俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「よぉ」
「あらあら、ようこそいらっしゃいました、薬師さん」
俺は玲衣子の家を訪ね、玄関先で手を上げた。
「それで、今日はどうしたのですか?」
玲衣子に問われ、俺は上げていた右手を下げ、今度はもう片方の手に持っていたものを頭の横に掲げて見せた。
「いい酒が手に入ったんで、どーよ?」
笑って問うと、玲衣子もまた、柔らかく微笑んで返す。
「あらあら。困った人ですわ。女性の一人暮らしに夕刻に酒を持ってだなんて」
「それを言われると耳が痛いな。しかしなー、家にまともに酒飲んでくれる奴もいなくてな」
「あら? たくさんいませんか? うちの季知ちゃんとか」
「お宅の娘さん酒に弱くて。他の面子も……、性質が悪いとか、酌させてるみたいな感じになったりとか」
それが悪いとは言わないが、その時々の気分と言う奴だ。
「そうは言っても、私も強いほうじゃありませんの」
「ん、そうなのか?」
「ええ。飲むと、少し自制が効かなくなってしまいますから」
「へぇ、そーかい。っても、持って来ちまったからな。ちょっとだけ、付き合ってくれ」
「ええ、少々でしたら」
「おう」
と、俺は靴を脱いで、奥の部屋へと歩いていったのだった。
俺が持ってきたのは、日本酒が二本ほど。
「では、我が家のも出しましょうか」
そう言って玲衣子が持ってきたのが一本。
「そんなん持ってたのか?」
「たまに飲みますから。たまにしか飲まないから、それなりにいいものを買ってますわ」
なるほど、そこそこ良さそうだ。
だが、かく言う俺の品も下詰の秘蔵の一品。
あいつと賭けをして手に入れたものである。
「じゃ、早速開けるとするかね」
とにかく飲もう。酒の肴は玲衣子が用意してくれた。
「つーわけで乾杯」
其の二十三 喉元を過ぎ行く熱さ。
流石に下詰は良い物を隠し持っていたようで、酒も中々進んでくれる。
三本あった一升瓶の内二本は既になく。
今正に俺は、三本目に手を出そうとしていた。
「おっと、空だな。ほい」
「ありがとうございます」
そんな訳で玲衣子と二人呑んでいるが、こう見えて玲衣子がほとんど飲んでいないことはわかっている。
開けた瓶もほとんど俺が呑んだと言っても過言ではない。
玲衣子はさりげなく、こちらに酒を勧めたり、肴を出したりして自身はちびちびと口を付ける。
強くないと言っていたから、悪酔いしないための術なのだろう。
流石に俺も、そんな女に無理に酒を勧めることはしない。
一応空けば注ぐが、それ以降は自分の好きな感じに呑めばいいだろう。
呑み方は人それぞれということだ。ぶっ倒れるようなことがなけりゃそれでいい。
と、まあ、そんな感じで新しく開けた一本の一口目をほんの少し、舐める程度に呑んだ玲衣子だったが。
「あら……」
くら、と体が傾いだ。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「本当か? 無理すんなよ?」
「はい、少しだけ強いお酒だったみたいで驚いただけです」
「そうか?」
別に顔色が悪いわけでもないが……。
「そういえば……」
「どうした?」
「少し席を外しますわね」
「おう、辛かったら無理すんなよー」
立ち上がり、歩き出す玲衣子に声を掛けると、玲衣子はそのまま振り向かずに答えを返した。
「大丈夫ですわ」
そんな玲衣子を見送り、俺もまた、新しい酒を呑んでみる。
が。
「む……?」
舌への刺激、この辛味、喉の熱さ。
「下詰の野郎、どんな強い酒寄越してきたんだ……!?」
今まで呑んだ中で十指に入るどころの騒ぎではなくダントツで強い。
面食らった俺は、瓶を持ってまじまじと見つめる。
「鬼キラー……、ふざけた名前を。んで、度数……、150度……?」
ちょっと待て。
