俺と鬼と賽の河原と。生生流転
二月、十四日。
男共がぴりぴりする日である。
そんな日に、俺は閻魔宅へと向かっていた。
なぜかと問われれば、そういや今日閻魔の家に行く日だったような気がしないでもなかったわけで。
むしろ昨日すっぽかしたような気すらしてだな。まあアレだ。
閻魔に消滅させられないように気をつけねばなるまい。
そう思って、俺はふと閻魔の家のマンションを見上げた。
高級なソレの最上階が閻魔の部屋。
当然のようにエレベーターで昇らんとならんその部屋が。
突如として――。
爆発した。
「ええー……?」
マジですか、俺今からあそこに行かないといけないんですか。
本気で帰っていいだろうか。
俺は、まだ爆発したくないぞ。
其の二 俺と爆発的甘味。
「おーい、閻魔、爆破テロでもあったんかー?」
「あ、薬師さん……、すこし、家事を……」
「今のどこに爆発する要素があった」
「ちょっと待っててください、今、窓の予備を……」
「あるのかよ」
きっと爆破はこれが初めてではないに違いない。それで由比紀辺りが予備を購入しておいたのだろう。
「まあ、待て、待ちなさい。お前さんにやらすと心配だから」
「え、大丈夫ですよ。窓を嵌めるくらい。こんなときのために窓を嵌めやすいようにしてもらったんですから」
なんて嫌なこんなこともあろうかとだ……!
しかし、俺の警告はさておかれ、収納から窓を取り出した閻魔はその窓を窓枠に嵌めこんで、閻魔はこちらを向いて微笑んで――。
――窓爆発。
「……げほっ」
濁った風が俺を吹き抜けていく。
はためく風に、俺は思う。
「お前さんは触ったものの原子を振動させて爆発させるとか言う似非科学な能力でも持ってんのか」
「……ないと思います」
「というかなぜ付近の住民は通報しないんだ」
「……慣れてるんだと思います」
「慣れてんのかよ」
「……はい」
誰かこの爆発物をどうにかしろ。
「あ、でもそういえば、チョコレート作ったんですよ。今日はバレンタインデーですから」
「……ヴぇ?」
まるで、心臓を鷲づかみにされたような気分だ。
動悸が早まり目の前が暗くなる。
「はい、これ、どうぞ。それだけは上手くできたんですよ」
「味見は」
「ギリギリそれしかできなくて……」
つまりしてないと。
救急車を用意しておいてくれ。
「……わかった」
果たして、今地獄ではブームなのだろうか。家事の類が、
だとすればその流行を俺は許さない。絶対にだ。
「食べよう。介錯を頼む」
「え、ええ!?」
もういまさら後にも先にも引けはすまい。
何故なら、家に持って帰って食うといって神棚に飾っておく方向をとったとしても後日感想を聞かれるのだ。
そして下手に美味いと言ってお茶を濁せば後地獄絵図。
かといって不味いと言えばどこかに助言を求められ、しかし食っていないからなにも言えない。
つまり、いやなことは先に済ましておいた方が良い。
俺は包装を解くと、その箱は開いた。
見た目は良い。
見た目はいいのだが。
「では、食うぞ。食うぞ? いいな?」
「は、はい」
俺は覚悟を決めてその丸いチョコを口に入れた。
そして、舌の上を転がして、噛む。
「……ん?」
味がしない。
無味無臭。
とりあえず飲み込む。
異常なし。
「こ、これは? 奇跡か?」
奇跡も魔法もあるのだろうか。
そう思って閻魔に笑顔を向けようと思ったその瞬間。
ズドン。
……どうあがいても、絶望。
なんか爆発したんだが。俺の腹で。
「……閻魔」
「な、なんですか?」
「病院を」
「きゅ、救急車ですか!? すぐに手配を……」
「病院をここに建てよう」
「ええ!?」
そろそろ死ぬだろうが俺。
「……いやほんとお前さん凄いよ。きっと掌からシンクロトロンどうの言い出して爆発する能力者なんだよ」
「……えっと、大丈夫なんですか?」
「多分な」
次の瞬間毒とかが染み出さない限りは。
「つか、どうしていきなり家事なんぞに」
俺がそもそもの問いをすると閻魔は言いにくそうにしながらも俺に向かって言葉を向けた。
「だって……、昨日薬師さんが来ないから。もう嫌になってしまったのかと」
「……あ。あー……、すまん」
俺のせいか。……俺のせいか。
「だが、お前さんが家事するこたねーって、な? 妹に任しとけよ。俺だってな、今更どうこう言わんから」
「そ、そうですか……?」
「この先ずっと見守っていく所存だよ俺は!」
この被害が外に漏れ出さんようにな!
