俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「よう、来たぞー」
とある喫茶店の扉の鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ、待ってましたよ、お客様」
俺を迎えたのは、馴染んだ顔の店主と。
「……変なのが来たわ」
馴染んだ面って程でもないその妹である。
「ああ、変なのだ。そしてお前さんは変なの三号だからな」
「私、変じゃない」
即答である。逆にその反応速度が語るに落ちると言ってもいいくらいだ。
そんな三号は今までとは違い、喫茶店の可愛らしいメイド服的な制服である。
「あれー? 私もナチュラルに変なのに入れられてますー? 二号?」
「お前さんは筆頭だよ一号」
「姉さんは変」
「アレー……?」
二号はいつも通り酒場の店主の方が似合いそうな格好だ。所謂バーテンダーというべきなのか。
にしても、碌な奴がいねーな。
「まあまあ、そんなことより、ご注文はどうします? サービスするよ! ふーちゃんが」
「私……!?」
「私もするよ!」
「……とりあえず茶」
「……馬鹿なの?」
「相変わらず正気じゃないセンスですね! 喫茶店なのに緑茶の入れ方が上手になってきた!!」
「ひでぇ」
まあ、しかし何はともあれ、元気そうで良かったというものだ。
要するに、様子見である。
いたって平和そうだし、別にもう問題もないだろう。
これでもう一安心、と言った所か。
「じゃ、とりあえず座って待っててください」
「おう」
其の十六 俺と恩リターンズ。
「お茶」
ごとっ、と乱雑に湯呑みが卓に置かれる。
「お茶を他人に出すって態度じゃないぞフジムラー」
「フジムラって呼ばない……!」
「藤紫だからフジムラで何が悪いんだよ」
「……なんか藤村みたいで嫌」
「藤村に謝れ」
「……藤村は悪くないわ」
「じゃあ何が悪いんだよ」
「名前なのに、なんか苗字っぽいから」
「じゃあふーちゃん」
「それは……、だめ」
そーかい。大好きなお姉ちゃん以外に呼ばれたくないって?
そんなことを考えながら、俺が藤紫に半眼の視線を向けていると、店主が苦笑と共に口を開いた。
「気にしなくていいですよ。照れてるだけです、きっと」
「本当か?」
「知らない」
本当に無責任だなこの店主。
「おーい、ふーちゃん」
「最低、キライ」
「だってよ」
「大丈夫ですよ。ふーちゃんツンデレだから、照れ隠しです」
「そうなのか、ふーちゃん」
「死ね。岩と分子レベルで同化して死ね」
「俺がいくらスーツだからって指パッチンで真っ二つにはできねーぞ」
色も違う。
「ところでお客様、お茶飲んで帰るとか、ないよねぇ? メニューにないお茶だけ頼んで帰るとか」
と、そんなところで不意に店主が質問してくる。
「俺今日そんな金持ってきてねーぞ」
店の人間が満足して笑って送り出せるような金額はない。
精々が普通に慎ましく飯食える位か。
「やだなあ、言ったじゃないですか。サービスしますよ」
「いや別に、普通に飯食うだけの金額なら……」
そう言うと店主はまったく怒ってないような顔で腰に手を当てて怒った素振りをして見せた。
「サービスするって言ってるじゃないですかー、もう。恩返しくらいさせてよー、ってふーちゃんが言ってました!」
「……言っ……、ってない……、訳でもないけど……、姉さんの盛った事実があるから……、そこまででも、ない」
ムラサキめ、その説明分かり難いわ。
「まあ、フジムラは置いといてだな。別に恩返しとか言われたって俺は地獄から報酬貰ってるわけだからな」
そこそこの額をそれなりに。閻魔と交友があるからと低いわけでもなく、逆に高いわけでもなく、実に適正な金額だった。
