俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「お父様、お茶です」
由美が、俺のいる縁側までやってきて、お盆からお茶を差し出してくる。
「ああ、お前さんが持ってきてくれたのか。ありがとさん」
俺は、そう言って、由美の頭に手を載せた。
「あっ、お父様……」
「よしよし」
「は、恥ずかしいです……」
由美はそうして顔を赤くするが、恥ずかしがってはいても嫌がってはいないようだ。
なので、しばらくそうしていると。
「……ん」
「……」
「ん」
「……なんの用だ銀子」
「私も」
「悪いが、俺の片手はお茶で塞がっていてな」
「私が持ってる」
いつの間にかやってきていた銀子が俺に撫でろと要求してくる。
そして、あっさりとお茶は奪われ。
仕方ないので俺は銀子の頭にも手を載せる。
「……なんなんだ、まったく」
そうして、それらが落ち着いて俺が茶を啜り終えてしばらくした頃。
「薬師様。お茶のおかわりです」
藍音が現れて、俺の隣に座るとお茶を置く。
置くのだが。
「……なぜそこを動かん」
「他意はありません」
「そうか」
「はい」
いや、はいじゃねーよ。
明らかにこれは、あれだ。
「撫でろと」
「他意はありません」
一体なんなんだ。
「薬師、私は?」
「憐子さんもかよ」
「にゃん子もにゃん子もー」
「や、薬師……、その、私もだな」
果てには季知さんまでいつの間にか現れて。
思わず俺は叫ぶことになったのだった。
「べ、別にご利益とかはねーよ!?」
其の二十八 俺となんとなく撫でて反応を見てみた話。
さて、そんな感じで妙な騒ぎになってしまった俺だったが、今は閻魔宅にお邪魔している。
そんな俺は、とりあえず何がしかの書類をしたためている閻魔の頭を撫でてみることにした。
すると、きょとんとした顔で閻魔は俺を見上げた。
「どうしたんですか?」
「いや、別に」
まあ、半分くらいなんとなくである。
ただ、先ほどの一件で、他人の頭を撫でるということが結局どういったものなのか気になったというだけで。
「ただ、まあアレだ。毎度仕事を頑張ってるお前さんを誉めてみることにした的な」
「そうですか……」
すると、閻魔は頬を赤くして優しげに微笑んだ。
「……では、もう少しお願いします」
書類を片付ける手を止めて閻魔が微笑むので、返す気もなかったが俺はそれに否を返すことはできなかった。
「お前さんは根を詰めすぎだろ」
「そうですか?」
「自ら俺にこんな真似をさせるなんぞ、お前さんが疲れでラリってきたからに違いあるまい」
「まったくもう、薬師さんは、いつまで経っても口が減らないんですから……」
と、まあ。そんなわけで。
閻魔を撫でたら、何故か優しげに微笑まれて続行することになった。
と、まあ、閻魔から興味深い反応が得られたので続けてみよう。
「おい、ビーチェ、ビーチェ」
「なんですか? 先生」
呼んだら突如背後から現れた件に付いては不問にしよう。
それがお互いのためである。
そんなことよりもだ。
「よしよし」
とりあえず撫でてみる。
「えっ、せ、先生っ!」
撫でた瞬間、ビーチェは緊張したように背筋を伸ばして俺を見上げてきた。
その様子は正にカチコチであり、閻魔とはまた違った反応で興味深い。
「な、なんでしょうか!」
「いや、まあ、あれだ、多分。色々、事件が起こったら手伝ったりとかしてもらってるからそれだ」
「は、はいっ! これからも頑張ります!!」
何を頑張るんだ。
しかし、まあアレだ。
ビーチェ、何故か緊張を見せ、走り出す。
「いらっしゃいませー」
「よぉ。いきなりだが、撫でさせろ」
「本当にいきなりですね、にゃいがだけさん」
「にゃいがだけってなんだ」
「いやですねぇ、緊張して噛んだだけですよ。お客様」
そんな店主の頭に俺は手を乗せて撫でる。
「おおう……」
「なんだその反応」
「いえ、どうぞお気になさらず。あ、でも頭から出火しない程度にかな」
「しねーよ」
そんな風に撫でながら俺は問う。
「どんな気分だ?」
「……んー」
店主は考えるように首を傾げ、数秒の間を置いてから答えた。
「なんていうか、ニヤニヤ?」
「ふむ」
「それでいて、ドキドキ?」
「……わからん」
店主はよくわからなかった。
と、まあ、喫茶店に来てしまったので。
「おーい、ムラサキー。藤紫ー、フジムラー」
「フジムラって呼ばないで」
と、言いながらもやってくる藤紫を撫でてみる。
「な、なに、なんなの……!?」
「いや」
慄いたように、ムラサキは俺を見上げた。
「なんのつもり?」
「なんでもないって」
そうして、ムラサキは不機嫌そうな顔に変わる。
だが、構うものかということで。
「……不愉快だわ」
半眼で見つめてくるが無視して撫でる。
流石に身体を使って抵抗ような、そこまで嫌がればやめようと思うのだが、それもないので、続ける。
「今すぐ手を離しなさい」
睨み付けても撫でる。
逆に言えば、睨み付けるだけなのである。妙な反応だ。
「な、何よ……」
少し、ムラサキの表情が変わってきた。
「うー……」
段々と、頬が赤くなってくる。
ふむ?
