俺と鬼と賽の河原と。生生流転
……なんだ。視線を感じる。
こちとら寝ているというに一体なんなんだ。
敵意は見られないから別に寝ててもいいのだが、じっと見つめられている環境の中寝ていられるほど俺の神経は太くない。
「……誰だ?」
俺は目を開く。
すると。
「……起こしてしまいましたか?」
「何で見てるんだよ」
そこには見慣れた銀髪のメイドの姿が。
「藍音」
一体どういうことなのか。
何故藍音は寝ている俺をじっと見つめ続けるのか。
「今日、銀子の渡してきた栄養ドリンクを飲んだ結果、眠れなくなりました」
なるほど。そうか、納得した。
「おのれ銀子」
其の二十五 俺と眠れない夜。
「眠れないので、これはチャンスと薬師様の寝顔を見つめることにしました」
「なんでだよ」
「見たいからです」
「帰って寝ろ」
「寝れません」
まあ確かに、銀子の栄養剤の効能は確かとしか言いようがない。
そら寝れないことだろう。
しかし、問題はそこじゃない。
「どれくらい見てやがった」
「かれこれ三時間ほどです」
藍音がしれっと答える。
対する俺は頭を抱えた。
「うわ恥ずかし」
むしろなんで今更起きたんだ俺。色々な意味で恥ずかしいぞ。
これならもう朝まで寝てろよ俺。
後悔の念で一杯な俺に、藍音はいつもの無表情で俺に言う。
「では、私に構わず、ごゆるりと睡眠を」
「寝れるかボケ」
何をしれっと言っているのかこの藍音は。
俺の隣で正座したまま動く気のない藍音へと半眼を送るが、見つめ返してくるだけでどうしようもない。
「もう気合で寝ろよお前さん」
「私一人の力では不可能に近いです。しかし、薬師様がおやすみのキスをしてくださった場合、嬉しさのあまり気絶します」
「ねーよ」
「残念です」
まあ、効果が切れるのを待つしかないのだろう。藍音の手には乗らんぞ絶対。
俺は大きく溜息を吐いて、身を起こす。
「仕方ねー……」
「どうしましたか」
俺は、胡坐をかいて藍音を見つめる。
「目が覚めちまっただけだ。それだけだ」
「もうしわけありません」
「知るか。そんなことより暇になったぞ、なんかねーのか?」
そう言って俺は肩を竦めた。
「……そうですか。お付き合い、ありがとうございます」
「目が冴えただけだ」
「そうですか。しかし、暇つぶしですか」
「ああ」
では、と藍音が優雅に立ち上がる。
「手品を」
「おお」
次の瞬間、スカートが翻り、いつの間にか藍音の手には一枚の紙切れが。
なるほど、手品っぽい。
「ここに、先ほど念写した薬師様の寝顔の写真があります」
手品っぽいと一瞬でも思った俺が馬鹿でした。
「……おい」
自分の寝顔とはどうしてこうも間抜けなのだろうか。
普通はとても人に見せられるようなものではないだろう。
俺は、とりあえず回収しようと手を伸ばすが、藍音はすっと手を引いてそれをかわす。
「消えました」
そして、ぱっとその手から写真が消える。
「消えましたじゃねーよ」
手品どころじゃねーよ。
「はい」
「はいじゃねーよ。出せ、そして燃やす」
「わかりました、では」
不気味なほどに素直。
藍音が肯定すると、藍音は突如として服の襟を緩め、胸元の辺りまでボタンを外す。
「消えたはずの写真が出てきました」
「……出てきましたじゃねーよ」
「どうぞお取りください」
なるほど、写真は出てきた。
出てきたが――。
それは藍音の胸の谷間に挟まっていた。
緩められた胸元から覗くその峡谷に手を突っ込んで、取れというのかこいつは。
「どうぞ」
「……」
どうする。
本気でどうする。
「要らないのでしたら、これは私が」
藍音は、そのままボタンを留めてしまおうとするが、俺はそれに待ったをかける。
「待て」
大丈夫だ。世間体的には色々不味いがぱっと取ってぱっと終わらせれば一瞬だ。
一瞬で終わらせろ、何か余計なことが起きる前に神速果断に一撃で決めろ。
