俺と鬼と賽の河原と。生生流転
この夏は、妥協しない。
「うん……! 絶対……!」
そう誓った少女が居た。
彼女の名は暁御。
恋する乙女は、想い人を海に誘い、ひと夏の思い出を作るつもり満々だった。
「ほんとにやるの? あっきー」
「うん……!」
「なら、あたいは応援するよ。妖精さんの名にかけて!」
そう、この夏だけは妥協しない。
目指せ一発逆転、地味ポジションから返り咲き。
そんなことを思って――。
「妥協……、しな……、い……?」
早一ヶ月。
九月である。
暦の上では、既に秋だった。
其の三十二 妥協しない秋。
「あっきー……、落ち着いて聞いてくれ。もう……、秋だ」
「う、嘘……」
「どっこいこれが現実です……っ」
別に紅葉が綺麗な季節とかではないが、最近やっと暑さもなりを潜めてきたところだ。
「いつの間に」
「もたもたしてるからだよ、あっきー!!」
海ならピークを過ぎた辺り。混んでいるのも問題だが、しかし、空いていても海に入れないようじゃ意味が無い。
唇を紫にまでして海に入ろうとする、どころか海に入れようとしてくる女はもう何かの妖怪だろう。
間違いなく退治される。
だが、妥協しないと決めたのだ。
これまでなんだかんだで話しかけれなくても、誘えなくても、まあいいや、今度でいいか、と先延ばしにしてきた。
だが、それでは一歩も進めない。
「ま、まだ大丈夫。妥協してないよ」
「いやもう遅いって間違いなく」
「大丈夫、私はまだ諦めてないから試合終了じゃないよ」
「野球ならコールドゲームってものがあるんだよ」
フロリダジャイアントペンギンの精こと、ジャイ子に容赦なく言われ、暁御は目を逸らした。
「あ、ほら、タゲが動いたよ。追った追った」
と、まあ、ここで現状を説明しよう。
状況は簡単だ。
道を行く薬師とブライアンの後を尾行しているだけである。
「で、いつ声掛けんの? 声掛けるの?」
「う、うん……、でも、二人で話してるし、邪魔かな……、なんて」
ちなみに、薬師に声が掛けられないのはどう考えてもそのせいである。
忙しそうとか、邪魔かもとか、その他諸々によって、暁御は薬師に声が掛けられないのである。
「ええい、鬱陶しい。頑張れあっきー」
「うん……」
と、そんなこんなで、歩き出した二人を暁御は追う。
「バイクねぇ。そんなのに興味があったとはな」
「女性を乗せて遠乗りすることも視野に入れている」
「……ああ、そうかい」
会話しながらも向かう先は一体どこだろうか。
バイクを買ったなどという話をしているから、見せようと車庫へと移動しているのか。
「バイクってあれだろ? 馬力幾つとか排気量どうのだろ?」
「排気量か。排気は、それなりに荒いぞ」
「ふーん、そうかい。俺はバイクなんぞ藍音に乗っけてもらうくらいしか縁がないからな」
と、言いながら入っていく、
「ああ、こいつは俺にも一目で分かった。……一馬力だ」
――馬小屋。牧場である。
「馬じゃねーか」
「馬だ」
「鼻息荒いな」
「馬、だからな」
「馬、だからな、じゃねーよ。馬じゃねーか」
「ああ、馬だ」
通じているようで通じていない会話。
それを余所に、暁御とジャイ子の間でも会話が繰り広げられる。
「よし、チャンスだあっきー、行け」
「どこが!?」
「今から颯爽と馬に乗って登場し、馬は歯をむき出しにして笑顔になっているように見えるときがあるけどあれはフレーメンと言って牝のフェロモンをよく嗅げるようにするためのスケベ根性の代物なんだ、って無駄知識で博識をアピールしながら輪っこ作っといた縄を振り回して最終的にハニーを縄で縛って引きずってくればいいよ」
「どこから突っ込んでいいかわからないよ!?」
「じゃあ、一個選んで」
「えっと……、馬に乗れないよ? 私」
「そこかよ! そこは一番どうでもいいじゃん!! 突っ込み的に」
「え、うん」
「もうこの際だしあれだよ。こんなところで奇遇ですね、私の趣味は乗馬なんです、キラッ、でいけばいいよ」
「まだ、まともかも」
「そんでさ、私、動物と触れ合うのが好きで、馬が笑ってるのを見ると和んじゃいますよねー。ところであれ、フレーメンっていって実は牝の……」
「そこ説明しちゃだめ!?」
「えー、なんでさ。せっかく人が趣味が乗馬のおしゃれっぷりと、動物大好きな可愛らしさと、知識が深い知的な女を演出しようと思ったのに」
「……知的? 痴的じゃなくて?」
ああ、このままでは今日もまた眺めるだけで終わってしまうだろう。
と、そんな時。
「何やってんだ、お前さん」
「え!? あえええ!?」
声を掛けてきたのは尾行の対象如意ヶ嶽薬師その人である。
いつの間に気付かれたのか、馬小屋の外から見守っていたというのに、わざわざこちらまでやってきた。
「やばい、あっきー、ここはアタイが時間を稼ぐから、その間にどうするか決めるんだ!!」
「え、ええ!?」
暁御と薬師の間に立ちはだかるジャイ子。
そして、ジャイ子は薬師の周囲を回るように高速で動き始めた。
「ゴッド妖精シャドーっ!」
「いや、一体なにやってんだよお前さんら」
「マッハ妖精スペシャル!!」
残像を生み出しつつ動くジャイ子。
「ていうか、鬱陶しいわ!」
「おうっ!」
