俺と鬼と賽の河原と。生生流転
少しだけ眩しくなった春の朝。
やっとこさ、静かに街を歩けるというものだった。
「これで一件落着、か……」
あの後、副社長は運営へと連行された。
証拠があろうとなかろうとあの状況では現行犯だ。そりゃ、暗殺者の群れの中で寝てたらな。
叔父の方は直接的な証拠が上がらず、そのままでは立件は難しいのだが副社長やらが好き放題ゲロってくれたんで道連れになった。
つまり暗殺を企んでいた人間は軒並み逮捕ということだ。
そこから三日ほど念のために護衛を続けたものの、異常の一つも見つからず、監視の目もないのだから安全だと判断された。
そうして俺は、護衛の任を解かれたわけである。
そして、こういう仕事が終われば休みがあるのも通例という奴だろう。
その休みを利用して俺はある場所に向かっていた。
まあ、どこに行くかなんて知れてるか。
そんな訳で俺は、扉の鈴を鳴らしながら店内へと入っていくのだった。
「あ、いらっしゃい。お客様、来てくれて嬉しいな」
「……私は別に嬉しくない」
其の十三 俺と君のお名前は。
「よぉ。元気か?」
「おかげさまで。楽しくやってるよ」
「客は来ないけど」
にこやかに挨拶をする俺達の横でムラサキがぼそりと呟いた。
「で、ムラサキは何でここに居るんだ?」
そんな、何故か店内に居た少女へと、俺は視線を向ける。
「悪い?」
「斜に構えんな、邪推すんな。気になっただけだ。社長って忙しいもんでもねーのか?」
「やめた」
俺の耳に届いたのは、行為の割に嫌にあっさりとした言葉だった。
「社長職を?」
「……うん」
照れくさそうに頷くムラサキ。
「マジか」
「まじで」
「会社的には困らねーのかよ」
「よく帰ってきてとは言われる」
困ってんじゃねーか。
「んー、まあ私もなんだけどね、あんまり私達は関わり過ぎないほうがいいかなって。まあ、実権は握らない方がいいよね」
「あー、なるほどな」
確かに。
要らないなら重荷なだけだろうしな。
「一応、特別顧問的な扱いで、私の手を完全に離れるまで、困ったら助けるくらいはする」
「そりゃ無責任に放り出すわけにはいかないからね」
「自分のときは投げ出したくせに……」
「でも、私の時はちゃんとやれるように環境は全て整えといたよ? 教育から運営まで、私が居なくても回るように」
「む……」
しかし、なんというか。
「二人で話し込まんでくれ。俺も混ぜろ」
「うん、っていうことで、ふーちゃんは社長を辞めました」
「今後の予定は?」
「うちの看板娘」
そう言って、店主は微笑み、ムラサキは照れくさそうにそっぽを向いた。
「そうか……、閻魔妹は解雇か」
「あっはっは、参りますねほんと。客は来ないのに店員は増えますよ!」
「まじでなんで雇ってんだか」
「私の話し相手ですかね?」
間違っているぞ、何もかも。
「しかしまあ、元気そうで何よりだな」
「おかげさまで。ふーちゃんもこんなんですが、感謝はしてるんじゃないかと」
「そーかね」
ムラサキはそっぽを向いたまま視線をこちらに戻そうとしない。
「さて、じゃあ、ケーキどーぞ」
それを気にした様子もなく、店主はカウンターから出てきて俺の座る卓にケーキを置いた。
「頼んでないぞ」
「サービスですよ。お客様」
そう言うのなら、美味しく頂こう。厚意や心遣いは謹んで受け取る物だ。
そう思って、俺はケーキを食べる。
「……似合わない」
「知っとるわ」
だからここで食べるのである。
「いやしかし、あれだね」
「なんだよ」
「お客様専用メニューでも作りましょうかね」
「半分くらい今でも俺専用だろうが」
「ははは、手厳しい」
言いながら、店主はにやりと笑って俺に近づいてくる。
「例えばそう、口移しとか……」
「いや、別にあれ……、楽しいっつうよりはなんか見た目的に……」
「経験済み!? そしてレベル高い!」
「ありゃ医療行為だろ」
「うーん、ダメですか……。じゃあ、ぱぱっと手早くキスで。文字通り甘いですよ」
「おい」
店主がじわじわと顔を近づけてくる。
俺の失策は片手にケーキの皿を持って、もう片方にフォークを持っていることだろうか。
つまり、上手く押しのけられなかったのだ。
そうして、距離が零に、というところで。
助けてくれたのはムラサキであった。
「むー。なにするのさふーちゃん」
引き剥がされて不満げに言う店主へを無視し、俺へとムラサキは言い放った。
「最低、きらい、死ね、ばか」
「うわあ……」
今までにない罵倒の嵐に、俺は微妙な顔を向けたのだった。
そして。
「そろそろ帰るぜ」
「はい、じゃあまた。いつでも歓迎しますよ、お客様なら」
「ああ、んじゃ。……って」
ふと、俺は思い出して外へと出かけていた体を反転させた。
「どうしました?」
「俺の名前は如意ヶ嶽薬師」
「むぅ? ……ああ、なるほど」
一瞬意味が分からないという顔をした店主だったが、すぐに得心が言ったか、苦笑いした。
「本当はですね、私達、自分の名前好きじゃないんですよ?」
そして、そんな前置き。
まあ、そんな奴もいるよな、程度に俺は受け止める。
そして。
彼女らは自らの名を、あっと、俺へと告げたのだった――。
「弥勒院 緑(みろくいん みどり)です」
「……弥勒院 藤紫(みろくいん ふじむらさき)」
そして俺は思わず叫んでいた。
「そのまんま姉妹ッ――!!」
……殴られた。
―――
というわけで、一通り終了。
次から平常通りで行きます。
返信
男鹿鰆様
増殖するトラウマ、倒壊する遊園地。ある種いつも通りです。しかしそう考えると薬師に色々な意味での傷跡を残した一番ダメージ稼いだ人はビーチェかもしれません。
そして薬師は銃に関しては十発撃てば十二発外す超次元銃撃の使い手なのでもう因果が逆転する勢いで当たりません。次元や道理を捻じ曲げてでも当たりません。
きっとこの先も繊細な武器を使いこなすことはないでしょう。日本刀とか。
しかし、受験生ですか……、私も三年か四年くらい前はそんな感じでした。無理はなさらず適度にどうぞ。
1010bag様
もう銃が使えないという表現でいいのか分かりませんが。必ず当たる状況で撃つと確実に銃が壊れる上に後ろに飛んだりもする不思議空間。
銃を撃ってもろくなことにならないのは分かっているのに引き金を引いちゃうのが薬師。
そして、中途半端に自覚が出てきて性質が悪くなっていく薬師でした。
しかし、俺賽無双……。翁が無双奥義でシンカイとか呼び出した日にはもう。
通りすがり六世様
まあ、薬師のデコなんて痛いで済みますからね。むしろタダみたいなもんです。
遊園地はまた不死鳥のごとく蘇るでしょう。何度でも。次回はいつ出てくるのか。そしてどのように破壊されるのか。
そして、前々回辺りの感想で仰っていたアレですが、有り得ました、美人姉妹喫茶。私も入り浸りたい。
スタンドは考えたんですが、スタンド出すほどの相手じゃなかったんですよね。人間ですし。皆人間だったおかげで、下駄一振りで薙ぎ払われるレベルだったので。
最後に。
なんせ薬師は初期藍音さんに口移しで飯を食わせていたおとk……。