俺と鬼と賽の河原と。生生流転
「ふー……、よっこらせっと」
ある日俺が家に帰って部屋に入ると。
「御機嫌よう。お邪魔してるわ」
笑顔で由比紀が出迎えて。
そして何故か勝手に布団を出して俺の布団の上でくつろいでいた。
「ああ、邪魔されてるぜ。邪魔されてるから窓から投げ捨てるぜ」
そんな由比紀の襟首を掴んで俺は窓へと歩き出す。
「ま、待って! 待ってお願いだから!!」
「待てない。もう我慢できないんだ」
「もっと違う場所で聞きたかったわその台詞……、じゃなくて落ち着いてお話しましょ? ね? ケーキ持ってきたから」
「ケーキなんぞに釣られる俺じゃないわ。と言いたいところだが。その心意気に免じて何しに来たか位は聞いてやろう」
何故か俺の部屋で勝手にくつろいでいた非礼はまあ、そのケーキで差し引き零にしてやろう。
というわけで、その零になった平坦な状況で話をしようというわけだ。
すると、どういうわけか由比紀は照れくさそうに、
「えっと……、別に用事は無いけど、来ちゃった」
「よし投げるぞ、上手く着地しろよ」
「よっ、用事が無くちゃ来ちゃダメなの!?」
「いや、そこまでは言わんが、なんか……、アレだろ」
「どれなの!?」
「なんかすごく、投げ捨てたくなるだろ、この状況」
「わ、分からないわ……」
「せめて普通に居間で待ってろよお前さん」
「そしたら、普通に対応してくれるのかしら?」
「ああ、一応ケーキも持ってきてもらった事だしな」
「じゃあ、居間で待ってるわ」
「しかしもう遅いんだよ」
「ちょ、ちょっと待って、待って、今何か考えるから……!」
だが、このまま窓を開けると寒いだろうので、とりあえず投げるのはやめておくことにしよう。
其の三十八 俺と構ってさん。
「つまり、相も変わらず店主と妹の仲に入り込めない寂しさを紛らわしに来た、と」
「……うん」
居間のちゃぶ台に正座という状態で由比紀は頷いた。
「そういうのは閻魔にやれ」
「そしたらね、凄く冷たい目で『穀潰しにでも戻ったらどうです?』って……」
あ、はい。相当鬱陶しかったんですね。ついでにきっと仕事も立て込みまくったんだろう。
その結果便所コオロギ、正式名称カマドウマを見るような目でそんな台詞を言ったのだろうということが目に浮かぶ。
ちなみにカマドウマの跳躍力は凄まじく、自らの脚力で壁に激突して死ぬほどだそうだ。
自らを殺しかねないほどの脚力を以って飛び回るその姿は儚くもど派手な花火のようだ。
あまり室内で会いたくはないが。
「ちょっと、聞いてる?」
「すまん、カマドウマについて思い馳せてた」
「カマドウマ以下なの!? 私の話……」
「馬鹿野郎、カマドウマをなんだと思ってるんだ。その態度がお前さんの株を暴落させてるんだよ」
もっともらしく言いながら、俺は腕を組みながら由比紀を見た。
「で? 俺に愚痴でも言いに来たのか?」
「うんとね、そうじゃなくて……」
問う俺に、由比紀は首を傾げながら、両手を俺に向かって伸ばしてくる。
「構って?」
「指全部反対に折り曲げるぞ」
「えげつないわ!」
まったくなんて奴だ。
俺はそのまま由比紀を無視して部屋へと戻ることにした。
「あ、待って、どこ行くの?」
「お前さんのいないとこ」
「酷いわ!」
そして、部屋に戻り落ちていた本をなんとなく手に取る。
ぞんざいに座って、俺はそれを読み始めるが。
「……」
由比紀がついて来ている。
というか、隣で俺の読んでいる本を覗き込んでいた。
そんなに構って欲しいのかこの構ってさんは。
だがその手には乗らない俺。
無視して本を読み進める。
只管に読み進める。無心で読み進める。
そして、何分立ったのか。
文庫一冊読み終わりかけになって、尚。
由比紀は俺の隣で覗き込んできていた。
いい加減鬱陶しいわ。
「きゃんっ!」
俺のでこぴんが、由比紀の額に直撃する。
そこそこ本気だったので打撃の瞬間に大きく頭を仰け反らせることとなった由比紀だが。
痛そうに額を押さえて涙目になっていながらも、それは。
「えへへ……」
どこか嬉しそうで。
構ってくれて満足ですかそうですか。
「……こいつやべー」
このままだといけない道に足を突っ込んでしまいそうである。
そしてついでに、俺の精神衛生上よくない。
「由比紀」
「え、なに? 構ってくれるの?」
まるで尻尾を振る犬のような由比紀に対し、俺は言う。
「店主をどうにかするぞ」
いつも通りの寂れた喫茶。
「しゃっせー」
「やる気ねーな」
ある意味、いつも通りの店主が出迎えてくれる。
「早く座りなさい」
ムラサキが一つの席を指差した。
とりあえず、俺たちはそこに座ることにする。
と、その途中で由比紀を見つけてムラサキがけ幻想な顔をした。
「由比紀? 今日は仕事はないはずだけど」
「あ、違うわ。今日は、そういうことじゃないみたい」
「みたいって……」
俺へと視線が突き刺さる。
なんか説明しろということだろう。
丁度いいので俺は事のあらましを説明することにした。
「つまり由比紀があまりにお前さんらの仲に入り込めないせいでこのままだと新たな性癖を目覚めさせそうということだ」