ちょっと待て。
アルコール度数とは、この酒の中身のどれくらいがアルコールなのか、という割合である。
つまり、この酒はアルコール十五割ということだ。
五割どっから出てきた。
下詰が自信満々に、お前でも一撃でノックアウトだと言ってきたからどんなもんかと思ったらもう酒と呼んでいいかすら怪しいだろうが。
ちなみに通常の酒の最高濃度となると、九割六分……、96%である。
「……つーことは」
あの玲衣子、めちゃくちゃ酔ってるんじゃなかろうか――。
「薬師さん」
背後から呼ばれて、俺は振り向いた。
なんだかいつもより弾んだ声が少々気になりつつも。
「おう、無事か……」
……無事じゃなかった。
「どうしました?」
「……いや。大丈夫か?」
「大丈夫ですわ」
それの一体何処が大丈夫なのか。
今の玲衣子は。
何故か学生服姿であると言うのに。
「……それとも、セーラー服の方が好みでしたか?」
「……いや、そういう話じゃないんだ……」
じゃあ、どういう話かと問われると、些かスカートが短すぎないかとか。
ニーソックスまで装備するというのは何処まで用意がいいのかとか。
「……それとも、こんなおばさんでは、見るに耐えませんか?」
「ある意味、目に毒ではあるが……」
心を落ち着けるため、俺は持っていた杯の中身を喉に流し込む。
が、しまった、そういやコレの中身は度数のきつい酒だった。
いまいち心落ち着けるようなもんじゃない、というか逆効果だろうコレ。
流石下詰というか、俺ですら速攻で落ちそうだ。
「そうですか……?」
目に毒だと言われ、しょんぼりとしている玲衣子。
俺はそんな玲衣子を上から下まで見つめる。
「ああ、綺麗だぞ」
「え、そう、ですか……?」
「そんなの、どっから出してきたんだ?」
「私の学生時代のもの、ですわ」
そう言って、どこか照れくさそうに玲衣子は俺の隣に座る。
「ほぉ。似合ってるぞ。可愛い可愛い」
「か、可愛い、ですか……?」
俺は、更なるもう一杯に手を出しながら頷いた。
「いつもは落ち着いた感じだからな。そうしてるとなんか可愛い」
そう言うと、玲衣子は酒のせいで赤い顔を更に赤く染めた。
「あまり、見ないでくださいませ……」
「見せるために着たんじゃねーのかい?」
「それでも、まじまじ見るのはご法度ですわ」
そう言って、はにかみながら微笑む。
「いやしかし、たまにしか見れない稀有なモノなんだろ? 珍しいものには目がなくてな」
「しっかり見てるじゃありませんか、その目で」
「心の眼ということでここは一つ」
そう言って玲衣子を眺めていると、立ち上がり彼女は俺の背後へと回った。
「そんなことしても、振り向けば……」
「ダメですよ、薬師さん」
「ぬ」
後ろから抱きつかれた。
確かにこうなっては見ることは難しいだろう。
その体勢から、耳を甘噛みされる。
「おう、なにしてんだ」
「私も、珍しいものには目がありませんの」
「俺の耳なんぞ珍しくもないだろ」
「珍しいですわ。今のこんな状況は」
頬に口付け。わざとらしい音が鳴って、離れる。
「何がだよ」
俺の胸元に手が入り、胸板を触られる。
「おい、くすぐったいぞ」
「じゃあ、私の胸にもそうしてみますか?」
「ふむ、公平だな」
「ほら、やっぱり」
「何がだよ」
「秘密ですわ」
言うなり、玲衣子は俺の手を取って後ろへと回し、俺に肌の温かみを確認させる。
「そこ、胸か?」
「どうしてです?」
「いや、低すぎだろ、位置」
「じゃあ、何処だと思いますか?」
「知らねーよ」
「太股です」
「そーか」
「どうですか?」
「やわらかくてあったかい」
「……そーですか」
首元に、熱い吐息が掛かる。
と、そこで玲衣子は言う。
「私、少し眠くなってしまいましたわ」
「そーかい。ん、酒もなくなったな。寝るなら布団で寝ろよ」
「動けそうにありませんの、私。運んでくれませんか?」