ただ働きなら奢れとか文句言いながら入店するところだが、こうなると別になにか要求する気分でもない。
の、だが。
店主は納得してくれなかった。
「それって、私の命一個分くらい?」
「……ぬ、そう言われると困るぞ」
確かに適正な金額を貰ったといえば貰ったのだが、それは護衛して相手ぶん殴った行動を客観的に見た適性価格であり、二人の命を救ったという主観的な部分でのことであればそれはエライ金額になるのだろう。
貰った金と助けた人間の命、主観的に見比べろと言われたらかなり困る。
「ならば恩返しです。っていうか忠告空しく惚れちゃったんで、親切したいじゃないですかー」
「そうかい。じゃあ何要求すりゃいいんだよ」
「新メニューを開眼しました」
「なんだよ」
「ポッキーゲーム」
「ダメだろ」
「ダメ、絶対」
ほら、妹にも止められてるだろうが。
「名案じゃないですかね?」
「そのドヤ顔止めろ」
「お客様のためなら2センチのポッキーだって作りますよ」
「開始直後から接近戦っつーか完全に零距離だろうが」
「たった2センチのポッキーを互いの口の中で舌を絡めて奪い合う新時代のポッキーゲームですよ」
「遊びじゃ済まないんだよ!」
「なるほどポッキーゲームするとお嫁さんにしてもらえるんですか」
ねーから。
「とにかく、なんか普通に食えるもんだしてくれ。恩返しというなら、割と切実に」
「あいさー、ふーちゃんできるまでお相手してて」
「ん」
店主の言葉に応え、ムラサキが俺の前にとすんと座る。
そして、俺を見た。
「何か話して」
……うわー、凄いよこの子、豪傑だよもう。
お相手すると言う名目で相手に話を要求するとか絶対おかしいだろ。
「……えー、あー、あれだ」
まあ、話しようとする俺も俺だが。
いやだってなんか、こいつに話術とか無理そうだし。
「この間だな、ふと庭を見たら」
無表情でムラサキは俺の話を聞く。
「子猫があいつの周りをわらわら動いてて」
無表情で聞く。
「何処でこんなに子供こさえてっつったらまだ清い体だコンチクショーって引っかかれた」
……無表情。
「つまらない」
「……さいで」
いやもうこの子本格的に剛の者だわ。
人に羞恥を強要してまったく悪びれないその姿。
正に悪の華。
「ならお前さんがなんか話しろよコンチクショー」
「わた、し……?」
ムラサキは驚いた顔をしていた。
なんでだよコンチクショー。
しかし、ムラサキは何だかんだといいながらも顔を赤くしつつ話を始めてくれた。
「昨日、姉さんが……」
「おう」
「……お風呂上りに裸で歩いてたわ」
「……お、おう」
「……」
二人、無言。
「……なあ、俺に店主が風呂上りに全裸で活動していた話を聞かせてどうしたいんだ」
「どうって……、どう?」
「知らんがな!」
と、言ってる隙に、俺達の下に料理を持った店主がやってくる。
「もう、何を言ってるのかなこの子は、恥ずかしいなぁ。なんだったら店でも脱ぎましょうか?」
「恥ずかしいって言ったよな!」
「いやあ、だって家ではだらしない裏表のある奴だと思われたら恥ずかしいじゃないですか」
「だらしないほうで統一すんなよ!」
やばい、姉の方も豪傑だった。潔すぎるだろ。
本格的にダメだこの姉妹。
「それに、ふーちゃんだってこんなすまし顔で夜はこっそりぬいぐるみ抱きしめて切なげに『やくし……』って三点リーダ付けちゃってもう可愛いんですよもう!」
「ししししてない! してない!! お姉ちゃんの妄想だもん!!」
「おーそうかい」
真偽は分からんが店主の嘘の可能性もあるし、事実だったらそれはそれで反応し難いので嘘ということにしておこう。
というわけで、俺はとんとんと卓を指で叩き飯を催促した。
「なんか食わせろ」
「肉じゃがです」
「お茶頼んだ奴を罵ったとは思えん選択だな!」
何処が喫茶店だ!