大丈夫、俺ならいける。
俺は心を無にして速攻で片を付けることに決めた。
ならば、あとは迷うだけ無駄。
「そい」
「消えました」
「……消えましたじゃねーよ」
俺の手には、藍音の胸の感触以外に何もありはしなかった。
これでは藍音の胸の谷間に手を突っ込んだだけの変態である。
……変態である。
「しかし、本当はもう少し奥にありますので」
「ええい、こうなったらもうどうにでもなれ」
もう少し、手を奥へ。
柔らかいだの温かいだのそういった主観は全て無視だ。とにかく可能な限り早く片付けないと最悪誰かが乱入してとんでもないことになる。
手が、写真の硬い感触に触れる。
掴んだ。
即座に抜こうとする俺。
だが。
「……抜けないんだが」
「そうですか」
「押し付けてくるな」
「強引に抜いてくださって構いません」
「……」
俺の手への圧力が増していて、手が抜けない。
両側から藍音が押さえつけているのだ。
「……落ち着け、そっとその両手を離せ。俺を自由にしろ」
「わかりました」
そして今一度、不気味なほどに素直に、藍音が両手を離し、俺は手を引き抜くことができた。
の、だが。
「……おい」
「なんでしょう」
「この野郎」
「どうしましたか」
「これ、お前さんの写真じゃねーか」
「はい」
「はいじゃねーよ」
俺の手の中の紙切れには、藍音が無表情で写っている。
「俺の写真を寄越せよ」
「消えました」
「消えたのか」
「はい」
「はいじゃねーよ」
「では、確かめて下さって構いません。どうぞ、私の服を剥ぎ取って確かめてください」
「随分な自信だな」
「はい。本当に消えましたから」
「嘘だな」
「だから、証明するのです」
「はっ、後悔させてやるぜ。絶対奪い返す」
俺は意地になって、藍音の肩を掴む。
「……意地でも返してもらうからな……、って待て待て待て」
「なんでしょう」
「脱がさねーよ? 脱がさないからな?」
「残念です」
途中で冷静になった俺。深夜しかも微妙に眠いときの気分と勢いに任せるのは実に危険だということがわかった瞬間だった。
「では、脱ぎますのでお確かめください」
「おい待て早まるな」
「何故でしょう」
「さっき残念ですって言ったろ」
「薬師様の手で脱がして貰えないのが残念ですが、仕方ないので自分で脱ぎます」
「やめろ」
「そして大声で喘ぎます」
「わかった。俺の写真はお前さんにやる」
「ありがとうございます」
「流出させるなよ?」
「私だけのものです」
いつの間にか、俺の写真が出てきていて、それを藍音は抱きしめるようにして、そして少しだけ頬を赤く染めてどこか嬉しそうにしていた。
その様に、俺は溜息を吐く。
「何が楽しいんだか。ってか何に使うんだよ」
「……枕の下に敷いておきます」
「毎日現実で会ってるだろーが」
「では、毎日一緒に寝てくれますか?」
藍音が、首を傾げて問う。
「せめてたまにで頼む」
「では、枕の下に敷きます」
「そうかい。で、ところでだが、お前さんの写真、返すぞ」
「それは差し上げます。要らなければ、捨ててください」
藍音は無表情で俺の手の写真を捨てろと言う。
「お前さんな……」
俺は今一度溜息を吐いた。
「お前さんはたまに気が利かなくなるな」
「……何か、ご不満が?」
「それなら写真立ても用意しとけよ」
「それは、飾ってくれるということですか」
「……気が向いたらな」
「薬師様」
「なんだ」
「……嬉しさのあまり失禁しそうです」
「止めてくれ」
まったく、これで藍音の写真が一枚増えるわけか。
まあ、別にいいか。捨てるのも、何かもったいないだろう。
「それと、できれば笑った顔がいい」
「わかりました。用意しておきます」
と、そこでふと俺の口から欠伸が漏れる。
流石に変な時間に起きてしまっては眠いというものだ。
