俺と鬼と賽の河原と。生生流転
閻魔の家の前。この間来たばかりだというのにやってくる羽目になったのは、極めて単純な理由である。
忘れ物だ。簡単な話である。
料理をするために脱いだ上着を置いてきてしまったのでこうして取りに来たのだ。
いつも通りに認証機に人差し指を当て、扉を開ける。
しかし、これでは俺が家の中に入って箪笥を漁ろうとしても対策のしようがないんじゃあるまいか……、と、ついこないだ同じようなことを考えた気がする。
まあ、んなこた、どうでもいい。
俺は部屋の中へ侵入する――。
と、そこには既視感が存在していた。
そこに居たのは閻魔ではない、妹の方だ、が。
なぜ。
こいつはスクール水着……、流行ってるのか。
流行に疎い俺だから分からないだけで実は流行ってるのかそういう話なのか。
所謂クールビズということか。
いや、だが、しかし。
「……何故だ」
「……え? あ、あれ?」
鏡の前に立つ閻魔妹に、俺の疑問は尽きないのだった。
其の二十 俺と紺布。
「簡潔に理由を話してくれると俺の精神衛生上助かる」
「え、えっとね?」
何故か、俺の前でスク水少女が正座している。
由比紀は何故か、というか今日は縮んでいたりして、状況を余計に分からなくしてくれる。
「……職場に居場所がなくって」
「ん?」
ぼそりと呟かれた言葉。
聞こえなくて聞き返したというよりは確認の意味合いが強い。
「職場に居場所がないのよう……」
「あー……、はいはいなるほど。うん、お前さんはもう用済みか」
由比紀の職場、つまり緑の喫茶店だが、藤紫のやつが戻った時点で従業員が一人余分になるわけだ。
「……そりゃね、店長も別に構わないって言ってくれるのよ」
「ふむ、ま、そりゃそもそも店員が必要な店とは思えん」
「そもそも、私の仕事……、店長の話し相手だったから」
「そーかい」
確かにまあ、客は来ないしあのよく分からない寂しがりの店主である。
普通の店員としてよりも、話し相手としての比重が大きかったのだろう。
「でも、でもね、妹さんがやってきて、それは良かったんだけどね? 二人の仲に入り込めないのよ……!」
「まあ、そうだろうなぁ……」
「それに、やっと、再会したんだから邪魔はしたくないじゃない。だからできるだけ目立たないようにしてるんだけど……」
微妙に気遣い体質な由比紀だし、今日も貧乏くじというやつか。
「でも、このままだと……、誰からも忘れられそうだから、キャラ付けが必要かしら……、と」
それでこの様か。
そういう姉妹ということで推していくのか貴様。
「これに猫耳と尻尾と、手足をそれっぽくすれば……」
「色々と極まってんな……」
悩むと何をしだすか分からんな、由比紀。
「だ、だって……」
じわ、と由比紀の目尻に涙が溜まる。
今にも泣き出しそうだと思ったら。
「か、構って欲しいのよぅっ……!」
泣いた。
そこまでか。そこまでして構って欲しいのか。
ぽろぽろと涙を流す由比紀。
まったく困った構ってちゃんである。
しかし、どうしようか。
このまま泣かせておく訳にも行くまい。
「うぅっ……」
縮んでるから更に涙腺が緩んでいるのかもしれないな。
まあ、なんにしたって泣かせておく道理はない。
俺はどうしたものかと考えた末、こう答えを出した。
「あー……、そうだな。甘やかしてやろうか?」
由比紀は、涙目で俺を見上げると、こくりとだけ頷いた。
とりあえず、ソファに座って抱きしめてみる。
よしよしと、子供をあやす様に。
「……あ」
ぎゅ、と、背中に回された手に力が入ったのを俺は感じた。
「よしよし」
「あぅ……」
縮んだ由比紀はいかにも小さい。
そんな由比紀は俺の胸ですんすんと泣いていた。
「うー……。ごめんなさい。面倒くさくて」
「別にいい。それに、そうだな、夕飯も作ってやるよ。何がいい?」
「……うん。考えとく」
頷いた由比紀の背をぽんぽんと叩いて、俺は苦笑した。
「よしよし、無理してキャラ付けなんてせんでいいぞ。十分だろ」
「でも私……、突然縮んだりして、ただでさえよく分からないのに……」
「いいじゃねーか。普段は綺麗だが、たまに可愛いってのは、ずるいだろ。楽しめよ」
言うと、由比紀は意外そうに俺を見上げる。
「そ、そんなこと、一度も言ったことないのに……」
