俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「やあ、おはよう由壱。と言ってももう遅いかな」
「ああ、憐子さん、起きてきたんだ。おはよう。まあ、うん、確かにもう昼だよ」
「薬師は?」
「どこか出かけたよ」
「女のところかな?」
「まあ、兄さんは歩けば女性に当たる人だからねぇ」
たまの休日に、家でゆっくりしていると、二階から憐子さんが降りてくる。
「ふむ、食事を済ませたらもう一眠りしようか」
この人も、謎が多い人だ。
毎日家でごろごろとしているように見せかけて、なにやら出かけてたまに何か買ってきたりする。
外で何かをしているようなのだが、何をしているのかわからない人だ。
前にそれとなく聞いてみたけれど、『色々やっているけれど、恥じることはしていないよ』と、この人は笑っていた。
それに追加して、『薬師に誓って』とまで言われてしまうと俺に言えることはなくなってしまう。
確かに、この人は兄さんに恥じるような真似はしないのだろう。
「ところで由壱」
「なんだい?」
「義姉さんと呼んでくれても、構わないのだよ?」
これは憐子さんのよくある冗談というやつで。いや、もしかしたらあんまり冗談じゃないのかもしれないけど。
「生憎だけど予約で一杯なんだよね」
「それは残念。空いたら頼むよ」
「あはは、まあ、うん」
と、これでいつもの流れは終わり。
俺の義理の姉さんになりそうな人が多すぎておいそれとそう呼ぶわけにも行かないということで。
「そうそう、それと、彼女さんとは上手くやってるかい?」
「んー、まあ、多分」
「いやはや、後学にどうやって射止めたのか教えてもらいたいものだね」
笑いながら言われて俺は考えてみるけれど、憐子さんの求めている方向とはまたちょっと違う答えが出てきた。
「難しいなぁ。別に射止めようと思ったわけじゃなくて、向こうは俺に惚れてたし、俺も葵にべた惚れだったからさ。なるべくしてこうなったって所かな」
「いやぁ、お熱い二人は羨ましいね」
「ありがとう」
「彼女さんは、かわいいかい?」
「うん」
俺が頷くと憐子さんは何が予想外だったのか、驚いたように少しだけ眉を動かした。
「おや。随分な即答だったね。じゃあ、どこがかわいいのか聞いても?」
「……そうだなぁ。全部とか、駄目かな?」
「ふむ、なるほど、ありがちな答えに行き着いたが、その心は?」
「いやぁ、なんていうか。あばたもえくぼっていうか。なんでもかわいく見えてくるのは、惚れた弱みっていうか、随分参ってるってことなんだろうね」
「なるほど、心底惚れているわけか」
「うん、例えばさ」
「ふむ?」
俺は、ちらりとソファの隣側を見る。
「あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなって、照れ隠しに手が出そうなところとか?」
となりで真っ赤になっていた葵が明らかに爆発寸前だった。
「なるほど、かわいいね」
「かわいいよね」
「う……、うーっ!!」
その後すぐに、お星様が見えたけど、俺は元気にやっています。
其の二十九 俺と彼女と仕事着。
「あのね? ああいう話は私のいる前ですることじゃないと思うのよ」
「そうかい?」
「だ、駄目よ。また殴るわよ?」
「そっか、じゃあ、金輪際口にしないことにするよ」
俺が言うと、彼女はぼそりと呟いた。
「……別に、……の……なら……」
「え?」
「ふ、二人っきりの時ならいいわよって言ったの!!」
そんな言葉に俺は笑顔を返す。
「そか。じゃあ、二人きりの時に満足するまで言わせて貰おうかな」
「……え」
そうして、満面の笑みで俺は彼女へと言葉を向けた。
「そんな風にからかわれて墓穴掘って呆けてる君もかわいいと思ってる辺り俺は末期だよ」
「っ――!!」
日に二度もお星様が見えたけど、俺は幸せです。
……まあ、最近慣れたよ。
「それで、何か見せたいものがあるんだって?」
