俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「……困りましたね」
そう呟いたのは閻魔だ。
「まさかこんなことになるなんてな……」
そして、季知さんも頷き。
周囲の人間が一様に、俺を見た。
「……なんか用か」
「今回の演劇の主演の代役が必要ですね……」
「主演の台詞を覚えている人物がいればいいのだが……」
どうしてこうなった。
『俺、この演劇が終わったら結婚ウボァッ! 指輪も用意してあってボファッ!!』
と言ってビルの屋上でトラックに轢かれる偉業を成し遂げた今回の演劇の主演。
その後何故か戦闘機にミサイルを誤射され右足の中指を奇跡の骨折。病院に運び込まれつつも怪我を押して役目を遂行しようとするも病院に駆けつけたその男の恋人となんか燃え上がって結婚を果たし今では新婚旅行である。
突然の退場に、主催陣は騒然とした。
本番を明日に控えてのことだった。
というか騒然というより唖然である。まず屋上にいた男に突っ込んできたトラックは何者だ。そしてミサイル搭載戦闘機が普通に飛んでた時点で意味不明な上、男の頑丈さに脱帽である。
そして新婚旅行。止めようにもなんかもう二人の状況は見ていた者曰く、『正にクライマックス。もうこれが演劇でいいんじゃねぇの?』というわけで誰も止められなかったらしい。
そして、俺の運の尽きと言う奴は。
前さんの練習を付き合って、なんだかんだしているうちに台本の中身を覚えてしまったことだろう。
其の三十七 混迷劇場。
劇の題名は、『アミバとシラエット姫と魔法のランプと四十人の盗賊フルカスタムと私の父』いやなげーよ。
あとアリババとロミオを混ぜたせいで偉い事になってるだろうが。
ちなみに話的には、アミバがの森で寝ていた家事手伝いだと思ったら敵の姫だったシラエット姫と恋に落ちた挙句敵同士である障害を打ち破るために盗賊四十人と大立ち回りを演じて財産を得て国外逃亡する流れだ。
よく分からんがそういうものなんだ。
ちなみに、この他に案が練られていたのは『アリババと盗賊、その数五万』である。
アリババ単騎と五万の盗賊の圧倒的戦略差をアリババが巧みなゲリラ戦と知略で覆す本格派戦記なのだからどっちもどっちだ。
「やってくれますよね?」
まあ、確かに困っているのなら仕方ないと言えば仕方ないだろう。
協力するのもやぶさかではない。
だが、子供向けの劇ではあるが、子供騙しにもならないでは話にならない。
少々覚悟を決めなければならないだろう。
「……わかった」
明らかに柄ではないのだが、無関係でない以上失敗に終わるのはあまりいい気分じゃない。
「すみません、ご迷惑をお掛けします」
「で、今日が当日か」
しかも、ほとんどぶっつけ本番だ。
「リハーサルできるとしたら、重要なシーンを幾つかくらいだ。我々もできる限り協力するが、いけるか?」
季知さんに言われ、俺は頷いた。
「まあ、何とかするさ。ただ、できるだけ舞台裏で指示を頼むぜ」
俺の有利な部分はそこだけだ。舞台裏で何か言ってれば風が届けてくれる。
台詞や動きを忘れても、裏方から指示を出せば器具や設備がなくても聞こえるのだ。
「さて、まあ、素人なりに頑張るか」
演劇業界の人間から見れば馬鹿にしているとしか言えないのだろうが、目を瞑ってもらおう。
もう後にゃ退けんのだ。
と、言うわけで始まってしまった、演劇『アミバとシラエット姫と魔法のランプと四十人の盗賊フルカスタムと私の父』だったが。
『これより、演目 "天狗と鬼姫"が始まります』
いつの間にか題名が変わっていた。
「おい、どういうことだこれ」
舞台袖で俺が問うと、となりにいた閻魔が口を開いた。
「……正直、あれはないと思います」
「なら何故通した」
「あんまりにも勢いづきすぎてて止められなかったんです」
「……さいで。つか、話的には洋風だけどいいのか?」
「天狗とデュラハンが縁側でお茶を啜る地獄で洋風とか和風とか言ってもどうしようもないですよ」
「ぬう」
「あ、出番ですよ、どうぞ」
そうして、俺は舞台へと躍り出た。
それからはもう、綱渡りのような戦いだった。
主人公の家の女中が鬼兵衛だったこととかな!
