俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「やあ薬師。起きてるかい?」
「……憐子さん」
いい加減寝かせろ。
其の二十七 眠れない俺。
「で、憐子さんはどうした」
「夜這いだ」
「帰れ」
夜の俺の部屋にはまた来訪者が。
「つれないなぁ」
そう言って憐子さんは笑うがこちらはそれどころではない。
「別に銀子のアレ飲んだわけでもあるまいに」
「ああ」
あっけらかんと憐子さんは頷く。
「俺は寝ようとしてるところだ」
「知ってる。だから早めに来たんだろう?」
まあ、確かに夜中じゃないからまだいいのかもしれないが。
「俺は寝たいぞ」
「知ってる」
「じゃあ寝かせてくれ」
「今夜は寝かせない」
そんな台詞に、俺は半眼になって憐子さんを見つめた。
「寝かせろよ」
「駄目だな」
「何故」
「先日まで、皆と随分お楽しみだったそうじゃないか」
「お楽しみっつーか、なぁ」
「今日は私の番だ」
うむ、あんまりだ。
だが、憐子さんは寝れないわけでもないのだ。
「俺は寝るぞ」
付き合う義理はない、と言おうとして。
「そんなこと言いながら、実は寝れないんだろう」
「……ぬ」
微妙に痛いところを突かれた。
有体に言えば、そうなのだ。
「度重なる不規則な睡眠のせいだね?」
眠い、というより、疲れているのだ。
疲れてはいるのだが、なんだか眠れない。
「図星の顔だ。そうやってすぐ顔に出る」
俺は一体どんな顔をしていたのか。
わからないが、憐子さんには見抜かれているらしい。
「勿論。薬師のことなら何でもわかる。憐子さんに任せなさい」
「じゃあどうするんだよ」
「無理して寝ようとしても寝れないだけさ。つまり私と夜の運動をすれば……、後はわかるね?」
「わからん」
わかりたくもないわ。
あまりに自信満々に言われた言葉が阿呆すぎて涙が出てくる。
「よし、帰れ」
「酷いじゃないか」
「俺のほうが余程酷い仕打ちだぜ」
「ふむ、そうか残念だ」
まったく残念そうには見えない上に、返ろうともしない憐子さんに俺は半眼を向ける。
「本気で何しに来たんだよ」
「うーん、それは言えないなぁ。言ったらさせてくれないだろう」
「いや、もう聞いてやるからとっとと済ませて帰れよ」
「おや、いいのかい?」
意外そうに聞いてくる憐子さんへと、俺はぞんざいに頷いた。
「眠れねーが疲れてんだよ」
「そうかそうか。じゃ、失礼して」
唐突に憐子さんは俺の手を握ってきた。
そして、更に距離を詰め、零距離で俺を見上げてくる。
「何してんだ?」
「薬師成分の補給」
「……なんだそれ」
「私の活動に必要な成分を補給しているのさ。お礼に胸を押し付けてやろう、ほら、どうだ?」
「どうでもいいわ」
「酷いな、薬師」
わざとらしく憐子さんは目を潤ませて、胸元を緩めてくる。
「私はこんなにも……、お前のことを……」
「やめろ」
「好みじゃないか。じゃああれだ。薬師、好きだ、付き合おう」
「よしわかった、断る」
「薬師のいけず」
言いながら憐子さんは薄く微笑む。
と、そこで俺はとあることに気が付いた。
「憐子さん、髪が濡れてるぞ」
「ん、そうかい?」
「風呂に入ったときちゃんと拭いたのか?」
聞くと、憐子さんは惚けた顔をした。
「……はて、どうだったかな」
「……馬鹿野郎」
憐子さんは飄々として何でもできるように見せかけて実は自分のことに関しては無頓着もいい所。
っていうか、世話全般を任されていた俺の罪なのか。
「ちょっと頭貸せ」
丁度良く落ちていた俺の使った手拭いを取って、憐子さんの頭に載せる。
そして、乾いてない髪を俺は丁寧に拭き取った。
「……ふふ、ありがとう、薬師」
「自分でできるようになれよ」
「それは無理かな。お節介を焼いてくれる人がいるからね」
言われて俺は黙り込む。
そんな俺へと憐子さんは笑いかけた。
「ふむ……、薬師の匂いがするな」
「投げ捨てんぞ」
「それは困ってしまうよ。仕方ないのでこっそり楽しもう」
本当に投げ捨ててやろうか。
「そんな顔をしながらも続けてくれるお前が好きだよ」
「あーはいそーですか」
「ふふふ」
「ああ、あとな、いくら最近暑いからってあんま脱ぐなよ」
「パンツは穿いているだろう。あとYシャツ」
