俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「き、来てしまった……。こんな夜更けに、はしたないが……」
寝ぼけた耳にそんな声が届いてきていた。
「しかし……、まあ、間違いなど起こらないだろう、というのは良いのか悪いのか……」
ぼんやりとこれは季知さんの声だと、心のどこかが答えを出す。
「あれ……、薬師、寝てるのか……?」
その問いに、俺は答えなかった。答えられなかった、でもいいかもしれない。
俺の意識は今緩い波形を描いて零と一をふらふらと彷徨っているのだろう。
「寝てる……」
季知さんが、何らかの動きを見せたらしい。
何らかの音がした。しかし詳細はわからない。
「寝てるなら……、す、少しくらいなら……、いい、はず……、多分。ちょっとだけなら」
……。
季知さんの声が近い。
「本当に、寝ているんだな……?」
まるで耳元で聞こえるような、そんな声。
「……寝てるぞ」
「ああ……、本当に気持ち良さそうに寝ている」
「そうか。人に見られると恥ずかしい気もするけどな」
「そんなことはない。私はかわいいと……、って」
「おう、寝てるぞ」
そう言って、俺は気軽に手を上げて挨拶代わりにしてやった。
瞬間。
「お、おおおお!」
「おはよう?」
「おはよう、じゃなくてっ! お、起きて!? 痛い!」
隣に座っていた季知さんが飛び上がるようにして立ち上がり、背後の壁へとぶつかったのが見えた。
「……季知さん」
「な、なんだ……、うう」
後頭部を強かに打ちつけて背を丸めて頭をさする、パジャマ姿の季知さんへと、俺は言い放った。
「このむっつり」
「うわあああん!」
其の二十六 俺と眠気。
「で、なんなんだ? 眠れなくなると俺の顔を見るのが流行ってんのか? なんだ、アホ面晒して気持ち良さそうに寝てるから自分も眠くなるってか、余計なお世話だ馬鹿野郎め」
「い、いや、そうじゃなくてだな……。その、起きているかと思ったんだ」
「いや、俺よりにゃん子のほうが確実だろ」
にゃん子は猫だから夜は元気である。まあ、普段から寝たり起きたりと不規則なのが猫って奴だが。
しかし、季知さんはにゃん子では不服らしい。
「にゃ、にゃん子は……、ちょっと」
「まあ、確かに遊ばれるだけだろうが」
「そういうことだ。それに、お前なら、娯楽も幾つか持っていると思ってな」
「要するになんか貸せと?」
「いや、できれば、その……、お前と話が……」
「おやすみ」
俺は、起こした身を倒して布団へと帰還。
季知さんはそんな俺を声をもって制止する。
「いやっ、待て! 何故そうなるんだっ」
「眠いからだろ」
こちとらここ二日ほど睡眠時間が削れ気味で滅茶苦茶眠いのである。
「ってことで、おやすみ」
「ま、待ってくれ」
「なんだ」
「少しくらいは……、付き合ってくれないか?」
言って、季知さんは人差し指を付き合わせつつ、照れながら口にする。
「何もないのにこんな風に起きてるのはあんまりないから……、寂しい」
「そーかい。じゃあ、できるだけ可愛らしくお願いしてみてくれ。可能な限り女の子っぽく」
果たして何が季知さんを駆り立てるのか知らないが、俺がそう言うと、素直に季知さんは従った。
照れながら、恥ずかしがるように体を縮めながら。
「お、お願いっ、薬師。わ、私と一緒に、お話して?」
「おやすみ」
俺は目を瞑る。
季知さんがそれを遮るように声を上げる。
「い、言ったじゃないかっ!」
「別にお願いしたら付き合うとは言ってねー」
「ず、ずるい!」
うるせー。眠いんだ。
昨日と一昨日で寝れないのはこれで三回目なのだ。
仏の顔も三度までということだし、天狗の笑顔は二度まででいいだろう。
