俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「それでですね……、私、困ってて……」
学校。
久々に俺は非常勤講師として呼びたてられていた。
もともと人手が足りないからの非常勤講師だったのが、大分人が足りてきて大分軌道に乗ってきた、と思ったら新年度はやっぱり忙しかったということらしい。
しかし、講師としての経験はほとんどなかった上に、教えるのが上手いわけでもない俺が講師を任されたりしたのはやはり、人外も人も集う学校で喧嘩が起こった場合押さえられるかどうかという事情が大きいのだろう。
色々と悩ましげに机を握り締めた結果、陥没しまくった机を見ることになった俺は実にそう思う。
「その……、私は、えっと。彼のことが……」
そしてその、机を握りつぶさんばかりの彼女は。
俺に恋愛相談をしに来た生徒である――。
其の十四 俺と恋愛相談。
俺に恋愛相談、ねえ?
そういった事柄に関わるのは初めてではないが、今の俺には身につまされる話でもある。
「他に相手はいねーのかよ」
俺以外に相談できる教師は居ないのかと問うが、目の前の女は首をふるふると横に振った。
「先生は非常勤講師ですし……、暇そうですし、あと、百戦錬磨っぽいし」
「何がだよ。あと暇そうとは何だ」
確かに本物よりは暇そうに見えるかもしれないが。
「で? 誰がどうしてどうなったって?」
「それがですね……、私恋をしてまして」
「知ってるよ。恋してないのに恋愛相談を持ちかけてくるなら帰れ」
「はい。それで、隣のクラスの新山君と言うんですが、アタックしても効果がなくて……」
「ほう、どんなことをした?」
まあ、一応教師ということで、真面目に聞いておこう。
協力もやぶさかではない。
となればまずは状況確認だ。
そして次に分析。
最後に答えを出す、と。
「まずは、さりげなく薄着になってアピールしてみたり。男の人の好みを新山君と一致させて言ってみたり、抱きついたり、腕を抱きしめて胸を当てたりしたんですけど……」
「ほう、そこまでして気付かんとは中々どうして……。新山君とやらも随分な鈍感だな」
「はい、今よく言う草食系男子って言えばいいんでしょうか」
「なるほどな」
「こないだも、友達が女紹介してやるって言ったのに『俺そろそろ入定するから』って笑ってました」
「絶食系男子だろソレ」
そろそろ即身仏になんのかよ。
「何処の高僧だよ」
「至って普通の男子高校生ですよ?」
「普通の男子高校生は即身仏になろうとしねーよ」
「そりゃ、変わったところもありますけど。お昼ご飯はいつも木の実とかだけですし」
「五穀断ちしてんじゃねーか」
完全に高僧だよそれ。
即身仏を目指してるよそれ。
「んで? そんな大僧正をどうするって?」
「付き合いたいです!」
「難しい問題だな。で、とりあえず告白してしまえってのは無しか」
「駄目です! まだそんな関係じゃありませんし、遠まわしにアピールしていく方が……」
「ふむ、面倒くさい」
「やっぱり、彼に迷惑を掛けないようにしたほうがいいんでしょうか」
「ん?」
「いや、なんと言いますか。私どじで、すぐ迷惑掛けてしまうんです。彼は笑って助けてくれるんですけど」
なるほど。それで惚れたってのがよく分かる表情だ。
「いい加減にしないと、彼も呆れちゃうかも……」
「いや、むしろ……。迷惑をこれからも断続的に掛け続けたらどうだ?」
俺はふと、思いついたことを話してみる。
女子生徒は、いぶかしげな顔をしていた。
「無論、どうにかなる範囲でだが。男にはな、自尊心ってやつがあってだな、上手くくすぐればいいんだよ。頼りにされていると思うといい気分になる。しばらく続けると、その自尊心が、こいつには俺がいてやらないとって気分に変わる」
「なるほど!」
「分かったか」
「はい、では早速!」
やってみましょう、となりかけたその瞬間。
「いや、待て。その男は嘘つきだ」
そんな声が、生徒指導室に響いたのだった。
