俺と鬼と賽の河原と。生生世世
ある日の午後。俺はこっそりと返ってくる。
俺の手には買い物袋。とあるモノが入っている。
「……いやはや、久々だな。楽しみだ」
そう呟いて、店の袋から俺はある物を取り出した。
そう、それは、カップラーメン。
「たまに食いたくなるんだよなぁ……」
藍音のおかげで基本的に縁のない食べ物。
だがしかし、無性に食いたくなるときがある物である。
それが今日だった。
買ってきたそれを食卓に乗せて、お湯を沸かそうと動き出す。
そんな瞬間の出来事だった。
「……薬師様」
バレた。
「……おう」
背後から掛かる声はどことなく悲しげで。
誰か助けろ。
其の三十一 俺と安っぽい味。
「まあ、あれだ、これはだな……、あれだ」
まるで重大な犯罪の現場を見られたかのように俺はうろたえた。
「別にお前さんの料理に不満があるとかじゃなくてだな」
だが、言い訳をしきる前に、藍音は口を開く。
「わかっています」
「お、おう」
「稀に食べたくなるのだということはわかっています」
流石藍音だ。よく分かっている。
「おう、あれだ、うん。むしろほら、お前さんがちゃんと飯を食わせてくれるからこそ安心してこういうのが食べれるっていうかあれだ」
しかし、俺の背に流れる冷や汗は止まらない。
「……わかってはいます」
「おう? おう、理解が得られて嬉しいぞ」
「しかし、分かってはいても、負けた気分になります」
言われて、俺の良心が痛み出した。
ずきずきと痛む俺の良心。こうなるこた分かってはいたのだ。しかし、欲望に負けた俺が悪かったのだ。
藍音に攫われていく俺のカップ麺。
さらばカップ麺。もうしばらく会う事は無いだろう。
「ただ、妥協し、歩みよる余地はあるかと思われます」
「んん?」
「……薬師様のためなら、この程度は瑣末事。目を瞑りましょう。ただし、少しだけ譲歩していただけませんか」
いや、カップ麺と藍音の料理どっちが大切かと言われればそれは火を見るより明らかで。
藍音が嫌だというならばカップラーメンくらい封印しても構わないと思っているのだが。
「このカップラーメンは私が作ります」
いや、そこまでさせるのは悪いような気が……、いやしかし、これが藍音の要求なら断る理由もない。
「今から、私がお湯と愛情を注ぎますので、しばしお待ちを」
「お、おう、頑張れ」
そうしてわざわざ、俺は藍音にカップラーメンを作ってもらうことになったのである。
藍音の献身に、俺は頭が下がるばかりだ。
「なーんて、殊勝なこと考えた俺が馬鹿だったよ!」
「どうかしましたか」
いつもの無表情で首を傾げる藍音。
そんな藍音が、俺の口へと箸を運んでいる。
正座と胡坐で向かい合う畳の上は、微妙な空気が広がっていた。
「いや、食えるから、一人で食えるからな?」
まさか食べることまで藍音にしてもらうことになるとは誰が予想できただろうか。
「だから、別にそんな真似をしなくても……」
「問題ありません。それとも、熱かったでしょうか」
わざわざ、ふーふーと食べごろにまでしてくれるのだからその辺りは問題ないのだが。
「いやほらあれだ、ラーメンだからな? ラーメンだからほら、食べさせてもらうと顔に汁が付く」
「問題ありません」
そう言って藍音は、手の布で俺の顔を拭っていく。
とっても至れり尽くせりである。至れり尽くせりである……。
「いや、もうほんと勘弁してください」
「まさか、噛むのが面倒だとか……?」
いや、こいつは俺を何だと思っているんだ。
流石に口動かすのも面倒とか言わねーよ。
「では、口移しを……」
「いや待て待て。落ち着け、な?」
「問題ありません。薬師様も、昔は私にしたのでしょう。ならばその恩を返されたと思えば」
「それは仇だ」
それに、その口移しは藍音が拾った当初ろくに動くこともできなかったし、当時は点滴とかそういう医療器具が無かったからだ。
つまり医療行為である。医療行為なのだ。
「そうですか」
「そうなんだ」
「ではこのまま続けます」
そうして。
「ちくしょう藍音、覚えておけよ!」
俺は捨て台詞を残して走り去ったのだった。