だが、出現の瞬間に藍音が機転を利かせて事なきを得た。
「……キャストオフ」
「お帰りなさいませご主人ぶふぉッ!」
「キャストは確かにオフしたけど、そういう意味じゃない」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
凄まじい速度で横へ吹き飛び一瞬にして退場した鬼兵衛を余所に、藍音がその役に納まり。
『発進シークエンス。盗賊、出ます』
ビームとかダブルガトリングとかぶっ放す鋼の盗賊と戦闘開始したり。
「誰だこんな技術の無駄遣いしたやつ!」
観客には聞こえないように、というか舞台裏にだけ聞こえるように叫ぶと、返って来たのは。
「愛沙が頑張りました」
「そんな気はしてた!!」
魔法のランプが出てこないとか。
「出てこねーのかよッ!!」
「不思議ですね」
私の父とやらも出てこないとか。
「出てきたら困るっ!」
あと主人公の家にいる猫の役が酒呑童子猫耳付きだったり。
「に"ゃ"ー"ん"」
舞台裏の閻魔によって謎の落とし穴が発動し、酒呑は帰って行った。
「ボッシュートです」
そして、代わりににゃん子が収まり。
何故か姫、つまり前さんを後押しする魔女が憐子さんだったり。
庭の木の役が山崎君だったり。
そんなことになりつつも、どうにかこうにか劇は進んだ。
その中でも一番苦労したのは前さんとの場面だろう。
今もそうだが、がちがちになって前進してくる前さんは、右手と右足が同時に前に出ている。
『薬師さん、来ますよ!』
舞台裏の閻魔から声が聞こえ。
「分かってる」
俺は舞台裏にだけ聞こえるように言葉を風の流れに乗せ。
「きゃあっ!」
そして、前さんはやはり転んだ。
それはもう皆想定済みで、淀みなく俺は前さんを支え、そういう演出ということにする。
「『姫、どうか固くならずに。笑顔を見せてくださいませんか』」
相変わらず、俺には似合わない台詞運びだ。こういうのはブライアンにでもやらせておけというに。
「『は、はい……』」
どうにか前さんは連日の練習の成果で棒立ちの状態なら台詞を普通に口にできるようになった。
だがしかし、動きを伴うと途端にできの悪いブリキの人形みたいになってしまうので、注意が必要だった。
「『アミバ様』」
「ぐっ……」
次に大変だったのはこの名前に耐えることだろう。アリババとロミオを合成したこの名前は俺には少々世紀末すぎる。
だが、なんだかんだと劇の盛り上がりも最高潮。
ここを乗り切ればすべてが終わる……!
そんな時だった。
「あ、ああ、あ、あい、愛して……」
愛しておりますというだけの台詞が、何故かここ一番で緊張して言葉になってない。
もう後は愛してるといって、答えを返して、口付けを交わすふりをしてお終いなのだが。
「わ、忘れてた……っ、相手、薬師だったんだっ……! い、言えるわけ……!」
「おーい、前さーん?」
観客席には聞こえないように、見えないように口を動かすが。
「あ、あと、キス……!? で、でで、できるわけ……」
「フリだけだからな? フリだけだぞ?」
できるだけ口を動かさないようにとか、口元を隠すように動くったって限界があるぞ前さん。
「あ、あぅ……」
「ぬ……!?」
前さんが完全にだめになった!
頭から湯気が出ている。
告白に緊張するお姫様というにも無理が出てきた。
これは不味い。
そう思った瞬間。
舞台袖から予定にない人物が現れた。
「待ってください!!」
「誰だ!」
「メイドです!」
なんでだ。
「私の方が、そのお嬢様よりあなたを愛しています! 屋敷にいる時からずっとあなたを慕っておりました……!」
臨場感たっぷりの演技で、藍音が言う。
いや、しかしまて、そういうことか。
出国寸前の国境付近まで追って現れる健脚のメイドという設定的なアレはともかく、藍音の意図を察した俺はとりあえず驚いた顔をしておく。
つまり、時間稼ぎというわけか。
ここで心揺れる俺に前さんが告白し、そして心を決める方向に行けば問題ないということか。
さあ、前さん、びしっと決めてくれ……?
「あ、あうあぅ……」
あ、だめだこりゃ。藍音、すまん。
「待つんだ!!」
そこに新たな人影が。
「だ、誰なんだ!」
「私だ」
いや、誰だよ。
と思ったら憐子さんだった。
「魔女さ。私は、お前と姫を一緒にするために協力した。だが。本当は私がお前を好きだったのさ。お前にとっては姫と一緒になるのが幸せだと思っていた。だが、もう自分に嘘は吐けない。愛しているんだ」
苦しい時間稼ぎに憐子さんまで来たって言うのか、だが……、もうこの話に碌な女なんて……。
「まって」
「お前は……!」
銀子……! って本当に誰だよ。お前さん劇中に出てないだろうが。
「私は、流離いの錬金術師。あなたに惚れた。結婚して欲しい」
いきなりだな!
だが、かなり苦しいぞ、早く決めてくれ……、前さん!
「待って!」
だが、前さんの声は響かず、時間稼ぎが続くが、次はどいつだよ。本当にもう女の役なんてないぞ。
「私はご主人様に飼われていた猫! 拾われてからずっとあなたをお慕いしておりましたー!」
猫がいきなり人になるこの唐突感……! ごまかしきれるか……!?
