俺と鬼と賽の河原と。生生流転
俺が受けた依頼。それはとある企業の社長代理である少女を守りぬけというものだった。
その社長代理は愛想というものが異常に欠落していたわけだが、その少女を守って走り回ったりしているうちに新事実が発覚する。
行きつけの喫茶店の店主は、彼女の姉で、本来の社長だったのだ。
俺は二人を守り――、とまあ、あらすじにするならこんな感じの非常に真面目な話になるはずなのだが。
「ねえ、次はあれに乗ってみないかい?」
何故俺達は遊園地で遊んでいるのだろうか。
「待て。この年でメリーゴーランドはきつい。俺も、お前さんもだ。ムラサキならまだましかも知れんが」
「デリカシーが足りないなぁ。ねえ、ふーちゃん」
「似合うと言われるのも馬鹿にされている感がある」
「圧倒的戦力差を感じるぞ」
「さ、乗ろうじゃありませんか。とりあえず、お客様の前に跨るんで、先にどうぞ」
「客じゃねー。あと何勝手に恥ずかしい乗り方進めてんだ」
楽しそうなのはいいんだがな。
「私はあなたと一緒には乗らない」
「別に乗れとは一言もいってねーよ」
「ささ、行きましょう、護衛さん」
そうして、俺は店主を前に、作り物の馬に乗ることになったのだった。
なんでだ。
其の十二 俺と素敵な遊園地。
「次はあそこ行きましょう、ね?」
「……遊びじゃない、はずなんだがな」
「よいではないかよいではないか。どうせ集まってくるまで暇なんでしょう?」
まあ、確かにそうなのだ。
引き付けて一気に逃げることで包囲網を突破。
そしたら簡単に家まで着けるって寸法だ。
さすがに遊園地内部でまでは事を起こさないだろうので、奴らは入り口付近に集まることだろう。
そりゃ柵とかにも配置はするのだろうが、完全に包囲するには些か敷地は広い。
つまり、その手薄になった場所に突っ込めばいいわけだ。
「じゃ、そういうことで」
そう言って店主が向かっていくのはお化け屋敷だった。
うーむ、懐かしい。いい思い出がない。
そもそも、この遊園地自体、いい思い出がないのである。
最初はそう、前さんと出向いて事件に巻き込まれ、二回目はビーチェに腹を刺された。
三回目は……、一体どうなるやら。
「まあ、いいけどな。ところで、お前さん、こういうの得意なのか?」
迷わずお化け屋敷に向かう店主に俺は問う。
の、だが。
「いや全く。むしろ凄く苦手かなー、なんて……」
「……ムラサキは?」
ムラサキは、青い顔でふるふると首を横に振った。
……。
「誰も幸せにならねーじゃねーかっ!」
叫んだときにはもう遅い。
俺達は既にお化け屋敷の中へ押し込まれてしまっていた。
……そして何故か、両手を掴まれている。
「歩き難いぞ」
「まあ……、その、お約束って事で」
「……護衛は護衛対象を守るのが仕事だわ」
まあその通りだが。しかし、お化け屋敷にびびる雇い主と手を繋ぐのは業務外だと思う。
そうやって、俺が半眼になりながらも暗い室内を歩いていると。
それは唐突に。
血まみれの女が、俺達の前を横切った。
「ひにゃあっ!」
果たして、どちらにも似合わないそんな声を上げたのは誰だったか。
「……店主、抱きつくな、歩けん」
「いや、無理。無理だね。無理」
「そうかい。で、ムラサキは?」
反応のないムラサキの方を見ると。
「っ……!」
目を見開いて固まっていた。
「おーい」
「……何」
「いや、とりあえず進むぞ。進まんことにゃ、出られもせんからな」
なんで入ったんだ、まったく。
俺が完全に呆れて歩いていると、今度は背後からいきなり破裂音が響いた。
「……ひあっ!」
今度はムラサキに抱きつかれる。
