俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「……ぬ?」
目覚めると、俺の腹の上にずっしりとした重み。
これは、誰かが俺の上に乗っている重みだ。もう慣れた。
しかし誰だ。
そう思って目を開く俺へと、声が掛かる。
「……おはようございます、お父様」
「……気持ち悪いな」
「そ、そんな……、気持ち悪いだなんて酷いです」
「――銀子」
「てへ」
無論、俺の布団に入っていたのは俺の愛娘ではない。
銀子だ。
「何故ばれた」
「重量」
子供と大人の差である。
「……」
「どうした」
「……ちょっと待ってほしい。今重いって言われたショックから立ち直るから」
いや、別に由美と比べりゃ重いってだけで、本人が重いというわけではないのだが。
……まあいいか。
「で、今日はどうして俺の布団にいるんだ?」
「そんなの気にしなくてもいいくせに」
「何故そうなる」
「由美とか、藍音とか、憐子とか、にゃん子とかたまに普通に寝てる」
「お前だけは許しちゃいかん気がするんだ」
「えこひいき」
由美から順に、別にいい、頭が上がらん、逆らえん、まあ猫だし、の順である。
「で、どうした」
「一人の夜が寂しくて……」
「怖い映画でも見たか」
「……なんでそういう人になってるの」
「自分の胸に手を当てて聞け」
「薄い胸しかない」
「すまん」
「……ない」
「すまん」
まあ、とりあえず。
俺は身を起こし、銀子を退ける。
とりあえず朝飯だ。
部屋を出て、廊下を歩き始める俺。
と、そんな時。
「ところで、お願いがある」
「なんだ?」
お願いがあると言った銀子は、振り向いた俺に、自分の部屋を開けることで応えた。
そうして、俺が見たのは。
「これ、どうにかして欲しい」
……凄まじい煙の洪水だった。
思うに、実験でもして煙が漏れ出したのだ。
なるほど、俺の部屋で寝てたのは……。
「これが理由か」
「てへ」
「てへじゃねぇ」
「えへ」
「帰れ」
「やっくんの胸の中に帰る」
「消えろ」
其の二十四 俺と私の秘薬。
「そもそも、なんであんな煙てぇことになってんだ」
問われて、銀子は一つの瓶を手渡した。
「なんだそりゃ」
首を傾げる薬師へと、銀子は昨日出来上がったばかりのその液体の名前を言う。
「健康ドリンク」
「あ?」
「言うなれば、マッスルドリンコ」
「それ最悪毒付くから」
と、薬師は半眼を向けてくるが、それは安全確認済みの代物だ。
「大丈夫」
「本当か?」
「うん」
故に頷いてみるも、薬師はまだ怪訝そうで。
「怪しいな」
「大丈夫、マジ」
「……怪しい」
「信用ない」
自分が撒いた種とは言え、少し悲しい。
恨めしそうに銀子は薬師を見つめる。
「そーだな。じゃ、とっとと朝飯食うぞ」
と、言った時には煙たかった部屋は綺麗そのもの。
「……ありがと」
飲んでくれないのは気に入らないが、しかしなんだかんだ言ってツンデレな辺り彼らしいと言うもので。
お礼を言ったら、無視された。
「うー……!」
「何言ってるんだお前さん」
「ありがと」
「……どーいたしまして」
そうして、いつもの朝食が始まる。
で、なんだかんだと有った後、ソファの上で銀子はいじけていた。
理由はと言えば、薬師が自信作のドリンクを飲んでくれないことである。
何が悪かったのか。
「……日頃の行い?」
それはもう取り返しが付かない気がする。
「……やっぱり、液体の色が。次からは蛍光緑はやめよう」
しかしやっぱり、好きな人が警戒して飲んでくれないのは寂しい。
何せアレは、精一杯の心遣いで作ったものなのだ。
無駄飯食らいなりに頑張ってみた結果である。