「いーけどな」
そりゃ誘ったのは俺だから、それくらいはしても罰はあたらんってもんだ。
そう考えて玲衣子を抱えあげると、玲衣子は俺の首に腕を回して積極的に体を押し付けてくる。
「動けないんじゃねーのかよ」
「もう抱えてしまったのですから、このまま、ね?」
「当たってるぞ」
「生で当てた方がいいですか?」
「後にしてくれ」
部屋まで運んで、俺は玲衣子を布団の上に下ろした。
「さて……、俺は片付けして帰るからな」
そう言って、俺は部屋を後にしようとするが、それは叶わない。
首に回した腕を、玲衣子が外してくれなかった。
「寂しいので、一緒に寝てくれませんか?」
「帰らせろ」
「ダメですか?」
ふむ、と考える俺。
流石にいい大人が朝帰りってのも格好が付かん。
ちゃんと後始末して帰るべきだろう。
と、冷静な俺は考えたのだが。
俺もなんか眠いし、眠かったので。
「あったかいですわ」
「そーだなぁ。まだ夜は冷え込むしな」
「そうだ」
「なんだ」
「おやすみのキスを、してくれませんか?」
「んー……?」
眠い。
「……おう」
おやすみ。
「ふふ、うふふ、好きですよ、薬師さん」
「んー……、へいへい」
朝起きたら、全裸の玲衣子が隣で寝ていた。
と思ったら俺も全裸だった。
「……」
オマケ
「ところで下詰。どうやったらあんなもん作れるんだよ」
「何の話か分かりかねるが」
「こないだの酒だよ」
「アレか」
「酒と呼んでいいかすら怪しいぞ。あのLv3 濃縮エタノールは」
「自信作だからな。数多くの妖怪伝説における酒のように、どんな妖怪だろうが急性アルコール中毒で一撃だ」
「別にアル中で死ぬわけじゃねーから。アル中でヤマタノオロチとか死んだら空しいだろうが」
「関連商品に天狗スレイヤーもあるが。呑むか?」
「嫌だ」
―――
玲衣子が酒を飲むと、攻撃力アップ防御力ダウンします。つまり押しが強くなりますが押しに弱くなります。
でもいつもと変わってないような気も。
返信
男鹿鰆様
いやあ、私が小学生だったころ、道端に膨らんだ近藤さんが落ちてたことですし。
後、友人は公園で尻を拾ったことがあるそうです、所謂なんちゃらホールというアレを。その内運がよければきっとワイフにも会えますよ、ダッチなほうの。
いやはや、そろそろ番外編も書きたいですね。書きたいって言うだけなら簡単なんですけどね。
ネタという名の砂糖が濃縮してきたのでそろそろ吐き出したいんですが……。
1010bag様
2週間もパソコンに触れなかったら自分だったら多分手が震えますね。せめてキーボードだけでも持っていかねば禁断症状が出ます。
そして、やっぱり玲衣子さんでした。結局、何が起きてもあまり変わらない人だと思います。
もう、素直になる薬とか酒とか、攻撃力ブーストアイテムとしか思ってないんじゃないかと。
薬師は、奴はもうダメです。酔うと更にダメになるようです。
通りすがり六世様
発火する石ですか。リンの塊だったりしたら燃えそうですかね。そういう事件を考えると拾い物がどうなるかは気をつけないといけないことなのかもしれません。
むしろ薬師は火達磨になるぐらいで丁度いいかも知れませんし、春奈もけろっとしてそうですけど。
ていうか、道端に落ちてる近藤さんとかデフォだと思ってました。幼少の頃道端に落ちていたので。
この一家ある意味二対一ですからね、しかし春奈を選んだ場合、愛沙が義母さんというシュールなことに。
月様
了承すればそのまま貰われていけた気がするんですけどね。
しかしこれはもうやはり貰われるシナリオを書けという神託なのでしょうか。
近日私の両手が暴走することもあるかもしれません。
そうなったとき貰われるのが愛沙か薬師かわかりませんが。
返信
そもそも今回の話って玲衣子を酔わせてみたって言うより薬師を酔わせてみたなんじゃ……。