その声を上げたのは、
「嘘つきとはなんだ季知さんよ」
スーツの女性。季知さんだ。
俺だけではやってられんと判断し、女子生徒に断って呼んでおいたのである。
しかし、現れるなりその物言いはどういうことだ。
「話は聞かせてもらったが、そこそこ解決できる程度の軽い迷惑を掛け続けることによって相手が惚れる?」
「惚れるとまでは言い切れないが」
俺の台詞と共に、季知さんが溜息を吐き出した。
失礼だぞ。
「気を付けた方がいい。この男もまた、絶食系男子だ」
「ええ!? そうなんですか!?」
「いや、即身仏にはならんぞ?」
「むしろ既にからっからに乾いているだろう」
「何がだよ」
「そ、それは……、その、せ、性……、言わせるなっ!」
季知さんが顔を真っ赤にして怒る。
「と、ともかく! この男と同タイプならばそんな真似をしても無駄だ」
「じゃー季知さんならどうするんだよ」
俺が聞くと、季知さんは何故か動揺気味に口を開いた。
「そ、そうだな……。とりあえず、薬師、お前はこの話を聞いて正直にどう思うか言ってくれ。お前に通じるアピールなら、その相手にも伝わるだろう」
なるほど、鈍い鈍いと言われ続けて早何百年だかの俺に届けばその男にも届くと言う寸法か。
「まず……、そうだな。女が赤面して何かを言いたそうにお前を見ている、というのは?」
「キレてるな」
「駄目だな。次、頬を赤く染めて笑っている場合は?」
「風邪の末期症状だな。熱が酷くて笑えてくる状況に達したと見た」
「……真面目にやっているのか」
「真面目だ……、とは言えな。いまいち想像し難いぞ」
言えば、季知さんは何故か顔を赤くして、照れくさそうに言ったのだ。
「わ、私を……、使え」
「何にだよ」
「想像に、私を使っても、いい……」
つまり、あれか。季知さんが、赤面して何か言いたそうにこちらを見ていると考えろと言うことか。
……完全にキレてるな、うん。
大丈夫なのかこれは。
しかし、そんな心配を余所に季知さんは言葉を続ける。
「では、頬を染めて帰りに誘われた場合は?」
ふむ……。俺は顎に手を当てて季知さんを思い浮かべた。
『い、一緒に帰るぞ……、薬師』
「いつも通りだな」
「駄目か。では、手を繋ごうと切り出されたら?」
想像上の季知さんが、手を差し出してくる。
『手を……、その、貸せ。早く』
「握り潰される」
「……」
季知さんにため息吐かれた。
しかし、気を取り直すように季知さんは次の言葉を向けた。
「では、趣向を変えよう。とりあえず、遠回りに好きだと言うことをアピールして意識させたいんだな?」
「はい」
「ならば雨が降ったら、傘に入れてもらうというのはどうだ?」
「なるほど、でもそれでアピールになりますかね。相手はかなり鈍くって……」
「そうだな、それだけでは気付かないかもしれない。だが、ここで折り畳み傘を鞄に忍ばせておいたらどうだろうか。無論これは相手が傘を忘れていた場合にも活用可能だ」
「それを、どうするんですか?」
「別れ際に、相手に見せるんだ」
「な、なるほど!」
「薬師、どうだ?」
問われて、俺は先ほどよりも少し考え込む。
そして。
「……うーむ? つまりあれか? 傘があるのに入れてもらうという所に深い意図を感じろと」
「よし」
季知さんが微笑む。女子生徒もまた、微笑み返した。
「では機会があったら絶対試しますね!!」
そう言って、女子生徒は走り去っていく。
元気のいいことだ。
そう思って俺は立ち上がる。非常勤講師のお仕事は終わったしもう帰っていいだろう。
と、そんな時。
季知さんが俺の前に立っていた。
「い、一緒に帰るぞ、薬師……」
「おう」
断る理由も何もない。
俺は季知さんと二人で歩き出す。校舎を歩いて、玄関へ。
外を見ると、雨が降っていた。
「……か、傘を忘れてしまった。い、入れてくれないか」
「番傘でよければな」
「……あ、ああ」
そうして、俺達はしとしとと降る雨の中を二人で歩く。
春のおかげで少しだけ温かい雫が地面を打つ。
