俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「さて……、帰るかとは言ったものの。憐子さんめ、えげつない結界張りやがって」
「何か問題が?」
首を傾げる店主に、俺は半眼で道を見た。
「方向感覚を狂わせたり、距離感を狂わせたり、幻覚を見せたり、空間繋げたりする結界が張ってあんだよ」
「それは帰れない的な意味で?」
「いや、腐ってもっつーやつで俺ならしばらく歩けば着く。が、絶対はぐれんなよ?」
「はぐれたら?」
何せ、こういう分野は憐子さんの得意技なのだ。得意すぎて本気で怖い。
「歩けど歩けど目的地に着くことは無く。一旦外に出ようと思ったら、出ることも敵わず。どうにかしないとと焦って、近くの家へと入ろうとすると、いつの間にか、呼び鈴を押す手が空を切る。気が付けば往来に立っていた。八方塞がり。後は狂って死ぬか、飢餓で死ぬかの二択」
「えげつない!」
「だから言ったろ。まあはぐれても探しにはいけるし、憐子さんに結界を解いてもらえば問題ないが面倒だからはぐれんな」
「了解です。ということで」
店主が手を伸ばしてきた。
「なんだその手は」
「いやだなあ、あなたがはぐれるなって言ったんじゃないですか」
「つまり握れと」
「YES! YES! YES!」
まあ、俺が言ったのは本当だ。
仕方ないので、俺は店主の手を握る。
すると、如何様に悪乗りしたのだろうか。
「さ、ふーちゃんももう片方に」
「……え」
「何の真似だ」
「はぐれたら面倒なんでしょう?」
「……まあ」
「ふーちゃんもこんなところで迷子になったら心細いよね?」
「……う」
随分とやってくれるではないか。
おずおずと伸ばされた手。
掴む以外の道が見えない。
「ったく……」
そして、しばらく歩いたその時。
「助げでぐだざい! もう悪いことじまぜんがらぁあ!」
「うわあ、黒服がキャラ崩壊してるね」
憐子さん。えげつない。
其の十一 俺と疲れる日。
「もう悪さしない?」
「……うん」
「私達のことは放っておいてくれる?」
「……うん」
「帰りたい?」
「……おうち帰りたい」
少女に泣きべそかきながらおうち帰りたいとか言い出す幼児退行気味の禿面色眼鏡は中々凄い絵面である。
「……帰してあげて」
「あー……、そうだな」
後味が悪いからな。
俺たちは一度来た道を戻って、黒服を外へと出す。
「ほら、帰れよ」
「……うん、ありがとぉ」
と、その時、黒服の懐から軽快な電子音が。
携帯か。
「もしもし? ……うん、うん、それが、行こうと思ったら、うん、いけなくて、帰ろうと思ったら出られなくって。今は、あ、出れてる。出れてる……、ああ、問題ない、予定通り、計画通りだ、ああ。ターゲットは俺の策略にまんまと嵌って外だ」
電話の途中、しおれていた黒服が段々しゃっきりしてきて――。
なんか本職の殺し屋っぽい空気を出し始める。
「一瞬で調子乗った!」
「悪いな。君達に恨みはないが、裏で安くない金が動いてるんだ」
「おい、ちょっとお前さん、ほら、一歩踏み出せよ、この一歩踏み出したらまたあの素敵な空間へ」
やっぱり出すんじゃなかったと思って俺は背中を押そうとしてみるも。
「やめてよッ!」
「あ、すまん」
完璧に精神的外傷である。からかってたら突如切れた同級生みたいになってしまった。
「と、とにかく、とりあえずこの女性は攫っていく!」
「あ、おい、ちょ」
「いつの間に私はこんな人気者になっちゃったんでしょうねぇ……」
「抵抗しろよ!」
「さすがにプロ相手だとちょっと……」
確かに、それもそうだ。
大男に引きずられていく店主。そのまま車に引きずり込まれ、扉が閉まる。
俺が動き出そうとする中、無情にもその車は発進した。
「うーむ……、俺はあれ追っかけてくるからお前さんはここで待ってろ」
車で攫うということは、すぐに殺すというつもりはないようだ。