ちなみにカップ麺はちゃんと食べた。
「……さて」
カップラーメンで藍音に好き放題された翌日。
俺は復讐を誓った。
「……薬師様」
「来たか」
今日の俺の手の中にあるのは、ハンバーガー屋の袋だ。
「今日も誠心誠意、ご奉仕させて頂きます」
「そう言っていられるのも今のうちだぜ」
そう言って俺は、袋からある物を取り出した。
「まあ、座れ」
「はい」
畳の上に座って、俺達は昨日のように向かい合う。
そして、俺達の間に置かれたのは。
「フライドポテト、Lサイズですか」
「おう」
そう、芋である。そしてぶっちゃけ芋だけである。
「では」
早速、藍音がフライドポテトを一つ摘むと俺へと向けてくる。
俺はそれを口で受け取りながら、自分もまたフライドポテトへと手を伸ばした。
「ほれ、藍音」
「……どういうことでしょう」
「食えよ」
そして、人に手ずから食べさせてもらうのがいかほど恥ずかしいものか理解するといい。
「……はい」
藍音は、俺の言うとおりに、口でフライドポテトを受け取った。
「薬師様も、もう一本どうぞ」
「藍音も遠慮するなよ」
そうして、二人でフライドポテトを食べさせあうこと、数分。
「どうよ」
いかな気分か、と俺は藍音に問うて見る。
すると、一瞬だけ、藍音が薄く微笑んだような気がした。
「薬師様は……」
「おう」
「……たまに私にとってとても愛おしい感じにお馬鹿になりますね」
いつもより、少しだけ頬が赤い。
成功したのか、していないのか。
「結局どういう気分になったんだよ」
「今の幸せを文章にするには四百字詰め原稿用紙で五百枚位かかりそうですが、レポートにしますか?」
「……あれ?」
些か予定が狂ったような。
いやしかし仕方ない。
食べ物は粗末にできない。
できないが――。
――俺はLサイズを買ったことを後悔した。
「薬師様、今日の御夕飯は何がいいでしょうか」
「いやー……、もう、なんてーか、お前さんの得意な奴でいいぞ」
「では、腕によりをかけて作らせていただきます」
「おう」
―――
大分間が空いてしまいました。
何故か、と聞かれると就職の時期という奴です。
どうにもあちこち駆けずり回らないといけないとか、期末テストがあるとか、期末テストのちょうど中の日に職場見学があるとか、そんな感じです。
あちこち手が回ってない感じです。申し訳ないですが、九月の半ばまでスローペースにお付き合いください。
九月の面接で内定が取れようが取れまいが、第二陣までは少しの間があるので時間も取れると思います。
返信
通りすがり六世様
まあ……、流石にそこまでは掛からないと思います。前さんエンドまでは。
由壱はもう、内臓破裂しそうなレベルですが、本人が幸せならいいと思います。
まあ、鬼兵衛本人も大人気ないとか、いつかは独り立ちするものだとは理解してはいるのでしばらくして満足したら大丈夫じゃないですかね。一、二発は殴られる覚悟で行けば。
最悪、きっと葵母のほうがどうにかしてくれますよ。鬼兵衛をボコボコにしてでも。
月様
薬師を突っ込みに回すほどぶっちぎってましたね。鬼兵衛と来たら。
娘の件になると、突如正気を失うようです。ただきっと、いつかは来ると思っていたことでしょう、こんな日も。
ただし、あまりに早かったのと相手がちょっと知り合いの弟とかいう死角から剛速球だったので戸惑ってるんじゃないかと。
まあ、きっと鬼兵衛由壱対決編でも来るんじゃないですかね。その時に和解すればいいんじゃないかと。
七伏様
美人の嫁を貰っておいて娘まで独占しようとは何たる暴挙なのでしょうか。
ただ、由壱は極まると突如押しが強くなるのでもしかしたらそのまま押し切られそうです、親娘共々。
葵は空気の読めるいい子ですよ。ただし由壱が相手の場合は除きます。
まあ、由壱に関しては信頼関係を築いたから成せる技と言うか、よく訓練された由壱で行なっております、絶対に真似しないでください、というか。
最後に。
喫茶店的に考えてメイドさんがふーふーしてくれるだけで100円のカップ麺も十倍の値段になるので薬師はその重みを知るべきだと思います。