「そ、そうですか……!」
「さっきから美沙希ちゃんの家からずどんずとんって聞こえてくるんだけど!!」
そんな中、ババーンと扉を開けて登場したのは由比紀である。
「よぉ、由比紀……」
「結局どういうことなの!?」
「今日がバレンタインデーだからだ」
「同情するわ」
「……ありがとさん」
由比紀はなにか察してくれたようである。
「じゃあ、私が渡すのもあれだけど……、これ」
そう言って、由比紀は箱に包みをつけたものを差し出してきた。
当然チョコだろう。あるいはクッキーとかもしれんが。
「おお、ありがとさん」
早速開けて中を見て、クッキーだったそれを口の中に放り込む。
「どうせたくさん貰うだろうから、甘さは控えめにしたんだけど」
「なんつーかあれだな……」
美味い。涙が出そうだ。
「閻魔見てからお前さん見ると本当に結婚して欲しい勢いだわ」
「……え?」
この格差を目の当たりにして心揺らがぬ男子がいてたまるか。
「よし、結婚してくれ」
「え、あ……、あ」
ボッ、と妙な音が響き。
「閻魔妹が燃えたーッ!!」
由比紀に火が点いた。
そのまんま、ガチな意味で。
ふう、由比紀は一体どうしたというのか。
今となっては確かめるすべもなく、俺は道を歩いていた。
手には紙袋引っさげ、どうもあそこにいては収拾がつかなさげだからおいとましたのである、が。
道の向こうに、きらりと光る何かが見えた。
走る悪寒。あれはそう、スコープの光だ――。
乾いた、破裂音が響く。
「そこか!!」
飛来する弾丸を俺は掴み取る。
一体誰の襲撃か。
こんな二月十四日にまで殺伐とした真似をすることは……。
「……チョコレート?」
戦闘態勢に入りかけた俺は、掴み取った弾丸が思ったよりやわらかいことに驚いて手の中を見た。
銃弾と思ったそれは想定以上に黒く、甘い臭いを放っていて。
それは正にチョコだった。
「ビーチェかよっ!!」
ずどむ、と俺の眉間にもう一発が直撃した。
弾け跳ぶチョコ。
「やめい!!」
なんなんだビーチェ。やはり俺が憎いのか。
いや、本人曰く逆なはずなんだがもう訳わからん。
そして、追いかけてみれば逃げられるしな!
路地の向こうに走って消えたビーチェを追う気はしなかった。
流石にだるいんだ。腹の中で謎爆発も起こったしな。
追うのはやめて、俺は肩を落として歩き始める。
「ああ、薬師殿、こんなところに」
「お? どうした山崎君」
すると、前方から鎧と生首が現れた。
「いやはや、本日はばれんたいんでー、というもので」
「おう、そうだな」
ほほう、チョコをくれるというのだろうか。
いやはや参るな。来月が大変だ……。
「どうぞ。せっかくなので、ばれんたいんでーはこの身体をお納めくだされ」
「……は?」
そう言って差し出されたのは、リボンだけで包装されたというべきか。
山崎君体、である。
鎧が抱えていた少女の体が俺に受け渡される。
「ともかく、ばれんたいんでぇのちょこれーとの代わりは拙者とさせていただきたく」
「……あ、ああ」
思わず受け取ってしまったが、いや、コレをどうしろと。
これではまるで……、いや、やめておこう。
その後は、何だかんだとありまして。
「これ、やる。別にお主にお返しというものは期待しとらんから、安心せい」
魃から溶けたチョコを貰ったりしつつ。
「よう、チョコレートを渡す相手のいないだろうお前さんのために俺がやってきてやったぞ」
店主に苦笑いされてみたりして。
「……お客様、渡す相手がいないのに用意してるわけないじゃないですか」
「チョコケーキくらい置いてあんだろ」
「だが、はたしてそうだろうか……!」
「いや、どっちだよ」
「いつから喫茶店にチョコケーキがあると錯覚していた……?」
「なん、だと……」
言いつつ俺は席に着く。
「お客様は、沢山くれる人がいるんでしょう? なぜ、私なんかから受け取ろうとするのやら……」
そう言って店主はカウンターに肘を着きながら困ったように笑っていた。
それは、いかにもな笑いで。
どこか寂しげである。