というか、しかるべきところで殺したいというのが本音だろう。
ここで死ぬということは魂が消滅するということであり、跡形もなく消えてしまう。
消滅したことが証明できないと遺産相続はかなり面倒くさい。
前回のムラサキは、出社後にビル倒壊に巻き込まれ死亡、みたいな感じでいい。
ビルに入っていったのを数人が目撃している。裏切った社員が口裏を合わせて証言してくれるだろう。
が、行方不明だった店主がひっそり息を引き取ったとして、果たして誰が消滅したと証明するのか。
人前で、とかそういった条件が付くのは仕方のないことだった。
要するに、店主という人間が発見されたと運営に報告した上で、不慮の事故で死亡、が最高の筋書きだろう。
「ま、少なくとも一刻は争わないか」
そのまま俺は、車を追って走り出したのだった。
「さて、私はどこに連れて行かれるのかな?」
「とあるビルだ。あんたの妹の会社のな」
「ふーん? いやあ、しかし、死にたくないなぁ。だめかな?」
「……俺はクライアントの指示通りに動くだけだ」
車内の後部座席で、手を縛られたりすることも無く、店主はぼんやりと座っていた。
「うーん、プロっぽい台詞だねぇ。所で、縛らなくて大丈夫?」
「あんたはここで暴れたところで盛大に事故って死ぬだけだって分かってるだろう。後部座席のドアはロックさせてもらっているし、素人に出し抜かれるほど甘くはない。から、あんたの取れる方法は相打ちだけだ。運任せのな」
「……出れない路地」
ぽつりと店主が呟いた瞬間、男の体が大きく震えた。
運転も不安定になり、右へ左へと蛇行する。
「……やめろ」
「無限回廊」
「ひぃっ!」
さすがに、これ以上は本当に事故を起こしそうなので、店主も自重することにした。
しかしまあ、今すぐに脱出というのは無理なのだろう。信号で止まったところで、助手席に移動してから外に出なければならない。
ならば、どうしたものだろうか。
そう思った瞬間。
何かを轢いたかのようなえげつない音があたりを支配した。
思わず、前を見ると、そこには。
「ひいいいいっ!」
「やったね黒服ちゃん、トラウマが増えたよ」
思わず店主は呟く。
そして、容赦なくフロントガラスに何かが振り下ろされるのを見た。
それは、拳だ。
一瞬にして放射状に罅が広がり、前は見えなくなった。
シュールなことに、腕だけが、フロントガラスを突き破ってこちらに出ている。
「……いらっしゃいませ?」
「客じゃねーし店でもねーだろ」
ひらひらと、手が遊んでいた。
「……抜けねー」
いやはやなんとも。
生涯最大の危機といってもよかった危機を乗り越えて、俺は来た道を戻っていた。
まさかあそこで硝子から腕が抜けなくなるとは。
「さて……、合流して帰るか」
「なんというか、ごめんね? 手間掛けさせちゃったみたいで」
「いや、こんくらいはな。後は帰れば問題ねーし」
そして、俺達はムラサキを置いてきた路地に差し掛かり――。
「……いねーし」
人気のない路地裏に、壮年の男と少女が一人ずつ。
「どうするつもり……?」
「お嬢様には悪いがね、死んでもらいやす」
「……そう」
想定通りの結果ではあった。無理矢理腕を取られて引きずられているこの状況。
彼女の腕力では振り切れないのは明らか。
元々彼女は病弱であり、そういったことは苦手なのだ。
無理矢理腕を振りほどくこと、走って逃げること、逃げ切った後目的地まで辿り着くこと。
その全ての手順が実行不能だ。
奇跡的にどれか一つ上手く行ってもその後は確実にしくじる。
50メートルを二十秒で走った後横に倒れこむ極めて低い運動能力が成せる技だった。
「全く、そのまま殺せばいいというわけでもない辺り、面倒ですな、遺産相続というやつは」
「……興味ないわ」
「でしょうな。お嬢様としちゃ。俺にも興味ありやせんぜ。ま、人間目先の金で人を殺せるもんでして」
「……最低」
「そうです」
男が頷いた、その瞬間だった。