「足りねーつってんだよ。あとなんで俺のを勝手に着てるんだよ」
「足りないかな?」
「そうだ。いくら言っても聞かないけどな。女が身体を冷やすのはお勧めできんぞ」
言うと、憐子さんがなんだか意外そうな顔をする。
「なんだよ」
しかし、その顔は、どこか嬉しそうな表情に変わった。
「……いや、うん。意外と女扱いされているようで、少し嬉しいよ」
はにかむような笑顔で、憐子さんは胸に顔を押し付けてくる。
「なんだそれは。憐子さんは女だろ」
どう見れば男になるのか。
しかし、そんなのは置いておいて。
「うむ、じゃあ、薬師の言うとおり、身体を温めようか」
「おう、そうしてくれ」
「じゃあ、薬師、温めてくれ」
「何故」
「女が身体を冷やすのは駄目なんだろう?」
からかうように憐子さんは笑う。
「ほら、ぎゅーっと」
そして、憐子さんのほうから抱きついてきた。
「やめい」
「やめない」
あんまりである。
憐子さんに抱きつかれたまま、俺は天を仰いで大きく溜息を吐いた。
「本当に憐子さんはなにしに来たんだよ」
そして、答えの出ないであろう問いを、あるいはからかいに来たと返ってくる意味のない問いを放つ。
しかし。
「教えてあげようか?」
上目遣いで、憐子さんは言った。
「教えて欲しかったら、そうだな。少し頭を下げてくれ」
「む?」
言われるがままに俺は頭を下げる。
一体なんだというのか。
すると、憐子さんは俺の頭を両手で包むようにすると、それは唐突に。
唇を重ねてきた。
……騙したな。
本気でこいつは何をしに来たん……、だ?
……ん?
「おい、一体何をした」
体に異常を感じる。
何らかの術を掛けられた。
口から直接体内へ吹き込まれたのだ。
「さて、何をしたと思う?」
襲い来るのは、唐突で、強烈な。
――眠気。
「ぬ……」
あ、だめだこりゃ、寝る。
ふらり、と前に倒れるのを感じた。
なにか柔らかいものに受け止められるのも。
「お疲れ様、薬師。ゆっくりおやすみ――」
癪だが、非常に癪だが、その日の朝は非常にすっきりした目覚めを迎えた。
―――
というわけで今度こそ本当に眠れない夜シリーズ終了です。
返信
月様
現在一応作業を行なってはいます。が、中々素晴らしい作業量で笑えて来ました、ふふふ。
まあ、やっぱり時間が掛かるのは覚悟してたのでゆっくり行こうと思います。
しかし、金魚……。私も気になります、どんな一発芸なのか。
真相は闇の中。どうして薬師はその時季知さんを見ていなかったのか。
通りすがり六世様
全面的に同意します。季知さんは弄られてこそだと思います。まあ、本人もMなので大丈夫でしょう。
まあ、今回のネタはやっぱり家内限定っていうのと、今回みたいな変則じゃないとあれですからね。
栄養ドリンクが必要そうな人間に限られてきますので一部の人は難しいです。
まあ、薬師ならいきなり押しかけられて眠れないって言われてもあんまり違和感ないですけど。
napia様
季知さんの可愛さはきっとその大きさと反比例してるんだと思います。
高身長で体育座りしながらいじけてたりとかそんな感じで。
金魚は、一体どんな一発芸だったんでしょうね……。
私も非常に気になりますが真実は闇の中です。果たしてどのように金魚を表現したのか。
男鹿鰆様
やっぱり夜が明けましたね、ゲーム中に。どうやら、煙に巻きながら目的に向かっていくのが天狗流らしいです。
しかし、薬師のSっ気が発動するのは季知さんがメインなので、つまりこれは特別扱いされているという可能性が微粒子レベルで存在します。
しかし、もう一人犠牲者がいたようです。いや、犠牲者じゃなかったですけど。
っていうか、今回の犠牲者ってつまり薬師な気がしないでもないですけど。
有葉様
お疲れ様でした。もう既に自分ですら三百もう行ったんだっけ? とか考えてる話数です。本当にお疲れ様でした。
まあ、あれこれ自由にやらせてもらってます。好きなもの書いてるので楽しいですがやたら濃くなりました。
そして、今回の件は非常にジャストなタイミングでしたね。前回の更新時に思いついたので丁度憐子さんでした。
あと、そろそろ由壱は出したいと思ってます。ちょっと一拍というかんじで。
最後に。
最終的に薬師は憐子さんを下に敷いて寝ました。