叫んだ俺に、店主はやんわりと微笑んだ。
「お袋の味を出したくって」
「それで肉じゃがか」
「てへぺろッ!!」
「その台詞は『砕けろ』のノリでそんな全力で吐く台詞じゃない」
「というわけで肉じゃが オフクロカスタム参式セカンドダッシュレヴォリューションVer,Ωです」
「お袋はそんなかくかくした雰囲気じゃねーよ」
名前聞いた瞬間オフクロの味とか噴出すわ。
未知の動力源とか使ってそうだもの。汚染される系粒子とか。
「とにかくどうぞ。はい、あーんして」
「あーんっておい。微妙に咥えやすく切ったジャガイモ咥えて近寄って来てんじゃねー」
店主は肉じゃがのジャガイモを口に咥え……、っつーか概ね口に出したとおりだ。
「肉じゃがゲーム?」
「肉じゃがゲームじゃねーよ! そもそもどうやってそんなに流暢かつ明確に普段と遜色なく喋ってるんだ」
「腹話術です」
「不要な技術だな」
「腹話術師に謝るべきですよ、お客様」
「喫茶店店主には要らないだろ! お前こそ謝るか腹話術師になれよ」
「声を送れて響かせて時間差で呪文を発動するディレイ・スペルの使い手になるにはちょっと修練が……」
「それ俺の知ってる腹話術師と違う」
と。
そうこうしている間にも俺は追い詰められていて。
「へっへっへ、諦めな、お兄ちゃん。俺のジャガイモはちょっぴり農耕だぜ」
「濃いんじゃなくて農家的意味合いでのうこうなのか」
「抵抗はやめておきな。自慢じゃないがろくに運動してない俺の骨なんて、兄ちゃんが本気出せばすぐに……、ボキリ! だぜ」
「自慢じゃないな」
「俺は少々荒っぽいぜ!」
店主楽しそうだな。
しかし、そろそろ洒落にならんので、こいつの遊びに付き合ってるわけには……。
「ダメ」
訳には?
む?
何故か、ムラサキが店主を羽交い絞めにしている。
「むー、何かな、ふーちゃん」
「姉さんが汚れるから、ダメ」
「ぶー、でも恩返しだからね。やらなくちゃダメです」
唇を尖らせて諌めるように言った店主の言葉。
その言葉に、ムラサキは――。
「だ、だだ、だから!」
血迷った。
「……わ、私がやるわ」
ジャガイモを取って、今度はムラサキが迫ってくる。
「ね、姉さんはあげないから。でも、恩返しだから、仕方なく」
そう言ってムラサキがジャガイモを咥える。
ならやらなくてもいいんだが。
と、言おうと思った矢先。
「おやまあ。でもさでもさ」
店主がそれに対して意地悪な笑みを浮かべた。
「それって、姉さんはあげないなのかな、姉さんにはあげないだったりしない?」
瞬間、既に赤かったムラサキの顔が更に茹で上がる。
「ちちちち、違うもん! 恩返しだもん!!」
顔を真っ赤にし、涙目でこちらへと迫ってくるムラサキ。
叫んだせいでぽろりと落ちそうになったジャガイモを咥え直して顔が近づいてくる。
が。
「えい、新旧もやし対決っ。みどりもやしとむらさきもやしでどうぞ」
今度は店主がムラサキを止める。
「ってことで私から」
そして、ジャガイモを咥えて……、またこれか。
「お姉ちゃんは下がってて! 私がやるのっ」
そこに再びムラサキが参戦し、左右から。
「ささ、早く据え膳頂いちゃってください」
「やくしっ、早くぅ……」
お前ら俺に何させたいんだ。
と、まあそんなこんなでどんな風になったかと言えば、二人から一個ずつ貰うで勘弁してもらったのさ。
「つーわけで会計」
「いりません」
「ん、ありがとさん」
肉じゃがは美味かった。味はな。
「いやー、はっは。ふーちゃん、可愛いでしょう」
「なんだ藪から棒に」
「なんとなく言いたくなって。でもね、甘えてくるときはもっと可愛いんですよ」
「ほう、そうか」
「いつもツンツンツンデレ気取りな分、甘えてもいいやっていうか、開き直らざるを得ない状況になったらべたべたあまあまですから、気をつけてくださいねー」
なにに気をつけろと。
「ってことで、またのお越しを、お客様」
そうして、俺はそこを立ち去ろうとし。
ふと気が付いて振り返ってみる。
「そういや、名前教えたのに呼ばないんだな」
「え?」
「俺、薬師」
