店主の口調も、いつもより砕けて聞こえる。
まあ、客じゃないしな。
「狙って来てるのは……、叔父」
「あ、そうなんだ。叔父さんが、ね」
そうか、そりゃ人を信用できなくなりもするか。
「ついでに、副社長」
「うーん、彼もグルなのかぁ。参っちゃうね」
「ああ、なるほど、大体分かった」
概ね狙われる理由を悟って俺は二人を見た。
「つまり遺産相続と」
二人の声が重なる。
「「うん」」
ああ、まあ、やっぱりな。
遺産相続か。
地獄においては、早々遺産相続などありえない。既に死んでいるわけで、老いることなく、病気もそれこそムラサキのようなのは珍しい。
つまり、早々地獄の人間は居なくならないのだ。だから遺産相続はほとんどないのだが。
だったら、殺してしまえホトトギス、ということで。
死なないから遺産相続されないなら殺せば遺産相続ですよね、というあまりに単純すぎる答えだ。
社長に関することだってそうだ。引退などないも同然なのだから。
社長の気まぐれの隠居でもない限り、社長の椅子は回ってこないのだ。
「了解わかった。うむ、馬鹿野郎共め、無駄な迷惑掛けおって。顔面へこませてやろう」
「おお、私も副社長の顔面へこませたいなぁ」
「……私も、叔父さんの顔面を」
まあしかし、姉妹共に見つかったことだし。
「とりあえず、帰るか」
「……うん。お風呂入りたい」
「初めてのお泊り……! 楽しみだなぁ」
……まじで面倒臭いこいつら。
―――
思ったより長くなってしまう予感でまだ続きます。
返信
通りすがり六世様
つまり緑色と紫色は姉妹でセレブ……! そういうことなんです奥さん。
三回目にしてやっと今回のシリアスのメインヒロインと呼ばれる人が現れました。
まあ、一応店主とは言え、店主なりの考えで社長職を譲ったみたいです。まあ、半分くらい丸投げしたようなもんですけど。
それが幸と出たかと言われればそうでもなく、故にこその今の残念な状況ですが。
囲炉裏様
とりあえずどろっとした家庭環境だったみたいです。
そしてもういらないからあげる、って渡された会社の従業員達の可哀想なことこの上なし。
喫茶店が流行らないのは適当な扱いを受けた従業員たちの呪いなのか。
そして今回もっとも置いてけぼりなのは薬師。
男鹿鰆様
いやあ、危ういところでしたが意外と何とかなりましたね、店主の出番。
しかしぞんざいにボコボコにされて退場させられた剣士の人が余りに哀れ。確実に骨は二、三本いきました。あときっとトラウマも。
薬師が適当なセンス任せで戦ってるのに比べ、憐子さんのはモロに武術ですから、効率的人体破壊とかいうありがちな感じです。
ついでに、憐子さん内では薬師>家族>知り合い>>>>>越えられない壁>>>>>>その他なのでその他区分の人は戦闘するとぼろ雑巾確定します。
1010bag様
そこはかとなく正反対の姉妹です。明るいと言うかアホ風味なのと、静かな毒舌家のコンビで。
果たして薬師のフラグ同時建設的な何かが唸るのか。
一応内容的にはシリアスっぽいような空気ではありましたが、人選が人選なのでよく分からない方向に。
薬師>アウト。店主>明らかにアウト。紫>ギリセーフ。なので2:1でシリアス成分が負けていることが発覚しました。
最後に。
そして湯煙遺産相続殺人事件が始ま……、りません。