何か喋ったら泥沼臭いので、俺は何も言わないことにした。
いそいそと、離れていくムラサキ。
……しかし、なんとも言い難いがムラサキの女の感触のしないこと。
右見て、左見て。
似てない姉妹だな。どこが、とは言うまい。
と、次の瞬間。
「「ひゃあっ!」」
床から突然のっぺらぼうが現れて。
俺は両側から抱きつかれていた。
と、まあ、そんな感じで遊び呆けて。
「……うぇ。コーヒーカップで酔ったみたいだ」
「馬鹿か。馬鹿め」
「姉さんは……。あんなに調子に乗って回すから」
「回さずにはいられなかったんですー」
「馬鹿だ」
まあ……、楽しそうで何よりということで。
しかしこいつら、遊園地に来てお化け屋敷も絶叫もダメと来た辺り、凄まじいと思う。
それでも乗る店主はどう考えてもマゾい。
「んー、楽しいなぁ」
「そうか?」
自爆を重ねただけだった気がするが。いや、やはり被虐嗜好……。
と、思ったが、店主は無駄にしみじみとしている。
「そりゃそうですよ護衛さん。いやあ、人と一緒にこういう場に来たことがなくってね」
「ぼっちめ」
「それに、ふーちゃんとこうやって遊びに行くの、夢だったから」
「そりゃ良かったな」
「いやあ、もう、思い残すことはないね、うん。いつ死んでも大丈夫っ」
「縁起でもねー」
呟いて、俺は今度は店主と逆の方向を見る。
「なんとか言ってやれ。そこで照れてるムラサキさんよ」
「……照れてない、よ?」
どう考えたって照れてるだろうに。口調もなんだか幼い感じに戻ってるしな。
「かわいいな、ふーちゃん」
俺がからかうように言うと、ムラサキは怒ったように顔を赤くした。
「照れてないっ。それに、可愛くない……」
「えー? ふーちゃんは可愛いよね、護衛さん」
「そうだな。可愛いよな、店主」
「可愛いよ」
「可愛いな」
「……や、やめてよっ、お姉ちゃんっ」
そうして、俺と店主は顔を見合わせ笑い合って、満足した。
「ま、そろそろいい感じに集まってくれたみたいだから、何か乗るなら次が最後だぞ」
俺は空を見上げて呟く。
いい感じに敵が集まってきてくれたようだ。
風の届ける情報に俺は耳を傾けつつ、二人を見る。
「じゃー観覧車にでも乗りましょうぜ、兄貴」
「俺は兄貴じゃないぞ。お前さんらは姉妹だが」
「いいんじゃない? ふーちゃんだって兄さんが欲しいよね?」
「……いらない。嫌い。最低」
照れているのか、本当なのか、判然としないがこいつの嫌いとか最低とかは半分は口癖だろう。
「おー、そうかい。で、観覧車か」
「うぇい。そーですよ。観覧車です。遊園地の締めにどうぞ」
「まあ、なんとなく分からんでもないが」
異論もない。
ここで、飛べるし観覧車に乗ったところでどうとも、みたいな不粋な台詞は言わない。
それに、自分の力ではなく中に浮くのはそれはそれで趣がある。
というわけで素直に観覧車に乗り込む。
「……リア充死ね」
その際に係員にぼそりと呟かれた言葉は中々の威力があったが、それはおいておいて。
「いやあ、しかし」
「なんだよ」
そして、動き出した観覧車の中で、店主は不意に呟いた。
「私って高いところ超苦手なんだよね」
「弱点多いな!」
「うーん、いや、でも、ほら、隙がない女より隙のある女の子の方がもてるじゃないですか」
「そもそも相手は?」
じっと、店主が見つめてくる。
「俺はお前さんの名前すら知らないからな」
「ああ、そういえば。じゃあ、この件が無事に終わったら教えてあげますよ」
「いや、だからってお前さんの思う展開にはならねーからな」
と、そんな風に会話していると、唐突にムラサキが割り込んできた。