ずぼっ、と激しい音を立てて路地の壁から腕が生えてきたのは。
「うわあ! うわあああ! うわああああああっ!!」
その手が男の首根っこを捕まえて、引きずり込むように壁に引っ張る。
そりゃあ慌てもする、と少女が早鐘を打つ心臓を収めようとしたところで、壁が崩れて見慣れた男が出てきたのが見えた。
「……どこから出てきてるの」
「戦術的判断だ。待ち伏せ……、的な、まあ……」
ごみの様に男を投げ捨てて、それは少女を先導して歩き出した。
「姉さんは」
睨み付けて、少女は問うた。
男は先ほど、姉を助けに行ったばかりだというのに、それを放り出してきたのかと。
「助けた。だからお前さんを追っかけてきたんだろーが」
「……ありがと」
照れくさそうに言った少女に、男は振り向きもせずに右手を上げて答えた。
「これも仕事だ」
「それで、姉さんは?」
「一時的に店に置いてきた。とりあえず棚の中に隠れてると言ってたぞ」
そうして、着いて行くと程なくして、姉の店に辿り着く。
扉に付けられたベルを鳴らして内部に入ると、男は無遠慮に中に入っていく。
「さて、この棚に隠れてるって話だ」
カウンター下の広いスペースのある棚。
確かに座り込むか寝転がれば、人一人くらいは余裕だろう。
薬師はそれを開いて――。
「……居ないけど?」
「またかよ!!」
「私は、またどこに連れて行かれるんだろう」
「言わなくても、分かっているくせに。少なくとも、墓場って事は」
女の腕を引いて、男は呟いた。
これから、依頼者の指示通りの場所に連れて行き、その先は当然、殺すのだろう。
「ま、自分の不幸を恨んでくれや」
「今日で、攫われるのは二度目なんだけどね」
「そりゃ運が悪いな」
「そう思うなら開放してくれないかな? 駄目かな?」
「仕事だからね、こっちもさ」
「そりゃ仕方ない」
だろう? と、男は歩を進めた。
「そういやあんた、棚に隠れてるとき何か書いてたみたいだが、ありゃなんだ? 置手紙でもないようだから特には何も言わなかったが」
「大した物ではないから、大丈夫だと思うよ。なんなら見るかい?」
「一応見せてもらおうか?」
男は空いている手で紙を受け取る。
そして、内容を見て驚いた顔をした。
「こりゃあ……。いや、こいつは返すぜ。確かに、俺の仕事の範疇じゃない」
折りたたんであった紙面を綺麗に畳み直して男は女に紙を返す。
「俺はあんたをクライアントの下に送り届けるだけだ。そしたら、適当な方法であんたを殺してくれるだろう」
「そっか、参るね。モテる女って」
「ま、そういうことで、おとなしくついてきてくれ」
と、男がそう言ったとき、手がすべってするりと女の腕が抜けてしまった。
「おっと、逃げようとか思わないでくれよ?」
すぐに、男は手を掴み直し、言葉にする。
「あんたは殺せないが、走って逃げたところで、本職に敵う訳がねえ」
しかし。
果たして彼女の腕は、こんなに硬かっただろうか。
振り向く男。
視線の先には、謎のスーツの男が立っていた。何故か肩に薄紫の髪の少女、ターゲットその二を乗せながら。
「……えーと、誰?」
「護衛だよ!」
既に拳は眼前に迫ってきていた。
なんとか、二人を無事に救出することに成功した俺である。
どっちかを放っとくと危ないので、仕方ないからムラサキは肩に配置である。
「なんなんだろうね。お前さんたちあれか、茸王国の姫様か何かか」
「うーん……、なんともコメントし難いですねぇ。とりあえず、茸食べて大きくなってみる?」
「赤くないんで無理だな」
しかし、それにしても。
「どうすっか」
溜息でも吐くように、俺は呟いた。
「帰るんじゃないですか?」
「ただまっすぐ帰るってのも危ない気がしてきたんでな」
どうやら感知したところによると、帰り道には山ほど敵がいるらしい。
その程度物の数ではないわと言いたい所だが、そういう油断が敗北に繋がるのは分かりきったことだ。