「なるほど」
「……よくわからない」
店主とムラサキは対極的な反応を見せてくれた。
まあ、俺もよくわからんけどな。
「なるほどなるほど、わかりましたよお客様。つまり、あれだ」
だが、店主は分かってくれたらしい。理解が早いのは助かる。
そして、その店主は、一つ提案をした。
「由比紀君、君も私と姉妹になろう!」
……やはり店主は店主か。
「……えっと?」
いまいち意味が分からなさそうな由比紀。俺もよくわからん。
だが、店主はそんなことを気にすることもなく、言葉を続けた。
「さすれば心の壁なんてブレイカブルだよね! お姉ちゃん!!」
「お前さんが妹かよ」
でも年齢的には確かに……。
いや、口に出すのはやめよう。
「さあ、義姉妹の契りを交わそう!!」
「えぇっと、わかったわ……?」
そしてどこから取り出したのか葡萄酒を何故かコーヒーカップに入れ。
「あ、後ちっちゃくなってもお姉ちゃんってなんか萌えません?」
「知らんがな」
これで問題は解決したのだろうか。
「えっと、ありがとうって言えばいいのかしら……」
「礼には及ばねーよ。俺にとっても斜め上の展開だったからな」
「……いつの間にか姉妹が増えたわ」
「……不思議だな」
『お姉ちゃん帰っちゃやだぁ!』とか店主が駄々をこねたり、ムラサキが突然の姉に戸惑ったりと色々とあった。
で、まあ、続きはまた来週とか言って帰ることにしたのだが。
「でも、あの、ね?」
「なんだ」
「この格好、結構恥ずかしいわ……」
実は、葡萄酒飲んで由比紀は腰を抜かした。
コーヒーカップ一杯で足腰立たなくなったのである。
「俺とて恥ずかしいから黙ってろよ」
結果が、抱き上げて移動しているわけだ。
「置いていく、とか言わないのね?」
腕の中で見上げて問うてくる由比紀に、俺は半眼を向けた。
「流石に足腰立たねえ女をその辺に捨てていくほどじゃねーよ」
「……なんだかんだいって、そうやって構ってくれたり、優しくしてくれたりするとこ……」
そして、おずおずと由比紀はそんな言葉を漏らす。
「すっ、すきよ……?」
「……やっぱ置いてくぞ」
何を言ってやがるんだこの女は。
俺は無言になって歩みを続ける。
「きょ、今日はなんだか、ごめんね? それと、ありがと」
「あー、そうかい」
そして、最後に由比紀はゆっくりと口を開いた。
「あと」
「なんだ」
「……ケーキ、私の手作りだから、食べてね?」
「うちの人数だと、あれじゃ足らんな。喧嘩になるぞ」
「そ、そうなの?」
「だから、次持って来る時はもうちょっと作って来い」
「わ、分かったわ! また、たくさん作って持ってくるから!!」
「ただし俺の部屋でごろごろしてたら投げる」
「……それもわかったわ」
それにしても、いい加減寒くなってきたもんだ。
「ね、ねえ、ところで、なんだけれど」
「なんだ」
「おトイレに、行きたいわ……」
「……」
俺は久々に全力で飛翔した。
―――
いやはっは、今回の面接は落ちました。
まあ、この就職難、一社や二社でどうこうなるわけもなしということでしょう。
そして免許も取りに行ってます。ぶっちゃけ事故らせそうなので技能講習受けたくないです。
まあ、焦らずやろうと思います。
返信
月様
なんだか更新が遅くなってて申し訳ないですね。毎日が休みだったら良いのにと思います。
と、まあ、そんなわけで由比紀メインでした。相変わらず不幸っぽい感じに突っ走ってます。
励ましの言葉もありがとうございます。忙しいですが筆をおく予定は欠片もありませんのでまだまだがんばります。。
しかし、アミバと四十人の盗賊なら普通に力で突破できそうでアレだと思います。
通りすがり六世様
まあ、劇とか人目を意識しなければさくっとでることもある物です。
ちなみに通常の演技はともかく演出面と戦闘シーンはハイクオリティ。
というか戦闘シーンは普通に戦闘してました。観客への被害は結界で防ぎます。
そして、とりあえず演劇に使えそうなタイトルを合成した結果現れたアミバですが、これもとの二つだけで合成するとアミバと四十人のジュリエットになるんでしょうか。
wamer様
割とよくありますけど、メインヒロインの引き立てになってしまうことがあるのが問題だと思います。
しかしあの演劇をみて一体子供たちは何を思ったのでしょうか。
ただ、主演の男のような道を歩んではいけないと思います。ダメ、絶対。
ちなみに銀子は設定上はショートです。しかし、時間経過によって伸びている可能性も加味してお好みの方で良いかもしれません。
がお~様
燃え上がってしまった二人はもう止められなかったのです。
入院中にうっかり籍入れてしまいました。ラブロマンスって本人達中心で見ればいい話ですが、傍からみると色々傍迷惑なケースもあるという。
まあ、怪我してますし。どちらにせよ舞台はままならなかったことでありましょう。
しかし、彼が主演続行だったらきっと前さんのあの反応は引き出せなかったのでよかったというべきなのか、どうなのか。
最後に。
果たして由比紀が家に着くまで保ったのかどうかは……。