「……姉さんに彼氏は不要」
「えー? なんで?」
「えっと……、たぶん男の方が苦労するから」
うむ、確かに同意だが。まあ、この台詞は所謂お姉ちゃんを取られたくないってやつなのだろう。
誰も取らないけどな。引き取り手がいないんじゃ。
「そういうふーちゃんは?」
俺がぼんやりと益体もないことを考えているうちに、店主の標的はムラサキへと移動していた。
「ふーちゃんにはボーイフレンドとかいないのかい?」
「……いない」
若干照れ気味にムラサキはそう返す。
「可愛いのになぁ」
「会社で、忙しかったから……」
「あ、ごめん」
「……いい。私には、いらない」
「んー、そっか。でもまあ、うん、ほら、丁度そこに手ごろな男の人がいるよ」
「そう言って俺を指すな」
「……やだ。嫌い」
「傷つくわ」
まったく、楽しそうで何よりだぜ。
暗殺者に狙われているとは思えないほのぼのっぷりだ。
「そろそろ頂上だね」
「……ん」
このまま何事もなく、過ぎ去ってしまえばいい。
と、俺は思ったのだが。
不意に、爆音が響く。
あれ、これやっちまっただろうか俺。
爆発は直下。
観覧車が、ゆっくりと倒れていく。
「……え?」
「わお」
驚いている二人に構っている暇はない。
とにかく小脇に抱えて、俺は扉を蹴飛ばして外へと飛び出した。
「二回目だぞ!!」
何が二回目って、倒れる巨大建造物を走るのがだよ。
確かに考えてみれば、観覧車で殺せば係員が目撃している。
つまり、死んだ証拠が作れて纏めてやっちゃっても遺産が貰える仕様だ。
「護衛さん護衛さん」
「なんだ!」
「私、高いところ苦手なんだけどなぁ……」
「顔が真っ青!!」
しかし我慢してもらうしかない。
おれは、観覧車のでかい柱を走って地面へと向かう。
もう角度は90度を越えて今にも倒れこみそうだ。
狙撃を恐れて、むやみに飛行はしなかったのだが。
今回はRPG撃ち込みとかもなく、俺は平和に着地することができた。
「よっとぉ!」
そして、そこに倒れこむ観覧車。
これをそのままにするのは不味い。俺達が潰れるし、他に人も居る。
つまり。
「させるわけには行かないだろっ!!」
二人を抱えたまま、俺は観覧車に向けて走った。
走って、そのままそれを俺は。
――蹴り飛ばした。
「おらぁッ!!」
観覧車の重量対俺の脚力は、俺の脚力が勝る――。
倒れこもうとしていた観覧車は、進行方向を反転させて倒れていく。
反対側は山だから大丈夫だろう。
多分。
「よし!」
しかし、遊園地で仕掛けてくるとは一体どういう了見か。
随分と大胆だし、よくもまあ、遊園地に土壇場で爆弾なんて設置できた物だ。
まあ、とは言えどんな了見があろうとも、やることは変わらない。
とりあえず逃げとけという話である。人も集まってきたし。
ざわざわと俺達を眺める人々もいる。これ以上は面倒だ。
だから、一応言っておこうと抱えた二人に言葉を向けた。
「とりあえず逃げるぞ! このまま家まで行けばあとは問題ない、は……、ず?」
の、であるが。
一体これはどういうことか。
店主も、ムラサキも一様に目を見開いて驚いている。
だが、それも無理からぬことであろう。
ああ、仕方がない。
なにせ。
俺達の周囲に集まっていた人間全てが俺達に銃を向けているのだから。
「……つまり貸切だったと」
間違いないな、これは。元から相手はここに俺達を追い込んで始末する気だったのだろう。
よく考えてみれば、そんな感じの配置だった気もする。
そして、追い込まれた記憶はないが、のこのこと入ってきちまった間抜けが俺達である。
なんというか、遊園地関係者にはごめんなさいしないといけない気がする。