「じゃあ、できるだけ扇情的に誘ってみてくれたら考える」
「……わ、私と、話でもしないか……?」
「おやすみ」
「見てもいないっ! 私は頑張ったぞ!?」
「考えはした。だが眠い」
果たして季知さんがどんなことをしていたかはわからないが、季知さんは真面目だから頑張ってくれたのだろう。
「私のことはどうでもいいのかっ」
「いやぁ、眠けのあまり見逃した。見られなくて実に残念だ。ああ、残念だなァ」
「ひ、酷いぞ!」
「じゃあ、次、なんかアレだ。一発芸」
「そ、その手には乗らないぞ!」
「じゃあおやすみ」
「う……」
果たして季知さんは何を思ったのか。
「き、金魚」
「おやすみ」
「また見てないっ!」
果たして何が金魚なのか少し気になりもするが。
そんなことはおいておいて、では次の御題。
「では、次はこのゲームで私と対戦していただきます」
「突如として対応が事務的に……!」
「勝ったら効果切れまで付き合おう。負けたら次の試合に続行で」
そう言って俺は携帯ゲーム機を取り出した。
ちなみに、二台である。片方は銀子のだが、アレは何故か俺の部屋でやって俺の部屋に置いていく、その上、銀子が狙われた事件で俺が渡したものだから、半分俺のものみたいなもんだろう。
「……よくわからないぞ」
そして、今日の季知さんは無駄に素直にゲームを受け取り首を傾げる。
まあ、普段しないのなら最近のゲームは異世界だろう。
俺ですら最新鋭機には遅れを取り気味だというに。
「まあ、待て。とりあえず、基本操作はだな……」
俺は正座でゲーム機を構える季知さんの隣に肩をくっつけて座り、横から画面を覗き込む。
「……うん? ……ふむ」
俺の話を聞きながら首を傾げたりしつつ、季知さんは操作を覚えていく。
のだが。
「……横からだと見難いな」
説明している俺が微妙な顔をする。
往々にして横から画面を見るというのはきついものである。
「そうなのか?」
「ああ」
すると、季知さんは画面を見ながら少し立ち上がると、それに集中しながらも俺の胡坐の上へと座る。
「どうだ?」
「……すまん、季知さんの背中しか見えん」
しかしながら、今言った通りである。
季知さんの身長は高いため、俺の視線が季知さんの手元に来ることはない。
「どうせ私はでかいよ……」
自分でやりつつも落ち込み、拗ねる季知さん。
肩を落とし、縮こまるようなその背は、いつもより小さく見える。
無論実際の大きさは一切変わらないが。
「まあ、待て」
落ち込む季知さんに、俺は口を開く。
「確かにこれじゃあ見えないが……、ちょっと失礼するぞ」
言いながら、俺は季知さんの脇に手を入れて、ぐい、と持ち上げる。
「薬師?」
そして、俺は季知さんを横にして、その背を腕で支えるのだった。
「これなら問題ないな」
「だ、だが……、これは、照れくさいぞ……」
「気にするな。さもないと寝る」
それは所謂お姫様抱っこという奴に似ていて、季知さんは照れくさそうにしている。
「そ、それは、困る……」
「じゃあ、このまま説明続けるぞ」
そうして、俺は説明を再開させようとするが、その前に。
「ああ、あとアレだ。季知さんはでかいが、重くはなかったぞ」
「……馬鹿」
と、まあ、そんなこんなで対戦を行なうわけだが。
「や、薬師! ずるいぞ!! お前、やり込んでるんじゃないか!」
「そりゃまあ」
「私が勝てるわけないだろう!」
果たして何戦繰り返したことか。
やってるゲームも、手を変え品を変え。
時には接待しつつも勝ちは保った俺である。途中、協力プレイとか意味のないものも挟んだが季知さんが疑問に思わなかった辺り、真面目すぎるというか、人を疑うことを知るべきというか。