「お待ちくだされ!」
「誰だ!」
「拙者、庭の木にござりまする!! 庭から御身をずっと見ておりました!!」
「木かよ!!」
そして、遂には。
「俺も俺もー」
ボッシュートされた酒呑と。
「僕も僕も」
キャストオフされた鬼兵衛までやってきて。
鋼鉄の盗賊が曲芸飛行しながら煙でハートマークを描き、その中心を射抜く飛行まで行なった挙句に。
「「「「さあ!」」」」
ずい、と詰め寄る登場人物たち。
そんな中で。
「だ、ダメーっ!!」
ついに前さんが声を上げた。
「こ、これはっ! あたしのだから!! あたしのなんだからぁ――!!」
手を掴まれる俺。
「んお?」
そして、そのまままるで凧のように凄い勢いで引っ張られて宙に浮きつつ。
俺たちは退場した。
それを登場人物が追いかけて――。
「……ふぅ、疲れた。本格的に疲れたぞ」
「ご、ごめんね?」
なんとか終わった。
「意外と何とかなりましたね……。コメディタッチで意外と好評でしたよ」
「閻魔お前さんしばらく飯ピーマン尽くしな」
「え、ええ!?」
本当に何とかって感じだ。
俺が、舞台裏の椅子に座って溜息をつくと、前さんが申し訳なさそうにする。
「ほんとにごめんね? いっぱい、迷惑掛けちゃって……」
「いや、いいさ。つかぶっちゃけ、前さんで行くって決めた奴が最初にアレだし、誰も代わってやらなかったのも悪いっちゃ悪い」
そう言うと、閻魔がばつが悪そうに目を逸らす。
「まあ、俺も役変えたほうがいいっつわなかったし」
「薬師……」
「終わりよければ全て良しってことで」
「そうですね、薬師さん。なので私の食事は……」
「閻魔お前はピーマンでも食ってろ」
そう言って俺は立ち上がった。
「や、薬師!」
その背に前さんの声が掛かる。
「ん?」
そして、振り向いた俺に。
「『貴方を誰よりも、愛しています』」
それは、最後の瞬間に言うはずだった台詞。
それを口にした前さんは何故だかいつになく艶っぽくて。
「な、なんてね! どう、かな……?」
思わず胸が高鳴ったのは、言わないことにした。
「んで? 続けるのか?」
「つ、続けるって?」
「このまま、台本どおりに」
「だ、台本どおりって、もしかして……!?」
わざとらしく、俺は前さんを抱きしめてみた。
すると、前さんは抵抗するのだが、いつになく弱々しく。
「や、やだ……、う、ぁ」
そして、いつの間にか、抵抗は完全に沈黙して、赤い顔で前さんは俺を見上げてくるばかりで。
震える唇から紡がれたのは。
「や、優しくしてね……?」
だが。
「薬師さん。逮捕です」
「いや、何もしてねーから。見てただろ!」
「私が法です」
危うく、閻魔にしょっ引かれるところだった。
……もう二度と演劇などやらん。
―――
お久しぶりです。昨日、面接に行ってきました。
かなりギリギリのスケジュールでしたが、まあ、内定とれればいいなと思います。
受かろうが落ちようが通知が来るまでは余裕が復活しました。
ちなみに今回の話、本当は由比紀メインだったはずなのですが、少し間が空いてしまって話の繋がりがアレな感じなので演劇までやってきっちり終わってからにしようと今日急ピッチで書き上げた結果、見事に見送られました。
由比紀らしいと思います。
とりあえず、由比紀をお待ちの紳士の方はあとちょっとだけ待ってください。
返信
通りすがり六世様
確かに、薬師と野郎以外は基本的に得ですね。圧倒的お得感です。
銀子はもう薬師と仲が良すぎてなんかアレな感じです。もう男友達レベルで。
そして、予定ではなかったんですが、劇、やりました。
ちなみに無駄に技能もちが多いせいで演出面だけはハイクオリティです。
月様
録音は薬師の十八番と見せかけて、というところなのでしょうか。
実は如意ヶ嶽家内での伝統の技、録音。
弱みを握ったり着ボイスにしたり目覚ましにしたりとりあえずリピート再生したり。
きっと既にコピーもとられてバックアップも完璧です。
がお~様
そんなに銀子出てませんでしたっけ、と思ったら更新自体が久しぶりになってしまいました。
一週間に休みが七日あればいいなと最近本気で思います。
前さんと藍音の絡みについては次回が由比紀なのでもう少々お待ちください。
あの二人が組むときっと薬師の胃に穴が空くんじゃないかと思いますが。
最後に。
多分演技は今回出てきた中だと憐子、藍音、鬼兵衛、にゃん子、銀子、薬師、季知、閻魔、山崎、前くらいの順番だと思います。
酒呑? 知りません。