首を傾げた店主へと、俺は胸を叩いてみる。
すると、店主は何故か照れくさそうに頬を書いた。
「だって……、恥ずかしいじゃないですか」
「お前さんの恥ずかしいって何だ」
「……ためらわないことさ? それに、お客様だって、緑って呼ばないじゃないですか」
「あー、それには深いわけがあってだな」
「なんだいなんだい? お姉さんに聞かせてください」
「なんとなくだ、みどりん」
「わーい、じゃあ私もやくしんって呼んでいいですか?」
「断る」
「じゃあ、やーさん」
「困る」
言って、結局俺は身を翻した。
「ま、なんとなく思っただけだからいいんだけどな」
そうして、手を振って俺は歩き出す。
すると、その背に声が掛かった。
「あの」
「なんだよ」
「如意ヶ嶽さん、から練習していいですか?」
扉の鈴が鳴る。
俺の脚が外へと一歩踏み出す。
「好きにしろよ。じゃあ、またな、緑」
すると最後に、なんだかよく分からない言葉が聞こえてきた。
「お客様は悪魔です」
「なんだよそりゃ」
最後に振り向いたら店主は笑っていたから余計に分からない。
……ところで由比紀はクビにでもなったんだろうか。
―――
今回は店主姉妹。
どういう扱いか書いとかないといけないと思いまして。
余談。
Bインフルでした。一応でしたというか、ですと言うのが正しい気もしますが。
こりゃあ小説とか掛けなくてやばいとか考えてたら一日で熱下がって二日目で体調は全快。
逆に暇になりました。五日間だから後一日外に出たらダメって話です。
そして調子悪かったからって言って病院行ったのは三日目ですし。むしろ病院なんて行かなければと黒い思いが。
もう辛かったのは終わったんだよ、点滴とか解熱剤とか一昨日欲しかった……!! みたいな。
そもそもアレルギーとか睡眠不足のせいにして普通に生活して帰って熱測ったら38度越えてた自己診断もアウトでしたけど。
と、まあ、地元ではインフルが何故か流行ってるので皆様もお気を付けを。
返信
男鹿鰆様
櫛って全力で刺さったらとんでもなく痛そうですよね。剣山を彷彿とさせます。
しかしまあ、薬師ほどのタフネスがないと攻撃に耐えられませんからね。恋愛的にも、物理的にも。
前さんはなんだかんだで一番薬師に気にしてもらってるとは思います、義務感とか関係なしに。
そして、支倉さん、そろそろ再登場させようかなと思いつつもこれはいいのか悪いのかとスライムとBBAカテゴライズでうごめいてます。
通りすがり六世様
昔やった番外編がサイトの方に格納してあります。
掲示板の性質上URLが載せられないので俺と鬼と賽の河原と。で検索して探り当ててくださると助かります。
まあ、確かに忘れてても仕方ないって言うか私も忘れてるエピソードが有るんじゃないかと思わなくもないです。
読み返すと確実に爆裂四散するんで色々とキツイものがありますし。
がお~様
本当にお疲れ様です。なんというかもう、本当に新規さんに優しくないなとは思ってはいましたが、ここまで駆け抜けてくださった猛者が居られるとは。
お好きなキャラの出番が、というのは本当に申し訳ないです。
感想掲示板の方にお好きなキャラの名前を書かれると少しだけ効果があるかもしれません。あんまり目に見えて偏らせるわけには行きませんが次誰の話に使用かって時に結構感想掲示板見て決めてます。
シチュエーションリクとかが入ると状況的にしばらく後じゃないといけないとかもありますが、ネタに詰まった時ほど効果が高い気がします。
1010bag様
正に手が早いというか寂しいとかいった途端風まで吹かせて来ましたからね。
流石薬師だ! なんというかもう厄いです。焼きたいです。
しかし前さんにはやたら打って出ますね薬師。ほんと絶食系なのに野菜育てるとかどういうことなんですか。
そして、愛の山崎劇場ですか。キウイを美味く発音できない山崎劇場……、ネタのストックなら確か一本あった気がします。首の固定は大丈夫か。
最後に。
肉じゃが オフクロカスタム参式セカンドダッシュレヴォリューションVer,Ω 大破