「楽しんで、いただけましたかな」
そんな台詞と共に現れたのは、スーツの中年だった。
細い体に胡散臭い笑顔。
「……副社長」
恨みの篭った呟きを、ムラサキがする。
俺は二人を下ろして、その副社長とやらと対峙した。
「中々やるようですな、護衛君。思ったよりてこずってしまいました」
なるほど、これが主犯格か。
「副社長。すぐに銃を下ろしなさい」
「おや、社長代理殿。これは異なことを仰る。既にあなたは私に命令できる立場ではないことを自覚しなさい。私がやれといえばあなた達の存在など簡単に吹き飛ぶのです」
悔しそうに、ムラサキが歯噛みする。
そうしてから、副社長とやらは店主へと視線を向けた。
「どうも、社長。お久しぶり。驚きましたよ、まさかあなたが場末の喫茶店など開いているとは」
「お褒めにあずかり光栄、かな? 参っちゃうねまったく」
「本当に、あなたを探し出すのには苦労しました」
副社長が手を上げると同時に、暗殺者達が一歩前に出た。
「でもこれであなた達を社長と、社長代理と呼ぶことはなくなります。そうだ、あんたらを殺して社長の椅子は俺の物だ……!」
いやあ、もうこれ暗殺じゃないよな。
じゃあ明殺なのか。いや、明殺ってなんだよ。
「ではさようなら」
と、いい加減どうにかしないと不味いな。
不味いよな。
そうして、俺が動き出そうとしたその時。
「待って」
店主が不意に声を上げた。
「……まだ何か。命乞いなら聞きませんが」
「いや、命乞いって言うか……。妹と、この人の命だけは勘弁してくれませんかね、という奴で」
そう言って、彼女はムラサキを指差し、次に俺の肩を叩いた。
……一体どういう流れだこれは。
「何を馬鹿なことを。社長代理が社長になったら意味ないでしょうが、馬鹿か」
「ところがどっこい、そうでもないんだな、これが。これが何か分かるかい? 副社長」
そう言って、店主はバーテン服の懐から紙を取り出した。
「なんです、それは」
「遺書さ。ここに、死んだら社長職は副社長に、遺産は叔父さんに渡します、と書いてあるんですよねー」
「ははぁ、なるほど……」
「これで私が死ねば契約成立ってことで」
「おい、店主」
明るい声で話す店主に俺は声を掛けるが。
店主はいつものように明るく、こちらを見て笑っていた。
「私のためにこれ以上無理しなくていいんですよ。今日は楽しかったし。言ったでしょう? もう思い残すことはないかなって」
「店主」
「ってことで、最後にお願いがあるんですけど、お客様。これを使ってくれないかな?」
そう言って、店主は俺へと一丁の自動拳銃を渡してきた。
「姉さん!」
「いやあ、悪いとは思うんだけど。自分で引き金を引くのは怖くって」
「お姉ちゃん!」
ムラサキが声を上げても店主は無視した。
俺は、受け取った銃を握って、店主に問う。
「この程度なら俺がどうにかするが?」
だが、店主は首を横に振った。
「もう迷惑掛けたくないですから」
「迷惑じゃないと言ってもか?」
「なんか、生きているだけで迷惑みたいで」
そう言って、店主は酷く悲しい笑顔を見せた。
俺は、今一度問いを放つ。
「本気かよ」
「マジです。これが、一番いい解決法だよ。少なくとも私の頭じゃ何もうかばなかったから」
「そうかい。まあ、当事者が言うならそうなんだろ」
そう言って、俺は片手に持った銃を店主の額に突きつけた。
「じゃあ撃つぞ、いいな」
「はい」
「撃つぞ?」
「うん」
「本当に撃つからな」
「……はやくどうぞ」
「じゃあいくぞ」
「……はい」
店主が頷く。
「お姉ちゃん! もうどこか行っちゃやだぁ!!