そんな中、不意に、季知さんは傘を持つ俺の手に、自らの手を重ねた。
「どした? 手、寒いのか?」
「い、いや……、その……」
「もしかして、肩に雨当たってるか?」
言って、俺は季知さんの方へと傘をずらした。
俺の肩は少し濡れてしまうが、まあこれも男の仕事と言うことで。
「……お前はまた、そうやって」
しかし、何故か呆れたように溜息を吐かれてしまった。
何故だ。
「なんだよ」
「……なんでもない」
拗ねたように、季知さんは口にする。
「そ、それよりもっ。わた、私が、その、だな。お前にもう少しくっつけば……、お互い雨に当たらずに済む、だろう?」
「それはそうだが」
「だから……、その……」
もじもじとする季知さん。別に無理する必要もないと思うのだが。
「か、体を寄せるから……」
言って、季知さんはぴたりとくっついてきた。
そして、俺の腕に抱きつくような体勢になる。
「無理せんでもいいぞ」
「無理じゃないっ。嫌なわけでも……、ない」
「なら、いいけどな」
確かに、雨に当たる事はなくなった。
まあ、これはこれでどうかと思うけどな。
ちなみに、真横にある季知さんの顔は真っ赤だ。
恥ずかしいのだろう、今にも煙を吹きそうである。
「なあ……、私はお前に迷惑を掛けただろう?」
「なんのことだよ」
「色々だ。主に数珠家のこととか」
「ふむ」
「後、そのあと居候を続けていることもそうだと思うが……」
「そーだな。それがどうした?」
「……もういい」
よく分からない季知さんだ。
また、拗ねたように言われて、俺は首を傾げる。
「ま、そりゃ数珠家の件に関しては面倒だったがな、それに関しても、居候に関しても迷惑とは思っちゃいねーよ」
迷惑でもなんでもない、とそう言ったら、何故だろうか。
「……そうやって、お前は、また」
呆れたように溜息を吐かれてしまった。
それっきり、季知さんは黙ってしまった。
話しかけても反応しないので俺は放っておく。
そして。
「季知さん」
「……」
「季知さん」
「……ぅ」
「季知さん?」
「え!? あ、ああ、なんだ?」
「着いたぞ」
俺達は家に辿り着いた。
いつもと変わらぬ我が家の扉が俺達を出迎えてくれる。
と、そんなときだった。
ごとり、と。
季知さんの鞄から何かが落ちる。
それは、そう。
傘。
折りたたみ、傘。
「や、薬師、これはだな」
季知さんは、やたらてんぱっていた。
「ち、ちちち、違うんだこれは! 別にそのこれは、あの!! やめようと思ったのに手が滑ってその! 違っ、とにかく、違くて――!」
そして、季知さんは脱兎のごとく逃げ出した。
俺を置いて、ばたんと締まる扉。
ふむ、にしても、折り畳み傘持ってたのか季知さん。
そらまあ、あんな話した後じゃ言い出しにくいわな。
いやあ、しかし。
――うっかり折り畳み傘を持っていることを忘れるなんて、そんなドジもするもんなんだな。
そう苦笑して、俺は家の中へ入っていったのだった。
―――
最近凄く眠いです。
返信
通りすがり六世様
薬師は藍音さんを拾った当初、自分で動けるようになるまで口移しでものを食べさせると言う真似を。
そして、姉妹は喫茶店の美人姉妹になったので、そんな感じで今後は絡んできます。
名前に関しては長らく店主でしたし、逆に緑って呼ぶほうが数段違和感が歩きがします。
とりあえずはシリアスも終わったししばらくまったり進行で以降と思います。
男鹿鰆様
思ったより長くなってびっくりのシリアスでした。無意味にやりたいこと積んだのが悪かったのか。
二人の名前に関してはまあ、名は体を表しちゃった訳です。
あまりにもそのまんま過ぎるのであまり好きじゃないようです。好きじゃないというか、からかわれるとキレるというか。
受験辺りに関しては身構えすぎてもどうしようもありませんしね。俺賽は今後も五分くらいで一話読み終わる方向性で進むので忙しくなっても休憩時間にでも呼んでくれると嬉しい限りです。
最後に。
今頃季知さんは枕に顔埋めて足ばたばたしてます。