俺はどうにか欠伸を噛み殺すも藍音は当然見抜いている。
「眠いのですか?」
「……いや」
俺は否定しようとするが、しかし藍音は食い下がった。
「無理はなさらず、どうぞ」
そう言って藍音は布団の上で正座し、膝に手を載せて見せた。
「いや、だがな……」
「ここまで、付き合っていただきありがとうございます。私なら、大丈夫ですので」
「ぬ……」
「私なら、薬師様の寝顔でお腹一杯ですから」
「それはそれで嫌だがな」
しかし、眠いものは眠いのだ。
意識が落ちかける。
その瞬間には、何がどうなったのか、俺は藍音の太股に頭を乗せていた。
「では、おやすみなさいませ。薬師様」
「ぬう……。おやすみ」
……なんだこれは。柔らかい、って藍音の膝枕かこれは。
うむ、朝だな。明るい、いい朝だ。
しかし、藍音はずっとこの体勢で起きていたのだろうか。
そう思って俺は藍音を見る。
見た。
見たのだが。
「おい藍音」
「なんでしょう」
「鼻血出てんぞ」
「はい」
「はいじゃねーよ」
おまけという次回予告
「き、来てしまった……。ね、寝てるのか?」
俺はそんな声で目を覚ます。
また、深夜だ。今度の訪問者は一体誰だ。
「季知さん? どうしたよこんな時間に」
そして、俺は思い出す。
「や、薬師。実はだな」
「実は?」
「銀子に貰った栄養ドリンクのせいで眠れないんだ」
銀子が渡したという栄養剤の犠牲者が、もう一人いたことを。
「……ブルータス」
―――
神は死んだ。うちの給湯器が壊れました。こんな熱い中風呂が使えません。
返信
男鹿鰆様
由美と見せかけて銀子でした。文章だからできる真似でもありますね。文章でしか判断できないからずるい話でもありますが。
まあ、薬師ですし、ちょっとやばげな液体でも死にはしないでしょうし。
それにきっと、閻魔の暗黒物質のおかげで慣れているんでしょう。感覚が欠如したとも言えますが。
とりあえず、浪漫なので、銀子は薬師のシャンプーとか使ったり歯ブラシも使ったりするそうです。
通りすがり六世様
まあ、男の臭いに関してはほとんどの男は「ファブれ」と口にするでしょう。
女性ならばアリだと思います。嗅いで恥ずかしがらせるのも含めてアリだと思ってます。
しかし、銀子と普通にデートとか……、はい、ないですね。基本引きこもりですし、きっと日に当たったら溶けますよ、多分。
いやはやしかし、自分で一通り管理できてるかと言われると結構微妙ですね。たまにぽろっと忘れてる設定もなきにしもあらずです。誠に遺憾ながら、三百話近く続けてるともう。
月様
汚銀子さんは少し照れ屋です。女の子だから流石に匂いは気になるようです。
綺麗な銀子は気にしません。ガシガシ攻めます。無駄に攻めます。
そう考えると汚銀子さんのほうが綺麗な気がする不思議。
とりあえずほどほどに汚銀子さんな方が恥じらいがあっていいんじゃないかと今思いました。
napia様
汚銀子さんは別に汗臭かったりはしないようですが、薬品の香りが漂います。綺麗な銀子は好きな人と同じシャンプーと石鹸の匂いがするようです。
しかし、銀子の薬品、蛍光緑の栄養ドリンクですが、味は生のハーブ類を煮詰めたような味です。
ちなみにハーブごった煮はかなり死ねる味がするので注意が必要です。吐きました。ついでに涙も止まらなくなります。
常人が銀子の薬を飲む際はきっと胃薬必須ですね。
1010bag様
基本薬師一人称なので多分珍しいと思います。特に銀子はそうなんじゃないかと。
しかし、綺麗な銀子よりも汚銀子さんの方が恥じらいがあって可愛げがあるかもしれません。
そして、銀子の胸は壁です。越えられない壁なんです。触れちゃいけません。
もう薬師が育てるしかないですね。揉む方向でどうにかこうにか頑張っていただきたい。
最後に。
前回の話はどうやら銀子から私へのキラーパスだったようです。