「これではいつまで経ってもお前が寝るのを止めることが……」
季知さんが悔しそうに目を伏せる。
そんなに寝かしたくないのか俺を、この子は。あまりに鬼畜過ぎるだろう。
「第一、なんなんだ、薬師。今日の薬師は、いじわるだ……」
そう言って、季知さんは泣きそうな顔で拗ねてしまう。
しまうのだが。
「ところがどっこい」
「……え」
「もう朝です」
――俺がカーテンを開けると、外は輝くように日が降り注いでいて。紛れもなく、これは朝。
いい加減本気で眠いんだが。
「もう、寝ていいよな? 休みだから昼まで寝るぞ?」
俺はよく頑張った。だから寝る。
と、思ったのだが。
「ま、待ってくれ!」
なぜか季知さんに止められた。
俺は一瞬だけぴたりと止まる。
「……待てない、眠い」
「いや、その……、薬が、切れてきたみたいで」
「ん」
「眠くなってきたから、私も、一緒に寝てもいいだろうか……」
照れながら問う季知さんに俺ははっきりと返した。
「やだ」
俺ははっきりいいえと言える日本人である。
「やっぱり今日のお前は意地悪だ!」
俺は、それには答えず布団の中に入った。
「ま、でも。寝たらなにも判らんし、きっと布団に入ったら一瞬で寝るだろーさ……」
俺は実際に、言った通りさっくりと寝入ったのだった。
―――
最近とみに忙しいですが、何とか時間を捻出したいところです。
返信
月様
そんなに際立ってメイン張った回数が多いわけでもないのに一際目立つ藍音ですね。
話のオチのちょい役としての出演を数えると登場回数は一番多いかもしれませんが。
でも、メイン張る度にハイパワーなのは確実ですね、間違いなく。
さて、個人サイトの方ですが、そうですね、念のためバックアップを公開しておくべきなのかもしれません。
しかしながら、流石に話数が嵩んでるんで、結構時間が掛かりそうです、最悪の場合テキストファイルをZipでという方向でどうにかしたいと思います。できるだけ早めに。
男鹿鰆様
銀子がいつも精力的に働きまくって大変そうだなぁ、と思った人が犠牲者でした。
しかし、胸の谷間に手を突っ込んだら既にもう責任を取らねばならないようなレベルな気がします。
少なくとも写真に収めておけばきっと周囲から非難轟々でしょう。
季知さんの方はなんだかんだ言ってからかいながら一晩付き合いました、色んなゲームで。
通りすがり六世様
むしろ火種を残さない穏やかな銀子なんて銀子じゃない気がしてきました最近。
ちなみに、今回の不眠シリーズはとりあえずここで停止、するような気がします。気のせいかもしれません。
今正にこれを書いてる途中でネタを一つ思いついたので続くかもしれなくもないです。
実質シリーズ内といって良いのか不明なネタですが、多分次回に。
がお~様
藍音のテンションが高かったのは多分……、全部じゃないですかね。
そもそも藍音が薬師の寝顔見てハァハァしてただけとは限りませんしね、はい。
三時間もあればメイドたるもの主に気付かれないように悪戯の一つや二つするのは容易じゃないでしょうか。
味も見ておくとか、初めての相手はこの藍音だッーーッ! とか行なってる可能性は十二分だと思われます。
1010bag様
自分でも予想してませんでした。ふと思いついた結果続きました。
小道具系は登場したときに使わないと使えないので使わないともったいないので。
というわけで予告どおりの季知さんでしたね。なんだか甘いようで甘い薬師と、底意地悪いようで結局甘いあの野郎のコントラストです。誰得の野郎ツンデレ。
きっと、後日には滅茶苦茶いい笑顔の藍音さんの写真が薬師の部屋の机に飾られていたことでしょう。
最後に。
携帯機で格闘ゲームは辛い。