俺は大丈夫でも、敵を倒したら背後で護衛対象が逝ってました、なんてのはちょっと困る。
なんせ一般人。狙撃がでこに当たったくらいで死ぬのだ。
流れ弾でもさっくりである。敵の規模も分からんしな。
果たして、一番安全な護衛法とは何か。それは、敵に会わないことなのだ。
そりゃ、護衛だ脱出だ、つって来る敵片っ端から切り倒すのは楽だが、今は法と秩序の政府側だからなぁ……。人命に気を使わなけりゃならんし。
竜巻呼んでそれに乗って帰ればRPGも銃弾も弾き返してやるが、やっぱり論外だ。
余裕がないなら仕方ないねで済むのだが。
「ま、できるだけ、安全に振り切るに越したことはないのは確かだな」
生憎と、余裕はそこそこ有り余っていたのだ。
「……相手は、向かってきているのかしら」
「そうらしいな。ここらにいるこたばれてんだろ」
偵察役がちらほらいるようだ。幾人かが、遠くからこちらを伺っているようである。
「偵察役を気絶させて撹乱して……、いや、いっそ利用するか?」
「……どうするの?」
「どこかに集めてこっそりと抜け道を抜ければ、包囲網脱出じゃないか?」
「……なるほど、でも、どこに?」
首を傾げるムラサキに、俺は考えを巡らせた。
「望ましいのは、人が多いところだな。後は、ちょっと予想外な出口があれば最高だ」
引き付けて逃げるに当たって最適な場所。
人が多いと相手も早々仕掛けては来られまい。そして、そのまま逃げ出せるというのが肝心だ。
引き付けたその先が袋小路では話にならん。
「……そんな都合のいいところ」
ムラサキが、そう言って否定しようとする中、ふと、店主が声を上げた。
「あそこなんてどうだろう」
そう言って指差したのは。
「あー……、確かに人は多いな。うん、多い。そして、柵に囲まれているからそれを越えられればどこでも出放題だな。しかも敷地が広いから、柵のすべてを包囲できない辺り、完璧だ」
だが。
それは。
――遊園地。
俺の死亡フラグである。
―――
遅くなってすいません、六時間の死闘の末、家の裏の3メートル級の雪山を排除した際に右手を負傷したと思ったら次の日風邪引いてました。
しかも、せっかく中々溶けない家の裏の雪山を除雪して後は春を待つのみと思ったらまた雪が降ってきました。積もるレベルで。しかも今後一週間天気予報に雪のマークしか見えません。希望が見えません。
春が来ません。春に備えて家の裏に埋まってた自転車を救出したと思ったら屋根の雪が落ちてまた埋まりました。
本編は遊園地にも来たことですし、次回クライマックスです。
返信
通りすがり六世様
お互い気遣いすぎて最悪の方向に転がった結果です。
なにせ、社長職を譲ったからムラサキは狙われ、姉に気を使って、社長代理ということにしたから、店主にまだ実権があり、店主が狙われると。
仰るとおり、話し合いは大事ですってことですね。二人同時に狙われたから薬師がこんなに苦労……、ああ、なら結果オーライで。
二人して面倒くさい性格した結果、一番面倒くさい目に合うのは薬師ということで。
男鹿鰆様
二人同時に守った結果がこれだよ! っていうか一人ずつ守ったらこうなったって感じですかね。行ったり来たりを繰り返す。
流石にフラグ立てる時なだけあって、薬師の格好良さに補正が掛かります。流石建築士、仕事のときは熱意が違う。
次回の薬師は格好良さを保ってくれるのか。不安なところではありますが。
遊園地と言えば戦闘フラグですし、次回はやっぱり戦闘です。
1010bag様
フラグ一級建築士が仕事の時の顔になったようです。今回若干アレでしたけども。
完全にホラーものの様相を呈した登場シーンが二、三度ありましたが気にしない。
あんまり、姉以外に優しくされた事もないという心の隙間にぐいぐい踏み込んでいく薬師の勇姿が見れそうです。
ついでに、あのお薬の使い道は正直色々ありすぎて困りものですね。ネタなら幾つもあるのですが。
最後に。
遊園地倒壊の危機。