ムラサキの悲痛な悲鳴が響く中、俺は、迷いなく引き金を引いた。
そして、銃声が響き渡る。
「ごがっ!」
瞬間。
俺の額に激痛走る――。
「……超痛ぇ」
弾丸でこに当たったんですけど。
引き金引いた瞬間、銃の上、スライドつったか。その部分が二つにぱっくり割れてバネとかが飛び出した挙句何の因果か銃弾は斜め後方、俺の額に直撃したのである。
うーむ、とっても痛いぞ。頭蓋骨に穴とか空いてないだろうか。
……これだから遊園地は。
俺の額はどろどろである。
まあ、端から風の予測で店主に弾丸が当たらないことだけは分かっていたのだが。
「……えっと?」
「こめかみとかに銃突きつけて自殺するような映画があるが、頭蓋って意外と硬くて銃弾弾いてくれたりするらしいぞ。今の俺みたいに。痛い割りに死ねないらしいからおとなしく口に銃口突っ込んどけって話だ」
俺はそう言って銃を放り投げた。
「ってことで、銃は使いもにならなくなっちゃったんで殺せないな、うん」
「いや、えっと、その?」
混乱している店主に、丁度いいとばかりに俺は更なる言葉を向けた。
「ついでに、遺書ちょっと貸せ」
「あ、はい」
混乱しているからか、店主は素直に渡してきた
よし、そいじゃ。
俺はポケットに手を突っ込むと中から小さな箱を取り出した。
名を、マッチという。
「じゃ、そういうことで」
俺は、容赦なく遺書を燃やす。
うむ、よく燃えた。
白い紙は次第に形を失い黒く消えていく。
驚いた顔をしていた店主がやっと立ち直り、俺へと抗議の声を上げた。
「な、なにを馬鹿なことをっ。これで綺麗さっぱり終わるはずだったのに……! 君は、どうして――」
その声を遮るようにして、俺は言った。
「――私のことはいいんですっていうその面が気に入らねえ」
元から、一寸たりとも、消滅させてやる気などありはしないのだ。
「良かねーんだよ。そこのムラサキも、俺も良かねーって言ってんだよ! 何勝手に自分だけで自分に見切り付けてんだよ馬鹿野郎」
「私は……」
「助けてって言えよ。早く言え。お前さんはその台詞を、言ってもいい」
ムラサキが病に伏したとき、誰も助けてくれなかったのだろう。
そしてその後は一人で生きてきたのだろう。
「……いいんですか? 助けてって言っても」
「助けさせろ」
「多分、面倒くさいよ? 私」
「知ってる」
「そっか……」
今助けを求めたとして、誰がそれを否定できる。というか否定する奴は俺に蹴られて死ね。
「言えよ」
「……うん」
俯いていた店主が俺を見る。
「……あなたは、私を助けてくれますか?」
その問いに俺は頷いた。
「助ける」
「私と、ふーちゃんを助けてくれますか?」
「任せろ」
「助けてください」
「応」
風が荒れる。
その風は、店主とムラサキの二人をふわりと浮かせて、俺はその二人を肩に座らせるようにして担ぐ。
「交互に攫われまくったときに二人同時に守るまったく新しい陣形を考えた」
ムラサキを肩に乗せて攫われた店主を追ったときのあれである。
そしてつまり。
「足技だけで相手してやらあ!!」
俺はそのまま近場の敵を蹴り飛ばす。
「っ! 撃て!!」
見守っていた副社長が命令するが、既に銃口の先に俺は居ない。
「さて行くぞ、店主、ムラサキ。そうそう、それとあれだ。どうやら今俺は今までで最大のモテ期らしいからな」
俺は冗談めかして二人に笑って見せた。
「うっかり俺に惚れるなよ?」
「っ……」
「……あはは」
「じゃあ行くぜ!」
敵の渦中へ飛び込む。
二人を支えてるので腕は使えない。
だがまあ、相手は人間だし。
足だけでも十二分!
「伸びろ高下駄ぁ! オラァっ!!」
高下駄の歯が伸びる。
そして、そのまま回し蹴り。
文字通りに薙ぎ払う。
そして開けた空間に突っ込んで近場の敵の腹に膝を叩き込み。
一回転しながら蹴りを入れ、飛び上がって顔面に下駄の歯をぶつけ。
ひたすらに前身。
標的はといえば。
「よう副社長!」
「ひ、ひい!」
「悪いが、このナリでケーキとか頼むは辛いんでな。気心知れた奴の店ってのはありがたいもんなんだよ」
俺がぬっと前に出ると副社長は大きく仰け反る。
「ってことで行け!」
そんな副社長の頬に、店主の足が突き刺さる。
「ほいさ!」
「ぼぐっ」
そしてもう反対側からも。
「……えい」
「ぐげっ」
最後に、前から。
「そい」
「コポォッ……」
大きく吹っ飛んで地面を二転三転する副社長。
さて、副社長の顔面へこませてやったことだし。