「……ねぇ、あんたの耐久力って最近ゾンビ並になってない?」
「そう思うならちょっとくらい優しくして欲しいな」
「う……、それは、まあ、悪いとは思うけど。でも地面にワンバンした後そのまま、のそっと立ち上がってくるのは怖いわよ」
「じゃあ、どうすればいいのかな?」
「ま、まあ、そのままでいてくれたら、私が……」
「葵が?」
「介抱ぐらい、してあげるわよ」
「そっか、じゃあそうする」
全くもって、人間の適応力とは舐められないもので、当初は命が幾つあれば足りるかと考えていたけれど、今となっては一つで十分と言ったところで。
でも、葵がどんな介抱をしてくれるのか気になるので次殴られたときはそのまま寝ておこうと思う。
さて、それはさておき。
実は、うちに招いた葵は、俺に見せたいものがあると言ってやってきたんだ。
そして、それを俺はまだ見せてもらってない。
「それで、何を見せたいの?」
「ちょっと、待ってなさい」
そう言って、葵は俺を部屋から追い出した。
そして、待つこと数分。
「……いいわよ」
「うん」
俺は、その言葉に応えて扉を開く。
すると、そこに居たのは。
「……ど、どう?」
メイド服姿の葵だった。
「え、なんで、またこんなのを」
思わず面食らって目を丸くした俺に、葵は照れながらも口を開く。
「よ、由壱が好きだって聞いたから……」
果たして葵にそんなことを吹き込んだのは一体誰だろう。
銀古さんか、憐子さんか、にゃん子さんか。
まったく……、まあ、誰にしろ……。
……いい仕事だと思うよ、うん。
「だ、だめ、だった……?」
「いや、だめじゃないよ、全然いいよ」
「ならなんで横向いてるのよっ……!」
いや、違う、そうじゃなくて。
「君がダメなんじゃなくて、どっちかって言うと、俺の顔が人様には見せられないほど気持ち悪いっていうか……」
まあ、つまるところ。
「にやけた顔が治まらないんだよね、これが」
「えっと……、じゃあ、いいの?」
「もちろん。惜しみなく賛辞を送るよ」
欲を言うなら、色々とこう、メイドならメイドらしくと言うかいろいろあるけれども。
「……よかった」
それを言うのは野暮っていう話だろう。
というか、これでも十分いいよね。
「これでも、結構こだわったんだからね? ほら、これ、ガーターベルトとか」
そう言って彼女は、俺にスカートをたくし上げてガーターベルトを見せてくれた。
うん、なるほど本格的だ。ちゃんと正しい穿き方で、パンツより先に穿いている、というのはいいんだけど。
「色々見えてるけど、いいの?」
「あ……」
「いや、ごめん」
「あう……」
もしや殴られるかも、と思ったけれど、葵は照れのほうが優先されたみたいで、真っ赤になって俯いてしまった。
「あ、あんまり、じっくり見ないでよ……」
「あ……、うん、ごめん」
まあ、ちょっと見えすぎな気がするというのは俺の気のせいじゃないようで、葵もちょっと勢いでやって後悔したみたいだ。
ただ、まあ、そんなものは気を取り直してとばかりに、葵が顔を上げる。
「過ぎたことはおいておきましょう! 由壱!」
「なんだい」
「……その」
そして、先ほどの勢いはどこへやら、途端にもじもじとし始める。
「その?」
「命令とか、してもいいわよ……?」
「本気?」
「ほ、本気よっ。これはね、いつも由壱に殴ったりとか迷惑掛けてるお詫びの意味もあるんだからっ!」
「ふーん……、そっか。じゃあ、遠慮は要らないってことだね」
「……う、うん」
頷いた葵を、俺はじっくりと見つめる。
うん、まあ、そんなことまで考えてくれてたんだなぁ。
「……は、早く命令しなさいよ!」
そうして、命令を迫ってくる葵。
いやしかし、流石にこんなメイドは、俺としては……。
脳内で全員総立ちで拍手喝采である。
「わかった、決めた」
びくり、と葵の肩が跳ねたのが見えた。
そして、若干涙目になりながら、彼女は言う。
「……優しく、してね?」
怯えながらの消え入りそうな声。