しかしながら、あっさりと薬師に掴まれてしまった。
そして、更にあっさりと。
「そい」
どこか遠くへと投擲されたのである。
「ええーー……!?」
さらばジャイ子。尊い犠牲だった。
「で、何してたんだ? お前さんたちは」
「え!? えっとですね!! 薬師さん」
しかし、尊い犠牲のジャイ子だったが、完全に無駄死にである。
暁御の思考はそれほど纏まっていない。むしろそう簡単に頭が回るならもっと早くに声を掛けているというのだ。
「う、馬!!」
よって、よく分からないことを口走るのも仕方のないことです。
「……馬?」
「えっとですね、馬があれでですね、呂布が赤兎馬に乗ってですね、方天画戟に乗ってですね」
「落ち着け」
「えとあのその、海で馬がそれで? ええっと?」
そして次第に自分でもわけが分からなくなってきて。
「つまりアレか。馬に乗りに来たのか?」
答えとは見当はずれなそれに、全力で頷くことになった。
まあ、そりゃあ、あなたをストーキングしてきました、なんて言えるわけもないのである。
「ふむ、ならば乗せてやったらどうだ、薬師」
とそこでブライアンが横から出てくる。
「俺馬になんぞ乗れんぞ?」
「人に慣れている馬なら素人でも乗れる。さもなくば乗馬体験が観光資源にならんだろう」
「それもそうか」
「万一落馬してもお前がいれば問題なかろう」
「ま、そうだな。じゃあ、乗るか」
いつの間にか、話が決まって薬師に手を引かれて歩き出すことになっていた。
「え、あ、あれ? うぅ?」
とにかく動転し続ける暁御。
しかし。握った手だけは、離すつもりも無く。
しばらく幸せだったという。
蹄が一定のリズムを刻む。
長閑な午後である。
「意外と乗れるもんだな」
「は、はい……、そうでしゅ……、そうですね」
思い切り、噛んだ挙句に声が裏返った。
暁御は、とても緊張していた。
すぐ背後に、薬師がいる。暁御は今、薬師の前にすっぽり収まる形で乗馬しているのだ。
「しかし、お前さん乗馬に興味があるとはな」
「えっと、はい」
今更何を言っても遅いので、このまま押し切ってしまおうと、暁御は決めた。
そんなことより、すぐ背後から感じる好きな人の体温を味わおうと、心臓を高鳴らせながら体重を預ける。
(で、も、この夏の私は妥協しないって決めたから)
しかし、もしかすると今はチャンスかもしれない。
妥協しない、つまりこの中途半端でなあなあな関係から一歩前へ。
今しかない。
そう思って口を開きかけたそのとき。
「おっと」
「……え?」
急に片腕で抱きしめられた。
一瞬にしてつま先から頭まで緊張が貫く。
「ちょいと揺れたな。大丈夫か?」
「はははははい、だいじょぶですっ」
この密着状態。指一本動かせずに、甘受し続ける。
でも、なんだかんだで幸せだったりもするのである。
(……まあ、いいかな。うん。今日、頑張ったし)
妥協しない夏。
妥協の秋。
馬がにやにやと歯を見せて笑っていた。
―――
やっと涼しくなってきましたね、うちの地方は。
返信
wamer様
就職できればいいですけどね。しくじったらフリーターで時間が余りまくるアレな未来予想図……は置いておいて。
天狗拾って光源氏ですねわかります。天狗拾うにせよなるにせよ、きっと山篭りがベストですね。
そして薬師を飛び散らすならば間違いなく閻魔料理がベストです。
どんな効果が現れるかは不明ですがダメージ総量では作中最高だと。
通りすがり六世様
私も実際にメイド喫茶に入ったことはないですね。話に聞くくらいしかないです。
まあ、値段の五割はサービス料なんじゃないですかね。見てみたい気もしますがしかし行くのが面倒で今後もえんはないと思います。
薬師の思考は、やる方はいいかもしれんが、やられたらどれだけ恥ずかしいかわかるだろう。
しかし、される側からすれば、我々の業界ではご褒美です状態。
月様
どうもお久しぶりです。ご無沙汰してました。
月様も就職活動中ですか。お互い大変ですけど、頑張りましょう。
なんかテスト期間中に職場見学と履歴書提出が重なる狂気のスケジュールでしたが終わったので面接までは余裕がありそうです。
藍音さんは最近薬師がたまに馬鹿になるおかげでほくほくです。未だに財布に藍音さんの写真が入ってるわけですし。
がお~様
薬師と藍音さんに関しては距離感の問題が大きいですね。
近すぎて家族と薬師が認識しているためにそういう意識は極めて浅いです。
そもそもほとんど薬師が育てた形ですからね。娘として捉えてる部分が結構大きいです。
むしろ付き合いが長い方が実は攻略難易度が上がるのかもしれません。メイドで娘みたいなもの、という見方を変えないことには。
napia様
薬師馬に蹴られろ、ということでお久しぶりです。
藍音さんは安定してていいですね。書く側としても助かりますよ。
逆に安定しなかったといえば暁御なのですがもう最近これはこれで安定して来たような気が。
就活は大変ではありますが、まあ、なんとかします。早く面接なりして結果を出したいですね。今の時期が一番やきもきする時期みたいです。
最後に
ブライアンの購入したのは二輪じゃなくて4WDでした。いや、輪じゃなくて足ですけど。