「まあ、足技だけでお相手ってのは嘘だったということで」
……すまん、遊園地。
弁償費は運営宛で頼む。
まあ、一般人は居ないみたいだし。
とあるビルの最上階。
男は今か今かと連絡を心待ちにしていた。
ここは、共犯者のビルである。否、予定が上手く行けば共犯者の物になるというべきか。
彼はここで成功の知らせを待つ手はずだった。
自分には遺産が、共犯者には社長の椅子が転がりこむことになる。
まあ、この男の場合は邪魔な親類が出てくればそれも殺すという仕事は残ってはいたが。
それでも、莫大な遺産は目の前だ。
笑いが抑えられない。
しかし、それにしても連絡が遅い。
色々な手違いはあったが、手はずどおりターゲットは遊園地に来ていて、今から作戦に入ると報告を受けていたのだからすぐに結果がくると思ったのだが。
「まあ、いい。焦らなくてもすぐに……、すぐに……?」
ふと、窓を見たとき、黒い影が映った気がした。
それが気になって、二度見。
……何かいる。
瞬間、窓が蹴り割られた。
「お邪魔しますっと」
「だ、誰だ!」
思わず、男は叫んだ。
入ってきた黒い男に見覚えはない。
一体何者か、と思った後、彼はその黒い男の肩から下ろされている二人の女に視線を移した。
「もしや……」
「お久しぶり、叔父さん」
「え……、あ、え。ああ、久しぶり、元気だったかい?」
誤魔化すように、彼は言う。
だが。
「私の遺産狙ってくれてたんだって?」
ぞくり、と背筋があわ立った。
彼女は笑っている。
しかし。
間違いなくキレている。
「わ、私はその、そそのかされただけで! こ、殺すなんて真似は私はそそそそ、そのあの!」
彼女らがここにいるということは、だ。
あの暗殺者群を越えてここに来たということなのだ。
そんな相手に、只人が勝てる道理がどこにあるのか。
「でででは、失礼するよ!」
逃げなければ。
急いで踵を返し、足を踏み出す。
だがそれは、壁のような物にぶつかることで、中断させられた。
「待った」
黒い男だ。
「いつの間に後ろにっ!!」
「勿論お前さんの気付かない内に」
そう言って男は――、やってきた女と少女の叔父を羽交い絞めにする。
「では、どうぞ」
男の声が響いたそのときには。
二人の女の拳が、眼前へと迫っていた――。
「「――地獄に落ちろ、糞野郎」」
脳裏に火花が散る。
顔面全体が痛い。
「痛い……! 痛いぃ!」
「では、つーこって」
男の腕に力が篭る。叔父の足が地面から浮く。
そして、一瞬の浮遊感。
叔父の脳裏からは痛みすら消え去った。
それは、衝撃だった。
あまりに強い衝撃で何もかも吹き飛んだような気分だった――。
「ナイスジャーマンスープレックス」
「これでオチたということで」
決まり手は、めり込みジャーマンスープレックスだった。
―――
長かった!
というわけでエピローグ的なの入って終わりになります。
地元ではやっと雪が落ち着いてきました。
例年なら今頃自転車を乗り回してたはずなのに……。
返信
通りすがり六世様
そんなめんどくさい姉妹編でしたが、最後は両方肩に乗っけるフォーメーションで。
どこぞの茸王国の姫様並に攫われてましたが、このままだと両方薬師に攫われます。フラグ的な意味で。
そして、お約束の遊園地。弾丸が額に刺さりました。遊園地は倒壊しました。
まあ、いつも通り過ぎる展開で、平常どおり終了です。
七伏様
あれがとある配管工のやってることの縮図だと思うとなんかあれですね。
あまりの不毛さに世を儚まない物かと心配になります。
まあ、無限ループを断ち切るには元から絶つしかないですからね。
ジャーマンスープレックスで片をつけるしかないですよ。
男鹿鰆様
もう雪かきなんてしないよ。ということでもう雪解けに任せたいと思います。雪かきした所、またどっさり積もりました。
まったく、薬師も隠れてろとか言わないで最初から肩車していけば良かったのにと。
今回の薬師は撃たれましたというか自分で撃ったというか。
結局遊園地ではトラウマが増える結果に。お約束ですね。いつも通りです。
1010bag様
たとえ心折れてもその中に自転車が埋まってるからやらざるを得ない辺り辛い話です。
黒服さんはとっても自分に素直でした。そんな彼は今頃また路地に放り込まれたことでしょう。
何故薬師は壁から出てきたのか。というか壁の修理費は一体どこに請求されるのか。
今回の薬師は弾丸がデコに刺さりました。これが遊園地の魔力です。
最後に。
薬師→でこに弾丸が。遊園地→局地的大型ハリケーン直撃。