きっと彼女のことだから土壇場でびびったんだと思うんだけど、この子は俺を誘ってるんだろうか。
まあ、しかし、確実に素なので、俺は決めていた言葉を口にする。
「キスとかして欲しいかな」
「……え?」
果たして彼女はどんな命令が来ると思っていたのだろうか。
馬鹿正直な彼女のことだから、きっと庭の草むしりとか掃除とか、そういう体育会系の罰みたいなものを考えていたのだろう。
初心だし、そういうのは考えてなかったに違いない。
証拠に、彼女は赤くなったまま固まっている。
「……き、ききき、キス?」
「うん」
「するの……?」
「うん」
彼女の顔の赤さが深まった。
「う……、あう……」
そして。
彼女は俺に近づいてきて――。
「できるわけないじゃないそんなのーッ!!」
俺は今日三度目のお星様を拝んだ。
まあ、こうなるとは思ってたけどさ。
絶対できないだろうと思いつつも言ってしまうのは好きな子をいじめたくなる心理という奴なのか。
「あいたたた」
あ、しまった。殴られた時はそのまま寝ておくんだった。
―――
そんなにメイド服が好きなら自分で着たらいいと思います由壱め。
返信
通りすがり六世様
小ネタは結構ありますが、しかし一本の話にならないので日の目を見ないこともしばしばあります。
たくさん作って一本に纏めれば、と思いましたが、一つの小ネタのために一話分更に小ネタを作るのは結構重労働でした。
しかし、確かに神通力宿りそうですね、大天狗に撫でられたら。むしろ何も起こらないほうが不思議な気も。
由壱はもう既に遠いどこかにいるようです。
月様
ムラサキはじわじわとメッキが剥がれていくようです。ツンメッキが剥がれきったころにはデレしか残りません。
つまり押しに極めて弱いです。薬師に告白された一発で決まると思います。そんな状況が早々起こりませんけど。
妹や山崎君が出なかったのは尺の関係と言うか、際限なくなって私が正気を失うせいです。
しかし、まだ焦るには早いですよ。つまりまたやればいいんです。
七伏様
まあ、閻魔妹のタイミングの悪さはいつものことですけどね。
しかし、あれこれ出すと際限なくなって私のSAN値が零になって発狂なのでできそうにないです。
つまり、何回かに分割してやれっていう神様のお告げだと思っています。
私も焼かれたりとか怪力で粉砕されたりとか、聖剣から何故かレーザーが出て爆死とかはごめんなのでそういうことにしておきます。
がお~様
安定の締めポジションの前さんです。相変わらずこういうポジにベストマッチします。
オチの由壱は、由壱ェ……、と言うほかないです。そして今回もまた、由壱ェ……。
ちなみに、前さんと飲みに行かないのは作中での設定とかは別に何もないですね、ええ。
ただ、序盤の方にそういう話が集中したので、というか話が作り易くてそればっかりになりそうなので封印したというお話です。そろそろ封印を解く時が来たようですが。
wamer様
前さんの話は出し惜しみしてる感があります。AKMさんとは別の方向で。
問題はシリアスを挟むと誰しも久々になってしまう辺りでしょうか。そしてベストなタイミングを計ろうとするから閣員にばらつきが。
と、そんな話はさておき。成長したような、してないような薬師です。ただし、向上心の影響で女性は、とか言うと簡単に鵜呑みにします。
逆に言えば教育し放題の大チャンスなんですけどね。教育の結果明後日の方向に飛んでいきかねませんが。
男鹿鰆様
周囲には野郎しかいないので、昔はともかく、今は撫でる相手はいないですねぇ。職場にすら野郎しかいないとか正気じゃないです。
ああ、でも猫を撫で回してるのが一番幸せでしたね。潤いのうの字もありませんけど。
閻魔は、照れると見せかけて、思っていたより疲れていたようです。あっさり受け入れちゃいました。
ムラサキは、こすればツンメッキがはがれます。メッキの下はデレと甘えん坊しかないです。
最後に。
メイド服を前にして由壱は少々興奮していたようです。