ちなみに藍音や季知にも渡しておいた。季知はやっぱり蛍光緑の色に難色を示していたが。
しかしそれでもやっぱり最高傑作と言ってもいい出来だ。
何せ副作用が出ない。別に爪が緑色になったりもしない。それでいて最高の効果だ。
でも、飲んでもらえない。
「おーい、銀子」
飲んでもらえない。
「銀子?」
「なに」
精一杯口を尖らせてみた銀子に、にぶちんは気にした様子もなく。
正に仕事に行く寸前と言った格好で銀子に声を掛けてくる。
「あの健康飲料とやら、効果は今のところ知らんが味が最悪すぎるぞ。何とかしろ」
やっぱり彼はツンデレである。
「そうする。すぐする。したら結婚してくれる?」
「無理」
研究に没頭すると時間を忘れる。
特に今日は、鼻歌交じりで二十時間。
上機嫌マックスで作業し、すっきりさっぱりひと段落。
とりあえず部屋から出て、適当に何か飲むことにする。
夜は静かで、今頃は皆が皆寝静まった頃だろう。
こっそりと廊下を出てできるだけ音を立てないように居間まで降りて、そのまま通り過ぎて冷蔵庫。
牛乳が見える。
牛乳は素敵だ。カルシウムは胸を育たせる。
たとえそれが迷信だったとしても構わない。牛乳の白には夢が詰まっているのだ。
「ふぅ……」
飲み干した後のコップをシンクにおいて、銀子は居間へと戻る。
と、そんなときである。
「よぉ」
こんな夜中に、まさか薬師と鉢合わせとは思わなかった。
「どうしたの?」
「いや、そんなことより、お前さんのアレ、よく効いたぜ」
「ほんと?」
「ああ、効いた。いつになく調子良かった」
「よかった」
嬉しい。人知れずこっそりとテンションが上がる。
の、だが。
「おかげで未だに眠れないけどなッ!!」
「てへっ」
「効きすぎだ馬鹿」
「えへへ」
銀子は笑ってソファの上に座った。
「じゃあ、私とお話しする」
「なんでだよ」
「私も眠れないから」
「飲んだのか」
「臨床試験」
「阿呆」
「えっへん」
「威張るな」
言いながらも、薬師は銀子の隣に座ってきた。
「えへ」
「楽しそうだな」
「えへへ」
「まるでアホの子だ」
「アホの子じゃない。私は頭いい」
「そーだな。よく効く健康ドリンク作った結果、効き過ぎで寝れないほどにはな」
「いじわる」
わざとらしくいじけたように薬師の胸を突いて上目遣いで見上げる。
無論、彼は動じもしない。
「ぶーぶー。でも貴方はそんな私と朝まで語り明かす」
「いや別に、部屋戻ってゲームしててもいいんだが」
「やだ」
「おい」
「一人で朝までは寂しい。というか怖い」
「怖いってお前さん。よく徹夜してるくせに」
「研究に没頭してられないと怖いもん」
「そーかい」
呆れたように薬師が肩を竦める。
だが、怖いものは怖いのだ。
「なにもしてないと、ふと窓が気になって。窓の外にもしも何かいたらと思うと眠れない」
「逆に考えるんだ。寝れないんだからいっそ良いと考えるんだ」
「でも、そろそろ寝たい」
「何日徹夜した?」
「三日」
と、言った時点で重大な事実が発覚する。
その発覚した事実に、銀子はすすす、と薬師から距離を離した。
「なんだよ」
聞いてくる薬師に、銀子はいい難そうに言葉を返す。
「今気が付いた」
「何を」
「私……、今、えっと。三日くらいお風呂入ってない汚銀子さんだから、近づかない方がいい」
没頭しすぎると、色々と忘れすぎてしまうのが悪癖だ。
直したくても直せないのだからしょうがない。
「きっと、臭い」
だが、薬師はと言えば気を遣ったのかなんなのか。
「いや、まあ、でも臭いまではそう気にすることはねーだろ」
「臭い、ゼッタイ」
「女ってのは往々にしてそういうの気にしすぎなんだよ」
言いながら、薬師が銀子の臭いを嗅いでくる。