正直、こんなこた口が裂けても言いやしないのだが。
しかし、甘やかしてやると言った手前。
仕方ないか。
俺は、見上げてくる由比紀を見つめ返す。
「いつも思ってはいるぞ。絶対言わないけどな」
由比紀の顔が赤く染まる。
「……え、あ、ぅ……」
ぎゅっと、今一度手に力が篭ったのを感じる。
そして、逸らされた視線が、今一度絡む。
「その、ね?」
「なんだ?」
「その……、この体になると、体にひっぱられて、情緒不安定になるから……」
「ふむ」
「し、仕方ない、わよね?」
首を傾げて、問うてくる。
何が、と聞く前に由比紀は言った。
「遠慮なく甘えちゃっても……、か、構わない、わよね」
その問いは自分への物なのだろう。
俺の答えなら既に出ているのだから。
「い、行くわよ?」
「構わん」
そして、由比紀が意を決したようにごくりと喉を鳴らしたその時。
俺は一応言っておくことにした。
「が……、戻ってるぞ」
「……え?」
俺はよく伸びる素材だ、と関心しきりである。
でも、体を包む紺の布ははちきれんばかりで。
「きゃあっ!?」
驚いて身を引く由比紀。
つか、気付いてなかったと言うのか。
「す、す、すぐ着替えるわ!」
そして、めちゃくちゃ混乱する由比紀。
「おい、ここで脱ぐな……、って脱ぐの早いぞこの野郎」
「え、あ、やっ、見たらダメ!!」
いや、そちらから見せておいて、というのは言うべきではないだろう。
わざとらしく横を向いて目を瞑る俺を余所に、どたばたと走る由比紀は、自分の部屋に向かったのだろう。
ときたま慌てた声と、ばたばたとうるさい音が聞こえてきて、混乱の度合いが分かるという物だ。
そして、帰って来た由比紀はと言えば、パジャマ姿で。
「ご、ごめんなさい、こんなのしかぱっと出てこなくて……」
そんな由比紀へと、俺は苦笑を向けた。
よく見ると、ボタンを掛け違っているではないか。
そんなボタンへと、俺は手を伸ばした。
「あー、あれだ。お前さんはアレだな」
「え?」
ボタン直しつつ、俺は言う。
「うむ、普段から可愛いんだな」
と。
言えば、由比紀の顔は赤く染まり。
そして――。
「……燃えた」
炎を纏いながら倒れていったのであった。
―――
せっかくなので前回と絡めて閻魔妹。
返信
リーク様
薬師式上下法による被害報告でしたね。ろくでもない野郎です。最近パワーアップしました。
刺されても痛いで済んで、そこからのリカバリーでまた点数を稼ぐ気でしょうね。
もう首が落とされて山崎君とお揃いとか言っていればいいんですよ。
そして、カンストしてるはずなのにまだ上昇。そろそろバグってくるころですね。
通りすがり六世様
私もすっかり寝落ちが板に付いてきました。返信している現在も眠くてタイピングが不安定です。
もう閻魔の料理と薬師の銃撃は同じ部類だと思います。次元を捻じ曲げても失敗する的な意味で。
しかし、一工程に関わっただけで食物を毒物に変えるとか、手から何か出てるんですかね。
菌とか、オーラとか波動とか、よく分からないそんな感じの何かが。
がお~様
水着着ているからと言って、たくし上げて見せるのもよし。
セーラー上で完全体を見せ付けるのもまたよし。
そして、水着だけで健康的に泳いで見せるのもまた、よろしい。
つまり、状況や嗜好にあわせてアーマーパージしていくことができるスク水セーラーは無敵だと思います。
男鹿鰆様
何故か継続したスク水の流れでした。こんな簡単に美少女のスク水を拝める薬師は変態だと思います。
今回もあられもなかったです。サイズ小さめスク水という特殊な着こなしでした。
しかし、液体が固形化して膨張する食べ物とかもう食べ物にしなければ別の使い道がありそうな気も。
閻魔妹はもういっそ泣き落としで結婚まで持っていったほうが早いんじゃあるまいか。
月様
そう言っていただけると嬉しいです。待っていてくださる方がいるというのはやはりモチベーションにつながりますね。
ということで、閻魔妹をお届けいたしました。
最近話を書く速度が低下気味ですが、なんかたまにある筆が遅いときってだけなのでまだまだ頑張ります。
番外編とかも書きたいですね。たまにはめちゃくちゃ甘いような奴で。
最後に。
何で閻魔妹は小サイズのスク水持ってたんだ。