「もう、やめなさいよぅ……」
これは今までになかった反応である。
続けてみる。
すると、涙目になってムラサキはこちらを見上げてきた。
「や、やめてよぅ……!」
「……おう、なんかすまんかったな」
と、ここで流石の俺にも罪悪感が湧いた。
嫌がる相手を撫でるのは中々楽しかったがここまですると申し訳ない気分になってくる。
の、だが。
「……やめるの?」
気が動転してるせいかいつもよりずっと幼く聞いてくる。
「いや、お前さんが……」
やめろと言ったんだろうと返そうとしたら、ムラサキの目元にじわりと涙が。
「まあ待てこれはアレだただの休憩という奴でだな。ほら」
「うー……」
頭に手を乗せて動かすことで、事なきを得る。
ムラサキは真っ赤になって俯きながら今度はそれを受け入れた。
そして、手を離すと。
「やめちゃうの……?」
また俺を見上げてくる。
手を置く。
「……ん」
離す。
「あ……」
じわりと涙が。
うむ……、ぬう。なんかこれはこれで面白い気はするがしかし、罪悪感と背徳感的なアレがすごい。
俺は、頭を抱えつつも、ムラサキに言う。
「いや違う落ち着け、冷静になれ。まだだ。だが今長期戦を覚悟した。とりあえず座る」
「……うん」
俺は椅子に座り、そして手招き。
とてとてと歩いてくるムラサキを抱え上げるようにして、膝に乗せる。
そして、撫でる。
ムラサキは、真っ赤な顔で俺の服をぎゅっと掴んできた。
「……して」
言われるがまま俺は撫でる。
「……さて、いつまでこうしていればいいやら」
こっそりと人知れず呟いた言葉への答えは。
半べそで疲れたムラサキが寝るまでだった。
まあ、アレだ。
ムラサキ。よくわからんが、なんかかわいい。
そして、余談だが、『ば、ばか、死ね、最低、嫌い』と起きたムラサキに散々罵倒されて殴られた。
果たして頭を撫でるというのは一体なんなのか。
今までの反応を見て、俺が思う以上の意味を持つのだろうかという気分になってきた。
「よぉ、魃」
そんなあたりでばったり会ったのが、魃である。
「ぬ、薬師か。息災か? 息災じゃろうな。そうでなければ今頃雨が降っておる」
「なんか勝手に決められたんだが」
「でも、息災じゃろう?」
「……言い返せない」
「ならよし」
そんな風にして微笑んだ魃は何故か偽善者と書かれたTシャツを着ていた。
が、そんなことは瑣末事。
とりあえず俺は魃の頭に手を伸ばす。
伸ばした、の、だが。
「っ!?」
魃が驚いたように仰け反って背後へ下がる。
「な、なんじゃいきなり!」
これは今までにない反応である。
「い、いきなり髪に触れようとしおって……、どきどきするじゃろ……、このお馬鹿」
「不味いのか?」
「か、髪とは女にとって大事で神聖なものじゃぞ? それを気安く触るでないわっ、たわけ」
「……なるほど、それもそうか。すまんかった」
確かに、よく考えてみれば髪は女の命というべき話で、頭を撫でるということばかりに意識が行っていたが、うむ、今気が付いた。これからは気安く頭を撫でるのはよそう。
反応は今まで千差万別だったが、なるほど確かに、こういう風に思うこともある、か。
「ま、まあ! わかればよい。わかったところで、じゃな……」
「ん?」
「わかったならば、まあ、その、お主がそこまで触りたいなら、その……、さっきはびっくりして避けてしまったがの……?」
「ふむ?」
「そこまで言うならその、な、撫でても構わぬぞ……?」
なるほど、髪を触られるは魃にとってとても恥ずかしいことらしい。
頬を赤くし、意を決したように俺へと言ってくるのだ。
「……ふむ」
「……」
さて、その覚悟に答えるべきか、否か。
「むう……」
「……」
魃がじっと固唾を呑んで見守っている中、俺は。
「……いや、すまんかったな。勉強になった」
うむ、気安く触れちゃいかんのだろう。
相手が許したときならばよしと思うが、無理させてまで許可を貰いたいわけではない。
そもそも理由もしょうもないし、魃にあまり負担を掛けない方がいいだろう。
俺は魃に背を向け、立ち去ることにする。
すると。
「ばーかっ!!」
なんか罵倒された。
魃。窘められて罵倒される。謎。
「……ねえ薬師、最近その辺の女の子を撫で回してるんだって?」
なぜか前さんがうちにやってきたと思ったら吐いてきた第一声がこれである。