まるで抱きしめるように、首筋の辺りを。
「……あひぃ」
「変な声だすな」
首筋に、鼻息が掛かって、なんとも言えない。
「おい、どうした」
「……その、いきなりそっちからそういうことされると、照れる」
顔に血が集まり気味なのが分かる。
後ついでに臭いも気になるから余計恥ずかしい。
「……ひぎぃ」
「変なこと言ってないと落ち着かんのか」
「……それで、どう?」
吐息の熱さに耐え切れず、銀子は問う。
答えは――。
「ああ、問題ない、良い匂い……、いや、すまん。本当にすまん」
「OH……」
目を逸らされた。
「いや、まあ、マジの話をすると、薬品くせえ」
「それはそれでOH……」
「ま、でも薬品の臭いだから別に問題あるまいよ」
「つまり、くっついてもいいと」
「そうは言ってない」
「……でもくっつく。仕返しする」
そう言って銀子は、逆に薬師の臭いを嗅ぎに行く。
「くんかくんか、すーはー」
「あえて口で言うな」
「やっくんの匂い」
「恥ずかしいわ」
「男臭い」
「やめろ」
「濡れる」
「もっとやめろ」
「どきどきして来た」
「知らん」
「続ける」
「おいやめろ」
「でも本当は」
「本当は?」
「私と同じ匂い」
「そりゃお前さんがたまに勝手に俺の石鹸やら使ったりするからだろ」
そんな言葉に、銀子は一つだけ答えてみた。
「ロマン」
―――
よく分からんことになりました。
返信
通りすがり六世様
エタノールなので目に来るかどうかは分かりませんが、まず間違いなく肝臓が爆死します。というか急性アルコール中毒ですね。
そしてどうでもいい余談ですが、前回の話は私が何故かミニスカニーソの太股の眩しさを再確認したためできた話です。本当にどうでもいいです。
しかしブレザーですか。そういえば閻魔の家にはまだブレザーがあることでしょうし……。
一体誰に着せたもんでしょうかね。
月様
アルコールが150%つまりアルコール以上の何かと化してますね。
鬼キラーさんは酔わせた後殺すどころか酔わせて殺す領域に達しました。
きっと大天狗でもなければ死んでたことでしょうし、玲衣子も舐めるように少量じゃないと危なかったことでしょう。
一体どうやって作ったんだそんなもん。
男鹿鰆様
つまり完璧なアルコールにアルコールをトッピングした結果が鬼キラー。
とりあえず薬師に天狗スレイヤー飲ませれば既成事実は作れると思いますよ。
天狗スレイヤーとはもう、とある大天狗を社会的に抹殺か、人生の墓場的な意味で殺すためのものなんじゃないかと思います。
ワイフ拾った友人はその頃純粋無垢で、父親に父さんなんか外に尻落ちてたけどこれなにー、と持って帰ったそうです。その話を聞いたときは思わず合掌せざるを得ませんでした。
wamer様
確かに色々な意味で落ちてましたね。
酔って思考が鈍った結果がこれだよ! 酒って怖いですね、はい。
そりゃ伝承の妖怪たちも呑まされて死ぬわけですよ。薬師も次ガチで酔ったら人生の墓場です。間違いなく。
もう天狗スレイヤー呑んでしまえばいいと思いますよ。そしたら次の日には間違いなくアレですから。
1010bag様
翌朝にはすっかり復活しているから恐ろしいところですかね。
しかし、攻略法は確立されたと思います。酔ってる隙に完全に落としきればあとはそのまま。
「お酒美味しい?」「おーう……」「おつまみも美味しい?」「おーう……」「お酒好き?」「おーう……」「あたしのこと好き?」「おーう……」「じゃああたしと結婚する?」「おーう……」「じゃあコレにサインして」「おーう……」
と、まあこんな感じでとんとん拍子にことが進むでしょう。次の日には式ですね。
最後に。
きっと銀子の最後の台詞はめっちゃドヤ顔。