「うるせーよ。そら、まあ、チョコはもらえるけどな」
まあ、それは足を運んだ俺としてはあまり面白くないわけで。
「お前さんからのチョコはお前さんからしかもらえねーだろ」
「……欲張りだね、お客様」
「甘いものは結構好きだ。お前さんもな」
「……そういうところがバレンタインデーにチョコを沢山貰う秘訣なのかな?」
「だから、お前さんから欲しいつってんだろ」
言うと、遂に返事がなくなった。
ううむ、怒らせてしまったのだろうか。
そう思った瞬間、ことり、と卓の上に小さな箱が置かれる。
「……用意してんじゃねーか」
「……だって恥ずかしいじゃないですか」
「今日はバレンタインデーだろうがよ」
「だからこそ、早起きして準備してたなんて恥ずかしいんだよ? お客様」
「ありがとさん」
「……どういたしまして」
照れてるのか、店主のくせに。
「まあ、本当は少しだけ来てくれるかなーなんて」
「来なかったらどうしてたんだ?」
「恥ずかしさを背負いながら自分で……」
来てよかった。よくやった俺。
「でも、本当に来るなんて、やっぱりお客様ですねぇ……」
「んだよ」
「そのマメさがやっぱり秘訣なんですかっ?」
「なんのだよ」
よくわからんが、まあ、ちゃんともらえたしいいとしよう。
「んじゃあ帰るわ」
「はい、ありがとうございます。お客様」
「なにも食ってねーけどな」
「違いますよ。このありがとうございますはもっと別の意味で」
「ん、じゃあなんだよ」
「それは秘密ということで」
まあいいか。
そうして、俺は家に帰ることにしたのだった。
そうして、家に帰った俺に向かって、藍音は言った。
「薬師様のお部屋にリボンに包まれた精巧なダッチワイフが……」
「何も言わず放っておいてくれ!」
―――
バレンタインデーです。一時間後にはでしたになりますけど。
返信
男鹿鰆様
もう削げ落ちるかすぐさま家庭を持つかして欲しいですねあの野郎。
もう愛沙のところに婿入りしてしまえばいいのではないかと思います。
さて、作品の方ですが、読ませていただきました。会話のテンポが楽しかった、という印象です。中々小気味良く愉快にまとまっていました。
ただ、ここは台本形式に優しくない場所だと思いましたので、そこに関してはご注意を。ついでにルビが、というのはブラウザによるものだと思われます。火狐辺りだとルビタグ未対応で普通に文章中に表示されます。Aで使用すればルビタグ未対応ブラウザなら《えー》で表示されたかと。記憶違いでしたら申し訳ない。
リーク様
気がつけば遠いところまで来たものです。始めた当初はこんなことになるとは思いもよらず。
大体三百近くまで来たんですかね。大体そんなもんだったと思われますが。
銀子との差は、まあ……、雲泥、いや、つきとすっぽ、いや、なんでもないです。
ただ、愛沙がCなら銀子はえぐれ……、いや、なんでもないです。
ヒロシの腹様
まあ、一人で三スレも消費していいのかなぁ、って気分になって参りました。
我ながら長すぎてアレですね、何キロバイトくらい行ったのやら。
果たしていつまで続くのか、限界に挑み続ける作業のようです。
しかし、じゃらじゃらですか……、色々考えはあるんですけどね。まあ、そろそろいきましょうか。
通りすがり六世様
心機一転というやつですね。もう二話しかないと凄い違和感あります。
前はスクロールがやたらめったらたるかったので余計な違和感があふれ出してくれます。
魃は、器用に掃除料理はこなすのですが、編み物と裁縫だけは駄目な模様です。でも多分料理も何度も失敗して上手くなったものと思われます。
薬師のせくはらに関しては、奴がやる気になったらもうセクハラマンですよ多分。
wamer様
夢の四スレ目……、いけるんですかね、コレ。それはそれで心躍りますけれども。
果たしてどれくらい薬師がのらりくらりするか次第でしょう。
まあ、しばらくこのまま続きそうではありますが。
ちなみに、愛沙はC。美乳。
最後に。
Q,由比紀が薬師第二形態と戦闘するとどうなるんですか?
A,燃えます。