「……人聞きが悪いぞ前さん。知り合いの頭を撫でたらどんな反応が返ってくるのか気になっただけだ」
「ふ、ふーん? それって、今もやってるの……?」
そんな問いに俺は首を横に振って返す。
「いんや。不躾に人の髪に触れるのは失礼ということでな」
「そ、そうなんだ」
「おう」
そうして、微妙な沈黙が流れる。
前さんが微妙に怖い顔で見つめてくるので俺はなにも言えない。
そして。
「薬師、ちょっと」
前さんが手を下に下げるような手振り。
それに従うように俺は頭を下げる。
すると、それはいきなりのことで。
「えい」
「おう?」
抱きしめられた、と思ったら前さんの胸の中で頭を撫でられていた。
「ねえ」
「ん?」
「どんな気分」
問われて、俺は考える。
どんな気分かと言われると。
「なんつーか……、くすぐったいな。いろんな意味で」
「ふふ、そっか」
そう言って前さんは満足げに微笑んだ。
「まあ、確かに、いきなり触るのはいけないかもね」
「うむ、学んだ」
「でも、撫でてもらうのが好きな子もいるかもよ?」
「そうかもな」
反応は実に様々だった。閻魔なんて続きを要求してきたし、ムラサキも、まあ、あれも、なんかまあ、よくわからんが。
「じゃあ、撫でろ、と言われたら撫でることにしよう」
「もしかしたら、そういうのが恥ずかしくて言い出せない子もいるかもよ?」
「んん? うむ……? どうするか」
悩む俺に、前さんは微笑ましげに笑っていった。
「適当でいいんじゃない?」
「それでいいのか?」
「薬師らしいから」
「まあ、それでいいか」
なんとなく、そういう雰囲気になったらということで。
―――
かなり小さい単位の話をつなげてみると楽に書ける気がすると試してみたらいつもより辛かった今日この頃。
むしろ数人分考えないといけない分難しかったです。
がお~様
常に見守って、変調があるとすぐに気を回す藍音さん。
なんだかんだ言ってよく見てて、それとなく気遣いに行く憐子さんって感じですかね。
幸せ者はふくらはぎに疲労が溜まりやすくなる呪いが掛かればいいと思います。
ついでに人差し指の爪だけが伸びやすくなる呪いに掛かればいいと思います。
七伏様
お疲れ様です。最近忙しくて更新速度が落ち気味ですが、なんだかんだいって四スレめまで逝きそうな予感です。
前回は、本編だけで言えばまあ、憐子さんのちょっといい話ということで。
まあ、最後も含めると、……まあ、薬師も寝れたし、憐子さんも薬師を堪能したでしょうし、お互い幸せということで。
というか退かせたのに退かさなかった辺り憐子さんの意図が見て取れます。
通りすがり六世様
まあ、擬似的ながら押し倒されるということで、憐子さん的にも満足だったんじゃないでしょうかね。
倒れてこなかったらそれはそれできっと添い寝確定ではありましょうが。
寝れないシリーズはこれで終わりですね、締めは憐子さんです。寝れなかったのは薬師ですけど。
そして、まあ、犠牲者に関しては忙しそうな人という選考基準ですからね。薬師はともかく。銀子による日頃の感謝が効き過ぎたという悪気がないから尚手に負えませんが。
月様
むしろ十割がサディズムな可能性も高いですね。
化学変化で何割か優しさに変わるかもしれません。果たして何反応か知りませんけど。
ただし、藍音さんや憐子さんなど一部の人は定期的に薬師成分を摂取しないと禁断症状が出ます。
ある程度は写真とかでも可です。でもあんまり写真で我慢しすぎると反動が。
napia様
残念ながら、膝枕は藍音さんがやってしまいましたので。
今回は組み敷いて寝ました。下に敷いて、憐子さんの胸に顔を埋める感じで。
薬師が抱き枕にしたのか薬師が抱き枕にされたのかは微妙ですけど。
むしろ布団着てたか不明なので、薬師が布団にされていたというのが正しいかもしれません。
男鹿鰆様
まあ、今回のシリーズで憐子さんが一番美味しいところ持ってったんじゃないですかね。
というか今回更新でも思いましたが最後に出てきた人が一番変化球で美味しいと思います。
シリーズ中に出られるだけで実質は幸運ですけどね。
そろそろ妖精さんとか出してあげたいなと思います。思ってはいます、はい。善処します。
最後に。
由壱の反応。
「兄さん、どうかした? 俺にフラグは立たないけど?」